ラブライブ!DM   作:レモンジュース

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 【トゥーン】を使うボス級キャラとのデュエルなだけあって、前回は多くの反響があり、嬉しく思います。
 「VSあんじゅ」、いよいよ決着です。
 それでは、どうぞ。



蘇りし絆

●賭け

 

 

 

 攻守共に3000ポイントを誇る大型モンスター《トゥーン・アンティーク・ギアゴーレム》――。

 【トゥーン】最強の機械巨人の参上と共に、舞台の終幕を予感する観客は大いに沸く。

 しかし、何事にも例外というものは存在する。あんじゅが繰り出す怒涛の攻撃と絶対的な守備に、『μ’s』メンバーはかつてない戦慄に襲われていた。

 

「これは、本格的に危ないですね。あのアテムさんがここまで1ポイントもダメージを与えられず、防御のみを強いられるとは考えもしませんでした。

 エクストラデッキに縛りを設けて尚、『A-RISE』はこれ程までに強い……!」

 

 海未は額から一筋の汗を流しながらも、苦々しげに言葉を紡ぐ。

 

「流石のセンパイも、このままじゃ……」

 

 花陽は以前から『A-RISE』のファンであったが、今は恐怖を感じずにはいられない。彼女が操る【植物族】にも突破方法があるはずが、こうした感覚に襲われるのは優木あんじゅという決闘者が放つ王者としてのフィール故だろう。

 

「《コミックハンド》や《コピーキャット》でアテムくんのカードを奪い、切り札の1つでもある開闢の使者をデッキバウンスで除去。

 【トゥーン】はあまり注目してなかったけど、型にはまるとこんなに強かったんだ……」

 

 ことりを始め『μ’s』のメンバーにとってアテムという決闘者は、普段はものすごく残念な人格だが、いざゲームとなると類稀なる才能を発揮して相手を翻弄し、最後には勝ってしまうという認識だった。

 それが今、ほとんど何もできない状況に追い込まれている。この場にいるほとんどの観客と違って、彼の実力をよく知っているからこそ、『A-RISE』の強さを十二分に思い知らされた。

 

 だが、それでも。

 

「凛は信じるよ、アテムせんぱいはこのままじゃ終わらないって!」

 

 彼女たちは信じ続ける。

 

「当然よ! 本当は『A-RISE』を応援したいところだけど、アテムは宇宙一のスーパーデュエルアイドルである私を倒したんだから! 何もできずに負けるなんて、絶対に許さないわよ!」

 

 友の勝利を。

 

 

 

 そして、第7ターン。優木あんじゅの更なる攻撃が始まる――。

 

 

 

「私のターン、ドロー! さぁ、楽しいショーもクライマックスです!

 トラピーズ・マジシャンの効果発動! オーバーレイ・ユニットを1つ使い、《トゥーン・アンティーク・ギアゴーレム》を対象とすることで、2回の攻撃を可能とします!」

 

 機械巨人とともに軽快なステップを踏みながら、あんじゅはカードをドローする。それと同時に、正座をしたままのトラピーズ・マジシャンの奇術が機械巨人に力を与える。

 対峙するアテムは『攻撃力3000』の恐ろしさを何度も味わっているために、その脅威がどれ程のものかよくわかる。

 

(だが、俺が伏せた2枚のカードのうち1枚は罠カード《分断の壁》。

 こいつは相手モンスターが攻撃してきた時に『対象を取らずに』発動し、相手フィールド上の全ての『攻撃表示』モンスターの攻撃力を相手モンスター1体につき800ポイントダウンさせるカード。

 今、優木あんじゅがコントロールするモンスターの数は4体。ギアゴーレムが攻撃してきた瞬間、守備表示の《トゥーン・仮面魔道士》を除いた3体のモンスターの攻撃力は3200ポイントダウンする)

 

 

 どれだけ強力なモンスターであろうと、攻撃力が3200ポイントも下がれば無力と化す。

 

 

 《トゥーン・アンティーク・ギアゴーレム》

 ATK3000 → ATK 0

 

 《ブラック・マジシャン・ガール》

 ATK2000 → ATK 0

 

 《Emトラピーズ・マジシャン》

 ATK2500 → ATK 0

 

 

 そして、攻撃力が0になってしまえば戦闘ダメージも発生しない。

 

 

(この効果は次のターン以降も有効。トラピーズ・マジシャンの攻撃力が0になれば、奴にダメージを与えることが可能に――)

 

 

 

「ところで挑戦者さん、バトルフェイズに入る前にその伏せ(リバース)カードを発動なさいますか?」

 

 

 

 ――なるはずだった。

 

 

 

「……何?」

 

 フェイズの移行前にカード発動の確認を行なうことは、デュエルをする上で重要なマナー。

 あんじゅもマナーを大切にする決闘者なのかと彼は察したが、その考えは即座に霧散した。

 

「《トゥーン・アンティーク・ギアゴーレム》は、元となる《古代の機械巨人(アンティーク・ギアゴーレム)》が持つメリット効果を全て受け継いでいます。

 つまりこのモンスターが攻撃する時、相手プレイヤーはダメージステップが終わるまで魔法・罠を発動できないのですっ!」

「何だとッ!?」

 

 そう、これは『ここで止めなければあなたの負け』だという警告。

 

 元々トゥーンモンスターは《トゥーン・キングダム》の効果によってカード効果の対象にすることも、戦闘・効果で破壊することもできない。

 それだけでも十分な脅威であるというのに、この機械巨人は1度召喚を許してしまえば、魔法・罠で攻撃を防ぐことができず、今は奇術師の効果を受けたことで2回の攻撃が可能。

 

 まさに、三幻神を凌駕する能力ではないか。

 

(くっ……! ならば、もう1枚の伏せ(リバース)カードに全てを賭けるしかないッ!)

 

伏せ(リバース)カードオープン! 罠カード《裁きの天秤》ッ!!

 こいつは、自分のフィールド・手札に存在するカードの合計枚数が相手フィールド上のカードの数よりも少ない場合のみ発動できる罠カード。

 俺は、その差の数だけカードをドローする!」

 

 アテムが決死の覚悟で発動した罠カード、それを見たツバサの表情が微かに動く。かつて彼女が戦った時に使ったカードであると同時に、彼の挙動からこれが今発動できる唯一のカードであると感じたからだ。

 

(今使わないもう一方のカードは、間違いなく攻撃反応型の罠カード。つまり、このターンで使われることはない。

 そして、《裁きの天秤》か……。ふふ、あの時と同じね)

 

「俺のフィールドに存在するのは《裁きの天秤》を含めて3枚! 手札は0!」

「対して、私のフィールドのカードは4体のモンスター、そして4枚の魔法・罠の計8枚。枚数差は5枚ですね」

「そうだ! よって、俺は5枚のカードをドローする!」

 

 一気に大量のカードを引いたアテムは、視線であんじゅへと攻撃を促す。

 そこに『諦め』といった感情は見られない。何かしらのカードを引き当てたのだと確信した彼女は、躊躇なく機械巨人へと攻撃命令を下す。

 

「挑戦者さんは良いカードを引けたみたいですね。ならば、その正体を見せて貰いましょう。

 バトルフェイズです! 私は《トゥーン・アンティーク・ギアゴーレム》で、プレイヤーに直接攻撃(ダイレクトアタック)!」

 

 巨大な右腕を振りかぶり、デフォルメされた機械巨人がアテムへと接近する。だが彼は拳が届く直前に、手札から1枚のカードを抜き出した。

 

「そうはさせない! ダメージ計算時、俺は手札から《クリボー》のモンスター効果発動!」

「ッ!」

 

 《クリボー》

 ☆1 闇属性 悪魔族 ATK300 / DEF200

 

 無数に分裂する小さな悪魔が、機械巨人の前へと立ちはだかる。

 《トゥーン・アンティーク・ギアゴーレム》は魔法・罠を封じる能力を持つが、『モンスター効果』ならどうであろうか。

 

「このモンスターは、相手ターンのダメージ計算時に手札から捨てることで俺が受けるダメージを0にする!

 助かったぜ、《クリボー》!」

 

 剛腕を受け止め、衝撃を相殺した《クリボー》の姿が薄らいでいく。小さな身体で大きな役目を全うしてくれた小悪魔へと、アテムは感謝の言葉を述べた。

 

「ふふ、お見事! ですが《トゥーン・アンティーク・ギアゴーレム》には2度目の攻撃が残されていますよっ!

 プレイヤーへ、再び直接攻撃(ダイレクトアタック)です!」

 

 

 

 ――アルティメット・パウンドッ!

 

 

 

 あんじゅの攻撃は止まらない。続いて振るわれた機械巨人の左腕は、アテムの身体を容赦なく打ち付ける。

 

「ぐぁああああ!?」

 

アテム LP3800 → LP800

 

 攻撃力3000のモンスターが放つ直接攻撃は先の《トゥーン・仮面魔道士》の攻撃とは比較にならない程の衝撃を生み出す。

 その身が宙を舞うことは無かったが、イベントであるが故にあんじゅが意図的に威力を抑えたことが原因なのかもしれない。

 アテムは、もしもこれが本気であれば10mは吹き飛んでいたのではないかと推測していた。

 

「凄まじい一撃だ、優木あんじゅ……! だが、俺のライフはまだ残ってるぜ!」

「お褒め頂き恐悦至極で御座います。

 さて、挑戦者さんが発動した《一族の掟》により他のモンスターは攻撃を行なえないため、私はバトルフェイズを終了してメインフェイズ2へと移行しましょう。

 この時、トラピーズ・マジシャンの効果を受けた《トゥーン・アンティーク・ギアゴーレム》の破壊は、《トゥーン・キングダム》の効果によって無効となります」

 

 《トゥーン・仮面魔道士》の破壊を無効にした時と同じく、デッキトップを裏向きのまま除外する。

 漫画の世界(トゥーン・ワールド)に守られていなければガラクタになっていただろう機械巨人は、安堵の笑みを浮かべていた。

 

伏せ(リバース)カードを1枚セットして、トラピーズ・マジシャンと《ブラック・マジシャン・ガール》を守備表示に変更。

 これにて、第4幕を終了とさせて頂きます」

 

 《Emトラピーズ・マジシャン》

 ATK2500 → DEF2000

 

 《ブラック・マジシャン・ガール》

 ATK2000 → DEF1700

 

《これは危機一髪っ! 《裁きの天秤》による大量ドローで引き当てた奇跡の1枚、《クリボー》によって何とか持ち堪えたーっ!

 しかし、挑戦者の残るライフポイントは僅か800! もう後が無い!》

 

 たった1枚のカードで5枚のカードをドロー、更にその中に含まれた1枚が彼の敗北を遠ざけた。まさしく『奇跡』とも言える出来事に、僅かばかりの拍手が巻き起こる。

 しかし、ツバサが述べたようにアテムが残すライフは1000ポイントを下回った。プレイヤーへの直接攻撃が可能なトゥーンモンスターを前に、その程度の数値は有って無いようなもの。

 それどころか、あんじゅは既にほぼ全ての攻撃を遮断するコンボを完成させているのだ。

 

 誰もが、彼女の勝利を確信していた――。

 

 

 

●結束の力

 

 

 

 《トゥーン・キングダム》の前に並ぶ4体のモンスター、そして優木あんじゅ。モンスターとともに観客たちへと笑顔を振りまく彼女の姿は、さぞ眩しく映ることだろう。

 だが、幾重にも守りを固めた城はまさしく難攻不落。対峙する者にとってはこの上ない脅威に違いない。

 

「アテムくん……!」

「先輩……!」

 

 遥か後方から戦況を見守る穂乃果たちにできることは、アテムの勝利を願うことだけ。

 

 ――否。

 

 だけ、と言うのは間違いだ。彼女たちは、勝利を願って声援を送ることができる。2人の近くにいない海未たち5人も、必ず同じ感情を抱いているはずだ。

 

 

 

 例え『声』が直接耳に届かなくとも、『想い』は必ず届くのだから――!

 

 

 

「行くぜ、俺のターンッ!

 このスタンバイフェイズ、俺のフィールドにモンスターがいないため、《一族の掟》は墓地に送られる!」

 

 叫びながらカードをドローするアテムの動作には、一切の迷いが無い。それは圧倒的な差をつけられて自暴自棄になっているからではない。

 絶体絶命の危機など、数えきれない程に経験している。それでも彼は、仲間とともに乗り越えてきた。

 

(今の俺の手札では、奴に勝つことはできない。だが聞こえるぜ、穂乃果たちの声が! 仲間が信じてくれている限り、俺は戦える!)

 

 戒めが解かれた3体のモンスターが、再びフィールドを駆け巡る。

 アテムはその姿を気にも留めず、ドローしたカードをデュエルディスクへと差し込んだ。

 

「魔法発動、《死者蘇生》! 互いの墓地からモンスターを1体選択して、俺のフィールドへと復活させる!

 来い、《サクリボー》!」

 

 《サクリボー》

 ☆1 闇属性 悪魔族 ATK300

 

 再度フィールドへ現れる、小さな悪魔。

 残りライフ800しかない状況で呼び出すには不釣り合いな能力値(ステータス)だが、このモンスターは更なる力への布石。

 

「俺は《サクリボー》を生け贄に捧げることで、上級モンスターを召喚するぜ!」

 

 下級悪魔の魂を糧として、雷を放つ漆黒の悪魔が君臨する。

 

(力を貸してくれ、師匠!)

 

 

 

 ――出でよ、デュアルモンスター《真紅眼の凶雷皇(レッドアイズ・ライトニング・ロード)-エビル・デーモン》!!

 

 

 

 《真紅眼の凶雷皇-エビル・デーモン》(デュアル)

 ☆6 闇属性 悪魔族 ATK2500

 

 

 

「へぇ、デュアルモンスターまで入ってるのね……」

 

 あんじゅの小さな呟きは、悪鬼の咆哮によって掻き消された。

 

 

 『デュアル』

 

 

 この能力を持つ全てのモンスターはフィールド・墓地に存在する限り『通常モンスター』として扱われ、通常モンスターをサポートするカードの効果を受けることができる。

 だが、通常召喚権を行使して再度召喚するか、特別なカードを用いることで『効果モンスター』へと姿を変えて固有の能力を発動・適用できるのだ。

 例えば、今召喚されたエビル・デーモンは『自身の攻撃力以下の守備力を持つ相手フィールド上のモンスターを全て破壊する』という、一般的な効果モンスターよりも強力な効果を持つ。

 

 

 

 漫画の世界(トゥーン・ワールド)と真逆の空気を作り出すそれは、何の変哲も無いモンスターのはずだ。

 しかし、その悪魔の登場に驚愕した者がたった1人だけ存在した。

 

「あれは、私がアテムにあげたモンスター……!」

「にこ先輩が、アテムさんに?」

 

 そう、あの悪鬼は元々【デーモン】を使うにこが所持していたカード。

 

「厳しい特訓の末、アテムは自分だけの『にっこにっこにー』を習得した。その努力を認めて、私はカードを1枚だけ譲ってあげることにしたのよ」

 

 

 

 ――師匠、俺はこのレッドアイズが欲しいぜ!

 

 

 

「スカーライト辺りを要求したらキレるところだったけど、アテムはエビル・デーモンを真っ先に欲しいと言った。

 何枚か持ってたし、通常モンスターを多く使うアイツのデッキなら『デュアルモンスター』は相性がいいから、特に問題は無かったわ」

「そ、そうなんですか……」

 

 譲る理由がしょうもないと思う海未であったが、ふと小さな違和感が生まれた。

 

(確かに「レッドアイズ」と名のついたカードは存在しますが、どうしてアテムさんは「レッドアイズ」と言ったのでしょうか。

 彼が持っている《デーモンの召喚》のリメイクモンスターなのですから、「エビル・デーモン」と略す方がわかりやすいはずなのに……)

 

 だが、今それは重要なことではないはずだ。

 アテムは、《サクリボー》をリリースしてアドバンス召喚を行なった。ならば、彼の狙いはその効果にあるはずだ。

 

 

 

「俺は、上級モンスターの生け贄に使用した《サクリボー》の効果発動!」

 

《挑戦者、ここで《サクリボー》の効果を再び発動だ! このドローに、自らの運命を託そうというのか!》

 

 歯に衣着せぬツバサの実況。それはまさしく正解であり、デッキトップへと手をかけるアテムの手は小刻みに震えていた。

 

(綺羅ツバサの言う通り、このドローに全てが掛かっている。

 優木あんじゅに勝つために応えてくれ、俺のデッキよ!)

 

「ドローッ!!」

 

 アテムがカードをドローすると同時、辺り一帯に暴風が巻き起こる。

 一体どれだけの覚悟が篭められているのか、尋常ではない彼の気迫には誰もが気圧された。

 

「……来たぜ、活路を切り拓くための希望が!

 魔法発動――

 

 

 

 

 

 ――《森のざわめき》!!

 

 

 

 

 

「ッ!? そのカードは……!」

 

 多くの観客にとって見慣れないカードなのか、疑問符を浮かべる者ばかり。だが、対面のあんじゅの反応は違う。これまで余裕の表情を保ってきた彼女が、信じられないといった表情を浮かべていたのだ。

 ツバサには敵わないまでも、スクールアイドルの中でもトップクラスの実力を持つ彼女は各カードの能力を把握する努力を怠っていない。だからこそ、わかってしまう。

 

 アテムが発動したカード、それは今の状況を打破するためにこの上なく有効なカードであることを。

 

「《森のざわめき》は2つの効果を持つ魔法カード。

 まずは第1の効果だ! 相手フィールド上のモンスター1体を対象として、『裏側守備表示』に変更する!

 この効果の対象となるのは、当然《Emトラピーズ・マジシャン》!」

 

 冷たい風が吹き荒び、天空を駆ける奇術師を襲う。その姿は即座に消え失せ、持っていた盾も消滅。何の効果も発揮できないカードへと姿を変えていた。

 

「トラピーズ・マジシャンが表側表示で存在しなくなったことで、装備対象を失った《ガガガシールド》は破壊される。更に、攻撃力以下のダメージを無効化する効果は適用されない!」

 

 感嘆の声を漏らす観客たち。だが、彼は言った。《森のざわめき》は、『2つの効果を持つ』カードであると。

 

「まだだ! 《森のざわめき》の更なる効果! 相手モンスターの表示形式を変更した後、場に存在するフィールド魔法《トゥーン・キングダム》を『手札に戻す』!!」

 

 今度は、あんじゅだけでなく全ての者が理解した。《マジック・ガードナー》の効果によって『破壊』から守られた王国。

 しかし他の方法なら?

 

 漫画の世界(トゥーン・ワールド)はパタリと閉じられ、見る見るうちに消えていく。

 

「《トゥーン・キングダム》を『破壊』できないのならば、『手札に戻す』まで!

これにより、トラピーズ・マジシャンと《トゥーン・キングダム》は1ターンのみ姿を消すぜ!」

 

《な、なんということでしょう! たった1枚の魔法カードが、鉄壁の防御を打ち消した!

 しかも、それだけではありません! 《トゥーン・ワールド》が『破壊』されたわけではないため、《トゥーン・仮面魔道士》は破壊されませんが――》

 

 王国が忽然と消失したことで、機械巨人と道化師は慌てふためく。漫画の世界(トゥーン・ワールド)の住人にとって、これは当然の反応だろう。

 だが、たった1人だけ。魔法少女だけは異なる動きを見せる。

 

「これは困りました……。《コミックハンド》は《トゥーン・ワールド》が『存在しない』場合に破壊されてしまいます、ね」

 

 装備魔法《コミックハンド》は、《トゥーン・キングダム》の中から飛び出た腕。それが《ブラック・マジシャン・ガール》を捕らえ、トゥーンモンスターに変えていた。

 ならば、支えとなっていた王国が無くなればどうなるか。

 

「戻って来い、《ブラック・マジシャン・ガール》!!」

 

 《マジック・ガードナー》の効果で1度だけ破壊を免れても、《トゥーン・ワールド》が『存在しない』ことに変わりはない。

 魔法少女は自身を捕らえる腕から飛び出し、本来の姿を取り戻して主の元へと帰還した。

 

「これによって、手札からこのカードを発動できるようになった! 装備魔法《ワンダー・ワンド》を《ブラック・マジシャン・ガール》に装備して、攻撃力を500ポイントアップさせる!」

 

 《ブラック・マジシャン・ガール》

 ATK2000 → ATK2500

 

 翠の宝玉が取り付けられた杖を持ち、魔法少女の魔力が高められる。悪鬼と同等の力を得たことになるが、それでも機械巨人には届かない。

 しかし主の真意に気付いている彼女は、瞑目して更なる命令を待つ。

 

「《ワンダー・ワンド》の更なる効果発動! このカードと装備モンスターを墓地に送ることで、デッキから2枚のカードをドローするッ!!」

 

(必要なカードは、あと1枚!)

 

 杖を持つ魔法少女の姿が消えていき、彼女の魂は新たに2枚のカードとなってアテムの手へと握られる。これでフィールド上のモンスターはエビル・デーモン1体だけとなったが、手札は4枚。

 追いつめられていたはずが、その状況は徐々に変わりつつある。

 観客たちからは『まさか』といった感情が生まれ、あんじゅでさえ感心せずにはいられなかった。

 

「ふふっ。《森のざわめき》1枚で私のトゥーンモンスターを無力化し、手札まで増やすとはお見事です。

 しかし挑戦者さんも仰るとおり、それも1ターンだけ。このターンで私のライフポイントを削りきれなければ、次の私のターンで再び《トゥーン・キングダム》は発動されます」

 

 《ブラック・マジシャン・ガール》を奪い返されて尚、彼女のフィールドには攻撃力3000の《トゥーン・アンティーク・ギアゴーレム》と守備表示の《トゥーン・仮面魔道士》が存在する。

 アテムのライフは残り800ポイント。どちらか一方が倒されたところで、次のターンで直接攻撃を仕掛けることが可能だ。

 

(それに私が伏せたカードは、相手モンスターが攻撃してきた時に発動できる罠カード《砂塵のバリア -ダスト・フォース-》。

 相手フィールドの攻撃表示モンスターを全て裏側守備表示にした上で、表示形式の変更を封じるこのカードなら、大抵の攻撃は止められる。

 どうするのかしら、アテムくん?)

 

「確かにお前の言う通り、俺はこのターンでお前のライフを0にしなければならない。だが、このドローによって、勝利へのピースは全て揃ったぜ!

 俺は手札から、魔法カード《融合》を発動ッ! フィールドに存在する『「レッドアイズ」通常モンスター』、真紅眼の凶雷皇(レッドアイズ・ライトニング・ロード)と、手札の『レベル6「デーモン」通常モンスター』、《デーモンの召喚》を融合させる!」

 

 《デーモンの召喚》

 ☆6 闇属性 悪魔族 ATK2500 / DEF1200

 

「その2体を素材とした融合召喚……!?」

 

 残る手札でトゥーンモンスターの除去を行なうのかと思っていたが、アテムが発動した魔法カードには改めて驚愕せずにいられない。なぜなら、『2体の通常モンスター』で呼び出される融合モンスターは《始祖竜ワイアーム》というモンスターしか存在しないはずだったからだ。

 

(それに、「レッドアイズ」なんてカテゴリ、聞いたことがない……!)

 

 

 

「真紅の瞳を輝かせる悪鬼よ! 幻惑の悪魔と交わりて、新たな可能性を生み出さん! 融合召喚ッ!!」

 

 雷を纏いし悪鬼が、より凶暴性を増していく。

 紫色の筋肉は真紅に染まり、両翼からは爆炎が噴き出す。

 長大な尾と首を伸ばすその姿は、『竜』と呼称するに相応しい。

 

(共に戦ってくれ、城之内君!!)

 

 

 

 

 

 ――降臨せよ、レベル9! 《悪魔竜ブラック・デーモンズ・ドラゴン》!!

 

 

 

 

 

 《悪魔竜ブラック・デーモンズ・ドラゴン》

 ☆9 闇属性 ドラゴン族 ATK3200

 

 《トゥーン・アンティーク・ギアゴーレム》の攻撃力を僅かに上回り、体躯に至っては倍以上。

 

《な、なんということでしょう! 挑戦者、またしても見たことのないモンスターを召喚したーっ!》

 

 アテムのフィールドに君臨した悪魔竜の咆哮はステージを揺るがし、全ての者を戦慄させた。

 

《私が知る限り、「レッドアイズ」と名のついたモンスターは存在しますが、カテゴリとしては存在しないはず! しかも「レッドアイズ」と言えば皆さんが知っての通り、《真紅眼の黒竜(レッドアイズ・ブラックドラゴン)》!

 デュエルモンスターズの黎明期、全国大会の上位入賞者だけに与えられた、伝説の超レアカードです!》

 

 《真紅眼の黒竜》とは、レベル7・ドラゴン族・闇属性・攻撃力2400・守備力2000の通常モンスター。

 今でこそ他のモンスターに見劣りする能力値(ステータス)だが、全国大会の上位入賞者にのみ与えられるカードとあれば希少価値はかなりのもの。

 オークションに出品した場合、百万円は下らないことだろう。

 

(さっきのセリフから、あの融合モンスターは《真紅眼の黒竜》を素材とすることを前提としている。

 ふふ、アナタがそんな隠し玉を持っていたなんてね。どれだけ私たちを驚かせてくれるの……!)

 

 

 

 超レアカードの《真紅眼の黒竜》を前提とした、未知の融合モンスター。しかし、それはアテムが元々持っていたカードというわけではなかった。

 

「あれって、さっきのお婆さんから貰ったカード!?」

 

 そう、《悪魔竜ブラック・デーモンズ・ドラゴン》は先程出会った老婆がアテムへと譲渡したもの。

 誰も見たことのないカードということは、その価値はどれ程のものか想像もつかない。カードショップを経営していたと言っていたが、何を思って無償で譲ったのだろうか。

 

「先輩が素材としたモンスターも、今まで使っているのを見たことがない。

 確か、にこ先輩からカードを貰ったって言っていたわね……」

 

 『偶然』手にしたばかりのモンスターを素材として、『偶然』出会った初対面の者から貰った融合モンスターを召喚。本当に、このような偶然があり得るのだろうか。

 だが、悪魔竜の咆哮によって興奮が最高潮に達した会場では、そのような不安は小さなこと。

 今、最後の攻防が始まる。

 

 

 

「俺は手札から、魔法カード《フォース》を発動! 対象は《悪魔竜ブラック・デーモンズ・ドラゴン》と、《トゥーン・アンティーク・ギアゴーレム》!

 対象モンスター1体の攻撃力を半分にし、その数値をもう一方のモンスターの攻撃力に加えるぜ!」

「今までは《トゥーン・キングダム》の効果により、対象に取られることはありませんでしたが……」

 

 トゥーンモンスターを守っていた漫画の世界(トゥーン・ワールド)も、今はあんじゅの手札にある。つまり1ターンに限り、対象に取る効果が有効となり、破壊することも可能になったということだ。

 力を吸い取られた機械巨人から発せられる歯車の音が徐々に小さくなり、反対に悪魔竜の身体から迸る雷撃と爆炎の勢いが一層増していく。

 

 《トゥーン・アンティーク・ギアゴーレム》

 ATK3000 → ATK1500

 

 《悪魔竜ブラック・デーモンズ・ドラゴン》

 ATK3200 → ATK4700

 

 相手を弱体化させ、悪魔竜の攻撃力が上昇。

 その光景に、アテムはかつての戦いを思い出していた。

 

(あの時と、似ているな)

 

 

 

 ペガサス・J・クロフォードを倒し、祖父の魂を取り戻すために乗り込んだ決闘者の王国(デュエリスト・キングダム)

 アテム……いや、遊戯はその途中で立ちはだかった迷宮兄弟を倒すため、親友の1人である城之内克也とともにタッグデュエルを挑んだ。

 

 遊戯が操る《デーモンの召喚》と、城之内が操る《真紅眼の黒竜》

 

 2体のモンスターを融合させて誕生した、《ブラック・デーモンズ・ドラゴン》

 

 迷宮兄弟が召喚した切り札《ゲート・ガーディアン》の攻撃力を超えるため、城之内が《ものマネ幻想師》の効果でコピーした魔法カード《フォース》

 

 

 

 なぜ、偶然出会っただけの老婆がこの融合モンスターを渡してくれたのか。最初は不審に思っていたが、最早そのような感情は消え失せた。

 むしろ、今は逆。新たにできた仲間との絆を繋いでくれたことに感謝しなければならない。

 

 

 

「バトル! 俺は《悪魔竜ブラック・デーモンズ・ドラゴン》で、《トゥーン・アンティーク・ギアゴーレム》を攻撃!」

「そうはさせませんよ、挑戦者さん! 罠発動、砂塵の…………ッ!?」

 

 懐かしき想いを胸に、アテムは悪魔竜へと攻撃命令を下した。

 攻撃反応型の罠カードを伏せていたあんじゅは、当然そのカードを発動しようとするが、一向に発動されることはない。

 

「まさか……!」

「そのまさかだ! このモンスターが攻撃する時、相手はあらゆるカード効果を発動できない!

 さっきのお返しだぜ!」

 

 

 

 ――メテオ・サンダーフレアッ!!

 

 

 

《カード効果の発動を許さない、容赦ない一撃が《トゥーン・アンティーク・ギアゴーレム》を襲う!

 しかも、魔法カード《フォース》によって攻撃力の差は3200! これは大きなダメージだーっ!》

 

 雷撃を纏った3発の火炎弾が、機械巨人に炸裂する。

 敵の力を吸収して威力を増した爆炎は、心臓部もろとも全てを焼き尽くす。

 

「きゃあっ……!」

 

あんじゅ LP4000 → LP800

 

「これで、バトルフェイズは終了だ」

 

 これまで傷一つつけることのできなかった、あんじゅのライフポイントが大幅に削られる。

 大ダメージを受けた彼女は少しだけ仰け反るが、倒れることはない。

 衝撃によって発生した土埃を払いながら、静かに、されど観客全員に聞こえるような声で彼女は言葉を紡いだ。

 

「素晴らしい攻撃でしたね、挑戦者さん。これでライフポイントは互角。

 しかし、私のフィールドには《トゥーン・仮面魔道士》が残っています。あなたのフィールドに攻撃可能なモンスターが残されていない以上、次のターンで私の――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――何勘違いしているんだ? まだ俺のターンは終了していない!

 

 

 

 

 

 

 

 

『ッ!』

 

 アテムの言葉に、誰もが耳を疑う。

 彼のフィールドにモンスターはおらず、バトルフェイズの終了も宣言した。

 残る手札のカードを伏せたところで、《トゥーン・キングダム》が再発動されればほとんど打つ手は残されていないはずではないか。

 

「確かに俺はバトルフェイズを終了すると言った。だが、この瞬間! 《悪魔竜ブラック・デーモンズ・ドラゴン》の更なる効果発動!」

 

 宣言と同時に、悪魔竜の紅き双眸が煌き、両翼の爆炎は漆黒に染まる。

 

「融合召喚したこのモンスターがバトルを行なったバトルフェイズが終わる時、俺の墓地に存在する「レッドアイズ」と名のついた通常モンスター1体を対象として、元々の攻撃力分のダメージを相手プレイヤーに与える!

 俺が選ぶのは、当然《真紅眼の凶雷皇-エビル・デーモン》!」

「攻撃力は、2500……!」

 

 あんじゅの手札に、カードはない。そして、伏せ(リバース)カードを攻撃宣言時に発動しようとしていた。

 つまり、これを防ぐ手段はない。

 

(私の負けか…………あれ?)

 

 その時彼女はアテムの後ろに、金髪の少年と漆黒の竜の姿を見たような気がした――。

 

「この一撃こそが、俺たちの結束! 俺たちの可能性! 行け、《悪魔竜ブラック・デーモンズ・ドラゴン》!」

 

 

 

 ――インフェルノ・ファイア・ブラストッ!!

 

 

 

 獄炎の砲弾があんじゅへと爆裂する。莫大なエネルギーが宿った一撃は大爆発を巻き起こし、ステージは煙幕に包まれた。

 

《こ、これは凄まじい爆発! 信じられない程の衝撃です!》

 

 爆発と同時にステージの下へと降りていたツバサが叫ぶ。

 既に観客たちからは2人の姿が見えなくなり、会場全体がどよめいた。ソリッド・ヴィジョン故に実害は無いはずだが、あまりにも激しい衝撃に心配せずにはいられなかったのだ。

 

 やがて1分ほどの時間が経過しただろうか。

 悪魔竜の咆哮が煙幕を吹き飛ばし、2人の決闘者の姿が顕になった。

 

「ふふっ、私の負けね。おめでとうっ♪」

「ああ、いいデュエルだったぜ。俺の……いや、俺たちの勝ちだ!」

 

あんじゅ LP800 → LP 0

 

 

 

《決着ーっ! 『A-RISE』主催デュエルイベント、ラストデュエルを制したのは、挑戦者!

 絶体絶命の状況から、トラピーズ・マジシャンと《トゥーン・キングダム》を無力化し、1ショットキルで大逆転勝利!

 皆さま、改めて彼に惜しみない拍手を!》

 

 たった1ポイントもダメージを与えられずに敗北してしまうかと思いきや、マイナーな魔法カードで活路を開き、あまつさえ未知のモンスターを呼び出す逆転劇を魅せられれば、興奮を抑えきれるはずがない。

 更には死闘を繰り広げた2人の決闘者が健闘を讃え合って、実況のツバサでさえステージに跳び上がり褒めちぎっているのだ。その清々しい光景を見れば、たとえ敗北した人物が人気スクールアイドルであろうとも、悲しむ者はほとんどいない。

 

 

 

 穂乃果は、自分たちの想いが届いたことが嬉しいのか、目に涙を溜めながら真姫を抱き締めていた。

 

 海未とことりは、大切な友人が劇的な勝利を飾ったことに惜しみない拍手を送る。

 

 花陽と凛は、思わず飛び跳ねてしまう程の喜びを胸に抱いた。

 

 にこは、自らが渡したカードを用いてあの『A-RISE』を打ち破ったという事実に、かつてない高揚感を得た。

 

 

 

 『μ’s』全員が戦友の勝利に沸き、全ての観客たちが引き起こす溢れんばかりの歓声と拍手が、天高く鳴り響いた。

 

 

 

 

 

 

 少年と少女たちを、ビルの上から黒衣の老婆が見つめている。

 

「蒼き龍は『勝利』をもたらす。しかし、紅き竜がもたらすものは『勝利』に非ず、『可能性』なり」

 

 右手に握られるのは1枚のカード。真紅の眼を輝かせる、漆黒の竜。

 

「さぁて、今度はどこに行こうかねぇ」

 

 やがて老婆の姿は、夕陽の中へ溶けていった――。

 

 

 

●2人のリーダー

 

 

 

 数分後。秋葉原を後にした『μ’s』一行は部室へと帰還していた。

 最終下校時刻も迫り、そろそろ帰らなくてはならないのだが、大事なことを1つ忘れていたのだ。

 

「結局、リーダーはどうするのよ……」

 

『あっ』

 

 小さな苛立ちを含ませながらにこが呟き、残るメンバーは今まで忘れていたかのように間の抜けた声を発する。

 アテムが大逆転1キルという劇的な勝利を収めた後、彼女たちは観客から詰め寄られる前に大急ぎでUTX学院を後にしていた。

 幸い、ほとんどの観客はイベント終了後に行なわれたミニライブに意識が奪われていたため、別段苦労せずに抜け出すことはできた。しかし、あのまま留まっていれば間違いなく質問攻めに遭っていただろう。花陽とにこは最後まで駄々をこねていたが、こればかりは我慢してもらうしかない。

 海未は懐からカラオケとダンスゲームの採点結果を取り出すが、改めて確認しても実力は五分五分。

 

「そうですね……。先程も話していた通り、歌とダンスにほとんど差はありませんし、これでリーダーを決めるのは難しいのではないでしょうか」

「だ、だったら全員でデュエルを……」

「それこそ難しいと思うわよ、にこ先輩。ここにいる全員の実力はほぼ互角。最も勝率の低い穂乃果先輩でさえたまに……いや、稀にぶん回して1キルしてるしね」

「真姫ちゃん、なんで言い直したの?」

 

 にこには悪いが、全員が真姫に同意した。デュエルで決めようとなると最も勝率の高い人物はアテムとなる。次点はことりだが、あの逆鱗状態をカウントすべきかは正直躊躇われる。

 

「どのSNSでも、センパイを始めとして優木あんじゅさんに勝ったという3人の話題で持ち切りですね。

 個人情報保護のためか、イベントの動画や写真はネット上に公開された瞬間に削除されているようですが」

「凄いなぁ、今はそんなこともできちゃうんだね。でも、特徴はわかるみたいだよ。

 『ヒトデ頭が見たこともないドラゴンを使って逆転1キルした』……これは、アテムせんぱいだね。

 次は『白黒仮面の男が《サイバー・エンド・ドラゴン》にそっくりなモンスターを召喚して、《リミッター解除》を発動。正真正銘の1ターンキルを見た』とか。

 最後に、『ヘルメットの男が「てっくじーなす」とかいうモンスターを使って、相手ターンにシンクロモンスター同士でシンクロ召喚。《ゼロ・フォース》とのコンボで攻撃力を0にしてロックを解除。召喚口上が超カッコ良かった』とか。あのおじいさんとは違う人なのかな?

 ……ことりせんぱい、どうしたの?」

「え!? な、なんでもないよ! ………………あとで電話しとこう」

 

 花陽、凛、ことり。3人の言葉の中に各々気になる部分はあったが、今は重要ではない。

 ことりは、凛に追求を逃れるように言葉を続けた。

 

「で、でも! やっぱりアテムくんは凄いよね。あの『A-RISE』に勝っちゃうんだもん!」

 

 事ある毎にアテムをkm単位で吹き飛ばしている人間が言うセリフではないはずだが、皆同じ気持ちであった。それぞれのデッキの中にもいくつか攻略方法はあったが、完全に追いつめられた状況からの逆転は中々難しい。

 やはり彼は、ゲームに愛された王の如き存在なのだろうか。

 

 

 

「いいや。そいつは違うぜ、南」

 

 

 

 しかし、そんな評価をアテムは否定した。

 

「この世界に来たばかりの俺の知識と経験では、優木あんじゅに勝つことはできなかった。今日俺が勝てたのは、皆のおかげだ」

 

 彼はデッキケースから3枚のカードを取り出しつつ、語る。

 

「師匠が譲ってくれた「レッドアイズ」と、偶然出会った婆さんから渡された《悪魔竜ブラック・デーモンズ・ドラゴン》が、俺に『可能性』をもたらしてくれたんだ。ありがとう、師匠」

「ふ、ふん! 弟子の勝利に貢献するのは師匠の役目よ。大したことはないわ!」

 

 声が高くなり、顔を赤く染めている様子から、照れていることは明らか。『大したことはない』と言いつつも、内心ではかなり喜んでいるようだ。

 

「穂乃果から貰った《七星の宝刀》には、いつも助けられている。今の俺のデッキにとって、こいつは無くてはならない存在だ」

「えへへ、あの時はここまで大活躍するとは思わなかったけどね」

 

 出会って1日も経っていないのに穂乃果がアテムへと譲ったという魔法カードは、今では彼のデュエルで毎回のように使用されている。本人が言うように、手足のような存在と言って良いのかもしれない。

 

「何より、皆が俺の勝利を信じて声援を送ってくれたからこそ、俺は諦めずに最後まで戦うことができた。

 『俺』が優木あんじゅに勝ったんじゃない。『俺たち』が勝ったんだ!」

 

『……!』

 

 普通ならばこっ恥ずかしいと思えるセリフ。だが、彼が一切の迷いもなく告げると、それが真実であるかのような感覚を抱いてしまう。

 本当に、不思議な男である。

 

しかし、このままでは肝心のリーダーが決まらない。放課後の練習時間を全て使った挙句結論が出ないとなると、明日以降の練習に支障を来すことはある程度想像がつく。

 

「仕方ないわねぇ。やっぱりこの私が――」

 

 

 

「それじゃあ、リーダーは無くてもいいんじゃないかな?」

 

 

 

 にこが胸を張って立ち上がったのと同時、突然穂乃果が呟いた。

 

「だって、今までリーダー無しでもやってきたんだし大丈夫だと思うよっ!」

「ちょっと待ちなさい! リーダー無しのグループなんて、聞いたことがないわよ! 大体、センターはどうするのよ!」

 

 規模がどうであれ、団体行動にはリーダーが必要不可欠。纏める者がいなければ、物事は進まない。にこの指摘に対して、穂乃果は一瞬だけアテムへと目をやって続きを語る。

 

「私、思うんだ。歌もダンスもデュエルの戦績も同じくらいの点数ってことは、皆がセンター……、『主役』になれるってことでしょ。

 アテムくんのデッキが私やにこ先輩が渡したカードで強くなったように、皆のいい所を詰め込んで活躍できる曲、作れないかな?」

 

 海未、真姫、ことりへと視線を向けて、穂乃果は問いかける。

 

「まぁ詩は……、作れなくもないですね」

「そういう曲、無くはないわ。もっとも、無くても作ってみせるけどね」

「ダンスも、今の7人ならできると思うよっ!」

 

 3人とも、迷いなく賛同した。

 凛もソロで歌うことに強い意欲を示し、花陽も恥じらいながらも是非やってみたいという空気を醸し出す。

 そして、にこも。

 

「まったく、仕方ないわね。ただし、私のパートはかっこ良くしなさいよっ!」

「了解しましたっ♪」

「よし、ならば俺もセンターに――」

 

『ありえないから』

 

「……ぐすん」

 

 アテムがいつもの調子を取り戻す中、最終下校時刻を告げるチャイムが鳴り響く。残念ながら、今日のところは帰らなくてはならない。

 しかし、明日からはまた新しい『μ’s』が始まる。全員が主役になれる、そんなスクールアイドルが。

 

 

 

 帰り道。先頭に立って談笑する穂乃果とアテムを見て、海未は言葉を紡ぐ。

 

「リーダーは、もう決まっているのかもしれませんね。

 何にも囚われないで、1番やりたいことや1番面白そうなことに怯まず真っ直ぐに向かっていく。

 それは、穂乃果にしかできないことです」

「うん、そうかもしれないね」

 

 海未とことりは、昔からそんな穂乃果が大好きで、同じ時間を過ごしてきた。その優しさで皆を引っ張っていく彼女は、リーダーとしてのカリスマ性を十二分に持っているはずだ。

 

「それに、不本意だけど先輩もね」

 

 アテムが度々口にする『結束の力』……。詳細を聞いたわけではないが、彼はこれまで様々な困難を仲間との信頼で乗り越えてきたのだろうと、真姫たちは思う。

 花陽と凛とのタッグデュエルの時も、互いを信じていたからこそ勝利を掴んだ。

 今日のデュエルも、にこと老婆が託したカードを信じてデッキに組み込んだことで、『A-RISE』に勝つことができた。

 彼が常人では絶対に使役できないデッキを手足のように操ることができるのは、カードを信じる想いにデッキが応えてくれているからではないだろうか。

 

 『優しい笑顔』を持つ穂乃果とは違う、誰よりも『結束の力』を信じて戦う少年。

 これもまた、リーダーの資質と言えるのではないか。

 

 

 

「でも、センパイにあんなレアカードを渡したお婆さんって一体何者だったんだろう」

「そうだよねぇ。《ブラック・マジシャン》みたいに、誰も見たことのないカードを見ず知らずの人に渡すなんて普通はあり得ないし……」

「そもそも、私がエビル・デーモンをアテムに譲ってなかったら、召喚すること自体が不可能だったしね」

 

 花陽たちが言う通り、皆はやはり疑問は尽きない。

 あの広い秋葉原の地で再び出会うことは不可能であろうが、会って真意を確かめてみたい。

 

 そんな想いを抱きながら、夕暮れの街を歩くのだった――。

 

 

 

●最高の舞台で

 

 

 

「ねぇ、あんじゅ。アテムくんと戦ってみてどうだった?」

 

 場所は変わって、UTX学院。イベントを終えた『A-RISE』の面々はカフェスペース内のソファに座り込んでいた。3人で使用するには広すぎるのだが、多少なりとも疲れている彼女たちに近づく無粋な者はいない。

 ツバサは、ストローでアイスティーをかき混ぜながら、あんじゅへと問う。

 

「ふふっ。ツバサちゃんが言っていた通りの人だったわね。

 《一族の掟》と《サクリボー》のコンボや《森のざわめき》を使ったロック解除は、私だけでなくお客さんに対して、マイナーカードでも使い方次第だということを教えてくれた。果ては見たことのないドラゴンを融合召喚して逆転1ショットキル。

 白黒仮面さんやヘルメットさんもだけど、今日は凄く楽しかったわ。特にあの《ブラック・マジシャン・ガール》、私も欲しいなぁ」

 

 エクストラデッキなどで多くの縛りを設けていたが、デュエル中は全力を出して戦った。反省こそすれ、言い訳をするつもりは一切ない。

 

「……白黒仮面さんに後攻1ターンキルをされた時は、悔しかったけど」

「最強のデュエルスクールアイドルと言われている私たちも、思わぬカード・コンボ・戦術によって驚かされる。

 何が起こるかわからないからこそ、デュエルは面白いのよね」

 

 UTX学院に入学してから無敗であるツバサが言っても説得力は薄いが、何はともあれ観客も盛り上がっていたのだからイベントは大成功と言える。

 

 

 

「それにしても、不可解だな……」

 

 英玲奈は手元のノートPCでいくつもの動画サイトやSNSを閲覧しながら、怪訝な顔をする。

 『A-RISE』はこれまでもデュエルイベントを開催したことがあり、その様子はUTX学院に通う有志の生徒やファンの人々が撮影を行なっていた。

 しかし、撮影した映像は原則非公開と定められている。ライブと違ってスクールアイドルでもない人の顔を、例え許可を貰ったとしてもネット上へ公開するのは後々のトラブルになりかねないからだ。その代わりに、デュエルの流れを記録したデータのみをアップロードしている。

 一方スマートフォンなどで撮影したファンに対しても、決してアップロードしないよう促しているのだが、我慢できずに公開してしまう者は頻繁に現れる。

 これまでは学院内のコンピューター研究部の協力の元、逐一削除してきたのだが――

 

(今日に限ってはアップロードされた瞬間に削除されている。これはあまりにも異常だ)

 

 英玲奈も試しにあんじゅが映っている場面のみをアップロードしてみたのだが、やはり一瞬で削除されてしまった。

 これはコンピューター研究部の部員が張り付いていても不可能なはず。つまり、何者かがプログラムを設定したと考えるのがまだ自然だろう。

 

(私たちとしては願ったり叶ったりだが、誰が何のために……?)

 

 考えられるのは、イベントに参加した10人の関係者。特に白黒仮面の男とヘルメットの男が怪しいと英玲奈は睨んでいる。

 どのような理由で参加したのかは不明だが、顔を隠し、デュエルの後はすぐに姿を消した彼らのことだ。未知のモンスターや戦術を全世界に広めないために手を打っていてもおかしくない。

 

(その技術、是非とも提供して欲しいものだな)

 

 

 

「ところで、ツバサちゃんはアテムくんにデュエルを挑んだりしないの?

 音ノ木坂学院に連絡するとか、次のイベントに招待するとか」

「う~ん、そうしようと思ってたけど……。今はそういう気分になれないわね」

 

 あんじゅの質問に対するツバサの返答は、意外なものだった。

 普段の彼女であれば、強そうな相手を見つけては勝負を挑み、多少の苦戦はしても最後には勝ってしまうのが常であったからだ。

 

「全ての召喚法を自在に操る『無敗の絶対王者』が、随分と消極的だな。もしや怖じ気付いたのではあるまいな」

「まさか、この私に限ってそんなことあるはずがないじゃない」

「む、これは失敬」

 

 一瞬だけ放たれた闘気に、英玲奈は思わずティーカップを取り落としそうになる。常人であれば失神……、良くて目眩は避けられないだろう。

 

「アテムくんとデュエルをしてから、『次に会う時は決着を付ける』と思っていたのは事実よ。

 でも、あんじゅとのデュエルを見て考えは変わった。私と彼の決着は、今日のような小さなイベントで付けていいものじゃない」

 

 ツバサは英玲奈からノートPCを奪い取るように操作すると、とある匿名掲示板のページを表示する。そこには、この頃噂されている『祭典』についての話題が上がっていた。

 

「この噂は間違いなく真実。今の『μ’s』はまだ私たちの足元に及ばないけれど、必ず勝ち上がってくるはずよ。

 私たちは、ここでスクールアイドルとして真の頂点に立つ。

 その上で改めて彼にデュエルを申し込む」

 

 そう言って彼女は自らのデッキから、1枚のカードを抜き出した。雄々しくも美しく輝く、二色の眼の龍を。

 

「この子も、アテムくんの『隠し玉』と大舞台で戦ってみたいって私に訴えかけているわ。数日前にほんの少しだけ感じられた強大な力、あれと戦えばすっごく盛り上がると思わない?」

 

 ツバサの話によると、数日前の10分程度の短時間。音ノ木坂学院の方角からとてつもなく強大な力が発生したらしい。目視できない距離にいたはずの彼女がここまでの反応を示すということは、当然並のモンスターではない。

 また、そんな力を出せる決闘者はアテム意外にあり得ないと言う。

 

 

 

「私たちは、もっともっと強くなる。『μ’s』の皆さん、アナタたちと繰り広げる最高のショーを楽しみにしているわ……!」

 

 

 

●ことりと店長

 

 

 

 時刻は22時を少し過ぎた頃。ことりは自室のベッドに腰掛けながら、とある人物へと電話を掛けていた。

 相手は、蟹のような頭髪の男性。穂乃果たちには内緒でアルバイトをしている喫茶店の店長だ。

 

「夜分遅くにすみません、店長」

 

《いえ、大丈夫ですよ。貴女がこのような時間に電話を掛けてくるのは珍しいですね。……要件は今日のことですね》

 

 店長と呼ばれた人物が、何か飲み物を啜る音が聞こえてくる。大好物であるホットミルクであろうか。

 

「その通りです。『《サイバー・エンド・ドラゴン》にそっくりなモンスター』に、『「TG(テックジーナス)」と名のついたモンスター』といったら、あの2人しかいないはずです。

 いくらなんでも目立ち過ぎですし、仕事はどうしたんですか」

 

《その時間は交代で休憩して貰っていたので、2人ともサボってはいませんよ。『――』も3人分の働きをしてくれますしね。

 私も、いつも楽をできるというものです》

 

「仕事してください、店長」

 

 基本的には何でもできる人なのだが、この店長は隙を見つけてはカードショップに繰り出す傾向がある。彼の悪癖には、ことりを含めたスタッフ全員が共有する悩みの種となっていた。

 『文字通り』3人分の働きをするスタッフについても、アテムという人物がマシと思えてしまう程に奇怪な人物(?)だ。

 

「あ、それと……」

 

 問い質さなくてはならないことがもう1つだけ。

 

「今日のイベントの動画や写真が全部アップロードされた瞬間に削除されているみたいですけど、あれは店長たちがやったんですよね。

 誰かの陰謀だとか、都市伝説だとか、ネット上で大騒ぎになってますよ?」

 

《ふむ。我々の個人情報が全世界に流出しないように、仕事の時間を惜しんで作製したプログラムだったのですが、随分と騒がれているようですね。

 折を見て、こちらから公開するようにしましょうか》

 

「仕事してください、店長」

 

 店長曰く『この世のプログラムは全て私たちにとっては子供騙し』とのことだが、今日のようなことは勘弁願いたいものである。完全に悪目立ちしているし、下手をすれば警察沙汰になりかねない。

 

「とにかく、今後は自重してくださいね。何かのきっかけで、私がアルバイトしていることが友達に漏れるかもしれないですから」

 

《わかりました。ことりくんに迷惑がかかってしまうのはよくありませんし、ね》

 

 

 

 その後は、今後のシフトについての相談をした。

 新曲を作って練習をする時間が必要であるし、あと1ヶ月も経たない内に期末試験が始まる。土日を中心として組んでいるシフトも、試験勉強のために調整して貰う必要があるだろう。

 

「すみません、ご迷惑をお掛けします」

 

《気にする必要はありませんよ。貴女が『伝説のカリスマメイド』とはいっても、1人休んだくらいで売上が落ちる店ではありません。

 学生は学生らしく、やりたいことに励んでください》

 

「ありがとうございます。でも、店長はもっと仕事してください」

 

《ははは、これは手厳しい》

 

 彼が経営する喫茶店でアルバイトを始めてから、そろそろ2ヶ月。待遇に不満点は無いのだが、こんなサボってばかりの店長でよく経営が成り立っているものだと常々思う。

 他のスタッフも気の毒だが、長年の付き合いだという3人(5人?)に対しても同情を禁じ得ない。

 

 

 

「――はい、おやすみなさい」

 

 通話を終え、スマートフォンを充電器に繋ぐ。

 いつも以上に充実して楽しい1日だったが、流石に疲れた。明日も朝が早いし、新曲の作製も始まる。

 

「皆が一緒なら、大丈夫だよね……」

 

 2人の幼馴染に比べれば、何もない自分。それでも、皆で力を合わせて頑張っていきたい。

 

 愛する友人たちとの輝かしい未来を夢想し、ことりは夢の世界へと旅立った――。

 




 マリー・アントワネット曰く、「破壊できないならば、破壊意外の方法で除去すればいいじゃない」

 《森のざわめき》でロックを解除すると予想できた人は、多分いないんじゃないでしょうか。
 意外なカードがキーカードになるところが、創作デュエルの面白いところです。

 にこからエビル・デーモンを貰って、《悪魔竜ブラック・デーモンズ・ドラゴン》を出す展開は彼女が【デーモン】を使う段階で考えていましたが、やはり手札消費が激しいですね。
 そのため《裁きの天秤》の大量ドローになってしまいましたが、改めて《天よりの宝札》(原作効果)の壊れっぷりを実感します。

 あんじゅがトラピーズ・マジシャンと《トゥーン・アンティーク・ギアゴーレム》を並べる小ネタを仕込めたところは個人的に満足できましたが、《フルハウス》を出せなかった点はちょっとだけ心残りだったり……。

 ことりのバイト先がとんでもないことになってますが、詳細は「Wonder Z-ONE」編にて!
 
 次章からは、ようやく絵里の出番が増えます。
 セルゲイ並に耐えたことですから、きっと大活躍することでしょう。

 絵里「耐えた甲斐あった!」

 それでは、次回もよろしくお願いします。

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