ヲーがラーとして、真に救われることを願います。
さて、ゴッドフェニックス(威力抑えめ)の被害者は誰になることやら……。
それでは、どうぞ。
●にこは会話の対象にならない
「リーダーには誰が相応しいか。だいたい、私が『μ’s』に参加した時点で考え直すべきだったのよ」
一切の電気が落とされた『アイドル研究部』の部室にて。両手の指を組んで顎に当て、さながら某司令のような姿勢でにこは呟いた。
「それなら俺が――」
「黙りなさい下っ端、アンタは論外よ!」
「酷いぜ師匠!」
「私は、穂乃果ちゃんでいいけど……」
開始10秒と保たずに話題が脱線しかける師弟漫才を余所に、ことりが1票を投じる。だが、にこは即座に却下した。
「ダメよ。今回の取材ではっきりしたでしょう? この娘はリーダーにまるで向いていないの」
なぜこのような議題が上がったのか。それは昨日の練習後、希と凛が高坂家へ取材に訪れた時まで遡る。
穂乃果の部屋で話をしている内に、誰がどのような役割をこなしているのかという話題になり、
Q:歌詞は誰が考えてるの?
A:海未ちゃん!
Q:新しいステップは?
A:ことりせんぱいだよ!
Q:じゃあ、曲は?
A:西木野だぜ!
アイドルとして主な業務を担当する3人の名前が出てくるが、穂乃果は全く挙がらない。では、彼女にはどのような役割が? ついでにアテムも。
――え、私? ご飯食べて、テレビ見て、他のアイドル見て、凄いなぁって思ったり、
――徹夜でデュエルすることもあるぜ!
海未たちの応援をすることもある、と補足したものの何もしていないのと同義である。というか、一介の女子高生が男子と同室で徹夜するというのは如何なものか。彼の場合は『そういう』心配はこれっぽっちも無さそうだが、健康上よろしくない。
とにかくそこで希が放った一言が、
――ウチ、前から思ってたんやけど。穂乃果ちゃんって、どうして『μ’s』のリーダーなん?
というものだ。
これまで『μ’s』のリーダーは発起人である穂乃果が2ヶ月以上そのまま続けていたのだが、特に不都合が無かったために、変更すべきだと言い出す者はいなかった。しかし、『練習の指揮はリーダーがやるものでは?』という希の疑問はにこの心を揺さぶったのだ。
「生徒会から借りる予定のカメラでPVも撮ることだし、新リーダーは早いとこ決めておくべきよ」
「PV……ですか?」
にこの言葉に反応した海未の声は、普段通りのもの。昨日は再起不能に陥っていたが、一晩経過したことでなんとか平常心を取り戻したようだ。
「リーダーが変われば、必然的にセンターも変わるでしょ? 次のPVは新リーダーがセンターよっ!」
歌う曲によってセンターを変えても良いのだろうが、仮にもリーダーが端で踊るというのは変な話だ。基本的にはリーダーがセンターで踊るべきであることは間違いない。
「確かに、その通りかもしれないわね」
「でも、誰が?」
左手で髪をいじりながら同意した真姫に続き、花陽が当然の疑問を投げかける。今まで穂乃果がリーダー(仮)を務めていた手前、急にリーダー変更と言われてもイマイチピンと来ない。
「ふっ、良い質問ね。そう来ると思って用意しておいたわ!」
立ち上がったにこが右横に設置されていた何も書かれていないホワイトボードをひっくり返――
ガンッ!
――そうとしたが、壁に当たって引っかかる。ついでに、その衝撃でペンやらマグネットやらが落下し、部室内になんとも言えない空気が流れた。
『…………』
「気にするな、師匠。大した問題じゃないさ!」
「うっさい!」
顔を真っ赤にしながら改めて回転させると、そこには『リーダーとは!!』の一言から始まる文章が書き連ねてあった。いつの間に書いたのだろうか。
「リーダーとは! まず第1に、誰よりも熱い情熱を持って、皆を引っ張っていけること!
次に! 精神的支柱になれるだけの懐の大きさを持った人間であること!
そして何より! メンバーから尊敬される存在であること! この条件を全て備えたメンバーとなると――」
「俺だ!」
「アテムくん晩ご飯抜き」
「ごめんなさい自重します」
音速で自薦したアテムを、穂乃果は光速で食い止めた。
「とにかく! リーダーは宇宙一の――」
「凛は、海未せんぱいがいいと思う!」
「わ、私ですか!?」
アテムに続いて自薦しようとしたにこを、すかさず凛が遮った。本人に悪気は無かったのだろうが、割り込まれたにこは身体の動きを止め、『私よりスペルスピードが上ですって……!?』と呟いている。穂乃果も、『海未ちゃんなら向いてるかも!』と凛に賛同していた。
「穂乃果、貴女はそれで良いのですか。リーダーの座を奪われようとしているのですよ?」
「私は別にいいと思うよ。皆で『μ’s』をやっていくっていうのは一緒でしょ?」
どうやら自身がリーダーであることに、特には関心を抱いていないらしい。花陽が『でも、センターじゃなくなるかもですよ!?』と言っても『まぁ、いいか』と受け流して全員を驚かせる程に。
「駄目だよ、穂乃果ちゃん! リーダーでもカードでも、奪われたら奪い返さないと!」
鬼気迫る表情で、ことりは穂乃果に詰め寄った。
メインデッキからコントロール奪取への対策を講じる彼女は、例え自分のことで無くとも役目を奪われることに並々ならぬ危機感を抱いているようだ。
「そういうことりせんぱい……は、副リーダーって感じだし……」
「だからといって、私たち1年生がやるわけにもいかないよね」
「じゃあ、どうするの? やっぱり海未先輩にやって貰う?」
1年生3人が意見を出し合う中、にこが『仕方ないわねー』と少しずつ声を大きくしながら語りかけているが、誰も気にする様子はない。
そんな彼女の横で『なるほど、師匠は会話対象にならない特殊効果を持っているのか!』とかふざけたことを宣っていたヒトデ頭は今晩のおかずが一品減らされることになるのだが、それはまた別のお話。
――仕方ないわねぇえええええッ!!
4回目には遂にメガホンを持ち出して叫んだところで、ようやく『あ、にこ先輩何か喋ってたんだ』『ずっと喋ってたわよッ!』という会話が成立する程度。相変わらず『μ’s』の《団結の力》は変なところで発揮されている。
「それで、どうするにゃ?」
「どうしよっかー」
最早アテムに近い扱いを受けてしまっているにこは、若干涙目だ。『対象耐性が仇になるとは……』とボヤいている辺り、かなり参っているらしい。
「ふ、ふふふ……。こうなったら仕方ない! アイドルらしく、歌とダンスで決着をつけようじゃないッ!」
「『仕方ない』が5回、来るぞ穂乃果!」
「何も来ないと思うよ」
●実はアニメ化してました
それから数十分後。『μ’s』一同は秋葉原のカラオケ店へと足を運んでいた。
カラオケルーム内に設置されている2本のマイクのうち1本を握りしめているにこの瞳には、既に炎の如き熱い闘志が宿っている。
「強い者が生き残る、それはデュエルモンスターズであろうと、アイドルであろうと、どこの世界も変わらない。歌とダンスの合計ポイントを競い合い、最も優れていたものがセンターよッ!」
「ポイント制だと!?」
にこへと追随するように、その弟子はタンバリンとカスタネットを鳴らして盛り上げる。しかし、
「でも、私カラオケは……」
「私も特に歌う気はしないわ」
海未と真姫はノリ気ではないようだ。真姫は興味なさ気に髪をいじり、海未は恥ずかしそうに目を逸らす。誰かに見つかるかもしれない弓道場で召喚口上の練習をする度胸があったはずなのだが、それとこれとは話が別らしい。
「なら歌わなくて結構。リーダーの権利が消失するだけだから!」
にこは、そんな2人を挑発しつつしゃがみ込むと、懐から1冊のメモ帳を取り出す。そこには複数の曲のリストが記されていた。
「くくくっ。こんな事もあろうかと、高得点の出やすい曲をピックアップして練習済み。各曲の最高得点も更新してるし、これでセンター確定……ッ!
さあ、始めるわよ!」
――カラオケなんて久しぶりだよね~。
――後で一緒に歌おうよ、かよちん!
――う~ん、どっちを歌うか迷うぜ!
――うわ、いつの間にか高騰してる……。もっと確保しておけば良かったわね。
穂乃果とことりは雑談に興じ、凛と花陽は一緒に歌うための曲を選び、センター争奪戦に一切関係ないアテムまで選曲し始め、真姫はデュエルモンスターズの相場を確認し、海未は視線を彷徨わせていた。
「ア、アンタら……!」
要するに、誰一人話を聞いていないということだ。
「ちょっとは緊張感持ちなさいよーッ!」
◆
「これで全員が90点以上、毎日レッスンしているおかげだねっ!」
結局、トップバッターのにこから始まり全員が歌うことになったのだが、元から歌唱力の高かった真姫は言わずもがな、全員が90点以上を記録した。たった今歌い終わった海未も同じで、採点結果は93点。最も低かったことりでさえ90点だったのだから、全員が並を遥かに超える歌唱力を持っていることは明白。
それはきっと……いや、間違いなく真姫の指導の賜物だ。各メンバーが苦手な部分を、彼女が逐一アドバイスしているおかげで急成長を遂げることができたのだろう。なお、声量に関してはデュエル中に度々叫んでいる影響で全く問題はなかった。
「こいつら、化け物か……!」
大差をつけて『悔しいでしょうねぇ、アッハッハ』と言ってやるつもりだったにこも、これは流石に予想外。リストを逆さまに持っている辺り、その動揺具合が伺える。
「ア、アンタたちも中々やるようね。でも次のダンスは……ん? 誰よ、次の曲入れたのは」
画面に次の曲が表示されたことで、思わず意識が逸れてしまった。最後の海未で7人全員が終わったはずだが……。
「俺だ!」
「アテム! アンタだったのね!」
そう言えば、すっかり忘れていた。もう一人歌いたがっている男がいたことを。
「俺だってカッコいいところ見せてやるぞー! 歌う曲は、TVアニメ『それいけ!腹パンマン』OPテーマ――」
――『唸れ! サイレントナックル』だぜ!
後に、この場に居合わせた7人は語る。
――走れ、跳べ、空高く! Go!
何故、自分たちはさっさと退出しなかったのか。
――放て渾身の腹パンチ! Yeah!
何故、彼の歌を止めようとしなかったのか。
――君の笑顔はランク13! それ行け僕らの腹パンマン!
生涯、その歌声を忘れることは無いだろう。
採点結果は5点だった。
●ダンスは、苦手だな
「次はダンス! 今度は歌の時みたいに甘く無いわよっ!
使用するのはこのマシン、『Apocalypse Mode EXTRA』!」
続いてやって来たのは、ゲームセンターのダンスゲームコーナー。
難易度の設定を細かくいじることができるらしく、にこは慣れた手つきで最初から最高難度に設定していた。
「にこ先輩、レベル高めに設定してるけど大丈夫なの?」
「わ、私ちょっと自信ない……」
「当たり前でしょ! どうせやるなら最高難度で挑まなきゃ意味が無いじゃない!」
真姫は例のごとく面倒くさそうに呟き、花陽は不安げに視線を彷徨わせる。その一方で、にこのテンションは異常な程に高い。他の者は知らないが、唯一人足繁く通っていた自信から来るからなのだろう。
「ところで、にこ先輩。あの4人は全く話を聞いていませんよ」
「は?」
「アテムせんぱい、そろそろ元気だしてよー」
「……いいんだ、星空。10点も取れない俺は下っ端らしくうずくまっているのがお似合いだぜ。ハハッ」
「うわ、めんどくさい」
先のカラオケで未だかつて見たことが無い点数を記録したアテムは、隅に蹲りながら凛に慰めて貰っていた。
「ことりちゃん、もうちょっと右!」
「任せて! 鉄の意志と鋼の強さで、必ず
一方、穂乃果とことりはクレーンゲームに夢中だ。その横には既に2個のヌイグルミが並んでいる。
「だ~か~ら~! 緊張感持てって言ってるでしょー!」
「そうは言っても凛は、運動は得意だけど……ダンスは、苦手だな」
「もう少し待って下さい、にこ先輩! そろそろ《レッド・デーモンズ・ドラゴン・スカーライト》のヌイグルミが手に入るからっ!」
「え、何それ欲しいんだけど…………って、そうじゃない! さっさと始めるわよ!」
それから5分後。ことりが3個目のヌイグルミを取り終えたところでようやくスタートだ。
(今度はさっきのようにはいかないわよ。プレイ経験0の素人が挑んでまともな点数が出る程、『アポエキ』は甘くない。クックックッ、圧倒的力の差というものを見せつけ――)
『すごーいっ!』
「ゑ?」
振り返ると、いつの間にか始めていた凛たちがはしゃいでいた。画面を見てみると、そこには『AA』という採点結果が表示されていた。この筐体は最高点が『S』、次に『AAA』と続く。つまり、凛は最高難度を初見でほぼ完璧に踊ったことになる。
「…………なんで?」
その後も残りのメンバーが次々と高得点を叩き出していき、アテムはダンス開始直後に盛大にすっ転んで大恥をかいていた。
◆
「面白かったねぇ。景品もたくさん手に入ったし満足満足っ♪」
「でも、中々差がつかないね」
全員のダンスが終わり、2つの結果が記録されたメモ帳を眺める凛の言葉に穂乃果たちが頷く。
カラオケでは全員が90点台を取り、平均93点。ダンスゲームの結果も中の上である『C』から最上位の『AA』だ。
総合的に見ても、カラオケでは90点だったことりはダンスで『B』ランクという高めの記録を出し、逆にダンスで『C』ランクだった花陽はカラオケで96点と、2位の成績を修めていた。ここまで僅差とあっては、はっきりとした優劣をつけることは難しいだろう。
その一方で、この2種目でセンターの座を勝ち取ろうと考えていたにこは、内心で止めどなく冷や汗を流していた。皆それなりの実力は持っているのだろうと練習中に思ってはいたが、まさかここまでやるとは思わなかったのだ。
とにかく、このまま終われない。歌とダンスで決着をつけられなかった以上、自分たちの進退を決める手段はデュエルだけ。
「よし、次は――」
――なぁ、UTX学院前で『A-RISE』が主催するデュエルイベントがやってるらしいぜ!
――それって、『A-RISE』のメンバーとデュエルできるってことか!?
――ああ! もしデュエルできなくても、『A-RISE』のデュエルを間近で見られる機会なんて滅多にないぜ! 早く行くぞ!
『……ッ!』
そんな中、彼女たちの前を通り過ぎていった男子学生たちが話す内容に、全員がピクリと反応する。騒がしいゲームセンター内で聞こえたのは、会話の中に含まれた1つの単語によるものだろう。
「あ、『A-RISE』が主催するデュエルイベント……!?」
「こうしちゃいられないわ! アンタたち、行くわよ!」
会話を聞くやいなや、花陽とにこは一目散に駆け出して行く。センター争奪に躍起になっていたにこがあっさりと投げ出す辺り、アイドルをこよなく愛する彼女たちにとって人気No.1のスクールアイドルグループが参加するイベントは是が非でも参加したいのだろう。
「やれやれ、忙しい先輩ね」
「ほら、アテムくんも行こう」
「……」
残りのメンバーも動き出し、最後に真姫、穂乃果、アテムが続く。
アテムは歌に続いてダンスもカッコ悪いところを見せてしまったショックから未だ立ち直っていないらしく、その動きはこの上なく緩慢だった。
「しょうがないなぁ」
置いていくのも悪い気がしたので穂乃果は首根っこを掴んで引きずっていく。当然周囲の人々は驚愕しているが、それは引きずられる少年の髪型によるものか、それとも平然と男子を運ぶ少女の腕力によるものか。しかし、人を引きずって歩く以上、普通に歩くよりも遅くなることは必然。3人が店の外に出ると、既ににこたちの姿は何処にもなかった。
「にこ先輩はともかく、花陽たちまで……。まったく、アテム先輩のせいよ!」
場所を知っているとは言え、のんびりしてもいられない。急いで現地に向かうために歩を進める穂乃果たちであったが、突然路地裏から現れた小さな人影とぶつかってしまった。
「す、すみません! 大丈夫ですか?」
「いやいや、大丈夫だよお嬢ちゃん。そっちこそケガはないかい? ヒッヒッヒ」
「えっと、はい……」
お互いに謝罪の言葉を述べたものの、穂乃果は思わず仰け反ってしまう。失礼な態度ではあるが、その身なりを見ればほとんどの者が同様の反応を示していたに違いない。
背筋は大きく曲がり、伸びてもせいぜいアテムやにこと同程度の身長。
全身は黒ずくめのローブで包まれ、表情は全く見えない。見えているのは杖を持った右手の先だけ。また、声はかなりしゃがれており、年老いた女性であることしか判別できない。
一語で述べるとすれば、『不気味』だった。
「おや、そんなに狼狽えてどうしたんだい? 茶髪の娘も、赤髪の娘も」
『……ッ!』
おかしい。真姫たちの側からは老婆の顔は全く見えないのだから、当然相手からもこちらの髪色を判別することは不可能なはずだ。
2人は今すぐここから立ち去りたい衝動に駆られるが、異様な空気に飲まれてしまい、動くことができない。まるで脚が地面に縫い付けられたかのようだった。
「まぁいい。ところで、アンタたちは決闘者だね」
「……ああ、そうだ」
いつの間にか自分で立ち上がって返答したアテムも、その声からほんの少しの緊張が伺える。直前までふざけていた彼の声色を数瞬で変えるとは、彼女は何者なのだろうか。そもそも、カードもデュエルディスクも外に出していないのに、なぜ決闘者だと判断できたのか。
「特に少年、アンタはこれから大きな力を持つ者に挑む。だが、元気の無い状態で挑んでも勝つことは不可能。
この老いぼれがラッキーカードを1枚恵んでやるから、元気を出すといい」
そう言って、老婆はローブで隠れたもう片方の手を動かすが、これには流石に承諾できなかった。
「待ってくれ、婆さん。確かに俺は歌もダンスも結果を残せなかった男だ。
だからといって、知らない人間からカードを受け取ることはできない」
「……ふむ、それもそうだね。なら、これでどうだい?
儂は昔カード屋の店主をやっておった。ほれ、これでアンタたちは儂のことを少し知った」
真姫が『屁理屈じゃないの、それ』と言うが、老婆は有無も言わせずアテムへと裏向きのままでカードを手渡す。
それをひっくり返したアテムの目は、大きく見開かれた。
「アテムくん、どうしたの?」
「見たことないカードね」
横から穂乃果と真姫が覗き込むが、そのカードに関する情報は2人の記憶の何処にもない。知識が豊富な真姫が知らないということは、相当なレアカードということだ。
「婆さん、このカードを何処で!?」
「ヒッヒッヒ。言っただろう、昔カード屋の店主だったと。そのカードは店を閉めた後も持っておった1枚さ。
儂ももう後がないし、いい貰い手を探しておったのだが、アンタならその力を使いこなせるだろうよ」
老婆が語り終えた瞬間、一陣の風が吹いた。
突然の烈風に3人は思わず目を閉じ、再び見開いた時には既に老婆の姿は消えていた。
「あれ? お婆さんは……?」
もしや、白昼夢でも見ていたのだろうか。だが、アテムの手には1枚のカードが握られたままであり、現実であることは疑いようがない。
一抹の不安を残したまま、3人はUTX学院へと歩を進めるのであった。
●Re:A-RISE
「やっと着いた……のはいいけど、凄い数ね」
3人がUTX学院前に辿り着いた時、辺りは既におびただしい程の人で埋め尽くされていた。
夕暮れ時で暗くなり始めたステージはライトで照らされ、警備員も数人見受けられる。どうやら、普段のライブに近い予算をかけているようだ。
集まっている人々の年齢層も、世界中の人々に愛されるカードゲームを取り扱うイベントだからか、小さな子供から大きな大人まで幅広い。
「あ、ちょうどデュエルが終わったところみたいだね」
穂乃果の声につられてステージに目を向けると、そこには1組の男女が立っていた。敗北した方の青年は悔しそうに肩を落としていたが、健闘を称えるためであろうか、対戦相手から握手をされた途端に破顔してステージを後にした。現金なものである。
そしてもう一方。UTX学院の制服を纏う少女は、両手を振ってファンたちの声援に応える。
「うふふっ。皆ありがと~!」
ウェーブがかかった茶髪のロングヘア。
甘くゆったりとした口調や仕草、女性らしく成熟した身体は数多の男性を魅了する。
その少女の名は、優木あんじゅ。
《これにより、優木あんじゅの戦績は9戦中7勝だぁー!》
青年と入れ替わるようにステージ上へと踊り出し、マイクを用いて叫ぶのは、かつてアテムと対峙したショートヘアの少女、綺羅ツバサ。今日はあの時のような格好はせず普通の制服姿であった。
《しかし、ここで残念なお知らせ! 2時間近く続いたこのイベントも、残り時間はあと僅か! 次のデュエルを以って、終了とさせて頂きますっ!
さぁ! 最後にあんじゅに挑む、勇気ある決闘者は誰だぁーッ!》
最早マイクなど不要なのではないかと思わせる大声を出す、ツバサのMCに対する反応は様々だ。観戦のために訪れた者や、既にデュエルを終えた者は次のデュエルに期待を寄せる。一方、まだ挑戦していない決闘者からは『次は俺が!』『いや、私よ!』『わ、私も……』とデュエルを申し出る者が後を絶たない。
「皆と合流したいけど、この喧騒の中で探すのは難しそうね」
「そうだねぇ。それに、あと1人ってことはデュエルもできそうにないし」
「ああ。さっきの変な婆さんから貰ったカードが少しもったいない…………ん?」
9戦中7勝という勝率を誇る実力は気になるが、仕方がない。優木あんじゅという決闘者がどのような実力を持っているのか見ておこう。
そう考えるアテムであったが、ふとステージ上に立つツバサと視線が交差し、
――ニヤリ、と笑ったように見えた。
「……ッ!」
彼の全身を、あの日対峙した時に匹敵する戦慄が襲う。隣に立つ穂乃果や真姫は気付いていないようで、もちろんそれは他の客たちも同じ。
20mも先を離れた1人にだけ放たれた、まるで『獲物を見つけた』と言わんばかりの闘気。
紛れも無く、アテムに対する宣戦布告であった。
一方のツバサも、かつて自身と互角の攻防を繰り広げた少年が現れたことに心を躍らせていた。
(ふふっ。久しぶりねアテムくん。ここでアナタと戦えないことは残念だけど、本日最後となるデュエルを目一杯盛り上げてね)
《よーっし! 最後の
今日のイベントを締めくくるラッキーな決闘者は、君だ! ヒトデ頭の少年!》
ツバサが指をさして宣言した瞬間、人々はほんの少しだけ視線を彷徨わせるが、目的の人物はすぐに見つかった。153cmという一般の女性と比べても低い身長であっても『ヒトデ頭』という特徴的な髪型を含めれば20cmは上乗せされ、事前情報無しでも簡単にわかってしまう。
「……綺羅ツバサ直々の指名だそうだ。行ってくるぜ、穂乃果、西木野」
「いいなぁ、アテムくん。頑張ってね!」
「みっともないところは見せないでよ」
隣に立つ少女たちへと一時の別れを告げ、モーゼが海を割るかのようにアテムは歩を進めていく。
周囲からの『なんだ、あのヒトデ頭!』『にこを差し置いてデュエルするなんてズルいわよ!』などという野次に対して、普段ならば大声で反応していたことだろう。だが、生憎今の彼にそのような余裕はない。
ステージの横へと移動した、綺羅ツバサ。
アテムへと視線を向ける、優木あんじゅ。
そして、姿は見えないがもう1人。
一歩進む毎に彼の全身を圧し潰さんとする強烈なフィールが3人分。常人であれば、間違いなく戦意喪失は避けられないだろう。
ステージに上がると、対戦相手であるあんじゅは柔和な笑みを浮かべて語りかけてきた。
「うふふ、あなたがアテムくんね。ツバサちゃんから話は聞いているわ。お手柔らかに、ね?」
「……そいつは無理だな。お前等を相手に少しでも手加減しようものなら、一瞬で潰されかねないからな」
「あら、残念♪ それに、『潰す』だなんて物騒ねぇ」
挨拶もそこそこに、アテムはデュエルディスクを展開し、デッキとエクストラデッキを所定の場所へセットする。あんじゅの方は連戦中であったためか、展開は既に終わっていた。
互いにオートシャッフル機能を作動させ、準備は完了。ここまで来れば決闘者特有の闘気は僅かであっても隠しようがなく、騒いでいた観客も固唾を呑んでデュエル開始を今か今かと待ちわびる。
《互いに準備が終わったところで、デュエルがいよいよ始まるぞーっ!
あんじゅのことも、挑戦者のことも! 精一杯応援してねっ!》
割れていた人の波は塞がれ、ツバサの声に合わせて歓声が上がった。
一目見ただけで忘れられないはずのアテムへの関心を上書きし、人々の視線・意識を釘付けになるカリスマ性。流石は『A-RISE』のリーダーを務めているだけのことはある。
《さぁ、私と一緒にカウントダウンを始めようっ!
せーの、3!》
『2!』
『1!』
《デュエル開始ィーーッ!》
『デュエル!!』
アテム:LP4000
あんじゅ:LP4000
◆
「あら、私が先攻みたいね。よかったぁ、『今日の』デッキは先攻をとれないとちょっと厳しかったの」
デュエルディスクによってランダムに選ばれた先攻と後攻。前者をとったあんじゅは『嬉しい』と述べているが、一目見ただけでは先程と違うようには見えない。
しかし、アテムにはわかる。笑みの中に潜んだ『決闘者特有の殺気』というものを。
「『今日の』……ということは、そのデッキは普段お前が使っているデッキではないということか?」
「えぇ、そうなの。このデッキは今日のイベントのために、最近出たばかりのテーマと私が普段使っているテーマを組み合わせたもの。
少し扱いは難しいのだけれど、コンボが出来上がったらあなたもビックリすると思うわ。うふふ、本日最後の対戦相手が来たばかりの人っていうのも面白いわね。
さて、まずは下準備。私は魔法カード、《テラ・フォーミング》を発動。デッキからフィールド魔法1枚を手札に加えるわ♪」
ウィンクをしながらあんじゅが発動した、1枚の魔法カード。観客から『早速来るか!』とどよめきが起こったことから、それが彼女のデッキのキーカードであることが察せられた。
(フィールド魔法は、いずれも特定の種族・属性・テーマをサポートするカード。つまり、発動された瞬間にデッキの特性はある程度把握できるはずだ。さぁ、何を手札に加えてくる?)
「俺の方から発動するカードはない。そのまま発動していいぜ」
「あら、そう? それじゃあ遠慮無く発動させてもらおうかしら♪ このカードを、ね」
「……ッ!?」
手札に加えたカードを、あんじゅは公開する。それは、今まで見たことがないもの。
だが、カード名に含まれる4つの文字に、アテムはかつて戦ったとある決闘者を思い出さざるを得なかった。
「その、カードは……!」
「さぁさぁ、ご観覧あれ! これより
フィールド魔法発動っ!」
――《トゥーン・キングダム》!!
「トゥーン」、それはアテムがいた世界でたった1人しか所持していなかったカード群。
「発動時の効果処理として、私はデッキトップから3枚のカードを裏向きのままで除外するわね」
漫画の世界に隠れ、あらゆる攻撃を受け付けない完全無欠の生命体。
「
その新たな力が、再び彼に牙をむこうとしていた――。
●次回予告という名のネタバレ
あんじゅが発動した、今まで見たことも聞いたこともない《トゥーン・ワールド》。
ペガサスしか持っていない「トゥーン」カードが、この世界では普通に手に入っちゃうの!? でも、今はそんなことを気にしている場合じゃない!
モンスターと魔法を巧みに組み合わせた強力なコンボを前に、アテムは大苦戦! 破壊もダメージも受け付けないだなんて、そんなの反則よ!
耐え抜いて、アテム! 反撃のチャンスはきっと来るんだから!
次回、『A-RISE再び! 鉄壁の《トゥーン・キングダム》』
デュエルスタンバイ!
アニメ本編の流れを丸っきり変更して、まさかの『A-RISE』登場。更に「トゥーン」も使っていただきました。
歌とダンスにおいて、現時点では話にならないレベルの差がありますが、アテム(闇遊戯)というデュエルにおいては実力者がいることで書ける展開ですね。
それでは、次回もよろしくお願いします。