ラブライブ!DM   作:レモンジュース

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 サブタイトルだけでわかる、前回との落差。
 いつものことですが、デュエルが始まる前は皆して大暴れしてます。
 デュエル開始は、次回のラストか次々回になる模様。

 それでは、どうぞ。



1番下っ端のアテム

●今日のエリーチカ その3

 

 

 

 『目安箱』というものを知っているだろうか。

 徳川家8代将軍、徳川吉宗が享保の改革で打ち立てた政策の1つで、庶民からの意見を広く取り入れるために評定所前に設置した箱のことである。

 現代の学校でも、生徒会が主導となって一般生徒からの意見を聞き入れるために、同様のものが見られることがあるだろう。

 音ノ木坂学院でも、生徒が日々感じている不満などが記された紙を投函するため、生徒会室前に『目安箱』が設置されている。

 

 

 

「今日は7通か、いつもより多いわね」

 

 絢瀬絵里は、自分意外誰もいない放課後の生徒会室で小さく呟いた。

 普段はクラスメイトの副会長・東條希をはじめとした他の生徒会役員がいるのだが、今日は絵里1人だけ。

 この時期、生徒会では音ノ木坂学院の部活動を紹介するビデオを製作しており、役員が分担して各部を回り、撮影を行なっている。その後編集したものは、夏休み前に行なわれるオープンキャンパスで公開される予定だ。

 これは中学生に音ノ木坂学院を知ってもらい、廃校阻止に繋げるために重要な活動である。普段は理事長から廃校阻止のために動くことを禁じられているものの、部活動紹介のビデオ撮影は毎年実施しているため、なんとか許容されていた。

 とはいえ、通常業務を疎かにしていいわけではない。よって、生徒会長である絵里が生徒会室に残る必要があるのだ。

 そして現在絵里の前に積まれている『目安箱』から取り出した意見書も、役員全員で話し合った上で意見をまとめ、なるべく早く返答しなければならないのだが、前述した通り本日投函された意見書の数は普段よりも多く、ビデオ撮影のために人員が不足していた。返答まで時間が掛かってしまうことは避けられない。

 

(今回は、内容によっては私だけで大まかな返答を用意しておこうかしら。明日にでも希に見てもらって微修正することにしましょう)

 

「まず1枚目は、バレーボール部。…………部費を上げて欲しい、か」

 

 正直な話、不可能に近いと絵里は思った。

 特に大きな実績を残しているわけではない、というのも理由の1つだが、何より今の音ノ木坂学院は『廃校』の危機に晒されている程の財政難に悩まされている。そのため、簡単に部費を上げることはできないし、部活同士での対立を生み出す原因になりかねない。

 

「でも、これは私1人で判断できるものでもないし、ひとまず保留しておくべきね。

 さて、2枚目は…………し、『疾風』さん? 別に実名を出す必要はないけど、変な名前ね」

 

 

 

《私は、これまでチームのために頑張ってきました。試合に出た時は良い結果も残しています。しかし、最近になって優秀な新人が入ってきたせいか、今はレギュラーから外されてしまいました。

 レギュラーに返り咲くためにはどうすれば良いでしょうか》

 

 

 

「この学院に運動部って、そんなにレギュラー争いが激しかったかしら? それに、これだと『嘆願』と言うよりも『お悩み相談』じゃない」

 

 このような内容は、過去に何度も投函されている。本来、生徒会では『お悩み相談』を受け付けるべきではないのだが、無視することもできなかった。

 

(レギュラーに復帰したいのならば、相応の努力を積み重ねる以外に方法はない。でも、実際に復帰できるかどうかは……)

 

 ふと脳裏に浮かぶのは、音ノ木坂学院の現状。かつては多くの生徒で賑わっていたという校舎も、今では全校生徒は200人弱。UTX学院をはじめとした、新しく設備も整っている学校に入学する生徒が増えたためだ。

 

「……この件も明日話し合うべきね」

 

 結局、この『お悩み相談』も保留するという形になった。

 その後も3枚目のバスケットボール部、4枚目の陸上部のものに目を通してみたが、どちらも内容は部費を増やして欲しいというもの。やはり、どこの部活動も他校よりも少なめな部費に不満を抱いているようだ。

 

「5枚目は、『白の代理』さん。……代理?」

 

 

 

《最近、飼育小屋の雨漏りが酷いらしいので、早急に修理をお願いします》

 

 

 

「……先生方に掛け合っても良い内容だけど、代理にする意味はあったのかしら」

 

 そもそも、飼育小屋と書かれているのだから投函したのは飼育委員で間違いないはずだ。後日詳しい話を聞くことにしよう。

 

「6枚目は、『ファラオ』…………もう少しマシな名前を思いつかなかったのかしら」

 

 

 

《シルバーの素晴らしさを皆にもっと知ってもらえたら嬉シルバー☆》

 

 

 

「これは放置でいいわね」

 

 個人のファッションに関しては、生徒会の管轄外である。

 

「7枚目は、『ヒフミ』さん。これで最後ね」

 

 

 

 

 

《 出 番 》

 

 

 

 

 

「…………私にどうしろと?」

 

 

 

 音ノ木坂学院生徒会長、絢瀬絵里。今日も彼女は悩みが尽きない。

 

 

 

●奇行帝アテム

 

 

 

「それじゃあ穂乃果せんぱい、決めポーズ!」

「こ、こうかな?」

 

 生徒会室で絵里が色々と悩んでいる頃、中庭では『アイドル研究部』……、もとい『μ’s』の活動を紹介するビデオ撮影が行なわれていた。

 現在画面に映っているのは穂乃果。ビデオカメラを構えた凛に促され慣れない様子で左手を腰に当て、右手を胸の前でグッと握ったところへ、希がナレーションを吹き込む。

 

「これが、音ノ木坂学院に誕生したスクールアイドルグループ『μ’s』のリーダー・高坂穂乃果、その人だ」

「そしてこの俺が!」

「1番下っ端のアテムせんぱいにゃ」

「Why!?」

 

 そこへいつも通り空気を読まないアテムの声が画面外から入り込む。海未によって即座に縛り上げられ猿ぐつわをされてしまうが、保って1,2分程度だろう。日々成長を続ける実力者である彼ならば、簀巻きにしたファーストライブの時と違い、簡易的な拘束など無意味に等しい。

 端から眺めていた他の生徒も一瞬だけ驚いた表情を見せるが、『いつものことか』とすぐにその場を立ち去っていった。

 

「次は海未せんぱいね!」

「な!? ちょっと待って下さい! 失礼ですよ、いきなり! さっきから何なんですか!」

「おぉ~。恥じらう姿もいい感じ~!」

 

 続いて撮影対象となったのは、今しがたアテムを縛り終えたばかりの海未。急にカメラを向けられ慌てるのだが、その仕草が凛のツボにはまったようで、身体をくねらせながら撮影を止める気配はない。

 

「ゴメンゴメン。この時期、生徒会では夏休み前のオープンキャンパスに向けて、各部活動の紹介をするビデオを撮影することになっとるんよ。

 去年の『アイドル研究部』はにこっちだけやったから対象から外されてたんやけど、今年は穂乃果ちゃんたちが入って8人になったから、取材対象に入ったってこと」

「部活動紹介のビデオかぁ。ことりちゃん、知ってた?」

「見たことないけど、そういうのがあるってお母さんから聞いたことはあるかな」

「う~ん、あんまり認知されてないんやなぁ」

 

 在校生にすらあまり知れ渡っていないことに少し残念そうにしながらも、希は言葉を続ける。

 

「まぁ、それは置いといて。最近、スクールアイドルは流行ってるし、『μ’s』として悪い話やないと思うけど?」

「わ、私は嫌です! カメラに映るだなんて……!」

「いいじゃん、海未ちゃん! 取材だよ取材! いかにもアイドルって感じだし、この映像を見た子たちが『μ’s』や音ノ木坂学院に興味を持ってくれるかもしれないでしょ?」

「断る理由はないんじゃないかな?」

 

 ファーストライブの前も最後まで人前に出ることを恥ずかしがっていた海未は、案の定受け入れたくはないようだ。しかし『μ’s』の認知度を上げ、音ノ木坂学院の注目を集めるという点で穂乃果の発言は的を射ていたため、あまり強く反論することもできない。

 

「そうだよ、海未せんぱい! しかも、取材させてくれたらお礼にカメラ貸してくれるんだって!」

「そうしたら、新しいPVも取れるやろ?」

「確かに、誰もまともなビデオカメラを持っていなかったせいで、自分たちの動きは各自のスマホを使って撮影したものを確認するだけでしたね」

「あのファーストライブの動画も、結局誰が撮ってくれたのかもわからないままだったっけ。お礼言いたいんだけどなぁ」

 

 現在サイトにアップロードされている『μ’s』の動画は、4人で踊ったファーストライブを誰かが撮影したものが1つしかない。他の同時期に活動を始めたスクールアイドルグループは3,4本の動画を公開しているため、かなりのスローペースであることがわかる。

 先ほども希が述べたように、スクールアイドルの流行は止まるところを知らず、グループもファンも増え続ける一方だ。そのため、ランキング1位の『A-RISE』のように一定のファンを獲得していない下位ランクのグループは、例え歌とダンスで優れたものを持っていたところで、頻繁にアピールをし続けなければすぐに埋もれてしまう。

 実際に『μ’s』のページを確認してみると、数日前に『1ヶ月も経ってるのに次はまだ投稿されないの?』という旨のコメントがチラホラと書き込まれていた。

 

「海未ちゃんも、そろそろ新しい曲をやった方がいいって言ってたよね?」

「うっ……!」

「決まりだぜ、園田! 今度こそ俺も――」

 

『却下』

 

「……しょんぼりだぜ」

 

 早くも拘束を解いて復活したアテムの言葉は、希を除く全員によって退けられる。この咄嗟の結束力は、『μ’s』の強みでもあった。

 

「それはそうと、ちょっとだけ穂乃果ちゃんたちの映像を撮ってあるんやけど、見る?」

「本当ですか!? 見たい見たい! それじゃあ、部室に行こうっ!」

「俺も行くぜ! かしこいかっこいいアテムさんの勇姿が余すことなく記録されているはずだ!」

 

 善は急げとばかりに穂乃果とアテムは駆け出していったが、わかっていないのだろうか。撮影の許可をとったのはたった今であることを。

 はしゃぐ2人を眺めながらも、海未は『恥ずかしいところを撮られていなければ良いのですが……』と心配せずにはいられない。

 

 

 

 ――それ故に、ニヤリと笑みを浮かべている3人に気付くことができなかった。

 

 

 

●決闘者ならよくあること

 

 

 

 にこが『μ’s』に加入したことにより、穂乃果たちも『アイドル研究部』の部室で活動できるようになった。それはつまり、今まで屋上や中庭で行なっていたミーティングも、ようやくまともな部屋の中でできるようになったことに等しい。

 今も、海未、穂乃果、アテム、ことりの4人が窓際から順番に座って、机の上に乗せられた1台のビデオカメラで動画を視聴中だ。その反対側の席ではマイクを持った希と凛が座っている。

 

「スクールアイドルとはいえ、学生である。プロのように時間外に授業を受けたり、早退が許されるようなことはない。

 よって、こうなってしまうこともある」

 

 画面に映っているのは、授業を受けている穂乃果を右隣から撮影したもの。時間は表示を見る限り4時限目と思われる。

 希がナレーションを入れる中、穂乃果はゆっくりと船を漕ぎ、最終的には睡魔に完全敗北し、机に突っ伏していた。

 

「ちなみに、前の席に座る彼は目を開けたまま寝ているようです。小さいですが、いびきも聞こえてきます」

 

 ビデオカメラの向きをほんの少し横に向けると、そこに映っていたのはヒトデ頭の男子生徒。この授業を受け持つ教師は基本的に黒板前から移動しないため、その奇怪で巨大な頭髪が壁となることで穂乃果はバレずに済んでいるのである。

 

「昼休みには昼食を摂り、その後はデュエル。今回はソリッド・ヴィジョンを超小型化したテーブルデュエルのようですが、非常に白熱しているようです。見ているだけでこちらもワクワクしてきます」

 

 続いて映像は移り変わり、昼休み。普段は屋上や中庭でデュエルをしているアテムたちだが、この日は違うようだ。机の4隅にソリッド・ヴィジョン発生装置を設置し、それに投影された手のひらサイズに縮小されたモンスターの戦闘が行なわれていた。

 

 

 

 ――お前には俺を倒せないぜ、穂乃果!

 

 ――それは、(ファラオ)だから?

 

 ――そうだ、(ファラオ)だからだ! 来いよ、バトルだ!

 

 ――最初からそのつもりだよ! 私は、《ジェムナイト・マディラ》で《魔導騎士 ディフェンダー》を攻撃!

 ――甘いぜ穂乃果! 俺は伏せ(リバース)カードを…………発動できない!?

 

 ――残念だったね、アテムくん! マディラが戦闘を行なう時、相手はダメージステップが終わるまでカード効果を発動できないよ!

 

 ――やるな! だが、ディフェンダーの魔力カウンター1つ取り除くことで、戦闘破壊を無効にする!

 

 

 

 その小ささ故にプレイヤーへの衝撃は発生しないが、ソリッド・ヴィジョンの有無でデュエルの臨場感は天と地ほどの差が生まれる。

 デュエル中のアテムと穂乃果だけでなく、観戦中の海未やことりを含めたクラスメイトも熱狂していた。

 

「そして、疲れた2人は午後の授業に入ると5分で熟睡。先生に発見されてしまうのであった」

 

 今度ばかりはアテムも目を開けたまま眠ることはできなかったらしく、穂乃果と揃って机に突っ伏していた。

 アテムという壁が無くなったことで、穂乃果が寝ていることは当然バレバレだ。2人とも、教師に肩を軽く叩かれると、机をひっくり返して飛び起きた。

 ちなみに、アテムの頭髪は先端がやや尖っているようで、前の席に座っていた生徒は背中にチクチクと当たっていたのか迷惑そうにしていた。

 

「これが、スクールアイドルとはいえまだ若干16歳の高坂穂乃果と、彼女と同棲中の自称決闘王(デュエルキング)、アテムのありのままの姿である」

 

「ありのまますぎるぜ!」

「というか、誰が撮ったの!?」

「にゃ?」

 

 耐え切れなくなったのか、2人はビデオカメラを奪い取って抗議の声を上げた。

 恥ずかしい姿を撮影されて怒りたい気持ちはもっともたが、今回の撮影の趣旨は『各部活動の素顔に迫る!』というものだ。ありのままの姿を映すのは、むしろ自然のことである。

 

 話を振られた凛は、視線をアテムの左隣へと向けた。そこに座っていたのは――

 

「私だよっ!」

「南! お前だったのか!」

「ことりちゃん、ひどいよ~っ!」

 

 当時の様子を懐かしみ、『こっそり撮るの、ドキドキしちゃった♪』などと微笑むことりからは、心底楽しんでいたことが伺える。

 凛や希が『上手く撮れてたよ!』と言っている辺り、3人で結託していたのだろう。

 そんなアテムと穂乃果に対して、海未は小さく溜息をついた。

 

「穂乃果もアテムさんも、ことりたちに文句を言うのは筋違いですよ。元はと言えば、デュエルモンスターズにかまけて授業を疎かにしていたことが悪いのです。

 いいですか? そもそも学生の本分は――」

 

『流石は園田(海未ちゃん)!』

 

「――はい?」

 

 お説教を始めようとした海未の言葉を、アテムと穂乃果の揃った声が遮った。2人はビデオカメラを操作して、何らかの動画を見ているようだ。

 まさかと思った彼女が背後から覗き込むと、案の定そこに映っていたのは袴姿で弓を射る海未本人。

 

「こ、これは……!」

 

 狼狽する反応からも分かる通り、当然無許可である。

 

「真面目に弓道の練習を…………あれ?」

「海未ちゃん、なんだか周りを気にしてるね」

 

 幼なじみの華麗な姿に感心する穂乃果とことりであったが、画面の中の海未は突然周囲を見渡し始めた。ビデオカメラの存在に気付かぬまま、安心した様子の彼女は左手に持っていた弓を床に置き、左隣に設置されていた鏡へと身体を向けた。

 

 ビデオカメラ越しでもわかる、弓を射る時以上に真剣な表情。

 右腕は天高く掲げられ、胸の前で水平に保たれていた左腕へと勢い良く振り下ろされた。

 それは、世界中の誰もが知りすぎている挙動。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――吠えよ、未知なる轟き! 深淵の闇より姿を現しなさい! エクシーズ召喚ッ! ランク4! 《バハムート・シャーク》!!

 

 ――満たされぬ魂の守護者よ、暗黒の騎士となりて光を砕きなさい! カオスエクシーズ・チェンジ! 現れよ、ランク5! 《CNo.(カオスナンバーズ)101 S・H・Dark Knight(サイレント・オナーズ・ダーク・ナイト)》!!

 

 ――過去、現在、未来! 全てを無に帰す破滅の龍よ! 今こそ降臨せよ! シンクロ召喚ッ! レベル9! 《氷結界の龍 トリシューラ》!!

 

 ――よし、これで完璧ですね!

 

 

 

 

 

 

 

 

『…………』

 

 モンスターを召喚する際に叫ぶ口上の練習だった。

 

「だ、だだだ大丈夫だよ海未ちゃん! モンスターを召喚する練習は誰だってやってるもん! ね、ことりちゃん!」

「そ、そうそう! 私だっていつも家で練習してるし! あんなカッコいい口上を考えられるなんて凄いよッ!」

 

 幼なじみの2人は大声で褒めちぎっているが、目が泳いでいるため全く説得力は無い。一方、アテムは素直に感動しているようだった。

 

「ああ! 中々似合ってるぜ、園田! 流石は『μ’s』の作詞――」

 

 

 

 

 

「うわぁああああああああああん! プライバシーの侵害ですぅうううううううう!!」

 

 

 

 

 

「おぉーっと! どうしたことにゃー! 海未せんぱいが泣きながら走り去ったぁー!」

「園田、どうしたんだ?」

「……勝手に撮ったウチが言うのも変な話やけど、海未ちゃんが気の毒に思えてきたわ」

 

 部室のドアを壊さんばかりの勢いで開け放ち、海未は何処かへと走り去っていった。教師による怒鳴り声が遠くから聞こえるが、全く聞こえていないらしい。

 

「と、とりあえず今度はことりちゃんのプライバシーだ!」

「Yeah! 俺は罠カード《墓荒らし》を発動! 南のカバンの中を漁るぜ!」

 

 親友の意外すぎる姿を忘れてしまいたいのか、穂乃果は自らの恥ずかしい場面を撮影したことりへ反撃するためにアテムと共に行動を起こす。

 言うやいなや、アテムは机の脇に置いてあったことりのカバンへと手を伸ばし、

 

 

 

 

 

 ――ガシッ

 

 

 

 

 

 万力の如き握力を持つ、ことりの左手によって阻まれた。

 

「ゑ?」

 

 おおよそ普通の女子高生では考えられない握力に、掴まれたアテムの右腕は白くなっていく。そして、ことりの右手に握られているのは1枚のカード。

 

「カウンター罠《ラプターズ・ガスト》を発動。アテムくんが発動した《墓荒らし》を無効にして――」

 

 

 

 

 

 ――破壊するねっ。屋上に行こっかっ♪

 

 

 

 

 

 この時、穂乃果は安堵した。自分がことりのカバンの中を漁らないで良かったと。

 

「……行ってらっしゃい、アテムくん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「バトルッ! 《RR-サテライト・キャノン・ファルコン》で、《カオス・ソルジャー -開闢の使者-》を攻撃ッ!

 狩られそうになった私の想い! その身に受けて、砕け散って! アテムくんッ!!」

 

 《RR-サテライト・キャノン・ファルコン》

 ATK3000

 墓地の「RR」モンスター×10

 

 《カオス・ソルジャー -開闢の使者-》

 ATK 0(-5000)

 

「MA☆TTEム! 冗談じゃなくやば――」

 

 

 

 

 

 ――エターナル・アベンジッッッ!!

 

 

 

 

 

「AIBOOOOOOOOOO!!」

 

アテム LP500 → LP 0(-7500)

 

 

 

 

 

「……今日もよく飛んでるみたいだにゃー」

「でも、さっきのような動画を生徒会長が見たら絶対に何か言われちゃうよぉ」

「もう手遅れやないかな?」

 

 か弱き少女の一撃によって、天高く飛翔するヒトデ頭の少年。これもまた、『μ’s』の素顔であり、日常風景。

 断末魔の叫び声を聞きながら雑談を続ける希は思案する。

 

 あくまでソリッド・ヴィジョンであるが故に、建物などに傷が入ることはない。だが、それでもアテムは頻繁に吹き飛ばされているという。

 

 

 

 ――もしもこれが質量を持った(・・・・・・)ソリッド・ヴィジョンであればどうなっていたのだろうか。

 

 

 

 考えただけで恐ろしかった。

 

 

 

●考えるヒトデと、その師匠

 

 

 

 《RR-サテライト・キャノン・ファルコン》の攻撃を受け天高く舞うヒトデ頭の少年、アテム。何度も空中浮遊を体験して慣れてしまったのか、今の彼には飛行中に物思いに耽る余裕が生まれていた。

 

 

 

(そう言えば、今日は師匠を見ていないな。いつもなら真っ先に部室にやってくるはずなんだが……)

 

 

 

 ――ここあ、虎太郎! 空を見て! アテムさんが飛んでるよ!

 

 ――ホントだ! 楽しそうっ!

 

 ――かっこいい……。

 

 

 

(今朝師匠に貰ったカードもデッキに入れたことだし、活躍させてやりたいぜ!)

 

 

 

 ――見て、雪穂! 流れ星だよ! お願いごとしようよ!

 

 ――亜里沙、あれは流れ『星』じゃなくて流れ『人』って言った方がいいと思う。というか、あんなのにお願いしたらむしろ逆効果でしかないでしょ。

 

 

 

 

 飛翔するヒトデ頭の少年を道行く人々が見かけることも多く、今ではちょっとした都市伝説になっているのだとか。

 

 

 

 

 

 

 一方、師匠の矢澤にこは現在『アイドル研究部』ではなく、飼育小屋の前で1頭の生物と対峙していた。

 初めて白パカと顔を合わせた時は現実逃避していた彼女も、『μ’s』に加入して数日経った今では互いに鎬を削る好敵手(ライバル)関係になっていた。

 

 

 

「白パカ、アンタでは私に勝てない!」

【それは、宇宙一のスーパーデュエルアイドルだからか?】

「そうよ! 宇宙一のスーパーデュエルアイドルだからよ!」

「矢澤さん、それちょっと長くない? あと、東條さんからメールが――」

 

『外野は黙っていろ(なさい)!!』

 

「…………はぁ」

 

 

 

 そんな1人と1頭のデュエルを傍で見ている唐沢は、クラスメイトであり生徒会副会長でもある希から送られてきたメールを見て、どうしたものかと考える。そこには、『μ’s』の紹介を行なうビデオ撮影をしているから、にこを中庭へと連れて来て欲しいと記されていた。

 

「矢澤さんが楽しんでいるのは何よりだけど、早く行った方がよくないかしら……」

 

 

 

【我は《アルカナフォース(アルパカフォース)EX(エクストラ)THE() DARK(ダーク) RULER(ルーラー)》で、《レッド・デーモンズ・ドラゴン・スカーライト》を攻撃!】

「甘いわよ! 罠カード発動、《闇の呪縛》! ザ・ダーク・ルーラーの攻撃を封じ、攻撃力を700ポイントダウンさせる!」

 

 

 

 結局、にこが撮影に参加したのは20分後であった。

 

 

 

●練習風景

 

 

 

 中庭にて1年生と、慌ててやって来たにこの撮影を終えた後、一同は練習のために屋上へと移動する。

 海未も一応戻ってきたものの、召喚口上の練習を隠し撮りされた挙句、幼なじみたちに見られた恥ずかしさから完全には立ち直っていないためか、現在は希の右横で膝を抱えて見学中だ。なお、アテムはいつも以上に飛ばされていったためか、まだ帰ってきていない。

 

「かれこれ1時間近く続く、西木野真姫の指導の元で行なわれる発声練習。流石アイドルと言うべきか、その綺麗な声は屋上全体へと響き渡っている」

 

 その様子を、希は度々ナレーションを入れながら撮影し続ける。

 希自身、他のスクールアイドルをそれ程多く把握していないためはっきりと比べることはできないものの、楽しそうに声を出す『μ’s』は相当な実力を持っているのではないかと感じていた。

 

「発声練習の後はダンス練習……と言いたいところだが、ダンスの指揮を執る園田海未は現在再起不能に陥っているため、一風変わった練習を行なっている」

「…………誰のせいだと思っているのですか」

 

 水分補給を行ない、一息ついた後はダンス練習をするのだろう。そう思っていた希は目の前の光景も当然ビデオカメラに収めているのだが、実態は彼女が考えているスクールアイドルとは程遠いものであった。

 

 

 

「行くよ、かよちん! 凛が引いたカードは、《RUM(ランクアップマジック)七皇の剣(ザ・セブンス・ワン)》! これで彗星のカエストスを呼ぶことができ――」

「ご、ごめんね凛ちゃん。私は、スタンバイフェイズに罠カード《マインドクラッシュ》を発動。《RUM-七皇の剣》を宣言するから、手札にあるそれを墓地に捨ててね」

「ゑ?」

 

 

 

 そう、一風変わった練習とは、デュエルディスクを用いたデュエルであった。

 今は穂乃果&ことり、真姫&にこ、凛&花陽の3組に分かれており、凛の逆転への一手を発動前に潰されたところである。

 通常のドローによって引き当て、メインフェイズ開始時まで公開し続けなければならない《RUM-七皇の剣》に対して《マインドクラッシュ》を発動する行為は立派な戦術ではあるものの、他でもない親友によって容赦なく墓地送りにされるというのは、全員が同情を禁じ得なかった。

 

 希の横で項垂れている海未曰く、ソリッド・ヴィジョンを用いたデュエルが生み出す衝撃は決闘者の肉体を鍛え、その場に応じた判断力、どれ程の危機に陥っても決して諦めない強い心も養うという。

 あくまで噂に過ぎないが、プロ決闘者の中には熊を投げ飛ばしたり、崖から落ちても平然としている者もいるのだとか。

 

「初めて聞いた時は『そんなまさか』と思ったが、音ノ木坂学院には何度吹き飛ばされても無傷で生還する決闘者が存在する。また、彼とのデュエルを通じて弱い自分を克服した少女もいる。

 『μ’s』にとって、デュエルモンスターズはスクールアイドルと同じくらい大切なものなのだろう。

 おや、どうやら件の男子生徒が戻ってきたようだ」

 

 

 

「皆、ただいま!」

「先輩、今日は随分と遠くまで飛んだみたいね。ちょうど全員のデュエルが終わったところだけど、どうする?」

「もちろん俺もやるぜ! 南にリベンジすることで、かしこいかっこいいアテムさんの名誉返上だ!」

「名誉を返上してどうするのよ」

 

 

 

 やはり、いつも通り服と頭髪がやや乱れただけの格好でアテムは戻ってきた。その表情には疲労の色は全く見えない。それどころか、数十分前に完膚なきまでに叩きのめされたはずのことりを圧倒する実力を見せつける。

 

「ところで海未ちゃん。さっきの発声練習の時も思ったんやけど、練習って普通はリーダーが指揮するものじゃない?」

「え? それは……」

 

 希の質問を受け、海未はふと思う。確かに『μ’s』のリーダーは発起人である穂乃果だが、練習の際は海未や真姫といった各分野で得意な者が指導を行なっている。今まで何の疑問にも思わなかったが、それはおかしいことなのだろうか。

 

 

 

 2人の目の前では、黒き魔術師が衛星兵器を携える隼と対峙していた。

 




 今日の最強カードは、《マインドクラッシュ》!
 相手がサーチ・サルベージしたカードを宣言して墓地送りにしよう!

 次回、『μ's』のセンターを決めるためのバトルロイヤルデュエルが始まる…………ということはありません。

 それでは、次回もよろしくお願いします。

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