ラブライブ!DM   作:レモンジュース

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 音ノ木坂学院・梅雨のレッド・デーモン祭り開催中!

 それでは、どうぞ。



破壊剣一閃

●アテムVSにこ ⑤

 

 

 

(矢澤さん、あんなに楽しそうにデュエルをするなんて……)

 

 激しく降り続いた雨の勢いが弱まりつつある中、唐沢の視界に入る同級生の表情は、今まで見たことがないものだった。

 彼女の笑顔は、この2年間で何度も見たことがあるが、今だからこそわかる。あれは心の中に目には見えない壁を作って、本心を隠した『偽物』の笑顔だったのだと。

 彼女とは特に大親友というわけでもなかったが、2年近くの付き合いがあったというのに、それに気がつけなかった自分が少しだけ恥ずかしく思う。

 

(それを、彼らが変えた)

 

 きっかけは、ただの偶然。

 音ノ木坂学院に遊びに来たにこの弟妹を、アテムが部室まで連れて来て、デュエルをすることになった。

 いついかなる時も全力を尽くす彼は、神のカードとかいう今まで見たこともないモンスターを召喚し、追い詰めることで、『あの時』と似たような状況を作り出した。

 そして巨大な力を前にして絶望する彼女へと、こころたちは手を差し伸べて教えた。

 

 

 

 ――辛い時も、いつだって誰かが傍で支えてくれているのだと。

 

 

 

 家族、『μ’s』のメンバー、カードたち……口にするのは気恥ずかしいが、唐沢自身も。これからはもう、にこは孤独(ひとり)ではないのだ。

 

 そこからの彼女の勢いは、凄まじいものであった。

 《オシリスの天空竜》の効果を利用して、エースモンスター《レッド・デーモンズ・ドラゴン・スカーライト》を復活させ、攻撃力を大幅に上回って返り討ちに。

 次のターンには何度か見せて貰ったドラゴン連続召喚コンボによって、「レッド・デーモン」の進化形態を2体も並べてみせた。

 デュエル中にカードを創造するという、アテムの人智を超えた攻撃すらも耐え切り、最後の切り札《琰魔竜王 レッド・デーモン・カラミティ》で再度逆転するという勝利への執念。

 アテムが発動したカウンター罠によって、ライフポイントを削り切ることは叶わなかったものの、彼のフィールドにカードはなく、手札は1枚のみ。次のドローを含めても2枚。残りのライフポイントはたったの300。

 一方のにこは、手札0、ライフポイントは残り950。しかしフィールドには2枚の伏せ(リバース)カードと、発動中の永続魔法《補給部隊》。更にフィールド魔法《ダークゾーン》によって、攻撃力4500となったレッド・デーモン・カラミティ。

 誰がどう見ても、戦況はにこが圧倒的優位に立っていることは明らか。

 

(でも、彼は諦めていない)

 

 どれだけ追い詰められようとも、ライフとカードが残されている限り、諦めずに最後まで戦うのが彼の……いや、『μ’s』のデュエル。現に、穂乃果を始めとした『μ’s』メンバー全員の瞳は、アテムの勝利を信じて疑っていないと語っている。

 

(アテムくん、あなたはどうやってこの状況を逆転するのかしらね)

 

 

 

 今、最後の決戦が始まる――。

 

 

 

 

 

 

(……懐かしいな)

 

 上空からアテムを睥睨(へいげい)する獄炎の神王、《琰魔竜王 レッド・デーモン・カラミティ》。

 

(ドラゴン族、レベル12、攻撃力4500、そして見る者全てを圧倒する存在感。

 まるで、海馬が操る最強の下僕《青眼の究極竜(ブルーアイズ・アルティメットドラゴン)》……!)

 

 彼は右手を強く握り締めながら、にこに対してかつて幾度も激戦を繰り広げた好敵手(ライバル)の姿を重ねていた。

 握り締められた右手が濡れているのは、降り続く雨のせいだけではない。究極の力を持つドラゴンに、かつて幾度も激戦を繰り広げた好敵手(ライバル)の姿を思い起こす興奮から、汗が止めどなく流れ出ているからだ。

 

(進化した竜破壊の剣士は敗れ、俺の残りライフはたった300。もう後はない。

 だが、俺は今この瞬間を楽しんでいる。互いの実力を認め合い、全力を超えた遙かなる高みへ向かう! これこそがデュエル!)

 

「行くぜ、俺のラストターン! カードドローッ!」

 

 雨を斬り裂くかの如き勢いで振り抜かれた右手。そのドローカードを確認したアテムの表情に、僅かながら笑みが浮かんだ。

 

「俺もお前と同じカードを使わせて貰うぜ! 魔法カード《貪欲な壺》! 墓地から、

 

 《クリバンデット》

 《カース・オブ・ドラゴン》

 《護封剣の剣士》

 《ハッピー・ラヴァー》

 《竜破壊の剣士-バスター・ブレイダー》

 

 この5体のモンスターをデッキに戻して、更に2枚のカードをドローさせて貰う!」

 

 アテムのデッキとエクストラデッキにそれぞれカードが戻されると共に2枚のカードが手札に加えられ、合計枚数は3枚。

 にこは、この局面で更なるドローソースを引き当てたアテムの強運を、心の中で称賛していた。

 

(ここで《貪欲な壺》、面白いじゃない。奴は間違いなくこのドローでキーカードを引き当てる。でも、何が来ようと受けて立つ!)

 

 それらのカードの中から、彼は1枚を抜き出してモンスターゾーンへと出現させた。

 

「俺は手札から、《破壊剣士の伴竜》を召喚する!」

 

 《破壊剣士の伴竜》(チューナー)

 ☆1 光属性 ドラゴン族 ATK400

 

 4本の脚と2本の腕を持つ、白い体毛の小さな竜。つぶらな蒼い瞳も相まって、とても愛らしい姿をしている。

 

「《バスター・ブレイダー》をサポートする、ドラゴン族モンスター……!」

「そうだ! このドラゴンは、かつて《バスター・ブレイダー》と共に戦ったドラゴンの幼き日の姿!

 こいつが通常召喚に成功した時、効果発動! デッキから「破壊剣」と名のついたカード1枚を手札に加える!

 俺が手札に加えるのは、罠カード《破壊剣一閃》!」

 

 伴竜が小さく声を上げると共に、アテムの手札に新たなカードが加わった。《バスター・ブレイダー》の攻撃名と同じカード、やはりこれも破壊剣士をサポートするもの。

 

「続いて俺は、墓地の《破壊剣士融合》が持つ、更なる効果を発動! 手札を1枚墓地へ送ることで、このカードを手札に戻す!

 俺が墓地に捨てるカードは、《破壊剣士の伴竜》の効果で手札に加えた《破壊剣一閃》だ!」

「……なるほどね」

 

 罠カードを伏せたターンに発動することは、一部の例外を除いて不可能であるため、手札コストに充てようという魂胆だったのだろう。

 自ら手札に戻るという特異性を持つ魔法カードには、融合召喚を得意とする穂乃果や真姫を驚嘆させた。

 

「相手モンスターを使って融合するだけじゃなくて、私の《ジェムナイト・フュージョン》みたいに手札に戻すことができるなんて!」

「コストにするカードの種類と場所に差はあるけど、何度も使いまわせるのは便利ね。

 でも、今の先輩のフィールドには攻撃力がたった400の《破壊剣士の伴竜》しかいない」

 

 攻撃力4500のモンスターを前にして、10分の1以下の攻撃力のモンスターを棒立ちにする愚行を冒すとは考えられない。何らかの活用方法があるのだろうか。

 

「更に、《破壊剣士の伴竜》のもう1つの効果発動! このカードを生け贄に捧げることで、墓地の《バスター・ブレイダー》を復活させる!

 来い、《バスター・ブレイダー》!」

 

 《バスター・ブレイダー》

 ☆7 地属性 戦士族 ATK2600 → ATK4600

 

 伴竜に導かれ、破壊剣士はフィールドへと舞い戻る。神王を眼前にしても尚、全く怯えた様子を見せることはない。

 相手のフィールド・墓地のドラゴン族1体につき、攻撃力を500ポイント上昇させる能力により、神王の攻撃力を僅かに100ポイント上回っているのだから当然と言えよう。

 

「アテムせんぱいのフィールドに《バスター・ブレイダー》、手札には《破壊剣士融合》! これなら、もう1回相手モンスターを使った融合ができるにゃー!」

 

 今、にこのフィールド・墓地のドラゴン族の数は合計4体。神王を融合素材として、《貪欲な壺》でエクストラデッキに戻した竜破壊の剣士を再び呼び出せば、攻撃力6800の直接攻撃でアテムの勝利となる。

 しかし、アテムはそんな凛の考えを手で制した。

 

「いや、進化した《バスター・ブレイダー》は、魔を討つために力を蓄えた戦士。

 残念だが、相手プレイヤーに直接攻撃(ダイレクトアタック)を行なうことはできない」

「えー……」

「仕方ないんじゃないかな、凛ちゃん。もしも直接攻撃ができちゃったら、簡単に1ターンキルができちゃうもの」

 

 少しもったいないと感じる凛であったが、花陽の指摘ももっともだ。相手のドラゴン族1体につき攻撃力が1000ポイント上昇するということは、2体墓地に存在するだけで攻撃力は4800。

 元々貫通能力を持っているのだから、直接攻撃までできてはゲームバランスを崩しかねない。デュエル中に創造したカードであるにも関わらず、変なところで自重しているようだ。

 

「よって、俺はカードを1枚伏せ、装備魔法《魔導師の力》を《バスター・ブレイダー》に装備する。

 こいつは、装備モンスターの攻撃力と守備力を、俺のフィールドに存在する魔法・罠カード1枚につき、500ポイントアップさせる装備魔法。

 今、俺のフィールドに存在する魔法・罠は、《魔導師の力》と伏せ(リバース)カードの2枚。《バスター・ブレイダー》の攻撃力と守備力は1000ポイントアップだ!」

 

 《バスター・ブレイダー》

 ATK4600 → ATK5600

 DEF2300 → DEF3300

 

 アテムのフィールドから湧き出る淡い光が、破壊剣士に更なる力を与える。

 先程《スカーレッド・ノヴァ・ドラゴン》を打ち倒した時の竜破壊の剣士に迫る攻撃力に、ことりと海未は息を飲んだ。

 

「これで、《バスター・ブレイダー》とレッド・デーモン・カラミティの攻撃力の差は1100ポイント!」

「アテムさん、この一撃で決める気ですね……!」

 

 破壊剣士と神王が睨み合う。

 極限まで高まった緊張感に、誰もが理解した。

 

 

 

 ――この攻防で、全てが決まる。

 

 

 

 神王の口から流れた涎の一粒が屋上に落下した瞬間、2人の戦いは終結へと向かい始めた。

 

「ラストバトルだ! 行け、《バスター・ブレイダー》! レッド・デーモン・カラミティを攻撃!」

「甘いわよ、伏せ(リバース)カードオープン! 罠カード《次元幽閉》! 攻撃モンスター1体を対象として、ゲームから除外する!」

 

 《貪欲な壺》の発動や、モンスターの召喚・特殊召喚に対しても発動されることのなかったにこの伏せ(リバース)カードのうち、1枚が起動する。それは、攻撃反応型の罠カードの中でも、上位に位置する強力なカード。

 アテムの攻撃命令を受けて駆け出した破壊剣士の眼前に、異空間へと繋がる歪みが生じる。

 

「そうはさせない! 俺は墓地から(・・・・)罠カード《破壊剣一閃》の効果発動!」

「ッ! 《破壊剣士融合》の効果で墓地に送ったカード……!」

 

 だが、その歪みは一刀にて両断される。

 

「こいつは、墓地から除外することで《バスター・ブレイダー》を対象とする魔法・罠・モンスター効果の発動を無効にして破壊する罠カード。

 残念だったな、矢澤」

「くっ……!」

 

 思えば、何かがおかしかった。

 《魔導師の力》の上昇値に貢献するにしても、発動することができない《破壊剣士融合》を手札に戻す必要はない。

 

(《破壊剣士融合》の効果を使ったのは、《破壊剣一閃》を墓地に送るため……!)

 

「お姉さま!」

 

 焦るこころの声が耳に響く。《次元幽閉》という強力なカードが破られては、ショックを受けるのは当然。

 一般的な決闘者であれば、諦めていたに違いない。

 だが――!

 

「安心しなさい、こころ。私は宇宙一のスーパーデュエルアイドルを目指す矢澤にこよ。

 私のデュエルは、2歩も3歩も先を行く!

 これが私のラストカード! 罠発動! 《貪欲な瓶》!」

 

『!?』

 

 ラストカード、つまり『このデュエルに決着をつけるカード』という意味で発動されたこのカードは、デッキからカードを1枚ドローする罠カード《強欲な瓶》と、アテムやにこが使用した魔法カード《貪欲な壺》を組み合わせたような見た目をしていた。

 

「このカードは、墓地から《貪欲な瓶》以外のカードを5枚デッキに戻すことで、デッキから新たにカードを1枚ドローする罠カード! 対象とするカードは、

 

 《レッド・デーモンズ・ドラゴン・スカーライト》

 《琰魔竜 レッド・デーモン・ベリアル》

 《スカーレッド・ノヴァ・ドラゴン》

 《デーモンとの駆け引き》

 《バーサーク・デッド・ドラゴン》

 

 この5枚よ!」

 

 カード名や見た目だけでなく、効果までもが2種類のカードを組み合わさった瓶。

 対象カードが宣言された瞬間、海未たちの目は大きく見開かれた。

 

「まさか、このようなカードを伏せていたとは……!」

「海未ちゃん、どうしたの? にこ先輩はドローするだけなんじゃないの?」

「違うよ、穂乃果ちゃん! にこ先輩の狙いはドローじゃなくて、墓地のドラゴン族をエクストラデッキに戻すこと!」

「墓地のドラゴン族…………あっ!」

 

 唯一気が付かなかった穂乃果も、ことりの言葉によってようやく思い出すことができた。

 

 

 

 ――攻撃宣言をした、《バスター・ブレイダー》の効果を。

 

 

 

「そう、《バスター・ブレイダー》の攻撃力は相手プレイヤーのフィールド・墓地に存在するドラゴン族の数によって500ポイント上がっていく。

 矢澤先輩のフィールド・墓地のドラゴン族の数は4体。よって、上昇値は2000ポイント」

「しかし、《貪欲な瓶》の効果で墓地に残った3体のドラゴン族シンクロモンスター全てをエクストラデッキに戻れば、当然攻撃力は下がってしまいます!」

「そんなことになったら、《バスター・ブレイダー》の攻撃力は自身の効果で500ポイントしか上がらないから……!」

 

 1年生3人の脳内に、攻撃力の計算式が構成されていく。

 上昇値の合計は、《魔導師の力》の効果を合わせても1500ポイント。よって、《バスター・ブレイダー》の攻撃力は最終的に4100ポイント。

 

「……矢澤さんのレッド・デーモン・カラミティの攻撃力は4500。その差は400。

 アテムくんの残りライフは300しかないから、決まりかしらね」

 

 にこがこのような手段で逆転するとは、唐沢も予想外だった。

 元々あのカードは速攻魔法《デーモンとの駆け引き》や、永続罠《デモンズ・チェーン》のような魔法・罠をデッキに戻して再利用するために投入していたのだろう。

 だが、今はそれがコンバットトリックとして作用する。

 

「流石はお姉さま! 大逆転勝利です!」

「行っけー! お姉ちゃん!」

「おぉ~」

 

 1度宣言された攻撃命令は、相手フィールドのモンスターの数が変化しないかぎり取り消すことは不可能。

 破壊剣士の攻撃は、止まらない。

 

「残念だったわね。アンタがもう1枚カードを伏せなかったということは、残る1枚の手札はモンスターカード。

 さて、《貪欲な瓶》の効果処理をしてフィニッシュを――」

 

 

 

 

 

 ――いいや、その効果は無効となる。

 

 

 

 

 

「え?」

 

 突如響いた声に、にこの動きが止まる。いや、デュエルディスクをよく見てみると、そこには『CHAIN 2』と表示されていた。

 

「チェーン!? まさか、速攻魔法……!?」

 

 魔法カードは、その多くが伏せたターンに発動することが可能だが、速攻魔法だけは伏せたターンに発動することができない。

 つまり、伏せて《魔導師の力》の上昇値に貢献しなかったのは、このバトルフェイズで発動するためだったということ。

 

「矢澤! お前が2歩も3歩も先を行くと言うのなら、俺は10歩先を行く!

 このカードこそが正真正銘のラストカードだ!」

 

 

 

 ――速攻魔法発動! 《破壊剣士の宿命》!

 

 

 

 カードイラストの中で対峙する、破壊剣士と1体の凶悪な竜。

 その光景は、今まさに最後の戦いを行なう破壊剣士と神王に酷似していた。

 

「《破壊剣士の宿命》は、相手の墓地から同じ種族のモンスターを3体まで除外することで、《バスター・ブレイダー》の攻撃力と守備力を、除外したモンスター1体につき500ポイントアップする。

 対象とするのは、3体のドラゴン族シンクロモンスターだ!」

「……ッ!!」

 

 にこが《貪欲な瓶》で対象とした5枚のうちの3枚が、デッキに戻すよりも先に除外されていく。

 これにより一瞬だけ《バスター・ブレイダー》の攻撃力は下がるが、速攻魔法の効果によって同じ数値分上昇する。

 

 《バスター・ブレイダー》

 ATK5600 → ATK4100 → ATK5600

 DEF3300 → DEF4800

 

「《貪欲な瓶》の効果対象となった5枚のうち、1枚でも墓地を離れれば、その効果処理は行われない! これで終わりだッ!!」

 

 破壊剣士は、反撃に転じる神王の拳を躱しつつ、次第に距離を詰めていく。

 やがてその腕を踏み台として飛び上がり、数多の竜を屠る破壊剣が光を放つ(・・・・)

 否、破壊剣そのものが光を発しているのではない――。

 

 

 

「雨が……」

 

 

 

 小さく漏れていた、にこの呟き。いつの間にか雨は止み、雲の隙間から覗く太陽が破壊剣を照らしていたのだ。

 それはまさしく、悪竜を討つ正義の光剣。

 

「《バスター・ブレイダー》よ! その眩き(つるぎ)で、神王を滅せよッ!!」

 

 

 

 

 

 ――破壊剣一閃ッ!!

 

 

 

 

 

 竜を討つ悲しき宿命を背負った破壊剣士。その刃を濡らすのは、雨粒か、それとも己の涙か。しかし、その剣は竜の返り血で真っ赤に染まる。

 

「きゃああああ!?」

 

 災厄の力を振るう神王の身体は2つに裂かれ、屋上全体は莫大な光の爆発に包まれた――。

 

にこ LP950 → LP 0

 

 

 

●皆に笑顔を

 

 

 

(あーあ、負けちゃったか……)

 

 にこは、淡い太陽の光を浴びながら立ち尽くす。

 

「お姉さまっ!」

「お姉ちゃん、大丈夫!?」

「おねえちゃん……」

 

「こころ、ここあ、虎太郎……」

 

 手を握られたことで我に返ると、こころたちがにこを見上げていた。どうやら、少し呆けてしまっていたらしい。

 

「ゴメンね、お姉ちゃん負けちゃった。カッコ悪いわよね、こんなの……」

 

 『必ず勝つ』と言ったのに、結局は逆転されてしまった。

 警戒を怠ったわけではない。持てる力の全てを出しきって、その上で負けてしまった。

 完全敗北とは、このことを言うのだろう。

 

「カッコ悪くなんかないです! お姉さまはあの恐ろしい怪物を倒し、凄いコンボも見せてくれたじゃないですか!

 次は絶対に勝てますっ!」

 

 だが、こころたちの表情には『落胆』『同情』といったものは感じられない。ただひたすらに、心の底から健闘を讃え、励ましてくれていた。

 

「その子たちの言う通りだぜ、矢澤」

 

 気が付けば、アテムはにこたちのすぐ傍まで近付いてきていた。表情は引き締まっているものの、雨に濡れても崩れない髪型を除けば、身長は彼女と然程変わらない。

 にこはクラスの中でも背が低い方であり、150cmをやや超える程度だ。街で見かける他校の男子生徒はだいたいが170cm程だったはずなので、アテムは中学生……いや、下手すれば小学校高学年程度の身長しかないことになる。

 先程まで繰り広げていた激闘と背丈のギャップが、ほんの少しだけ微笑ましい。

 

「神が発する恐怖を乗り越え、進化した《バスター・ブレイダー》をも撃破。

 更に、大型モンスターを連続召喚する豪快な戦術(タクティクス)。本当にギリギリのデュエルだった。

 俺は、お前と戦えたことを誇りに思う」

「ふんっ。今回のところは、勝ちを譲ってあげる。でも、次は負けない。

 覚悟しておきなさいよ、アテム!」

「ああ、臨むところだ!」

 

 差し伸べられた右手を握り返す。雨に濡れて冷たくなっていると思っていたが、その手はむしろ熱かった。無論、自分自身も。

 燃え滾っていた互いの闘志が、体温までも上昇させていたのだろう。

 

「さて、矢澤さん。デュエルも終わったことだし、これからどうするの?」

 

 視線を移動すると、そこに立つのは7人の少女。

 今や腐れ縁なってしまったクラスメイト、唐沢久里子。

 そして、『μ’s』のメンバー。

 

「にこ先輩。さっきも言いましたが、私たちはどれだけ目標が高くても、絶対に諦めません!

 だから、もう1度始めましょう! 7人(・・)で歌って踊る、スクールアイドルグループ『μ’s』を!」

 

 目を輝かせ、高坂穂乃果が近寄って来る。にことアテムの手の上に重ねられたもう1つの手は、自分たちとは違う、優しく包み込むような温かさを帯びていた。

 今までは、その優しい言葉も温かさも、信じることができなかっただろう。でも、今なら信じられる。

 

 ――彼女たちと一緒なら、矢澤にこは遥か高みまで行ける。

 

 ――『世界一』なんかじゃない、『宇宙一』を目指すことができる。

 

 ――もう、1人じゃない。

 

 

 

「あれ? 俺を入れて8人で踊るんじゃ――」

「アテムさん、少し向こうに行っててください」

 

 ……とりあえず、海未によって強制的にドア付近まで引き摺られて行ったヒトデ頭は放っておくとして。

 

 

 

「ふふっ。いいわ、アンタたちの仲間になってやろうじゃない。でも、宇宙一のスーパーデュエルアイドルを目指すこの私に付いてこれる? 厳しいわよ」

 

『当然ですっ!』

 

 輝く笑顔と力強い返答に、思わず笑みが零れる。だが、まだ甘い。

 

「最初に言っておくわ。アイドルっていうのはね、笑顔を見せるだけの仕事じゃない! 歌とダンスでお客さん全てを笑顔にさせる仕事なの!

 同時に、私たちは決闘者! そのデュエルは見る者全てを驚かせる、エンターテインメントでなければならない!」

 

『はいっ!』

 

 空は、先程まで大粒の雨が降り続いていたとは思えない程に晴れ上がっていた。

 まるで、新しい一歩を踏み出した少女たちを祝福するかのように。

 

「矢澤さん、それじゃあ景気付けにいつもの『アレ』、やってみたら? こころちゃんたちも見たがっているみたいだし」

「お願いします、お姉さまっ!」

 

 イタズラっぽい笑みを浮かべ、唐沢がそう提案してくる。

 見たがっているのは、こころたち弟妹だけではなかった。穂乃果たち後輩も、期待に満ちた眼差しでにこを見つめていた。

 ここまで期待されては、宇宙一のスーパーデュエルアイドルを志す者として、応えないわけにはいかない。

 

「OK。それじゃあ、見せてあげる! これが、宇宙一のアイドルの笑顔よっ!」

 

 

 

 

 

 ――にっこにっこに~♪ あなたのハートに、にこにこに~♪ 笑顔届ける矢澤にこにこっ♪ にこにーって覚えてらぶにこ♪

 

 

 

 

 

 高坂穂乃果は、その笑顔に感動を覚えていた。

 昨日部室で見た時は、アテムやことり、白パカと比べて普通だと思っていたが、今は違う。上手く理由を述べることはできないが、このデュエルを通して心が大きく成長したことが、輝かしい笑顔を作り出しているのだろう。

 きっと、目の前の先輩は更に強い輝きを見せてくれるに違いない。自分たちも、もっと頑張っていこうと固く心に誓いを立てる。

 

 矢澤こころにとって、見慣れたはずの姉の笑顔。

 だが、その笑顔は今まで見たものの中で最も輝いて見えた。降り注ぐ太陽の光にも負けていない。

 幼き少女は、信じている。自分たちに1番のアイドルが、いつの日か必ず正真正銘のナンバー1アイドルになってくれることを。

 

(ありがとうございます、皆さん)

 

 宇宙一の姉が新たな一歩を踏み出した記念すべき日を、決して忘れることはないだろう。

 そのきっかけを与えてくれた年上の少年少女たちに、少女は心の中で礼を述べていた――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、アテムは。

 

「な、なんて素晴らしいんだ……!」

 

 感動のあまり、大粒の涙を流していた。

 彼は再びにこへと接近すると、にこの両手を自らの手で包み込む。

 

「ちょ、ちょっと! 急にどうしたのよ!」

 

 握手を交わしたばかりと言えど、彼女も普通の女子高生。勢い良く手を掴まれては狼狽するのは必然だ。

 そんな羞恥など意に介さずにヒトデ頭の男子は捲し立てる。

 

 

 

「矢澤! 俺はお前の自己紹介に感動したッ! この俺を、弟子にしてくれッ!」

 

 

 

 一同、絶句。唐突に発せられた弟子入り宣言に、穂乃果たちから呆れ声が漏れる。さっきまでの激戦の余韻はどこへ行ったのか。

 

「弟子……。私に、弟子……」

 

 しかし、にこは『弟子』という単語に強い反応を示した。

 彼女は、この2年間1人で活動をしていたため、当然ながら部活動での後輩や弟子といった者は存在しない。

 正直な話、高校生活の中で自分を慕ってくれる後輩というものに、ほんの少し憧れを抱いていたのだ。自分の家族や6人の少女も尊敬の眼差しで見てくれていたが、

 

「も、もしかしてアンタ、私のファンになったのかしら?」

「ああ! むしろ1番のファンだぜ!」

 

 このヒトデ頭の瞳はそれ以上に輝いていて、何より『弟子』という単語はにこの心を大きく震わせた。…………震わせてしまった。

 

「ふ、ふふふ……。1番のファンはアンタじゃなくて、こころたちよ! でも、その気概は買ってあげる!」

 

 既に2人だけの世界に入ってしまったアテムとにこ。

 アテムと2ヶ月の間同棲をしている穂乃果も、にこと約2年の付き合いがある唐沢も、最早彼らに何を言っても無駄になるであろうことを悟った。

 

 

 

 ――これから私のことは、師匠と呼びなさい!

 

 ――わかったぜ、師匠!

 

 ――じゃあ、手始めに私の真似をしてみなさい! にっこにっこに~♪

 

 ――Yeah! アッテアッテムー!

 

 

 

「……高坂さん。服、乾かさない?」

「……そーですねー」

 

 

 

 ――全ッ然ダメ! もう1度!

 

 ――今のでダメなのか!? だが、俺は諦めないぜ!

 

 

 

 もうそこに、穂乃果たち10人の姿はなかった。

 濡れた衣服を乾かし、身体を温めるため、急遽運動部が使用するシャワー室を使わせて貰うことにしたのである。

 最初はこころたち弟妹も残ろうとしていたが、幼い子供が濡れたままでいては風邪を引いてしまうということで、どうにか納得させた。

 制服を備え付けの乾燥機に入れて乾かし、シャワーを浴び終えるまで1時間程度。流石にそれ程の時間があれば終わっているだろう。

 

「へっくしょんっ! ……ヤバい、風邪引いたかもしれないわね」

「久里子先輩、大丈夫ですか?」

「……南さんは平気そうね。長時間雨に打たれていたら、誰だって風邪を引きそうなものだけど」

「はいっ! 決闘者たるもの、鉄の意志と鋼の強さがあれば、ちょっとくらい雨に濡れても問題ありません! 服が濡れたままっていうのはもちろん嫌ですけどね」

「へ、へぇ……」

 

 シャワー室へと向かいながら、ことりと言葉を交わす唐沢は思う。

 女子高生ですら、この程度の雨で風邪を引くことがないと発言するのだから、プロ決闘者は病気とは無縁に違いない。

 ならば、その体細胞を研究すれば不治の病も治せるのではないだろうか。

 

(…………絶対にないと思えなくなっている辺り、私も染まってきているわね)

 

 

 

●おい、仕事しろよ

 

 

 

 その日、音ノ木坂学院に降臨した神の存在を感知できた者は当事者であるにこたち意外に存在しない。

 

 

 

 ――ほんの一部を除いて。

 

 

 

「ふむ、この力……。伝承で聞いたことのある、三幻神でしょうね」

 

 秋葉原のとあるビルの屋上に立ち、音ノ木坂学院が建つ方角を見つめる蟹のような頭髪をしている青年も、神の力を感知できた決闘者の1人。

 

「ことりくんや凛くんから話を聞いていましたが、流石は不動遊星をも超える伝説の決闘者。これだけ離れていても、その強さがよくわかる…………おっと、電話ですか」

 

 ポケットからスマートフォンを取り出して耳に当てると、『早く帰って来い!』と大声で怒鳴りつけられた。職場を抜けだしてから1時間、そろそろ戻らなければならないようだ。

 

「……わかりました、すぐに戻ります」

 

 通話を終え、青年は再び音ノ木坂学院へと視線を向ける。

 

「いつか、貴方と会う日が来ることでしょう。その時は、この老いぼれに伝説の力を見せて頂きたいものです。

 楽しみにしていますよ、武藤遊戯……いえ、アテム」

 

 自らを老いぼれと称する青年が浮かべる微笑みは、むしろ新しいことに挑戦する喜びを噛み締める少年に近い。

 その手には、1枚の白きカードが握られていた――。

 

 

 

●オマケ

 

 

 

 そして、1時間後。

 

「さぁ、アテム! この1時間で培った力を見せてやりなさい!」

「わかったぜ、師匠! 皆、ランクアップしたアテムさんをよく見ておくんだぜ!」

 

 

 

 ――アッテアッテム~♪

 

 

 

『…………』

 

「よくやったわ! まだ完璧とは言えないけど、この調子で腕を磨きなさい!」

「Yeah! ……どうした唐沢、何か言いたそうにして」

「いや、その……。さっきとどう違うのよ」

 

 唐沢、というよりも全員が見る限り、先ほど1回見たものとの違いがわからない。

 

「全然違うぜ!」

「アテムの言う通りよ! 『ー!』が『~♪』になっているじゃない!」

「わかるかぁああああ!」

 

 ことりといいアテムといい、『μ’s』には常識人が不足しつつあるのではないか。そんな不安が拭えない唐沢であった。

 




 結局最後にオチをつける、それがATMさんクオリティ。

 今回のデュエルで出した《バスター・ブレイダー》の進化形態に、驚かれた方も多いと思います。
 実を言うと、当初のプロットではブラパラで攻撃→融合解除でフィニッシュという流れとなっていました。しかし、進化形態のカッコ良さに惚れ、急遽《バスター・ブレイダー》単独で頑張って頂くことに。
 バスター・ドラゴンの出番はありませんでしたが、伴流やドラゴンバスターブレードといったチューナーが出てきたことで、今後シンクロ召喚をする際も迷わずに済んだことは嬉しいですね。
 来月・再来月にも《竜騎士ガイア》のリメイクなどの新規が控えていますので、既存の遊戯が使用したカードと組み合わせたデュエルをどんどん書いていきたいですね。

 次回は久しぶりの日常回(?)になる予定。
 ATMさん他、色々な方に暴走して頂く予定です。

 それでは、次回もよろしくお願いします。

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