比企谷八幡の異世界漂流記。   作:Lチキ

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なんか少し長くなったのでセッシーとの口論はまた次回に後半戦という事で、今回は中編です。










こうして彼と彼女の口論は続いていく。

「お前ら少し落ち着いたらどうだ?」

 

 

睨み合う一夏とオルコットを尻目に立ち上がる。

 

2人を交互に見ながら声をかけたが、両者とも俺の存在など眼中にないように睨み合いを続けていた。

 

緊迫した空気にクラスの連中は固唾をのみ、教師である山田先生は終始オロオロと戸惑った様子で3人と千冬を見てはどうするべきか分からないと言った風な顔をしいる。

 

千冬と言えば止めるどころか随分と好戦的な眼差しに、若干ながら唇を弧に歪めている。

 

先ほどまでの凛とした顔持ちは勿論だが、瞳に愉悦を浮かべている顔も実に綺麗だ。

でも、少なくとも喧嘩をしている生徒を見る教師の顔じゃない。

 

この学園の教師は碌な奴がいないのか・・・

 

教師陣のあまりに教師らしかなる態度に不信感を感じるが、これから俺が何をしても、ある程度は止められる心配がないようなので、この場は良しとしよう。

 

しかし、異世界の非常識ぶりを垣間見て改めて驚愕と落胆をした。

 

こいつら、早く何とかしないと・・・

 

そんな事を考えるが意識はすぐに俺を挟んで未だに睨み合う2人へと戻る。

すると、2つの怒鳴り声がほとんど同時に聞こえた。

 

 

「貴方には関係ありませんわ!」

 

 

「八兄、これは俺とあいつの問題だ。口出し無用!」

 

 

何ともまあ、自分勝手なガキの主張だと思う。

しかしながら、怒ってる奴なんて大体が餓鬼っぽくなるものだし対して気にはしない。

 

俺はまず一夏の方に体を向けると、冷ややかな視線を送りながら淡々と言葉を発する。

 

 

「別に俺は、お前が誰と喧嘩しようと、迷惑が掛かってこないなら止めるつもりはない。そんなのお前の勝手だし、俺に止める義務も権利もないからな。

 

でもな、それは当人以外に迷惑が掛からないってのが最低条件だ。

お前が今怒鳴ってる場所は何処だ?今はどういう状況だ?これだけ人がいる中で喧嘩をおっぱじめるのに当人だけの問題であるはずがないだろ・・・なあ一夏?」

 

 

「うっ‥そ、それはそうかもだけど・・・」

 

 

俺の話を聞き一夏はバツが悪そうに頭を掻く。

 

さっきまでの威勢もなく段々と声が小さくなり、そのまま見つめ続けると目を泳がせ終いの果てに顔そのものを明後日の方へそらす。

 

これ以上の言葉は不要だと確認し、次に、オルコットの方へ体と視線を向ける。

 

俺とオルコットの席は距離が開いている。

でも、互いの顔を見て話す分には、何ら問題がない。

 

一連の様子を見ていたオルコットの顔は先ほどよりも若干強張っていた。

だからと言って、この程度で怯むたまでもなく怒りの炎が燃える蒼い瞳で、こちらを睨みつけている。

 

こちらの世界ではよく知らないが、元の世界からすると、こういった素直な感情を人にぶつけるタイプは珍しい。

 

別に探せば結構いるのだろうけど、年端のいかないこのくらいの少女が、という意味ではなかなかいないだろう。

 

人は誰しも感情にはストッパーがある。

 

頭にきて怒鳴っても、その相手とはこれから先も同じ環境で過ごすのだから、なんていう考えが脳をよぎる。

 

不確定要素、あるいは不安要素を吟味し怒りよりも冷静さが表に出る。それがストッパーだ。

そんな理性の鍵が働き、ここまでの怒りを露わにする女子高生なんてのは少ないだろう。

 

 

「お前も少しは考えろ。お前がディスってるのは俺の国と、ついでに俺の兄弟だ。関係ないってことはないし、口出し無用なんて言われる筋合いもない」

 

 

俺の言葉にオルコットもバツの悪い表情をするが、それも一瞬の事だ。

 

 

「フン、関係あろうとなかろうと、そこの男が我が祖国を愚弄したのは事実です!仲裁したいのでしたらまずはそちらが謝るのが道理でしょう!」

 

 

「はぁ!?どう考えてもそっちから振ってきた喧嘩だろ!」

 

 

オルコットの言い分に一夏が抗議する。

 

が、そんな一夏を手で制し黙っていろとアイコンタクトを送る。

不満そうに口を閉じ一歩後ろに下がる一夏。

一夏が完全に沈黙するのを見ながらも、その視線はオルコットに向いたまま話しかける。

 

 

「勘違すんな。さっきも言ったが俺は別に仲裁とかしようってんじゃない」

 

 

俺の言葉を聞くと彼女の目は吊り上り訝しげな眼差しを向ける。

 

 

「でしたら、余計な口を――」

 

 

「でもな」

 

 

彼女が何かを言おうとした矢先、わざわざ言葉を重なるように話しかける。

 

そんな俺の態度にイラつきを露わにするが、俺はそんなオルコットの事など気にしないと言った風に続けた。

 

 

「俺はこれでも善良な日本国民だ。自分の国が他国、それも国を代表する地位の人間に不当な評価を受ければ、訂正したくなるってもんだろ?

 

これも一種の国民の義務ってやつだ‥‥‥お前なら分かるだろ、代表候補生(セシリア・オルコット)

 

 

そこまで言うとようやくオルコットは理解した。

顔を引き締め訝しげな眼差しから完全なる敵対者に向ける敵意へ性質を変える。

 

 

だが、敵を目前にしながらもオルコットは内心動揺をしていた。

それは、敵である俺から、敵対者である俺だからこそ感じ取れる些細な動揺だ。

 

元を正せば彼女と一番初めに言い合いになったのは俺だ。

あの時は俺も彼女もそれぞれ思惑があり、それを成そうとしていた。

 

彼女は俺の存在を利用し、自分という存在をクラスに、もっと言えば日本人の生徒やIS学園そのものに自分はここにいると宣言するため。

 

俺はそんな彼女の思惑を理解し、遊び半分の暇つぶしに。

 

彼女のやろうとしていたことの真意は知らないし目的も知らない。

単純に目立ちたがりなのかもしれないが、何か重要で、のっぴきならない事情があったのかもしれない。

少なくともそれは、それなりに尊い物なのだろう。

 

目立たないように存在感を消していたボッチの俺とは真逆ともいえる。目立ちたがり(ボッチ)

 

ただ群れる事を、虚栄と欺瞞で笑顔を取り繕う事をせず、周りの全てを敵に回そうとも厭わない。

 

そんな覚悟がなければ、あんな事をしようとは思わないだろう。

 

 

それはまるで、どこぞの宇宙人と未来人と超能力者と異世界人を探し一緒に遊ぶという創大な目的の為に団を結成したカチューシャの彼女のようだ。

 

ただ彼女は彼女と違い、世界を大いに盛り上げるジョン・スミスがいなかった。理解者がいなかった。

 

まあ、セシリア・オルコットにハ○ヒほどのぶっ飛んだ目標はないのだろうけどな。

精々家族の期待に応えるとか家督を守るために地位が必要だったとか、そんなありふれた理由だ。

 

それでも遊び半分でオルコットと口論していた俺とは雲泥の違いがある。

 

 

だからこそ、彼女は今、動揺をしていた。

 

理由は知らないし、やり方もそんなに良くない物だったが、彼女はそれでも真剣にそれを成そうとしていた。

 

ただ、自分が真剣だからと言い相手も真剣だとは限らない。そんな当たり前の事を失念していた。

だから、真剣な今の俺とさっきまでの俺とのギャップを感じている。

それが彼女の心に動揺を与えている。

 

だが、それはあくまでほんの些細な杞憂で、思い違いだ。

多少のイレギュラーがあろうとセシリア・オルコットが止まることはない。

 

 

「いいですわ、貴方でも貴方の弟でも、相手が誰であろうと、このセシリア・オルコットが尻尾を巻くなんてことありえません。

兄弟まとめて吠え面をかかせて差し上げますわ!」

 

 

長く白い人差し指をまっすぐ伸ばし俺とその後ろの一夏を指し示す。

その姿は、騎士が鋭く研ぎ澄まされたレイピアを向けるようにも、

木の棒を掲げるただの可愛そうな子供の様にも見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

セシリアが啖呵を切った後、八幡とセシリアの間にしばし沈黙が訪れる。

 

2人はただ黙っているのではなく、お互いにどう動くかを見定めているといった様子だ。

 

その証拠に2人の対極的な瞳は真っ直ぐ相手の事を貫き見ている。

 

互いの出方を見るガンマンや剣士の間合いのような空間を誰もが固唾を飲みながら傍観していた。

 

そんな中、口火を切ったのはやはりセシリアだった。

 

 

「そもそも、貴方達兄弟は礼儀という物を知りませんの?

 わたくしが、このわたくしが!

慣れない環境に戸惑っているあなた方に救いの手を差し伸べようとしているのに、返事はまともにできない。言葉遣いは悪い、知性も乏しい・・・全く、最低限の礼儀くらいわきまえてほしい物ですわ」

 

 

挑発的な笑みを浮かべ、ヤレヤレと言った風に頭を左右に振るセシリア。

 

その言葉を受け怒りを感じたのは、面と向かい言われた八幡ではなく一夏だった。

 

セシリアの言い分は一見、気遣って声をかけたのに礼儀を知らない無礼な態度で不快になった。

恩をあだで返されたと主張しているように聞こえる。

 

が、実際の所はただの有難迷惑な余計なお世話な上、恩着せがましいにもほどがあり、

尚且つ散々罵倒されるというコンボをくらったのだ、これで、怒るなという方が不可能だ。

 

だが、先ほどの事もあり、一夏はこの場は八幡に話の流れを任せる方針を取っているため言い返しはしない。

 

しかし、その瞳は真っ直ぐセシリアの姿を捉え、射殺さんばかりに睨んでいる。

もっともセシリアの意識は八幡に向いているため効果はない。

 

一方の八幡はというと、一夏とは対照的にとても冷静で感情の起伏はまったく見せない。

 

ポーカーフェイスその物だ。

 

ただ、濁った目が面妖に光り妖刀のような不気味さを醸し出している。

 

 

 

「どこをどう見て、そんな出鱈目な結論に達したのかは知らないが、こっちの事を気にかけてたんならありがたい。

全く気が付かなかったが、心遣い痛みいるよ。どうもご苦労さん」

 

 

と、眉一つ動かさずに微動だにしないまま八幡は言い切った。その姿には感謝の”か”の字も感謝するそぶりはなかった。

 

感謝どころか、お前の目は節穴か?

余計なお世話だ。

有難迷惑どうもありがとうございました。

 

なんていう八幡の心の声が伝わる。

 

そもそも「ご苦労さん」という言葉は、目上の人が目下の人に使う言葉であり、この言葉の選択からしてもセシリアを敬ってはいないのだろう。

 

 

こんな些細な言葉、日本人ならむしろ気にせず受け流したのかもしれないが、

 

国を代表し留学をして来ている立場のセシリアは、国を挙げて日本語学習を行っている。

 

特に尊敬・謙譲・丁寧語などの”正しい”上に必要とされる日本語は集中的に学習している。

 

だからこそ、八幡の言葉の選択に自分を見下している意味合いがあると感じ取れた。

 

 

「そういう態度が不遜だと言っているんです。

まったく、貴方のような低俗な男と話すのは疲れますわ」

 

 

代表候補生であり、入試主席合格者であり、栄光あるイギリス貴族である自分を目の前の男が見下している。

 

その事実に苛立ちと屈辱を感じながらも、表面上は余裕と言わんばかりに皮肉を繰り返す。

 

でも、内心では今すぐ大声を出して、とっちめたい気分だがそこは何とか堪えた。

 

今更感が否めないが口論とは大抵の場合で、感情を露わにすることは悪手だ。

心理バトルとかでも如何に、自分の感情を相手に見せないかで勝負は大きく変わるだろう。

 

高水準の教養を受けているセシリアが、それを知らないはずもない。

だから彼女は激情に身を任せないように自分を取り繕う。

 

ただ、内心では、知識としては、重々理解してるも、感情がそれを妨害し、理性を圧倒しているので今までのような言動になっているのである。

 

今現在も、彼女の蒼色の瞳は、八幡の黒く濁った瞳を燃え殺さんとばかりに睨みつける。

 

セシリアにそんな熱の籠った眼差しで見つめられている男はというと、何も変わらないポーカーフェイスでただ、佇んでいた。

 

だが、次の瞬間にはポーカーフェイスは崩れ、不適な笑みを見せる。

 

 

「なんだ、その年でもう更年期障害か?老けてるな」

 

 

「そんなわけないでしょう!」

 

 

「よく見りゃ体も震えてるんじゃないのか、そんなに辛いなら少し休んだ方がいい。

なんなら慣れない土地のうまい飯じゃなくて、慣れ親しんだまずい飯のを食ったほうが療養になるだろ。

 

一夏、食材として学食の残飯貰ってこい」

 

 

「これは怒りで震えてるんです!ていうか、何さりげなく我が国の食文化を馬鹿にしてますの!?残飯が食材ってそこまで酷くありません!!おいしい物もたくさんあると言っているでしょッ」

 

 

「別にお前の国の事を言ったつもりはないが・・・お前が、俺の言葉で、自分の国を連想したなら、そういうことなんだろうな」

 

 

「ち、違います!そんな事は断じてッ」

 

 

「おいおいそんな謙遜するなよ。本心なんてものは大概恥ずかしい物だが、それを主張できるのは美徳なんだぜ。

 

まあ、美徳であっても美しくはないんだろうけどな。いや、この場合はうまくない、美味じゃないとかの方がいいのか・・・どう思う?」

 

 

「知りませんわ!!」

 

 

八幡の言葉を受け次第に赤く染まる頬。

 

怒りもあるが、何より羞恥により顔は赤く染まる。

どっかの刑事ドラマや探偵漫画のようなありふれたブラフで、図星をつかれた。

 

語るに落ちるとはこの事かと言わんばかりに見事に墓穴を掘ってしまった。

それは、プライドが高く自分が圧倒的優位に立つと思っているセシリアの羞恥心に火をつけるには、十分だった。

 

耳まで染まり、先ほどまでとは違う意味で肩は震える。

 

もっとも、セシリア自身もおいしい物”も”があるといっていたので、自国の食事情はちゃんと分かっているのだと思える。

 

 

 

見下した相手の手のひらで踊らされる。それは、プライドが高ければ高いほど、こたえるもので。

プライドと自尊心の塊であるセシリアには耐え難い屈辱だった。

 

羞恥に耐えながらも、この雪辱をどう晴らそうか思考を巡らせるセシリア。

 

今の問答はどう見ても自分の方が不利に見えているだろう。ここで何かを言い返さなければ男に屈したと思われても仕方がない。

 

だが、そんなものセシリア・オルコットという女性が認めるはずもない。

 

だから次の句、次の話題を頭で検討し言葉にしようとしたその時、思いもよらぬ人物から制止の声が掛けられる。

 

 

「お前達、そこまでだ」

 

 

教壇に立ち、凛とした顔もちで八幡とセシリア、ついでに一夏に声が掛けられた。

 

本当なら、担任の教師なんだしもっと早く止めろ、と言いたいところだが、そんな事を言える勇者はこのクラスにはいなかった。

 

ちなみにこの勇者というのは勇気ある者、ではなく蛮勇の方の意味だ。

 

この制止を受け、八幡セシリアの反応はやはり対極的だった。

 

セシリアに取り最悪のタイミングであり、言葉を発しようとして止められたので口の中には行き場を失った次の句が不完全燃焼で彷徨っている。

 

というより、これでセシリアは織斑の姓を持つ人物全員から言葉を遮られたことになる。

どちらのタイミングが悪いのかは分からないが、恐らくこの両者の相性はあまり良くなんだろう。

 

一方の八幡は不気味な笑みも消え、ポーカーフェイスの読み取りづらい無表情に戻っていた。

(不敵から不気味に笑みが変わっているが、特に他意はない)

 

八幡的には好都合で、絶妙なタイミングだったが、あまりにタイミングがよすぎるので何らかの意図を感じた。

 

八幡曰く、好都合とか不都合は、大抵の場合、偶発的に起こるのではなく人為的に作られる物であるという。

 

 

それに洩れることなく、このタイミングも千冬による故意的なもので、邪な私情が挟まれた邪念まみれのタイミングであった。

 

でも、そんな千冬の思惑に八幡はまだ気が付いていない。

卓越した観察能力を持つ八幡でさえ、千冬ほどの達人を一朝一夕で看破することはできない。

 

何よりこの世界に来てから、千冬との接点はそんなに多くないうえ、話した事も、姿を見る事もあまりないので観察できないというのが最たる要因ではある。

 

ある意味、一番の不安定要素であるが今の所、実害がなく。むしろ、好都合なので放置している。

 

目の前のセシリアやほかにもやることが山積みなので、後回しにしているのである。

 

 

 

この後、織斑千冬の事を後回しにしていたことを八幡は酷く後悔するが、それはまた別のお話だ。


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