「えーと・・・織斑一夏です。よろしくお願いします・・・」
顔を引き攣らせながら話始める一夏。
極度の緊張で頭の中が真っ白という風な表情をしている。これは碌に何も話せずに終わる感じだな。
しかし、好奇心旺盛な思春期の少女達がそれをみすみす許すはずがない。
別に彼女達は一夏の自己紹介に何かを期待しているわけではない。
男性操縦者という不可思議な異物の事を少しでも知るために情報を抜き出そうとしているのである。多少は期待やらもあるだろうけど、それこそ動物園でパンダを見る程度の期待。
何も不思議な事はない。これは人が人と関わる上で、誰しもがする普通の行いだ。
一目惚れみたいな、話をしたことのない相手と友人関係になることはまずない。
コミュ力がMAX相当のリア充でも相手と友達になるには一言二言話す必要がある。
俺はそれを品定めと呼んでいる。
元々人付き合いなんてリスクを生むだけの行為をするのに相手を知らずに交友関係を持つなんて自殺行為も同義だろう。
その分、リスクもなくそいつの人と成りを見る事ができる自己紹介という場は、まさに絶好のチャンスなのだ。
だから少女達は無言ながらも一夏に対しプレッシャーを放つ。
もっと話せ、自己主張をしろ、これで終わりなんて許さないぞ・・・と。
まあ、それが好意でも悪意でも興味でも女子の思いという時点でいくら思おうと睨みつけようと
「い・・・以上です!」
ほら予想道理
一夏の自己紹介は何も進展せず終わる。
すると、クラスの女子と先生までもがいきなりずっこけた。
何を言ってるのかわかないと思うが俺も何が起きたかわからねー・・・ここはいつから新喜劇やドリフの劇場になったんだよ・・・?
というか、こいつら本当はノリのいい奴らなんだな。
流石の俺もこの反応の良さは予想外と言わざるをおえない。
さっきまでただの屍のようだったのに・・・これは山田先生も涙目・・・あ、苦笑いしてる。意外とメンタル強いなこの人。
さっきまでの無視の事なんて完全に気にしてない風だ。
「え、えーと、それじゃあ次は織斑八幡さん自己紹介お願いしますね、ハハハ・・・」
そうこうしてる内に俺の番か。
一夏の自己紹介があれだったからか女子達の目が先ほどまでよりも鋭い気がするが、恐らくそれは勘違いではないだろう。
これは、いささかやりにくさと息苦しさを感じるな。まあ、仕方ない。
ここは無難な挨拶でもして早々に退散するとしよう。幸いこの自己紹介は質問等がないので、どんな挨拶でも終わりと告げれば誰にも何も言われる事はない。
人は言葉がなくても意思を伝える方法がある。
休み時間の寝たふりとか、頼みごとされたときの嫌そうな表情とか、仕事中のため息とか、さっきのズッコケとかな。
何も言われなくとも何かのアクションがあることは間違いないだろう。そういう態度は結構人に届き、なおかつ人を傷つける。
「・・・ただいま紹介されました、佐藤原です」
「え・・・?あれ、佐藤?・・・原???」
俺の自己紹介が始まると、山田先生は出席簿と俺を交互に見て頭の上に?を浮かべる。
「佐々木小次郎の佐に藤崎八旛宮の藤、原爆の原で佐藤原です。好きな物は甘い者全般、嫌いな物は俺に苦い物、どうぞよろしく」
一夏と違い好きな物と嫌いな物という定番も折りいれ自己紹介を終わらす。ちなみに甘い者の者は誤字という訳ではない。
俺が席に着くと同時に先ほどまで出席簿を睨むように見ていた山田先生は顔を上げ、申し訳ないような焦った様な声色で謝罪をしてくる。
「はわわわッ・・・わ、私ったら名前間違えて!す、すいません!」
「別にかまいませんよ。誰にだって間違いの一つや二つはあるものですから・・・」
「ほ、本当にすいません!」
何とも律儀に体を90°に曲げお辞儀をする山田先生。自分の失敗を素直に認め謝罪するその姿勢はまさに教師の鏡と言えるだろう。
しいて惜しいと言えば、生徒の言葉と学校の制作した資料を比較して生徒を信じてしまう浅はかくらいだろう。
信じるという事は、疑う以上にリスクが伴うのである。
すると、山田先生が入ってきた扉からもう一人このクラスに入ってくる。山田先生とは打って変わり全身真っ黒なスーツで黒くきめ細やかな髪が揺れる。
一目見て美人と分かり、町を歩けば10人中9人は振り向くであろう女性。
織斑家長女、織斑 千冬が現れた。
ただ、なぜかその表情は鬼のようだった。
「ち、千冬姉!?なんでここに・・・」
「ここでは織斑先生だ馬鹿者」
「あいてッ」
一夏は突然の姉の登場に驚き席を立ちあがるが、すぐさま千冬のもつ出席簿で沈められた。
何ともマヌケな声をだしどこぞの5歳児のように頭にたんこぶを作る一夏だが、客観的に見るとその一撃はあまりに重い。
まず、音が違う。出席簿は厚紙を何枚も合わせた丈夫な作りで、机なんかに叩きつけると面白いほどに音が響く。
しかし、先ほど一夏の頭から響いた音は明らかに異常だ。
乾くように響く音ではなく、重く鋭く鐘を叩くような鈍い音。そんな音が出るとか普通に考えるとありえないだろ。
だが、現実にそれが起きてることに驚愕を禁じ得ない。
なんだかこの世界に来てからという物、驚きっぱなしだな。でも、その驚きを顔に出さないだけでも自分は偉い。
「お前達2人はそろいもそろってまともに自己紹介もできないのか・・・」
どうやら先生である様子のこの世界の実姉は、先ほどの体罰を何とも思わない様子で静かに語りかける。
整った顔立ちの眉間に皺が寄り明らかに怒っているのだと分かる。
「一夏」
「は、はいっ」
「普通自己紹介はどんな事を話すか分かるか?
名前、年齢、誕生日、好き嫌い、特技、短所、長所などなど・・・話す事は幾らでもあっただろ。
それなのになんだアレは?」
「え、えーと・・・そ、それよりなんで千冬ね・・・織斑先生がここに・・・?」
「話をそらすな」
「いてッ」
しどろもどろに話す一夏に本日二度目の
「次にお前だ八幡」
「八幡・・・?はてそれは誰の事ですか、私の名前は斉藤原ですが」
「この期に及んでそれか・・・」
千冬は怒りを越えて呆れたように吐き捨てる。
こめかみに手をあて頭を抱える姿も、どことなく様になっているな。
と、場違いながらもそんな事を考えていた俺に千冬は鋭い視線をぶつける。
「答えろ。なんで自己紹介で偽名を使っている」
「偽名?なんの事やら全く分かりません。もしかするとどこかの誰かと勘違いなさってるんじゃないですか」
「お前みたいに目の腐った奴が他にいるわけないだろ」
キッパリと言い切るが、その自論は暴論だ。
この広い世の中、俺みたいな目をして奴なんて五万といるだろう。
俺の知り合いでもないけど、知っている詐欺師もこんな目してるし、後は・・・後はいないな。
そんなにいなかったな。いや、でもこれは交友関係が全くない俺だからであり、探せばもっといる筈だ。多分。
「あのな・・・自己紹介は何も形式でやってるんじゃないんだぞ。自分の事を相手に伝え、相手の事を理解する。そのための第一歩として肝心なことだ。
そこに、虚言を吐くのは今後の人間関係の構築に多大な問題が生じるんだぞ」
その表情は、分かってんのかこの馬鹿どもがとでも言いたそうだ。
まあ、確かにそれは事実だな。電車に乗ってたエルメスを助けた男も一番初めで自分の事を話せなくて色々揉めてたし。
ただ、それはつまり、
「自己紹介で嘘をつくような失礼な人間がいるとは思えませんが、先生の言葉からすると、そいつは恐らく今後の人間関係の構築を放棄してるんじゃないですかね。
だから、適当にいま思いついたような名前を名乗るんじゃないですか・・・まあ、俺の知ったところではないんですけど」
今度こそ本当の呆れたため息を吐き、千冬はその手に持つ凶器(出席簿)を振り上げる。
が、八幡は紙一重でその攻撃をよけた。
「先生、前のはどうだか知りませんが俺の耐久値は低いので体罰以前に殺人事件になりますよ」
「心配するなそんな軟に育てた覚えはない。それに加減はしている」
2度目の攻撃を受けた一夏が未だに起き上がらないのだが、これで加減をしている‥だと‥
「まあいい、今回は許すが次に同じような事をするなら覚悟はしておけ」
いったい何を許されたのか分からないが、少なくともそれは暴力に訴える前の人間が言うセリフだと思うが・・・
まあ、この手のは高校時代ですでに慣れているのであまり気にしないけどな。
この人も見た目はいいのに将来苦労しそうだ、主に結――――――――
「おい・・・何か今、余計な事を考えていなっかたか・・・?」
教壇に戻ろうとする千冬は、嘘のような殺気を飛ばしこちらを見る。
「‥‥‥いいえ何も、それより早くしないとHRが終わりますよ」
怖い。とにかく怖い。
なんでこういうタイプの人は地雷を踏もうとすると先読みしてくるんだよ。
地獄耳とかいうレベルじゃねーぞ、エスパーかよ。
殺気をひっこめ教室の前に立つと、山田先生に一言詫びを入れクラスに目を向ける。
「諸君、私がこのクラスの担任の織斑 千冬だ。君たち新人をこの1年で使い物にするのが私の仕事だ。
これから、私のいう事には全てハイと答えろ。異論は認めない」
どこの軍隊だ。
まあ、
しかし、あくまでここは平和な日本人が8割を占める学校だぞ、
そんな高圧的な態度だと生徒からの反感も・・・
「きゃああああああああああああああああああああ!本物よ!本物の千冬様よ!」
「私千冬お姉様に憧れてここまで来ました!北九州から!」
「千冬様あああああああああ!こっち見て!!」
「サイン!サインください千冬様―――――――!!」
反感どころか皆、熱狂してやがる・・・
黄色い声を飛ばし、どこから取り出したかも分からないサイン色紙を掲げる輩もいる始末だ。
‥‥‥俺がおかしいのではないのなら、このクラスはおかしいのだろう。可笑しな俺が言うのだ間違いない。
「まったく・・・毎年よくこれだけの馬鹿が集まる物だ。それとも私のクラスに集中させているのか?」
「きゃあああああああああああああ!お姉様もっと叱って罵って犯して凌辱して―――!!」
「でも、時には優しくして、そして付け上がらないよに躾して―――!むしろ調教して、洗脳して好きなように弄んで!!」
「私お姉様のためなら死ねます!いっそ私と心中してください!!!」
変態、変態、危険、ふむ‥‥なんかこう、うまく言えないけど、こいつらもう駄目だな。
女というか人として駄目だ。
駄目駄目だ。
見た目も平均より上の奴がほとんどだし、ここにいる時点で頭の良さは申し分ない。
このまま無事にここを卒業すればそれなりの勝ち組路線に乗れるというのに全くと言っていいほど羨ましさを感じない。
人に羨ましく思われない人生に一体何の価値があるというのか
そこには価値はなく勝ちもない。
最も、俺の人生は誰からも疎まれるそんなものだったがな。
というか、千冬の口ぶりからすると毎年こんな異常者が入学してくるらしいが、色々と大丈夫なのか。
こんな連中を馬鹿の一声でまとめられる千冬は丈夫にはなってるのだろうけど、日本の将来は絶望的だな。素直に正直に純粋にお悔やみを申し上げる。
先人たちよ、これがお前らが築きあげた物の姿だ。
汗水たらし、血反吐を吐き、人の命を尊厳を誇りをかけて戦い、後世に残したものがこれとは、まったくもって浮かばれない。
浮かばれなさすぎて涙が出てくるよ。欠伸をするとどうしても涙が出てしまう、そんな涙が止まらない。
―――――――――――――――――――――――――――――――
突然だが私、織斑千冬は世間一般から見るとブラコンという物にカテゴライズされる。まったくもって遺憾だが、それもある種仕方がないと割り切っている。
家はとある事情で弟2人の面倒を私一人で見てきた。といっても別にそれに不満があるわけではない。元々勉強はできたが、大学にまで行く行く必要も感じなかったし
何より2人の弟が元気で健やかにいてくれるだけで大満足だ。
そんな訳で、私と弟達との絆は普通の姉弟よりも強く、私が多少ながらも心配性の過保護を発症させていても致し方がないと言える。
だから、今回も弟達がしっかり挨拶をできるか心配で朝礼を早々に終わらせ、
こうして扉の前でスタンバっていても致し方がないのだ。
むしろ、こんな慣れない環境で周りが女子だけしかいない状況で弟の心配をしない姉などいはしないだろう。
姉とは常に弟の事を見守る存在なのだから キリッ
『えーと・・・織斑一夏です。よろしくお願いします・・・』
おっと、早くも一夏の番か
緊張して声が上ずっているが、まあ仕方がないだろう。
一夏は明るく友達も多いが空気を読むことと女心を感じる事は苦手だし、周りの女どもに気圧されるのも仕方がない。
出来れば周りと早く打ち遂げるためのきっかけを作ってほしいが、そこまでは望まない。
ここは無難に得意の料理の事や、家事全般ができる事をそれとなく言えば及第点だ。
昨今では、家事育児ができる男は評価も高く
贔屓目なしに一夏の家事スキルは相当な物だ。
どこに出しても恥ずかしくはない。むしろ誇れる。
ただ、どこにも出す気はないがな。
少なくとも、私から奪う事が出来る奴にしか渡さん。
『い・・・以上です!』
私は盛大にズッコケた。
幸廊下には誰も居らず、私がこけた音もクラスから聞こえた音にかき消されたので誰にも見つかってはいない。
だが、一夏よお前というやつは・・・
本当ならここですぐにでも教室に突入して叱ってやりたいところだが、まだ八幡の自己紹介が残っているので、行きたい衝動を抑え再度耳をすます。
八幡は一夏と違い社交的や明るいというのとは真逆だ。
むしろ、変に捻くれて、友達の姿も碌に見たことがない。
その上、分かりにくい性格をしているので誤解されやすく、本人もそれを否定しようとしないので厄介事がよく起きる。
まあ、その厄介事も自分でどうにかするから私からあまり言えないのだが・・・そういうところも可愛げがない。
素直じゃなく誤解されやすく捻くれているが、その根は心優しい少年だ。
人に厳しく自分に甘い。でも、厳しい態度の中には優しさがある。
誰にでも分かる事ではないが、分かる人間にはあいつの良さが分かるだろう。もっともそういう奴がこの学園にいるかどうかは不明だが・・・
それは今は置いておこう。
八幡は一夏と違い、こういう場でもふてぶてしいまでに冷静でいられると思うが、どんな自己紹介をするのか予想ができない。
山田君にふられ八幡の自己紹介が始まる。
『・・・ただいま紹介されました、佐藤原です』
私は本日2度目のずっこけをしそうになるが、すんでのところでなんとか押し留まる。
アイツは・・・!
予想できないと言ってもここまでとは・・・まさか、自己紹介で偽名を名乗るなんて馬鹿げた事をするとは、本当に予想外だ!
教室の中から山田君の申し訳なさそうな声が聞こえる。
むしろ、こっちの方こそ申し訳がない。
山田君は何も悪くない。悪いのは全てこっちなのだから!
山田君に対し物凄い罪悪感を覚えながら私は急ぎ教室の扉を開けた。
その後、一夏を小突き八幡を叱ったが八幡の方は相変わらずどこ吹く風と言う風だった。
しかも、私の一撃を躱すとは何とも小賢しい・・・
小賢しいが、そこに可愛さを感じてしまう私はやはりブラコンという奴なのだろうか。