IS学園において模擬戦とはそこまで珍しくない。
上級生にもなれば毎日のように各アリーナの使用許可を取っているし、何かのイベント前となれば予約がいっぱいで訓練機に乗る事すら困難になるほどだ。
だから今更1年生の模擬戦というのは一部の例外を除き興味のない話だろう。
だが、今回はその一部の例外、それも例外中の例外だった。
片方は、学園内でも数少ない専用機を持ったイギリスの代表候補生。これからのイギリスの代表にもっとも近しい少女である。
当然それぞれの国は勿論、いずれ戦うかもしれない上級生達も興味が湧く。
さらにその対戦相手は、学園内でいや世界で2人とされてる男性操縦者の片割れ。
入試の時に試合をしたが、公式的にはこれが初めての実戦となる織斑一夏。その興味度はセシリアより遥かに上と言える。
本当なら観客席を埋め尽くすほどの人が訪れても不思議ではないだろう。
もっとも、今回の模擬戦は授業の一環、延長上の物とされ放課後ではなく授業中に行われている。故に模擬戦の噂は学内全土に広まっているにも関わらず、その観客は1年1組の生徒のみだ。
中には授業よりも優先度合いが高いと認識してる生徒もいるが、今回の監督教師があの織斑千冬という事もあり抜け出してまで観賞する生徒はほとんどいない。
今年から入った新一年生はまだ知らないが尊敬と憧れの的である織斑千冬は同時に恐怖の対象でもある。上級生達はこの1年間、もしくは2年間でそれを骨の髄まで染み込まされているのだ。
第4アリーナ。
試合開始までまだ暫く時間があるというのに第4アリーナの空には、1人の、一機の蒼い影が舞い踊っている。
イギリスの代表候補生セシリア・オルコットとイギリスが誇る第3世代型IS『ブルー・ティアーズ』だ。
セシリアはそのしなやかなブロンドの髪をたなびかせながら空を縦横無尽に駆け回る。
彼女のあの失言はまだクラスメイト達の脳裏に色濃く残り、ここにいる観客の少ない者はセシリアが負ける事を望んでいる。
いや、男が勝つなんてありえないと嗤う彼女達にとってそれはありえない事だ。
精々がこの試合で何らかのミスを晒せば笑い話のネタになる程度の認識だろう。
それなのにいざ、セシリアの飛ぶ姿を見た彼女達が口を開くのは賞賛の言葉だった。
「きれい・・・」
ポツリとつぶやかれた言葉は誰の言葉だったのか。
いつものほほんとしてる少女か、はたまたあの失言で彼女に対し敵意を持っている少女だったのか答えは分からない。
ただ一つ言える事は、この場にいる生徒達は一様に彼女に見入り、見惚れている。それほどまでにセシリアの、ブルーティアーズの姿は美しかった。
機体に合わせた青いスーツが、しなやかなブロンドの髪が、モデルのようなプロポーションにその美貌が。
何より研ぎ澄まされた機動に自分の勝利を信じて疑わない自信にあふれた顔が人を惹きつけた。
ウォーミングアップを終えアリーナの中央で堂々とたたずむセシリア。
その瞳は真っ直ぐに、相手側の一夏が飛び立つ予定のピットを見据える。
間もなく試合開始の時間である。
一方、
その頃一夏の方はと言うと。
「先生!まだなんですか!」
「はわわわ…も、もうすぐです!もうすぐで来るはずなんです!」
大慌てだった。
アリーナの静かな中に燃える熱気、程よい緊張感なんて皆無の右に左に、上に下にと大混乱していた。
「ああもう!なんで届くのが試合当日、それもこんなギリギリなんですか!」
「ふぇぇ…そんなこと言われましても・・・」
一夏が吠え、山田先生が涙目で狼狽える。
なぜ彼らがここまで混乱しているのかと言うとその理由は至極簡単だ。
「落ち着かんか!たかだか
慌てふためく一夏に、応援を名目にピットの中にやってきた箒が一喝。
しかしその顔には密かに汗を流し、やばいと顔全体に書いてあった。
そう、この試合に合わせて届く予定だった一夏の専用機が未だに届いていないのだ。一夏がその事実を知ったのは実に30分前の事である。
流石にこれであわてるなと言う方が無理があるだろう。
「そんな事言ったて専用機なしでどうしろっていうんだよ…それに」
八幡から渡されたブルー・ティアーズのデータ。そこに書かれた訓練機とは明らかに違うスペック。
素人であり起動時間が未だに2桁行っていない一夏でも数字にすることで第3世代と第2世代との差はとても分かりやすかった。だからこそ思う。
やばい、無謀だ、これなんて無理ゲー?と。
唯一の希望はまだ見ぬ自分の専用機。これがどのようなスペックかは分からないが専用機と銘打っているのだし訓練機よりは上と考えるしそれにすがるしかもはや方法の無い一夏だった。
何よりも機体以上に懸念すべきことがある。
「箒…確かISの事を教えてくれっていったよな?」
「…」
箒は言葉無くそっぽを向いた。
「目をそらすなよ、結局この一週間剣道の稽古しかしてないじゃないか!」
そう、結局一夏はこの1週間にしたことは、兄の持ってきた嫌がらせとしか思えない量の紙の束に書かれたセシリアのデータを読み込む事と剣道しかしていなかったのである。
データの方は助かるが終始なんで紙に殴り書きしてあるのと頭を抱えながら読み、剣道の方はISの訓練したいとか言える余地はなく放課後になると痛む体を抱えながら部屋に戻って寝る事しかできない。
「し、仕方ないだろ。お前のISがまだ届いていなかったのだから…」
バツが悪そうに一夏の目を見ず言う箒。声が上ずっている所を見ると、自分でもいい訳が苦しい事を分かっていたのだろう。
「ISが無くても基本的な知識や操縦は教えられるだろ」
「……ふん」
「だから目をそらすなってば!」
ジト目で追及する一夏の言葉を無視しそっぽを向く箒。その額には先ほどより大きな汗が流れている。
と、その時だった。
「織斑君!織斑君―――!来ました、織斑君の専用ISが!」
「一夏すぐに準備しろ。アリーナを使える時間は限られているからな。ぶっつけ本番で物にしろ」
山田先生の歓喜溢れる叫び声と、その真逆のようなどこまでもクールな姉の声。
その声を聴くと箒と一夏はさっきまでのやり取りをやめ、収納庫より現れる一機のISに釘つけとなる。
「これが織斑君の専用IS『白式』です!」
山田先生の解説とともに在られるどこか武骨な白銀のIS。白式が姿を現す。
ISスーツに着替え、武骨な鉄の塊『白式』に乗り込む一夏。
始めに思った感想はどこからか来る安心であった。
(なんかしっくりくる)
初めてISを動かした時に乗った量産機や入学の時の訓練機とはまるで違う。
うまく言葉にするのが難しいが、量産機や訓練機は何処か体に合わない、肘が張るような感覚があった。
真新しい雑巾や新品のシューズやグローブみたいな手になじんでいない感じ。
でもこの白式には違う。体に馴染む。理解できる。これが何なのか、何のためにここにあるのか。
機械的な電子音が聞こえ目の前に表示される白式のスペック。
(なっ!訓練機とは明らかにスペックが違う!)
期待していた以上の数字に驚愕した。
白式の基本スペックはブルー・ティアーズに全く負けていない。
目の前に表示される数値に体感的に感じる感覚、これまでにないくらいの力がみなぎる感触。
これなら負ける気がしない!
「一夏調子はどうだ?」
一夏の顔に浮かぶ笑みを見てどこか嬉しげに問いかける千冬。
管理室により音声だけで指示をしているためその顔は見えないが、意地の悪そうな笑みを浮かべている。もちろん悪い意味ではない。
アーチャーがビルの上で自身のマスターに問いかけた時のような愚問を聞いている皮肉めいた笑み。すでにその答えが分かっているのに、分かっているからこその問い。
「おう、イケるさ」
案の定一夏の返答は、自身の自信にあふれた力強い言葉だった。
傍らにいる幼馴染の少女に一言
「行ってくる」
と、言えば箒もそれに返す。
「ああ・・・勝ってこい」
そして遂にその時は来た。
スラスターを開き、空を飛ぶ自分の姿を思い浮かべ。
目の前に広がる青空に翼をはためかせ少年は飛び立つ。
誇らしい姉を今度は自分が守れるようになるため、幼馴染の少女の言葉に答えるため、資料と厄介事を押し付けそのまま応援にも来ていないがどこかでこの試合を見ているであろう兄に折檻されないために少年は飛び立った。