血気盛んな馬鹿共、もとい一夏とオルコットの話はどんどん進んでいく。
「フン!わざと負けるような事があれば貴方達はわたくしの小間使いに・・・いいえ奴隷にしますわよ!」
高々にそう宣言するオルコット。
自分が国の看板を背負っているという自覚が本当にないんだな、こいつ。
言わないでも分かるだろうが、誤解の無いように一応言っておくと、現代社会において先進国であるイギリスに奴隷文化なんてものは存在していない。そんな人権のへったくれもない事はほとんどの先進国ではないはずだ。
というより普通に犯罪。言動がすでに名誉棄損レベルだし。
ていうか、そっちから吹っかけてきた癖にリスクしか提示しないとか交渉のへったくれもないだろ。
こんな勝負を受ける人間いないだろ。
目の前にいた。
なんてこったい。
こめかみに手をあて空を仰ぎたい気分の俺を置いて、2人の会話は進んでいった。
天井は新品同様にシミ一つなくきれいな白だった。
「いいぜ。ハンデはどのくらいつける?」
「は・・・?あらあらさっそくお願いかしら」
ハンデという一夏の言葉の意味を一瞬理解できなかったオルコット。
しかし、すぐにその意味を自分なりの解釈で導き出し、得意げに頬を緩ませる。
「いや、俺がどのくらいハンデをつけるかって事なんだけど・・・」
「は‥‥‥?」
今度こそ意味が分からないと、淑女にはあるまじき大口を開け唖然とするオルコット。すると、次の瞬間。
「アハハハハ、織斑君それ本気で言っているの」
「男が女より強かったのってISができる前の話だよ」
「もし男と女が戦争したら三日持たないって言われてるよ?」
険悪なムードも、重たい沈黙も嘘のように教室は少女達の笑い声に彩られる。
そんな少女達に一夏は唖然、俺も呆然。
言葉の端々にこちらを、いや男を馬鹿にするのが伝わってくる。まさに女尊男卑を象徴するかのような光景だ。
でも、そんなあからさまに不愉快な空間でも、不思議と怒りは湧いてこない。むしろ、別のジャンルの感情、呆れ・・・いや、これは哀れみすら感じているのか。
よくネットやテレビなんかで、メディアの情報をそのまま信じ込み自慢げに話している奴がいるだろ。
少し調べれば、真実か嘘かくらいすぐに分かるのに、疑う事を怠り信じる事しかしない人。
そんな人を見るような、一種の同情に近い感情を、俺は少女達に向けているのだろう。
ISは確かにとんでもない。
その戦闘能力は、従来の兵器を大きく突放す力を持っている。運用を間違えなければ兵器以外の様々な分野でも活躍する事だろう。
しかしだ、ISとはどうあがいても、少なくとも現時点では戦術兵器になりえても戦略兵器にはなりえない。
戦術、戦略と難しい言葉を使ってるが、要はその兵器でどれだけの規模の攻撃をできるかという事で。
女性にしか使えないという決定的な欠点はあれど、それ以外では大変優秀な兵器であるISの力は、所詮個人的な規模でしか活動できない。
白騎士事件なんかでは、数多ある弾道ミサイルを撃墜していたが、何もミサイル全てを一瞬で破壊したわけではなく、むしろ一個一個落としていくという非効率的な方法だった。
それだけでも普通に凄いが、でも、所詮はその程度。
同時に別々の場所に攻撃を出せば、どんなに強力で機動力に優れたISでもカバーできない。
数にして400数十機、その中でも白騎士並みの実力を持った人間はさらに絞られる。
どんなに常識外れな機動力を戦闘能力を持っていようとその力ですべてを守りきる事は不可能。単純な数の問題だ。
それに戦争は何も、力があるだけで勝てるものじゃない。情報戦や公作活動、その他多くの事柄が重なり勝利を掴めるもの。
強くても個人程度しか守る事ができないし攻める事ができない。それ以外の数十億人の女性は生身であり、通常兵器で簡単に殺すことができる。
仮に、白騎士事件でミサイルに一つでも核弾頭が搭載されていたら、日本人の被害は軽く数万人を超えていたかもしれない。
ISが本当の意味で核に変わる抑止力になっているのは、国家レベルのバックアップがあってこそなりうるものであると、俺は考える。
つまり、現実的な話で男と女の戦争が3日持たないとかはありえない。
純粋に
単純に
愚かにも
そんな話を信じている。信じらされている。
思考を放棄し、自己顕示意欲を満足させる暴論を信じ込まされている少女達は、一種の被害者と言ってもいいだろう。
より分かりやすく言えば、新興宗教を妄信する信者、みたいな感じだ。一気にかわいそうな奴らに見えてくるな。
哀れな奴らに見えてくるだろ?
俺は最低な人間であることを自負しているが、哀れな奴を笑うほどクズではないと、思う。多分。
「むしろわたくしの方がハンデをつけなくていいのか迷うくらいですわ、日本の男子はジョークセンスがあるのね」
笑い声の中、勝誇った笑みを浮かべフフンと、鼻歌交じりに一歩前に出るオルコット。
このアウェー感に気圧されるも、近くにいた赤いカチューシャをした少女に「今からでもハンデをもらったほうがいいよ~ww」と言われると流石にカチンときたようで。
「男が一度言った事を曲げられるか」
と、言い切った。もはやただの意地だな。
そんな意地も虚しく、教室の端々からは未だクスクスと笑う声が聞こえてくる。
一人の男を中心にクラス全員で嘲笑する。さながらそれは、笑いのリンチのようだ。
でも、この現状は思いのほか悪くない。
この際もう模擬戦回避は不可能。なら、早々に次の手をうつ必要がある。
俺が、この学園でこれから過ごすためには何が必要か?
それは、代表候補生と模擬戦をやり勝利したという箔をつけ、クラス代表の座につくこと。
―――――――なんて事じゃない。
俺に必要なのは、時間と情報。
目立つ立ち位置なんて一夏に任せてしまえばいい。俺はあくまで目立たないボッチを目指す。ボッチ王に俺はなる!・・・別に悲しくなってなんかいないからな。
強力なISも、学園での地位も必要ではない。要は次に待つセカンドライフをどう過ごすか。
ここで俺がやることは男性操縦者と彼女達との隔壁を取り払いより効率的な関係を築く事。そして、それを築くのは別に俺じゃなくてもいい、ここ重要な。
そのためにまず、このクラスから女尊男卑という邪魔なフィルターを外すことから始めよう。別に男が女より優れてるなんて言う無茶ぶりをするわけじゃない。
あくまで対等で、あくまで同じ立場の学生と認識させればそれでいい。
なら、この状況を大いに利用しよう。乗るなら今しかない、このビックウェーブ。
「意地を張るのも大概にしとけ」
「いや・・・だってよ八兄!ここまで言われて引けるわけ―――」
「せっかく彼女達が優しい心遣いで言ってくれてるのにそれを無下にするのか?」
「へ?」
素っ頓狂な声で、何言ってんだと言わんばかりにこちらを見てくる一夏。
「い、いやいや!優しい心遣いって・・・」
「クラスメイト達がお前の事を心の底から心配して言ってくれてるのにそれを振り切って自分の意地を通すほうが男らしくないだろ」
「いや、あの・・・でもさ・・・」
一夏の顔には納得がいかないというのが滲み出ている。
それも、そうだろう。
さっきの笑いも、やめとけという忠告も、明らかに自分の事を馬鹿にしているニュアンスのもので、優しさや、心遣いなんて言葉は皆無。
にもかかわらず、こんな事を言われて納得しろという方が無理難題だろう。
すると、笑い声から一変、呆れたようにこちらを見下すオルコットが話に混ざる。
「貴方は一体何を言ってますの・・・まったく、知識に乏しいと思いきや、感受性すらも乏しいのですの」
「どうした、俺の言ってることに何か可笑しなところでもあったか?」
「おかしいも何も、よろしいですか!今、貴方の弟さんは、身の程をわきまえず、このわたくしにハンデをつけるなんて、ジョークにしか聞こえない事を言って笑われているんですのよ?」
ヤレヤレと心底呆れたため息を吐き出すオルコット。
まあ、彼女の言ってることは概ね正しい。
だが―――
「おいおい、それこそお前の感受性がどうかしてるぜ」
「・・・なんですって?」
「いいか、そんな悪意のような物があるわけないだろ、なんなら聞いてみてもいい。彼女達は心優しく、一夏の事を心配してくれているんだ。まったく、兄としてお礼を言いたいくらいだよ」
「フン、心配してるとしても頭の心配をしてるだけですわ」
一理ある、というより俺も
ありえないほどの朴念仁&勘違いの数々、それに幾度にも渡る千冬の
精神的にも、物理的にもやばいんじゃないか・・・と思う。
「そりゃあ、こころいるね。女の子に心配されなんて男冥利に尽きるってもんだ。よかったな一夏」
おどけながら返事を返せば、意にそぐわぬと不満感を露わにするオルコット。
掴みどころのない会話というのは、結構ストレスになるというのに、良くもっているな。感心、感心。
感心したからここいらへんでやめてやろう。
でも、その代わりに更なるストレスを抱えようとも、俺は悪くないよな?
「だから!そういう事を言ってるんじゃ――」
「何より、天下にその名を知らしめるIS学園の生徒が、そんな学園の品位を貶め、世界の注目が集まる場所でそんな下卑た真似するわけないだろ?」
この学園のエリートは基本的に、秀才や意識高い系のリア充の集まり、ってのは前に話したと思うが、そういう意識高い系の奴というのは皆こぞって評価というのを気にする。
結果が全てじゃない、そこまでの仮定が重要なんだ。
勝ち負けなんて関係ないお互いがwin-winになるんだ。
若いマインドのイノベーションがなんちゃら・・・なんだっけか、わすれちゃったよ。まあ、なんかそれらしい感じの言葉な。
こういうのを使いたがり、あたかも俺らにとって大事なのはどう青春を送るかであり、それ以外はおまけです。皆仲良く行きましょう。
みたいな事を言うがその実で、自分たちの行動でもたらす結果や評価に対して酷く敏感だ。
自分達は皆仲良く頑張り、最終的に高い評価を受けた。
これこそが、意識高い系が求める最高形態。
うっわスゲーゆとり、その甘さ羨ましい。
だが逆に、
失敗という物に対しては物凄くシビアで、非情になれる。
成功は皆の物に対して、失敗は一人の失敗。むしろ、戦犯でもなく何も関わっていなくてもそいつの失敗にされる事すらある。
なにその小学生の頃の俺。心当たりがありすぎる。
あいつら、成功は皆の物だ!とかは言うくせに、失敗は俺たち全員の責任だ!とかは言わない。
よしんば言うとしても、成功したけど結果が少し気に入らないみたいな状況の時とかにしか言わない。本当にどうしようもないほどの、致命的なまでの、大失敗の時には絶対に言わない。
では、今の状況はどうだろう。
彼女達は自ら女尊男卑発言をし、一人の人間を全員で嗤い合った。
それは世間一般的に褒められた行為ではなく、むしろ批判される行いだ。そんなものを意識高い系でありエリートである彼女達が良しとするか。
実際に起こった、起こした出来事でも素直に自分達の非を認めるか。
良識がある奴は自分の起こした行いと区切り反省するだろうが、そこに学校の事を絡めれば非を認める事は出来なくなる。
皆一緒にと同じくらいに、自分が所属する学校の事が無条件に好きだからな。学校が貶められる事は自分が貶められるように嫌い、自分で貶めるなんて事はしない。
本当なんで学校なんてもんが好きなんだろうな。普通学校なんていうのは忌み嫌い、嫌悪し、行くこと自体が嫌になる、強制的に集団生活を強いられる社畜養成所みたいなとこだろ。
・・・え、普通じゃない?ウッソーマジで?
「何なら聞いてみるか、さっきの発言や笑いは、一夏の事を心配しての助言であり、別に悪意はなかったんだよな」
無意識にせよ、意識してたにせよ、自分たちの過ちを遠回しに指摘された彼女達はどうするか。
問いかけに対して少女達は顔を俯かせるが、やがてポツリポツリと話始める。
「・・・えっと‥まあ、そんな感じかな」
「・・・うん、その、なんかそういう感じだよね~」
「あははは・・・そうだよねー、うんそうだよ!」
答えは簡単、事実を曲げ便乗する、だ。
乾いた笑みでそういう彼女達、いつしかそれは勢いをまし、話の流れは今や完全に傾いていた。
それにオルコットは戸惑い、狼狽え。
一夏はただ茫然と佇んでいた。