俺が雪ノ下を盛大に挑発したせいか、雪ノ下はしばらく固まっていた。
あれ?耐性強いと思っていたんだが……
固まっていた雪ノ下は徐々に嗜虐的な笑みへと表情を変えていった。
因みに冷気も放たれている。地味に怖い。
「あら、随分言ってくれるわね。私は成績は国際教養科ではトップ、全国模試では校内3位よ。しかも学校一の美少女と言われているわ。高スペックだったせいで小中時代ほとんどの女子から嫌がらせを受けたのだけれど……全員返り討ちにしてやったわ」
うん、どうしよう、なんて返そう。
前半だけならただのナルシストだし、校内順位は俺の方が順位高いし、突き放すのだが、後半のを聞いてしまうとその気が消え失せる。
女子のイジメは陰湿だからな。
あの陰湿さと言ったらお前らカビなの?キノコ栽培してんの?と思うレベルだからな。
昔、小町と幼なじみの里奈がイジメられたことがあったのだが、それに激怒した俺と親父で加担者を叩き潰しに行き、山北に隠蔽工作してもらったのはいい思い出だ。
「少しはわかってもらえたかしら。私はそれなりに優れた人物よ」
あ、コイツメンドくせえ人種。それなりに優れているが、その程度でしかない。
「まあ確かにお前はそれなりに優れているのだろうな。だが、それはお前の生きてきた世界でしかない。その世界は小さすぎる。俺らと同世代でお前より優れた人物だって結構いるだろう。今のうちにそのプライドへし折っておけ。じゃないと挫折したとき、立ち直れなくなるぞ。あとコミュニケーション能力がマシになれば優れた人物だと認められやすくなると思うぞ」
俺が言い終わった瞬間、雪ノ下の表情に影が差す。
あ、やべ言い過ぎた。コミュ力にまで言及するのはまずかったか。
「そ、そんなのわかっているわよ……近くに実例がいるのだから……」
急にしおらしくなるなよ、対応に困っちゃうだろうが。てか近くに実例あるのかよ。
それからは耳が痛くなるような静けさだった。
だがその静寂を破るように、ドアが荒々しく引く無遠慮な音が響いた。
「こっそり聞かせてもらってはいたが、仲はよさそうだな。雪ノ下が反撃できなかったところを私は初めて見たよ」
聞いていたのかよ。何、ストーカー?怖ェよこの先生。
雪ノ下は……何故か半分嫌そうに、半分嬉しそうにしている。
どこに嬉しい要素があるんだ?
「比企谷もこの調子で捻くれた根性の更正と腐った目の矯正に務めたまえ。では、私は戻る。君たちも下校時刻までには帰りたまえ」
「先生、ちょっと待ってください。俺は更正する気はありません。しかも腐った目の矯正は遺伝なので眼鏡をかけるしか方法がありません」
「目は遺伝なのね……すみません平塚先生、彼の目の矯正は誰にも無理です」
「いや、目以外にもそもそも更正とか求めてないんですけど」
「何を言っているんだ、君は。君はあの作文を見る限り、変わらないと社会的にまずいレベルだぞ」
おい、作文一つでエラそうに俺を語るな。
「あの作文一つで俺の人格を把握したと思ったら大間違いですよ。まあそれはさておき、俺はただ、変わるだの変われだのとやかく他人に俺の『自分』を語られたくないだけですよ。だいたい俺のことを理解していない人間に買われと言われたくらいで変わるわけがないですよ。そんなちっぽけなことで変わるのなら、それは自分じゃない」
そもそも、俺は人から内面まで見られることが非常に少ない。
まあ内面見られても反応はそんなに変わらないと思うが。
その分、俺はありのままの自分を受け入れてくれる人を探すのだろうけど。
俺と平塚先生口論に発展しかけたとき、
「あなたのそれは逃げているだけ、変わらなければ前には進めないわ」
雪ノ下が介入してきたのだ。正確には平塚先生側として参戦してきた、だがな。
何、集団的自衛権の協定でも結んでんの?ってくらい自然だった。まあいいけど。
「逃げる、ねえ。逃げることはどこも悪いことだと思わないけどな。無闇に闘うよりも生存確率高いし、三十六計逃げるにしかず。後、俺から言わせてみれば変わるってのは現状から逃げるってことと同義だ。本当に逃げていないなら変わらないでそこで踏ん張るんだよ。どうして今の自分や過去の自分を肯定してやれないんだよ。もし変わりたいのなら、まず自分を肯定して受け入れることから始めるべきだろ」
「……それじゃあ悩みは解決しないし、誰も救われないじゃない」
救う、ねえ。コイツは救うことに固執しているのだろうか。今までよりも感情が籠っていた気がする。だがそれと同時に雪ノ下本人が救いを求めているようにも聞こえる。
それを横において反論に移ろうとしたが――
「まあまあ二人とも、少し落ち着きたまえ」
平塚先生が止めに入った。いや、原因あんたでしょうが。もしかして自覚なし?
なるほど。これが平塚先生が独神の理由の一つか……ん?殺気を感じたぞ。
「そうだな、これから二人で勝負をしてもらおう。これから来るであろう依頼者を君たちなりのやり方で救ってみたまえ。そしてお互いの正しさを存分に証明するがいい。勝負の裁定は私が下す。基準は私の独断と偏見だ。もちろん、君たちに拒否権はない。そして勝った場合、勝った方が負けた方に何でも命令できるというメリットを用意しよう。ただし、命令のないようはあくまでも常識の範囲内でだ」
何でも、ねえ。別にコイツに命令したいことなんて何もないのだが……。
「まあいいでしょう。勝負ということならば、負けることは許されませんね」
コイツはコイツで乗り気かよ。
「決まりだな」
そう言い残すと、平塚先生は部室を後にした。
オイ、俺の意思は聞かないのか。
俺等は読書に戻った。
しばらくすると、いかにも合成音声っぽいメロディが流れる。
どうやら完全下校時刻10分前を知らせるチャイムだったらしく、雪ノ下はさっさと帰り支度を始める。手元の文庫本を鞄に丁寧にしまうと立ち上がり、俺の方を向いて衝撃の一言を放った。
「お先に……あと、あなたに会ったのは今日が初めてではないわ。何度か会っているわよ。きっとあなたは覚えていないのだろうけど」
「へぇ!?」
雪ノ下はそれだけ言い残すと逃げるようにしてさっさと部室から出でいった。
「俺も帰るか」
そうつぶやくと、雪ノ下の言葉の意味を考えながら、自転車置き場へと向かった。
......あ、部室の戸締りするの忘れた。ま、いっか。
次回、オリキャラかつ幼なじみの湯河原里奈登場予定。
あと、あざといあのキャラも……?