「グロロー!」
武道が吠える!
そして竹刀を振ればその竹刀の間合いの内側にいるキン骨兵はガラガラと崩れ落ちる。
「グロロー!」
廻し蹴りをすればその範囲内のキン骨兵はガラガラと崩れ落ちる。
「グロロロー!」
突進すればその通った後にはキン骨兵の残骸が散らばるのみ。
衛宮くんの家にギッシリすし詰めになっていたキン骨兵だが、武道の敵ではない。
いや、実際のところ武道どころか普通のサーヴァントは当然として、ある程度の魔術師ですら余裕で倒せるレベルである。
1対1ならば。
「か、数が多すぎる!」
なかば悲鳴のような凛ちゃんの声。
なにせあたり一面敵だらけだからだ。
倒して減るのならいいのだが、倒された敵の破片が集まり再び復活して襲いかかってくるので一向に数が減らない。
凛ちゃんや衛宮くん、あとイリヤも武道の撃ち漏らしを時々駆除しなければならないほど。
ギルガメッシュの宝具の群れからすらマスターを守りきった武道の守護からはみ出てマスターに攻撃を届かせようとするとは……と、脅威を感じる凛ちゃん。
敵の性能自体は弱く、武道なら寝てても問題なさそうなレベルかもしれないが、生身の人間はそうも行くまい。
このままではジリ貧である。
1対1では無敵に思える実力を持った武道に、初めて見えた戦闘面での欠点。
その一点を付いてくる敵は……強いのかどうかは不明、だけど、上手い手だ。
凛ちゃんは思わずそう唸る。
「グロロー。己は姿も見せず雑魚兵の無限湧きとはなんとも姑息な手段ではないか~」
武道は事も無げにそう言うが、凛ちゃんからすればピンチに変わりはない。
「くっ、こうなれば何とかして撤退するわよ! いくらなんでも衛宮くんの家と違って私の家ならこんな敵だらけってこともないはずだし!」
「そうね、遠坂の家に入るなんて本当は嫌だけどこのままじゃこの家に泊まれそうにないわ」
「女の子の家にお泊りかぁ……じゃなくて、俺の家これ大丈夫なんだろうな? 明日までこのままだと藤ねえとかが来た時に大惨事なんだけど」
凛ちゃんは撤退を提案。
イリヤも衛宮くんも撤退は仕方がないと受け入れるのだが……武道は違う。
「グロロー。誰が撤退などするか。前進し制圧し勝利すればよいだけではないか~」
簡単に無茶を言う。
「それが出来れば苦労しないわよ! 戦ってアンタが負けるとは思わないけど、この敵はアンタと戦うつもりがないのよ、自分だけ安全地点で今も見てるに違いないわ!」
「でしょうねぇ。多分相手はキャスター……魔術師のクラスのサーヴァントなら、自分が近くにいなくても嫌がらせの魔術を使う事なんてお手の物でしょうね」
武道の無茶に対して現実的な否定をするのは凛ちゃんとイリヤ。
魔術の方向性こそ違えど、二人共魔術師としての知識を持っているために、この状況では敵に手出しできそうにない、という結論は出来上がってしまっているのだ。
だが、二人ともまだまだ甘かった。
余りにも知らない。
ストロング・ザ・武道という超人の事を。
「グロロー! 私を舐めるでないわ! 遠くの敵と戦う手段くらい私とて持っているのだ~」
なんと、武道にはまだまだこの状況で取れる手段があるという。
どうするというのか。
「どんな手段があるってのよ!?」
「グロロー。まずはお前たち、何か身につけているものを一つ手に取れ」
そう言われたので、凛ちゃんは髪を縛ってる紐の片方を、イリヤは帽子を、衛宮くんは特に持ち物がなかったので靴を片方手にとった。
準備が整ったのを確認した武道は、気合をひと押しし周囲を囲むキン骨兵をまとめて一瞬にして打ち払い、かなり大きい空白空間を作り出す。
そして自分の手に持つ竹刀を空に浮かべた。
「さあ、お前たちも投げるのだ~」
何がなんだかわからないが、武道の指示に従って凛ちゃんたちが持ち物を投げると……武道の竹刀を中心にして、みんなの持ち物が融合しグニャグニャと形を変える。
「な、なにこれ!?」
「機関銃か?」
言葉の通り、武道の竹刀を中心として皆の持ち物が合体し出来上がったのは機関銃だった。
ただし……
「んん? 目の錯覚かな……なんかデカくないかあれ?」
「衛宮くんもそう見える? 私もなんかすごく大きく見えるわ」
「見えるんじゃなくて実際に大きいと思うんだけど」
でかかった。
その機関銃はとても大きい。
どのくらい大きいかといえば、武道を弾丸にして発射できそうなくらいのサイズだったのだ。
「グロロー! ではゆくぞ!」
三人の困惑も何のその。
武道は機関銃が完成したのでササッと飛び込んだ。
機関銃に向かって。
そして機関銃の弾帯に入り込んでしまう。
「うわー、本当に武道が発射できそうなサイズなんだー……って、あれぇ!?」
武道が機関銃の弾帯に入り込んだのを見ていたはずの凛ちゃん。
気付けば自分も武道の隣、弾帯の中に入っていた。
武道の逆側を見たら、衛宮くんとイリヤも居る。
「え? な、なんだこれ?」
「なに? なんなの?」
「発射ー!」
「ちょっ、武道……!」
自分以外を精神的に置いてけぼりのまま、武道は勝手に飛び出す。
機関銃のは連射銃なので、当然次弾として凛ちゃん、衛宮くん、イリヤも発射されることになった。
「うわー!?」
一体どこに向かって飛ばされるのか……?
一方ここは柳洞寺。
冬木の街に古くからあるお寺であり、この町の霊地としての力もピカイチのポイントである。
しかし自然霊以外の侵入を拒絶する結界によって守られているためにサーヴァントにとっては本来鬼門……なのだが、中に入ってしまえばサーヴァントのような幽霊や魔術的な存在にとっては快適な地点でもある。
そこを根城としているのが、紫色の怪しいフード付きローブをまとった女性、キャスターのサーヴァント。
そのキャスターが、先程までは遠視の魔術で衛宮くんの家の様子を見ながらほくそ笑んでいた。
「フフフ……ヘラクレスだけでも厄介だったのに、まさか人類最古の英雄王までこの聖杯戦争に参加していたなんてね。そしてそれを打倒する閻魔大王……まともに戦ったら勝ち目なんてないけれど……マスターを狙えば話は別よねぇ?」
どうやらキャスターは、冬木の街を魔術的に監視して大きな魔力のぶつかり合いなどからサーヴァントの戦いを察知していたらしい。
そして、どでかい魔力反応が立て続けに起こった場所を偵察すれば、顔見知りのヘラクレスが倒されている場面であった。
ヘラクレスを正面から圧倒して倒す、そんな怪物の存在にキャスターは戦慄した。
どうやって倒すべきか……と。
さらに立て続けにギルガメッシュなどという大物まで現れ、それが打倒されるというのだから焦る。
焦りながらもしかし、と、キャスターは持ち直した。
ヘラクレスは倒される前にそのサーヴァントに一撃を与えていた。
そして立て続けにギルガメッシュ戦だ。
今なら疲労しているかもしれない。
いやいや、他にも今日感じた大きな魔力の波動があのサーヴァントのものなら、今日だけであと1~2戦、やってる可能性があるのだ。
どんな規格外なサーヴァントでもそれだけ連戦すれば疲労は貯まるはず。
ならば今日攻めなければ、と。
そして偵察用の使い魔を通して拾った会話から、衛宮くんの家に帰るらしいと察したキャスターは大急ぎで竜牙兵の無制限湧きのトラップを仕掛けた。
これで倒すのが目的ではない。
嫌がらせのためだ。
キャスターは最初、今ならあのサーヴァントも疲労してるはず、と考えたが、同時に疲労していない可能性もあるかも知れないと心配していた。
なにせヘラクレスを圧倒しギルガメッシュまで打ち倒す規格外の存在だ。
体力回復系のインチキな能力を持っていないと、なぜ言えるのか。
そうなると、サーヴァント狙いは捨てるべきか。
しかし、じゃあどうやって倒せばいいのか……と、考え、マスターを狙えば良いと気付く。
使い魔の拾った会話から、あからさまにあのサーヴァントのマスターが疲れているのは見て取れる。
そもそも人間はそこまでタフにできていない。
ならば、今から休みなくあのサーヴァントに遠くからちょっかいを出し続ければいい。
キャスターにとって都合のいいことに、あのサーヴァントはいかに強いとは言え徒手空拳の格闘が本懐のようで、飛び道具も竹刀の投擲など、あくまで二次的な攻撃であるのなら、柳洞寺に隠れる自分まで届くまい。
あとは、何百、何千、何万と続く攻撃の内、一度だけでもマスターに届けばいいのだ。
一度で殺せなくとも何度も何度も繰り返せばいずれ死ぬ。
その筈だ……と、思ってキャスターは笑っていた。
監視使い魔の目に映る光景を見るまで。
突然相手が大暴れし、かなりの数の兵隊を蹴散らすくらいなら何という事もないのだが、その敵の武器がグニャグニャと変形し、この時代の武器である銃になり、その銃の弾として敵が飛んでいったのだから。
キャスターにとっても意味不明な出来事すぎて、空いた口がふさがらなかった。
逃げられた! と思うのに少し時間がかかったほどだ。
そして、逃げられた、と思った次の瞬間にとんでもない爆音が響く。
自分の真後ろで四連続。
「なっ!?」
そして後ろを振り向けば……
「呼んだか?」
ストロング・ザ・武道がいた。
その足元には目を回しているイリヤ、頭に出来たたんこぶを抑える凛ちゃん、犬神家のアレみたいになってる衛宮くんの姿もあった。
「そんな!? この寺の結界を破ってきたというの!? 生身の人間ならまだしも……サーヴァントのあなたまで!」
「グロロー。直接結界を抜けたのではなく、ワープゲートを開いて通ってきただけに過ぎぬ」
「いや、そっちの方が有り得ないでしょ! これほどの霊地に魔術的な干渉なんて……!」
「黙って聞け」
「は、はいっ」
そして武道は言う。
魔術師であるキャスターにとっては衝撃の一言を。
「私と戦おうという敵が存在するのならその場まで飛んでいく、これが出来なくてなんの超人か~」
「り、理由になってないわ!?」
「知ったことか~! 散々雑魚を使い私を挑発しおって~!」
キャスターにとっては理不尽なクレームで怒る武道。
普段から目を血走らせてて怒っているようなので違いは分からないが、怒っている……筈だ。
キャスターのフードのてっぺんを掴んで振り回しているのだから。
「ひえ~!」
振り回されたキャスターはたまったものではない。
なにせ元々キャスターというクラスは肉弾戦がヘッポコにできているのだ。
だというのに、肉弾戦でヘラクレスを圧倒するような怪物に掴まれて振り回されるというのは、もはや恐怖以外の何者でもない。
すぱんっ。
と、音を立ててフードの摘まれていた部分が切断されるまで、キャスターは良いように振り回されていた。
もっとも、振り回されるのが終わっても
「どへあっ」
突然引っ張っていた力がなくなることで尻餅をついて変な悲鳴がが漏れ出てしまうのだが。
それでも助かったことは助かった……の、だろうか。
幸いにも、凛ちゃんとイリヤは犬神家のアレ状態の衛宮くんを掘り起こすのに忙しくてキャスターの悲鳴は聞こえていなかったようだし。
ただし、この場にいたサーヴァントにはバッチリ聞かれていたのだけど。
「いかに邪悪な妖物と言えど、仮にも女を相手に甚振るような真似は感心せぬな」
「ほう? そういう貴様は?」
立っているだけで全方位に威圧感を発する武道を前にして涼しげな態度の男。
侍ちっくな出で立ちのその男は
「アサシンのサーヴァント、佐々木小次郎」