「ふふふ、私のバーサーカーの迫力の前にぐうの音も出ないのかしら?」
どや顔。
銀の髪の少女の表情はまさにそれである。
自分が優位であることを疑っていない者の表情でもある。
その自信の源とは何か?
答えは簡単。
少女の背後に立つ鋼のような体を持った巨人である。
少女の言葉を信じるのなら、その巨人はサーヴァント、バーサーカー。
バーサーカーとは狂戦士の名の通り、戦闘において一切の正気を廃し暴れ狂う制御不能の暴力装置。
生前で英雄視されたはずの英霊でありながら、正気を一切宿さぬ目を見ればその巨人がバーサーカーであることはわかる。
わかるのだが、そのバーサーカーが静かに立っている。
そのことがより大きい脅威となる。
バーサーカーは、その凶化のランクにもよるが、戦闘時に限らず常に理性をなくした存在だ。
そのバーサーカーが、まだ戦闘が始まっていないとは言え敵を前にして静かに立っている。
それは銀の髪を持つ少女がバーサーカーを完全に制御しているからにほかならない。
バーサーカーは戦闘力において圧倒的でありながら、抑えが効かずサーヴァントを維持する際の消耗も大きいために「最強」であれど「優良」なサーバントとはとても言えない存在。
だが「最強」を完全に制御できるマスターが存在するのなら?
それは対敵にとって、悪夢の具現と言えるであろう。
そんな恐ろしい存在を前にした凛ちゃん一行は……別に緊張してなかった。
「はぁ、ランサーにセイバー、次はバーサーカー? 聖杯戦争の参加サーヴァントは7人だってのに一日の内に半分とエンカウントするなんて思いもしなかったわ」
と、凛ちゃん。
自分のサーヴァントを抜けば戦う敵は6人。そのうちの半分と一日で出会うのだから驚きである。
しかし、一日に立て続けに敵と出会ったことに対する驚きこそあれど、絶望やプレッシャーを感じているようには見えない。
その凛ちゃんの姿を見て銀の少女は訝しむ。
「あら? 遠坂のマスターは危機管理能力がないのかしら。私のバーサーカーを前にしてそんな脱力するなんて……それとも諦めて自殺したい気分かしら?」
凛ちゃんの態度を不審に思いこそすれ、せいぜい恐怖でおかしくなったくらいかと見切りをつけるが。
そして視線は凛ちゃんから衛宮くんへと移る。
「お兄ちゃん、サーヴァントの召喚は出来てないみたい? それとも今日はサーヴァント2体が死んだ気配もあったし……ひょっとしてとっくに敗退したあとかしら?」
少女が衛宮くんに向ける表情には嘲りと、憎しみが込められている。
一体どんな因縁があることやら。
「えーと、俺のサーヴァントは……、まぁあれを「俺のサーヴァント」と呼んだら向こうに怒られそうだけど、自決したからもういないよ。聖杯戦争のルールで言えば敗退だ。だから俺はもう無関係な」
だから戦うなら遠坂と戦ってくれよ。
そんな態度が見え見えの衛宮くん。
少女が自分に対し何らかの感情を持ってるらしいことくらいはわかるが、面倒事はゴメンなのだ。
ただでさえテスト勉強で忙しいのだから。
「ふーん、お兄ちゃんよっぽどダメなサーヴァントしか呼べなかったんだねー。残念。でも身を守るものがないからって私がそれに遠慮するとは限らないよー?」
衛宮くんの「面倒事は遠坂へ」という要求は銀の少女に無視される。
しかし衛宮くんは別に焦りもしないのだけど。
「はぁ。頭ごなしに話を進めようとするのもいいけどね……あなたも聖杯戦争の参加者でしょ? だったらまずは私のサーヴァントとあなたのサーヴァントの戦いでしょうが」
「グロロー」
銀の少女はそこでようやく、凛ちゃんを「敵」として見なした。
「へえ、やるんだ? いつかは殺すつもりだったけど……遠坂のマスターは自殺願望でもあるのかしら? 今日はお兄ちゃんにしか用はなかったんだけど?」
「あなたがどこのマスターかしらないけど、夜の道端にサーヴァントが二人……勝負でしょう」
凛ちゃんの
自分が負けるわけがない、と確信しているのだ。
「あーあ、どこの三流英雄を呼んだからそんな自信満々なのかは知らないけどねぇ? 私のバーサーカーはギリシャ神話の大英雄、あのヘラクレスなのよ? 見えない? この巨体が。でかさに見合わぬハイパワー。スピードも速いし耐久力もすごい。その豪快な剣術は狂化してても驚異の一言。誰にも負けないんだから」
誰にも負けないと確信してるからこそ、普通は聖杯戦争で隠すべきサーヴァントの真名だって言っちゃう。
「グロロー、ヘラクレスか。きさまら下衆人間の中では人から神の末席になったなどの偽りの歴史で崇められる下衆人間ではないか~」
しかしそんな大英雄を前にして余裕綽々、鼻で笑うのが我らがストロング・ザ・武道である。
この世界はゆで世界と歴史が違うのだが、どうやら彼は彼なりにヘラクレスのことを知っているらしい。
「は、なによそれ……ていうかデカッ! え? わ、私のバーサーカーよりでかいなんて……」
「今まで視界に入ってなかったの? こんなデカいのに」
武道が発言することでようやく武道を認識した少女。
さすがに驚いている。
「さすが閻魔大王。古い英雄のことだってバッチリ知ってるのね」
「え、閻魔大王? ななななな、何を言ってるのかしら! あ、ありえないわ! 聖杯戦争でそんなものが召喚……」
「黙って聞け」
「はいっ!」
少女を黙らせた武道は語る。
「私はな~。神々の中でも奢り高ぶり下衆人間などに力を与え栄誉を与える奴が一番許せんのだ~。その神の加護を受けたヘラクレスマンとて同罪と知れ~」
「は、ハッタリよ! 嘘っぱちだわ! 聖杯戦争で神々の召喚なんて絶対無理なんだもん! バーサーカー! そのうすらでかい嘘つきをやっつけなさい!」
がおー!
少女の命令に答え、バーサーカーが吠える。
その咆哮はもはや人の喉から出た音と思えないほどの、轟音。
普通なら身の毛もよだつほどの狂気を感じる咆哮なのだが……
「グロロー。やかましいわ~」
武道に威圧は通用しない。
狂気に支配されたヘラクレスが正面から咆哮を上げながら突進してきたのに対し、武道が迎え撃つ。
カァーン!
ゴングの音を凛ちゃんは聞いた気がした。
教会からの帰り道・街中バトル!
ストロング・ザ・武道VSバーサーカー!
さぁー、世紀の一線の始まりです!
「■■■■■■■■■■■■■■■■!」
おーっと! バーサーカーが取り出したのは凄まじく大きく、分厚く、重く、大雑把な、岩塊だぁー!
岩で作られた剣! いや、剣というよりも、もはや切れ味を持った鈍器!
こんなもので殴られてはたまったものじゃないでしょう!
「グロロー!」
対してストロング・ザ・武道!
取り出したのはいつもの竹刀だぁー!
そしてその竹刀でバーサーカーの岩塊を迎え撃つ!
ガキィーン!
す、凄まじい轟音!
音の圧力だけで人間が吹き飛びそうな圧力を感じます!
まさに超重量級同士のド迫力バトル!
「■■■■■■■■!」
「グロロー!」
ガキンガキン!
バーサーカーとストロング・ザ・武道、打ち合います!
お互い一歩も引きません!
「グロロー」
おおっとぉー?
互角の打ち合いの中、突如武道が竹刀を投げ捨てます!
これは危なぁーい!
バーサーカーは構わず武器を振りかぶって打ち込んだー!
「グロロロー!」
「■■■■■■■■!?」
ゲゲェー!
これは驚きです!
ストロング・ザ・武道、素手で一歩踏み込みバーサーカーに組み付きました!
「なんで武道は竹刀を捨てたんだ?」
「さあ?」
凛ちゃんと衛宮くんは知らない。
武道には組み付くことで相手の能力を把握する審判のロックアップという能力があることを。
「ふ、ふん! 素手で組み付いたからってバーサーカーは剛力無双なんだから! そんな嘘つきひねり潰しちゃいなさい!」
しかし、凛ちゃんや衛宮くんと同じく、銀の少女もまた武道のその能力を知らないのだから、がっぷり組み合えばただの力比べと思ってしまう。
そして。
「グロロー!」
「■■■■■■■■!」
「嘘っ!?」
「やっぱねー」
「まぁ見た感じ、そうなるわな」
ただの力比べ、となれば筋力スキルがモノを言う。
ステータスが見れなかったとしても、武道はバーサーカーより一回り以上大きいのでパワー勝負では武道に分があるよなぁ、と純粋に納得する凛ちゃんと衛宮くん。
一方の銀の少女はヘラクレスの筋力のステータスがただでさえ最高峰なのに、狂化によってさらに強くなってるのだから、パワー勝負で負けるわけがないと思っていたので驚いている。
「グロロー。下衆人間のなかでも屈指のパワーファイターと聞いて多少は期待したのだが……とんだ期待はずれだな!」
ぐぃー!
武道はさらに上から圧力をかける。もともとの体格差以上にバーサーカーは押しつぶされてしまう。
あと少しで膝が地面についてしまいそうなほど。
「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■!!」
しかしそこでバーサーカーが吼える!
気合一発、武道に頭突きをお見舞いした!
「グロロー」
カウンターになったこともあり、バーサーカーは見事に武道を吹き飛ばしロックアップからの脱出を果たす。
おーっと! バーサーカー、ロックアップからの脱出を成功したと同時に、再び岩塊を振り回す!
その豪快な風きり音!
一発当たれば並のサーヴァントでは致命傷は避けられないでしょう!
「グロロロー」
しかし武道、避ける、避ける、避けるぅー!
その巨体に見合わぬフットワークです!
パワー・スピード・テクニック! それらが極まった完璧超人たる武道に隙はないのかぁー!?
「バーサーカー!」
そこで銀の少女のサポートが入る!
超人パワーが補充されるぅー!
銀の少女の魔術回路が光を放ち人間の限界を超えた魔力が生み出されます!
彼女の正体こそイリヤスフィール・フォン・アインツベルン! アインツベルンの最高傑作!
サーヴァントを制御し操り強化することに特化した魔術回路は、もはや全心令呪と言っても過言ではありません!
その彼女だからこそ、本来制御できないバーサーカーを制御させることができる!
そのイリヤがついに、バーサーカーを完全に狂化させました!
これはぁー!?
「■■■■■■■■!」
バーサーカーの姿!
禍々しい黒いオーラを放つバーサーカー!
これはもはや今までのバーサーカーとは違う存在!
スーパーバーサーカーと言っても過言ではありません!
今までの姿が理性的に見えるほどです!
わかりやすく言うと桜ルートの黒化したバーサーカーになった感じと言いましょうか!
こんなバーサーカーを相手に正面から戦って勝てるサーヴァントが居るのでしょうか!?
「グロロロー」
いました!
そう、その超人こそストロング・ザ・武道!
完璧超人、ストロング・ザ・武道だぁー!
イリヤからの援護でさらに狂化されたバーサーカー。
その威圧感は先程までの比にあらず。
振るう剣の速度もまた、大きく上昇している。
それでもなお、武道は強い。
完全に避けきる事こそできなくなったようだが、素手でバーサーカーの岩塊をパリィしている。
普通のサーヴァントであれば、素手どころか武器で防御しても体ごとぶっ飛ぶパワーなのだが、当然武道はぶっ飛ばない。
「グロロー、多少はマシになったようだが所詮はド下等。ド下等が準ド下等に繰り上がったところで私の敵ではないわ~」
言うと同時に武道は一歩踏み込む。
竜巻の如きバーサーカーの斬撃に対しためらいを見せずに踏み込んだ武道のローキック。
「■■■■■■■■!」
その一撃で、バーサーカーは足の骨が折れた。
だが狂化されたバーサーカーにとって痛みはブレーキにならない。
「ば、バーサーカー!」
しかもイリヤのサポートでバーサーカーは多少のダメージなら回復する。
だからその程度のダメージは問題とならない。
とはいえ、だ。
「グロロー!」
一発が入る、ということは二発目、三発目と、打撃の入る余地があるということだ。
「愚か者め! 多少速度が上がったところで狂えば狂うほど貴様の動きはワンパターンとなるのだ!」
ましてやバーサーカーは狂化されている。
その動きに工夫などというものはなく、殴られたのなら殴られないように……などという技術の向上が見られない。
となれば武道に勝てるわけがないのだ。
殴られ蹴られ投げられる。
まさに滅多打ち。
もはやバーサーカーは動くサンドバックと化したも当然!
「う、嘘よ……ありえない!」
その光景、イリヤにとっては到底信じられるものではない。
バーサーカーには
常時発動型の宝具で、十二回死なないと本当の死にならない能力である。
しかも一度相手の攻撃を受ければ、その攻撃は通じなくなるというおまけ付き。
そんなバーサーカーになぜ同じように見える攻撃が何度も通じているのか……まるで理解ができなかった。
「フンー!」
武道のパンチがバーサーカーの胸板を陥没させる。
バーサーカーは死んだ。
ゴッドハンド発動。
バーサーカーは生き返った。
「ハー!」
武道のハイキックがバーサーカーの首をへし折る。
バーサーカーは死んだ。
ゴッドハンド発動。
バーサーカーは生き返った。
「ゴッバァー!!」
武道の唐竹割りチョップでバーサーカーの頭がえぐれる。
バーサーカーは死んだ。
ゴッドハンド発動。
バーサーカーは生き返った。
「モガッ!」
武道の肘打ちがバーサーカーの喉に突き刺さる。
バーサーカーは死んだ。
ゴッドハンド発動。
バーサーカーは生き返った。
「テハー!」
武道のジャイアントバックブリーカーでバーサーカーの背骨がへし折られる。
バーサーカーは死んだ。
ゴッドハンド発動。
バーサーカーは生き返った。
「ヌーン!」
武道がネックブリーカードロップでバーサーカーの首を刈り取り地面に叩きつける。。
バーサーカーは死んだ。
ゴッドハンド発動。
バーサーカーは生き返った。
「シャババ!」
武道がバーサーカーをファイヤーマンズキャリーで担ぎ上げエアプレーン・スピンで回し、そのまま頭から地面へ叩きつける。
バーサーカーは死んだ。
ゴッドハンド発動。
バーサーカーは生き返った。
「ギラー!」
武道のロケット砲の如くドロップキックがバーサーカーに炸裂。
バーサーカーは死んだ。
ゴッドハンド発動。
バーサーカーは生き返った。
「カラララ!」
武道がバーサーカーの頭を脇に抱えたまま走り込みブルドッキング・ヘッドロックで頭から地面に叩きつける。
バーサーカーは死んだ。
ゴッドハンド発動。
バーサーカーは生き返った。
「武道・岩砕クロー!」
武道はバーサーカーの喉をグシャっと音を立て喉を引きちぎる。
バーサーカーは死んだ。
ゴッドハンド発動。
バーサーカーは生き返った。
「ワンハンドブレーンバスター!」
武道が片手でバーサーカーの頭を掴み逆さに持ち上げ地面に叩きつける。。
バーサーカーは死んだ。
ゴッドハンド発動。
バーサーカーは生き返った。
「ば、バーサーカー……」
余りにも信じられない光景にイリヤの目には、本人も気づいていない涙が溢れている。
イリヤにとって無敵の守り手、最強の存在がこうまで一方的にやられるなどということは到底信じられることではなかった。
バーサーカーの狂化、および宝具発動による大量の魔力消費によるフィードバックがイリヤの体を痛めつけているが、そんな痛みはイリヤには大した苦痛ではない。
ただただ、目の前の光景が信じられないのだ。
信じたくないのだ。
「■■■■■■■■……!」
バーサーカーの口から出る咆哮もすっかり小さく、弱々しいものとなっている。
たとえ蘇生するとは言え、瞬間的に全回復するというわけではないのか、あるいは人間の魔術師としては非凡なイリヤの魔力ですら、底を尽きつつあるというのか。
それでもバーサーカーが引かないのは、はたして狂化だけが理由であろうか?
「グロロー。ここまでやられて尚引かぬとは、貴様は下等サーヴァントにしては中々見所のある男ではないか~。貴様のその頑張りに免じて恩赦を与えよう」
圧倒的な実力差で叩きのめされながらも尚、立ち上がり闘うバーサーカーに思うところがあったのか、武道はそんなことを言う。
「グロロー!」
そして正面からバーサーカーに組み付く。
再び審判のロックアップか?
いや、違う。
ビババ!
武道の体から光が溢れその光がバーサーカーに伝播する。
するとバーサーカーの体に変化が現れた。
「バーサーカーの姿が!」
「何だあれは!?」
凛ちゃんと衛宮くんが驚きの声を上げる。
それもその筈、バーサーカーの今日気に彩られた瞳に理性の光が見え始め、黒く濁ったオーラも消え肌の色も鋼を思わせる鈍色から人間色になり始めたのだから。
「グロロー、下等サーヴァントなんぞ辞めて人間として生きるがいい~。貴様、人間のほうがいい男ではないか~」
これぞ武道の能力の一つ。
零の悲劇!
この技にかかれば超人だろうと人間になるのだ。
だが……!
「な、舐めるなぁ……!」
「む?」
人間になりつつあるヘラクレス。
しかし歯を食いしばり足を踏ん張り、力を入れる。
その剛力、先程までの狂化していた時に劣るものではない。
「俺はバーサーカーとして呼ばれたから狂っていたのではない。周りに味方がなく、意思あるもの全てを信じられず憎しみを糧にせねば立つことすら出来ぬ少女を守るため、己の意思なく荒れ狂い、ただ少女にとって裏切らぬ味方であり続ける為に狂っていたのだ! 例え狂化され形相が醜かろうと、彼女が自分の味方に選んだのが
そう宣言したヘラクレス。
すると彼の肌は再び鋼のごとく鈍色となり、その顔は凶相に歪む。
「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■!!」
そして、咆哮。
その力はまさに最強のサーヴァント。
上から圧し掛かる武道の圧力に対し一歩も引かず、ついに押し返した。
「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■!」
武道を押しのけることで出来た僅かなスペースに、バーサーカーの鋭い斬撃が捻りこまれる。
まさに魂の一撃。
その一撃はついに武道に届いた。
ストロング・ザ・武道の胸が陥没し、あの武道が後ろに吹っ飛んだのだ!
「バーサーカー!」
「武道!」
イリヤは歓喜の声を、凛ちゃんは驚愕の声をあげ、お互いのサーヴァントの名を呼ぶ。
しかし当のサーヴァント達にその声は届いているのか……
「グロロー! 恩赦がいらぬというのならそのまま死ぬがいいわ!」
「■■■■■■■■!」
吹っ飛ぶ武道に追撃しようと真正面から突進するバーサーカー。
武道は吹っ飛ばされながらも足で着地しバーサーカーを迎え撃つ。
胸が陥没しているというのにそのダメージを感じさせない動きだ。
「グロロー!」
そして激突。
迎撃でありながら武道は一手早く、バーサーカーにパンチを叩き込む。
そして!
「完武・兜砕き!」
後ろにのけぞったバーサーカーの頭を掴み走り込んだ武道の、必殺の技がついに発動した。
「バーサーカー!」
「終わった」
カンカンカァーン!
ここについに、ストロング・ザ・武道VSバーサーカーのド迫力超重量対決が決した。
「バー……サーカー」
信じられない……そんな顔でイリヤはバーサーカーへ立ち寄る。
すると、倒れていたはずのバーサーカーが立ち上がった!
「バーサーカー!」
既に十二の試練の限界を超える死を迎えたバーサーカー。
そのバーサーカーを立たせる力は一体何なのか?
「ぶ、武道……大丈夫なの?」
「グロロー。凛よ。言ったはずだ……終わった、とな」
敵が立ち上がったというのに武道は後ろを振り向かない。
それがこの場での礼儀であると言わんがばかりに。
同時に、バーサーカーの存在感が薄くなる。
もはや現界を留める事すらできなくなったバーサーカーの体が消滅しつつあるのだ。
「バーサーカー……!」
イリヤはバーサーカーにかける言葉がない。
バーサーカーの本音は先ほどの試合で聞いた。
だからと言って、イリヤが今更何を言えるというのか。
どんな境遇で生まれ育ち、どんな理由があろうと、バーサーカーの人格を廃し徹底的に道具として扱っていたのは自分自身なのだから。
そんな自分が一体どんな言葉をバーサーカーにかけられるというのか?
完全に消える間際、バーサーカーの手がイリヤの頭を撫でたような気がするが、その感触が本物だったのかどうかすら、イリヤにはわからなかった。
だけど、バーサーカーが優しい笑顔を浮かべていたように感じたのは、イリヤだけの錯覚ではないだろう。
「負け……ちゃった」
バーサーカーが完全に消滅してから数分。
誰も声を出せなかったのだが、最初に声を出したのはイリヤだった。
ペタンと力なく座り込み、消え入りそうな小さな声で。
「グロロー。当然の結果だ。まぁ下等にしては中々の執念だったと褒めてやるがな」
対して武道の言葉には遠慮というものが一切ない。
「さて……どうするんだ? 遠坂」
「うーん……聖杯戦争のルール的に、倒したマスターの殺害は別に悪手じゃないんだけど……そこまでするのもねぇ。それにこの子さっきアナウンサーが地の文で言ってたけどアインツベルンらしいのよ。だから色々と情報を知ってるかもしれないし……」
「ふーん。でも尋問とか拷問するのか? 俺はそういうの趣味じゃないけど」
「私だって趣味じゃないわよ! とはいえ、自陣営以外のサーヴァント六騎を倒して、はい聖杯ゲットー、てわけじゃないから終盤を見据えて目のつく所には居てほしいのよね」
「幼女監禁か……警察に逮捕されそうだな」
「嫌な言い方しないでよ」
一方で、凛ちゃんと衛宮くんはボソボソと会話する。
まぁ小声で会話してるつもりでも丸聞こえだったりするのだが。
「そうね、バーサーカーが負けちゃったし私の聖杯戦争が終わったから……聖杯戦争が終わるまではお兄ちゃんの所でやっかいになっててあげるわ」
そして、イリヤは凛ちゃんと衛宮くんの会話に割り込んできた。
表情からは何を考えているのかを察しづらいが、どうも目に見える敵意はなさそうだが。
「えー……俺は勉強とかで忙しいから子供の面倒なんて見てられないよ。それに外国人の幼女を家に招いたら藤ねえが警察に電話しかねねぇ」
「暗示かければいいじゃない」
「そうそう。今回の聖杯戦争はそっちの遠坂のマスターが優勝しちゃいそうだから、私は聖杯として遠坂のマスターの目の届かない所に行くのはあんまり良くないと思うけど、遠坂の家なんて入りたくないしお兄ちゃんの家に泊めてもらうのが一番なのよ」
「え? 聖杯?」
「いやなー、でもなー。暗示で藤ねえや桜をどうにか誤魔化せても、飯の用意とか……桜にやらせるのも申し訳ないしさぁ」
「あ、ご飯とか生活のお世話なら問題ないよ? メイドを呼ぶから」
「いや、そんな事より聖杯って」
「メイド!? 巨乳か!?」
「二人いて片方は巨乳だよ。でもメイドの仕事がうまい方はおっぱい小さいの。まぁ人が増えすぎるとお兄ちゃんも大変だろうし、セラ……おっぱいの小さい方だけ家に呼べばいいかな」
「聖杯っ」
「おっぱいの大きい方を連れてきてくれ」
「えー、リズは家事あんまりうまくないと思うよ? 一日十二時間しか起きられないし……」
「聖」
「寝てる間に揉んでも怒られないかな?」
衛宮くん、一度リセットされてからというものちょっと自分に正直になったかもしれない。
あくまで高校生らしいレベルで、ではあるが。
しかしいい加減無視されまくった凛ちゃんは怒る。
「衛宮くんは黙れ! そんなことより、あんた! イリヤ! 聖杯ってどういうことよ!」
「えーと、私の心臓が聖杯なの。細かい話を飛ばしちゃうけど、私の体に貯められたサーヴァントの魂がスパークして世界の理に穴を開けて「向こう側」への道を作ったり出来ちゃうのね。私の実家はそのパワーで魂の物質化がしたいみたいだけど、出力だけはすごいから魔術的なお願いはたいがいは力技で叶えられるくらいのパワーがあるから、聖杯の使い方は遠坂の好きなようにすればいいよ」
「ええー……なんか……知りたくなかった聖杯戦争の真実?」
「何言ってるんだか」
知ればいたたまれない空気になってしまう、なんとも嫌な聖杯戦争の真実。
それをどう受け止めればいいのか悩む凛ちゃん。
巨乳メイドが家に来るぞー、とちょっと喜びたかったけど重い真実を知らされてなんだかこいつらに関わるの嫌になってきたなぁ、と思う衛宮くん。
聖杯を使えば自分が死ぬのは生まれた時から知っていたため、それをためらう凛ちゃんや衛宮くんに対し呆れ気味なイリヤ。
そして。
「フン、聖杯の使い道をどうするか、だと? 己の財に勝手に群がり、持ち主不在の場でその使い道を決めようとは傲岸不遜なやからよな」
この世の全てを見下すような、傲岸不遜な声が降ってくる。
「!?」
「グロロー」
声の方に振り返ってみれば、街中の電柱の上に、金の鎧に身を包んだ男が立っていた。