ストロング・ザ・Fate "完結"   作:マッキンリー颪

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第18話

「グロロー。ではそろそろ本題と行くか」

「え? なんだっけ本題って」

「聖杯よ、聖杯」

 

 気を取り直して武道は聖杯戦争集結のための一歩を踏み出す。……の、だけど凛ちゃんすっかり目的を忘れていたらしい。

 イリヤは呆れた目で凛ちゃんを見る。

 

「あはは、うっかりしてたわ」

「ウッカリじゃすまないでしょ……聖杯戦争は御三家の悲願でしょうに」

「つってもお父さんが半端もののド下等魔術師だと割れちゃったら、そんな人の目指した聖杯ってのも期待できないしねぇ……むしろ武道の言うようにそんなもの壊した方がいいって思うわ。願いは自分で叶えてこそよ」

 

 原作からして聖杯を魅力的に感じていなかった凛ちゃん。

 そんな彼女にとって今や聖杯は父親との約束でもなんでもなく、どうでもいいものに成り下がっていたりするらしい。

 今回を含め5回続いた聖杯戦争。

 その参加者の全てが聖杯を真剣に求めていたわけではないのだが……それにしても、ここまで聖杯に無頓着な凛ちゃんが聖杯戦争の勝者であるという事実に、イリヤはなんとなく皮肉な運命を感じる。

 きっとおじい様が今ここにいたらすごい形相で殴りかかって聖杯をよこせぇ、とか言ってくるんだろうな、などと思ってしまう。

 

 まぁそんな事はいいとして。

 

「ところで武道。聖杯戦争を終わらせるってどうやるの?」

「グロロロー」

「なに? 聖杯戦争を終わらせるだと? 凛よどういうこ」

「黙ってなさい」

 

 聖杯戦争を終わらせる。

 その単語に言峰は反応しようとするが、凛ちゃんピシャリとシャットアウト。

 

「グロロロ。大聖杯とやらの完全破壊による聖杯戦争の集結が一番てっとり早いだろうな」

「大聖杯……この洞窟を壊すの?」

「グロロー。そうではない。ガンマンよ、見せてやれ」

「シャババ! 真眼(サイクロプス)!」

 

 カッ!

 ガンマンの目が光り、全ての真実をさらけ出す。

 

 そして凛は知った。

 この聖杯戦争の根幹を。

 

 この冬木の地の莉脈の集結地点。

 ここを起点にひとりの女がその身を使い顕現させた、数十年に渡りこの土地、及びそこに住まう人々の魔力を集め貯めおくための巨大な魔術回路。

 それこそが大聖杯の正体である。

 今までの数々の失敗を経て、その聖杯には既に数々のモノが放り込まれている。

 

 最たるものがアヴェンジャー。

 第三次聖杯戦争で最初に脱落し、聖杯の中身を汚染、方向性の一極化を成し遂げてしまったサーヴァント。

 そのせいで今の聖杯の中身はこの世の全てを呪うためのエネルギーとなってしまっている。

 

 聖杯戦争という大儀式を作り上げるシステムなだけあって、使われている技術こそ圧倒的ではあるが、その破壊自体はそう複雑な手順を必要とはしない。

 起点となる中心点であるこの大洞窟……そして、おそらく冬木の土地、その要所要所のレイラインに施されているであろう「霊力を一箇所に集めるためのギミック」を破壊してしまえば、聖杯戦争を起こすための力を貯める事は出来なくなるだろう。

 

 そうすれば、ある意味で今までピンハネされていた土地の魔力も正しく循環されるようになるはずだ。

 もっとも、最初から土地への影響を出さないために長い時間をかけ影響が出ないように少しずつ大聖杯へと力を集積していたのだろうから、別に大聖杯を破壊したとて土地に住まう人間は愚か、魔術師にとっても実感できるほどの変化はないのであろうが。

 

「なるほどねー、聖杯戦争のなりたち、および大聖杯の破壊方法はなんとなくわかっちゃったわ」

「さっき出てた映像に出てた人がユスティーツァ・リズライヒ・フォン・アインツベルン……私から見て遠いご先祖サマみたいな感じの人なのね」

「どこがとは言わないがイリヤと違って結構でかかったな。どこがとは言わないが」

 

 思わぬところで聖杯戦争についての歴史を視覚的に入れて感心する凛ちゃん達一行。

 衛宮くんは余計な一言のせいでイリヤにローキックの嵐を食らう事となったが。

 

「いたっ! いたっ! そこはさっき言峰に刺されたばっかでまだちゃんと治ってないから蹴らないで!」

「うるさいうるさい! 悪い子だ! 悪い子だ!」

「なんだよ、イリヤだってさっきの人の子孫なら同じくらい成長すりゃ似たような体型になるだろ、まだ成長前なんだから怒らなくてもいいやんねん!」

「バカ! 私は成長できないのよ!」

「なんでさ」

「ホムンクルスだからよ! 人間じゃないの!」

「へー、そうなんだ。じゃあ武道にいっちょ頼んだら?」

「はぁ?」

「グロロロ。元よりそのつもりよ」

 

 衛宮くんにローキックを食らわせながらの会話、その流れでイリヤは

 

「零の悲劇~」

 

 ビババと光線に撃たれ

 

「あわわ~」

「ニャガニャガ。その前に聖杯の回収もしておきませんとね。ホイ五体背骨手」

 

 ついでに体の中の聖杯を体に傷一つつけずに回収されて

 

「に、人間になっちゃった」

 

 人間になっちゃった。

 しかも体内の聖杯も回収されて安全性バッチリである。

 

「え? え? えー!? わ、私……人間!? うそっ、ちょっ……えー!?」

「黙れ」

「ア、ハイ」

 

 自分の体がホムンクルスから人間へと変質、その事実に驚きの声を上げるイリヤだが、武道の一括で静かになる。

 

「グロロー。この小聖杯を使い、今現在大聖杯の中に溜まっているモノを呼び出し、倒してから大聖杯を消してしまえば此度の乱痴気騒ぎも一件落着よ~」

「え? 呼び出すの? 大聖杯の中身を」

「うむ」

 

 凛ちゃんは思った。

 そうか、仮に大聖杯を完全に破壊しても「中に溜まった良くないエネルギー」は行き場と方向性を失い、冬木の土地に何らかの禍を及ぼすかも知れない。

 だから、そうならないようにしようとしているのだな、と。

 

 実際には当然違う。

 そこにいる存在と戦わずに決着をつけてしまっては完璧超人としての名折れ、まるで逃げているように見えるではないか~、という武道の我侭である。

 

「ふっ、ふはははは!」

 

 本心は置いといて、行動の指針を確認し合った凛ちゃんと武道だったが、そこで誰かの大爆笑。

 誰かというか、言峰だけど。

 

「なんと愚かな事か! 確かにここまで魔力が貯まりきった大聖杯だ、下手な方法での破壊を成せば、聖杯の中に溜まったこの世全ての悪が漏れ出て数万から数十万の人間が死ぬだろうが……それで終わりではないか! だというのに、お前たちは僅かな犠牲を厭い、より大きな禍を呼び出そうとは……なんと愚かっ」

「黙れ」

 

 爆笑の後、言峰が何か言ってたが特に聞くべき内容でもないので喉を殴って黙らせる武道。

 人間相手でも気絶させない絶妙な力加減でありながら、下顎を砕いてろくに喋ることもできなくする見事な一撃だ。

 さすが完璧超人である。

 

 

 そんなこんなもあり、いよいよ聖杯戦争もクライマックスだ。

 

 小聖杯の魔力を鍵とし世界に孔を開け、その孔の向こうの力を振るうのが真の聖杯の使い道だが、今や聖杯の中身は真っ黒な状態。

 武道が掲げた小聖杯により上空に開けられた「孔」から、ドバドバと粘着質な質感を想像させる黒い泥が溢れでた。

 見ただけで不吉なものを思わせるそれこそが「この世全ての悪」そのものなのだろう。

 

 溢れでた泥は重力に従い下に落ちる。

 そして武道の体を飲み込んだ。

 

「あ、あれはー!」

 

 ここでイリヤの解説である。

 

「孔の無効に蓄えられた魔力はこの世全ての悪と言われるモノ! それは言ってしまえば魔力の塊でもあるけどサーヴァントの属性を塗りつぶしてしまう存在! あの泥の中にある無限の悪意はどんなサーヴァントでも属性を反転させられ反英雄にされてしまいかねないわ! それどころか、この世全ての悪……サーヴァント・アヴェンジャーのアンリ・マユの顕現のための寄り代にされてしまうかも! あの泥の中ではサーヴァントは輪郭さえ失い無防備な霊体となってしまうのよー!」

 

 との事である。

 武道からだいぶ離れたところで見守っていた凛ちゃん達も、その解説を聞いてちょっとやばくね? とは思った。

 思ったがしかし。

 

「あの孔? から出てる泥。際限なく出てるように見えるけど全然周りに広がらないな」

「そうね、武道の居た地点にまるで大きいバケツでもあるみたいに外に溢れないわ」

「だからこそ私たちも呑気に解説してられると思うんだけどね? こぼれ出る勢いに任せてたら私たちの足元もとっくにあの泥まみれよ? サーヴァントに特効とはいえ生身の人間にだってあれは触れただけで死にかねない毒なんだから気をつけなさいよね」

 

 解説の内容だけだと危ないように思いつつ、それを見守る凛ちゃん、衛宮くん、イリヤの態度は緩い。

 なぜなら彼らは確信しているのだ。

 

 なんだかよくわからないけど武道なら大丈夫だろう、と。

 信頼というより思考の放棄に近い心境だが、結果は同じなのだから構うまい。

 

 現に、その通りの光景が目の前で広がっているのだから。

 

 

 どぼどぼどぼ!

 と、滝のように勢いよく穴から零れおちていた泥だが、一点に集中し一向に広まらない。

 まるでその事に泥が苛立ちを感じたのか、より強い勢いでドババ! と放出されだしたのだがそれでもなお状況が変わらない。

 そして、徐々に泥の落ちる速度が徐々に緩やかになったかと思うと一瞬停止し、次の瞬間。

 

 どっぱぁー!

 

 と、高速逆再生でもするかのように、泥が孔の方に吸い込まれていくではないか。

 

馬鹿な(ふぁはふぁ)!」

 

 その光景に驚きの声を上げるのは言峰。

 下顎を砕かれているので今はまともな声が出ないが。

 

 それも当然、目の前で何が起こっているのか全くわからないのだから。

 

 逆上して穴に還っていく黒い泥だが……その動きはすぐに止まる。

 理由は簡単である。

 

 泥が落ちる前と何一つ姿の変わっていない武道が、そのままの立ち位置の場所で、ただしポーズは違い、一滴でも早く孔の中に逃げ帰ろうとしている泥……この世全ての悪、を、掴んで離さないからである。

 

「グロロロー。誰が逃げていいと言った!」

 

 そう言った武道は、聖杯から漏れた黒い泥をスープレックスで地面に叩きつける。

 圧倒的な質量の割に重量はそれ程でもないのか? かなりの勢いで巨大物を叩きつけたのに地響きはしなかった。

 

 そして武道は孔から引っこ抜いた大量の泥に対し、素早く周りを固めながら殴る蹴る押し込むなどをしている。

 数秒もすると聖杯から出た泥は直径2メートルかそこらの球体になってしまったではないか。

 

「武道、それはなんなの?」

 

 孔から泥が漏れ出ていた時は危なくて離れていた凛ちゃんも、もう安心だろうと思い武道にかけより声をかける。

 衛宮くん達も一緒にやってきた。言峰も呆然とした表情で近づいている。

 

「グロロ。こいつこそがアヴェンジャーであろう。私を飲み込み私の中を「悪」で塗りつぶそうとしていたみたいだが……実にくだらん相手であった。何か言いたいことがあったようだがまるで要領を得ん」

 

 いついかなる時も平常運転の武道。

 彼は軽々しく言っているが、それはとんでもないことである。

 

 イリヤの解説にもあっように、あの泥はサーヴァント特効の効果があり、ありとあらゆる精神防御を抜いて汚染してくるのだから。

 Fate/Zeroを読んだ読者なら覚えもあるだろうが、ギルガメッシュはあらゆる精神防御を貫通し剥き出しの魂を汚染しようとするこの世全ての悪に対し、剥き出しであろうが変わらぬ強さの「自我」を持って己を確立し、聖杯の中身の泥を軍門に下したわけだが、武道も似たようなことである。

 違いがあるとすれば……ギルガメッシュは「聖杯から漏れ出た一部」を呑み込み、武道は「聖杯の中身の全て」を呑み込もうとしたら逆に逃げられたというところか。

 

 なぜそんな事が可能だったのか?

 ギルガメッシュの場合は聖杯の中身、この世全ての悪の持つ悪意、呪いを全て受け入れ肯定し、その上で自分が「王」として立つことで「この世全ての悪」の内部で異物となったのだが、武道は違う。

 

 この世全ての悪にそまった聖杯がサーヴァントの属性を反転させるときは、サーヴァントの魂の輪郭を溶かし内部に入り込み、防御も抵抗もできない剥き出しの部分において相手の全てにネチネチとネガキャン活動を行いノイローゼにさせるようなものだのだが……武道は人ではない。

 何億年もの時を超え遥か過去から生きる超人。

 その歴史の深さゆえ、聖杯はどこまで入り込もうとしても武道という器のそこが見当たらずに、武道を悪意に晒すどころか、逆に自分が武道の意識に観察され晒し者になっているような恐怖を覚えてしまった。

 

 人を嫌う、呪うなどのネガティブな感情に染まりきった聖杯にとって、他者に対する恐怖はあってはならない。

 劣等感からくる恐怖、というのであれば悪感情、呪いへの転嫁も可能だが、ただ純粋な「未知に対する恐怖」は悪感情よりも前、本能の恐怖、弱い心に直結してしまうのだから。

 

 そうして聖杯の中身「この世全ての悪」は、これ以上武道の中に入り込もうとすれば自分は「悪意」意外の何かを伴った不純物になりかねないという恐怖から、逃げようとした。

 自分にとって慣れ親しんだ聖杯の、孔の向こう側へと。

 

 しかしそれを武道に遮られ、逆に引っこ抜かれてしまい、どうすればいいのかパニックになり、殻を作り閉じこもってしまった。

 その状態こそが。

 

「この状態なのね」

 

 武道のゆで的説明から、イリヤは現在の聖杯……あるいはこの世全ての悪(アンリ・マユ)、もしくはアヴェンジャーというべき存在の現状を推察し、凛ちゃんたちに語ってみた。

 

「グロロロ。なんと軟弱な。……これでは戦いにならんではないか」

 

 球体になったとは言え、聖杯の中身そのもの、悪意に染まった魔力の塊、サーヴァントの体で触れれば忽ち飲み込まれその一部とされてしまうであろう、そんなアヴェンジャーボールを武道はゴンゴンと殴る。

 

 その度にビクビクと怯えてるかのような反応で震えるのだがそれ以上リアクションがないのだからどうすればいいのやら。

 

「グロロー。まあいい。順番は前倒しになるが大聖杯の解体作業を先にしておくか」

 

 この世全ての悪のことはサラッと誤魔化し、武道は大地に手をかける。

 

「何するの?」

「こうするのだ! グロロー!」

 

 地に手を付いた武道、その体がビババと光る。

 毎度おなじみ、零の悲劇である。

 

「でも……なんで地面に?」

「こ、これはー!? まさか、そんな事が可能だというの!?」

「知ってるのか! イリヤ!」

「うむ!」

 

 バッバッバ! と光を放つ武道をバックにイリヤの解説が始まる。

 

「この冬木の地の龍脈の集中するポイント、その中心点であるここに私のご先祖様……ユスティーツァ・リズライヒ・フォン・アインツベルンが魔術回路となって存在している……はずなのよ、理屈の上では」

「理屈のうえっていうか、さっきガンマンの見せた映像でそんな感じだったよな」

「ええ! すなわちこの大聖杯、元は人間だったとも言えるのよ! 私の場合は小聖杯を内蔵したホムンクルス、人間型聖杯といえる存在だけど、ご先祖様はその逆! 大聖杯型人間、と言える存在だったの! それに非人間を人間にしてしまう零の悲劇をかければどうなるか……!」

「どうなるんだ?」

「人間になるんじゃないの?」

 

 なった。

 

 

 

 それから。

 

 人間になった瞬間は全裸だったが、カラスマンが素早く凛ちゃんまでの家まで飛んで服を調達してくれたので、元ユスティーツァ・リズライヒ・フォン・アインツベルンも服を着て人心地がついた。

 ここで衛宮くんが

 

「一部服がキツキツだな、どこがとは言わないが」

 

 などと余計な発言をして凛ちゃんに一発くらったのは言うまでもないことだろう。

 その話題の元となるユスティーツァは人間の姿となったのだが、ひどく混乱している。

 

 これを武道は

 

「グロロロー。おそらく前回の聖杯戦争でも聖杯となり混ざってしまった女の人格も合わさって自我の確立が難しいのであろう」

 

 などと言っているが、もちろん違う。

 いや、それもあるがそれ以上に、彼女が混乱している原因はある。

 その原因とは?

 

「なんで!? 私は聖杯になったはずなのに!」

 

 どうやら人間になってしまったことに驚いているらしい。

 

「だいたい私が聖杯になったのは昨日今日じゃないでしょ! いや、昨日今日だったとしても」

「黙れ」

 

 混乱のせいか若干ヒステリックに叫んでいたユスティーツァだが、武道が脅せばピタリと黙る。

 人間の本能とは凄まじいものである。

 

「ぶ、武道が滅茶苦茶なのはいい加減わかってたけど改めて驚いたわ。ご先祖様が聖杯になったのなんて200年以上も昔の話よ?」

「グロロー。太古の昔から存在する私にとっては200年程度など最近ということよ」

 

 そもそも武道の零の悲劇は2000歳の便器の超人、ベンキマンだって人間にするのだ。

 ならばたかが200年と少し前に人間をやめた程度の存在を人間にすることなど、出来ないわけがない。

 出来て当然である。

 

「な、何が太古の昔よ。私はちょっと前まで聖杯だったんですからね! 聖杯の事はよく知ってるわ! そんなだいそれた存在を呼び出せるわけ」

「黙って聞け」

「は、はいっ!」

 

 そして武道は語る。

 

「グロロー。私の零の悲劇。本来は超人を人間にする技よ。しかしな、サーヴァントの枠に嵌められたことで私は弱体化してしまった」

「えっ?」

「えっ?」

「えっ?」

「えっ?」

「黙って聞け」

「はいっ!」

「その結果スキルの大半もまた、変質してしまったのよ。そして零の悲劇は超人以下の存在を人間へ変える技となってしまったらしい。グロロロ、まぁ大した事ではないだろうがな」

 

 と、いう事らしい。

 

 しかしそれでもユスティーツァは納得がいかないのか、愚痴っている。

 

「おかしいわよ、そもそもなんで聖杯であんな純和風の存在が呼び出せるの!」

 

 などと。

 

「グロロー、貴様のことなどどうでもよいわ! 私が貴様を人間にしたのはなぁ~、貴様が二度とくだらん聖杯戦争などというものを再開させないようにするためよ!」

「は、はぁ!? たっ、たかがサーヴァント風情が! 我がアインツベルンの悲願、第三魔法の再現を邪魔するというの!?」

「何が悲願か、バカバカしい。きさまら魔術師は過去に向かっているだけのくだらぬ存在ではないか~。理想を過去ではなく未来に見ることができぬきさまらに偉そうな口をきく権利などないと知れ!」

「ひぃっ!? お、脅したって無駄よ! 私は何度だってやってやるわ! それがアインツベルンの使命ですもの! ひいてはこれこそが世界人類にとっての」

「グロロー。言ってもわからんとは実にくだらん女よ。もっとも貴様には二度と聖杯戦争など起こせぬがな」

 

 武道にビビりながらも、流石に大昔の人間だというだけあって、ユスティーツァは武道に反論する。

 第三魔法という妄執に憑かれた狂人ゆえの狂気か、あるいは世界の行く末を真剣に憂う一人の人間の覚悟か。

 だが、武道は鼻で笑うように言うのだ。

 

「言ったはずだ。私は貴様を人間にした、と。貴様はもはや魔術回路のないただの人間よ!」

「なんですってぇー!?」

 

 武道の指摘に焦るユスティーツァ。

 そして必死に自分の魔力回路を呼び起こそうとするが……無理だった。

 魔術ってどう使うの? というくらいに魔術回路が無くなっているのだ。

 

 ご先祖のそんな姿を見て、イリヤはまさか自分も? と思って自分の魔力回路を探ってみるが、確かに感じることができなくなっていた。

 

「あ、私も魔術回路がなくなってる」

「グロロー。当然、そこの小娘……桜といったか? そやつも魔力のない人間にしておいてやったぞ。感謝するがいい」

「えーと……ありがと?」

 

 感謝しろと言われて素直に礼を言うイリヤ。

 元より死が運命づけられていた彼女は、この聖杯戦争をやり過ごしても総寿命は長くなかった。

 それなのに人並みの人間にしてもらえたので、文句を言うのもわがままだろうと納得したのだ。

 

 今はメドゥーサに抱かれ意識のない桜ちゃんだけど、彼女にとってもそれは良い事だろう。

 高い魔術適性は魔道を志さないものには悪影響しかないのだが、今の桜ちゃんならその影響を感じずまっとうに生きていけるだろうから。

 これにはメドゥーサもホッとしている。

 もし魔を引き付けるとしても自分がいれば何とでも……と、思う部分はあれど、わざわざ守られずとも自分で幸せになれるのならそっちの方がずっと良いのだ。

 

 こういうわけで、魔術師ではなく人間にされてしまった3人のうち2人はそれを前向きに受け入れそうなところで、残った一人は文句を言う。

 

「ば、馬鹿なことを! 返しなさい! 私の魔術回路を……返せぇ!」

「グロロー。黙れ」

「うるさい! 私はアインツベルンの魔術師よ!? 新参の魔術師もどきと違って、古い歴史を持つ本物! 魔術師の大家の最高傑作なのよ!」

「黙れ」

「私の魔術回路がどれほどの宝か……ましてや聖杯! これこそ人類の夢! たとえいかなる犠牲を払っても聖杯こそが」

「黙れと言っておるー!」

 

 クワッ!

 

 聞き分けのないユスティーツァに、ついに武道が切れた。

 ユスティーツァはビビって失神して倒れてしまう。

 

「なんたるうるさい下衆人間。このような奴、無力にしたはいいが放っておけば、知識を他人に売ることで自分以外を犠牲に小規模な聖杯戦争を再開しかねんな。ならばこうしてくれるわ」

 

 話の通じない人種に頭にきた武道。

 彼は寝てるユスティーツァに再び零の悲劇をかける。

 ビババ!

 

「これでそやつの記憶も無くなるであろうよ。下手に修復されても面倒なので戦闘をしても急成長魔術師にならんようにもしておいたしこれで聖杯の件は一件落着よ」

 

 これにて、聖杯戦争は完全に終わった。

 アインツベルンに残った資料があろうと、それは完全な形ではない上に大昔の魔術師が使うための資料。

 今の魔術師が使うには根幹部分から作り直さねばならず、その根幹こそが肝心要であり弄りまわす事も出来ない以上、聖杯戦争の再現は不可能となってしまったのだ。

 たぶん。

 聖杯そのものの魔術回路でもあればできたのだろうけど、それも今や無力なひとりの女になってしまったのだからどうしようもあるまい。

 

 余談ではあるが、このユスティーツァ、零の悲劇で記憶がリセットされたことで、その人格の底に沈んでいたアイリスフィール・フォン・アインツベルンの記憶、人格が前面に出ることとなる。

 アイリスフィールの夫でありイリヤの父である切嗣こそ欠けてしまったものの、本人たちが二度と会えないだろうと諦めていた家族と再会し、ましてや再び、これから長い時間を人として生きていけるのだから、彼女たちにとっては間違いなく良い事であろう。

 魔術師じゃなくなってしまった事など、人としての幸せの前には大した問題でもないのだ。

 

 

 

「で、アヴェンジャーってどうするんだ? 放っておいていいのか?」

 

 思いもよらずイリヤ周りがハッピーエンドで幕引きになりそうな中、衛宮くんは武道がカタにハメたアヴェンジャーを指差す。

 放って置かれても困る存在であるがゆえに。

 

「グロロー。それもそうだな。とっとと形を成し襲いかかってくるのを期待しておったがなんだ、殻の中に閉じこもりおって。この臆病者が!」

 

 武道はそう言ってアヴェンジャーの詰まった球体を蹴る。

 表情なんてない、黒い球体なのだが、なんだか「ひいー!」と言う悲鳴や怯えの表情が感じられる不思議。

 

「このままでは埒があかんな。ガンマンよ、やれ」

「シャババ! 真眼(サイクロプス)!」

 

 こういう困ったときは、ガンマンの出番だ。

 ピカーと光るガンマンの真眼はいかなる擬態も許さない。

 敵の真の姿を炙り出すのである。

 

 ガタガタと震える球体の中に浮かぶシルエット、詳細こそ分からないがそれこそがこの世全ての悪、アンリ・マユの真名を持つアヴェンジャーのサーヴァントの実態であろうか。

 第三次聖杯戦争でアインツベルンが召喚し、弱いので速攻で負けてしまった失敗の象徴。

 なんとも矮小な姿ではないか~、と思う凛ちゃんたち。

 

 だがしかし、ここで変化が起こった。

 球体の中のアヴェンジャーが何かに気づいたようなジェスチャーをする。

 いや、黒球体の中のシルエットなんでわかりにくいのだが、なんとなくそう感じていそうだと思わせる動きをしたのだ。

 そして、小さくうずくまる。

 だがそれは、先ほどの恐怖に怯える姿ではなかった。

 

 球体のサイズが徐々に小さくなっている。

 これは……中のアヴェンジャーが、球体及びその中身を一点に凝縮しているのだろうか?

 その証拠と言っていいのか、小さくうずくまっていたアヴェンジャーは徐々に体が大きくなる。

 ムクリ、ムクリと。

 そのシルエットの形も微妙な変化を見せている。

 

 そして、内側から大きくなるアヴェンジャー、外郭が小さくなる黒い球体の二つのサイズが重なったとき、一気に形を成し現れるものがあった。

 

 身長は2メートル以上あるだろう。

 その体はまるで西洋鎧のよう。

 両肩部が膨らんだ同鎧、その中央に刻まれたマークは太陽か悪魔か。

 額の中央、両側頭部から生えた角のあるマスクは感情を見せないデスマスク。

 

 全身真っ黒であるという、色の差異さえ除けばこの姿を見て誰もがその名を知るであろう。

 その名は!

 

「ゴールドマン……か」

 

 ボディの強靭さはスニゲーター!

 スピードはプラネットマン!

 残虐性はジャンクマン!

 テクニックはザ・ニンジャ!

 そしてパワーはサンシャイン!

 悪魔騎士たちの能力を兼ね揃えた最強の悪魔超人!

 キング・オブ・デビル……悪魔将軍だぁー!

 

「な、なにあの姿は?」

「わからない……わからないわ!」

 

 凛ちゃんやイリヤそっちのけの存在の誕生である。

 

「ゴバッゴバッ。あれこそかつてあやつに救われ我らと志を同じくした伝説の古代超人。完璧(パーフェクト)壱式(ファースト)と呼ばれた偉大なるゴールドマン」

「モガッモガッ! それが我らと袂を分かち完璧を捨て下等な悪魔となった奴の姿よ!」

 

 ミラージュマンとアビスマンの説明で、あの姿が何であるかはわかった凛ちゃんたち。

 だが、わからない事もある。

 

「な、なんでアヴェンジャーがそんな姿になったんだ?」

 

 衛宮くんの疑問もごもっとも。

 

「ニャガニャガ。簡単な話ですよ。あの黒い泥……アンリ・マユさんとやらは閻魔サンの内側に入り込み悪で満たそうとしたくらいですからね。おそらくその時に記憶の一部を除いていたのでしょう」

「そして……あやつの記憶の中の「一番の悪」であるゴールドマン、それに縋ったのであろう」

 

 疑問を出した衛宮くんに答えるはサイコマンとジャスティスマン。

 

「カラカラ。なるほど、悪が縋り付く最後の果となればああなるのか。だが……」

 

 ゴールドマンを見つめるカラスマン、いや、彼に限らず全始祖(オリジン)たちの表情が険しい。

 その理由も当然であろう。

 

「バ……バゴア……バゴア~ッ」

 

 擬態とは言え手に入れた力を持て余しているのか? 悪魔将軍の姿となったアヴェンジャーは謎の奇声を放ちみ悶えているではないか。

 

「ギララ……かつて我らの筆頭であったゴールドマン、その姿をまとっただけのまがい物とは言え……なんとも無様な姿ではないか」

 

 力に振り回されるように身をよじるアヴェンジャー、その姿は確かに滑稽であったかもしれない。

 いいや、彼ら完璧(パーフェクト)始祖(オリジン)達からすれば、見ていられない姿である。

 始祖の中でも特に人情派のシングマンにとっては特にそうであろうか。

 

「テハハ……例えガワだけとは言えゴールドマンの奴のこのような姿は見るに耐えぬ。ここは私が引導を渡してやるべきだろう」

 

 いい加減、アヴェンジャーの醜態を見かねたペインマンも自分の手でトドメを誘うと名乗り出てしまう。

 

「モガッモガッ! 待ってもらおうか、あんた! ゴールドマンの奴とやるのはこのアビスマン様のほうが先だぜー!」

「ゴバッゴバッ! いいや、ここは超人墓場の番人たる私の出番だ」

「ニャガニャガ。何を言いますか。裏切り者のゴールドマンさんを裁くのは私こそが相応しいでしょう」

「いいや、裁くのはこの私、ジャスティスマンだ。数万年前、ゴールドマンとシルバーマンに裁きを下したこの私こそが」

「ギラギラ。いいや、あやつの元を去り崩壊の原因を作ったゴールドマン、例え偽りといえどもその存在を倒すべきは私の役目のはずだ」

「シャバババ! 何を言うか! 私がやるべきなのだ~!」

「カラカラカラ! いいや、奴との因縁のある、私こそがその役目にふさわしい!」

「テハハ、キサマら出しゃばるではないか~」

 

 するとペインマンを始め、ほかの始祖達も皆が皆名乗りを上げ、ちょっとした大騒ぎである。

 

「グロロロー!」

 

 いつまでも続くのではないか? と思われた始祖たちの諍い。

 それを一括で止めれる存在は……ストロング・ザ・武道。

 彼を置いて存在しないだろう。

 

「グロロー。この戦いはあくまで聖杯戦争の一貫。サーヴァント同士の戦いこそ終わったが……こやつを倒すのはこの私、ストロング・ザ・武道以外におらぬわ~!」

 

 武道もやる気である。

 

「グロロー! アヴェンジャーとやらよ! その姿をまとった以上貴様にはもはや逃げることは許さん! さあ、リングに上がるのだ!」

 

 そして、ガゴッと足場の岩を足で踏み沈めると、地面の下からゴゴゴと生えてきたリングに武道は飛び立つ。

 あとはアヴェンジャーがリングに上がれば試合開始であろう。

 

「バ、バゴア~」

 

 当のアヴェンジャーは未だに悶えているのだが。

 

「ギラギラ! あやつが戦うと言っておるのだからとっととリングに上がらんかー!」

 

 そんなアヴェンジャーのケツを、あやつを最も敬愛するシングマンが蹴り上げ無理やりリングに上げてしまうのだった。

 

「バゴッバゴッ……バゴア~」

「やかましい!」

 

 リングに上げられてなお、無様に悶える偽ゴールドマンこと、アヴェンジャー。

 それに業を煮やした武道は竹刀で……ぶん殴る!

 

「グロッ! グロッ! グロアッ!」

 

 バシバシバシィ! と痛そうな音を立ててアヴェンジャーを叩きまくる武道だが一向にアヴェンジャーに戦いの姿勢が整わない。

 ゴールドマンの姿を取っておきながらなぜか?

 

「だってオラ人間だもの」

「貴様ー!」

 

 アヴェンジャーの言い分に切れた武道。

 もはや慈悲はない。ただ誅殺するのみ!

 

 と、思った瞬間。

 黒いゴールドマンは武道の踏みつける足を素早く飛んで回避した。

 その身のこなし(ムーブ)、先程までの無様な動きとは違う。

 

「む?」

 

 ずしーん! とストンピングを外しておきながらも体制が崩れない武道は後ろに回ったアヴェンジャーの姿を見る。

 先程までと形は同じ……だが、違っていた。

 そこにいる存在……先程までのアヴェンジャーではない!

 

「ギレラレラレ~。よもや魔界ではなく人間の世界でこれほどの寄り代を再び身にまとえる日が来るとは思えなかったわ~」

 

 姿は変わらない。

 だが明らかに違う存在がそこにいた。

 

 アヴェンジャーの足元の影を見ればわかるだろう。

 ゴールドマンの姿を模倣したアヴェンジャー。

 しかしゴールドマンの力は人間には身に余る物、支えきれずに押しつぶされそうになっていた彼に乗り移った存在有り。

 

 自身の影の形さえ歪める圧倒的な悪のオーラを持つ真の悪。

 

 その名を、大魔王サタンと呼ぶ。




アヴェンジャー、戦う前に死ぬの巻

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