ストロング・ザ・Fate "完結"   作:マッキンリー颪

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第16話

「うわー!」

 

 武道の超人発射ガトリングガンからの射出。

 毎度毎度突然すぎて困るのだが……今回の衛宮くんは子供になってしまった桜ちゃんを抱き抱えている。

 いつもみたいに犬神家になるわけには行かない。

 

 だから何とか着地前に宝石を投影し爆発させ、墜落前にふわりと浮いてガッチリ着地に成功! した。

 魔術師なら流体操作とかで優雅に着地しなよ……と言うかもしれないが衛宮くんなんだからこれでも褒めてあげていいくらいだろう。

 

「やるじゃない士郎。さすがにひとりの時みたいに変な落下はできないものね」

「まあな」

 

 ちゃっかりと着地してたイリヤも、一応は衛宮くんの着地を褒める。

 まいど犬神家になった衛宮くんを掘り起こすの面倒だったのだから、その手間が省けてご機嫌である。

 

 とはいえ、と辺りを見渡す衛宮くんとイリヤ。

 地面は剥き出しの岩がゴツゴツ、空気はなんだか淀んでいるような気がしてギスギス、漂う魔力は人の不快感を逆撫でするような悪意に満ちたものがブリブリ。

 そんな空間だった。

 

「ここはどこだ?」

「うーん……多分だけど……」

「円蔵山内部の洞窟、龍洞と呼ばれている場所だ。もっとも、聖杯戦争参加者にはこう言ったほうが確実だろうがな。ここが、冬木の聖杯戦争の根幹を成す場所。大聖杯だ」

 

 ここはどこだ? と思っている衛宮くんにイリヤが答えるより早く、低く渋い声からの返答が。

 一体何もの、と振り向く衛宮くん及びイリヤ。

 その視線の先には聖杯戦争の監督役、言峰綺礼が立っていた。

 

 

「あんた……たしか言峰さん? だったよな。なんであんたがここにいるんだ? あんたの言ってることが確かとすると……教会から随分離れた場所だと思うんだけど」

 

 どこか不穏な気配を発する言峰だが、それだけで無視するのもあんまりだし……何か知っているのなら聞いておくのも手か、と思った衛宮くんは言峰に尋ねた。

 一方のイリヤはかなり真面目な顔をして警戒しているようだ。

 

「ふっ。大した理由ではない。聖杯戦争の監督役として、教会には霊器盤なるものが預けられる事になっている。冬木の聖杯戦争において聖杯の招いた英霊の数と属性を表示する機能のある道具だが……これにより、監督役はサーヴァント七騎が揃った事を知り、聖杯戦争の開始を宣言できるわけだ」

 

 聞かれたことに答えるのが義務である、とでも言うかのように答える言峰。

 その態度、声音から彼の言葉に嘘は感じられないため、そうなのか、とも思うが今の返事は衛宮くんの質問の答えとしては正解ではない。

 

「え、と……サーヴァントの数や属性がわかるのは良いとして、なんであんたがここに居るのかってのがわからないんだけど?」

「答えを急ぐものではない。だがまぁ難しいことでもないのだ。その霊器盤なるものは、残存するサーヴァントの数を表してくれるのだがね。此度の聖杯戦争はおそらくかつてない速度でサーヴァントが消費されたのだろう。私が教会で確認した時点で残り4騎にまでなっていたのだからな」

 

 相変わらず質問に答えているようで、大事な部分をはぐらかすような態度の言峰。

 若干イラッとする衛宮くんだが、本能的な勘、とでも言うべきか。

 あまりここで早急に答えを求めてはいけないのでは? と思う気持ちも浮かんできた。

 それほどに、この空間の空気は異様であり、言峰の気配は何らかの負のイメージを湧き立ててくるのだ。

 

「お前に聖杯戦争の基本的なルールを語ったのはつい先ほどのことだ。知っているだろう? サーヴァントが最後の一騎となるまで聖杯戦争が終わらないことを」

「ああ……まあ、な」

「だが考えてもみろ。サーヴァントの魂が捧げられた聖杯、その聖杯は「どこで」使うのか? という事を」

「場所? そんなの関係あるのか?」

「ある。魔術の儀式といものは大掛かりになればなるほど、場所……土地の力もその成果に作用されるのだからな。そして、この冬木の地でもっとも土地の持つ霊力が強い場所が、ここなのだ」

 

 言峰はそう言って、視線を衛宮くんからイリヤへと動かす。

 

「ところでお前はアインツベルンの……マスターか? それとも聖杯、と言うべきかな?」

「元はマスターの一人よ。今はバーサーカーが敗退したから、聖杯の役目を全うするつもりでいるけれど」

 

 イリヤの返事になるほど、と一人頷き、再び言峰は衛宮くんの方を向き口を開く。

 

「衛宮士郎。お前はこの娘が聖杯、という事は知っているかね?」

「言葉の意味はよくわからないけどそういう話は何度も聞いたな。心臓に魔力を溜め込むとかなんとか」

「うむ、それだけわかっていれば重畳。そしてお前や凛の知る表向きの聖杯戦争ではその聖杯を求めて行われるものだが、聖杯戦争の求める真の聖杯はそれではない、ということは知っているか?」

 

 ニヤリと笑いながら言う言峰。

 言葉に感情を乗せているように思えない抑揚のない声でありながら、どことなく喜悦を孕んでいるかのようだ。

 

「本来の……遠坂、アインツベルン、間桐の御三家が求めた聖杯の役割は、根源への到達。この世界からの逸脱……そのためには、世界に根源への出入り口となる孔を開き、その孔を安定させるわけだが……概要だけを言うならば、七騎のサーヴァントの魂が詰まった小聖杯は鍵であり、その鍵を持って大聖杯という扉の向こうにに何十年と蓄積された魔力を使うための入口を開けるわけだな」

 

 何が楽しいのか、説明しながら言峰の笑はさらに深くなる。

 

「しかしだ。それは大聖杯が「無色の力」であった時にこそ可能となる。だがこの空間を埋め尽くす魔力はどうだ?」

 

 この空間……彼の言葉を借りるなら大聖杯を誇示するように、両手を開く言峰。

 その姿は、言葉を聞かずさらに場所がここでなければ、まるで徳のある祝言を説く聖者のように見えたかもしれない。

 

 だけど、この場所が、彼の示すものが、さらにそれらすべての背景を飲み込んでいる言峰綺礼の姿は、まさに不吉の象徴の様を成している。

 

「衛宮士郎。そしてアインツベルンの娘よ。お前たちも感じるだろう? この大聖杯の奥にある意識を」

 

 言われなくとも、イリヤは気付いていた。

 衛宮くんの方もイリヤほどではないが、嫌でも気付く。

 魔術の素養のない一般人でもここに来れば不吉な気配を感じるであろうほどの、凝縮された負の意識に。

 

「聖杯が本来の機能のなままであれば、根源への到達を目的としない場合でも、聖杯の使われ方というのは「有り余る無色の力」を願いに沿った形で再現させる装置となる。だが……この聖杯はもはや無色ではない。「目的と方向性を持った力」として存在している。さて、そんな悪に凝り固まった意識。そんなものを相手に願いを求めればどうなると思う?」

 

 ニヤリ。

 そんな音がしそうなくらいのいい笑顔で言峰は言う。

 

「ありとあらゆる願いは悪意を持って叶えられる。仮に世界一足が速くなりたい、と願うものが聖杯を使えばどうなるか? 世界中の人間を一掃しその者以外が死に絶えるであろうよ。そうすればその者は世界一の俊足だ。世界一頭が良くなりたい、そう願えば同じようにその者以外が死に絶え、最後に残ったそいつが世界一の知能の持ち主となろう」

 

 そこで一度言葉を切った言峰は、意味深な目線を衛宮くんに向け、さらに続ける。

 

「そして……世界平和、などというくだらないものを願えばどうなるか? 人類の争いを止めたいと願えば? くくく、かつて聖杯はその願いに対しこう答えていたよ「衛宮切嗣、アイリスフィール・フォン・アインツベルン、イリヤスフィール・フォン・アインツベルンの三人を残して人類が死滅すれば争いは起こりえない」とな」

「え? 親父?」

「キリツグ?」

 

 突然、自分たちにとって因縁浅からぬ名前が言峰の口から出たことに驚く衛宮くんとイリヤ。

 すぐに衛宮くんは「言峰は親父のライバルとかそんなことを言っていたか?」と思い出し、その関係なのかと一応の答えにたどり着くが、言峰の言葉はまだまだ止まらない。

 

「本来は無色のはずの聖杯がなぜこうなったのか? 原因は第三次聖杯戦争まで遡ることになるが、そこでとある陣営がこの世全ての悪の名を冠する最悪のサーヴァントを召喚してしまったようでね。イレギュラーな手段で召喚されたそのサーヴァントはその異質さがゆえに、聖杯を汚染してしまったらしい。結果、以降の聖杯戦争において聖杯の望みの叶え方は「無色」ではなく「悪意」に染まった方向性に固定されることとなった。言うなれば、もはや聖杯への願いの届け出は済んだ状態、とも言えるな。もっとも、そんな事はその時点では誰も知らないことだ。だから第四次聖杯戦争では第三次にてこの世全ての悪を召喚した陣営も、過去のことなど忘れて聖杯戦争に普通に参加していたよ。その陣営は」

 

 言峰はイリヤに視線を向けた。

 イリヤは言峰の言葉、そしてその視線である事を悟ってしまう。

 

「アインツベルン。第四次聖杯戦争においては衛宮切嗣をマスターとして聖杯戦争での必勝を狙っていた者達だ」

 

 

 イリヤは過去の歴史を聞いたことがある。

 それはアインツベルン側から見た一方的で自分勝手な屈辱と失敗の歴史ではあるが、主観の混じらない記録というものも存在していた。

 第三次聖杯戦争で「この世全ての悪」という名を背負うアヴェンジャーというサーヴァントを召喚したが、役立たずのゴミであったがために初戦で敗退したこと。

 第四次聖杯戦争で、必勝を願い、誇りを捨ててまで外部の血を招き入れ勝負に臨んだというのに、勝利寸前で裏切り聖杯を破壊した衛宮切嗣のこと。

 

 今までは、第三次聖杯戦争の記録はただの老人の過去の恥であり、第四次聖杯戦争の記録は切嗣の裏切りに対する恨み言であったのだが……今、言峰の語った言葉を踏まえて考えればどうか?

 

 

 切嗣は最初から聖杯をアインツベルンの望む使い方で発動する意志は無かった。

 これはひどい裏切りである。契約を最初から履行する気がなかったということなのだから。

 

 だけどイリヤは「アインツベルンに対する裏切り」が許せなかったのではない。

 イリヤが切嗣を許せなかったのは……自分の「父親」でありながら自分を捨てた、その事に対する恨みなのだから。

 

 イリヤスフィール・フォン・アインツベルン。彼女は衛宮切嗣の実の娘である。

 魔術師としての契約だとか、そういう難しい話を知る前の子供の頃のイリヤにとっては、父親の切嗣と母親のアイリスフィールが世界の全てだった。

 だけど、その世界は自分を捨てて逃げ出した、そう聞かされた。

 嘘だと否定したくとも、それを真実だと信じる要素しかイリヤの前に提示されなかったがために、いつしかイリヤは切嗣とアイリスフィールが自分を裏切り捨てたのだと信じるようになる。

 そしてその切嗣の息子だという男の事を知り、裏切りが本当だと確信するに至ったのだ。

 切嗣がいなくなったのなら、切嗣の残した息子に復讐を、という半ば八つ当たりの気持ちで衛宮くんに突っかかり、破れた。

 それでも正直、表に出さないだけで復讐の念は燻っていたのだけど……今の話が問題だ。

 

 子供の頃、切嗣はすぐに帰ってくると言っていた。

 でも帰ってこなかった。

 今までその事実を裏切りと決めつけていたけれど、もし違うとすれば?

 

 切嗣の望みは世界平和だという。

 遠い過去の記憶、父親はすぐに帰ってくると約束していた。思えば母親は自分の帰還の約束をしていなかった。

 それは、聖杯で母を犠牲に世界平和の望みを叶え、争いのなくなった世界で父とイリヤが生きる事を考えていたから。

 しかしこの聖杯戦争の聖杯で叶えられる世界平和に、その先の未来はない。

 子供の頃の何も分かっていない自分なら、自分たち三人以外が死んだ世界でも父と母と自分がいれば、などと思ったかもしれないが、ある程度育って分別が付けばイリヤでもわかる。

 人は、たった三人でいつまでも生きていけるような生き物ではない。

 言峰の語った世界平和が成し遂げられれば、きっと数年、長くて十数年で世界に残った最後の三人の生活は終わっていただろう。

 そうならないようにするためには切嗣はどうしなければならなかったのか?

 

 その答えは……聖杯の破壊。

 アインツベルンに対する裏切り。

 切嗣は……アインツベルンという家は裏切ったけれど、イリヤの生きる世界を守った?

 

 切嗣が帰ってきてくれなかった事を裏切りだと持ったが、帰ってこれなくて当然だ。

 もし切嗣がイリヤに会いたいと願っていたとしても、きっとおじい様……ユーブスタクハイト・フォン・アインツベルンは切嗣を拒絶しただろう。 

 切嗣の魔術師としての腕がどの程度かをイリヤは知らないけど、たとえ優れた魔術師だったとしても本気で防御に徹したアインツベルンの結界を抜ける事はできなかったはずだ。

 そして城の中で育てられたイリヤは、切嗣が家の結界の外、すぐそばに接近したとしてもそれに気付くことすらできずにいたということ。

 

 ぐらり、と目眩に似た症状に襲われるイリヤ。

 

 もとより、体内の器、その限界までサーヴァントの魂が溜め込まれた状況だったのだ。

 その上で、突然の真実の暴露。

 感情が大きく揺さぶられ自分で自分を制御することすら覚束無い。

 

「イリヤ!?」

 

 桜ちゃんを抱き抱えたままだが、倒れそうなイリヤの体も放っておけずに支えるのは衛宮くん。

 なんだかんだで気配りの達人である。

 

「おや? その聖杯の娘……随分と体調が悪そうだな。診てやろうか?」

 

 面白がっている感情を隠さずに言う言峰。

 いい加減、衛宮くんのイライラも限界に近くなってくる。

 

「いやどう考えてもお前のせいだろ! 親父の願いがどうとか、イリヤの実家がなにか悪さしたとか言いたい放題で! そりゃショックもうけるわ!」

「ふむ。私は何一つ嘘は付いていないのだがな? 聞かれたことを真実を持って答えているに過ぎぬ」

「何言ってやがる、お前……俺が最初に聞いたのは……なんでここにいるんだって質問じゃねーか! よく考えたら全然答えてなかっただろ! ふざけやがって!」

 

 言峰のペースに乗せられそうになる衛宮くんだったが、彼は原作の衛宮くんと違い、武道のせいで完璧魔術師となったほどなのだ、冷静で的確な判断力を持っている。

 

「ふむ。私がなぜここにいるのか、という質問か。ああ良いだろう、答えるとも。簡単だ」

 

 カンカンに怒る衛宮くんに対しなおも余裕の言峰は、ついになぜ自分がここにいるのか、という理由を答える。

 

「やがて生まれるであろうこの世全ての悪(アンリ・マユ)、その誕生のサポートと祝福のためだよ」

 

 第三次聖杯戦争においてアインツベルン陣営により召喚されたサーヴァント・アヴェンジャー。

 その真名をこの世全ての悪(アンリ・マユ)という。

 その者は大仰な名前と裏腹に、弱かった。第三次聖杯戦争において一番早く脱落した。

 だがその際、聖杯にサーヴァントの魂が入り込むのだが、彼にかけられた願いである「この世全ての悪であれ」というものが、どういうわけか聖杯に受け入れられてしまう。

 以降の聖杯戦争において、聖杯は第三次聖杯戦争でかけられた願いである「この世全ての悪」を叶える装置になってしまったわけだ。

 だから、今の聖杯に願いを求めれば、その願いを叶えるのは本当の意味では聖杯ではなく「この世全ての悪」という存在が叶える、という形になるのだろう。

 

 どのような形でも聖杯が使われることとなれば、そこにアンリ・マユの影響が現れるだろう。しかし言峰としては可能な限り正しい形での聖杯の使用にこだわりたかった。

 

 10年前。第四次聖杯戦争においては聖杯の発動が中途半端なまま、衛宮切嗣のせいで破壊されてしまったために「ちょろっと漏れた」程度の発動しかできなかった。

 それでも万単位の人間が死傷したのだが、言峰はできることならより正しい発動を望む。

 

 今の聖杯が正しい形で発動するのなら、この世全ての悪(アンリ・マユ)は自身にかけられた人々の望みに相応しい能力を持ったサーヴァントとして誕生し、人々の願い通りの存在として振舞うことになるだろう。

 

 そんな奴が現れたらお前だってただじゃすまないだろ! と思いそうだが、言峰はそこら辺は承知の上である。

 生まれる前から、誕生と同時に禍しか呼ばないとわかっている存在であっても、それでも生まれる前の命に罪はないのだから、とかなんとか。

 

 だけど、その願いはある意味でアインツベルンの願いとも一致するものであるのが皮肉と言えるかもしれない。

 魔術師の家系としてのアインツベルンの聖杯戦争の目的は「魂の物質化」という魔法の再現。

 根源に到達して魔法を再現しようと、聖杯の効果でアヴェンジャーの魂が物質化してこの世に誕生しようとも、どっちでも彼らにとっての悲願は達成してると言えるのだから。

 

 

「私は此度の聖杯戦争で、サーヴァントが凄まじい勢いで死んでいくのを霊器盤で確認していた。そう遠くない日のうちにこの大聖杯を通してアヴェンジャーが誕生することを察知したから、私はその誕生を祝福したかったのだ。それが私のここにいる理由だよ。わかったかね? 衛宮士郎」

 

 わかってたまるか、と言いたい衛宮くんだった。

 一応は言峰の説明から、言峰がアヴェンジャーとやらの誕生を望み、生まれるであろう場所に先回りしているというのはわかった。

 だけど生まれた時点で自分を含んだ人類の敵になる存在の誕生を望むってのはなんだよ、と、思わざるを得ない。

 

 それに、だ。

 

「ま、まぁお前がここにいる理由はわかったよ。でも残念だったな。遠坂は聖杯は欲しがっても使う気はないって言ってたし、武道に至っては二度と聖杯戦争ができなくなるくらい大聖杯の法を壊すって言ってた。お前の望みは叶わないんじゃないか?」

 

 どうせ参加者じゃないお前が商品の使い道の差配に関与することできないだろ? と嫌味混じりに言ってやる。

 言いながらも、子供になって未だに意識が戻っていない桜ちゃんを抱え、かなり体調の悪そうなイリヤも支えながらジリジリと言峰からは間合いを取るのも忘れない。

 

 それに対し、言峰は特別、にじり寄るような動きは見せることがない余裕の構え。

 

「ほお、凛はまだ勝ち残っているか。だがそれも当然と言えるものだな。ギルガメッシュを倒したのもおそらく凛なのだろう?」

 

 さらに衛宮くんの煽り台詞にも余裕の態度での応答をする始末。

 しかし、その返答が引っかかる。

 

「ギルガメッシュ? な、なんでお前がアーチャーの真名を……」

「それは当然だろう。ギルガメッシュ、アーチャーは私のサーヴァントだからだ。かれこれ10年の付き合いになる、な」

 

 ギルガメッシュ。

 アーチャー。

 霊器盤とやらでサーヴァントの種類や数がわかったとしても、真名までわかるなんてことがあり得るのか?

 そう思っていたら、これだ。

 

「はぁ? お前の……いや、いやいや……待てよ。お前、10年前の戦いは一番最初に敗退したって」

「うむ、最初に私が使役したサーヴァントは使い潰す結果となった。そして次にギルガメッシュと契約したのだよ。ついでに言えば、ギルガメッシュの元の持ち主は私の魔術の師であり、凛の父親である遠坂時臣だ」

「なに!?」

 

 ああ言えばこう言う、というのはこの状況を指すのだろう。

 

 衛宮くんが疑問を投げつければ言峰は時にはぐらかし時に疑問に答え、そのついでに次の疑問を提示してくる。

 

「遠坂の父親? 遠坂の父親が負けたあとに、お前が契約して跡を継いだっていうのか?」

「いいや? 私が時臣師を殺したのだよ。サーヴァントとしての契約、という点で言えば確かにその時に交わしたが、お互いが「そうあるべく行動しよう」と示し合わせたのはもう少し前だ。くくく、父の仇をそうと知らず兄弟子として接し、更には父親の葬儀の席で当の父親を殺した凶器を贈られ涙を流す凛の姿は実に私を愉しませてくれるものだったよ」

 

 絶句。

 次から次へと言峰の口から出る言葉に対し、衛宮くんからは言葉もない。

 狂っているとしか思えない。

 なんでこんな奴がいるのか? そう思うしかなかった。

 

「お前、どうかしてるんじゃないのか?」

「どうかしているか、だと? 私もかつては自分のその性癖に苦しんだものだが……なんのことはない。私はただ他人の不幸が己の愉悦に感じるだけの、いたって普通の人間だったということだよ」

 

 特別、マイノリティを気取っているようには見えない。

 ましてや突っ込み待ちのボケを言ってるわけでもない。

 言峰は、本心から自分は人と望むところが若干違うけど、それだけの人間だと思っていると言っている。

 少なくとも、衛宮くんにはそう見えてしまった。

 気持ち悪くて言葉も出ない状態だ。

 

「あなたの性癖とかそういうのは関係ないわ。今回の聖杯戦争、その勝者は凛で決定なんだもの。あなたが裏でコソコソ動いてたり、なにか考えがあろうと、もう聖杯戦争の決着は付いてるんだから!」

 

 言峰のイカレっぷりに気圧される衛宮くんに変わり、今度はイリヤが啖呵を切る。

 自分も体調不良だろうに気丈なことである。

 

「何を言うかと思えば」

 

 しかし、そんな気丈に振る舞うイリヤの言葉も言峰にとっては失笑の対象だったらしい。

 

「たしかに一局面の勝敗の行方は戦いに委ねられるかもしれんが、聖杯戦争においてはそうもならんよ。最後にサーヴァントを残した陣営の勝利? それすらも違う。サーヴァント七騎の魂全てを聖杯に注ぎ込んだ後の儀式に携わった者こそが勝者なのだからな。まぁ、今回に関しては七騎も必要なさそうではあるが。お前の中でそろそろ聖杯は形を持ち始めているのだろう? あとはそれを使うだけだよ。いいや、正確には使うまでもないな。もはや聖杯への願いは捧げられているのだから。あとは聖杯を大聖杯の元へ置いておけば勝手に事がなる」

 

 そう言って、言峰は素早く両手で懐から何かを取り出し、腕を広げた。

 その手には、ズラリと長い刃が握られている。

 片手で三本ずつ、計六本。

 

「さて、語らいはもう終わりにして戦うとしようか」

 

 言うと同時に、言峰が両腕を振り回す。

 やばい!

 衛宮くんがそう思ったときには遅すぎたかもしれない。

 

「いっでぇぇええ!?」

 

 危険を察知し、咄嗟に避けようとしたのだが避けきれなかったか。

 足に一本、言峰の刃が突き刺さり貫通してしまった。

 

「のろい動きだな、衛宮士郎。危機管理能力も足りない……それでも切嗣の息子か?」

 

 足を刺され尻餅をついてしまった衛宮くんを見下しながら言う言峰の表情には、わずかばかりの失望の色。

 

「いっ、いきなりっ! 刺されて……ぐっ、つうっ!」

 

 そんなことを言われても衛宮くんはたまったものではない。

 ぶっちゃけ彼は聖杯戦争とやらの部外者。

 つい余計なことを聞いてしまったが、この戦いの主役はあくまで凛ちゃんであるはずなのだから、自分の出る幕はないのに。

 

 しかし言峰にそんな事情は関係ない。

 

「私はな、衛宮士郎よ。今日、教会でお前と会って会話をして落胆していたのだよ。衛宮切嗣の息子でありながら、その精神性を一切受け継いでいないお前にな」

 

 そんな事を言ってくる。

 その両手には再び補充された六本の刃。

 

「しかし、お前はここに現れた。聖杯戦争の極点とも言えるこの大空洞に。それもアインツベルンの小聖杯を伴って」

 

 さらなる投擲。

 しかし今度は当てるのを狙ったものではなかったらしい。

 足を刺されろくに身動き出来なかった衛宮くんに直撃はしなかったのだから。

 ただ囲むように、逃げ道を塞ぐように衛宮くんの周りに刃が突き刺さっている。

 

「この時、私の心は小さくない歓喜で満たされたよ。やってくれたものだ! まさか教会での態度が擬態であったとは! そしてどうやったか知らないがお前はあの凛を出し抜き、サーヴァントの魂が大量に詰まった聖杯と共にここに現れた!」

 

 次なる投擲。

 今度は一本の刃が衛宮くんの頬を掠めるように飛来。

 衛宮くんはそれを避けることすらできないでいる。

 

「まったくもって、素晴らしい。正直な。衛宮切嗣に対してはその名を知ってから多大な期待をさせられ、出会う前にその期待は裏切られる事となった。やつとの戦いこそ望んだ死闘となったが、その戦いは私の内にある空虚を埋めるものとはならなかった」

 

 再び刃を握る言峰。

 今度は片手で三本だけだ。

 

「対してお前はどうだ? 教会で会ったときは私を失望させながら、その実、実に巧妙に己の野心を隠し周りの者たちの隙を伺いっていたのだからな。サーヴァントを既に失って戦闘を放棄、と聞いて失望した私こそが浅はかだったのだ。そうだ、かつての衛宮切嗣にとってもサーヴァントなど手段の一つに過ぎず、おそらく必要とあればサーヴァントを使い潰し自分が徒手空拳となったことをアピールし敵の油断を誘う、そのくらいの戦術も取りえたであろうよ。今のお前のようにな!」

 

 さらなる投擲。

 今度は今までと違う、衛宮くんの胴体を狙う致死の刃だ。

 

「くそっ!」

 

 死ぬ!

 そう思った衛宮くんは咄嗟、宝石の投影、そして宝石の中の魔力を爆発させるという遠坂家お得意の技を使った。

 とはいえ、飛来してくる飛び道具に対し、タイミングが良くなければ防ぎきれるものではないだろうが……偶然か、火事場のクソ力か、衛宮くんは防御判定に成功した。

 ダイスロール! クリティカル! 防御判定成功! ダメージなし!

 と、言ったところだ。

 なにせ子供になった桜ちゃんを未だに抱き抱えているのだ。

 簡単に死んでいいわけがない。

 

 なんとか死なずに済んでホッとするところだが、これに対する喜びが大きいのは、衛宮くんではなく言峰である。

 

「それがお前の隠し持った刃か、衛宮士郎。なるほど、衛宮切嗣とは魔術のスタイルが違うが……養子であったのなら、魔術の適性も変わってくるのが当然。だが安心したよ。お前の武器が演技力だけでなくてな。これでどうにか戦いの体裁は取り繕えるだろう」

 

 何をトチ狂って勘違いしてやがる、このクソ野郎!

 衛宮くんはそう罵りたくて仕方がないのだが……きっと言っても通じまい。

 

 今、この言峰綺礼と言う男には、どういうわけか衛宮くんが言峰や凛ちゃんを出し抜いて聖杯を手にしようとした人間に見えているらしい。

 それも、戦い方こそ違うけど、手段は選ばないくせに理想は選ぶ衛宮切嗣の、精神性をコピーした存在だと決めつけてかかっている。

 彼にとって、この戦いは10年前の聖杯戦争の時の続きなのかもしれない。

 迷惑な話だ。

 自分を通してまったくの別人を見ている……だけなら実害はないが、その上で衛宮切嗣Ⅱ世をどう殺すか、を考えることに生きがいを感じているのだから。

 

「イッ、イリヤ! すまない……桜を連れて逃げてくれ! やつはまず俺を殺すつもりだ! このままじゃ桜がやばい!」

 

 だから、衛宮くんは生存率の高い手段を選択する。

 桜ちゃんを抱えずに、一人で言峰と戦う!

 これしかないだろう。

 

「士郎、あなた」

「たのむ!」

 

 一対一よりイリヤと組んで二対一の方が良いのではないか?

 抗戦より撤退戦、凛ちゃんと武道が現れるのを待つべきではないのか?

 

 そういった考えは浮かぶが……今はそれを言い合う余裕がない。

 そう思ったから、イリヤは年齢の割に幼い自分の体よりなお小さい桜を預かり、衛宮くんから離れた。

 だけど。

 

「士郎……私にどれだけ時間があるのかもわからないけど……言いたいこと、が、あっても言えるのかどうかもわからないけど……死んじゃ、ダメなんだからね!」

「なんとかするさ」

 

 イリヤにとって衛宮くんは少し前まで殺したいほど憎んでいた相手だった。

 だけど、その憎しみが間違っていたのなら?

 言峰の言葉だけしか聞いてない状態で決めつけていいものではない。

 それも含めて、イリヤは衛宮くんが生き延びることを願う。

 

 真実を知るためにも。

 

 衛宮くんもイリヤになんらかの深い事情があるのだろうと察するくらいの事はできた。

 そうでなくとも、目の前で小さい子供の桜ちゃんやイリヤが殺される光景はできるだけ見たくない、と思うのが人情。

 原作の正義マシン、救われる人間の勘定に自分が入らないロボ、自分の命を顧みないマンの衛宮士郎ではなくとも、そのくらいは思うものだ。

 

 

 見れば言峰は、再び両手に六本の刃を握っているが攻撃をしてこない。

 まるで、イリヤと桜ちゃんが離れお互いに戦う体制が整うのを待っているかのように。

 余裕……ではない。ただ、戦いを目的としているから、こその態度なのだろうか?

 知ったことではないが……それが不都合になるわけでもない。

 

 衛宮くんは自分にそう言い聞かせ、足に刺さった刃を抜いた。

 相当痛くなるのを覚悟していたのだが、柄の部分を握ると刃が空気のように溶けて消えたお陰で、引き抜く痛さに耐える必要はなかった。

 痛いのは痛い、激痛だけど。

 

「ぐ、くう!」

 

 そうしてなんとか立ち上がる。

 自由自在に飛び跳ねたりはできないが座っているよりは動ける範囲も大きいだろうから。

 そして言峰を睨む。

 

 くるか!?

 

 と、身構える衛宮くんだが、予想と違い言峰は攻勢に出なかった。

 衛宮くんと対峙しながらも、意識を若干イリヤの方に向けている?

 否、違う。

 言峰の視線は桜ちゃんに向いていた。

 

「むう……あの娘……桜と言ったのか? まさか……間桐桜? いや、ありえん。年齢が合わん」

 

 そしてそんなことを言っている。

 正直、戦うぞ! という気持ちにこそなっていても、元々好戦的でない衛宮くんだ。

 時間稼ぎにでもなればと、言峰の疑問に答えてやる。

 

「あぁ、あの子は間桐桜だよ。遠坂が間桐の家に行った時に……ただ……ちょっと子供になっちまったんだ。色々あってな」

 

 でも、間桐家で見たものの内容、特に桜ちゃんに関することはあんまり他人に話していいものではない、そう思えば、詳しく言えるわけでもなく大雑把に言うしかないのだが。

 

 それでも「子供になった」なんて摩訶不思議な出来事があれば、そっちに興味を持たせ会話を長引かせることができるかも? と衛宮くんは期待していた。

 しかし言峰の食いつくポイントはズレていた。

 

「なんと……間桐桜! 本当に間桐桜とはな! ふっ! ふはははは! それに凛! 凛が間桐の家に赴いたか! そうかそうか! 聖杯戦争であり間桐が敵であればそうなるのも必定! ふはははははは!」

 

 凛ちゃんが間桐家にいった、その事実に食らいつく言峰。

 さらに謎の大爆笑である。

 今の会話のどこに笑いどころがあったのかわからない衛宮くん。

 ただただ、こいつは異常者だから、ということで納得すべきなのかとも思うのだが……

 

「くっくっく、これはこれは。時臣師の慧眼を褒めるべきか? まさか本当に姉妹同士が相争い合うことになるとは! はっはっは! なんという運命か! 間桐雁夜め、奴は死ぬのが10年早かったな。是非とも凛と間桐桜が争う現場を奴の目に焼き付けてやりたかったものだ」

 

 言峰は無意味に笑っていたわけでもなく、彼の知る情報の統合された結果が笑いに繋がっているらしかった。

 

「な、なんだよこいつ」

 

 それはまさしく、この状況であれば誰でも出そうな疑問。

 刃物持ったキチガイが会話の途中で笑い出す、そのくらいなら有り得ることだが、信じられないことに言峰はただのキチガイではなく冷静に狂った理性ある狂人なのだ。

 彼の行いには、他人には納得できなくとも彼なりの理屈があるのだろう。

 

 そして、まともに動く頭と心があるということは、自分の愉しみを他者と共有したいという欲求があるのも当然と言えるのかもしれない。

 言峰は衛宮くんが思わず出した疑問に答える。

 

「ふっふ。私が何を笑うか不思議か、衛宮士郎よ。なぁに、そう複雑怪奇な理由があるのではない。ただ人に宿命というものがあるというのなら、これは中々よくできたものだと感心したのだよ」

「宿命?」

「そう、宿命という言葉が相応しかろう。運命という外的な状況を巻き込んだものではなく、その者が生まれた時から決定づけられた道筋だよ」

 

 笑いの渦は去ったようだが、今もまだ腹の内側に愉悦を抱えているかのように肩を揺らしながら、言峰は語る。

 

「かつて凛の父である時臣師には二人の娘がいた。だが魔術師の家計は一子相伝が基本。家によっては違うのだろうが遠坂はそうだった。出来うることなら素質のある方に家を継がせたいと思うのだろうが、時臣師の子供は二人が二人、ともに稀有な才能の持ち主でな。それでもどちらかに絞ればいいだけだ、後継者という点では困らないが、後継者とならない方の子の扱いに困る。魔術師は本来無駄を省く生き物だ。だから、後継者とならない子にまで魔術の教育を与える、などということは滅多にない。だが、時臣師の子は後継者でなかった方も、魔術社会と切り離してしまうのは勿体無く思える程の才能の持ち主だったそうだ。それを惜しんでいた頃に、間桐の家から養子を求める声がかかったらしくてね。時臣師にとっては渡りに船だ。快諾して、間桐の家に子を養子に出した。その子供の名が……」

 

 桜。

 遠坂桜。後に間桐桜となる娘だ。

 言峰はそう言った。

 これには衛宮くんも驚く。

 そして驚くと同時に納得もする。

 

 そういえば間桐の家での桜ちゃんを見たとき、凛ちゃんの感情の揺れ幅がおかしい事になっていた気がする。

 でも妹があんな目にあっているのを知れば、そりゃあ誰でも怒りに狂うだろう、と。

 

「間桐の魔術を知っているかね? あれは魔術ではなくむしろ間桐臓硯の娯楽というべきか。時臣師がどこまで知っていたのか不明だが、間桐臓硯は間桐桜を魔術師になどするつもりはなく、己の子を産むための都合のいい胎盤に作り変える作業をしていたそうだ。その作業も機械的に行うのではなく、肉体的に犯し精神的に汚し人格を徹底的に歪めて楽しむ間桐臓硯の娯楽も兼ねている。そんな間桐の家には、家を出奔していた息子がいてね。年代で言えば時臣師と同年代の男だ。その彼は実家の魔術をよく知っていたからこそ、他所の人間を巻き込む事に憤りを感じていた……。いや、これはすこし綺麗に言いすぎたな。その人物、間桐雁夜は時臣師の妻であり、凛と桜の母である遠坂葵に懸想していてな。遠坂葵本人が自分の手に入らなくとも彼女の目が多少でも自分に向けば、などという下心も含めて、遠坂……いや、間桐桜を救うために自分を投げ打ったのだ」

 

 そこまで言って、言峰は言葉を一旦切った。

 衛宮くんのコメントでも求めているのかもしれないが……衛宮くんに言うことなどない。

 ただ、間桐臓硯がとんだクソ野郎だったんだな、と再認識できたくらいか。

 ついでに言えば、そんな事を楽しそうに語る言峰もまた、とんだクソ野郎だ。

 

 衛宮くんからのコメントがない事を確認し、何を思うのか知らないが言峰は続けて語る。

 

「さて、私が知る間桐雁夜の無様で滑稽な人生を是非とも語ってやりたいが、まぁ良かろう。私が何を笑っていたのか、だがね。間桐雁夜は間桐桜を救うために、第四次聖杯戦争に参戦し、聖杯を手に入れようと画策していた。聖杯さえ得てしまえば間桐臓硯は間桐桜を虐待する理由がなくなるのだからな。で、聖杯戦争の流れの中で、ついに彼は時臣師と相対する事となる。お互いが顔見知りであり、それなりに相手の事情を知る彼らは戦いの前に語っていたのだよ」

 

雁夜:お前はなぜ自分の娘を間桐の家などに明け渡すことができた!

時臣:魔術師でない君にはわからないことだがそれこそが桜の幸せのためなのだよ。

雁夜:間桐の家に幸せなどない、そもそも間桐と遠坂は聖杯戦争で争い合うことになるのだぞ!

時臣:それこそ素晴らしいではないか。姉妹同士で相争いどちらかが死ぬことになろうと、残った方は聖杯に近づく。ならば争い合うべきだ。より優れた血を後世に残すためにも! それこそが桜と凛の幸せなのだよ!

 

「大体このような会話だったか。お互いなりに譲れぬものがあったのかも知れんが……時臣師はどこまで行っても魔術師であり、間桐雁夜は魔術を憎む人間だ。相容れることはない。そして行われた戦いの結果は……戦いというより一方的な蹂躙か。元より能力的に見て間桐雁夜に勝機はなかったのだから当然の結果だ。しかしこの時の二人の意見のぶつかり合い、それが10年後に正しく形になったのだろう? 実に愉快な話ではないか。間桐雁夜がその命を投げ捨ててまで阻止したかった光景が繰り広げられたのかと思うと……彼の決意、覚悟、人生、それら全てが無駄であったという証明ではないか。是非ともその光景を彼の目に見せつけてやりたいと思っていたというわけだ」

 

 そこまで語った言峰を見て、延命や自己保身のための時間稼ぎであっても、言峰の話を聞いたことを後悔した。

 聞いていてまったくもって気分の良くなる話ではなかったからだ。

 

「はっ、そりゃ残念だったな。見れなくて。でもお前の望んだ光景なんてありはしなかったぞ」

「ほう? どのような手段か知らんが人体を子供に変異させるほどの術が使われる戦いであっても、か?」

「ああ。そもそも遠坂が戦った相手は桜じゃない、間桐臓硯とかいう奴だ。死んだところは目にしてないが、あんな虫けら一匹だと踏みつぶせば子供でも殺せそうだったし、死んでるだろうな」

「なに!? 間桐臓硯が死んだだと!」

「そう、死んだ。多分だけどな。それに遠坂は桜を憎くてあんな姿にしたんじゃない。間桐の家で得た経験なんて無くした方がいい、そう言って武道が子供にしてくれたんだよ!」

 

 正確に言うと子供になったのは偶然の産物なのだが、衛宮くんは言峰が嫌がるだろう、と思った事を言ってやった。

 すると効果が覿面だったのか? 言峰がうろたえている。

 

「馬鹿な……間桐臓硯が……? いや、奴の事などもはや……しかし、しかし……」

 

 あの虫の老人と何やら浅からぬ関係だったのか?

 言峰は時臣の死にだいぶ動揺しているようだった。

 

 大きな隙だ。

 これは……攻撃チャンスか?

 

 衛宮くんはそう考え手のひらの中に宝石を投影しようとするのだがその前に、言峰が動いた。

 

「ぐわあ!?」

 

 衛宮くんの右腕、前腕部に三本。

 言峰の刃が突き刺さって貫通した。

 あまりの激痛に投影していた宝石は消耗されたが、その時の余波で腕に刺さった刃も消えてくれたのは不幸中の幸いか。

 

「私の望む光景でなかったことは残念だが……まぁいい。所詮は些事だ。そうだろう? 衛宮士郎よ。私とお前の求めるものは聖杯であるのだからな。もっとも今や聖杯がアヴェンジャーに汚染されていると知ったお前は聖杯による世界救済より、聖杯の破壊を望むのだろうがな。まさに10年前の焼き写しだ。あの時はくだらん幕引きだったが……衛宮切嗣の代から続く因縁、お前で精算してくれよう」

 

 しかし言峰からはもはや遊びがなくなった。

 それは衛宮くんにとっては不幸中の不幸とも言える。

 

「しっ!」

「ぐうっ!」

 

 言峰は衛宮くんに向かってまっすぐ走り刃の投擲。

 衛宮くんは倒れこむように横方向に飛び退きながらも同時に宝石を投影し、爆発させる。

 度重なるダメージからか、今までの地味な魔力の消耗からか、その威力は凛ちゃんとの戦いの時に比べて小規模なものになっている。

 それでも生身の人間が相手ならば警戒すべき凶器……そのはずだが、言峰は只者ではなかった。

 

 爆発の直撃こそ避けるが、完全に避けることよりも衛宮くんへの接近を優先し、爆発の影響を受けながらも前進しているのだから。

 着ている服は魔術的な強化措置が施されているのだろうが、それもボロボロ。

 むしろ服の体裁を保てているだけでもすごいと見るべきか、そしてその下の言峰の肉体はそれ以上に頑強。

 見事衛宮くんの攻撃を耐え切り、ついに肉薄する。

 

「! やばっ」

「ふんっ!」

 

 限りなく濃い死の気配を察知した衛宮くんは、痛む体に喝を入れ立ち上がり、少しでも言峰から逃げようと動く。

 それに追いついた言峰は一撃を放ち

 

「ぐぶっ!」

 

 衛宮くんをぶっ飛ばした。

 

「むう?」

 

 しかし、それで言峰は止まらない。

 衛宮くんに一撃を食らわしたとき、彼の体の感触におかしなものを感じたのだ。

 疑問を感じたのならその疑問を解き明かすまでは不用意に近づくべきではない。未知に対する警戒心から本能はそう訴える。

 敵は討てるときに討て。仮に相手が人間でなかったとしても、理由もなく一撃を受ける者はいない。ならば相手の体の感触に疑問があろうと、ここは攻撃の手を緩めるべきではない。長年戦い続けそして自身を生かしてきた経験はそう訴える。

 

 言峰はここで本能より経験を優先し、衛宮くんにさらなる一撃を、可能ならば止めを、と迫る。

 

 衛宮くんは腹の内容物を吐瀉物として吐き出すのか、あるいは内蔵を痛め血でも吐き出しそうになっているのか、口を手で押さえている。

 つまり防御に使うべき腕が塞がっているということ。

 

 だから今度は頭部への一撃を食らわせてやった。

 その一撃、常人ならば頭蓋骨が砕け中身が飛び出てスプラッタな事になるであろうほどのもの。

 しかし。

 

「ぐああ!」

 

 衛宮くん、吹っ飛び頭を押さえながらのたうつものの……無事。

 対して言峰。

 

「これは」

 

 攻撃に使った拳の骨が砕けていた。

 

 これは一体どういうことか?

 答えはすぐにわかる。

 衛宮くんは投影した宝石を食い、傷の治癒、肉体強度の強化、などさまざまな事に使っていたのだ。

 

 遠坂の魔術師がいざとなれば宝石を食い自分のバックアップに使うということを、間桐臓硯との戦いで学んでいたからこそ出来た技である。

 

「大したものだ。期待した以上にお前は私を愉しませてくれる」

 

 しかし言峰はひるまない。

 むしろ喜悦を感じている。

 

 衛宮切嗣との戦いは、語らう暇すらない緊張感のある、お互いがお互いを殺すための戦いだった。

 やつの強さは薄く鋭利で、かつ視認性の悪くどこにあるかわからない致死の刃に囲まれた中での戦いのようなものだ。

 それに比べ衛宮士郎。動きは未熟、精神にも隙がうかがえる。だが、殺しきれない。

 この強さ、隙を見せればその瞬間に言峰の命を奪う刃の鋭さこそないが、いくら叩いても壊れない分厚い壁を相手にしているような強さ。

 

 なるほど、これか。

 衛宮切嗣め、己の強さで私を殺しそこねた事をなんとも思わない腑抜けかと思ったが……己に変わる強さでもって、私を殺す手段を構築していたか! そしてその結晶こそがこの小僧だ!

 今は未熟だがもしあと数年経験を積んでいた状態で戦っていれば、私もこうまで攻勢に出れなかったかもしれんな。

 そのことを若干惜しく思いつつも、戦いとはその時のその状況が全てだと知る言峰に油断も手加減もありはしない。

 

 ここでこの小僧を完璧にすり潰して殺す。

 肉体だけでなく精神もまとめて全てを殺し尽くす。

 

 

 言峰はそう決意した。

 

 そのためにはどうするのが良いか?

 答えはすぐに出た。

 

「げほっ! げほっ! おぇぇえっ」

 

 いかに体を強化しようと衝撃は内側に残るのか。

 衛宮士郎は死んでこそいないが今も苦しみ悶えている。

 だが不用意に近づけば何らかの攻撃の術を使うだろうし、拳の間合いに詰め込み一撃を与えてもこちらの肉体を痛める結果に終わるかもしれん。

 だが。

 

「衛宮士郎。お前は子供になってしまった間桐桜を抱き抱え大層に守っていたほどだ。そしてアインツベルンの聖杯の娘とも何やら、自分は死なないなどと約束をしていたな?」

 

 挑発気味に吐きつける。

 砕けていない方の手に三本の刃を握り締めながら。

 

「……っ!? お、お前まさか!?」

「こうすればどうなる?」

 

 言峰の狙い。

 それを察した、察してしまった衛宮くんは言峰を止めようとしたが、間に合わない。

 言峰はスナップを効かせて手を振るだけでいいのだから当然だ。

 

「え?」

 

 そして言峰の振った手から放たれた刃は……イリヤの、そしてそのイリヤが抱えた桜ちゃんの体を貫いていた。

 

「桜っ! イリヤっ!」

 

 予想できていても、あまりの突然の光景。

 衛宮くんは自分の体の傷も無視して、体に三本の刃を生やしたイリヤがゆっくりと倒れいくその場まで走ろうとするが

 

「決定的な隙を見せたな」

 

 それはこの場で見せるべき隙ではなかった。

 衛宮くんの動きを予測して衛宮くんより先に動き出していた言峰は、イリヤと桜ちゃんの元へ衛宮くんが到達するより早く、衛宮くんを間合いに捉えていた。

 そして、一撃。

 

「あっ」

 

 言峰、会心の一撃は素手の一撃でありながらも、隙を見せた衛宮くんの首から上を叩き割るに足る威力であった。

 

 

 

「終わったか」

 

 円蔵山内部の大洞窟、龍洞に静寂が訪れる。

 相変わらず、大聖杯からの負の気配と魔力の奔流こそ滾っているが、生身の耳に音として聞こえるのは、せいぜい言峰の発する呼吸音と、体が動いた時に出る音くらいだろう。

 言峰は親子二代にわたって己の前に現れた敵を倒したことに、少なくない達成感を得た。

 

「いいや、違うな」

 

 だが、すぐに思い直す。

 所詮、今の戦いは過程に過ぎないのだと。

 

 そうだ、これから行うアヴェンジャーの召喚こそが、己の成し遂げるべき目標。

 今の戦いはその障害物の排除でしかない。

 

 アインツベルンの娘は殺してしまったが、元々この娘の生死は問題ではない。

 今頃やつの体内で聖杯が形作られていることだろうから、それを大聖杯の根幹となる場所へ設置しておけばいいはずだ。

 

 間桐桜については……ついでで殺してしまったが、彼女の状況こそを元から知らないのだ。

 10年前にしても、もとより間桐桜に対する興味は薄かった。建前としては時臣師の娘だから、という理由で近況を探ったが、真の理由は間桐雁夜の苦しみを生むための舞台装置としての認識だ。間桐雁夜が死んだあとはそれほど興味をそそられるものでもなかった。

 だからまぁ……どうでもいいか、と考える。

 

 今は、聖杯が大事だ。

 

「此度の聖杯は……」

「ゴバッ! ゴバッ! お前にそんなものに触れる資格はないな!」

 

 イリヤの死体から聖杯をえぐり出す、そう思っていた言峰に、突如として声がかかる。

 

「なにっ!? ッ!?」

 

 振り向くと同時に、腹が爆発したような衝撃を受け吹っ飛ぶ言峰。

 

「戦いになんの関係もないサクラを巻き込もうとしたこと……この程度で報いになるとも思えませんが、私からはこの程度で我慢しておいてあげましょう」

 

 突然の衝撃に吹き飛ばされながらも、ゴロゴロと回転しながら体勢を整えた言峰の目に映ったもの。

 それは二つの人影。

 片方は2メートルをはるかに超える巨人。左肩から生えた突起物や、泣いてるようにも笑っているようにも見える仮面に目が行くが、それ以上に肉体の質感が、生身の人間のそれでないように見える、そんな大男。

 もう片方は、髪の長い絶世の美女。大聖杯の放つ負の魔力に満ちたこの大空洞内部にあって、その女性の周りだけ空気が清浄されるような神聖な気配をまとった女性である。そんな女性が、蹴りを放ったあとの姿勢のポーズをとっていた。

 

「なんだと!?」

 

 驚きに声を上げる言峰。

 それは、突然見知らぬものが現れたことに対する驚きではない。

 それ以上に、突如現れた人物の二人、それがそれぞれ一人ずつ子供を抱えているからだ。

 女性が抱える子供は間桐桜。目を開けていないが、それは死んでいるからではなく、ただ意識がないだけに見える。規則的な呼吸をしているかのように小さく動くからだからそう察することができる。

 そしてもうひとりの巨人。彼が抱えているのはアインツベルンの聖杯。それも、顔色こそ優れないが死んでいないどころか意識を失っていない状態だ。

 

「馬鹿な、確かにその二人は」

「テハハ。ミラージュマンの見せる幻は並の幻ではない。人間程度であれば感触でさえも騙されるほどであろうよ」

 

 驚愕の声を漏らす言峰に、再び後ろから声がかかる。

 どこか陽気な、それでいて鋭さも感じさせる声の主は……なんとも不思議な姿。

 全身が気泡緩衝材……プチプチくんのようなものに包まれた男で、イリヤを抱えている巨人に比べれば小柄に見えるが、それでも190センチある言峰より若干大きく体もたくましい男である。

 

「なん……だと?」

 

 さらなる衝撃。

 その不思議な姿の男の存在以上に、その男に肩を貸されているようにしてなんとか立っているのは、先ほど殺したはずの……

 

「衛宮……士郎、だと?」

 

 ありえない。

 確かに頭を砕いたはずの男が何故生きているのか?

 

 そして言峰は、衛宮くんを殺したはずの、死体があるはずの場所を見たがそこには何もなかった。

 

「ジャババ。ミラージュマンのやつの幻影は私でも解けん! 下等人間ごときが見破れないのは当然のことだ!」

「ギラギラ! 我々の地上粛清を数億年に渡り妨げ続けてきた幻影だからな! それさえなければ下等超人どもの台頭など起こさせなかったものを~」

 

 さらに新しく聞こえた声。

 そちらを向けばそこには岩のようにゴツゴツした体と、巨大な二本の角、そして一つしか目のない巨人と、スマートな全身鎧……に、見える体を持った巨人の姿が。

 

 

 さらに。

 

「罪人よ……差し出すのだ。己の象徴となるきさまの印を」

 

 上方からの声。

 言峰は咄嗟に声の方向に刃を投げつけるが、その刃は難なく掴まれてしまう。

 

「この天秤がお前の罪をさらけ出す」

 

 そして、言峰の上方に浮かぶ男は掴んだ黒鍵の柄を己の手に持っていた天秤の片方の皿にのせ、さらに自分のコスチュームの菱形の部分をもうひとつの皿にのせた。

 

「ギルティ? オア、ノットギルティ?」

 

 ギルティだった。

 

「ニャガニャガ。珍しいこともあるものですね。ジャスティスマンさんの天秤が連続して即結果を出すとは」

「モガッ! モガッ! 違いねぇ!」

「カラカラ……人間が相手だ、当然過ぎる結果とも言えるな」

 

 さらに新たに現れる男たち。

 白い法衣のようなものを纏った男。

 デトロイトか世紀末が似合いそうな髪型とファッションをした筋肉の塊のような男。

 そして漆黒の羽が生えた、どこか鳥類のような佇まいをした男。

 

 それぞれが言峰を囲むように陣取っている。

 

「ぬ、う……! これは一体!?」

 

 いつの間にこれほどの包囲を?

 という意味でもあり、こいつらは一体何ものか?

 という質問の意味も込めた疑問が言峰の口から吐き出される。

 

 それに答えるのは少女の声。

 言峰のよく知っている声だ。

 

「パーフェクトオリジン。私のサーヴァントの……宝具よ」

「凛!?」

 

 そう、この作品の主人公(?)凛ちゃんだっ!

 

「まさか……あんたが私のお父さんを殺した、なんてね。聞かせてもらったわよ、さっきの話は!」

 

 その凛ちゃん、間桐臓硯と対峙した時と同じくらいに怒りを持って言峰を睨む。

 

「なんだと……まさか、衛宮士郎が囮だったというのか!? まさかお前がこのような搦手を使えるとは……いいや、違うな。お前を動かしたものがいるはずだ! そいつは一体!?」

 

 言峰は……これでも凛ちゃんと長い付き合いだ。

 凛ちゃんの性格、行動パターン、望む在り方、概ね理解している。

 しかし言峰の知る凛ちゃんはこのような手段を取れるわけがなかった。

 

 ならば居るはずだ。

 凛を動かした何者かが!

 

 言峰はそう思った。

 

 その疑問に答える男。

 それは。

 

 

 ズシーン!

 

 

 凄まじい落下音が言峰の背後から上がる。

 

「!?」

 

 咄嗟に後ろを向く言峰。

 その視線の先には。

 

「呼んだか?」

 

 ストロング・ザ・武道がいたのだった。




シリアス展開と思った? 残念ギャグ作品でした!

色々と設定おかしくね? という部分もあると思いますが
「都合の悪いことは忘れよ」
と、サンシャインヘッドコーチも仰ってましたので惑わされることなく進めていこうかと思います。
明日は明日の風が吹くのです。

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