ストロング・ザ・Fate "完結"   作:マッキンリー颪

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第13話

 夜の冬木の町を走る少年。

 彼の名は間桐慎二。

 ワカメヘアーを揺らしながら走って走って走りまくる。

 

 何が彼をそこまで走らせるのか?

 答えは恐怖。

 

 遠坂の凛ちゃんに向けられた殺意も大きいが、そのサーヴァントである武道の一喝が特に怖かったのだ。

 だから走って逃げまくる。

 

 目的地は実家。

 そう遠くないのでもうすぐ付くだろう。

 元々、彼はあまり家から離れた場所で行動する気がなかったのだが、それが幸いしたようだ。

 

「ひぃー、ひぃー」

 

 とはいえ、ずっと全速力で走っていたので息も切れる。

 だけど安全地帯と思える場所まで到達する前に立ち止まることなんてできるわけもない。

 そんな彼に、声がかかった。

 

「慎二……慎二よ」

 

 聞き慣れた声で自分の名前を呼ばれ、ワカメ少年はようやくそこで走る足を緩めはじめた。

 

「はっ、はっ、じっ……爺さん?」

 

 走る足を緩めながらも止まることはなく、口から出た声も返事ではなく自分の中での確認のため、程度のものだったのだが、その声に返事がかかる。

 

「うむ、ワシじゃ。まぁお主もそのまま聞くがよい」

 

 周りに人気(ひとけ)なんてなく、ましてやワカメ少年は多少速度が落ちたとは言えそれでも早歩きくらいの速度は出ているのに、まるで声がぶれずに聞こえるのはどういうことか?

 普通なら不思議な現象に驚くのだろうが、その相手は魔術師である間桐臓硯だ。

 ならばそのくらいの不思議は起こって当然と言えるかもしれない。

 だからワカメ少年は声を不思議に思うことをせずにそのまま家へと足を進める。

 

「お主が死なずに済んだのも重畳と言うべきかのう。よくぞ生きていられたものよ」

 

 カカカと笑い混じりにワカメ少年を心配するような祖父の声に、しかし当のワカメ少年は内心で毒づく。

 

 よく言うよ、僕のことなんてどうなってもいいくせに。

 

 何しろ魔術回路の無い彼は、魔術師の家としての観点で見れば真性の「いらない子」なのだから。

 彼の家においては魔術の才能がないというのは、むしろ幸運でもあるのだが、幸か不幸かそれを彼は知らない。

 

 ちなみに彼の祖父である間桐臓硯は基本的に人でなしの下衆なのだけど、それでも臓硯なりに無能な孫のワカメ少年のことを可愛がっていないわけではないのだ。

 まぁ一般的な祖父から孫へ向ける愛情かというと怪しいものだが。

 

 そんな臓硯はさらに続ける。

 

「桜が言うには、もうライダーとのリンクが完全に切れてしもうたとの事……ライダーめ、完全に敗れたようじゃのう」

 

 ライダーが敗北した、という情報を。

 

 さて、ワカメ少年がさっきまでサーヴァントとして使役していたライダー。

 彼女の本来のマスターは、ワカメ少年の妹である桜ちゃんである。

 

 養子でありワカメ少年と違って魔術の素質を持っていた彼女は聖杯戦争のマスターとして、サーヴァントの召喚を強いられたのだが、それでも性格上戦いを渋った。

 そこで、特別な存在である魔術師に憧れるワカメ少年が出しゃばったということだ。

 

 その真のマスターである桜ちゃんはサーヴァントであるライダーとの間に魔術的な繋がりが有ったので、詳細こそ分からないがダメージを受けた、何らかの異常を受けた、などの変化を感じることはできる。

 で、感じ取った変化がリンクの断絶……つまり、サーヴァント・ライダーの消滅を意味する所である。

 

 時間から逆算すると、武道との対戦時間はごく短いうちに殺されたということらしい。

 

「ちきしょう! なんだよあの女! クソの役にも立ちやしないじゃないか!」

 

 いくらなんでも自分を逃がそうとしてくれた相手にかける言葉では無いだろうに、彼は悪態をつきまくる。

 ワカメ少年にとって、自分は何も悪いこともしてないし失敗もしてない、それで負けるのなら他人が原因で有るしかない、という考えなのだろう。

 

「ふむ、ライダーの戦闘力か……まぁたしかに、真の意味での英霊でないメドゥーサではサーヴァントとして召喚されても、力を発揮しきれん部分はあったのかもしれんが……今回は相手が悪かったと言っておいてやるべきじゃろう」

 

 ライダーに対する悪口を並べるワカメ少年をたしなめるような臓硯の声。

 続けて彼は言う。

 

「まぁ良いわい。慎二よ、お主も家に帰ってきたら真っ直ぐに地下に来るのじゃ。お主もワシのかわいい孫じゃ、命を狙ってくるであろう悪漢どもからは匿ってやらんとのう」

「な、なんだよ命を狙ってくるって……」

 

 まさか、逃げたワカメ少年を追いかけてまで殺しに来るというのか。

 ワカメ少年は本気でビビる。

 なんでそこまでされなきゃならないのか、と。

 

 走って逃げてはいたが、若干は「自分が殺されるわけがない」という楽観視もあったというのに。

 

「ククク、何故とはまた不思議なことを言いよるのう。慎二よ、おぬしが遠坂の娘を煽ったのではないか」

「あ、煽る? なんだよそれ」

「魔術と関係のない一般人を襲い、あまつさえそれを遠坂の娘にまで勧めたではないか。昔からあの家系は優雅だなんだとくだらん世間体とやらを気にする家じゃからのう。お主の言いようには、さぞ腹を立てたことであろうよ」

 

 カカカ、と笑いながらいう臓硯の声。

 彼の言うことには。

 

「あの娘の父である時臣であれば、魔術のために一般人が死ぬのを黙認もしよう。神秘の秘匿をするという絶対的な条件の元にな。しかし……どうやらあやつ、娘に我が家の術がどのようなものか伝える前に逝きおったらしい。遠坂の娘、どうやらワシが人食いなのを知らなかったから今まで見過ごしていたようじゃ。カカカカカ! ワシの悪事がバレてしまえばそれを見過ごすようなことはせんであろうのう!」

 

 とのこと。

 ワカメ少年は遠坂の凛ちゃんが魔術師、という話は知っていた。

 しかし、相手が「どういう魔術師か」ということなど知らなかったのだ。

 魔術師というのはみな、祖父ほどじゃないにしても、一般人の愚民を殺すことをなんとも思わない人種と思っていた。

 だけどそうじゃない魔術師もいる?

 遠坂は特にそうだって?

 

 そんな事は予定外だ!

 

 ワカメ少年は思った。

 思ったが、今更失敗がどうにかなるわけでもない。

 自分は言わなくてもいいことを言って、凛ちゃんに怒らせている。

 そして凛ちゃんはあの恐ろしいサーヴァントを従えて自分を殺しに来るかも……そう思うと、さらに恐怖は大きくなる。

 

「ようやくわかったようじゃのう。自分がいかに危険な状態かを。だからこそ……守ってやるから早う帰ってくるがよい」

 

 ワカメ少年は間桐臓硯が嫌いである。

 嫌いであるが……ほかにすがるものがなく、もはやその言葉に従う以外の選択肢がなくなってしまった。

 

 

 

「来たようじゃな」

 

 それから暫くして。

 ワカメ少年もなんとか実家に戻り一息ついた時に、臓硯が言う。

 敵の気配を察知した、と。

 

 魔術師の工房とは本来絶対の砦。

 同格の魔術師同士なら、まず相手の工房に出向いて戦うということはするまい。

 さらに言えば、相手の実力もわからないのに本拠地に突っ込んでくる敵は愚かというのもおこがましい、ただの自殺志願者である。

 

 しかし、今この家に迫る凛ちゃんは、最強の戦力であるサーヴァントを従えている。

 サーヴァントといえども絶対無敵の存在ではない。

 だけどそれでも、現代の魔術師がどうにかできる存在でもない。

 その圧倒的戦力を軸に攻めて来るのであれば、未知の魔術師の工房にカチコミをかけてくるという行い、けして愚かとは言えまい。

 

 むしろ、聖杯戦争中という「戦っているんだから」という大義名分を背負っている今こそ、まさに他家への攻撃をするチャンスと言える。

 もし、そこまで考えてのカチコミであれば……時臣の娘は中々に抜け目のないやつかもしれんのう。

 臓硯はそう考える。

 

 しかし、ワカメ少年のワカメに潜ませていた盗聴専用蟲から聞いた会話、桜ちゃんやワカメ少年から得た日常の性格等を含めて考えれば「他家を滅ぼすチャンスだから」来たのではなく、ただの正義感、あるいは義務感などからの勢い任せによる感情論のカチコミであろう、とも思える。

 

 果たしてどっちになるのか?

 ……どっちの理由で来るのであろうと、ワシのやることに変わりはないがのう。

 

 臓硯はその顔のシワをより深くし、邪悪な笑みを浮かべる。

 その顔には、サーヴァントにカチコミをかけられて命の危険、を感じているような焦燥は見られないのが不思議なことである。

 彼は一体何を考えているのか?

 答えはすぐにわかる。

 

 

 そして。

 どかん! と音を立てて壁に穴があいた。

 かなりの魔術による攻撃のようだ。

 壊れた壁の破片がワカメ少年の頭に直撃して悶絶するほどの破壊力。

 扉があるというのに、あえて壁を壊すというのはもはや言葉にするまでもないほどの宣戦布告の意が見て取れる。

 

「あがががが」

 

 ジタバタと悶絶するワカメ少年には目もくれず、間桐臓硯は壁に空いた穴、その先を見据える。

 そこにいるのは、手を前にかざしている凛ちゃん。そしてその背後に3メートル級の巨人。さらに銀髪の少女はアインツベルンのホムンクルス、小聖杯。あとは赤髪の少年は衛宮切嗣の息子か。

 結界で感知した気配は、サーヴァントが1騎、そして人間が4人のはずだったが……ホムンクルスを含めても3人なのを疑問に思うが、そういえば慎二の奴が町の人間を襲い気絶させていたのが慎二と遠坂の娘との諍いの切欠であったか、と思えば、おそらく公園に放置していられないと思い、気絶させたまま連れてきたのだろうと納得する。

 

「これはこれは……随分と無作法な。遠坂の家では扉の開け方すら教えておらんのかのう?」

「外道にかける作法なんて遠坂に存在しないのよ」

 

 静かな、だが確かにある怒りの感情を隠そうともせずに言う凛ちゃん。

 身長が150センチにも届かない上に、猫背気味で杖をつく和服ハゲのしなびた老人である臓硯に対し、物理的に見下すのは仕方ないものの、それ以上に心で見下し侮蔑しきっているのは一目瞭然。

 凛ちゃんから見て後方にいるイリヤの脳内では北斗の拳の例のBGMが鳴りっぱなしなほどだ。凛が指の関節をボキボキ鳴らしてたら面白かったのに、と考えている。

 衛宮くんも凛ちゃんの威圧感にちょっと引き気味だ。武道のほうが怖いので多少は慣れたものだが。

 

 臓硯はそんな彼らを一人一人見やり、最後に再び凛ちゃんに視線を向けくつくつと笑う。

 

「外道ときたか……我ら御三家、たとえ家は違えども「聖杯を求める」という同じ目的を持った同士であるというのに……時が経てば人の情というのはやすやすと崩れ去るものよのう」

 

 言葉は嘆き、しかし態度は愉悦を隠さない。

 臓硯は凛ちゃんを煽っているのだ。

 

「人の情……? 人食いをやってる……そのような事を間桐くんが言っていたのだけど、私の聞き間違いだったかしら? それとも間桐くんがあなたを勘違いしていたと?」

「いいや? お主の推察は実に正しい。慎二めの奴の発言からよくぞ真実にたどり着いた。優秀だと褒めておこうではないか。……で、ワシが人食いをやっていたからと言って、それがどうかしたのかのう?」

 

 さすが、数百年を生きた老獪な怪物というべきか。

 臓硯は出会ってほんの数秒で凛ちゃんの性格を見切っていた。

 

 見切ったというのは、別に深い部分を完全に見切っているわけではない。

 表層の印象、何を良く思い何を不快に思うか、それを大雑把に理解した程度ではある。

 だがこの場においては大いに意味のある情報でもある。

 

「どうかしたのか……ですって?」

「うむ。魔術師にとって殺人は禁忌ではあるまい? もっとも、だからと言って慎二のやつのように、降って沸いた力に奢り己の悦楽のために振り回すのであれば、それは魔術の技ではなくただの暴力よ。確かにそういうものは全ての魔術師にとって忌むべきものであろう」

 

 ククク。

 含み笑いをしながら、臓硯は床で尻餅ついてるワカメ少年を見る。

 壁の破片が当たって悶絶していたがある程度持ち直したようだが、臓硯と凛ちゃんの会話を聞いて愕然としているのは、彼なりになにかショックを受けているのだろう。

 

「が、のう。ワシに関しては違うんじゃ……ワシは定期的に人食いをせねばもはや命を永らえることもできんのじゃ」

 

 そして一転。

 臓硯は先程まで愉悦の笑に歪めていた表情を反転させ、今にも泣き出しそうな顔と声音で語る。

 言葉の意味を知らず、臓硯を知らず、場所がここでなければ、見る人誰もが臓硯を気の毒に思いそうな顔で。

 

「ワシとて人を食いたくなどないのじゃよ……しかし間桐の魔術を……そして間桐の家を守るためには仕方がないことなんじゃ……なんとか見逃してもらえんかのう?」

 

 震えながら臓硯が語るのは間桐家の没落の歴史。

 聖杯のためにと乞われ日本にやってきたはいいが家の力が衰え、家族を、家を守るには強い柱がいなければならない。

 しかし衰えつつある間桐の子達にその力はない。

 臓硯が死んだ後には、獣欲を隠そうともしない魔術師どもが挙って手を伸ばし間桐家にある財産、魔術の技術、歴史、それらを奪いに来るのは目に見えている。

 遠坂に助けを求められるか? 出来るわけがない。

 御三家などと呼ばれ表向きは同盟関係であろうと、しょせんは聖杯戦争という逃走相手のライバル。

 間桐家が弱ったとなればいの一番に間桐からすべてを奪いに来る獣、それこそが遠坂なのだ。

 他所からの助けは借りられぬ……なれば、強い間桐の魔術師が必要。

 そして、それが可能なのは間桐臓硯ただ一人。

 

 間桐家は臓硯が死すれば全てが終わる。

 臓硯は自分の命が惜しいから延命したいのではない。

 これから無限に続く間桐家の未来、子々孫々を守るために、目の前のごく少数の命を糧としているだけなのだ。

 

 臓硯は語った。

 涙を流し肩を震わせる臓硯を見て、同情せずにいられる人は果たしているだろうか?

 

「のう、時臣の娘。いいや、遠坂家現当主、遠坂凛よ。間桐の盟友、遠坂家の娘よ。ワシを哀れに思わんか?

 

 臓硯の懇願とも取れる言葉に対する返事やいかに?

 

「思わないわね。死んで滅びなさい」

 

 凛ちゃん容赦せん!

 いや、それも当然の話であろうけど。

 

 凛ちゃんは遠坂の魔術師として、記憶に残る父親をものすごくリスペクトしている。

 すごい理想像を描いている。

 そんな凛ちゃんの脳内の中の時臣は、魔術師としての覚悟を持ちながらも高潔。時に情よりも理を取る事があっても非道に落ちず。

 という正義魔術師と思い込んでいる。

 

 だから、きっと父が臓硯の所業を知っていれば誅殺していたと思い込む。

 ゆえに凛ちゃんの行動に躊躇いはない!

 

 凛ちゃんは手に握った宝石に魔力を込める。

 目の前の害虫を処分するために。

 

「おお怖い怖い。時臣めが見たら今の娘の姿をなんと思うであろうか」

「誇りに思うでしょう」

 

 そのためにも、殺す。

 凛ちゃん必殺の殺意を込めた宝石が今、放たれ……

 

「そうかのう? 時臣めの奴はワシが人食いの魔術師だということなど知っておったのだが?」

 

 瞬間、臓硯の凛ちゃんを揺さぶる言葉が発動する!

 これで根が単純な凛ちゃんは行動が止まること請け合い!

 

 そして大きな隙ができるはずだ。

 臓硯の狙いはそこにある。

 

 

 今の発言を聞けば遠坂の娘は確実に発動しかけた魔術を止めようとするだろう。

 その瞬間、やつの意識はわしから離れ「魔術の停止」に向けられる。

 その隙に、攻撃する。

 

 何も致命の一撃でなくともいい。

 

 臓硯の狙いはサーヴァントなのだから。

 とはいえ直接サーヴァントを倒すのではない。

 ただほんの少し……マスターとサーヴァントの繋がりを断つのが目的だ。

 

 聖杯戦争とはどこまでいってもサーヴァントを中心として行われるものだ。

 サーヴァントさえ押さえればマスターごときは何とでもなるのだ。

 

 普通の魔術師では無理だろう。

 令呪を開発した間桐であっても無理だ。

 だが、ここは間桐の土地であり、全てが間桐臓硯に有利に働く場所である。

 かすり傷というほんの少しのきっかけを起点とし、サーヴァントとマスターを切り離す小細工をするのは間桐臓硯ならば不可能ではない。

 そして、聖杯戦争システムを誤魔化しほんの一瞬、敵サーヴァントのマスターを自分であるとご認識させ、桜がまだ残している令呪を使い敵サーヴァントを自害させる。

 そうすれば……後に残るのは無力な人間のみ。

 

 遠坂の娘、およびアインツベルンのホムンクルスには自分が女として生まれた運命を呪うような目にあわせながら食うのが良いだろうか?

 いやいや、これほどの魔術回路の持ち主。

 ただ一時の食欲の糧としてはもったいないか。

 特にアインツベルンのホムンクルスの心臓は小聖杯でもあるのだ。

 いくらでも利用のしがいがあるだろう……と、短い時間で考えていたのだ……が。

 

 

「消えなさい」

 

 凛ちゃんは止まらなかった。

 凛ちゃん躊躇せず!

 

 そんな確固たる殺意を感じさせる一撃を放っていた。

 

 放たれた強力な魔術は臓硯の肉体を一片残さず吹き飛ばしていた。

 

「ひぃー!?」

 

 これにはワカメ少年も悲鳴を上げる。

 それはそうだ。

 いくら嫌っていても子供の頃からずっと一緒に暮らしていた爺さんが目の前で死ねば……腰を抜かす。

 

 どうあっても死なないと思っていた間桐の支配者、無敵の間桐臓硯がこんなあっさり死ぬなんて……と。

 しかし、殺した凛ちゃんは警戒を一切解いていない。

 鋭い眼光を保ったまま。

 

「仮にも何百年生きてる魔術師……しかも本人の工房。この程度で死ぬ訳ないわよね」

 

 凛ちゃんは確信している。

 殺すつもりに一撃であり、想定通りの破壊力を発揮した一撃だが、殺せてはいないだろう、と。

 

 そしてその予想は正しい。

 

「くく」

「ひどいひどい」

「痛い痛い」

「なんと恐ろしい」

「しかし躊躇せずに撃ったのは評価すべきか」

「だがワシの命には届かぬ」

 

 ぞわり、ぞわりと部屋中……いや、間桐家の何かが蠢く気配を感じる。

 屋敷の中を満たす空気の淀みもより色濃くなったのではないか。

 そしてザワザワと小さな囁きが波のように引いては押し、引いては押し寄せる。

 

 その中で臓硯の声が、あらゆる所から聞こえて来るではないか。

 

「容赦のないことじゃ」

「父親の事で揺さぶれば動揺を誘えると思うたがのう」

「ちなみに云うておくが時臣めがワシの人食いを知っていて放置していた、というのは真実ぞ?」

「きゃつは人間としての善性よりも魔術師としての探求を前に置く男ゆえにな」

「だからこそ遠坂の収める冬木の街でもワシが生きていられたのじゃ」

「つまりワシが今まで食ろうてきた者共は歴代の遠坂からワシへの供物のようなものよ」

 

 ヒソヒソと囁くような声でありながらしっかり聞こえる臓硯の声。

 その内容はまたもや凛ちゃんを煽るものになってゆく。

 

「10年前もそうであった」

「10年前のキャスターは狂っておってのう」

「此度の慎二の行いなどあれに比べればまさに児戯」

「何の非もない幼子を意図的に拐い魔術で延命しいたずらに苦痛を長引かせ拷問し殺す」

「そんな事をしておったが……時臣めはキャスターのその行いそのものは非難しておらなんだよ」

「どころか、キャスターを倒すためにほかの陣営が立ち上がり能力を観察するチャンスとばかりに消極的な干渉をしておった」

「時臣とはそんな男だったのよ」

 

 クツクツ笑う臓硯の声たち。

 発生源は多すぎて特定できない。

 だから凛ちゃんは照準もつけずに魔術をぶっぱなす。

 この状態ならどこに撃ってもまず当たるからだ。

 

 どかどかと派手な爆発音と共に、その音に見劣りしない破壊が巻き起こる。

 

 その度にグチャグチャと潰れる虫けらの姿が見えるのだが……間桐臓硯になんの痛痒も与えられないのか。

 彼の言葉は止まらない。

 

「一事が万事、そんな男であった」

「自分が有利に立ち回る事を優先して街の被害は二の次以下」

「時臣にとって重要なのは……行為の善悪ではなく魔術の秘匿」

「もしキャスターが魔術を隠しているのであれば、時臣はキャスターを倒そうとする流れを作らず、ひたすら他陣営が消耗するのを待っておったであろうな」

「その間の冬木の街の住人の被害は一切考慮せずに」

「……で、そんな男の娘であるお主がワシに正義を語るのかな?」

 

 これだけ言えばこいつも揺らぐ!

 臓硯はそう思ったものだ。

 しかし。

 

「外道が何を言っても聞こえないわ」

 

 凛ちゃんはまったく気にせず魔力のこもった宝石を投げる。

 凛ちゃんの手から放たれる魔術は、それぞれ五つの属性を発動させ様々な行為で、しかし目的は同じ「敵を倒す」という術を発揮する。

 

 年齢を考えれば凄まじい才能っぷりに、多くの魔術師は嫉妬か羨望を覚えそうなその能力。

 しかし臓硯にとってはその程度は驚異とは思わない。

 確かに瞬発力な殺傷力という点では臓硯の及ぶレベルではないかもしれない。

 だがその程度の魔術師は探せばいるのだ。

 

 臓硯が今、ここで驚異に思うのは……凛ちゃんの揺るがない精神力。

 容赦と躊躇のなさである。

 

 対敵の言葉に精神を揺さぶられない精神力……言うは易し行うは難し。

 真っ当な魔術師は特にこれに弱い、というのは臓硯の経験上知っていることである。

 魔術師は家を尊ぶ習性があるのだから、家を貶されれば普通は反応する。

 家でなくてもいい。相手の執着するものを話題に出せば、普通の魔術師は行動にためらいが生まれるものだ。

 だというのに、凛ちゃん全然ためらわないのは恐るべしと言うしかない。

 

 とはいえ、臓硯の手段はそれだけに終わるものではないのだが。

 

「なるほどのう」

「言葉による揺さぶりは無意味か」

「なれば……これでどうかな?」

 

 言葉でだめなら視覚に訴えるまで。

 臓硯の言葉とともにゾワゾワと、臓硯のいる部屋の一部が波打つ。

 ぱっと見壁だと思えたそれは、壁風に擬態した蟲の塊だったのか。

 絡んだ紐が解けるように崩れてゆく。

 そしてその壁の中の物をさらけ出す。

 

「っ!!」

「グロロー」

「……誰かしら?」

 

 壁の中身、それを見て凛ちゃんは瞬間呼吸が止まる。

 武道は平常運転。

 イリヤはわずかばかりの不快感、そして困惑。

 

 そして、衛宮くんは……?

 

「さ、桜?」

 

 驚愕に目を見開き、搾り出すように掠れた声を吐き出した。

 

 そう、蟲の擬態の解けた先、そこにいたのは衛宮くんの後輩であり、凛ちゃんの妹でもあり、間桐家に養子に貰われた……桜ちゃんであった。

 そりゃ居るだろう。

 桜ちゃんは間桐家の人間なのだから。

 衛宮くんの知らないことだが、彼女は養子であって実子ではない、が、この場に居ないわけがないのだ。

 だから、桜ちゃんがここにいることは対して驚くことではない。

 

 じゃあ一体なにゆえ驚いているのか?

 それは桜ちゃんの姿にある。

 

 まず彼女、今は服を着ていない。

 そして、この作品がRー18作品でないために詳しく描写されないのだが、彼女の体には蟲がたくさん引っ付いている。

 どのように、引っ付いているのかはお察しである。18歳以下の子供は知らなくていい事である。

 

 詳しく描写するわけにはいかないのだが、今の桜ちゃんは口に虫をつまらせ言葉を発することができず、その上で全身を拘束され首を振ることもできないような状態、である。

 

 そんな姿を見られることの羞恥心はどれほどか?

 その目からはいく筋も涙がこぼれ落ちているが、その涙を自分の手で拭うことどころか、首を振って振り払うことすらできないのが、今の桜ちゃんなのだ。

 

「貴っ様ぁ……間桐臓硯っ!」

 

 凛ちゃん、この光景にブチ切れる。

 

 仲のよかった姉妹が引き離されはしたが、それでも行った先の家で息災であれば、と願いっていた。

 魔術師としての腕を鍛えられていないのは、魔術師としての目で見れば一目瞭然なので、一般人として危険から遠ざけられていると信じていた。

 たとえ外道の家でも、家族に対する最低限の愛情くらいは持ち合わせていると思っていた。

 

 その他、様々な複雑だが強い感情が全て裏切られたのだから、キレないわけがないのだ。

 

 そしてそれこそが臓硯の狙い!

 今、凛ちゃんは怒りにより魔力が非常に高ぶっている。

 手に取りだした宝石も今までのものよりも強い力を感じる物だ。

 

 おそらく、感情に駆られて強力な一撃を発揮しようというのだろう。

 

 

 その一撃、破壊力はどれほどのものになるか……考えるだに恐ろしい。直撃ならばサーヴァントでさえ退ける威力を発揮するやも知れぬ。

 が、それでいい。

 遠坂の娘の攻撃でワシが死ぬことは()()()()()

 そしてそれ程の一撃を放てば、どれほどの熟練の魔術師であろうと隙はできる。

 もはや熟練度などというものではないのだ。

 人間は全力の一撃を放てば、絶対に隙ができてしまう。

 そういうものなのだ。

 その隙に滑り込ませるようにかすり傷を与え、そこを起点にして……もはや勝利は見えた!

 

 

 と、臓硯は確信した。

 だがそうはならなかった。

 

 凛ちゃんの放つ魔術より早くに、ゴツン、と硬い音が響く。

 

「いだっ!」

「グロロー、落ち着け」

 

 武道が凛ちゃんの頭を殴ったのだ。

 かなり痛そうな音がしたが実際痛いのだろう、凛ちゃん涙目である。

 

 

 これには臓硯、声には出さず心で舌打ちをする。

 ちぃーっ! 余計なことを! と。

 

 今の一瞬、まさに遠坂の娘は隙を見せていたのだ、致命的な隙だったのだ。

 ならばそこを突いて何が悪い。突かれたくなければ家族肉親誰が目の前で陵辱され殺されようと笑っていられる精神力を持つべきだ。

 衛宮の小倅のように呆然とする者などはまさに、殺してくださいといっているのと同じ。

 ならば殺さねば失礼ではないか。

 衛宮の小倅、遠坂の娘、そしてアインツベルンのホムンクルス。

 こやつらはみな、ワシの糧となってワシの玩具になりたいと願い出ているのと同義なのだから、そうなるように仕向けてやっているというのに!

 

 

 凛ちゃんは自覚していないが、武道のお陰で再び精神に隙はなくなった。

 一瞬取り乱していたものの、今は冷静となっている。

 だが怒りがなくなったわけではない。

 冷静に怒り狂っている状態だ。

 

「グロロロー。して凛よ。これからどうするのだ?」

「は。どうするもこうするも……間桐臓硯を殺す。そこに変わりはないわ」

「そうか、ではあの娘はどうするのだ?」

「……保護するわ。少なくとも、間桐家に属していても敵対してはいないのだから」

 

 凛ちゃんは間桐臓硯を殺す、そう決意した。

 過程や方法にこだわりはない。

 ただ滅ぼす。

 

 その上で、遠坂の魔術師として……魔術による被害を受けたものは助ける事ができるのなら助ける。神秘の秘匿の重要性はわかっていても、凛ちゃんにとっては魔術はやはり「手段」であるために「魔術で人を殺す」と「魔術のために人を殺す」は全くの別物だということ。

 魔術師として甘いと言わざるを得ないことかもしれないが、凛ちゃんはその道を選ぶことに躊躇いはない。

 

 臓硯はその会話を聞いていても、恐れはない。

 逆に安心すら覚える。

 ()()()()()()()()()()()()()()()、と。

 

 数百年を生きる妖怪、間桐臓硯にとって自分の身の保身は何よりも重要な事である。

 ゆえに、魔術師社会においてですら自分の身を守るという技術において、間桐臓硯と並び立つものは限りなく少ないと言えるほど。

 だから臓硯は油断していた。

 たとえ強力なサーヴァントであっても自分を完全に滅ぼせるものはそうはいまい、と。

 逆に滅ぼすことができる存在であっても、遠坂の娘の命令に従う限りわしは殺せない、と。

 

 それが彼の致命的な失敗であることに気付かずに。

 

「グロロー。凛よ。方針が決まったのなら戦いは私に任せてもらおうか」

「へ? 武道がやんの? 人間……じゃないけど、サーヴァントでもない魔術師相手に?」

「グロロロー。下等な下衆魔術師など本来は相手にせぬと言いたいところだが……このままでは夜が開けてしまいそうなのでなぁ。私はこの聖杯戦争などというくだらぬ戦いに3日もかけるほどノンビリはしておらんということだ」

「くだらん戦いって……まぁいいわ。どうするつもり?」

「宝具を使ってやろうではないか~」

 

 そういって武道は宝具を使う構えに入る。

 瞬間、凛ちゃんの魔術回路が悲鳴を上げるほど、魔力を武道に吸い取られる。

 それも当然か。実は武道の宝具についても聞いていた凛ちゃんだが、そんな宝具はまともな魔力では実現できそうにない、と思っていたのだから。

 

「くっ!」

「遠坂!?」

 

 膝をつく凛ちゃん。

 しかし武道に手加減躊躇いの感情は見られない。

 凛ちゃん以上に躊躇しない超人だからだ。

 

 宝具を使いたいならせめてマスターに許可を仰ぎなさいよ! と、言ってやりたいが言っても聞くまい。

 

 そんな事はとっくに承知の凛ちゃんは無駄な問答を省き、衛宮くんにただ、命じる。

 

「士郎! 宝石を投影して! それも沢山!」

 

 疑問の余地を挟ませないほど切羽詰まった声。

 聞きたいことは山ほどあれど、今は言うことを聞く時か、と衛宮くんは確信し投影しまくった宝石を凛ちゃんに手渡す。

 彼は原作では武器、特に刀剣の類を投影することに特化した魔術師だったが、それは衛宮切嗣との出会いからセイバーの鞘を渡された事などのたくさんの要素から作られた体である。

 しかし武道の零の悲劇により人生経験の大半がリセットされ、遠坂の魔術師を模倣することに特化した魔術師として成長してしまったがゆえに、魔力のたまった宝石を投影することができるようになってしまったのだ。

 魔術師協会が知ったら何としてでも身柄の確保に走りそうなレア能力である。

 

 その能力を、今の凛ちゃんはこの上なく有効活用する。

 凛ちゃんは宝石のなかに貯められた魔力を使って色々する魔術が得意だが、魔力のこもった宝石を食い自分の魔力に足すことも得意としている。

 だから、衛宮くんの投影した宝石を食べて魔力を次から次へと作り、武道の宝具発動で消耗される魔力の足しとするつもりだ。

 普通の投影魔術で作られた物質は曖昧でふわふわしたものでしかなく、術者の手を離れれば曖昧に解けてしまい消え去るのみなのだが、衛宮くんの投影魔術で作られたものはしっかりとした物質として存在する上に、魔力まで内包しているという理不尽さ。

 だからこそ凛ちゃんの魔力のバックアップにバッチリなのだ。

 そうやって作られた宝石を、ガツガツ食べまくる凛ちゃん。

 

 そしてついに事は成った。

 

「グロロロー……グロゥラァ~……グロアー!」

 

 呪文の詠唱ではなくただの武道の奇声だが、その声に合わせるように凄まじい魔力が展開され、ついに武道の宝具が姿を見せる。

 

 その瞬間、その場にいる誰もが時が止まったかのような錯覚を覚える。

 それ程、圧倒的な光景が目の前に広がっているから。

 

 10条の光の束が走り、その中から神のごとく神聖な超人たちが現れる。

 その数は8。

 

 背の高い低いはあるが、皆が皆、盛り上がった筋肉に包まれた立派な体躯をしている。

 並のサーヴァントだったら悪い事もしてないのに思わず「鍛えてなくてすいません」と謝ってしまいそうな筋肉。

 彼らこそが武道の宝。究極宝具。

 その名も完璧(パーフェクト)始祖(オリジン)

 かつてザ・マンが見出し育てた10人の同士である。

 今は8人だけど。

 

 

「さ、サーヴァントの連続召喚……か。く、くくく……何のことはない、その程度の能力は10年前の聖杯戦争のサーヴァントにもおったわ」

 

 絞り出すような臓硯のセリフ。

 しかし強がりな言葉と裏腹に、その語調には一切の力がない。

 自分を鼓舞しようとして失敗したのが目に見える。

 

「はぁっ、はぁっ、はぁっ……一度発動したら私の方は楽になるのね。まぁ武道が召喚してるんだから当然なのかしら?」

「遠坂、もう宝石はいいのか?」

「ちょっと頂戴。消化できるギリギリまで補充しておきたいし」

「遠坂の魔術師も大変ね」

 

 凄まじい、それこそ武道に引けを取らぬ存在に囲まれたことで凛ちゃんたちはかなり余裕ムードが生まれる。

 この連中の守りを突破して凛ちゃんたちを害せる魔術師はおそらく未来永劫現れまい。

 つまり、今この瞬間において凛ちゃんの周りはこの宇宙において最も安全なポイントの一つと言える。

 しかし。

 

「でも、それでどうやってゾウケンを殺すのかしら? 一匹一匹しらみつぶし?」

 

 と、イリヤ。

 その疑問も当然のもの。

 臓硯との戦いに武道が介入するのは良いとして、小さくて沢山いる臓硯の蟲たちは武道にとって驚異でこそないが、逆に向こうを滅ぼすのはそれはそれで難しそうなのだから。

 

 だがその心配は完璧始祖という存在を知らないからこそ、である。

 彼らに不可能はない。

 

「グロロロー。その心配はない……ガンマン!」

「シャババ! 私ほどの超人を呼び出す場としてこんな場所は相応しくないが……やる事はやってやろう! 真眼(サイクロプス)!」

 

 武道に引けを取らぬ程に巨大な単眼の巨人。

 まるで岩の如きゴツゴツした肌と二本の巨大な角が特徴的な彼が前に出て目を光らせると……間桐臓硯にとって、あってはならぬ事が起こる。

 

「うぎゃー!」

「っ!」

 

 なんとも聞き汚い悲鳴。

 それは先程までの臓硯の声のように「周囲のどこか」から聞こえたのではなく、はっきりと場所が特定できる所から聞こえた。

 そう、桜のいる場所から、だ。

 いや、もっと性格に言うと桜の体内から。

 

 蟲により口を塞がれた桜は声も出せないが、口の端から血が垂れ落ちる。

 そしてその胸からは肉をかき分け、一匹の醜い虫が這いずり出てきたではないか。

 

「ぎ、ぎ、ぎ……い、一体何が……!?」

「ジャババ! 私の真眼はあらゆる嘘を否定する! 偽りの姿で身をまとおうと、たとえどこに隠れようと見つけ出され真実の姿をさらけ出すことになるのだ~!」

「グロロー。そういう事だ」

 

 なるほど、と思う凛ちゃん。

 それと同時に「一人だけ呼べば魔力の消費も少なかったんじゃないの?」と思ってちょっと頭にきたが、それより重要なことがあるので今はそっちが大事だ。

 

「さ、桜が!」

「おい遠坂! ……と、武道! 桜はどうなってるんだよ!?」

「どうやらあの娘……サクラ? の心臓に間桐臓硯の本体が潜んでいたみたいね。間桐臓硯が今まで余裕だったのも頷ける話だわ。凛がサクラを助けたい、と思ってる限りその心臓に住んでる臓硯の安全は保証されたも当然だもの。だけど武道の前には無力だったみたいね。ガンマンの能力があるから。……とはいえ、いくら異物とは言え心臓の一部が外に漏れ出したら……あの子、死ぬんじゃない?」

 

 凛ちゃんと衛宮くんは焦るが、他人のイリヤは冷静に事態の推移を見守れる。

 しかしこれでは凛ちゃん怒りそうだが武道は一体どうするつもりか?

 勝利のために犠牲を生むのが完璧と言えるのか?

 

「グロロー。慌てるでない……まぁ人間のお前たちでは慌てるのも無理はないか。ではまずそちらから処置しようではないか~」

 

 武道は臓硯を殺すつもりだったが、今や力を失い床でビチビチ跳ねながら苦悶の声を絞り出すだけの臓硯など誰でも殺せるので後回しでも問題はない。

 だから武道は桜ちゃんに向けて指をさし、ビババと光線を放つ。

 毎度おなじみ、零の悲劇だ。

 

「武道!?」

「な、なにを!?」

 

 これに驚く凛ちゃんと衛宮くん。

 なっ! 何をするだァーッ! 許さんッ! と。

 

「グロロー。焦るでない。あの娘は元は人間でありながら別のものへと変質されていたのは一目見た時から分かっていたことよ。きさまら魔術師とも違う方向性……あの娘は魔術師ではなく魔術回路として体を作られていたらしい。その上で、心臓を聖杯とされていたようなので、もはや生物的に見て人間と別種になりつつあった。ゆえに私が人間に戻してやろうと言うのではないか~」

 

 意外と見る目のある武道。

 彼はガンマンの真眼を使うまでもなく、桜ちゃんが魔術師ですらないいびつな存在であることに気付いていたのだ。

 

 桜ちゃんの心臓が聖杯? その情報にはさすがのイリヤも驚くが、当然人の驚きの感情なんて気にしないのが超人クオリティ。

 

「ニャガニャガ」

 

 そして、武道の呼び出したオリジン(まだ居た)の一人、白い法衣のようなものに身を包みながらもパンパンに筋肉が詰まった腕や胸板を見れば凄まじく強そうな男が腕をかざすと蟲に囲まれていた桜ちゃんを引き寄せるではないか。

 

「マグネットパワーですよニャガニャガ。閻魔サンはあれで大雑把な所がありますからねぇ。人間に戻してあげるのはいいとしても蟲に囲まれた状態ではかわいそうなので引き寄せてあげたのです。後の介抱はあなた方人間にお任せしますよニャガニャガ」

 

 そうして凛ちゃんたちの手元にやってきた桜ちゃん。

 触ったらバチッと静電気が発生したが時間が経てば収まるらしいと言われればそれを信じるしかあるまい。

 あとはただ、桜ちゃんが人間へと戻るのを待つだけ……なのだが、ここで再び問題発生である。

 

 たしかに武道の零の悲劇により桜ちゃんは人間へと戻った……が、またしても武道はやってしまった。

 

「さ、桜? 桜なの……か?」

「ていうか」

「縮んだわねー」

 

 桜ちゃん、子供になってしまった。

 

「グロロー。またもや力加減を間違えてしまったではないか~」

 

 そしてまったく悪びれない武道であった。


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