Summon Devil   作:ばーれい

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いつもより早い時間に投稿です。


第90話 伏魔

 シルターン自治区へ向けてトレイユを出発したネロ達五人は、実に長閑な道を歩いていた。天気も良く日差しも心地いい今日は、出かけるには絶好の機会だった。

 

「ところで、シルターン自治区ってどんなところなんだ? 行ったことあるんだろう?」

 

 これまでの話を聞く限り、リシェルは目的地であるシルターン自治区に行ったことがあるような話だったため、ネロは尋ねた。

 

「そうねぇ……、簡単に言えばシルターン出身の人たちの集落で、中はシルターンの文化が再現されてるの。今は観光地化されて、帝国でも有数の観光名所なのよ」

 

 どこの世界でも自分達とは違う分化には興味が引かれるもの。シルターン自治区もそうした経緯から観光地化されたのだ。

 

 帝都ウルゴーラ内に設けられた特別地区ということもあり、年中多くの人が訪れる観光地なのである。とはいえ、自治区の名がつく通り中に入るのには旅券が必要なのだが。

 

「本で読んだけど、鬼妖界の食文化って独特なんでしょ? 一度見てみたかったの」

 

 料理人のさがとも言うべきか、やはりフェアは料理が気になるようだ。

 

「種類もすごく豊富なんだよね」

 

「ミルリーフ、全部食べたいっ!」

 

 ルシアンの言葉を聞いたミルリーフは目を輝かせた。普段からフェアの作る料理を食べているだけに、意外と舌は肥えているかもしれない。

 

「確かにおいしいものはいっぱいあるけど、何も考えず食べてると大変なことになるわよ? 特にお腹周りが」

 

「う……」

 

「……?」

 

 リシェルの言葉を聞いたフェアが口ごもる。彼女も年頃だ、やはり体重のことは気になるのだろう。もっともまだ生まれたばかりのミルリーフは、どういうことかまだ分かってないようで、頭に疑問符を浮かべていた。

 

「やれやれ……、この分じゃ観光より食べることがメインになりそうだな」

 

 料理を見たいフェアと食べたいミルリーフ、それにリシェルもルシアンも反対しないところを見ると、ネロがそう思うのも無理はない。もっとも、彼としても食べることがメインになっても不都合は何もなかったが。

 

「ところで姉さん、シルターン自治区なんていつ行ったの?」

 

「ママを迎えに行った時よ。あんたもいたんだけど、まだ小さかったから覚えてなくても仕方ないわね」

 

 記憶を遡っても姉がシルターン自治区に言った記憶などなかったルシアンの言葉にリシェルは答えた。もう十年近く前になるから、弟は物心つく前だったのだろう。

 

「そうなんだ……。全然覚えてないや」

 

「あの頃は大変だったのよ。どこへ行くのにも傭兵を雇うとか軍に護衛を頼むとかしていたんだから」

 

 リシェルがそうした護衛を手配していたわけではないが、父が忙しそうにしていたことは覚えていた。

 

「なんでそんなことまでしてんだ?」

 

「悪魔よ、悪魔。ここしばらくは現れてないけど、昔は大変だったのよ」

 

「ああ、そんな話してたな」

 

 少し前にこの世界にも魔界の悪魔が現れているという話を聞いたことを思い出した。ネロは一般的な人間界の都市と同じくらいの頻度で現れていると思っていたが、ただの移動にも護衛が必要だったのなら、あるいはフォルトゥナと同じくらいかそれ以上の頻度だったのかもしれない。

 

「まあ、トレイユにはほとんど現れてないんだけどね。リシェルだって見たことないでしょ?」

 

「そ、そりゃ、そうだけどさ。でも、聖王国で起きた戦争の時は平原を埋め尽くすくらいの悪魔が現れたっていうし、ゼラムにも炎に包まれたでっかい悪魔が現れたんだから、大変だったのは間違いないわよ!」

 

 どれも派閥の文献で知ったことだが、聖王国はエルバレスタ戦争と呼ばれる一連の戦いで多くの騎士と民の命を失っていた。特にゼラムでは人命もさることながら建造物への被害もひどかったという話だ。

 

 リシェルの父が所属する金の派閥でも何人もの優秀な召喚師は派遣し、その内の何割かを失っているのだ。場合によってはその中に父もいたかもしれないと思うと、とても他人事ではないのだ。

 

「……炎に包まれたデカイ悪魔?」

 

 リシェルの言葉でネロの脳裏に浮かんだのは、フォルトゥナの事件で戦うことになった炎獄の覇者を名乗る大悪魔だった。

 

「どうしたの、パパ?」

 

「あ、いや、たぶんそいつ、俺が仕留め損ねた奴だ」

 

 考え込んでいたところにミルリーフから声をかけられたネロは、思わず考えていたことをそのまま口にしていた。

 

「え? どういうこと?」

 

 ルシアンが疑問を呈した。

 

「面倒だから詳しくは言わねぇが、七、八年前に俺の住んでたところに現れたんだよ。痛手を与えたところで逃げられちまってな」

 

 その時は、ネロも今のようにデビルハンターをしてはおらず、魔剣教団の騎士の一人として教皇を暗殺したダンテのことを追っていたのだ。今にして思えば、あのベリアルが現れたのも教皇の計画の内だったのかもしれない。

 

「その後にゼラムに現れたってことね」

 

「七、八年前っていうと今のあたし達とあまり違わないじゃないの!?」

 

 納得するフェアとは対照的にリシェルは当時にネロの年齢を考えて驚愕していた。実際はリシェル達よりは少し年上くらいだったが、どちらにしても十代の頃から強大な悪魔を返り討ちにできる実力は有していたということだ。

 

「ねぇ、パパ。それじゃあパパが逃がしたのをやっつけたのは誰なの?」

 

「たぶんバージルだろ」

 

 自分との戦いの時、バージルが使った魔具からは紛れもなくベリアルの力を放っていた。彼がそれを持っていると言うことは、十中八九ベリアルをその手で倒したということだ。

 

「どうなってんのよ……、アンタたち親子って」

 

 もうリシェルは驚きを通り越して呆れていた。ネロもバージルも強いと分かってはいたが、何人もの犠牲を出しながらもようやく倒した悪魔の親玉みたいなのを一人で倒せるほど強かったとは想定外だったのだ。

 

「でも、これなら悪魔っていうのが出てきてもパパがいれば安心だね!」

 

「そうね、いざという時は任せるからね」

 

 ミルリーフに続きフェアが言う。こうした白紙委任をすることは色々と背負いこみやすいフェアにとっては珍しいことだ。それだけネロのことを信用しているのかもしれない。

 

「それは分かってるが、ここしばらく出てきてねぇんだろ。そんなに心配することはないさ」

 

「それもそうね。気楽に行きましょ」

 

 軽口にリシェルは笑顔で答えた。

 

 彼女達は気付いていないが、ネロはトレイユを出てからずっと気を抜いてはいなかった。レッドクイーンとブルーローズも持って来ているのがその証だ。口ではいろいろというが、実のところネロは非常に真面目なのである。

 

 そしてそれがデビルハンターとして人気な理由でもあった。

 

 

 

 

 

 ネロ達が話していた通り、ここ数年、リィンバウムで悪魔が出現したという話はめっきり聞かなくなっていた。当然、それによる犠牲者がいなくなるということであるため、多くの者がそれを好意的に捉えていた。

 

 だが、悪魔による被害は決してなくなってはいなかった。むしろ、ただ現れて暴れるだけから、より手法が巧妙になっていたのだ。

 

「……同様の事例はこれまでの何件か、報告されています」

 

「ああ、そういう話なら俺様もいくつか聞いたことあるぜ」

 

 ラウスブルグの大広間近くの一室でバージルは机で向かい合ったネスティとレナードと話していた。内容は悪魔による被害についてだった。

 

 ここ数年の間、従来のような悪魔が突如として現れるというパターンはめっきり確認されなくなっていた。しかし、その代わりに目立つようになってきたのは、人に憑りついた悪魔による被害である。

 

 人に憑りつく悪魔は、砂などを依り代に現れる悪魔より少数で、一度に現れる数も少ない傾向にある。特にその中のある程度人を擬態できる悪魔の厄介さは他の悪魔とは比較にならない。

 

 友人や家族だと思っていた者が悪魔に憑りつかれており、周囲に誰もいないような状況で襲われると、悪魔の仕業かどうかすら分からないのだ。

 

 そんな悪魔によるが問題になっているのがリィンバウムの現状だった。それはネスティが持ってきた資料からも明らかで、レナードの経験とも合致していた。

 

 これまでのように悪魔が現れることがなくなったことや、その背後に強大な悪魔の存在が見え隠れすることも考えれば、恐らくこうした人に憑りつく悪魔も元は以前からこの世界に潜んでいたものと考えられる。今になって発覚してきているだけで、昨今新たに魔界から現れたわけではないのだ。それはつまり、少しずつでも対処していけばいずれは根絶できることを意味しているのだ。

 

「所詮は下級悪魔だ。少し監視していればすぐに尻尾を出す」

 

「なるほど。憑りつかれた人間と全く同じってわけじゃないわけだ」

 

 だがバージルはそうしたことは説明せず、あくまで対処法のみを伝えることにしたようだ。それでもレナードは納得したように頷いた。

 

 そもそもレナードがこの場にいるのは、バージルが人間界に行くのに同行するためだ。彼とバージルはほとんど面識がないのだが、アティとトリスを通じて話がつけられ、同行することになったのだ。

 

 同様にネスティは、ほとんど面識がないレナードを一人で行かせるわけにはいかないため、トリスと一緒にここまで送ってきたのだ。さらにちょっとした任務も頼まれていたが。

 

 もっとも、相方のトリスは小難しい話をネスティに任せ、アティと共にどこかに行ってしまったが。

 

「監視か……、手間がかかりそうだな」

 

 そしてネスティらが頼まれた任務というのが、この人の生活の中に入り込んで人を襲う悪魔についてバージルから意見を聞いて来い、というものだった。たまたまバージルのところに行くという理由で頼まれたお遣いのようなものだ。

 

 とはいえ、これはネスティやトリスにとって先輩にあたるギブソンとミモザが派閥を通して頼んだものだ。

 

 二人の先輩は蒼の派閥からの出向として聖王国の政に携わっており、こうした悪魔への対処に苦慮しているのだという。だが、どこの誰とも分からぬバージルに聖王国として正式に助言を依頼することはできない。だから派閥から助言を得るという体にしたのだ。これなら派閥がどこから情報を得ようとも、聖王国は無関係を通せるのだ。もちろんその時点で、内々にはバージルからの情報を得るということは決まっていた。

 

 そうした事情を知っているからネスティもトリスもこの任務を無碍にはできないのである。

 

「あとは、武器でも突き付けてみることだな。すぐに正体を見せるだろう」

 

 下級悪魔にブラフを見破るような真似はできない。だから武器を突き付ければ正体を見破られたと勝手に解釈して襲いかかってくるという寸法だ。

 

「なるほど……」

 

 手早くバージルの言葉を書き留める。バージルの示したやり方は多少乱暴のような気もするが、向こうから正体を現すことを考えれば非常に効果的だ。そのまま採用するのは難しくとも参考にはなるだろう。

 

「それにしてもネスティよ。お前さん、そんなにメモする人だったか?」

 

 人間界では刑事という職についていたため、普段から人の行動についつい目がいってしまうレナードが、見慣れぬことをするネスティに尋ねた。常の彼は記憶力も優秀でメモなど取る必要はなかったのである。

 

「ああ、これですか。報告書をトリスに書かせるための資料にしてあげるんですよ」

 

 ネスティはやけに迫力のある笑顔で答えた。

 

 この任務を受けると判断したのはトリスだ。だからその報告書を作成するのも彼女なのが道理だ。それなのにトリスは肝心要であるバージルとの話し合いの場にいないのである。それがネスティの怒りを助長させているようだ。それでもメモをとってやるところ見ると意外と彼も甘いのかもしれない。

 

「そ、そうか……。しかし、悪魔とかいう奴ら、俺様の世界ではどうしてたのかねぇ」

 

 ネスティの返答に困ったような顔を浮かべたレナードは、ふと思いついた言葉を呟いた。彼は故郷で悪魔という存在を見たことはなかったし、マスメディアでも聞いたことはない。悪魔という存在はどこかオカルトめいた非現実的なものだったのだ。

 

 しかし、同じ世界出身のバージルの話を聞く限り、リィンバウムと同じように悪魔が現れていたのは間違いない。それをどのように対処していたか、気になったのだ。

 

「デビルハンターという職業がある。そいつらが仕事として請け負っている」

 

 バージルがネスティから渡された資料から目を離さぬまま答えた。

 

 人間界では遥か昔、それこそ二千年の昔から悪魔の脅威に晒されており、その対抗手段も研究されてきた。そうした研究の成果を受け継ぎ、現在ではおとぎ話の中で語られるような存在になった悪魔を狩っているのがデビルハンターなのである。

 

「なるほどね。自分の生まれた世界でも知らないことは山ほどあるんだな」

 

 レナードは煙草を吸いながら呟いた。視線は吐き出した煙に向かっており、それを通じて生まれ故郷を見ているようだ。

 

「ちなみに、彼らはどういったもので悪魔と戦っているんです?」

 

 こことは違う世界でどのように悪魔と戦っているのかを知ることは大いに意味がある。そう考えたネスティが尋ねるが、バージルの答えはあっさりとしたものだった。

 

「知らん。そんなものに興味はない」

 

 バージルには強靭な肉体とそれに相応しい強大な魔力、そして父から受け継いだ閻魔刀がある。人間が悪魔と戦うための力など必要なかったのだ。

 

「有名どころじゃあ、十字架に聖水、それに銀の弾丸ってところか」

 

「銀の弾丸はわかりますけど、他のはどういうものです?」

 

 言葉から銀でできた銃弾ということは分かるが、他の二つはネスティには知らない言葉だった。それに対しレナードが説明しようとした時、バージルが口を開いた。

 

「他はともかく銀は有効だ。もちろん全ての悪魔にではないが」

 

 視線は相変わらず手元の書類に落ちたままだ。それでも真面目に答えるあたり、対価の分は情報をくれてやろうという意思の表れかもしれない。

 

 ただ、より正確に言えば聖水も悪魔に対しては有効ではある。しかし、悪魔を祓うほどの祈りの力が込められた聖水を生み出すのは容易ではない。聖水という言葉すらないリィンバウムでそれを生み出そうするのは現実的でなかった。

 

「銀? 銀が悪魔に対して有効だとでも……?」

 

 ネスティが驚いて声を上げる。銀はリィンバウムでも使われている金属であり、ある程度加工技術も発達していた。さらに数は多くはないが、銀を使用した武器も造られているのだ。

 

「下級悪魔程度ならな」

 

 悪魔は銀の持つ清純さを嫌う。もちろんある程度力を持つとそれも通用しなくなるが、今リィンバウムに現れているような悪魔に対しては十分効果的だ。

 

「伝説みたいな話もあながち間違っちゃいないわけか」

 

「しかし……銀か……」

 

 レナードが頷く横でネスティは顔を顰めた。銀が悪魔に対して効果的な武器となるという事実は喜ぶべきことだが、それを実用化するのは生半可なことではないことくらいネスティにも理解できた。

 

 一番の問題は銀の価格である。人間界と同じく銀は希少な金属、それを用いた武器を大量に作るとなれば莫大な金がかかることは想像に難くない。できて銀を使用した矢じりを作ることくらいだ。これなら使用する銀は少量で足りるし、それに比例して必要な金も下がるだろう。

 

「後は貴様らがどうするか考えろ」

 

 そうした問題点はバージルも考えないではなかったが、それ以上関わる気も義理もないため突き放した。

 

「もちろん、そのつもりです」

 

 そう答えて、ネスティは自らの座る椅子の脇においていた荷物から、紙に包まれた硬貨の束をバージルの目の前に置いた。それが彼に対する今回の情報提供に対する対価だった。

 

「額はこれまでと変わらず、とのことでした」

 

「ああ」

 

 実のところバージルがこうしたことをするのは初めてではない。これまでも蒼の派閥には何度か情報を与えていたのだ。もっとも今日のように派閥の者が来るのは稀で、大抵の場合パッフェルが来ていたが。

 

「それと別で依頼されていた件ですが、もう少し時間が欲しいと……」

 

 バージルの視線がネスティを捉える。蒼の派閥にはアティを通して至竜と古き妖精と誓約したサモナイト石を提供するように依頼していたのだが、やはり人間界ほど通信手段が発達していないリィンバウムでは探すのにも時間がかかるのだろう。

 

「それについてはもう必要ない。あいつにもそう言っておけ」

 

 だがバージルは蒼の派閥を待つつもりはなかった。自身でも城を動かすことは可能であり、その上エニシアもそれが可能であることが分かったため、もはや時間をかけてまで古き妖精を手に入れる必要はかったのである。

 

 今後はレナードの他に同行予定のハヤト達が合流次第、ネロ達を連れて速やかに出発する腹積もりであった。

 

「はぁ……、そういうことなら」

 

 頼んだのはそちらだろうに、なぜこうもあっさり取り消すのか疑問に思いながらも、余計なことに首を突っ込む気はなかったネスティは首肯するだけに留めた。

 

 それと同時に部屋のドアが開かれた。入ってきたのはトリスとアティだった。アティはトレイに人数分のお茶を乗せており、トリスはクッキーの入った皿を持ちながら、あげくそれを齧っていた。そして気楽な声で尋ねてきた。

 

「そろそろ話終わった?」

 

「……何をやっていたんだ君は?」

 

 努めて冷静にネスティは尋ねる。もっとも彼が怒りを抑えているだけなのはトリス以外の三人にはよく分かっているようだ。

 

「何って、先生にお城の中を案内してもらってたんだよ。すっごいよ、ここ! 綺麗だし部屋、も……」

 

 そこまで言ってトリスは気付いた。ネスティが怒りを抑えていることに。こうなってしまってはもはや手遅れのような気がしたが、それでもトリスは話を逸らそうと口を開いた。

 

「えっと……、クッキー、食べる?」

 

「なるほど、この中を案内してもらったうえ、クッキーを食べる余裕もあるのか。この分じゃ報告書を書く時も、僕のメモはなくてもよさそうだな」

 

 トリスの言葉が引き金になったのか、ネスティがまくし立てる。自分が真面目にバージルと話をしていたというのに、トリスはへらへらと過ごしていたのだ。ネスティでなくとも面白いわけがない。

 

「うぅっ、ごめんなさい……、それだけは勘弁して……」

 

 元々トリスは書類作成のようなデスクワークは苦手である。それでもこれまでなんとかやってこられたのは兄弟子のサポートがあったからだ。それがなくなるのということがどれほど致命的なことか理解しているトリスは無条件降伏するしかなかった。

 

「まあまあ、二人とも落ち着いて。まずはお茶にしましょう」

 

 そう言って器用に片手でトレイを持つと、トリスの背中を押して椅子に座るよう促した。そしてそれぞれの目の前に持ってきたお茶を置くと、トリスは持っていたクッキーの入った皿をテーブルの中央に置いた。どうやら二人は城の中を見終わった後にお茶の準備をしていたようだ。

 

「今ポムニットちゃんがお部屋の準備をしていますからもう少し待ってくださいね」

 

 部屋自体の掃除はしてあったのだが、実際に使うとなるとやはりもう少し念入りな掃除と寝具の準備等が必要で、ポムニットはそれを行っているのだ。

 

「いや済まねぇな、急に押しかけちまってよ」

 

 バージルの隣に腰を下ろしたアティの言葉にレナードは頭を掻きながら答えた。一応、事前に連絡はしておいたのだが、それはあくまでこのあたりにつくと言う大雑把な内容だ。急に来たことは否めない。

 

「いえいえ、こちらが申し出たんですから。……ところでトリスちゃん達も今日は泊まっていきますよね?」

 

 レナードは今日からラウスブルグへ滞在することは決まっているが、アティとしては今の時刻から考えて、二人もここに泊まった方がいいと思っているようだ。

 

「いや、さすがにそれは……」

 

「えー!? 何でよネス。泊まって行こうよー」

 

 さすがに今日いきなり来て、さらに宿まで世話になるわけには行かないと、ネスティは固辞しようとしてが、トリスは城の中を見た時から泊まる気でいたようで、兄弟子の言葉にぶうぶう文句を言っていた。

 

 そこに助け舟を出したのはアティだった。

 

「実はですね、もうポムニットちゃんにはお二人の部屋の準備はしてもらっているんです。だから、ね?」

 

「わかりました。そう言うことでしたらお世話になります」

 

 さすがにそこまで準備してもらっていて断るのは逆に失礼だと思ったのか、ネスティは先の言葉を撤回すると、トリスは感謝の声を上げた。

 

「先生、ありがとー!」

 

 話がまとまったところで、ドアをノックして現れたのは部屋の準備を整えたポムニットだった。

 

「お待たせしました、部屋の準備が出来ましたよ。早速案内しますね」

 

「おう、頼むわ」

 

 レナードは一息にお茶を飲み干すと持参した荷物を持って立ち上がる。同じようにお茶を飲んで自分の分の荷物を持ったトリスはネスティに急かすように声をかけた。

 

「ほらほら、ネスも早くして!」

 

「急かさないでくれ。もう少しだ」

 

 ネスティはバージルに説明する際に使っていた資料をきちんと並べ直したうえで荷物に収納していた。このあたりの生真面目さはトリスとは正反対だ。

 

 そうしてネスティも荷物をまとめると、三人はポムニットに案内されてそれぞれの部屋に向かった。

 

 残されたバージルはアティと共にお茶を飲んでいる。これは島から出かける時にヤードからもらった茶葉を煎じたもので、バージルも好んで飲んでいるものなのだ。

 

「掃除をしたにしては随分と早かったな」

 

 一息ついたバージルが言った。一部屋二部屋ならともかく、三人分の部屋を掃除して宿泊できる状態にしてはやけに早かったように感じたのだ。

 

「まあ、ポムニットちゃんは手際がいいし、それに二部屋だけですからね」

 

「……二部屋?」

 

 今日来たのは三人だ。二部屋だけ準備したのでは足りない。

 

「ええ。レナードさんの部屋とトリスちゃんとネスティ君の部屋で二つです」

 

「……そうか」

 

 トリスとネスティが()()()()仲だということは薄々気付いていたが、果たして同室で寝泊まりするほどの間柄かはわからなかった。アティは自分達のような関係だからと気を回したのだろう。

 

 もっとも二人とももう二十歳を超えているだろうし、そのあたりをわざわざ気にしてやる必要はないが。

 

 しかしこの後、用意された部屋が同室だったと聞いてトリスとネスティが顔を赤くしたのは完全な余談である。

 

 ちなみに二人は最終的には同室に泊まったようだった。

 

 

 

 

 

 

 

 




サブイベントと言いつつ、結構重要な話になりそうな予感です。

次回は9月30日(日)に投稿予定です。

ご意見ご感想お待ちしてます。

ありがとうございました。

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