ミントの畑で見つけた光を追って行ったところ、その光はやはり探していたマルルゥという花の妖精だったようだ。
「みなさん、ごめんなさい」
マルルゥは仲間に心配をかけたばかりか、見ず知らずの人にまで捜索に協力してもらっていたため、クノンや彼女の仲間だけでなくネロ達にも頭を下げて謝っている。
「まったく、心配かけさせやがってよ」
クノンの仲間だという彼の名はスバル。一見すると普通の黒髪の青年のような姿をしているが、前頭部に短い二本の角が生えている鬼妖界シルターンの鬼人という種族だ。
「まあまあ。……とにかく、見つかってよかったよ」
そんなスバルを宥めているのはパナシェ、スバルと同じくクノンの仲間である。彼は幻獣界メイトルパに住む亜人の一種で、バウナス族と呼ばれる種族だ。全身を覆う白い毛並みと犬に極めて近い顔から、スバルとは違い遠目でも人間とは異なる存在であることがわかる。
「みなさん、ありがとうございました」
「ああ、わざわざ悪かったな。何も礼が出来なくてよ」
クノンとスバルが言う。もちろんネロ達は謝礼が目当てで協力したわけではないので、そんなことは全く気にしていなかった。
「もう行ってしまうんですの?」
この世界で自分たち以外の召喚獣と話をする機会など多くはない。ネロより早く二人と会っていたリビエルだが、彼女としてはもっと彼らの話が聞きたかったみたいだ。
「うん。できればもっとお話ししたかったんだけど、今日泊まるところを探さなきゃいけないから」
「見て分かる通り、俺達人間じゃないからさ。普通の店は使えないんだよ」
「……まあ、そうだろうな」
ネロもこの世界に来たばかりの時、右腕を衆目に曝していたせいでそうした対応にあったことがある。そのせいでひと悶着にまで発展したため、苦い思い出として記憶に残っているのだ。
「ねえ、パパ……」
ミルリーフがネロにお願いするような目で声をかけてきた。彼らを忘れじの面影亭に泊められないか、と尋ねていることはすぐに分かった。
「あー、分かったよ。言ってみる」
今から探しても野宿になる可能性は高い。彼らの装備を見る限りそうした経験もありそうだが、自分と同じ体験をした彼らを放っておくのは、さすがに悪い気がしたのだ。
「お、なんだ? 泊まるところでも紹介してくれるのか?」
スバルが期待のまなざしでネロを見る。これまで宿探しに随分と苦労してきた様子が見て取れる。
「まあ、一応な。金はあるんだろ?」
フェアは召喚獣だから泊めるのを躊躇う人物でないことは聞くまでもなく分かっている。かといって、金を払わず置いてもらってる身で、タダで泊めてやってくれとは言えないのだ。
「もちろん。ちゃんと持ってるから」
「わかった。話はする」
パナシェが頷くのを見たネロがフェアに聞くことを決めた。
「もし難しそうだったら、家に泊まってもいいからね」
金を持っているのなら、普通の客としては泊まることができるはずだ。それでも無理ならミントの言葉に甘えるしかないだろう。
「期待していますわよ」
「……ああ」
リビエルからもそんな言葉が飛んできて思ったが、別にこの役目は彼女がやってもよかったのではないかと思った。ネロがその役目を受けたのはただミルリーフから頼まれたからであり、同じくフェアに世話になっているリビエルが言えない道理はないのだ。
だが、時すでに遅し。話をすると言ってしまった以上、今更リビエルに任せることはできなそうだった。
「あ、そうだ。後でいいんだけどよ。ちょっと場所を教えて欲しい店があるんだ」
そう言ったスバルが雑誌を取り出した。何の雑誌かはわからなかったが、雑誌に載るくらい有名な店に行っていたいということなのだろう。
「俺が知ってればな」
街中はそれなりに見ているとはいえ、まだ知らない店のほうが多いのだ。スバルの望みに答えられるとは限らない。
「忘れじの面影亭って店だ。なんか、けっこううまい飯を出すみたいでよ。ほらお前みたいな人間がいれば、一緒に入れるだろ」
「え……?」
スバルの言った店の名前に思わずリビエルが目を見開いた。そしてネロは少し自慢げな顔をして告げる。
「今から行くのがその忘れじの面影亭だ」
「でもそこは宿屋じゃないの?」
パナシェが尋ねる。先ほどネロは泊まるところを紹介するという話だったため、てっきり宿屋に案内されると思っていたのだ。
「まあ、宿屋もやってるんだ。……もっともそっちは閑古鳥が鳴いてんだけど」
「……パパ、逆じゃなかったっけ?」
ネロの言い方では料理がメインで宿屋がおまけであるように受け取れる。しかし、ミルリーフの記憶ではあくまで宿屋が主で料理が従だったような気がするのだ。
「あれ? そうだっけか」
ミルリーフにそう言われると、確かにそんな気もしてくる。売り上げに占める割合で言えば間違いなく料理屋の方がメインになるのは間違いないが、元々はどっちをメインとしていたかと言われると、忘れじの面影亭の造りからいって宿屋の方とも考えられる。
「どっちでも構いませんわ。似たようなものですもの」
「そりゃそうか」
リビエルの言葉でネロは納得した。どっちが主であろうと、これから案内する店とスバルが行きたがっていた店は同じなのだ。面倒なことを考えても仕方がない。
「それじゃ、世話になったな」
フェアが聞いたら怒りそうなことを考えながら、ミントに礼を言った。
「ううん、そんなことないよ。また遊びにでも来てね」
そんなミントの言葉を聞いて、ネロはスバル達を先導するため歩き出した。
結果から言えばフェアは、スバル達を受け入れた。それもごくあっさりと。その理由を聞くと「もう何人も泊まってるんだから、いまさら少し増えたくらい全然いいよ」とのことだった。
ちなみに、リビエルから話を受けてマルルゥの捜索に協力していた御使い達は、既に戻っていた。きっとリビエルはあらかじめ時間を決めて協力を求めていたのだろう。
「それにしてもツイてるな、パナシェ! 久しぶりにベッドで寝れる上に、お目当てのものも食えるなんてな!」
「うん、そうだね」
パナシェも嬉しそうに微笑んでいるが、スバルの喜びようは大変なものだった。
「ま、私もこんな風に書かれてるんじゃ、頑張らないわけにはいかないからね」
フェアが嬉しそうに言った。彼女が上機嫌になっている原因はスバルが持ってきた雑誌だった。
帝国で料理店を紹介する本として最も著名なのは「ミュランスの星」という帝都の文化人にも評判の本だが、スバルの持ってきた雑誌はもっと大衆向けのものだった。
それでも小さな宿場町の外れにある忘れじの面影亭が、「新進気鋭の料理人の店」として掲載されたのは確かだ。それだけでもこれまでの苦労が報われたようでフェアには嬉しかったのだ。
「さて! せっかくだし好きなもの作ってあげる、何が食べたい?」
「それならマルルゥ、お鍋がいいですよ」
「鍋?」
思いがけないマルルゥの言葉に、フェアは聞き返した。だが彼女に続いてスバルも賛成の声を上げる。
「お、そりゃいいねぇ」
何がいいのかわからないフェアは首を傾げたままだ。その様子にパナシェが気付いたのか、説明してくれた。
「僕達の島ではね、いいことがあった時はみんなで鍋を囲むのが習慣なんだよ」
「ええ、そうです。誰かが帰ってきた時とか、お祝いの時とかにするんですよ」
その時のことを思い起こしたのか、クノンは柔らかい笑みを浮かべる。これだけ見れば彼女を人間だと疑う者はいるまい。ネロも少し間に機械人形だと聞いていなければ、今も普通の人間だと信じていただろう。
「確かに。同じ食事をとることで連帯感はさらに強くなる。いい習慣だ」
「うむ、じつに素晴らしい」
納得したようにクラウレが大きく頷いた。セイロンもその言い方からする異論はないようだ。
「よし、それじゃ今日は鍋にするね。腕によりをかけて作るから期待してて!」
そう言って、気合を入れながら厨房に入るフェアに、昼の営業の疲れがいまだ取れず机でぐったりとしていたリシェルが呆れたように声をかけた。
「あんたってほんと体力あるわねぇ。こっちはとんでもなく疲れたってのに」
「これでも料理は好きだしね」
忙しい昼時も一人で厨房を回しているためかかる負担は大きいが、それでも苦にならないのは料理が嫌いではないからだった。むしろフェアにとっては無償で手伝ってくれているリシェルとルシアンにはいくら感謝してもしきれないのである。
「でも、最近やけに混むようになった理由が分かったよ。こんな風に紹介されたんじゃ、人も来るよね」
特に最近は昼時となるといつも以上に混んでいる。これまでも満席になることは珍しいことではなかったが、今では昼時だけではあるが行列ができているのだ。これも店が雑誌に紹介された影響だとルシアンは考えているらしい。
「だけど本当に何とかしないとなぁ。今は二人が手伝ってくれるからいいけど、いつまでもそういうわけにはいかないし……」
腕はてきぱきと動かして料理を進めながら、フェアは悩みを口にした。
二人もいつまでも店を手伝っていればいいと言うわけではない。リシェルはいずれ父と同じく召喚師として派閥に属することになるだろうし、召喚術が得意でないルシアンは軍学校に入る可能性が高いのだ。
「でもアルバイトを雇うにしたって人が来てくれるかよね。そもそもこの町ってあんまり人も多くないしさ……」
(店を経営するのって大変なんだな……)
業種こそ違うが、フェアと同じく自らの店を持っているネロはまるで他人事のように聞いている。彼の場合、経営手腕よりもデビルハンターとしての腕が重要視される悪魔退治の店であるため、彼女のように人手不足で悩んだことはないのだ。
「はー、いろいろ悩みがあるんだな……」
「あ、ごめんね。こんな話して」
いくらネロ達が連れてきたとはいえ、客の前でする話ではなかったため、フェアが詫びを入れた。しかしパナシェは首を横に振って言った。
「そんなことないよ。色々な話を聞くだけでも勉強になるからね」
「勉強?」
話が繋がらず、オウム返しに聞き返す。するとパナシェは頷いて答えた。
「うん。僕達の住む島はほとんど人間がいなくてね。だから、どういう風に人間と関わっていくべきか、人間の暮らしを勉強して考えているんだよ」
「まあ今回はクノンの往診の付き添いだけどな」
スバルが付け加える。ただ、付き添いとは言っても何も勉強するなということではない。実際はルートが決められただけで、後はこれまでの旅と同じようなものなのだ。
「ラウスブルグの他にそんなところがあったとは……」
クラウレが驚いたように呟くのをよそにアロエリが尋ねた。
「しかし、なぜそんなことを?」
ラウスブルグに逃げてきた同胞から話を聞いて、人間にあまりいい印象を持っていないアロエリにしてみれば、これまで人間と関わらずにいたのだから、わざわざ自分から関わる必要はないと思っているようだ。
「いつまでも今のままじゃいられないってわかったんだよ。だから若い俺達が旅してるのさ」
当初は無色の派閥の実験場であった島も、スバルが生まれた頃には派閥も去っており、その時は多くの住民がこれまでと変わらぬ暮らしを望んでいたが、その後、無色の派閥の再来、悪魔の出現と大きな変化があったことで、その心境も変わったのである。
だから次の世代を担うスバル達を送り出し、人間との関わり方を模索しているのだ。
「確かにな。今のままでずっとはいることなど難しい」
納得したようにクラウレが口を開いた。彼自身、ギアンがラウスブルグを訪れたことで現状の変化を望んだ身だ。よくわかっている。
「ねえ、よかったら旅の話を聞かせてよ」
「ああ、いいぜ!」
スバル達の旅の話に興味津々のルシアンが尋ねると、スバルは笑顔を見せて嬉々とした様子でこれまでの旅の話を始めた。
「…………」
「…………」
しかし、フェアとミルリーフはクラウレの言葉に思うところがあったようで考え込んでいた。
しばらくして、フェアが作っていた鍋が完成し、テーブルの上に並べられた。
具材は野菜と魚を中心としながらも肉やキノコも入っており、それらが所狭しと並べられた大きな平鍋からは、食欲をそそるおいしそうな匂いと湯気が立ち昇っている。量も十三人分あるため、思わず声を漏らしそうなるほどボリュームがある。
「おいしそうですねぇ」
「ああ、早く食いたいなぁ」
「二人とも、行儀悪いよ」
身を乗り出して鍋を眺めるマルルゥとスバルにパナシェが注意する。そんな三人に苦笑しながらフェアは取り皿を配り、全員に行き渡ったところでみんなこぞって鍋に手を伸ばした。
「ネロ、どうしたの?」
その中で隣に座るネロがじっとその様子を見つめていることに気付いたフェアが声をかけた。
「あー、こういう料理は食べたことなくてな」
フォルトゥナではスープのような、鍋で煮込む料理はあったが、こうしてみんなで分けて食べ合う料理を食べたことはなかった。知識の上では、リィンバウムに来る直前にいた日本という国でそうした料理があったということを知っていたが、食べ方についての知識はなかった。
そのため、周りの取り方を見てから取ればいいと思ってみていた時にフェアに声をかけられたのである。
「もう、しょうがないなぁ。……貸して、よそったげる」
変なところで真面目なんだから、と気を利かせたフェアは半ば強引にネロの取り皿を手に持ち、慣れた手つきで鍋から野菜、魚とバランスよくとっていった。
「はい。今回は色々とったけど本当は自由に食べていいんだよ」
「おう、悪いな」
フェアから差し出された皿を受け取ったネロが礼を言う。その時、一連の流れを見ていたミルリーフが口を尖らせて声を上げた。
「あー、パパばっかりずるーい! ミルリーフのも取って!」
父ばかり母に構ってもらったことが羨ましく感じたミルリーフが皿を出してねだった。フェアは苦笑しながらもそれを受け取った。
「ネロにも次はとってあげないんだから、今回だけだよ」
「うん! ママありがとう!」
満面の笑顔でお礼を言われるとフェアとしても悪い気はしない。かと言っていつまでも甘やかしておくのもミルリーフのためにならないため、次に同じことを言われても断るつもりではいたが。
そしてミルリーフにも取り分けた頃には、皆出汁がしみた具材を食べて、「おいしい」や「うまい」という言葉を口にしていた。そう言ってもらうことは料理人にとって非常に嬉しい言葉なのだ。
そうして、フェアも自分の分を取ろうと皿を持って鍋に目をやった時、対面にいるクノンが一切手を付けていないことに気付いた。
「あれ? クノン食べないの?」
まさか鍋は嫌いだったのかと心配に思い尋ねたフェアに、クノンはあっさりと答えた。
「はい。私に食事をする機能はありませんから」
その言葉にフェアのみならずブロンクス姉弟や御使い達も一体どういうことだ、と頭に疑問を浮かべた。そんな一同を前に、スバルは申し訳なさそうに答えた。
「あー、悪い、言ってなかった。クノンはな
「嘘!? アンタ、機械人形だったの!? 全然気づかなかった……」
ロレイラルの召喚術を使うリシェルは当然、機械人形も
クノンには高度な対話機能が備わっているが、それだけではない人間と同じ「何か」を彼女から感じたからかもしれない。
「教授が連れているのとは大違いですわ……」
ゲックも彼女と同じ機械人形を三体連れている。しかし彼女達は意思疎通こそ問題なくできるものの明らかに機械然としており、人間でないことは一目で分かるのだ。
「あれ? ネロさんは全然驚いてないけど知ってたの?」
大なり小なり皆驚いている中で、ネロだけは黙々と箸を進め、さらに鍋から取り分けていたことに気付いたルシアンが尋ねた。
「ああ、一緒に探している時にな。さすがにその時は驚いたよ」
「驚いたのは私も同じです。まさかあなたがバージル様のご子息だったとは……、今でも驚きです」
「え……? う、嘘だろ……、確かに髪の色とかは似てるけど……」
クノンの言葉を聞いて箸を落とすほど動揺したのはスバルだった。おまけに顔も青くしている。
もっとも、驚いているのは他の者も同じだ。ただし、スバル達はネロがバージルの息子だということに驚いているのに対して、フェア達はスバル達がバージルのことを知っていることに驚いていた。
「お前達もあいつのことを知っているのか?」
スバル達の反応を見たアロエリの質問が飛ぶ。これまでの態度から単純な敵ではないと分かっているが、先代守護竜の意を無視した形でラウスブルグを使おうとするバージルをよく思ってないのは確かだ。
「ま、まあな、あの人も島に住んでてさ。……」
若干、顔を引きつらせながらスバルが言う。何しろ彼はバージルから直に悪魔との戦い方を教わっている。しかしその方法が半端ではなかった。おかげで彼は今でもバージルに頭が上がらない。というか、恐怖すら覚えていそうな有様だった。
おまけに母ミスミがバージルに、旅に出るスバルと会うようなことがあればその都度鍛えてやって欲しい、といらぬお節介を焼いている。幸いこれまでの旅では会うことがなかったが、バージルと知り合いらしいフェア達から自分の居場所がバージルに伝わりでもしたら一大事だ。
最悪、また悪夢のような授業を受けなければならない。スバルはそれを恐れているようだった。
「先生さんと、とーっても仲良しなんですよー!」
ただ、戦々恐々としているのはスバルだけで、マルルゥは嬉しそうにバージルのことを話した。
「……あれ? でも先生と間に子供はいなかったような……」
バージルとアティの仲はパナシェも知っているが、二人の間に子供がいるとは聞いたことはない。
「あ、もしかして先生って、あの赤くて長い髪の人?」
半ば確信したようにフェアが尋ねる。彼女の脳裏にはがバージルの息子だと聞いて、自分達以上に驚いたアティの姿があった。ドラバスの砦跡ではポムニットから先生と呼ばれていたし間違いないだろう。
「ご存じなんですね」
クノンが表情を変えずに言う。しかし、やはりどこか残念そうな声色だった。
「まあ……色々あってな」
セイロンは困ったような顔をする。敵ではないとはいえ御使いはバージルに対して、ラウスブルグの件で複雑な感情を抱いている。だが、それをわざわざバージルと見知った仲であるスバル達に説明するほど良識を欠いてはいなかった。
「しかし、あんたがバージルの……」
スバルがまじまじとネロを見つめる。ネロにとってはまだよくわからない人物であるバージルの息子だから、という理由で好奇の視線に曝されることに辟易としており、嫌そうに腕を振った。
「ったく、どいつもこいつも……。そんなに珍しいかよ」
バージルのことを知っている者はみな同じような視線でネロを見るのだ。一体お前は何して来たんだと実の父親を問い詰めたい気分だった。
「ねぇねぇ、そのバージルってあんた達の島ではどんな感じだったの?」
そんなネロの気持ちなど露知らずリシェルはスバルと同じく好奇心に満ちた瞳で尋ねる。バージル本人もいないし、彼のことを聞き出すには絶好の機会だった。
「知識欲はある方だと思いますが、あまり自分から人とは関わらない人だったかと……」
「あー、確かにそうかもな。俺も家に来るときに見かけるくらいだし」
バージルと知り合いとは言え、クノンもスバルもあまり親しくはなかった。クノンはリペアセンターに来た時に事務的な話をするくらいで、スバルも鍛えてもらったことを除けば、母に会いに来たのを見かけたくらいしか面識がない。
「マルルゥもシマシマさんに会いに来たときくらいしか見たことないですねー」
それはマルルゥも同じだった。バージルと比較的親しいのは彼が島を訪れた頃から付き合いのある護人やミスミ、カイル一家くらいなのだ。その他に関しては顔見知り程度の間柄でしかなかった。
「ふーん、そうなの……」
もっと面白そうな話や意外な話が出て来るのかと期待していたリシェルはがっかりした様子だった。
「あとは……先生やポムニットとは仲いいくらいかな」
アティとは教師生徒、ポムニットとはクラスメイトのような間柄であり、バージルと比べれば接点も多かったため、彼女達を通じてバージルの話を聞く機会は多かったのだ。
もっとも聞かされたバージルの話は、スバルが知るバージルより心なしか甘いくらいのものだったため、それほど記憶に残っていなかった。ただ、二人ともバージルとは仲良くやっているのだけは理解できた程度だった。
「やっぱり家族思いなのね……」
少し前にポムニットと話した時も、バージルに対する絶大な信頼が感じられた。それだけにスバルの言葉には変に納得できたようだ。
「みなさんがどうしてバージルさんのことを知っているのかは聞きませんが、少なくとも悪い人じゃないのは間違いないです」
パナシェの言葉は特定の誰かに向けられたものではなかったが、特に難しい顔をしている御使いの四人には聞いて欲しかった。
「…………」
御使いは四人とも真面目な顔で聞いているが、頷きはしなかった。それでも軽率な行動は慎むくらいの効果は期待していいかもしれない。
せっかくの食事時にする雰囲気ではないと思ったのか、そこにフェアの声が響いた。
「話はこれくらいにしてじゃんじゃん食べてよ! シメも用意してあるんだから!」
「そりゃ楽しみだ」
先ほどまで自分の父の話がされていたにもかかわらず、我関せずと箸を進めていたネロが言う。どうやら彼はこの鍋料理を気に入ったようだ。
スバルも自分が希望した店の料理を味わうために「ほかの話はあとでな!」と食事に集中することを宣言するにあたり、他の者も彼にならうことにした。
そして忘れじの面影亭の食堂には先ほどのような雰囲気とは打って変わり、食事を楽しむ和気あいあいとしたものとなっていった。
今回で終わらせる予定でしたが、想定以上に長くなったので次回に続きます。
9月2日(日)に投稿予定です。
ご意見ご感想、評価等お待ちしてます。
ありがとうございました。