Summon Devil   作:ばーれい

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第81話 古砦の攻防 前編

 ネロやフェア達がクラウレより話を聞かされて三日。トレイユは少しずつ活気が戻りつつあった。もう少し経てば禁止令以前の状態に戻ることになるだろう。

 

 しかし、近く大きな戦いが起きることを知っているフェア達は、やはりいつも通りとはいかない様子であった。

 

 御使い達はグラッドも交えて、周辺の地形情報を集めつつ、ギアンとの戦いを見据えたシミュレーションを繰り返していた。

 

 リシェルやルシアンやミントは一見するといつも通りに見えるが、やはり不安はあるのか、いつもより口数が少なく思えた。フェアは、いつも以上に料理に取り組んでいるようだが、やはりネロの目から見るといつもとは違うように思えるのだ。

 

そしてミルリーフも、これまで以上にネロやフェアにべったりだった。もっとも彼女の場合は、戦いへの不安からではなく自らが至竜となることで今の関係が変わってしまうことの恐れのようだ。最後の遺産がまだギアン達のもとにあるとはいっても、次が決着をつける最後の戦いになる可能性が高い以上、どうしても考えてしまうのだろう。

 

「チッ……」

 

 そんな中、ネロは見るからに不機嫌そうな顔をしながら、忘れじの面影亭の庭にあるベンチに体を投げ出していた。隣にはミルリーフが座り、足をぷらぷら動かしている。

 

 今は店の営業時間であるため、時間潰しも兼ねたネロがここにいることはおかしいことではない。だがネロが不機嫌なのは別に腹が減っているとか、暇を持て余しているとか、そういう理由ではなかった。彼が不機嫌なのはフェア達の態度が原因であった。もちろん、悪いのは彼女達ではなく、そうさせている元凶である。

 

(どいつもこいつも無理しやがって……)

 

 軍人であるグラッドや守護竜を守る役目を負う御使いはともかく、ただの子供に過ぎないフェア達が不安を押し隠し、気丈に振舞うのが見ていられなかったのだ。

 

 これまでもミルリーフを狙う将軍や教授といった面々と戦うことはあったが、それは突発的なものであり、今のように戦いの日が刻一刻と迫ってくるようなものではなかったのである。

 

 これまでにない規模の戦いが目の前に迫っている。それがプレッシャーとなりこれまで戦いとは無縁の日々を送ってきた彼女達を苛んでいるのだ。

 

 こうした重圧はある意味、実際に戦うより辛いものなのかもしれない。戦いが始まってしまえば、それに集中するためにも余計な考えは頭から消えるが、今のような状況では、張り詰めた糸のように常に緊張状態にある。それがもたらす精神的な消耗は、こうしたことには慣れているネロの何倍、何十倍にもなるだろう。

 

(来るならさっさとこいよ。すぐにケリつけてやる)

 

 当然ながら、ネロはそうした状況に不機嫌そうな顔を浮かべるだけではない。その元凶であるギアンに明確な敵意を抱いていた。

 

 ここに至り、ネロはギアンを敵だと認識したのである。

 

「パパ、どうしたの? すごく怖い顔をしてるよ」

 

 そこにミルリーフから声をかけられた。どうやら知らず知らずのうちに、ギアンに対する敵意も顔に出てしまっていたようだ。

 

「ああ、悪かったな」

 

 先ほどのような顔をしていたのは決してミルリーフを怖がらせるのが目的ではない。むしろ元凶を打ち倒しフェア達を不安から解放するためである。なのに、ミルリーフを怖がらせてしまったのでは本末転倒である。

 

 そう思ったネロは、すぐにいつものような不敵な笑みを浮かべると、これまで何度もしているようにミルリーフの頭をくしゃりと撫でて言葉を続ける。

 

「さて、そろそろ店も終わった頃だろうから、昼飯でも食いに行くか」

 

 時計を見たわけではないが、ネロの体内時計や忘れじの面影亭から感じる気配が少なったこともあり、営業が終わったと思ったのだ。残っているのはフェアの他に手伝いに来ているリシェルとルシアンだろう。

 

「うん……」

 

 ミルリーフの返事はいつものような元気いっぱいのものではなかった。やはり今後のことでいろいろと悩むところがあるのだろう。それはネロも分かっていたが、あえて口出しするつもりはなかった。

 

 そうしてミルリーフと共にネロは食堂に顔をだすことにした。

 

「ん? あいつはたしか……」

 

 しかしネロの予想とは異なり、食堂にはまだ客がいた。もっとも、その人物はネロの知る人物でもあり明確に料理を食べに来ただけの客とは断言できなかったが。

 

「やあ、またお邪魔しているよ」

 

 食堂にいたのはセクターだった。この前の約束通りフェアの料理を食べに来たようだ。もっとも営業時間を過ぎてもまだ食べ終わっていないあたり、閉店ギリギリで来たことを伺わせた。

 

「ほらほら、早く二人も座りなさいよ。もうお昼できてるわよ」

 

 両手に料理の載った皿を持ったリシェルに促され、ネロはミルリーフと共にセクターの隣のテーブルに腰を下ろした。するとすぐにリシェルが料理を置いた。もうできているというリシェルの言葉は偽りではなかったようだ。

 

「フェアさん、みんなには言ってきたけど、もう少ししてから食べるから先に食べててくれって……」

 

 そこに今まで姿が見えなかったルシアンが姿を見せた。

 

「そっか。……仕方ない先に食べようか」

 

「何のことだ?」

 

 ルシアンとフェアの会話の意味が分からなかったネロは尋ねた。

 

「ああ、セイロン達のことだよ。お兄ちゃんはいないみたいだけど、今日もいろいろと話し合ってるみたいでさ」

 

「なるほどね。まだやってんのか」

 

 ネロは納得したように頷いた。一応、彼も最初に誘いを受けたのだが、こうした図面上での演習は性に合わないため、断ったという経緯があった。

 

「そういやクラウレの奴は戻って来たのか?」

 

 御使いの話をしていると、毎日こちらの情報を報告するという名目でギアンのもとに戻っているクラウレのことを思い出した。彼はいつも朝早く出て行き、昼前には戻って来るのだが、今日はまだ姿を見ていなかった。

 

「まだ戻ってきてなかったと思うよ」

 

「確かに僕達も見てないしね」

 

 先ほどまでずっと厨房に立ちっぱなしのフェアだが、それでも忘れじの面影亭に入ってきた者を見逃すようなことはないだろう。それに食堂にはリシェルとルシアンもいたのだ。

 

「こりゃ何かあるな……」

 

 隣に座るミルリーフにも聞こえないような声量でネロは呟いた。クラウレがギアンのもとに行ったのは今日で三度目であり、たまたま長引いたとも考えられるが、もともとギアンには時間ないこと、そしてなにより、ネロの勘がただ長引いただけでないことを告げていた。

 

 そしてそれを証明するかのように、クラウレが忘れじの面影亭に戻ってきた。

 

「あ、遅かったね」

 

「……ああ」

 

 フェアの声にクラウレは深刻そうな顔で答える。それだけでネロはどういう状況かわかった。

 

「その様子だと俺達を呼んで来いって言われたか?」

 

「その通りだ。俺が将軍や教授の手勢を見つけたことにして、町外れにある砦の跡地におびき寄せろ、と」

 

 やはりネロの予想は当たっていたようで、クラウレは頷いて戦いの場を口にした。

 

「町外れの砦の跡地って言うとドラバス砦のことよね」

 

「そうだね。もうずいぶん前に放棄されて、今はかなり荒廃してるって聞くけど」

 

 クラウレの言った場所に心当たりのあったリシェルとルシアンが言った。

 

「砦ね……、さすがに逃げるわけにはいかないか」

 

「仮にお前たちが来なかったり、戦いを避けた場合はこの町に攻め込むことも考えているようだ」

 

 ルシアンは荒廃しているというが、砦はもともと敵の攻撃を防ぐための施設であり、敵を迎え撃つ場所としては最適な場所と言える。しかし、そこで戦わなければクラウレの言葉通りトレイユが戦場になってしまう。

 

 地の利を考えれば逆に向こうに攻めさせて、こちらが迎え撃つという選択は有効な手立てだが、仲間たちの性格を考えれば、まずそれはないだろう。それに最後の遺産の件も考慮すると、やはり戦いを避けることはできないだろう。

 

「それで、敵は全員で来るのか?」

 

「レンドラーやゲックにも命令が下されていたから、間違いないだろう。ただ獣の軍団はともかく、獣皇はまだ傷が癒えていないはずだから来ることはないはずだ」

 

 クラウレの言葉が全てその通りだったとして、相手にしなければならないのは三つの軍団全て。どう考えても数的優位が向こうにあることは明らかなのに加え、今回は無色の派閥の召喚師であるギアンまで加わるのだ。

 

 これまでより遥かに困難な戦いになるのは火を見るよりも明らかだ。

 

「……どうやら私がいると邪魔になってしまうね。ちょうど食べ終わったし、失礼するよ」

 

「あ、うん。ごめんねセクター先生。こんなことになって」

 

 そこに場の雰囲気を感じ取ったのか、セクターが声を上げた。フェアとしても、こんな状況になっては引き留めるわけにもいかず、ただ申し訳なさそうに見送るしかなかった。

 

「…………」

 

「どうしたの、パパ?」

 

 忘れじの面影亭を後にするセクターの後ろ姿を難しい顔をしながら見ていたネロにミルリーフが声をかけた。

 

「いや、何でもない。それよりセイロン達を呼んできてくれ。あいつらにも話をしなくちゃな」

 

「うん、わかった」

 

 ミルリーフは頷いてセイロン達のあつまる部屋に走って行った。それを見送ったネロは心中で呟いた。

 

(さすがに今の状況であいつのことまで気にさせてられねぇよな)

 

 ネロが御使い達を呼びに行くのをミルリーフに頼んだのは、セクターを気にしていたことを誤魔化すためだった。彼はセクターに不審の目を向けていたのである。

 

 ネロがセクターに疑惑を抱くようになったきっかけは、数日前にセクターが忘れじの面影亭を訪れた際に、グラッドがレンドラーとゲックの名前を出した瞬間だった。グラッドの発した名前に僅かに反応を示し、さらにその上、一瞬ではあるが剣呑とした空気を見せたのである。

 

 そして今日も今しがたクラウレがレンドラーとゲックの名前を出した時、同じような反応を示したのだ。

 

 おそらくセクターはレンドラーとゲックのどちらかに何らかの因縁があると思われる。だがそれをフェア達に伝えたところで、目の前の戦いを優先させねばならないことに変わりないため、余計な負担をかけないためにも、今は自分自身の胸の内にしまっておくことにしたのだ。

 

「それじゃ、すぐに準備して出かけないと……」

 

「いや、まだ昼食がまだなのだろう。食うものも食わずにいるのでは、本来の力は出せん。出かけるのは食べてからでいい」

 

 若干慌てながらこれからの段取りを口に出すフェアにクラウレは忠告するように言った。フェアにしてみれば、早く行かなければトレイユを攻撃されると聞いて、すぐにでも行かなければならないと思ったようだ。

 

 しかし、たかが一時間程度の遅れでどうこうなるものでもない。クラウレもそのあたりを心得ているからこそ、その言葉を発したのだろう。

 

「だな。いざって時に腹が減って戦えませんでしたじゃ笑えねぇ。まずは食おうぜ」

 

 ネロもクラウレの意見には同意しているようで、フェアに声を掛ける。

 

(手加減はなしだ)

 

 フェアがそれを受けて大人しくテーブルに腰を下ろすのを見ながらネロは呟く。

 

 この戦い、彼は悪魔の腕(デビルブリンガー)も躊躇わず使用する腹積もりだった。誰一人に死なせずにこの戦いを切り抜けるには、出し惜しみしている場合ではない。とはいえ、もちろん相手は悪魔ではないため、これまで通り命を奪わないように注意を払う必要はあるが。

 

 そうしてネロは目の前に置かれた料理を見ながら、これが最後の食事になどさせるつもりはないと、改めて戦意を漲らせた。

 

 

 

 

 

「確認しておくが、殺しはなしってことだよな」

 

「うん。敵も味方も誰もそんなことにはなって欲しくないから」

 

 ネロの確認にフェアは一切の迷いなく即答した。

 

 既に食事を済ませ、仲間達とドラバスの砦跡へ向かっている途中のことだった。

 

「やれやれ、簡単に言ってくれるな。相手は砦に陣取ってるんだぞ」

 

 フェアの答えは半ば予想していたもので特に驚きはなかったため、ネロの言葉には茶化すような色が混じっていた。むしろ彼女がそう答えるのを望んでいた節さえあった。

 

「うぅ、ごめん……」

 

「いいさ、俺も好き好んで殺しはしたくないからな」

 

 そうは言うが、ネロは最悪の場合は相手を殺すことを覚悟していた。フェアはどちらも死なせたくはないようだったが、彼にとって優先すべきは仲間の命だ。仲間と敵の命、どちらかしか選べないようならネロは間違いなく仲間の命を選ぶだろう。

 

「それにしてもドラバス砦か……。予想していたとはいえ、実際にこの人数で攻めるとなるとかなりキツイな」

 

 グラッドも御使い達とのシミュレーションの中で、この砦が使われることは想定していたようだ。

 

 そもそもドラバス砦は谷間の国境地帯に造られた砦で、その周囲は切り立った崖に挟まれており砦を抜けなければ先に進むことはできない狭隘な地形にある。もしかしたら、かつては国境防衛のためだけではなく、関所としての役目も持っていたのかもしれない。

 

 ともかく、現在は帝国軍に放棄され整備もされていないとはいえ、そこを攻めるのは実質的に城攻めに近いものになるだろう。ただでさえ数的に劣勢であるのに、相手の三倍の戦力が必要と言われる攻城戦を強いられるのは最悪と表現してもいいかもしれない。

 

「でも、だいぶ前に放棄されたんだから荒廃してるんだよね」

 

「そりゃまともに使える武器とかはないだろうけど、砦自体はほとんどそのままのはずだぞ」

 

 ルシアンはそう言うが、グラッドは否定的だった。

 

 砦は多少の攻撃にも耐えられるよう造られるのが常だから、たとえ放棄されてから年月がだいぶ経っていたとしても、砦がボロボロというのは考えにくかった。

 

「とはいえ、周囲に兵を伏せられそうな場所がないのは救いだな」

 

「そうですわね。多少時間がかかっても安全を重視して攻めるべきですわ」

 

 ただセイロンの言葉通り、ドラバス砦は周辺の地形上、伏兵を配置できるような場所がなく、奇襲される恐れが低いのである。逆に言えば向こうも正面から攻めるしかないのだ。

 

「となるとあたしの召喚術の出番ね!」

 

 意気揚々とリシェルが声を上げた。彼女の扱う機界ロレイラルの召喚獣は敵を攻撃するだけでなく、砦を破壊する手段としても有効なのだ。

 

「やる気なのはいいけど、無茶はしないでよ」

 

 これまで何度もリシェルの行動に振り回されたフェアが忠告する。彼女は状況を弁えることはできるのだが、少し興奮すると周りが見えなくなってしまうきらいがあるのだ。

 

「分かってるって、大丈夫よ!」

 

「フェアさん、念のため僕も注意しておくから」

 

「お願いね、ルシアン」

 

 ルシアンは普段から稽古しているとは言っても、やはり体力的にも性格的にもどんどん前に出て戦うよりは、後衛で召喚師の護衛や前衛のサポートの方が向いているため、今回の戦いではリシェルやミントなどの護衛を任されたのだ。

 

「さて、そろそろ谷に入るぞ。さっきアロエリに見てもらったけど、油断するなよ」

 

 正面には山を割ったような谷が続いている。この曲がりくねった谷の先にドラバスの砦跡があるのだ。そこまでの道は事前にアロエリが偵察しており、伏兵はいなかったようだが、それでも何が起こるか分からないためグラッドは注意を促した。

 

 そしてグラッドが先導しながら谷間を進んで行く。そしてネロは最後尾でブルーローズを手に持ちながら歩いていた。

 

(さすがに機械相手ならともかく、人間には……いや、威嚇くらいならいけるか)

 

 ブルーローズは容易く機械兵器の装甲を貫通できる威力を持っている。鋼の軍団の機械兵器が相手ならともかく、人間には向けられないと思ったネロだったが、ハッタリくらいには使えると考え直してブルーローズをしまい込んだ。

 

 そのまま周囲を警戒しつつ歩を進めると、砦が見える位置までやってきた。まだそれなりの距離があっても砦には随分と多くの者が立てこもっているのが分かる。

 

 そして砦の上に立ち、赤い長髪に黒っぽいマフラーを巻いた見知らぬ男が立っていた。その近くにはレンドラーとゲックもいる。

 

「わざわざこんなところまで、よく来たね」

 

「ギアン、クラストフ……」

 

 リビエルが男の名を呟く。やはりこの男がラウスブルグを襲った集団の実質的な指導者であるギアンのようだった。

 

「あんた達もご苦労なことね。わざわざこんなところで待ち構えて」

 

 ギアンとはそれなりの距離があるが、普段より大きな声を出せば会話することに支障はないようで、フェアの言葉も十分ギアンに届いているようだ。

 

「こちらもこれで終わりにするつもりだからね。……さて、一応竜の子を渡すか確認しておこうか?」

 

 薄い笑みを浮かべたままギアンが言い放った。一見すると余裕たっぷりに見えるが、バージルによって残された時間が少ないことを知っているネロからしたら、内心の焦りを隠しているようにしか見えなかった。

 

「渡すわけないでしょ!」

 

「今の状況を分かって言っているのならたいしたものだ」

 

 フェアの拒否の声を聞いても、数的優位も地の利も抑えているためなのか、ギアンは余裕の態度を崩しはしなかった。それを見てグラッドが口を開いた。

 

「お前達も自分が何をしているのか分かってるのか? 大事にすれば軍もやって来るんだぞ!」

 

 ここは放棄されたとは言っても帝国軍の所有物であるのに加え、ギアンは無色の派閥を構成するクラストフ家の当主。これを知れば国境警備部隊「紫電」のアズリア将軍ならすぐにでも飛んでくるだろう。彼女の無色の派閥や紅き手袋への徹底した方針はグラッドも知っているのだ。

 

「構わないさ。どうせすぐにこの世界から出て行くつもりだしね」

 

 短く返答する。どうせ竜の子さえ手に入れればこの砦も不要になるし、自分達もメイトルパに行くから帝国軍の追撃を受けることもないのだ。

 

「それなら、御子さまを狙わずともよいのではなくて? 先日こちらに来たあの男は御子さまなしに城を動かす手段を持っているのでしょう?」

 

「……ギアン、それは真か?」

 

 それ聞いて驚いたのはギアンではなくレンドラーだった。同様にゲックも疑惑の目のギアンに向けている。やはりバージルのことは彼らに話していなかったのだろう。

 

 ギアンは誰にも聞こえないよう舌打ちしながら「余計なことを……」と呟くと不審の目を向ける将軍と教授に言った。

 

「そんなわけないだろう、下らぬ戯言だ。嘘だと思うならあいつに確認してもいい」

 

 ギアンは顔色一つ変えず虚言を言い放った。彼にしてみれば、あとでバージルに確認され、自身の言葉こそ偽りだったとバレてしまっても、竜の子さえ手に入れ、メイトルパに行ければそれでいいのである。

 

「……いいだろう。今は貴様を信じることにする」

 

「やむを得ぬな」

 

 それを受けたギアンとゲックは、とりあえず引き下がることにした。疑念は残るが、ラウスブルグを完全に稼働させるためには竜の子が必要なことに変わりはない。今はそう考え、大人しくギアンに従うことにしたのだ。

 

「理解してくれたようでなによりだ。さて……」

 

 ギアンが笑みを浮かべ、そう言いかけた瞬間、銃声が響き渡った。ネロのブルーローズからだ。銃弾はギアンを掠めただけだが、それはネロが狙ったことだった。

 

「ね、ネロ……」

 

「話が長ぇんだよ。どうせやるんだろ?」

 

 困惑するフェアをよそにネロは明らかに言いがかりのようなことを言った。あるいはこのあたりが、魔剣教団にいた頃から協調性がないと言われる理由かもしれない。

 

 ネロはそう言い捨てると、ブルーローズをしまい右腕のコートをまくり上げて悪魔の腕(デビルブリンガー)を露にする。それとほぼ同時に砦に向けて大きく跳躍した。

 

「お、おいネロ!」

 

 グラッドの声は聞こえているはずだが、ネロは振り返ることすらしない。そのまま砦の前に着地し、突然のことに一瞬呆然としているギアン達に向けて向かって優雅に頭を下げながら言った。

 

「Shall we dance?」

 

「何をしている! 小僧を迎え撃て!」

 

 いち早く頭を切り替えた将軍レンドラーが配下の剣の軍団に命令を下す。兵士達はそれに応じてネロのもとに走った。その様子を見てフェア達もネロのところへ急ぐ。

 

 そんな中、ネロはニヤリと笑みを浮かべると地面を蹴り、最初に向かってくる五人の兵士達へと跳ぶ。

 

 そしてちょうど真ん中にいた兵士の腹を蹴り飛ばした。鎧をつけており、なおかつネロも手加減していたが、それでも蹴られた兵士は容易く壁まで吹き飛ばされた。

 

「見え見えなんだよ!」

 

 今度は言葉と共にブルーローズの引き金を瞬時に三回引いた。少し離れたところから鋼の軍団の機械兵士二体がネロを狙っていたのだ。

 

 ブルーローズの放った六発の弾丸の内、四発はネロを狙っていた機械兵士に、二発はもう一体に命中した。どちらも最も強固な胸部装甲を貫徹し、容易く機能を停止させたのである。対悪魔用にネロ自身が改造したブルーローズは、機械兵士の重装甲にも有効だったようだ。

 

「二人とも! 教授を連れて早く下がりなさい!」

 

 ネロがクイックローダーを使ってブルーローズに銃弾を装填しているのを見て、ゲックのサポートを務める機械人形三姉妹の長女ローレットは、二人の妹にゲックを護衛するよう命じた。

 

 機械人形や機械兵士であれば、胸を撃ち抜かれようが、それこそ四肢や頭部がもぎ取られようが、電子頭脳さえ無事なら修復は可能なのだ。

 

 しかしゲックのように高齢で機械による延命処置をしている人間であれば、手足を撃たれただけでも致命傷となりかねない。そのため、ゲックをネロの射程範囲外まで逃がすのはローレット達にとってなによりも優先すべき急務なのだ。

 

 そしてそれを援護するかのように、剣の軍団の弓兵達が一斉にネロに矢を射った。

 

「ハッ………」

 

 しかしネロは迫りくる矢を鼻で笑うと、イクシードを燃焼させながらレッドクイーンで横一文字に薙ぎ払った。推進剤が噴射する勢いでネロの体も回転したものの、その勢いさえ味方につけた猛烈な剣風によって呆気なく矢は吹き飛んだ。

 

「くそっ、相変わらずなんて奴だ……」

 

 剣の軍団の兵士達やレンドラーやゲック、ギアンも顔を引きつらせたのを、ネロはしたり顔でそれを眺めた。

 

「さて、そろそろ……」

 

 今度はこちらから攻めようとレッドクイーンを肩に担いだ瞬間、殺気を感じた。とはいえ、それはネロに向けられたものではなく、アプセットとミリネージに護衛され後退していたゲックに向けられたものだった。

 

「ゲック! その命、俺が貰って行くぞ!」

 

「何っ!?」

 

 ほぼ完全な形の奇襲であり、ゲックの不意もついた一撃だったが、それでも二人の機械人形はすんでのところで、その凶行を阻止することができた。

 

「せ、先生!?」

 

「セクターさん!?」

 

 その姿を認めたフェアとミントがほぼ同時に声を上げた。二人の言葉通り、容姿はネロの知るセクターのものだったが、身なりはこれまで何度か見たものではなく、機械然としたライダースーツのようなものを着ている。そして雰囲気も優しげな教師のものから、憎しみに満ちた復讐者のものへと変貌していた。

 

「うおおおおっ!」

 

 セクターは声を上げ、一度は攻撃を防いだ二人の機械人形を吹き飛ばし、再びゲックへ肉迫にしようとするが、今度はローレットの砲撃によって阻まれた。

 

「どこの誰かは知らぬが、我が輩の前でかような真似はさせぬっ!」

 

 さらにそこへレンドラーがゲックの前へ出るとセクターに愛用の戦斧を振り下ろした。

 

「チッ……!」

 

 辛うじて受け止めることはできたが、単純な腕力ではレンドラーの方が上であるらしい。さすがに正面から戦ったのでは、突破は厳しいと判断したのか、セクターは大きく距離を取った。

 

「ネロ君! お願い、止めて!」

 

 ミントが叫ぶ。現状において、こちら側ですぐにセクターのところに行けるのは空を飛べるアロエリかクラウレ、それに先ほど人間離れの跳躍力を見せたネロだけであり、その中でミントがネロを選んだのは、彼の中にバージルに似た強さを感じ取ったからだろうか。

 

「っ……」

 

 しかしネロはすぐに動けなかった。

 

 本来のネロの作戦は、フェア達に先んじて戦闘を開始し、そのまま向かって来る者を倒しつつどんどん砦を攻め上り、最終的にはギアンを含めた全ての敵をネロ一人で打ち倒すことが狙いだったのだ。

 

 それが今セクターのいるところまで行けば、ゲック達の周辺にいる鋼の軍団はともかく、この場にいる剣の軍団の兵士達の相手をフェア達に強いることになる。

 

「ネロ、ここは私達に任せて!」

 

「……ああ、頼む」

 

 しかしその迷いはフェアの言葉で捨てることにした。

 

 彼女達にこの場を任せ、ネロは再度跳躍する。

 

(少しきついが、やるしかねぇな)

 

 ミントは止めるようにしか言わなかったが、それはつまりセクターに誰も殺させないようにするのと、同時に彼が殺されないようにするという二つの意味があるのだろう。敵を倒すのであれば何度も経験があるネロも、こうしたことは初めてだ。

 

 しかしもはや、できるできないの問題ではない。やるしかないのだ。

 

 そしてネロは、それが自分にできないなどとは思っていなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 




始まる前から勝敗は分かりきってる戦いが始まりました。ちなみに次話ではバージルも出て来る予定です。

ギアンはもう泣いていいと思う。



さて、次回は6月3日(日)に投稿予定です。

ご意見ご感想、評価等お待ちしてます。

ありがとうございました。

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