ミルリーフに親と言われたフェアとネロは、その対応に苦慮していた。寂しがり屋なのか四六時中一緒にいたがるし、子供らしい我儘も言う。これが赤の他人なら突き放すこともできるだろうが、なにしろミルリーフの二人に対する懐き具合は尋常ではない。そんな相手を突き放すのはなんだかんだ言って甘いフェアとネロには至難の業だった。
「ねーパパ、今日お出かけしたいの、どこかに連れてってよう」
「……まあ、それくらいならいいか」
行儀が悪かったり無理な我儘を言ったりするなら、たしなめることや注意することもできるのだが、こうしたお願いはまだ生まれたばかりという境遇も考慮に入れると、どうにも断ることはできないでいた。
「いいわけありませんわ!」
ばん、とテーブルを叩き、大きな音をたてながらリビエルが立ち上がった。つい先ほど食べていた朝食は既に下げられた後だったため被害はなかったが、まだテーブルの上に残っていたカップの中の水がその衝撃で少し零れた。
「いけません御子様、どこに敵の手があるか分かりませんし、しばらくは大人しくしていただかないと……」
リビエルの言うことは理解できる。敵はミルリーフのことを諦めていないのは明らかであるため、最も安全に過ごす方法は極力人目につかないように過ごすことなのだ。ミルリーフの身の安全に気を配る御使いにとっては当然の言葉でもある。
「そんなのいや! せっかくお話しできるようになったんだから、一緒にお出かけしたいの!」
「いいだろ、別に。俺も一緒に行くんだしよ」
しかしリビエルの言葉は理解しつつも、ネロはそれに賛成することはなかった。いくら安全のためとはいえずっと引きこもっているのは辛いだろう。なにしろいくら竜とは言ってもまだ子供なのだ。外にも出られずにいることがミルリーフにとっていいことだとはネロには思えなかった。
「いくらなんでも一人では危険すぎますわ。再考しなさいな」
そもそもリビエルは、ネロはおろか、フェア達が戦っているところを見たことはないのだ。襲ってきた教授達を撃退したのだから、弱くはないのだろうが、さすがに一人では数の力には勝てないだろう。リビエルは自分の常識に当てはめてネロの力をそう評価していたのだ。
「大丈夫だよ、あんな奴らなら俺一人で十分だ」
強がりではない。ネロは自分なら、一人でもこれまで戦ってきた「将軍」や「教授」を撃退できると思っていたのだ。しかしだからといって、油断するつもりはない。戦いでの油断が命取りになることなど、ネロは悪魔との戦いを通して、とうの昔に知っていたのだから。
「リビエル、そんなに心配なら私も行くからさ。出かけることくらい許してあげてよ」
そこへ手際よく皿を洗っていたフェアが助け舟を出した。話はリビエルが机を叩いたあたりから聞いていたが、これ以上言い合っても話は平行線を辿ると直感的に悟ったようだ。
「……仕方ありませんわね。ただし、御子様の安全だけはくれぐれも注意してくださいな」
まだリシェルとルシアンは来ていないため、ここにいるのはリビエルとミルリーフ、ネロ、フェアの四人だけ。その内のミルリーフを含めた三人が外出に肯定的であるため、これ以上強硬に反対するよりは、むしろミルリーフの安全について気を配るように、よく言い含めた方が得策と判断したのかもしれない。
「うん、わかってる。ネロもお願いね」
「ああ」
目配せしてくるフェアにネロは頷いた。もとよりミルリーフを危険な目に合わせるつもりは毛頭ないのだから当然だ。
「わーい、パパ、ママだーい好き!」
「……ありがとよ」
大輪のような笑顔を咲かせたミルリーフに、ネロは少し困惑しながらありきたりな礼の言葉を言う。彼はこんな無条件の好意を向けられることに慣れておらず、どう反応していいかわからずにいるのだ。
そんな珍しい反応を見せたネロを見て、くすりとほほ笑んだフェアは洗い物を再開させながら口を開いた。
「それじゃあ、お昼の営業が終わったら行こうか。それまで待っててね」
この「忘れじの面影亭」は宿泊所としての人気はなくとも、昼のみ営業している食事処としては、安くて美味い定食を出す店として、町の人間にも評価は高かった。そうした定食屋としての売り上げが、「忘れじの面影亭」の主たる収入源であるため、なかなか休むことはできないのである。
「うん! 頑張ってね!」
もちろんそんな事情など知る由もないミルリーフだが、外出できるとあって文句はないようだ。
「手伝った方がよろしいかしら?」
「ううん、大丈夫。ミルリーフと一緒にいてあげて」
リビエルの申し出をフェアはやんわりと断った。これまでも一人で営業できているという理由もあるが、万が一の敵の襲撃に備えてほしいという意味もあった。
「分かりました。……御子様、お店が始まったら私のところでお話でもしましょうか?」
「うん、する!」
フェアの意図に気付いたリビエルはミルリーフに約束を取り付けた。
「俺は何するかな……」
フェアは店の営業、リビエルとミルリーフは話しとやることあるようだが、ネロは店の準備の手伝いさえ終われば、出かけるまで手持ち無沙汰になってしまう。そのため何か暇つぶしでもないかと、思案を巡らせるのだった。
しかし特にすることを思いつかなかったネロは、レッドクイーンやブルーローズの整備をしながら、昼の営業が終わるまで待つことにした。ただし、整備とはいってもネロは技術者ではないため、普段より時間をかける手入れと表現したほうが正確かもしれない。
ネロ自身が自作したブルーローズはともかく、レッドクイーンは壊れてしまったらフォルトゥナに戻るまで修復は不可能であるため、なおさらこうした日頃からの手入れは重要なのである。
「お待たせ! それじゃあ早速行こう!」
「うん!」
一通り片付けが終わったフェアが玄関近くで待つネロとミルリーフに声をかけた。今回、町へ出かけるのはこの三人だ。リビエルは宿で留守番をするつもりのようだ。もっとも宿泊客など来ないだろうが。
「で、どこから行くんだ?」
忘れじの面影亭から出てため池までの道を歩いているときに尋ねた。三人の中でトレイユの町で生まれ育ったのはフェアだけだ。そのため、彼女が今日のルートを決めるのは自然なことである。
「まずは商店町の方に行くつもり。あそこならいろいろあるし……。ミルリーフもそれでいいよね?」
「うん! ミルリーフね、いろんなお店に行ってみたい!」
「なら決まりだな」
今回はミルリーフの希望で実現したもののため、彼女さえよければネロはどこでもよかったようだ。
しばらくするとため池が見えてきた。ネロ達から見て左折すれば商店町に行ける。ちなみに曲がらずに真っすぐ歩いていけば、トレイユの中でも一際立派な屋敷が見えてくる。そこがリシェルとルシアンが住んでいる屋敷なのだ。
「そういや、今日はあいつら朝しかしか見てないな。何かあるのか?」
いつもは自分の家のような感覚でフェアのところに入り浸るリシェルとルシアンなのだが、今日は朝に少し顔を見せなかったのだ。聞くところ彼らの家は召喚師の家系だというはなしであるため、それに関連しているのかもしれない。
「やっぱりいろいろ勉強とかあるみたいだし、それじゃないかなあ」
「あいつらが?」
あいつら、と言ったもののネロの脳裏に浮かんだのはリシェルの姿だけだった。これまで印象からリシェルは頭を使うより、体を動かしている方が好きだと思っていたのだ。
「ルシアンはともかく、リシェルもあんなだけど、なんだかんだ言ってちゃんと勉強はしてるみたいだよ。……さすがに毎日ではないみたいだけど」
案外リシェルはしっかりしているようだ。思った以上に、姉としての自覚があるのかもしれない。
「大変なんだねー」
本当に理解しているのかは分からないが、ミルリーフが相槌を打った。そうこうしていると、ため池も過ぎて商店町は目と鼻の先まで迫っていた。
「さて、それじゃあ雑貨屋から案内するからついて来て」
フェアが先導するように先頭に立って、雑貨屋を目指して歩き始めた。そこはネロも手袋を買うために訪れたことのある店だ。
「ここでは日用品とかを――」
「おい、フェア」
店の方を向いたまま説明を始めたフェアの言葉をネロが遮った。
「ん、何?」
「あいつ、向こうに歩いてくぞ」
ネロが指さす先には、いろいろな店に目移りしながら、どんどん進んでいくミルリーフの姿があった。
「もうっ……、せっかく説明しているのに……」
フェアは少し不機嫌そうな表情を見せた。まあ、一生懸命説明しているのに、無視されたらいい気はしないだろう。
「あいつはまだ生まれたばかりだから、なんでもかんでも珍しく見えちまうんだろ。そんな目くじら立てるなよ」
ネロは子供が得意ではないし、気も短い方ではあるが、それでもキリエとの付き合いの中で、少なからず子供の相手をしてきた経験があった。
「そうだけどさあ……」
理屈では理解できるが、感情では納得できないようだ。その様子にネロは苦笑しながらフェアに言った。
「まあ、お前ももう少し大人になれば分かるさ」
「私はもう十五だよ、立派な大人!」
さすがに年齢の差という絶対に覆ることのないものを盾にした物言いに、カチンときたらしくフェアは少し強い口調でそう言った。
「そうかそうか。立派な大人なら、あいつが言う通りに動かなくても許してやれよ」
「むぅー……」
ああ言えばこう言う。自分が手玉に取られているようでフェアは釈然としない気持ちだったが、ネロが自分と話している間もずっと、ミルリーフのことを目で追っていることに気付いた。
フェアも同じように視線を向けたとき、ミルリーフは自分の周囲にネロもフェアもいないことに気付いたようで、不安げに周りを見回していた。
「ほら、行ってやりな」
「う、うん」
ネロに背中を押され、ミルリーフに向かって走り出す。
ミルリーフはそんなフェアに気付いて、よほど不安だったのか涙目になりながら抱き着いた。
「もう、勝手にどっか行っちゃダメでしょ」
「ごめんなさい、ママ……」
本当ならもっときつく言うつもりだったのだが、涙を流しながらぎゅっと抱き着くミルリーフを見ると、そんな気はすぐに失せてしまっていた。
そんな二人を見ながらネロは、やれやれと言った具合に肩を竦めながら心中で呟く。
(まったく、どっちも世話が焼けるな)
しかしながら、その世話焼きも悪い気がしなかったのも事実だった。
それからしばらくは正門前の広場に向かいながら、商店町の店を見て回っていた。
「それにしても元気ねぇ……」
いまだ元気に店先を見て回るミルリーフを、フェアが驚きと呆れが混じった目で見ていた。最初の方こそミルリーフと一緒に見ていたのだが、次々と目移りして動き回るため、少し前からはネロと同じように少し離れた場所から見ていたのである。
「ああ、余程出かけたかったんだろうな」
このあたりの行動を見ていると、ミルリーフは本当にただの子供にしか見えなかった。いくら竜の子であろうとやはり生まればかりの頃は、人間とたいして変わりないのかもしれない。
そのように二人で話しながらミルリーフを見ていると、背後から聞きなれたグラッドの声が掛けられた。
「何だ、珍しいな。二人で買い物か?」
「うーん、買い物って言うより、見物って言うか……」
「付き添いみたいなもんだ。あいつのな」
ネロが示した先にいるミルリーフを視認したグラッドは、二人の言わんとしていることを悟った。そして苦笑しながら再び口を開いた。
「なるほど、保護者も大変だな。俺も手伝ってやりたいが、仕事がなぁ……」
グラッドは駐在軍人だ。町の治安を維持するために、敵と戦うことは職務の一部とはみなすことはできても、さすがにミルリーフの世話まで仕事と見なすことはできないのだ。
「見回りでもしてんのか?」
「まあな。ほらここしばらく、色々あってまともに見回りできなかったから、たまには念入りに普段行かないところも見ておこうと朝から回っているんだ。あいつらもいつ来るか分からないしなぁ」
「大変だな、よくやるよ」
グラッドの返答にネロは肩を竦めた。グラッドは敵に対する警戒も兼ねた見回りを、朝から行っていたようだ。トレイユに駐在軍人は彼一人しかいないため、全ての職務を一人で行わなければならない。そのため不真面目な者には務まらない仕事だ。
少なくともネロは、自分にそんな仕事ができるとは思えなかった。フォルトゥナの騎士団に在籍していた頃も、定められた制服でさえ着ていなかったのだから。
「通りでお昼に来たときは、随分とお腹空かせてるなぁと思ったよ」
「朝から歩き通しだったからな」
そう言ってグラッドは笑った。フェアの出す料理は安くてうまい。高待遇とはいえない駐在軍人でも気兼ねなく行ける値段であるため、よく食べに行っているようだ。
「それで、これからどこに行くの? 広場?」
グラッドが歩いている方向にあるのは門前の広場くらいだ。そこは普段の巡回コースではないが、先ほどのグラッドの言葉から、そこを見に行くことはおかしいことではない。
「ああ、まさか奴らも正門から堂々と来るようなことはしないだろうが、一応な」
「そういや昨日通ったときも、何か繋いでたな」
ネロはこれまで何度か広場を通ったことはあった。荷物やらそれを運ぶ生き物などがいたのだが、遠目に見ただけであるため、詳しくは分からなかった。
「せっかくだし、行ってみる? 私、ミルリーフ連れてくるからさ」
「そうだな、行くか」
ここまで来たことだし行ってみるのも悪くないか、と思ったネロが答えると、フェアは「よし、決まり!」と言って、ミルリーフのもとに走っていった。
「昨日よりもいるな、あれが全部召喚獣なんだろ」
門前広場に着いたネロは、そこに預けられた召喚獣の数を見て感嘆するように言った。この広場はトレイユを訪れる商人が、荷運びのための召喚獣を預けることができるようになっている。そうした召喚獣の数を見れば、町を訪れた商人の数も大まかに把握することができる。
「最近はキャラバンを組む商人達が多いからな。いない時はもっと少ないぞ」
「うん、昔はもっと商人の数も多くて、ここがいっぱいになるくらい来た時もあったんだって」
今の使用率はおおよそ六割から七割だが、そうした商人のキャラバンがいない時は、この広場はもっと閑散とするのだろう。それを想像すると少し寂しい感じもした。
「ってことは商人の数が減ってるのか?」
「いや、今は山の向こう側に大道都市タラントができてな。遠回りになるが、山越えがない分あっちの方が人気ってわけさ」
「それに最近は海路を使った交易も広がってるって話だしね。こっちの旧町道を使う人が少なくなるのもしょうがないよ」
なるほどな、とネロが頷く。そうした町道の整備や新たな交易網の発達による人の流れの変化は、たとえ異世界だろうと共通しているらしい。
そこへフェアが、それに、と付け加えた。
「私はこの町のこと嫌いじゃないしね。たぶん町の人もそうだと思うよ」
トレイユは帝都ウルゴーラやタラントとは違い、宿場町といての価値はもとより、素朴で長閑な雰囲気から保養地として適正も高い。以前は皇帝の別荘地の候補としてあがったくらいなのだ。
「…………」
三人が話している中でミルリーフはじっと召喚獣の方を見ていた。そして何かを決心したような顔をすると、その召喚獣へと走りだそうとした。
「おっと、急にどこに行くつもりだ?」
しかし肩をネロに掴まれたことで、走ることは叶わなかった。人も多なく敵も見当たらなかったため、フェアは特に注意を払っていなかったが、一応ネロはミルリーフを視界に入れていた。彼自身、不要だと思っていたが、一応リビエルとも約束したため、最低限意識していたのだ。
「は、離してよ、パパ!」
「離すのはいいけどよ、どこに行くつもりだったんだ?」
二人の様子にフェアとグラッドも怪訝な顔をしている。もちろんネロは、ミルリーフを止めようとしているわけではない。急にどこかに行ってしまったら探すのに苦労するから、行き先を聞こうとしていただけだった。
別に目で追うだけでもよかったのだが、ミルリーフの表情がこれまでのような好奇心に満ちたものではなかったため、あえて聞こうとしたのである。
「みんなもう自由になりたいって、元の世界に帰りたいって言ってるから助けてあげるの!」
「……そうか」
召喚獣の扱いについては、何も思わないわけではない。意志に関係なく連れて来られた召喚獣のことを考えれば、ミルリーフの言っていることは正しいと思う。しかしミルリーフに繋がれている召喚獣を解放することはできても、元の世界に帰すことはできないし、その後の世話をしてやることもできない。
それゆえ、ネロはどう言葉を返したものか悩んでいた。
「召喚獣はそういうものというか、召喚した者に従うのが普通なんだ」
「でも助けて言ってるんだよ! どうして助けちゃいけないの!?」
それを聞いたフェアが口を開いた。
「ミルリーフの言うことは分かるけど、自分のしたことの責任とれるの? あの召喚獣を解放したって、元の世界に帰せるわけじゃないし、最後まで責任持って面倒見れるの!? そんなのできないでしょ!」
フェアは最初こそ落ち着いた様子だったが、少しずつ感情的になっていった。いきなり親代わりになったことへのストレスや、ミルリーフへの不満がそうさせてしまったのかもしれない。
「で、でも……」
「でもじゃない! あなたのしたことに振り回されるのは私なの! たまたま最初に見たからって親代わりにさせられて……、私はそんなの――」
「フェア」
ネロが言葉を遮った。言葉を途中で遮られたフェアは、ネロの顔を見て俯いた。自分が何を言おうとしたか理解したようだ。
「少し散歩でもしてきたらどうだ?」
「ああ、それがいいな。俺達は先に戻ってるからよ」
「うん……」
グラッドとネロに勧められるがまま、フェアは頷き町中の方へ歩いて行った。
「……悪かったな。俺が余計なことを言ったせいかもしれない」
「まあ、やっちまったもんは仕方ないし、そもそもあんたのせいじゃないさ。それよりまだ仕事があるんだろ? こっちはもう心配いらないだろうし、行った方がいいんじゃないか?」
グラッドの謝罪にネロが首を横に振る。今回のことを回避できたとしても、フェアもストレスが溜まっていただろうし。いずれ似たようなことは起こっていたに違いない。
「そう言うならもう行くが、何かあったら言えよ。できる限り力になるから」
グラッドはそう言って広場を後にした。そしてフェアとグラッドを見送ったネロは、ミルリーフを連れてまっすぐ忘れじの面影亭へ帰ることにした。
「さて、帰るぞ」
「パパ……ごめんなさい」
ミルリーフが謝った。ネロは別に怒ってなどいなかったが、勇気を出して言っただろうその言葉を否定する気もなかった。だからミルリーフの頭に手を置いて言った。
「おう、気にするな。それに俺は、お前の言ったこと自体は間違ってないと思うぞ」
ただこれまで連綿と続いてきた、召喚獣に対する扱いを変えるのは容易ではないだろう。人間界で奴隷制度や植民地といった、搾取する者とされる者を生み出してきた制度を変えるためには、必ずといっていいほど血が流れてきたのだ。
それと同じように召喚獣の扱いを変えるためには、血を流す必要があるのかもしれない、ネロはそう考えていたのだ。
「……ありがとう」
それでもミルリーフは少し暗かった。やはりフェアを怒らせたことが尾を引いているのだ。
「俺にも謝ることができたんだから、フェアにも言えるな?」
ミルリーフはこくりと頷く。今回のことはどちらの考えが悪いというわけではないが、こういう時はどちらも謝るに限る。それにフェアだったら、ミルリーフの謝罪を無碍にはしないという確信もあった。
「それじゃあ、改めて帰るか」
「うん」
そうして二人は手を繋いで宿屋に帰って行った。
「お話は分かりましたけど……」
一つのテーブルを三人で囲っている中で、リビエルが納得できないような顔をした。
忘れじの面影亭へ帰ってきたネロとミルリーフは、フェアがいないことを留守番していたリビエルに尋ねられたため、先ほどのことを話したのだ。御使いである彼女としては、ミルリーフの保護者であるフェアの態度が気に入らないようだ。
「ミルリーフが悪いの! だからママのこと悪く言わないで!」
「まあ、御子様がそうおっしゃるのでしたら……」
しかし当事者であるミルリーフも、そんなことを言うものだからリビエルとしては、この件についてはこれ以上何も言えなかった。それでも今回のことでフェアの保護者としての適性については疑問を呈せざるをえなかった。
「ですが、今後は大丈夫ですの? また今日のようのことがあっては……」
望んで親になったわけでもないのに、こんなことを言われるのはフェアはとしても不本意だろうし、できるならリビエルとて言いたくはないが、御使いとしての責任感がそれを口にさせたのだ。
「先のことは分からないけどよ、あいつだって少しずつ慣れてくるだろ。それにまた何かあったら、何とかすりゃいいじゃねぇか」
手を頭の後ろで組んで、体重を椅子の背もたれに預けた。楽観的と言われるかもしれないが、それがネロの本音である。
フェアもミルリーフも廉直な性格をしている。そんな二人であれば何かあっても大丈夫だろうと思っていたのだ。
「はあ……、あなたに聞いた私が愚かでしたわ……」
そんなネロの様子を見たリビエルは、溜息を漏らしてがっくりと肩を落とした。
「……ところで、人間に使われる召喚獣ってのは、今日見た奴らばかりなのか?」
「……ほとんどがそうだと考えて結構よ、ずっと前からね」
唐突なネロの言葉に、少し戸惑った様子を見せたリビエルだったが、質問にはすらすらと答えた。
「ま、そりゃそうか。そうでないなら、お前らがラウスブルグだかで暮らす必要はないもんな」
「ええ、そうですわね」
ネロは姿勢をそのままに、視線を宙に彷徨わせた。リビエルの話を聞く限り、相当に根の深い話らしい。すぐに解決できる問題ではなさそうだ。少なくとも自分の帰る手段すら分からない自分が、関われる問題ではないのかもしれない
そう考えていた時、玄関の扉が開く音がした。見やるとフェアが帰ってきたようだ。
「ママっ!」
ミルリーフが駆け出してフェアに抱き着いた。
「さっきは酷いこと言ってごめんね……」
抱きしめ返し、謝るフェアにミルリーフは首を振った。
「ミルリーフが悪いの、もうしないから、あやまるから……きらいにならないでぇ、ママ……」
途中で泣き出しながらもミルリーフは言った。
「嫌いになんてなったりしないよ。私はミルリーフが大好きだもん」
それを聞いたミルリーフは泣き止み、笑顔を見せた。
「ミルリーフもね、ママがだーいすき!」
すぐに仲直りした二人の様子を見ていたリビエルは呆れたように息を吐いた。
「……心配して損しましたわ」
「ま、無事に元通りだし何よりだろ。……さすがに、こんなあっさりいくとは思わなかったが」
ネロはまた自分が仲介する必要があると思っていたのだが、あっけないほど容易く仲直りしたため、肩透かしを食らった気分だった。
「あれ? もしかしてネロ、自分だけ仲間はずれにされて悔しいの?」
「ミルリーフはパパも大好きだよ!」
わざとらしくからかうフェアに続き、ミルリーフは素直に自分の気持ちを口にした。ネロは付き合っていられないと首を振った。
「好きに言ってろ。それより俺は腹減ったんだ、飯にしてくれよ」
「そうですわね。私も心配したんですから、甘い物でも頂かないと割に合いませんわ」
「はいはい、それじゃあ座って待ってて。すぐに作るから」
「はーい!」
ミルリーフが元気に返事をして一番にテーブルに座った。リビエルとネロもそれに続く。
「あの、ネロ……」
その言葉と共に袖を引っ張られたネロは、振り向いた先にいるフェアに尋ねた。
「ん? どうした?」
「あの、今日は……ありがと」
恥ずかしそうに顔を赤くしながら礼を言った。そんな微笑ましい様子に、思わずネロは相好を崩すとフェアの背を軽く叩いた。
「気にすんなって、これからもよろしく頼むぜ」
そうしてテーブルに行くネロをフェアは赤い顔をしながら、しばらく眺めていた。
ネロは自分の子供には甘くなりそう。
いつの間にか70話超えてました。今年中に4編を終わらせるのが目標です。
次回更新は1月28日(日)頃の予定です。
ご意見ご感想お待ちしてます。
ありがとうございました。