Summon Devil   作:ばーれい

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第70話 親子になる

 ゲックらを退けたネロ達だったが、ミルリーフが見つけた少女が意識を失っていることもあって、一度トレイユに戻ることにした。

 

「こいつが天使ねぇ……」

 

 グラッドに抱えられた少女を、ネロが珍しいものを見るような目で覗き込んだ。背中から生ている光を放つ鳥のような白い羽を持っている少女は、まさしく天使と言っていい存在だが、ミントが言うにはサプレスという世界に住むれっきとして生命体なのだという。

 

「天使でも女の子なんだから、あんまり見ちゃダメよ」

 

「そうよ。全く、デリカシーがないんだから!」

 

「はいはい、気を付けるよ」

 

 行動を咎めるミントとリシェルの言葉をネロは軽く受け流した。確かに非は認めるが、興味本位であり別に悪意はないのだからこれくらい見逃してくれてもいいじゃないかと思いもするが、それを口にすることはなかった。

 

「この子大丈夫かな?」

 

「ヤバそうな怪我はしてないから命の危険はないと思うぞ。ただ、詳しいことは……」

 

 心配そうに呟くルシアンに少女を背負っていたグラッドが応じるが、それ以上のことは一介の軍人でしかない自分には答えられなかったため、ミントに助けを求めた。

 

「私も専門外だけど、薬くらいならあるから家に帰ったらつけてあげるつもりだよ」

 

 それでもミントはサプレスの悪魔の血を引く友人がいるため、さすがに自身が扱う幻獣界ほどではないが、霊界のことは多少なりとも詳しかった。

 

「あんたらみたいなのにも専門があるのか? てっきり好みで呼び出す奴らを決めてるのかと思ってたけどよ」

 

 男勝りなリシェルは機械系のものが好きそうだし、ミントもオヤカタのような小動物を好んでいるから、そうしたものばかり召喚しているのだろうと勝手にネロは思っていたのだ。

 

「そんなわけないでしょ。召喚師には得意分野があるのよ」

 

「そうね、リシェルちゃんなら機界ロレイラル、私なら幻獣界メイトルパの召喚術しか使えないの」

 

 基本的に召喚術は一つの属性しか扱うことができない。大抵は両親のいずれかと同じ属性であり、それに関する研究内容や召喚術の行使に必要な真名は帝国では軍に、聖王国などでは各家ごとに守られているのだ。

 

「なるほどね、いろいろあるんだな」

 

 やはりどこの世界でも相性のようなものがあるんだなあ、と考えていたネロに、グラッドがフェアを示しながら例外について言った。

 

「まあ、こいつみたく全部使えるのもいるけどな」

 

「へぇ、たいしたもんだ」

 

 感心したように頷くネロにフェアは少し照れながらも否定する。

 

「で、でも私はリシェルやお姉ちゃんみたいにすごい召喚獣は呼べないって」

 

「それでも全部使えるのはホントなんだろ。なら、それで十分すげぇじゃねぇか」

 

 自身の言葉通りフェアはロレイラルとメイトルパに加え、シルターンとサプレスの召喚術への適正も持っていたのだが、どうも召喚術の素養自体はあまりなかったようで、比較的ランクの低い召喚獣しか召喚することができないのだ。

 

 それを聞いたネロは、もしかしたら自分が召喚された世界は何と呼ばれているのか気になり、自分が召喚獣であることは伏せて、ミントに尋ねてみることにした。

 

「……ところで、他の世界にはどういう奴がいるんだ? ロレイラルとかメイトルパのは少し分かるけどな」

 

「シルターンには龍とか鬼みたいな種族もいるけど、私達と同じような人間もいるけど、サプレスはあの子のような天使と悪魔だけで、人間はいない世界なの」

 

「……なるほど、その四つから召喚しているってことか」

 

 少し落胆したことを悟られないようにネロは抑揚のない声で確認した。簡単な話を聞いただけだが、少なくともミントの話と機界と幻獣界の召喚獣を見た限りでは、その中にネロが生活していた人間界はなさそうだった。

 

「一応、他にも名もなき世界っていうのがあるんだけど……、これについては詳しく分かってないの」

 

(可能性がありそうなのはこれだが……あんまり参考にはならねぇな)

 

 あわよくば帰る手掛かりになればと考えていたのだが、そう上手くはいかないようだ。仮に自分のいた世界がミントの言う名もなき世界であったとしても、あまり分かっていないのでは話にならない。

 

「おっ、ネロってば召喚術に興味あるの?」

 

「まあ、使えれば便利だとは思う」

 

 ネロにしては珍しく詳しく聞いていたからそう思ったのか、リシェルが尋ねるとネロは断言を避けるように答えた。とはいえその言葉は、紛れもなくネロの本心ではあった。

 

 そこに二人の言葉を聞いていたグラッドが昔を懐かしむように言う。

 

「召喚術か、俺もファルチカの軍学校で習ったなぁ」

 

「軍人も習うもんなのか」

 

 ミントやリシェルがしていたように召喚術は戦闘への応用も可能であるとはいえ、軍人が学ぶほど召喚術は重要視されているのかとネロは驚いた。

 

「……そのあたりは帝国の考え方が関係していてね。この国では一部の召喚術を一般にも開放していて、特に軍人になるには必須の科目なの」

 

 その方針ゆえ帝国は建国から短期間の内に聖王国や旧王国と比肩される国家へと成長することができた。しかし召喚師を頂点とした世界の創造を目指す無色の派閥は、召喚師の存在を否定しかねない方針をとる帝国に激しい敵愾心を抱いているようで、これまでに幾度も戦いを繰り広げていたのだ。

 

「なるほどね、軍人になるのも大変なんだな」

 

 もっとも、そんな背景など知らないのでネロは人ごとのように言った。一応これでもネロはかつて、城塞都市フォルトゥナの騎士だったこともあるが、似たような立場のグラッドには共感しなかったらしい。もっともその騎士団でも、鼻つまみ者だったネロにそれを求めるのは無理難題に違いないが。

 

 そうこう話をしているうちに一行はトレイユの近くまで戻ってきていた。

 

「あともう少しで町ね。どうやら警戒は杞憂だったみたい」

 

「気は抜くなよ。あいつら町の中でも仕掛けてきたんだからな」

 

 ほっとしたように息を吐いたリシェルをグラッドはたしなめた。トレイユは彼一人しか駐在軍人がいない小さな町ではあるが、れっきとした帝国の領土である。そこで大きな騒ぎを起こせば帝国軍が来ることくらい子供でも分かる理屈だ。にもかかわらず「将軍」は竜の子を手に入れるために動いたのだ。

 

 町の近くに来たからと言って注意を怠っていい理由にはならない。

 

 そのことはミント達と話をしながらも周りへの警戒を緩めないネロには十分理解していた。

 

「ああ、分かってる。心配するなよ」

 

 戦闘で疲労しているはずのグラッドに少女を運ぶ役目を任せたのは、まだ余力のあるネロに警戒を任せていたためだ。その裏には彼の戦闘能力なら一人でも、十分ミルリーフを狙う者達と戦えるという計算もあったことは疑うまでもない。

 

「うん。うちに着くまでよろしくね!」

 

 フェアがネロの背中を叩いた。グラッドに背負われている少女はとりあえず「忘れじの面影亭」まで運ぶことになっていた。部屋にはまだ空きがあるし、フェアも快諾していたため、誰も異論はなかった。

 

 結局ネロは、そこにつくまで警戒を途切れさせることはなかったが、幸いにしてミルリーフを狙う者達の襲撃はなかった。

 

 

 

 

 

 宿屋までの警戒の仕事を終えたネロは、食堂の椅子に背中を預け休憩していた。少し前までは女性陣が少女に簡易的な治療を行っていたのだが、それも終わりミントが持ってきた薬を家に戻すのと同時にグラッドやリシェル、ルシアンも一度それぞれの家に戻ることになったのだ。

 

 グラッドは駐在軍人であるため、その仕事を放り出すわけにもいかず、リシェルとルシアンも一度家に、忘れじの面影亭にいると告げに言ったのだ。特にリシェル達姉弟は金の派閥の召喚師の家系であり、トレイユの名士でもあるブロンクス家の子弟のため、行動まで制限はかけられなくとも逐一居場所の報告を求められるのだそうだ。おそらくこのあたりが自由に遊びたい子供と親の妥協できる線だったのだろう。

 

 まあ、少女が意識を取り戻していない現状では、ただここで待っているよりも有益かもしれない。そうした経緯もあり、現在ここにいるのは眠っている少女とその傍にいるミルリーフを除けばネロとフェアだけだった。

 

「はい、ネロ。お疲れ様」

 

 そこへフェアが湯気の立つカップをネロの前に差し出した。ここまで気を張って警戒してくれたことへの報酬といったところか。

 

「ああ、悪いな」

 

「みんなには内緒だからね」

 

 いたずらっぽく笑うフェアの笑顔に釣られて相好を崩しながらネロはカップの中のものを一口飲んだ。

 

 ミルクのまろやかな味わいの中にあるほのかな酸味と甘味が舌を刺激した。単純なホットミルクというわけではなく、果実のジャムかあるいは、果実のすりおろしに砂糖を加えたかのどちらかだろう。

 

 いずれにしても張り詰めていた緊張を緩和し、疲れをとるには十分な一杯だ。

 

「うまいな。これまで食った物も旨かったけど、繁盛するだけあってたいした腕だ」

 

「そ、そう? そう思ってくれるなら嬉しい」

 

 ネロの素直な称賛にフェアは嬉しそうに笑った。

 

「それにしてもよく一人で宿をやろうなんて思ったな」

 

「あー、ちょっと色々あって……」

 

 困ったように視線を彷徨わせる様子にネロは頭をかきながら言った。

 

「無理に言わなくてもいい、気にすんな」

 

「ううん、折角だし聞いてもらおうかな」

 

 しかしフェアはさほど気にした様子もなく、ここで宿を切り盛りするまでの経緯を話すことにした。

 

 フェアはかつて父と双子の妹と暮らしていたが、五歳の頃、父が妹の病を治すと言って二人で出て行って以来、一人暮らしをしてきたのだ。そうしてる内にリシェルとルシアンの父親であるテイラー・ブロンクスからこの宿を任され、今に至るのである。

 

「まったく、あのバカ親父は! どこかで痛い目見てればいいのよ!」

 

 最初は真面目に話をしていたフェアだったが、どうも自分だけを置いていった父親に対してはいい感情を持っていないらしく、途中からは父親への愚痴と怒りが大半を占めるようになっていた。話しているうちにいろいろと思い出したのだろう。

 

「……そいつは、大変だったな」

 

 自分から聞いた手前、話を一方的に打ち切るわけにはかず、若干投げやりながらもネロは相槌を打った。

 

「そうよ! だから私は平凡に生きて平凡な幸せを掴んでみせるんだから!」

 

 このままでは興奮が治まるまで、しばらくフェアの話に付き合わなければならないだろう。それはさすがに御免被りたいネロは、多少無理矢理にでも話題を変えることにした。

 

「まあお前は、面倒見は良さそうだから子供を放っておくようなことはしないだろうな」

 

 面倒見の良さについては以前から思っていたことだ。いくら助けられたとはいっても、宿代もとらずタダで宿泊させるようなことはなかなかできることではない。

 

 そんなとき、彼女の面倒見のよさについてふとある考えが思い浮かんだ。

 

(もしかしたら親に置いて行かれたことが関係しているのかもな……)

 

 自分が半ば見捨てられたようなものだからこそ、フェアは父親を反面教師にしたのかもしれない。だから他人を放っておくことに抵抗感があり、いろいろと面倒を見てしまうのだろう。ネロ然り、今日連れてきた少女然りだ。

 

「当ったり前よ、私は絶対あんな奴みたいにはならないんだから!」

 

 しかしフェアは、まだ落ち着かない。その様子にネロは苦笑するしかなかった。これでも彼女の好意に甘えている身、ここは大人しく気の済むまで付き合ってやるか、と腹に決めたのだ。

 

 そうしてネロが適当に言葉でも返そうとしたとき、何かがぶつかる、あるいは落としたような物音が聞こえた。

 

「どうやら起きたみたいだな」

 

「うん。ちょっと様子見て来るね。……あと、さっき言ったこと忘れて! 変なこと話しちゃってごめんね!」

 

「あ、おい……」

 

 フェアはそう言って返事も聞かずに、少女が寝かされている黄葉の間へと向かって行った。彼女としては、やはりまだ会ったばかりのネロに身の上話をした上、愚痴まで漏らしてしまったことに恥ずかしさと申し訳なさがあったのだ。

 

 ネロは呼んでも止まらなかったフェアを仕方なく追いかけようとしたのだが、そこへリシェル達が戻ってきた。

 

「お疲れー。どう? あの子起きた?」

 

「……ああ、今見に行ってるよ。すぐ戻るだろ」

 

 そのためフェアを追いかけるわけには行かず、二人と共にフェアが戻ってくるまで待つことにしたが、それからすぐ大きな泣き声が聞こえてくると、リシェルはすぐ部屋に向かって行った。

 

 今日はさらにもう一波乱ありそうな予感がネロの中に湧き上がっていた。

 

 

 

 

 

 そうこうしているうちにミントとグラッドも戻り、とりあえず食堂で少女を交えて話をすることになった。

 

(随分とまあ……)

 

 フェアとリシェルが話をするために連れてきた天使の少女リビエルは、猜疑心を隠そうともせず皮肉を連発していた。まあ、気付いたら見知らぬところにいたのだから警戒するのも無理はないが。

 

「僕達は君と話をしたいだけなんだ。言いたくないことは無理に聞かないし、少しだけでいいから……ダメかな?」

 

 直情型のフェアやリシェルはリビエルの馬鹿にするような皮肉に怒りを募らせていたが、大人しく真面目なルシアンはさほど気にした様子もなく、話をしたいだけと説明した。

 

「……仕方ありませんわね。そこまで言うのでしたら話くらいして差し上げますわ」

 

 下手に言われたリビエルは少しばつの悪そうな顔をしながら了承した。今はこちらを信用できないだけで、きっと本来のリビエルは優しい少女なのだろう。

 

「それじゃあまずは、どうしてあなたがここにいるか説明するね」

 

 ミントが説明を始めた。ルシアンに続き物腰が柔らかい彼女ならリビエルに警戒されることもないだろう。

 

「……なるほど、急に動き出した御子様を追っていたら私を見つけて連れてきた、ということですわね」

 

「そういうことよ」

 

 一から丁寧に順を追って説明された内容を要約したリビエルにフェアが同意を示した。

 

「にしてもその御子様ってのは一体何だ? 随分とこいつが偉い存在みたいだが」

 

 ネロが机の上にいるミルリーフの頭をわしわしと撫でながら言う。

 

「御子様にそんな無礼許しませんわよ! ……とはいえ、知らなくても無理ありませんわね。本来なら何があっても話せることではないのですけれど、あなた方はあいつらとは無関係のようですし、特別に説明して差し上げますわ。ただし、他言は無用ですわよ!」

 

 ネロの行動に怒りかかったリビエルだったが、ミルリーフが気持ちよさそうにネロにすり寄る様を見て、矛を収め詳しく説明することにしたようだ。

 

「御子様は『ラウスブルグ』の守護する竜の後継者、そして私は御子様にお仕えする『御使い』の一人なのです」

 

「ラウスブルグ?」

 

「簡単に言えば召喚獣だけが住む集落ってところですわね」

 

 フェアの疑問にリビエルが答え、ミントが「幻獣界の古い言葉で『呼吸する城』という意味よ」と補足した。彼女の説明自体はネロにも理解できたが、どうしてもわからないところがあったので聞いてみることにした。

 

「それで、どうしてこいつは空から降ってきて、あんたはあいつらに襲われてたんだ?」

 

 彼女の話の通りならミルリーフはあのとき、ネロの頭上に落ちて来ていないし、リビエルもあの機械やゲックに襲われてはいないはずだ。リビエルの話にはまだ語られていないことがあるはずだ。

 

「それは……」

 

 リビエルは言葉を詰まらせて悲しそうに俯いた。そんな彼女のような顔をネロは仕事柄、これまでに何度も見たことがある。それゆえ、リビエルが言葉にしなくとも何が起きたのか察しがついた。

 

「……死んだんだな?」

 

 ネロに視線が集中し、それらはすぐにリビエルに注がれた。

 

「っ……」

 

 こくりとリビエルは頷いた。俯いているためその表情は見えなかったが、ミルリーフの親に当たる竜はよほど大切な存在だったのだろう、涙がこぼれているのは見えた。

 

「そんな……」

 

「うそでしょ……」

 

 フェアとリシェルが呻いた。目的を失ったこととミルリーフの境遇にショックを受けたのだろう。しかし当のミルリーフはそんな二人とリビエルを慰めるかのように鳴いていた。まだ生まれたばかりのミルリーフは、もう親と会うことができないということを理解できていないのかもしれない。

 

(ミルリーフ……)

 

 ミルリーフの親については残念だとは思うが、ネロ自身、父も母も顔すら知らずに育ってきた身だ。それでもキリエや、もう命を落としてしまったその兄クレドと二人の両親のおかげで生きてこられたのだ。今度は自分がそうする番なのかもしれない。

 

「しかし……これからどうする?」

 

「ウチにだったら住んでもらうのは構わないけど……」

 

「そうじゃないのよ、フェアちゃん。この子をこれからどうするかってことなのよ」

 

 グラッドの言葉をリビエルの処遇についてだと思ったフェアが答えるが、それをミントが訂正した。短期間ならともかく、ずっとミルリーフを育てることは難しいことは前に話した通り難しい。だから親元に返そうとしていたのだが、その出鼻から挫かれた形になってしまったため、改めて今後の方針を決定する必要があるのだ。

 

「…………」

 

 誰も口を開かないことにグラッドが息を吐く。

 

「そりゃすぐには思いつかないよな……」

 

 そもそも親を探すという最初の方針が、その日の内にダメになったのだ。すぐに次を考えるのも難しいに違いない。

 

「君は何かある?」

 

 落ち着いたらしく顔を上げたリビエルにルシアンが尋ねた。

 

「そう言われても、他の御使いとははぐれてしまいましたし……」

 

「……そもそもお前らは、こいつがここにいるのを知ってるのか?」

 

 困ったように顔を顰めるリビエルにネロが訊いた。疑問形になってはいるが、まさか偶然ここに辿り着いたわけでもないだろうし、おそらく御使いはミルリーフの居場所か、そのタマゴが落ちた場所を把握しているのだろう。

 

「ええ。そう聞いていましたし」

 

「それなら、まだ他の人が来るんだ!」

 

「わかんないわよ、リビエルみたいに追われている可能性だってあるわ」

 

 喜色を浮かべたルシアンにリシェルが言う。

 

 リビエルの仲間の安否に関わることなのだから、もう少し言葉に気を遣ってほしいとルシアンが言う。

 

「姉さん、そんなこと言わないでよ!」

 

「私は構いませんわ、いざという時の覚悟もしていまし。もっともその点については、さほど心配はしていませんわ」

 

「すごい自信ね。その人たちってよっぽど強いの?」

 

「私なんかよりずっと強いですし、あんな奴らに後れをとることなんかありえませんわ!」

 

 フェアの問い掛けにリビエルが自信を持って言う。

 

「ならしばらくは、そいつらを待つしかないってことだな」

 

「なんでそんなに嫌そうなのよ、仲間が増えるんだからいいことじゃない!」

 

「それはそうだけど、こっちの場所は敵に知られてるんだよ。それに待つためにもここから離れるわけにはいかないし……」

 

 ネロの言い方に突っかかったリシェルにミントが説明する。やはり彼女も同様のことを考えていたようだ。そしてさらにグラッドが続けた。

 

「いくらあいつらが町中で暴れるような奴らでも、町そのものを破壊するような行動をとるとは思えませんし、注意すべきは少数による襲撃でしょう」

 

「まあ、それが向こうにとっても最善だろうな」

 

 ネロが同意を示した。彼としては町全体を攻撃する可能性自体は捨てていなかったが、十人にも満たないこちらからミルリーフを奪うためにそこまでするのはその後のことを考えても得策ではないことは確かだ。それよりもグラッドが言った通り、少数精鋭による襲撃の方が遥かに効率的だ。

 

(俺にとっても、そうしてくれた方がありがたい)

 

 胸中で付け加える。少数なら自分一人でも撃退することはできる。それが、これまで「将軍」と「教授」と戦ってきた上でのネロの判断だ。召喚術という不確定要素はあるが、それでもあいつらが相手なら負けるとは思っていなかった。

 

「それなら私たちはともかく、心配なのはミルリーフね。さすがに戦いの間、ずっと誰かが付きっきりってわけにはいかないもの」

 

 フェアの懸念はもっともだ。ただでさえこちらは、向こうよりも頭数が足りないのだ。その上でミルリーフに護衛をつけては、戦力不足でジリ貧に陥る危険性があった。

 

「……本当は隠しておくつもりだったのですけれど、仕方ありませんわね」

 

 フェアやネロのやり取りを聞いて思案していたらしいリビエルが言って、懐から大きな鱗のようなものを取り出した。

 

「それは……?」

 

「先代の守護竜様の魔力と知識が込められた鱗、御子様への遺産として託された形見の品の一つですわ。これに込められた魔力と知識を受け継いでいただければ、自分の身を守るくらいの力は得られるはずですし、その全てを受け継ぐことができれば、知識も魔力も先代の守護竜様と同等のものになるはずです」

 

「すっごい便利ね……」

 

 感心したようにリシェルが呟いた。人間でもこれができれば小難い勉強なんてしなくて済むのに、と考えているのかもしれない。

 

「もしかしてあなたが追われていた本当の理由って……」

 

「ええ、これを奪い取るためでしょうね。使い方次第ではとんでもないこともできるでしょうし」

 

 敵の目的がこれではないかと考えたミントにリビエルが答えた。この鱗を手に入れるだけで、人知を超えた力を手にすることができるのであれば、良からぬことを考える者にとっては喉から手が出るほど欲しい代物に違いない。

 

 しかしリビエルは一向にそれをミルリーフに渡そうとしない。不思議に思ったフェアが「どうしたの?」と尋ねようとする直前、少し恥ずかしそうに口を開いた。

 

「……場所を変えてもよろしいかしら?」

 

「え、なんで?」

 

「このようなこと私も経験がないので、正直その……何が起こるか……」

 

 まだ御使いとなって長くないリビエルだが、それでもプライドはあるし、知識を司る天使としての矜持もある。そんな己の無知を晒すようなことは恥ずかしかったのである。

 

 もっともそれはリビエルだけが気にしていることで、それを聞いたフェアも思うところはなく場所の提案をした。

 

「それじゃあ庭に出ようよ、あそこなら広いしさ」

 

 

 

 そうして場所を庭に移し、リビエルはミルリーフに先代に託された遺品を差し出した。

 

「さあ御子様、どうぞお受け取りください」

 

「ピィ!」

 

 ミルリーフは声を上げて差し出された鱗に触れた。

 

「っ……」

 

 するとミルリーフが一際大きな声を上げたかと思うと、その小さな体から強い光が発せられ、そこにいた者の視界を僅かな時間奪った。

 

 そして光が収まり、ミルリーフのいた場所には女の子がいた。

 

「…………」

 

 十歳ほどの見た目に腰まである長いピンクの髪を持ち、それと同系統の色のワンピースを着ていた。これまでの姿から共通するのは髪の色と、耳の上、こめかみの辺りから伸びる耳のようなもの、それに随分と長くなった尻尾の三つだ。

 

 共通点はあるものの、やはり人のような姿になったのは驚きだったようで、誰しも変わりのように目を見開いていた。

 

 しかし変わったのは姿だけではなかった。

 

「すごい魔力……、さっきまでとは比べものにならない」

 

 ミントが驚嘆したように頷いた。魔力を使う召喚師だからこそミルリーフの放つ魔力に気付いたようだ。

 

「他のも手に入れれば、もっと強くなるんだよな」

 

 ネロもミルリーフの魔力については気付いていたが、竜という人間界でも人より上位の存在として描かれることが存在なら、これくらいなのだろうと勝手に納得していたため、驚きは少なかった。

 

「ええ、全て継承すればあなた達に守ってもらう必要もなくなるでしょうね」

 

 あといくつの遺品があるのかは知らないが、リビエルの言う通りになれば少なくとも、普通の人間にどうかできるレベルでなくなるのは間違いないだろう。

 

「とりあえずそうなるまでは付き合わねぇとな……」

 

 ぼそりと小さな声で呟く。親に会わせるという明確な目標がなくなったため、ネロもどこまで協力すべきか悩んでいたのだ。そのためネロはとりあえず、ミルリーフが守護竜の力を継承することを一つの区切りと考えることにしたのだ。

 

 本来、ネロの性格からすれば先ほど話したように御使いの到着を待つという守備的な方針より、敵の本拠地に乗り込み叩き潰すような攻撃的な方が好ましいのだが、敵の本拠地はおろかどこから来ているのも分からないため、そうした手段は実質的に取りようがないのである。

 

「とりあえずこれで安心ってわけね。……改めてよろしくね、ミルリーフ」

 

 人の姿になったミルリーフにフェアが笑いかけた。心配なことはあるが、それでもリビエルの協力を得られ、ミルリーフは人の姿を得た。フェアは少しずつ前に進んでいると信じていた。

 

「…………」

 

「ん……?」

 

 しかし何も言わずにじっとこちらを見るミルリーフに、フェアは不思議そうな表情を浮かべた。

 

「……ママっ!」

 

 ところがミルリーフはフェアのことをそう呼んで笑顔で抱き着いた。

 

「ええ!?」

 

「フェアさんが、ママ!?」

 

 突然のことにリシェルとルシアンが素っ頓狂な声を上げた。

 

「刷り込みみたいなものじゃないか?」

 

「きっとこの子が孵ったとき、フェアちゃんはその場にいたんじゃないかしら」

 

 ブロンクス姉弟とは対照的にグラッドとミントは冷静に状況を分析していた。やはり子供と大人の差か。

 

(あの時は俺もいたが……どうやら運がよかったらしい)

 

 状況的にはネロが親と思われていた可能性もあるのだ。そう考えれば暢気にグラッドの話に加わろうとは思えなかった。

 

「そんな無茶苦茶な……」

 

(気持ちは分かる……)

 

 いきなり親になるという事態に困惑するフェアにネロは胸中で同情した。とはいえ、変わってやりたいとは思っていないようだが。

 

 自分がなるかもしれなかった役を引き受けてしまったフェアに、せめて慰めの言葉くらいかけてやるか、とネロはフェアに歩み寄る。

 

 そんなネロに最初に気付いたのはフェアではなく、ミルリーフだった。彼女はネロを見るやいないや、先ほどフェアに抱き着いた時のような満面の笑顔を浮かべて言った。

 

「パパっ!」

 

「は……?」

 

 ミルリーフの思いもよらなかった言葉にネロは硬直した。どうやらもう一波乱あるかもという彼の予感は見事的中したようだった。

 

 

 

 

 

 

 

 




お約束のような展開がすきです。

ネロがパパと呼ばれるだけで色んなシチュエーションが思い浮かびます。



1日には間に合いませんでしたが、何とか三が日中には投稿できました。

次回は1月14日(日)投稿予定です。

ご意見ご感想お待ちしております。

ありがとうございました。

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