穏やかな朝、柔らかな日差しがカーテンの隙間から部屋に入り込んでいる。しかし、その部屋で寝ているネロが起きる様子はなかった。リィンバウムに来て初めてのベッドでの睡眠だったため、熟睡しているのだ。
しかし、その眠りもとうとう終わる時がきた。
「起きてる? そろそろご飯だよ」
コンコンとドアをノックした音が聞こえたかと思うと、フェアの朝食を告げる声が続いた。
「……ああ……今行く……」
まだ半分ほどしか覚醒していない頭を働かせ、何とかその言葉を口にした。さすがに入ってくることはないとは思うが、ここは異世界だ。ネロの常識が通用するとは限らない。それに昨日着ていた上着は、机の上に放り投げられたままであるため、右腕を隠せるものは精々掛け布団くらいしかないのだ。ここは大人しく返事をするのが無難だった。
頭をかきながら体を起こす。まだ意識が覚醒しきっていないのか、意識は霞がかかったようにはっきりしなかった。それでもベッドから立ち上がると、机の上に無造作に置かれたコートを手に取って身に着けた。
「はあー……」
大きく息を吐きながら体を伸ばす。それだけでも寝起きの頭からマシになったような気がした。
そして右手をコートのポケットに突っ込むと部屋を出た。
「おはよ、ネロ!」
「おはようございます、ネロさん」
まだ朝だというのに食堂にはリシェルとルシアンがいた。昨日の竜の子がどうなったか気になったのだろう。
「ああ。……それにしても随分と見事な食いっぷりだな」
その竜の子はテーブルの上でパンを食べていた。その小さな体のどこに入るんだと言いたくなるような勢いだ。
「まあ、昨日から何も食べてないからね」
そこへトレーに料理を乗せたフェアが来た。
「それは俺も同じだけどな」
「だったら、たくさん食べてね」
トレーがネロの前に置かれる。どうやら彼女が持っていたものがネロの朝食だったようだ。
並べられた料理はパンにサラダ、スープとネロが人間界で食べていた料理とたいして変わりない。意外に食文化は似ているのかもしれない。
「……なるほど、確かにうまいな」
一通り食べたネロが感心したように呟いた。
「あたしが言った通りでしょ?」
「……そうだな」
ネロの記憶ではフェアの料理がおいしいと言ったのは、リシェルではなくルシアンだったような気がしたのだが、別にそれでどうなるわけでもないため、適当に相槌を打つことにする。
「ま、おいしいと思ってもらえるならそれが一番よ」
そうは言うものの、やはり自分の料理を食べておいしいと口にしてもらえるのは嬉しいようで、口元は笑っていた。しかし、すぐに真面目な顔をして「話は変わるけど」と前置きした上で言葉を続けた。
「この子、どうする? 面倒見るのは嫌じゃないけど、いつまでもこのままってわけにはいかないでしょ」
「そうだよね……」
「それは……わかるけどさ」
二人ともこのままでいいとは思っていないようだったが、だからといって何か考えがあるわけではなかった。
「…………」
ネロは三人を横目に見ながら食事を続ける。竜の子は既に食べ終わったようで、不安そうな声で鳴きながらフェアたち三人やネロを見ていた。
ネロとしても竜の子になにも思わないわけではないし、不安に思う理由も推察できる。だからといって彼にできることはほとんどない。仮に連れて行くとしてもいずれはこの世界から去る身だ。いつまでも一緒にいられるわけはないのだ。
「割り込んで悪いけどよ……ちょっと聞きたいことがあるんだ」
考えるのはそこまでにしてネロは三人に尋ねた。
「雑貨屋とかあるか? ちょっと買いたいものがあるんだけどよ」
そう尋ねたのは、昨晩寝る前に考えたように右手を隠すために手袋を購入するためだ。三人は竜の子の話で頭がいっぱいなのか、ずっとポケットに入れっぱなしの右手まで気が回っていない様子だ。しかし、いつまでもそれが続くわけではないのだ。
「それなら中央通りのため池側にあるわよ。わかりやすいから行けばすぐ見つけられると思うけど」
「そうか。行ってみるよ」
そう返した時、ルシアンが思い出したように声を上げた。
「あ、そういえばフェアさん。父さんが呼んでたよ」
「どうせ売り上げがどうとか、利益がどうとかでケチつけるつもりでしょ」
言葉から察するにどうやらリシェルは年頃だからか、あまり父親との仲は良くないようだ。
「赤字じゃないけど、儲かってもいないからね。オーナーが文句言うのもしょうがないよ」
若干のあきらめを含んだ声で言う。どうやらリシェルの父親がこの宿屋のオーナーらしい。昨日もそんな話はしていたものの、こうして話を聞くとあらためて自分よりも年下だろう少女が、一人でこの宿屋を切り盛りしていることを実感させられた。
(ここにいる間くらいは気にかけるか)
彼女らの話を聞いてネロは胸中で呟いた。異世界の存在である自分ではできることは少ないが、寝床と食事を快く提供してもらった恩もあるし、せめてトレイユに滞在する間は注意を払おうと思った。とはいえ、この平穏そのものの町で何かあるとも思えなかったが。
それから朝食を完食したネロは手袋を買うために中央通りの方に足を運んだ。トレイユは入り口の門から、生活用水を貯めているため池までを結んだ中央通りを核として据えた町である。当然、主だった商店や宿はみな、その界隈に軒を連ねているのだ。
「へえ、意外といるもんだな」
昨夜、ここを歩いた時にはほとんど人影がなかったことため、意外な人の多さにネロは驚きの声を上げた。とはいえ、その絶対数は決して多くない。トレイユという町自体大きなところではないから、それに比例し人口も少ないのだろう。
「……ここか」
町並みを眺めながら歩く。フェアの言葉通り目的の雑貨屋はすぐ近くだった。
早速そこに入ったネロは店主らしき男に尋ねた。店の中を探しても見つかるかもしれないが、やはり一番手っ取り早いのは店の者に聞くことだ。
「なあ、手袋ってあるか? できるだけ分厚いやつ」
「ああ、それなら向こうの棚だよ」
そう言って店主は店の奥の方を指さした。
そちらに行ってみると言葉通り、いくつかの種類の手袋が並べられていた。どちらかといえば見た目より機能性を重視したものが多い。あるいはこの世界の人々はあまりファッションに興味がないのかもしれない。
もっともそれはネロにもいえることだ。彼も服の趣味は以前からほとんど変わっていない。もちろん服を買うことは珍しくないが、デザインに多少の差異はあっても、全体の色合いなどは一貫して同じなのだ。
「……これにするか」
少し考えたネロは黒い革製の手袋を選んだ。屋外での作業や登山などに使用することを想定しているのか、厚手で頑丈そうな品物だ。これなら多少粗末に扱っても大丈夫だろう。
ネロはその手袋を予備の分も含め二組買うことした。店主のもとへ持っていき、金と一緒にカウンターに置いた。まだこの世界にきて日は浅いが、ネロは多少の金銭は所持していた。といっても労働をして得たものではなく、ケンカを売ってきたチンピラのような者を叩きのめして得たものだったが。
「兄ちゃん、見ない顔だな。冒険者かい?」
「……似たようなものだ」
店主の問いにぶっきらぼうに答える。やはりたいして大きくない町だと住民の顔くらい覚えているのだろう。
「へえ、冒険者なんていつ以来だ? 随分と珍しいな」
ネロは知らないことだが悪魔が現れて以来、一人や二人の少数で旅する冒険者はその数を減らした。少数では悪魔に対抗することが難しいからだ。その後に主流になったのは、危険が多い都市間での移動をできる限り大勢で行う方法だった。これなら不意を突かれる危険性は大幅に低下するため、結果的に少数で移動するより安全なのだ。
当然、その移動に使われるルートは大人数での移動に適すると共に、戦闘になることを考慮して戦いやすく、かつ見通しが良い道を選択することになる。しかし、トレイユから帝都方面に行くならまだしも、聖王国方面へは山越えをしなければならず、そうした理由で冒険者からはこのルートは避けられる傾向にあるのだ。
「そうか」
そうした背景があっての店主の言葉だったのだが、ネロは興味なさそうにそう言っただけだった。
「はいよ。気をつけてな」
手袋を受け取ったネロは店を出た。彼には帰る手段を見つけるという目的はあるが、その手掛かりとなるものは何もないのが現状だ。しかしだからといってどこかに留まり続けても進展はしないだろう。
ネロにできるのはこの世界を旅し、帰還する手段かその手掛かりを探すことくらいなのだ。
そのため、この町に長く居座るつもりはない。一通り調べて手がかりがなさそうなら次の町へ出発するつもりでいた。
(とりあえず、新しい寝床を探すか……)
さすがに金銭的な余裕はないため、これ以上フェアのところに泊まるつもりはない。どこか雨風が凌げるところでもあればいいのだが、今日は天気が良いため最悪野宿でもなんとかなるだろう。
そう考えたネロは店を出て歩き出した。
昼を少し過ぎた頃、ネロは忘れじの面影亭に戻ろうと歩いていた。まだ部屋に置きっぱなしになっている防寒用の外套を取りに戻るためだった。
「はあ……、こりゃ野宿だな」
しかし、その言葉が示すように新しい寝床は見つからず、野宿が現実のものになりそうだった。これまでにも野宿した経験はあるのだが、やはり昨晩は柔らかいベッドで寝たこともあり、固い地面で寝ることに少しばかり嫌気が差していたのだ。
肩を落としながら道を歩いていると、宿屋の方からリシェルの大きな声が聞こえてきた。
「……またなんか騒いでんのか」
一瞬、昨夜撃退した者たちが来たのかと思ったが、リシェルの声が驚きのニュアンスが含んでいたこと、戦いの音が聞こえなかったことから、彼女らが騒いでいるだけだと結論付けた。
「何やってんだお前ら?」
実際のところ、彼の推論は当たっていたようで、宿屋ではいつもの三人とネロとは面識がない一人の男性が話していた。竜の子もいたが、どこか元気がなさそうにフェアに抱かれている。
「あ、ネロさん。実は……」
彼に気付いたルシアンが事情を説明しようとした時、フェアが声を上げた。
「と、とりあえずお姉ちゃんのところに行こう!」
「は?」
「ごめんなさい、詳しくは途中で話しますから」
事情が呑み込めないネロだったが、ルシアンにも道中で説明すると言われ、やむなく彼らについていくことにした。
しかし結局、ネロが事情の説明を受けたのは、フェアが「お姉ちゃん」という長い金髪の女性の居宅に着いて、彼女に竜の子を預けてからだった。
「なるほど、あのちっこいのが人間にね……」
ルシアンの説明をまとめると、竜の子がいなくなり探していたところ、あの場にいた男性でありこの町唯一の駐在軍人でもある「グラッド」が倒れている小さな女の子を連れてきたのだが、実はその子が探していた竜の子だったという話らしい。
「うん、それで苦しそうにしているからフェアさんは、ミントさんに診てもらったんだよ」
どうやら「お姉ちゃん」なる人物は「ミント」という名前らしい。人間以外を診ることができるだから、おそらく人間界でいう獣医のような存在だろう。
「……ところで、君は?」
ようやく説明を受けたネロに竜の子を宿屋まで連れてきたグラッドが尋ねた。制服のような羽織を着ているところから勤務中なのだろう。まあ、彼の立場に立ってみれば、子供の中に見たこともない男が混じっていれば尋ねたくもなるだろう。
「……ネロだ。昨日はあいつの宿で世話になってな」
「この人結構強いのよ。昨日、あの子を見つけた時だって変な奴らをコテンパンにしてたし」
簡潔に名乗ったネロに代わって、リシェルが付け加えるように昨日のことを話した
「ね、姉さん……!」
「……変な奴ら? そんな話、さっきは言ってなかったよな?」
ルシアンが止めようとしたが既に遅かったようで、グラッドは訝しむような視線を向けた。きっとリシェルたちは彼に事情を話した時、竜の子を狙っている者たちがいると知られれば、引き離されると考えて、鎧の男たちのことはあえて話さなかったのだろう。
「う……」
呻いたさらにリシェルにグラッドがさらに問い詰めようとしたとき、ミントが竜の子を連れていった部屋から戻ってきた。
「お姉ちゃん、あの子は大丈夫なの!?」
詰め寄らんばかりに勢いで尋ねるフェアに、ミントは安心させるように優しく穏やかな口調で答えた。
「心配いらないよ、ちょっと魔力を使い過ぎただけだから」
「魔力を?」
まだ生まれたばかりの竜の子が魔力を使って何かできるとは思わなかったフェアが聞き返した。
「人間の姿になっていたって話でしょ? たぶんそれが原因だよ」
「……そもそも、なんで人の姿になったんだ?」
大人しく話を聞いていたネロが気になった点を率直に尋ねた。これについてはルシアンからも聞いていなかったため、分からないままだったのだ。
「たぶんフェアさんを追いかけたんだと思うよ。フェアさん、お昼の後に父さんに呼ばれてうちに来たから、この子はひとりぼっちだったろうし……」
それを聞いてネロは居心地が悪そうに左手で頬を掻いた。
「あー、俺がもう少し早く戻ってた方がよかったな」
せめてここにいる間くらいは、彼女らのことを気に掛けようと思っていたはずなのに、一日目からこのざまとは、少し自分が情けなくなる。
「それなら僕たちも同罪だよ。僕も姉さんもフェアさんが一人で来たことは知っていたんだから」
「そうね……、もっと考えていればよかったわ」
それはルシアンもリシェルも同じ気持ちだったようだ。二人とも肩を落として落胆している。
「ほらほら、そんな暗い顔するなって。この子も無事だったんだし、それで良いじゃないか」
グラッドが姉弟を元気づけようと声をかける。彼は駐在軍人という話だったが、軍人というより気のいい兄貴分といったほうがしっくりくるだろう。
「そうよ。今日は疲労回復のお薬を出しておくから、それを飲ませてゆっくりと休ませればすぐ元気になるよ」
「ありがとう、ミントお姉ちゃん」
フェアが頷いた。そして眠っている竜の子を抱き上げた。ミントの言葉に従いゆっくりと休ませようというのだろう。
その彼女に続いてミントの家を出る。彼女の家は大きな庭園があり、そこではいろいろな植物が育てられているようだ。どちらかといえば畑といった方がしっくりくるかもしれない。
「それじゃあ、また何かあったらいつでもいらっしゃい」
見送りにきたミントが言う。それにフェアたちは笑顔で頷いた。
「それじゃあみんな、戻ろう?」
「そうね」
「早く休ませてあげないとね」
「…………」
まずは忘れじの面影亭へ戻ろうというフェアの提案にリシェルとルシアンが賛成するが、ネロは周囲に視線を向けていて返事をしなかった。
「おいネロ、どうしたんだ?」
それを不思議に思ったグラッドが尋ねた。
「……どうやら傍迷惑なお客さんが来たみたいだな」
「え?」
ミントが聞き返した瞬間、ネロは左手に銃を持っていた。それを前方にある木へと向ける。
「出て来な! それとも頭に風穴あけられてぇのか?」
「フン、よく気付いたな」
ネロが銃を向けていた木から現れたのは、肩に大きな角のようなものがある赤と黒の鎧をきた男だった。顔は髭を蓄えており、はっきりとはわからないがおそらく四、五十代くらいだろう。
「そんなムサッ苦しい恰好して気付かないワケねぇだろ」
もちろんネロがこの男を見つけたのは気配を感じ取ったからであり、男の姿が目立っていたからではない。
「……なるほど貴様だな、邪魔した男というのは」
「昨日の奴らの仲間ってこと?」
「それがわかったなら速やかに『守護竜の子』を渡すがいい!」
聞き返したフェアに髭の男は威勢よく答えた。
「そんなの、見れば分かるでしょ。こんな怪しい奴、あいつらの仲間でなかったらなんなのよ!」
「全くだぜ。見ろよ、悪趣味な鎧に、デカイ態度、典型的な悪役だ」
男が答える前にリシェルとネロが間髪入れず挑発する。
「ぐぬぬ……貴様ら……! その態度、指導が必要と見える!」
その言葉を合図に周りから目の前の男と似たような鎧を着た者が現れた。あらかじめ潜ませていたのだろう。
「ち、ちょっとネロ、どうすんのよ! 囲まれちゃったじゃない!」
その数の多さに身が竦んだのかリシェルが叫んだ。
「あんたも挑発したじゃない!」
フェアが責任転嫁するなと叫んだ。
「けどお前もそいつを渡すつもりはないんだろ?」
「当ったり前じゃない! ああいうのは一番信用できないのよ! 絶対に渡さないんだから!」
ネロの確認するような問いに大きな声で答える。なんだかんだ言って彼女も鎧の男たちのことを信用に値しないと思っていたようだ。
「はっ、いい返事だ!」
それを聞いたネロは、余裕の表情を浮かべながらフェアに言葉を返すと、今度は周りの男たちに向かって叫んだ。
「どうした、来いよ! それともビビッて動けねぇか?」
しかし、男たちがネロの言葉に反応する前に目の前の男が叫んだ。
「お前たち! 彼奴らの生意気な鼻っ柱をへし折ってやれ!」
それが戦闘開始の合図となり囲んでいた男たちが一斉に向かってきた。
「ハハッ! いい度胸だ!」
命令に従った行動に映るが、実際のところ彼らはネロの挑発に怒りを覚えていたようで、それが表情にも僅かに出ていた。それを確認し思わず笑いがこぼれた。少なくとも昨日の奴らよりは感情を表に出せる者のようだ。
そしてネロが迎え撃とうと一歩前に出た時、フェアが竜の子をルシアンに預けて、一人の男に向かって行くのが見えた。
「リシェル、ルシアン! その子のことお願い!」
フェアに対しては、自分より年下の割に落ち着いていて大人っぽい考え方しているな、という印象を持っていたネロだったが、先ほどの答えといい今の行動といい、案外激情家なのかもしれない。
(ま、子供らしくてこれまでよりはずっといいな)
だが、ネロにとっては今のフェアの方が好ましいと思えた。それはネロ自身があまり考えて行動するタイプではないからなのだろう。
「さあて、俺もやるか!」
向かってきた一人を左手で掴み上げ、それを近くにいた男にぶつけて吹き飛ばす。昨日もそうだが、ネロは背負った大剣も、先ほど見せた銃も使おうとしない。にもかかわらず体術だけで片っ端から男たちを片づけていく。
(へえ……、意外にやるな)
しかし当の本人は自分のことよりフェアのことを気にしていた。さすがにただの子供ではそれなりに訓練されている男達を相手にするのは難しいだろうから、厳しそうなら手を貸そうと考えていたのだがいたのだが、なかなかどうしてかなり腕が立つようだ。少なくとも素人には見えない。
ルシアンやリシェルを守りながら戦っているグラッドはともかく、軍人でもない少女がこれほど強さを持っているとは思わなかった。
「その動き……まさか……」
フェアの動きを見ていた髭の男は何やら思うところがあったようで、戦いには参加せず眉間にしわを寄せながら考え込んでいた。
「でりゃああっ!」
しかし突然、目を見開いたこと思うと、フェアに向かって彼の得物だろう斧を振り下ろした。
「くぅっ……!」
重い金属音が鳴り響く。フェアはそれを自身の剣で受け止めたのだ。とはいえ一目瞭然なほど体躯には差がある。彼女も受け止めているのは少し辛そうにしてした。
そこへ一発の銃声が響いたかと思うと、髭の男が持っていた斧は弾き飛ばされていた。
視線を銃声がした方に向けると、そこには拳銃を構えたネロの姿があった。距離が近かったとはいえ、斧だけを狙い撃つ射撃技術は魔剣教団の事件に巻き込まれた頃のネロにはなかったものだ。それから数年のデビルハンターとして経験がネロを成長させていたのだ。
「なに子供相手にマジになってんだよ」
言葉と共に拳銃を懐にしまい、背負った大剣「レッドクイーン」を左手で持った。
「来いよ、俺が相手をしてやる」
そのまま地面に突き刺したレッドクイーンの柄を捻る。するとそれに備え付けられた「イクシード」と呼ばれる装置がエンジンの音にも似た轟音を発生させた。この装置は剣戟の速度を向上させるための推進剤を噴射する装置だ。柄を捻ることで推進剤を燃焼させ、柄に併設されたクラッチレバーを握ることで推進剤を噴射させる仕組みだ。
つまり、今のレッドクイーンは推進剤噴射の準備が整った万全の状態にあるのだ。
「ネロ……」
フェアが呟いた。昨日や先ほどまでの徒手空拳を用いて戦うネロもとても強いと感じていたが、今のネロからはそれ以上の強さを感じる。ただ地面に突き刺した剣を持っているだけなのに全く隙が見当たらないのだ。
「……まあ、よいわ、ここは引いてやろう。しかし覚えておけ!」
男は手で合図をする。それに従った周りの男たちは、倒れている者を担ぎながら町の外に向かって撤退していった。
「しかし覚えておけ、小僧、そして小娘! 我が名は『レンドラー』! 『剣の軍団』を指揮する『将軍』だ! いずれ必ず、竜の子は渡してもらうぞ!」
剣の軍団の将軍と名乗ったレンドラーという髭の男は悪役らしい捨て台詞を吐いて撤退していく。
「暑苦しいんだよ、さっさと帰りな」
その背に向かってネロはその言葉を投げかけた。実のところ彼は、レンドラーのような大仰な態度をとる者は苦手だった。先ほどから挑発を繰り返していた理由も案外このあたりにあるのかもしれない。
そしてレッドクイーンを背に戻した。結局今回も使うことはなかったが、それでいいとも思っていた。悪魔相手ならまだしも、ただの人間を相手に本気の殺し合いなんてしたくはない。
特にあのレンドラーという男は見るからに強情そうだ。ああいうタイプはいくら叩き潰しても竜の子を諦めようとはしないだろう。むしろ憎しみを募らせて極端な手に走らせる危険性もある。
そうした理由もあってネロは彼らを見逃したのだ。一応叩きのめしてグラッドに引き渡すという手段もあったのだが、さすがに彼一人では何かあれば対応できないだろうと思いそれはやめることにしたのである。
「ねえ、あいつの言ってた小娘って私のことだよね……?」
フェアが確認するように周囲に尋ねると、リシェルが何を当たり前のことを聞いているんだと言わんばかりに答えた。
「そりゃそうでしょ、あんたとネロが一番目立ってたんだから目を付けられるのも当然じゃない」
確かに彼女の言う通り、グラッドはルシアンやリシェルを守りながらの防御主体の戦いだったし、ミントも積極的に攻撃していたとは言い難い。結果的に彼に打撃を与えていたのはネロとフェアだったのだ。
(とすると小僧は俺ってことか……?)
もうそんな歳ではないだろうと思いながらも胸中で呟いた。なんにせよ、ネロとフェアがレンドラーに目を付けられたのは間違いないだろう。そして、また面倒くさい厄介ごとに巻き込まれたものだ、とため息を吐くのだった。
本作のネロはフォルトゥナの事件から数年後のため、DMC4と比べると落ち着いていて、周りにもそこそこ気遣いができます。
次回は明後日、12月28日(木)に投稿予定です。今回と同じくらいの時刻に投稿すると思います。
それではご意見ご感想お待ちしております。
ありがとうございました。