Summon Devil   作:ばーれい

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第44話 ファナンの戦い 中編

 ファナンの街でのマグナ達とレイムと彼が率いる黒の旅団の兵士の戦いに決着がつこうとしていた。初めこそマグナとトリス、ネスティの三人が兵士達に包囲されていたが、仲間の到着と召喚術の援護で戦いは一気に傾いたのだ。

 

「どうやら彼らはここまでのようですねぇ、いやはや、まったく情けない」

 

「もう決着はついた、あなたのやったこと全て話してくれ」

 

 マグナが問い詰める。しかし部下の兵士がやられたのにもかかわらず、彼はいまだ笑みを絶やしてはいなかった。

 

「逃がしはしない、ですか。……ふふふ、これは笑ってしまいすね。まさか、ただのニンゲン風情にこの私を止められるとお思いですか?」

 

 レイムがそう言った瞬間、マグナ達の周囲に魔獣が現れた。それを見たレイムは少し拍子抜けしたように言った。

 

「おや、どうやら私の出る幕ではないようですね」

 

 次いで今度は魔獣を追う形で屍人やシルターンの悪鬼に憑かれ操られている兵士が現れた。おそらく屍人はガレアノが、悪鬼憑きはトライドラを陥落させたキュラーという召喚師が、そしてレイムの周りの魔獣はシャムロックが守っていたローウェン砦を落としたビーニャという召喚師がそれぞれ操っているのだろう。

 

「あと少しで……」

 

「こんな時に……!」

 

 マグナとトリスがそれぞれ悪態をつきながら現れた屍人や悪鬼憑きを警戒するように、武器を構えた。周りの仲間も同じだった。

 

「レイム様……!」

 

「いいタイミングですよ、ビーニャ、それにガレアノにキュラーもよくやりました。……さあ、彼らに本当の姿を見せてあげなさい」

 

 その言葉にマグナ達の正面で、レイムを守る傘のように立っていた三人は嬉しそうに声を上げて笑った。しかし、その笑い声は人間のものとは思えないほどに歪んでいた。そして彼らの姿も徐々に歪んでいき、服だった部分もまるで肉体のように変質していった。

 

 特に変化が著しいのは顔であり、以前は普通の人間と変わりなかったものが、今は二本の角に三対の小さな目と、全くの別なものに変わっていた。ただ、三人ともかなり容姿が近いことを考えるに、この三人は悪魔の中でもかなり近い存在なのだろう。人間でいう親兄弟などの血縁関係に近いのかもしれない。

 

 いずれにしろ、彼らの魔力は伊達ではなく、人間とは比較にならない、まるで暴風のような魔力があたりに吹き荒れた。

 

「っ、なんて力……!」

 

 トリスが弱音を吐いた。いつも明るく前向きな彼女にしては珍しいことである。彼女たちはこれまで黒の旅団をはじめ、屍人や悪鬼憑き、魔獣とあらゆる相手と戦ってきたのだが、さすがにここまで人間離れした相手と戦ったことはなかった。

 

「っ……。君らしくないな、トリス。いつもの君はどこへいった」

 

 そこへネスティからの 咤の声が飛んできた。冷静な彼もあれほどの魔力を見て、決して平気ではなかったが、トリスを放っておけなかったのだろう。

 

「アメル、大丈夫か!?」

 

 マグナは苦しそうにしていたアメルに声をかけた。彼女はかつて悪魔と戦った豊穣の天使アルミネの生まれ変わりであるとはいえ、体は普通の人間と変わりないのだ。

 

「あ、あたしは大丈夫です。それよりも周りの人を助けないと……」

 

 アメルが心配するのも無理はない。彼らが放つ魔力の渦は、先程までの戦いを遠目に見ていたファナンの住人も巻き込んでいた。さすがにこの状態では身動きを取れないようだが、それでも呻き声や悲鳴は聞こえてくる。身動きが取れないことで逆に恐怖心が高まっているようだった。

 

 そんな人々の様子を満足げに見ながら、変化を終えたガレアノは凶器を含んだ声で告げた。

 

「さあ、これが我々の真の姿だ! ヒャーハッハッハ!」

 

「せめて少しは楽しませてから死んでよねッ!」

 

 ガレアノに続いてビーニャが狂ったように笑いながら心底楽しそうに声を張り上げた。そしてさらに冷たい声でキュラーが口を開いた。

 

「さて、それでは貴公らが悪魔と恐れる存在の力、存分に見せてあげるとしましょう」

 

 

 

「――では、見せてもらうとしよう」

 

 

 

「!?」

 

 今にも三体の悪魔が攻撃をかけようとした時、その声が響いた。キュラー以上に冷たさと無機質さを感じがしたが、マグナもトリスもその声から恐怖を見出すことはなかった。

 

 それはきっと声の主のことを知っていたからだろう。

 

「バージル、さん……」

 

 マグナとトリス、二人の声が重なった。二人が名を呼んだバージルはガレアノ達三体の悪魔のすぐ後ろ、ともすれば彼らに囲まれるような場所に立っていた。この絵面だけ見ればバージルが悪魔の親玉に見えるかもしれない配置である。

 

「ヒ……」

 

 果たしてその悲鳴のような声は三体の悪魔の誰からだったか。確かなことはその声がバージルを見た時に発せられたということだ。

 

 つまりはバージルを見て怯えたのだ。あれほどまでの魔力を持つ悪魔が。

 

「フン……」

 

 そんな悪魔の様子を見てバージルは期待外れだ、とでも言うように鼻で笑った。

 

 バージルはマグナ達とレイムが率いていた兵士達の戦いからこの場にいたが、実のところ彼は乱入するつもりはなかった。気が変わったのは目の前いる三人が悪魔の姿を見せたからだ。

 

 とはいえバージルは彼ら三人の悪魔とは直接顔を合わせたことはない。それでもゼラムに来たばかりの頃、レイムと会った時に控えていたらしい彼らを幻影剣で足止めしたことは覚えていた。今回はその時より、だいぶ強い魔力を持っていたため、暇潰しにちょっかいをかけたのだ。

 

 しかし期待外れだった。以前に幻影剣で遊んでやったのが効いているのか、彼らはバージルに対する戦意を失っていたのだ。ゼラムであった時は足止めのつもりで幻影剣を遠隔で操り、なますにしただけなのだ。人間ではないことは分かっていたから、その程度では死なないと踏んでいたのだが、どうやらそれがトラウマにでもなってしまったのだろう。彼らは人間に似たようなことをしてきたようだが、自分にされるのには弱いらしい。

 

 いずれにせよこれでは戦う意味などない。

 

 瞬時に姿勢を下げたバージルは右足を軸に回転し、左足で三体の悪魔の足を払う。体を支える柱を失った悪魔の体は宙に浮いた。そのままバージルは体を捻り今度は左足を地に着け、右足で回し蹴りを放った。

 

 宙に浮いた悪魔は右足一本に纏め上げられ、蹴り飛ばされた。悪魔はそれぞれ吹き飛ばされ配下の魔獣や屍人、悪鬼憑きに突っ込んだ。

 

 とはいえこれで死ぬことはないだろう。バージルとしては興味をなくしたため吹き飛ばしたに過ぎないが、万一にでもこれで戦意を取り戻せれば運がいいと思っていたのだ。

 

「まだ戦う気がある分、こいつらの方がマシだな……」

 

 主が襲われたことを認識したのか彼らの配下がバージルに攻撃を仕掛けてきた。こういった時には下手な知性など持たないほうが案外戦えるかもしれない。

 

(そして、奴らは逃げる、か……つまらんな)

 

 一人の悪鬼憑きを斬りながらレイムや悪魔の様子を見た。やはり戦う気がないのは変わらないようでこの場から離れようとしていた。

 

 しかし、バージル相手には戦うことすらできず逃げたとは言っても、聖王国という国家相手にここまでのことをしたのだ。彼らももう後には引けないだろう。

 

 さらに飛びかかってきた魔獣を閻魔刀の鞘で殴りつける。吹き飛んだ魔獣は建物の壁に激突に血の花を咲かせた。魔獣に限らず屍人も悪鬼憑きも血を流す。さすがに死人に悪魔を憑依させている屍人は血は流れても噴き出すことはないが、魔獣も悪鬼憑きも傷つければ血が噴水のように出るのだ。

 

 そのためこの周囲は文字通り血の雨が降っていた。しかし、その原因であるバージルは一滴の血も浴びてはいない。なにしろ基本的に一撃で致命傷を与え、すぐに次の標的のもとに移動するという方法で戦っていたため、血が付着することはなかった。

 

 一応構図としてはファナンを襲おうとした勢力をバージルが潰しているのだが、ファナンの住民が見ればバージルが味方とはとても思えないだろう。

 

 なにしろ彼が動くたび動くものが殺されていくのだ。正直なところ、味方というより得体のしれない人の皮を被った怪物と言った方がファナンの者達の思っていることを正しく表現しているだろう。

 

 とても戦いとは呼べない、バージルにしてみれば作業でしかなかった大量殺戮は、実際はほんの僅かの間に起こったことではあったが、ファナンの住民に戦いの恐ろしさをまざまざと目に焼き付けることになったのである。

 

 

 

 

 

 それから多少の時間が経ってもファナンの街は混乱していた。レイムが流した噂に加え、バージルが結果的にとは言え見せつけた戦いの恐ろしさ。それにより住民の多くは街から避難することを望むようになることは容易に想像できる。もちろん一部には何があってもこの街から離れないと言う者たちもいるだろうが、それは多数派にはなりえないだろう。

 

 その原因の一端となったバージルはマグナ達と共に銀沙の浜にいた。さすがにあの血塗られた場所で話をすることは憚られたのだ。

 

召喚兵器(ゲイル)、か……」

 

 そしてバージルは彼らからアルミネスの森で知った真実について話された。

 

 かつてリィンバウムには、大悪魔メルギトスが侵攻したことに端を発する戦乱があった。その時は当時最強と言われたクレスメント家が指揮を執り、天使など異世界からの助けを得て戦っていた。そしてクレスメントは友人であり、ロレイラルから亡命してきた融機人(ベイガー)でもあったライル一族の知識を借りて召喚兵器(ゲイル)という兵器を作りあげた。

 

 それは召喚獣をロレイラルの技術で改造したものの総称で、改造された召喚獣の意識をプログラムの統制下に置くことで高い戦闘能力を発揮させるというものだった。

 

 それだけに飽き足らずクレスメントとライルは、あまつさえ自らの意志で助力してくれた豊穣の天使アルミネを召喚兵器(ゲイル)に改造してしまった。当然、それを知った異世界の天使や鬼神将といった異界の戦友はリィンバウムの人間を見限ったのだ。以後人間は異世界の助けを得ることはなかったのだ。

 

 幸いメルギトスは召喚兵器(ゲイル)となったアルミネと刺し違えたが、これ以後、異世界からの助力は永きに渡って得ることはできなくなってしまった。だが、その事実は召喚師によって隠され、クレスメントは全てを奪われて追放され、ライル一族は召喚兵器(ゲイル)の知識を消され、監視下に置かれたのである。

 

 そして、そのクレスメントの末裔がマグナとトリスであり、ライル一族の生き残りがネスティ、そして豊穣の天使アルミネの生まれ変わりがアメルだというのだ。

 

(なるほど……、あの禁書はこのことを書き綴っていたのか)

 

 それ聞いたバージルは、以前蒼の派閥から持ってきた一冊の禁書のことを思い出した。

 

 バージルがレルム村に行くことを決めたのは、その禁書によってのことだったのだ。しかしその解読はアティが来たこともあって後回しになっていたが、どうやらもうその必要はなさそうだ。あとは暇を見て返せばいい。

 

「黒の旅団の目的は召喚兵器(ゲイル)を手に入れること。アメルを狙っていたのは封印の結界を破る鍵だったからなの」

 

 トリスの言葉を聞いたバージルは確かめるように言う。

 

「つまりそれは、あの悪魔どもの目的もその召喚兵器(ゲイル)というわけか」

 

 黒の旅団を、デグレアを操っていた黒幕は、レイムやガレアノ達悪魔であるということは既に双方の共通の見解だった。次の問題はなぜ一国を操ってまで召喚兵器(ゲイル)を手に入れたがる理由である。

 

 彼らの話を聞く限りでは、召喚兵器(ゲイル)の戦闘力は素体に左右される傾向がある。その上、豊穣の天使という名のある存在を素体にしてもサプレスの魔王であるメルギトスと相打ちになる程度にしか強化できないことを考えると、果たして悪魔が欲しがるものなのか、と疑問が残る。

 

「だが、そんなものを手に入れるために、奴らはわざわざここに攻め入るつもりなのか?」

 

 目的の召喚兵器(ゲイル)を手に入れるために、まず結界を破壊する手段を手に入れようとは随分気の長いことだ。少なくともバージルなら結界など力づくで破壊している。

 

「少なくとも奴らはそう考えているから、デグレアを使ってこの街を攻め落とそうとしているんだろう」

 

 バージルの疑問にネスティが答えた。

 

「無駄なことを……」

 

 仮に陥落できたとしてもアメルに逃げられてしまえば徒労に終わる。あるいはそれとは別の意味でもあるのだろうか。

 

「……それで、あなたはこれからどうするんですか?」

 

「今のところ何もするつもりはない。……だが、一つ忠告してやろう」

 

 バージルが柄にもなく忠告するのは、彼らから気になっていたことの答えを教えてもらったためだ。一応彼もそれなりの常識は持ち合わせていたようだ。

 

「俺の邪魔をするな。……死にたくなければな」

 

 ぞくりとするような冷たい声。この声を聞いたならガレアノ達が戦わず逃げ出したのも頷ける。

 

 それだけ伝えたバージルは返事も聞かずに彼らの間を抜けて銀沙の浜を後にした。

 

 

 

「お話は終わったんですか?」

 

「ああ」

 

 少し離れたところにはアティが待っていた。彼女とはゼラムから一緒に来ていたが、ファナンに来てからは彼女に宿の確保を任せ、これまで別行動をとっていたのである。

 

「それじゃあ、一度宿屋さんに行きましょうか。案内しますね」

 

 アティはバージルの手を取って宿屋のところに向かって行った。彼女も街中での騒ぎについてなど、いろいろ聞きたいことがあったが、それは腰を落ち着けてからと決めていたのだ。

 

 この街で何が起きているのかはアティにはわからないが、たとえ何が起きていようと黙って見過ごすつもりなど彼女にはないのである。

 

 

 

 

 

「何だかよくわからない人だね……」

 

 一方、バージルを見送ったトリスは率直な感想を口にした。背筋も凍るような声で忠告したかと思えば、知らない女性と一緒にどこかに行くし、どうもバージルという男がどういう人かいまいち掴めなかった。

 

「うん。……っていうか一緒に帰った人って誰だろう?」

 

 以前ゼラムのシオンの屋台でマグナが初めてバージルと会った時も女性と一緒にいたが、あの時の女性とは髪の色が違うため別人だろうと思ったのだ。

 

「さあ? 恋人じゃないの? 美人だし、結構セクシーな服着てたし……あの人、ああいうのが趣味なのかも」

 

 意外とむっつりなのかもと思いながらトリスが言うと、呆れた顔をしたネスティに怒られた。

 

「君はバカか? もう時間もないというのに何を言っているんだ……」

 

 その言葉がなければバージルはトリスのせいで自分の知らない内にニットワンピース好きにされていたかもしれない。それを阻止したネスティには感謝すべきだろう。

 

「でもさ、ネス、そんなに急がなくてもいいんじゃいないか? あの人のおかげであいつらの作戦は失敗したんだしさ」

 

 バージルが悪魔たちを撃退したのは間違いない。さすがにこれ以上噂が広がることはないだろう。そう考えていたマグナだが、彼の言葉はフォルテとケイナによって否定された。

 

「ところがどっこい、そうでもないと思うぜ」

 

「そうね。周りの人たち、みんな怯えていたもの」

 

「つまりだ、マグナ。あの旦那があいつらを徹底的に叩き潰しちまったおかげで、戦いが近いっていう噂が真実味を持っちまったってわけさ」

 

 フォルテの見解に同意するようにレナードが言う。彼はスルゼン砦にいた召喚師に呼び出されたらしいが、その召喚師が死んでしまったため元の世界に帰る術を失い、マグナ達と行動を共にすることにしていたのである。

 

「それによ。そもそも奴さん、わざと噂の出所を掴ませたのかもしれないぜ。なにせ一日も経たずに出所が分かっちまったんだからな」

 

 バージルにその意図はなかったにせよ、彼の行動は結果的にレイムの望み通り噂を広めるのを助けてしまったということになる。

 

 しかし、だからと言って全てレイムの予想通りかというとそうではないだろう。本来の彼の計画なら戦うのはマグナ達とだけであり、バージルと出会うことなど想定していなかったに違いない。彼らが慌ててバージルから逃げて行ったことがそれを証明している。

 

「それに奴らは僕たちに正体を見せた。きっとあの場で僕たちを殺そうとしたのだろう。でもそれはできなかった。……となれば彼らが恐れることは何だと思う?」

 

 ネスティの試すような言い方にトリスはう~、と唸りながら考えて言った。

 

「正体がばれることとか……?」

 

 その言葉がきっかけとなって答えがわかったのか、マグナは声を上げた。

 

「あ、そうか! ルヴァイド達に悪魔だってばれることだ!」

 

「そうだマグナ、ファナンを落とすには黒の旅団が必要なんだ。でも、もし僕らが奴らの正体を伝えたら、少なくとも彼らは協力することはないだろう」

 

 大きく頷いて言ったネスティに続き、シャムロックが口を開いた。

 

「それにデグレアの元老院も屍人と化して、操られていたことを知ればファナンへの侵攻を止めることも不可能ではないかもしれません」

 

「もちろんそれは、奴らも分かっているだろう。だからその前に攻撃を開始しようとするはずだ」

 

 それはレイムにとっても苦渋の決断だろう。放っておけば広がっていく噂によってファナンを離れる者が出て、都市機能が麻痺することも考えられるのに、今攻撃するということはせっかく噂を広めたのが無駄になってしまう。

 

「兵に命令する時間も考えれば、攻撃開始は早くて夕方ぐらいでしょう。戦いが夜まで長引くのを嫌うなら明日の朝になるかもしれませんが……」

 

 シャムロックはローウェン砦の守備隊長に任じられていた男だ。剣の腕だけでなく戦術全般の知識、経験も豊富だ。そこから彼は黒の旅団の攻撃開始時期を割り出した。

 

「いやシャムロック、それはないと思うぜ。あいつら夜にも村を襲っているしな」

 

 基本的に夜間の戦闘は昼間に比べ視界が制限されるため、不意の遭遇戦になりやすい。そのため、数的優位を活かした戦術を取りにくくなるのである。しかし、黒の旅団は現にレルム村を夜間に襲撃し僅かの間でほぼ全ての村人を殺害している。おそらく夜間戦闘の訓練を十分に積んでいるのだろう。

 

「それなら、今すぐにでも行かなくちゃ!」

 

 ようやく時間がないことを悟ったトリスが焦ったように声を上げた。

 

「そんなことはわかっている。しかし、何も考えずに出て行ったところで包囲されるだけだ。まずはどう近づくか考える必要があるだろう?」

 

「……確かにそうね」

 

 ネスティの言葉に納得したのかトリスは少し落ち着いた様子だ。

 

 そうして仲間と共に考えているうちに時間は過ぎていく。

 

 ようやく考えがまとまったときには既にタイムリミットギリギリで彼らは急いでファナンから出て行った。

 

 

 

 

 

 アティが確保した宿屋は下町の飲食店街にあった。このあたりはファナンに金の派閥が投資する前の漁村だった時代から存在し、それ故ファナンに対する愛着が強い者が少なくない。

 

 それもあってか、この飲食街においてはいつも通り営業している店が多かった。中央通りでは営業していない店が多かったのとは対照的だ。

 

 とはいっても、やはり人は少ないようでどこの飲食店でも客は数えるほどしかいない。いまのところ都市機能に影響はないとはいえ、確実にファナンを訪れる者は減っているようだ。

 

 そんな状況で二人は確保した宿の一室にした。ここは飲食店も一緒に経営している店のようで上の階を客室として提供しているのだ。

 

「街の人の話からそんな感じはしていましたけど……やっぱり、そうなんですか……」

 

 アティはバージルからファナンの状況を聞いていた。考えていた通りとはいえ、深刻な事態には変わりない。不安になりながらも、ポムニットを連れて来なかったことは正解だったと思った。そのポムニットとしては二人と共に来たかったようだが、目的地のファナンは戦いが近いという噂がゼラムにも聞こえていたため、連れて来なかったのだ。

 

「もう話し合いでどうにかなる段階ではないな。……言っておくが、無駄なことはするなよ」

 

「分かっています……。でも、何か私にもできることはあると思うんです」

 

 戦いが避けられないことはアティも理解していた。それでも彼女の性格上、やはり何もしないという選択肢はないようだ。

 

「そうか。……もっとも、いつ戦いが始まるかはわからんがな」

 

 こればかりはバージルにも予測はできない。もちろんもうすぐ始まることは分かるのだが、より具体的な時期については、何も絞り込む情報もないため、極端な話、今から始まってもおかしくないし、逆にまだ数日の時間があるかもしれないのだ。

 

 今思えばマグナやトリス達は自分よりもあの黒の旅団に関わっているようだったから、何か知っているかもしれない。

 

(いや、どうせ俺には関係ないか……)

 

 バージルが黒の旅団を調べていたのは言ってしまえば暇つぶしなのだ。一応、サプレスの悪魔が絡んでいることが分かってからは、もしかしたらサプレスに現れた魔界の悪魔も関係しているのでは、と淡い期待を抱いていたが、今のところそれについてはハズレのようだ。

 

 結局のところ、ファナンがどうなろうとバージルの知ったところではないのである。いつものように邪魔をするなら容赦しないが、そうでなければそれぞれが勝手にやっていればいいとさえ思っていた。

 

 もちろん戦いの中でそれなりの力を持った存在が現れたなら、自分と戦わせるつもりでいるが、今のところその兆候はない。あのレイムとかいう悪魔も何か企んでいるようだが、果たしてバージルの目に適う力を持つかは疑問符が付くところだ。

 

「……それで、俺の部屋はどこだ?」

 

 これ以上の考え事は自分の部屋でするかと思い、アティに尋ねた。

 

「もしかして一緒の部屋じゃ嫌、でしたか……?」

 

 アティが不安そうな顔になりながら上目遣いでバージルを見た。

 

「そうではないが……」

 

 バージルはこれまでアティとは長い付き合いだが、カイルの船で生活していた時も、島の彼女の家で生活していた時も部屋は別々だったので、今回も深く考えずに別の部屋を取ったと思ったのだ。

 

「それなら一緒の部屋、でも……っ――」

 

 そこまで言ってアティははっとした。自分が何をしたか思い至ったようだ。みるみるうちにアティの顔が赤くなっていく。

 

「ち、違いますっ! 私、そういうつもりじゃなくて……」

 

 手を振って慌てて否定する。「そういう」とはどういう意味なのか、バージルは理解に苦しみながら、とりあえずアティが落ち着くまで待つことにした。こういう時は下手に触れてもいいことはないということをこれまでの付き合いから知っていたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 




次回の投稿は5月7日(日)に投稿予定です。

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ありがとうございました。

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