Summon Devil   作:ばーれい

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第31話 迫られる決断

 バージルが大きな力を感じた場所は、まるで大きな爆発があったか、隕石が落ちたような大きなクレーターがある荒野だった。

 

「……あれか」

 

 その外縁部にエアトリックで姿を現したバージルは、クレーターの中心から自分を見定めるように見ている力の主に視線を向けた。

 

 その姿は一言で表現してしまえば竜だった。それも召喚術で呼び出されるような、メイトルパの竜とは比較にならないほどの力を持っており、さらに普通の生物より高位の存在であるかのような独特な雰囲気すら感じられた。

 

「我は界の意志(エルゴ)、リィンバウムの界の意志(エルゴ)。再び会うことができて光栄だ、魔剣士スパーダの血を引くものよ」

 

 エルゴと名乗り語りかけてきた竜にバージルは短く返した。

 

「ならば、貴様には聞きたいことがある」

 

 目の前の存在が本当に界の意志(エルゴ)であるかどうかを証明する術は持たないが、少なくともバージルはこの竜が界の意志(エルゴ)だと考えていた。

 

 竜の魔力が、人間とも、どの世界の召喚獣とも似ているようで違っていたのが理由の一つであったが、スパーダのことを知っていること、「()()会うことができて」と言ったことから、界の意志(エルゴ)であると判断したのだ。

 

 このリィンバウムでスパーダのことを知っている者は非常に少ない。その一人であるメイメイも界の意志(エルゴ)から聞いたというレベルなのだ。ここまでくればスパーダと面識があるのは界の意志(エルゴ)だけと考えて間違いないだろう。

 

 更にこの界の意志(エルゴ)はかつて自分に会ったことがあるという。もちろんバージルはこんな竜を見たことはないのだが、一つだけ心当たりがあった。それは、バージルがスパーダに関する手掛かりを求めて一人で旅をしていた頃、聖王国に現れたサプレスの悪魔の群れを殲滅した時である。

 

 斬り捨てた悪魔の頭領がまるで操られたように言葉を発したことがあったのだ。その際のバージルの予想通り界の意志(エルゴ)共界線(クリプス)を通じて悪魔を操っていたと考えれば辻褄はあう。

 

「我に答えられることであれば全て答えよう。……しかし、その前にどうか我の話を聞いてほしい」

 

「……いいだろう」

 

 界の意志(エルゴ)の提案をバージルは承諾した。当人が答えると明言している以上、どのタイミングで話をしようと大した問題ではない。

 

 竜の姿をした界の意志(エルゴ)は頷いた。

 

「我がこの世界を作り上げ、幾年月が流れた頃、四界からの侵攻によりリィンバウムは危機に陥った。我らは人に侵攻に抗える力、『送還術』を伝え辛うじて事態を鎮静化することができた。しかし、送還術を発展させた召喚術が生まれたことで人々は侵攻された復讐とばかりに四界の者達を奴隷のように酷使するようになったのだ」

 

「…………」

 

 界の意志(エルゴ)の話はバージルが聞きたいことではなかったが、全く興味がない話でもなかったため、無言で続きを促した。

 

「同胞を害された四界の者達は再びリィンバウムを侵攻した。我らは今に『エルゴの王』あるいは『誓約者(リンカー)』と呼ばれる者に力を与え、争いを終わらせようとした。しかし、今度は魔界から夥しい数の悪魔が現れたのだ」

 

「……その時か、スパーダと会ったのは?」

 

 バージルは界の意志(エルゴ)の言葉に反応し、問い掛けた。

 

「その通りだ。強大な悪魔が現れなかったのは幸いだったが、それでも永きに渡り戦いを続け、疲弊していた者達にとって悪魔の襲来は最悪の事態だった。我らが手を貸しても一向に状況が改善することはなく、このまま世界は滅んでしまうのかと考えた時、魔剣士スパーダが現れたのだ」

 

 界の意志(エルゴ)はどこか思い出すかのように空を見上げた。

 

「凄まじい強さだった。僅か三日で現れた悪魔を全て殲滅したスパーダは、我らに世界を守るため結界を張るように諭したのだ。……しかし、我らはいつまでも結界を張り続けることができるとは思えなかったのだ」

 

「なぜだ?」

 

 疑問を呈した。他の生物ならともかく、界の意志(エルゴ)に寿命があるとは思えない。これから先もずっと結界を張ることは可能ではないのか。

 

「悪魔によって、僅かの間に凄まじい数の生物が殺され、破壊されていった。その時に悟ったのだ。このままではいずれ共界線(クリプス)から伝わる負の想念によって我らは狂ってしまうだろう、と」

 

 共界線(クリプス)は万物と界の意志(エルゴ)を繋ぎ、魔力(マナ)と情報を循環させている。それには当然、あらゆる感情も含まれているのだ。もちろんそうした負の感情は界の意志(エルゴ)の自浄作用によって、中和されるがそれにも限界が存在する。

 

 戦いによって死んでいった者達、そして悪魔に殺された者達。彼らの感じた痛み、苦しみ、恐怖といった感情は、ほんの一時とはいえ界の意志(エルゴ)の限界を超えたのだ。ただ、それ自体はスパーダの活躍ですぐに解消されたため、重大な結果にはならなかったが、界の意志(エルゴ)は自分達の限界を悟ったのだ。

 

 この先世界が繁栄するにつれ、どんどん共界線(クリプス)も数を増していく。そしていつの日か限界を超える時が訪れるだろう。そうなってしまえば結界を張り続けることができるとは限らない。

 

(島の遺跡のようなものか)

 

 バージルは島にある遺跡のことを思い浮かべた。

 

 あの遺跡は人が界の意志(エルゴ)に成り代わるための装置である。しかし、人間には共界線(クリプス)から送られる情報全てを理解することはできなかった。唯一使用に耐えることができたハイネル・コープスも最後には精神がボロボロになってしまったという。

 

 それと同じことが界の意志(エルゴ)にも言えるのだ。

 

「ならばどうした? まさか放置したわけではあるまい」

 

 界の意志(エルゴ)はそう言ったものの、現にこのリィンバウムは存在を保っている。それこそまさに彼らが狂っていない証である。もし狂ってしまっていたなら、決して平穏に済むはずなどないだろう。

 

「魔剣士スパーダは『時の腕輪』を使い、共界線(クリプス)を循環する情報を止めたのだ」

 

(時の腕輪……)

 

 実物を見たことはないが、その存在自体は知っていた。二千年前スパーダが魔界に反旗を翻した時に彼と契約を結び戦った、母と同じ名を持つ魔女が作り上げたと伝えられるのが「時の腕輪」である。

 

 といっても、バージルが知っているのはそこまでであり、一応、名前から時間に干渉する力を持つことくらいは予測していた程度なのだ。まさか、そんな時の腕輪を父が持っていたとは思わなかった。

 

「それによって我らは正気を保ってこられたのだ」

 

 共界線(クリプス)界の意志(エルゴ)と万物を結びマナと情報を相互に循環させるものであるため、情報を止めたのならマナの循環もできなくなるのではないかと、という疑問が生じたが、ダンテが使っていた似たような力(クイックシルバー)のことを思い出したことで、理解することができた。

 

 ダンテのクイックシルバーもまた時を操る力を持つ。その力は自分以外のあらゆるものに及ぶが、いくつか例外もある。その最たる例が銃弾のような自分の放ったものには力が及ばないという点である。

 

 事実、バージルはこの力によって通常の何倍も速くなった銃弾を受けたことがあるのだ。

 

 同じことが時の腕輪にも言えるに違いない。万物から送られる情報は止めるが、界の意志(エルゴ)からのマナはこれまで通りに、送られているのだろう。

 

「……それで、俺に何の用だ? まさか、そんな昔話をしに来たわけではあるまい」

 

 図らずもバージルが聞きたかったことは、ほとんど界の意志(エルゴ)が話してしまったため、会いに来た理由を問い質した。

 

「……既に魔界との間に張った結界が魔帝に破壊されたのは知っているだろう。今でこそ魔帝は再び封印されているが、長くは持たない。じきに解けてしまう。今度魔帝が復活すればもはや我らにはどうすることもできないのだ。……魔剣士スパーダの血族よ。どうか、魔帝ムンドゥスからこの世界を守って欲しい」

 

 これこそが界の意志(エルゴ)がわざわざバージルに会いに来た理由であった。さらに言えば界の意志(エルゴ)ハヤト(誓約者)への試練を速やかに実施したのも一刻も早く彼を戦力化したいという思惑があってのことだった。

 

 リィンバウムと四界の間の結界と違い、魔界との間にある結界を修復するのは、魔帝の力が楔となっていて不可能であり、そもそも修復したところでまた破壊されてしまうのがオチだろう。

 

「…………」

 

 バージルは、視線はそのまま界の意志(エルゴ)に向けたまま、無言で思考する。現在、魔帝が封印されているということは、それを成したのはダンテ以外にありえない。いつかのバージルの予想は当たっていたということだ。

 

「答える前に、一つ聞きたい。俺をここに召喚したのは貴様か?」

 

 界の意志(エルゴ)の望みに答える前にバージルは質問した。とは言っても、魔界へ身を投げたバージルをリィンバウムに召喚することができるのは、もはや界の意志(エルゴ)くらいしかいないため、質問というより確認であった。

 

「その通りだ。魔帝の動向を注視していた我は魔界へ堕ちる汝を見つけ、ここへ導いたのだ」

 

「……そうか」

 

 一切の感情を顔に出さずにバージルは短く頷いた。そして目を閉じて少し間考え込む。

 

 数秒の沈黙の後、バージルは目を開いた。

 

「俺は、この世界を守るつもりはない」

 

 はっきりとそう答えた。

 

 かつて魔帝の右腕だったスパーダは人間を守るために魔界を裏切った。それはつまり、父は故郷を裏切るに足る価値を人間から見出したはずなのだ。

 

 しかし、バージルはこの世界を守るだけの価値を人間から見出すことはできなかった。

 

 確かに悪魔、魔帝ムンドゥスは母を殺し、弟を害した憎むべき仇敵。だが、それは戦う理由にはなっても、守る理由にはならないのである。

 

「……理解した」

 

 落ち着いた声で界の意志(エルゴ)は言葉を続けた。ある程度この答えを予想していたのかもしれない。

 

「……もしも今、汝が望むなら人間界へ送ることができるが?」

 

 確認するように界の意志(エルゴ)が尋ねた。もしかしたらその提案は、バージルの意思とは関係なしに召喚したことへの罪滅ぼしなのかもしれない。

 

「…………」

 

 確かに人間界に戻れば、魔界に行く方法はここにいるよりずっと見つけやすいだろう。特にフォルトゥナの地獄門なら魔界に行くのも難しくはないはずだ。

 

 そして魔界にさえいけばわざわざこの世界で待ち構えなくともムンドゥスと戦うことはさほど難しくない。なにしろ己はかつてムンドゥスの野望を打ち砕いたスパーダの息子だ。魔帝にとってはどんな手段を使っても殺したい相手に違いない。

 

 つまり魔帝を滅ぼすという目的を果たすことだけを考えるのなら人間界に戻るのが正解だろう。

 

 それでも、言葉を聞いた時、バージルの胸中にアティとポムニットのことが思い浮かんだ。人間界に戻ると言うことはあの二人と別れると言うことを意味する。世界を渡る術を知らないバージルにとって、この別れは永遠のものとなる可能性が高かった。

 

(だが……)

 

 それでも、たった二人のためだけに目的を果たすための近道を選ばないのは、合理的なバージルにとってありえない選択だった。

 

 バージルが心の中で答えを決めたとき、遠方から大きな悪魔の力を感じた。方向から考えて無色の派閥が布陣している辺りだ。ひょっとすると派閥の企みが成功したのかもしれない。

 

 なんにしてもあれほどの力を持つ相手と戦える機会はそうはない。今は答えを伝えるのを先延ばしにしてでも、その場所に向かうべきだとバージルは判断した。

 

「……話は後だ」

 

 鼻を鳴らし一言告げるとバージルはこの場に向かった時と同じように、姿を消した。

 

 

 

 

 

 時は遡り、バージルがサイジェントで悪魔と戦っている頃まで戻る。

 

 迷霧の森でのフラットと無色の派閥の戦闘は既に佳境に入っていた。

 

「どうしてだ……。どうしてオレ様は勝てない……」

 

 そこでは派閥の兵士だけでなく、彼らと行動を共にしていたバノッサを含めたオプテュスのメンバーも全て戦闘力を喪失しており、いくら総帥たるオルドレイクが戦闘に参加せず、無傷のままだったとしてももはや勝敗は決しているかに見えた。

 

「残念だったな、貴様らの負けだ」

 

 オルドレイクは愚かな敗者を見ながら呟く。そして魔法陣を発動させた。それはサプレスの魔王を召喚させるものだった。彼がこれまで戦闘に参加しなかったのもこの魔王の召喚の儀式の準備を整えていたためだった。

 

 本来であれば全ての準備が整ってから迎え撃つつもりだったのだが、サイジェント騎士団の動きがオルドレイクの想定以上に早かったため、やむなく今まで準備に没頭していたのだ。

 

 そのため、フラットがもう少し戦いを終わらせることができていたなら儀式を始めることはできなかったかもしれない。オルドレイクにとり、フラットとの戦いはある意味で綱渡りだったのだ。

 

 フラットに彼の狙いを気付かれ、邪魔されたらそれで失敗だった。そうでなくともフラットには娘のクラレットがいる。あの愚かな娘は一度、魔王召喚の儀式を実行している。結果こそ失敗だったが、儀式をその目で見ている以上、気付かれる可能性もあった。

 

 しかし、オルドレイクは綱を渡り切った。賭けに勝ったのだ。

 

「もっと絶望してもらわなければな……」

 

 既に儀式の準備は整った。後は贄を捧げればそれで召喚は成る。

 

 要は悪魔王を呼び寄せるために、サプレスの悪魔の好物である負の感情に溢れた存在が必要なのである。オルドレイクはバノッサにその役目を与えるつもりでいたのだ。

 

 しかし、フラットの戦闘に敗れただけではまだ絶望が足りないようだ。

 

 オルドレイクは再び魔法陣を発動させた。召喚するのは悪魔だ。しかし、サプレスの悪魔ではない。サイジェントの街を恐怖に陥れた悪魔だった。

 

 彼はリィンバウムにおける悪魔の召喚の第一人者だ。当然、これまでサイジェントで悪魔を召喚していた者達とは比較にならないほどの知識がある。

 

 そのため、力の弱い悪魔は手当たり次第に攻撃することも知っていた。そして、そんな悪魔を敗北した兵士とオプテュスのただ中に召喚すればどうなるか、考えなくとも想像はつくだろう。

 

 最初に悪魔の餌食となったのはバノッサの義兄弟であり、彼をずっと慕ってくれていたカノンだった。万全の状態であれば悪魔を返り討ちにすることさえ可能だっただろうが、疲弊した今の状況ではまともな抵抗一つすらできず、悪魔の攻撃に体を貫かれた。

 

「バノッサ、さん……」

 

「カ、カノン……」

 

 弱々しく名を呼ぶカノンにバノッサは手を伸ばすが、その手がカノンに触れることはなかった。

 

 悪魔の酷薄な攻撃が再びカノンを襲ったのだ。胴は両断され、手足はちぎれ、頭は潰され、もはやただの肉片と化したカノンをバノッサは震えた手を伸ばしながら見ていることしかできなかった。

 

「あ、ああ、ああああ……」

 

 もはやバノッサから意味のある言葉は出てこなかった。

 

 さすがに戦う力が残っているフラット達も、奇襲にも等しい悪魔の出現に守りを固めるのが精一杯であり、他に気を回す余裕はなかった。当然、他のオプテュスの面々や派閥の兵士たちは悪魔の餌食となっており、戦場は一気に血の赤に染め上げられた。

 

 その様子をオルドレイクは満足げに眺めていた。一時はカノンを殺した悪魔がバノッサも襲おうとしたのを見てひやりとしたが、オルドレイクの攻撃が間に合い悪魔は始末できた。

 

 これで魔王召喚に必要なものは全て揃ったのだ。

 

「ああああアアアア!!」

 

 バノッサの耳を塞ぎたくなるような叫び声が響く。それこそが餓竜の魔王スタルヴェイグの召喚に成功した証。サプレスの魔王がバノッサを依り代としてリィンバウムに現れたのだ。

 

「みんな、下がれ! 早く!」

 

 悪魔の出現に、魔王の召喚。さすがにこれだけのことが連続して起こったのでは、ハヤトでなくとも一旦距離をとることを選ぶのは当然だろう。

 

「はあああああっ!」

 

 仲間を下がらせるため、ハヤトは前に出てサモナイトソードに魔力を込め、横に振り抜く。巨大な魔力の斬撃が近付こうとしていた悪魔に直撃し吹き飛ばした。しかし、同族の死すら意に介さず悪魔は次々と迫り来た。

 

「くそっ!」

 

「ハヤト!」

 

 ハヤトの危機にクラレットがサプレスの召喚獣「ツヴァイレライ」を召喚した。サプレスに属する召喚獣の中でも最強の部類に入るこの召喚獣の攻撃が範囲にいた悪魔は全て絶命した。

 

 しかしこの召喚獣の一撃をもってしても、勢いを一時的に抑える程度の効果しかなかった。あまりに数が多すぎるのだ。

 

 その結果、ハヤトとクラレットは悪魔に囲まれてしまった。一部の悪魔は仲間の方へ向かったものの、それが逆に二人と仲間の分断を招いてしまったのだ。

 

 じりじりと距離を詰める悪魔に二人は互いに背中を預け、武器を構えた。

 

「向こうから突破しよう。援護してくれ」

 

 ハヤトが顔を振りながら一点を示す。その方向はこの囲みさえ突破してしまえば悪魔もいないため、体勢を立て直すことができるだろう。

 

「……わかりました。でもあまり無茶しないでくださいね」

 

 言いつつも、クラレットはサモナイト石に魔力を注ぎ、再びツヴァイレライを召喚する。かなりの魔力を消費するが、今は出し惜しみしている状況ではないと判断したのだ。

 

「はあっ!」

 

 クラレットの召喚術が直撃した瞬間、ハヤトは示した方向に飛び込みながらサモナイトソードを振った。そして放たれた魔力刃によって悪魔が消えるのを確認したハヤトは叫んだ。

 

「よし、行こう!」

 

 並んで悪魔の囲みを突破しようと走るが、二メートルはあろうかという一際大きな悪魔がすぐさま攻撃を仕掛けてきた。狙うはハヤトの左を走るクラレットだった。

 

「っ、クラレット!」

 

 すんでの所で気付いたハヤトはクラレットを抱きかかえながら真正面に転がり込んだ。それによって悪魔の攻撃は回避することができたが、すぐさま二撃目が振り下される。

 

「っ……!」

 

 倒れ込んだ姿勢だったためほとんど腕の力だけで振るったのだが、紙一重で受け流しことに成功した。転がった時にサモナイトソードを手放してしまっていたら今の一撃を防ぐことはできなかっただろう。

 

「ハヤト!」

 

 自分を守るため、ぎりぎりの攻防を続けるハヤトを助けるためクラレットは三度召喚術を使った。とは言っても先程のように強力なものではない。それほどの威力はない代わりにすぐに発動できるものだ。

 

 これで悪魔を倒そうとは思っていない。少しでも隙を作って状況を改善できればいいと思ったのだ。

 

 彼女の狙いは的中した。まさに三撃目を振り下そうとした悪魔は至近で受けた召喚術に大きく仰け反ったのだ。さらにそこへハヤトの一撃が悪魔を深々と切り裂いた。もう戦う力は残ってないだろう悪魔は力が抜けたように膝を付いた。

 

 これで後は立ち上がり距離をとれば仕切り直せる。二人はそう確信していた。

 

「――え?」

 

 膝を付いた大きな悪魔を背後から切り裂き、さらにもう一体の悪魔が姿を見せた。さきほどの悪魔の大きさゆえ、後ろにもう一体いたのに気付かなかったのだ。

 

「ぐっ!」

 

 それでもハヤトはその悪魔の薙ぎ払いを防ぎきった。しかし、その代償にサモナイトソードを弾き飛ばされてしまった。

 

 悪魔はすぐさま手に持った鎌を構えた。もう二人に防ぐ術はない。

 

 それでもせめてクラレットだけでも守ろうと彼女を抱きしめた。たとえ自分の身を危険に晒しても守りたいものがある。ハヤトにとってそれが彼女だった。

 

 しかし、いつまで経っても己の体を貫いた痛みは襲ってこない。不思議に思い振り向くと、そこには自分達を攻撃しようとした悪魔はいなくなっており、代わりに二人の女性が立っていた。

 

 その一人であるアティが振り向いて言った。

 

「間一髪ってところですね、ここは私達に任せて下さいね」

 

「先生、すぐに来ますよ!」

 

 アティの隣にいたポムニットが集まってきた悪魔を見据えながら声をかけた。フラットの仲間達にもだいぶ数を割かれているとはいえ、それでも一目では数え切れないほどの悪魔が迫っていた。

 

 アティは剣を構え、ポムニットは武具をつけた両手を構えた。

 

 そして悪魔がさらに距離を詰めると二人は同時に動きだした。

 

 アティの戦い方はさながら熟練の戦士のように効率的であった。なにしろアティは島でも戦っていたため、悪魔との戦闘経験はここにいる誰よりも豊富なのだ。その経験が彼女の戦い方を洗練されたものに昇華させているのだ。

 

 それに対してポムニットは悪魔の人間離れした力を使い、多少荒削りながらただ単に力で押すだけではない、まるでバージルのような戦い方だった。それはバージルの戦いを見て、そして戦って、自然と身に着いたものだった。それを考えれば似ているのも当然だろう。

 

 二人の参戦によって戦況は明らかにこちら側に傾いていた。すぐにハヤトとクラレットも戦闘に戻るし、彼らの仲間が悪魔を打ち倒すのも時間の問題だ。

 

「! 下がって!」

 

 何かを感じ取ったアティが叫ぶ。それに従いポムニットが敵の只中から跳躍し距離をとると、さきほどまで彼女がいた場所に強力な魔力による攻撃が襲った。

 

 ポムニットは避けたので問題なかったが、そこにいた悪魔は根こそぎ吹き飛んでいた。

 

「っ、今のは……」

 

 無意識にその攻撃を行った者の方へ視線を向けた。

 

 そこにいたのは辛うじて人の面影が残っている何かがいた。

 

 しかし、ポムニットにはそれが何か理解できた。自分と似たような力を感じるあの存在は――。

 

「あれは……もう魔王、か」

 

 体を起こしサモナイトソードを拾ったハヤトが言った。その声に悲しみと悔しさ、そして諦めが滲んでいた。

 

 魔王と化したあの存在にバノッサの意思は感じない。もはや、ただ破壊を振りまくだけの存在だ。

 

 まだフラットの仲間は悪魔との相手に手一杯だ。応援は見込めない。これを四人で相手にするしかないのだ。

 

 四人はそれぞれ武器を構え直し、魔王と対峙した。

 

 

 

 少し離れた所ではオルドレイクが戦場を眺めながら呟いた。

 

「ククク……、さあ仕上げといくか」

 

 魔王の様子と力を見て召喚が成功したことを確信したオルドレイクはさらに悪魔を召喚するべく魔術を使用した。ただし、これはさきほど使ったものやサイジェントで部下に使わせたものとは異なるものだった。

 

 この術で呼び出せるのはこれまでオルドレイクと協力関係にあった悪魔だ。その力は最初に会った時から、これまで召喚してきた悪魔とは比較できないほど強かったが、今では悪魔の血液が結晶化したレッドオーブというものを配下に集めさせ、それを喰らうことでさらに力を増しているようだった。

 

 オルドレイクがサイジェントで悪魔を召喚させていたのも、現れた悪魔を倒させることでレッドオーブを回収させるためだった。もちろん悪魔と戦う以上、無傷で済むはずもないので、サイジェントの戦力を低下させることもそれなりに期待していたが。

 

 そうして現れたのが三メートルはあろうかという悪魔だった。頭には無数の角が生えており、背中から肩にかけては甲殻のようなものがあるが、その他は人間に近い容姿をしていた。

 

 これが「アバドン」という悪魔だ。レッドオーブを喰らうことで強くなっていくという悪魔の中でも珍しいタイプだ。

 

「ふはははははは!」

 

 魔王とアバドン。計画に必要なものがついに揃い、オルドレイクは自分の勝利を宣言するように笑った。

 

「やはり、背後にいたのは貴様か……」

 

 さっきまでの高笑いが嘘のようにオルドレイクの顔から一瞬で血の気が失せる。忘れもしないこの声は、オルドレイクに恐怖と絶望を叩き込んだ男のもの。青くなった顔で声の方を向くとそこにはここにいるはずのない、あの銀髪の男が立っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 




久しぶりに3SEをやったら4SEのバージルの攻撃性能の高さに驚きました。そりゃトリック系弱体化させてバランスとるわ……。

ご意見ご感想お待ちしております。

ありがとうございました。

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