Summon Devil   作:ばーれい

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第26話 役者は揃う

 バージルがサイジェントで調査を開始して以来、悪魔による被害は随分とマシになった。悪魔の魔力を感知するとすぐに現地に向かい殲滅するためだ。

 

 基本的に悪魔は複数個所で同時に現れるため、バージルはその中の一つと戦うことになる。もっとも所詮は下級悪魔の群れであるため、移動も含め遅くとも一分以内に殲滅しているのだが。

 

 そのようにここ数日、悪魔との戦闘を重ねているといくつかの気になった点が浮かび上がってきた。

 

 まず、悪魔の出現する時間帯は昼間であることが多い点だ。人間界や島では夜間の方が多いだけに人為的なものを感じさせた。

 

 次に、悪魔が現れる場所の近くに、毎回のように同じ人間がいることだ。悪魔につけ狙われているのか、あるいは悪魔を召喚した張本人かは定かではない。

 

 そして三つ目はたった今、気付いたことである。

 

 バージルの眼下にいたのは悪魔に殺された人々の死体と、悪魔の血液が結晶化したオーブ、そして悪魔を倒した者達だった。

 

 今回、悪魔は二ヶ所に現れたためバージルはその片方を始末し、もう一ヶ所の方へ赴いたのだ。三階建ての家屋の屋根から状況を確認する。悪魔を倒した者達はそれぞれ全く異なる恰好をしていることから騎士ではないのだろう。

 

 彼らはこの場の後始末や状況の連絡など、戦闘を終えても慌ただしく動き回っていた。

 

 倒すべき悪魔がいない以上、長居する理由もないため、この場を離れようと踵を返した時バージルの目に奇妙なものが映った。

 

(なんだ?)

 

 視線の先には悪魔が落としたオーブを回収していく小さな悪魔のような存在があった。見ているとそれらは落ちているオーブを全て集めひっそりとどこかへ行ってしまった。

 

 かなり近くの距離で行われたことにもかかわらず、それに気付いたのはバージルだけだった。

 

 それだけあの小さな悪魔は、魔力と気配を断つ能力に長けているのだろう。バージルも集中していればその限りではないが、普段の状態では魔力に気付かなかったのだ。

 

「……まあいい」

 

 いくら魔力を隠せてもあの程度の悪魔とは戦う気にもなれない。下手をすればただの人間にも劣る力しか持ってないのだ。

 

 ただ、気になるのは集めたオーブの使い道だ。さすがに今の段階では推測すらできないが、もしそれで力を得ようとしているのなら、いずれは戦うことになるだろう。

 

 ただし、いくら気になるとは言っても、この件が悪魔の出現に関係するとは思えない。そのため今優先すべきは、悪魔の出現の原因に関わってきそうな他の二つを調べることだ。他のことに時間を割くことはできない。

 

 特に二つ目に関しては、相手次第だが一気に原因を解明できるかもしれない。

 

「まずはあの人間を探すか……」

 

 目的の人間は顔こそ見ていないものの、魔力は記憶している。面倒ではあるが、探し出すことは可能だろう。

 

 今後の方針を決めるとバージルは今度こそ、この場所から離れていった。

 

 

 

 

 

 いつもより静かなサイジェントの街中を、一人の男が背中を丸めて辺りを窺いながら、早足で歩いていく。その様はまさしく、悪魔の脅威に晒されているこの街の住民の姿に相違なかった。

 

 だが、男にはただの住民とは違うところがあった。その眼光の鋭さだ。

 

 いつ悪魔に襲われるかわからないサイジェントの人々の目には怯えと恐怖がある。しかし男の目にそんなものはない。むしろ獲物を品定めするかのような不気味な光があった。

 

 周囲を観察しながらしばらく歩いていると、男は小さな路地に入った。

 

 そこで何やら幾何学模様と文字で構成された魔法陣が描かれている紙を地面に置き広げると、そこへ召喚術を使うように魔力を注ぎ込んだ。

 

 すると魔法陣は赤く輝き始める。男はそれを見届けると急いでその場を後にした。このままここにいれば自分が奴らの餌食になってしまう。それだけはゴメンだった。

 

 できる限り急いで、しかし怪しまれないように焦る心を押さえながら来た道を戻っていく。そうしていくうちに背後の方から不安を掻き立てるようなおぞましい声が聞こえてきた。人間の悲鳴だ。

 

 後ろを向くと悪魔達が周囲の人々を手当たり次第に襲っているのが見えた。とりあえず今回も自分に課せられた任務は果たせたようだ。

 

 そう、男はサイジェントの人間ではない。自分の属する組織から命令を果たすために、住民に紛れているにすぎない。そうして隙を見て悪魔を呼び出すのが彼に与えられた任務だった。

 

 もちろん同様の命令を受けた者は何人もいた。男はその者達と共に半年ほど前からサイジェントに移り住み、街に馴染んできたのだ。男がこうした仕事に従事するようになって両手の指では数えられないほどの年月が流れたが、ここ最近はこれまでなかったほど用心に用心を重ねて慎重に動いていた。

 

 まるで何かを恐れているように。

 

(今回はこないのか……?)

 

 最近、男が召喚した悪魔は青いコートを着た銀髪の男に、あっという間に殲滅させられたことがあった。これまでも最終的には騎士団やスラムのガキ共に倒されていたが、それでも彼らが来るまでには時間を要し、その間に住民が襲われるのが常だったのだ。

 

 しかし、あの銀髪の男は違う。一切の被害など出ていない。そもそも住民は悪魔が現れていたことにも気付いてないだろう。出現を予測しているのか、凄まじい速度で移動したのか不明だが、明らかに異質な存在だ。

 

 だが、来ないならそれがベストだ。今回の目的は達成している。後は巻き添えを食らわぬようにできる限り離れるだけだ。

 

 そう考えて男が前に向き直り、逃げ惑う人々に紛れ走り出そうとした時。

 

「ッ……!」

 

 心臓を鷲掴みされたように体が硬直した。

 

 いつの間にか、あの青いコート着た男が自分の前に立っていた。そして見下すような冷たい目で己を見ていたのだ。

 

 青いコートの男はゆっくりと歩いて近付いてくる。しかし、逃げようとしても男の体は動かない。蛇に睨まれた蛙も今のような感覚だったのだろうか、体がまるでいうことを聞かなかった。

 

「何のために悪魔を呼び出した?」

 

 どうやら悪魔を呼び出したところをコートの男に見られていたらしい。

 

「…………」

 

「誰の命令だ?」

 

「…………」

 

 全てを話して楽になってしまいたい誘惑に駆られながらも、それを必死に抑え無言を貫く。いくら奴が異質でもこんな大勢の前で殺そうとはしないだろうという冷静な計算もあった。

 

「…………」

 

 一瞬の硬直の後、そこへ騒ぎを聞きつけたのか「フラット」と名乗る者達が走ってきた。普段なら呼び出した悪魔を倒してしまう厄介な奴らだが、今回に限ってはありがたかった。

 

「助けて!」

 

 できる限り悲痛な声で叫ぶ。そして力の限りその場から走り出す。不思議なことに先程まで全く言うことを聞かなかった体は、驚くほど自然に動かせていた。そしてもう一度声を張り上げる。

 

「助け――!」

 

 しかしその言葉を最後まで言うことはできなかった。銀髪の男が手にした得物を抜き、悪魔を呼び出した男をバラバラに斬り刻んだのである。

 

「お前!?」

 

 目の前で人を斬殺した青いコートの男をハヤトは知っていた。数日前に、自分達の目の前で人間を貪り食っていた化け物を倒した男である。

 

 その時は会話はおろか、顔すら見なかったのだが、ハヤトの発した声に反応し振り向いた。

 

 もはや人としての原型を失った男の死体を間に挟み、同じ世界から呼び出された二人は、初めて向かい合ったのだ。

 

 これが伝説の魔剣士の血を引くバージルと後に誓約者(リンカー)となるハヤトの出会いだった。

 

 

 

 

 

「おのれ、おのれ……またしても邪魔をするか……!」

 

 自分の部屋の一室で無色の派閥セルボルト家の当主、オルドレイク・セルボルトは忌々しげに吐き捨てた。

 

 机に上げられたのはこれまでの報告書である。数日前までは何の障害もなく計画は進行していたのに、この数日の間に事態は急変していた。

 

 オルドレイクが命じていた悪魔の召喚は実行者が次々と殺害されたため、一時中止せざるを得なかった。全てはあの銀髪の男のせいだった。

 

 銀髪の男、名前は分からない。オルドレイクは二十年ほど前に、派閥のかつての実験施設を手中に収めるためとある島に赴いた。そこであったのがその男だった。

 

 そしてオルドレイクは絶望を味わった、恐怖を、力を思い知った。引き連れていった軍勢も男の前では一刻と持たず壊滅した。彼自身も右腕を失う羽目になった。もし、ウィゼルの助けがなければ命を失っていただろう。

 

 しかしそのウィゼルもあっけなく倒され、自分は僅かに残った手勢と共に逃げ帰るしかなかった。

 

 それからオルドレイクは狂ったように研究に没頭した。あの絶望を拭い去るために、あの恐怖から逃れるために。しかし、いつまで経っても彼の望むような成果は上がらなかった。

 

 そんな中、あの銀髪の男は派閥の施設を無作為に襲撃し始めたのだ。時間と比例するように被害は拡大していき、いくつもの拠点が潰され貴重な資料と戦力を失っていった。

 

 更には協力関係にあった紅き手袋も標的となり、次々と襲撃されていった。派閥は幹部クラスの七割を失い、一時は本気で活動の休止を考えていたほどだ。

 

 ところが、男の消息は十年ほど前にぷつりと途絶え、襲撃もなくなった。

 

 これ幸いと、派閥はすこしずつ勢威を取り戻していったが、今度は違う化け物が現れるようになった。だが、オルドレイクはその化け物からあの男と同種の力を感じ取ったのだ。

 

 もちろん力の大きさは全く違う。しかし、こいつらの力こそ自分が求めるものだという確信があった。

 

 研究を進めていくうち、彼はある化け物から接触を受けた。人間と意思疎通ができるその化け物は、自分達の正体がサプレスのものとは異なる「悪魔」であることを教えてくれた。

 

 以来、オルドレイクはさらに悪魔について研究を重ね、ついには悪魔を呼び出す魔法陣を作り上げたのだ。

 

 そして、それを利用した計画を練り、周到に準備を進め、とうとう実行に移った時、再びあの男が現れたという報告を受けた。

 

 それでも、そのときの段階ではオルドレイクは焦らなかった。これまでの研究でかつてのような差はないと確信していたのだ。もちろん単純な力は及ばないかもしれないが、自分にはこれまでにない力がある。そう思っていた。

 

 しかし、彼の考えは甘かったのだ。

 

 銀髪の男はサイジェントに入ってから数日で悪魔を召喚しているのが派閥の者だと突き止めたのだ。潜伏する者達は単独でも作戦を遂行できる最精鋭の者達を選抜していたが、やはり相手が悪過ぎたようだ。

 

「……まあ、よい……」

 

 怒りで震える心に言い聞かせ、何とか冷静さを取り戻す。あの男の介入はなにも悪い事ばかりではないのだ。

 

 オルドレイクの計画は悪魔に関するものだけではなく、もう一つの柱が成功して初めて成り立つものなのである。しかしその柱であるサプレスの魔王を召喚する計画は一度失敗していた。

 

「やはり我が直々に行うべきか……」

 

 魔王召喚を行ったのは実の娘であるクラレットだったが、儀式に失敗したことでもう娘には期待はしていなかった。せいぜい、魔王の代わりに召喚された少年の力を見極められれば御の字だ。

 

 既にもう一度儀式を行うに必要な魅魔の宝玉は手に入れた。しかし、クラレットに代わる魔王を呼び出すための依り代についてはいまだあてがなかった。

 

「ククク……ならばあの愚か者を使ってやるとするか……ついでに目障りな奴らも処分するとしよう」

 

 一案を思いついたオルドレイクは気味悪く笑い、部下を呼ぶ。

 

 そして一通り命令を下すと自らサイジェントに赴く準備を始めた。

 

 

 

 

 

 表向きは酒場として運営されている「告発の剣」亭にバージルはいた。いつものように出かけていたアキュートに代わり店番をしているスカーレルに見せたい物があったのだ。

 

 バージルは先程まで悪魔を召喚しようとしていた者を殺して回っていた。昨日に始末した一人と合わせて、悪魔を召喚していた者達はもう一人として残っていないだろう。

 

 そうして殺した者から奪った物がカウンターに置かれているのだ。もちろんバージルは戦利品として持ってきたわけではない。彼らがどこの組織の構成員か調べるためにわざわざ回収したのだ。

 

 いくら口は固くとも身につけている物から身元を割り出すことは大して難しくはない。元紅き手袋の暗殺者で、無色の派閥についても詳しいスカーレルがいるのだから尚更だ。

 

「確かにこの中のいくつかは無色の派閥で使っていたと思うわ」

 

 無造作に置かれた、様々な物に目を通しながらスカーレルが言った。

 

「思った通りか」

 

 悪魔を召喚できる技術といい、複数の召喚者を街に潜ませることといい、今回の件は相当規模の大きな組織でなければ実行できないことくらい想像できる。バージルの知る中でそんなことができるのは、それこそ無色の派閥くらいなのだ。

 

 その予想がスカーレルの言葉によって確信に変わった。

 

「……あなた、これを手に入れるのに無茶したんじゃないの?」

 

 目の前に置かれた品々には赤黒い血がべっとり付いている物もあった。どう考えても穏便に済ませたとは言い難い。

 

「たいしたことはしていない」

 

 目的を果たしたバージルは椅子から立ち上がった。たかが人間数人を始末すること程度、悪魔を倒すよりも容易いことだ。

 

 そのまま踵を返した時、十人ほどのグループが店に入ってきた。その内の四人はこの「告発の剣」亭を本拠とする革命組織アキュートの幹部達だった。他には昨日バージルを呼び止めた少年――ハヤト――の姿もある。

 

 彼とは昨日、悪魔を呼び出した男を見つけた時に会っていた。その時、この少年から他の者とは違う力が感じられたのだが、それでもバージルの興味を引くには値せず、それよりも調査を優先するべきだと判断したため、呼び止められても応じずにそのまま無視してその場を離れたのだ。

 

 そして今もまた、わざわざ彼らと話す価値を見いだせなかったバージルは、当然店を出て行くつもりでいた。

 

「話が、あるんだけど……」

 

 ハヤトから言葉がかけられる。少し焦っているような、しかし意思と勇気が感じられる若者らしい声だった。

 

「俺にはない」

 

 顔すら見ようともせずばっさりと答えた。

 

 その言葉を聞いて少年の隣にいた不良のような少年は頭に血が上ったのか、バージルに掴みかかろうとした。

 

「あんたになくてもこっちには――」

 

 刹那、少年に閻魔刀の切っ先が向けられる。それでもバージルの視線は正面に固定されたままだった。

 

「No one will stand in my way」

 

 魂まで凍りつくような冷たい声。彼らが自分と話をするために来たということは理解できるが、それでこちらに利があるわけでもない以上、わざわざ話をする義理などない。

 

「っ!」

 

 仲間に武器が突きつけられたことに驚きながらも、反射的に武器にそれぞれの手をかけた。

 

 閻魔刀を突きつけたとはいえ、バージルは見境なく相手を殺すほど血に飢えてはいない。自らが倒すべき相手や向かってきた相手ならいざ知らず、敵意のない無害な相手であれば、わざわざ力を振るおうとは思わないのだ。

 

 今回も同様に、突っかかってこられたとはいっても、そのまま引き下がるのであればこちらから仕掛けるつもりはなかった。

 

 しかし、彼らがやる気なら容赦はしない。向かってくる者にかける慈悲など、この男が持ち合わせているはずがなかった。

 

「よほど死にたいらしいな……」

 

 言葉と共に初めて彼らの方に視線を向けた。

 

 身震いするような殺気とは裏腹に、突きつけていた閻魔刀を下げる。

 

 その代わりに幻影剣が出現した。それもバージルの周囲だけではなく、彼らを取り囲むように円周状に大量の幻影剣が現れたのだ。その数は目測で見ても軽く百本は超えていた。

 

 ハヤトを中心としたフラットはこれまで悪魔とも戦い勝利していることは知っている。そこいらの有象無象の人間とは一線を画す力があると見て間違いない。

 

「ちょっ、なにもそこまですることないでしょ!?」

 

 スカーレルは突然の展開に驚きつつも、殺気を隠そうともしないバージルを抑えるため声を上げた。

 

「向こうはやる気のようだが?」

 

 視線の先にはそれぞれ背中を預け合い、武器を抜いて幻影剣を警戒するハヤト達の姿があった。ただそうは言っても、バージルが幻影剣を撃たないのは、本当に自分と敵対する意思があるのか図りかねていたからである。

 

 昔のバージルなら問答無用で殺していただろう場面だ。そう考えると彼も随分と甘くなったのかもしれない。もっとも、実際に殺気を浴びせられ、幻影剣を向けられているハヤト達にそんなことが分かるはずもないが。

 

 バージルは彼らが敵かを見定めるため、一挙手一投足をつぶさに観察する。対するハヤト達も意識を集中させて取り囲む大量の剣とそれを生み出した張本人を注視する。

 

 張り詰めた空気が「告発の剣」亭を満たした。

 

「あ、あの~……」

 

 しかし、その空気を入れ替えるように入口のドアが開いた。

 

「来るな! 早く――」

 

 来たのが誰かは知らないが、今こんな場所に居合わせたらどんな目に遭うかわかったものではない。無関係の人間でも目の前の男は容赦なく殺すかもしれないのだ。昨日、住民を斬殺したように。

 

 そう思ったハヤト達はドアを開けた、赤い髪に白い帽子を被った女性に声を上げたのだ。

 

 しかしそれを言いきる前にバージルが口を開いた。

 

「アティか……随分遅かったな」

 

 それと同時に幻影剣を消す。自分達のことよりアティのことを心配するような彼らを見て、敵対の意思なしと判断したためだ。

 

「もう、これでも急いで来たんですよ?」

 

 たった今まで繰り広げられていた修羅場のことなど知らずに、アティはくすりと笑いながら言った。彼女はサイジェントに到着した後、スカーレルの家まで行ったものの、当の家主とバージルがいなかったため、ポムニットに場所を聞いてここまでやってきたのだ。

 

「……まあいい、戻るぞ」

 

 店を出ようとするバージルに、アティがまだ店の中に残るスカーレルの方を見ながら声をかける。

 

「え? でも……」

 

「あいつならまだ店番があるそうだ。……色々とすることがあるのだろう」

 

 バージルもスカーレルを見ながら言う。言外にこいつらに話をしておけ、という意味を込めて。

 

「あ~、そうね。確かにもう少しかかりそうだから、先生は街の中でも見に行ってきなさいな。きっとエスコートくらいしてくれるわよ。そうよね、バージル?」

 

 バージルから面倒事を押し付けられたスカーレルは、せめてもの仕返しと久しぶりに再会にしたアティのために言った。

 

「そ、そんな、私は別に……」

 

 まるでデートみたいなスカーレルの提案に顔を赤くした。

 

「……くだらん」

 

 一言で切り捨て店を出ていくバージルをアティが追いかけていく。

 

「何かあったんですか?」

 

 少し不機嫌なようにも見えるバージルに話しかける。

 

「いや、なにもない」

 

 そのまま会話も無く家路を戻っていくが、アティは勇気を振り絞って言った。

 

「あのっ、街を見たいので一緒に来てくれませんか?」

 

「別に構わんが……」

 

 潜伏する無色の派閥の構成員は全員始末した以上、今できることは派閥の出方を待つだけであるため、時間はあった。また他にすることもないためバージルは提案を受けることにした。

 

 アティの希望でまずは商店街を見ることにした。思えばこうして並んで歩くのなんてしばらくぶりのような気がする。島では瞑想をするバージルを呼びに行くことが日課だったので、その帰りに並んで歩いていたのだが、この旅のために島を離れてからは当然、なくなっていたのだ。

 

(もう少し傍に行っても大丈夫かな……)

 

 これまで会えなかった寂しさと、一緒に歩いているという嬉しさがアティにもう少しだけ勇気を与えた。

 

 とは言っても、さすがに腕を組むのはハードルが高すぎたのか、アティはバージルとの距離を少しだけ詰めた。さすがにゼロとはいえない距離だが、それでも服が擦り合うくらいの至近距離だ。彼女にしては頑張った方だろう。

 

 もちろんバージルはアティが距離を詰めたことは気付いていたが、特に嫌な気はしなかったので好きにさせることにした。

 

 重なり合う二人の影が伸びる。この穏やかな時間はもう少しだけ続きそうだった。

 

 

 

 

 

 

 

 




第26話いかがだったでしょうか。

ご意見ご感想お待ちしております。

ありがとうございました。

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