昼を過ぎた時間帯、名もなき島の上空に浮かぶラウスブルグの中では、ハヤト達が昼食も食べずにバージルが聖王国へ向かった場所でその帰りを待っていた。自分たちよりもずっと強く、悪魔との戦いにも慣れているバージルなら問題なく悪魔を撃退してくれると信じていたが、それでもやはり本人の口から聞かないと安心できないのである。
「みんな、バージルさんが戻ってきたよ」
そこへアティとともにバージルがやってきた。どうやら出発したところと同じところには戻ってこなかったらしい。アティは彼らがこの場所で待っていたことを知っていたはずだから、彼女に案内されてこの場に来たのだろう。
「頼まれた通り悪魔は全て始末した。……もっともレルム村には来なかったようだがな」
開口一番バージルが彼らから依頼された結果を伝えた。
「ありがとう。……ところでみんなが無事だったかは分かる?」
「知らんな。だが、サイジェントの悪魔は戦闘が始まって間もなくに始末した。たいした被害もないだろう」
ハヤトの疑問に淡々と答える。彼としてはサイジェントに住む仲間達の安否が確証をもって確かめられないことに一抹の不安を感じてはいたが、それでもバージルの言葉で納得はしていた。彼の言葉は簡潔ではあるが、要点を押さえていたためだ。それにバージルの見立てはこれまでも極めて正確であったこともハヤトを納得させた大きな要因だった。
「他はどうだったんですか?」
「ゼラムは俺が着いた時には既に戦闘が始まっていた。だが、兵士はともかく、住民へはそれほど大きな被害は受けていないだろう」
「ゼラムの騎士団は対悪魔用の装備が優先的に配備されていたはずだからな。そう簡単にはやられはしないはずだ」
クラレットの質問にバージルが答えるとネスティが補足するように言った。彼が騎士団に対悪魔の装備が配備されていることを知っているのは、その装備の情報を提供した一人だからだ。
数年前、ラウスブルグを用いて人間界に向かうバージルのもとへ、それに同行するレナードをトリスとともに送り届けた際に悪魔へ一定の効果が見込める銀を用いた武器のことをバージルから聞いていたのだ。元々それは派閥の任務でもあったため、報告書にまとめて提出したところ騎士団への配備が決定されたのだった。
「へぇー、そうだったんだ」
「……それは君も知っているはずだが」
感心したように頷くトリスにネスティが眼鏡を抑えながら呟いた。銀の武器が騎士団に配備されたことは、共に任務に従事したトリスの耳にも入っていたはずだが、その様子を見る限りすっかり忘れてしまっていたらしい。
一応、ネスティも彼女がまだ病み上がりであることは理解しているから、いつものように叱ることはしなかったが、それでもやはり怒りと呆れは覚えているようだった。
「……でも、なんでレルム村は無事だったんだろう? 単純に人が少なかったから?」
「その可能性が高いだろう。だが、詳しく知りたければエクスにでも聞くことだ」
マグナの疑問に答えると同時にエクスの名前を出した。バージルはラウスブルグに戻ってくる前に状況の確認も兼ねてエクスに会っており、その際に事態が落ち着けば聖王国全体の被害を把握すると言っていたのだ。もっとも、有用な情報はそれくらいだったのだが。
「ってことは、そろそろ戻っても大丈夫ってことだよな」
バージルの言い方から彼がもうラウスブルグにいる必要はないと判断していると思ったハヤトが確認するように尋ねる。今回の件でもそうだったが、ハヤトにしてもマグナやトリスにしても非常事態にもかかわらず、何もできずただ待っているというのはなかなか厳しいものだったのだ。
できるなら仲間とともに何かしたい、というのが偽らざる本音であった。
それを聞いたバージルは隣にいるアティに視線を向ける。ハヤト達のことは彼女に任せており、状態を確認するなら彼女に聞くのが一番なのだ。
視線を受けたアティは、その意図を察して頷く。まだ万全でこそないが、傷自体は既に癒えている。これ以上、ラウスブルグに置いておかねばならない理由はなかった。
「……いいだろう、明日にでも聖王国に戻してやる」
アティが頷いたのを見たバージルはそう決めた。もとより彼らを受け入れたのもエクスから頼まれてのことであり、怪我もほぼ治った現状ではバージル自身、必要以上に彼らを留めておく理由はないのだ。
「明日か……」
その言葉を聞いたハヤトが言う。いざ戻れるとなると明日が待ち遠しかった。それはマグナやトリスも同じのようだった。
「さあ、いくら明日には戻れるからってご飯を抜くのはダメですからね」
彼らが明日を楽しみにしているところに、アティが水を差すように口を開いた。ここにいる六人がまだ昼食を食べていないことは、ポムニットから聞いていた。いくら明日には帰るとはいっても、せっかく作った食事を無駄にしていい理由にはならないし、彼らにとっても食事を抜くことがいいわけではないのだ。
「はーい、安心したらお腹空いてきちゃった」
「俺もだよ。早く食べに行こうぜ」
アティの言葉を聞いて空腹であることに気付いたトリスが声を上げると、マグナも続いた。残る者も遅い昼食を食べることに異論を持つ者はおらず、皆で揃って食堂に向かったのだった。
一方、同じく悪魔を殲滅したトレイユでも昼時を迎えていた。悪魔との戦闘自体はもう少し前に終わったのだが、戦闘の影響で壊れたものの片付けなどに時間を取られ昼食の準備もままならなかったのだ。
「じゃあグラッドの奴はすぐにこっちには来られないってことか」
「うん。少なくとも今日明日は無理だと思う」
そんな中、ネロは少し前に忘れじの面影亭にやってきたミントと話をしていた。彼女の家に避難してきていた町の人々はもうそれぞれの家に戻ったため、仲間がいるここに来たというわけだ。いくら召喚師とはいえ、一人で悪魔と戦うのは無謀だ。悪魔の攻撃がもうないとは言えない現状、他に誰もいない家で過ごすのは不安があったのだろう。
「やれやれ軍人も大変だな。……ん? なんだよ、そんなに人の腕じろじろ見て」
軍人の務めとはいえ自分なら御免だとばかりに肩を透かせたが、自身の右腕に向けられる視線に気付いたネロはその視線の主であるコーラルに問いかかけた。確かにネロの右腕は初めて見たなら気になってもおかしくはないが、コーラルは既に何度も見ているはずで、今になって気にするのもおかしい話だった。
「あなたに武器を作ってあげようと思って」
「は?」
全くもって意味がわからないと言わんばかりにネロの口から声が漏れた。
「あなたは広範囲に対する攻撃手段を持っていないみたいだから」
その言葉を聞いてネロはメフィストと戦う直前のことを思い出した。
先制の一撃としてコーラルが放った魔力の光線をネロは羨ましげに見たのだ。単純な魔力量であれば至竜であるコーラルすら上回るネロだが、魔力の使用方法としては単純にレッドクイーンの攻撃に込めたり、銃弾に込めて時間差で炸裂させたりする程度の極限られたことしかできないのである。当然コーラルがやって見せた光線として放つことなどできなかった。
「それでなんで腕なんか見てたんだよ」
コーラルが武器を作ろうとした理由はとりあえず理解したが、それと自分の右腕が関連しているとはどうにも思えなかったのだ。
「籠手を作ろうと思う。普通の武器を作るより邪魔にならない」
「籠手? それでお前みたいなのができるのか?」
ネロの知識で広範囲に攻撃できるような武器となれば一番に思い浮かぶのは、ダンテの知り合いのデビルハンターが持っているようなミサイルランチャーだ。ブルーローズを作る際には遠距離攻撃手段の一つとして考えたこともあったが、その攻撃範囲が当時のネロの役割には馴染まないといして採用を見送った経緯があった。
いずれにせよ彼のイメージでは攻撃範囲が広いということは、それだけ武器が大きく重くなるという認識であったため、籠手を作るといったコーラルの言葉は半信半疑であった。
「大丈夫。それに武器と言っても、正確にはあなたの魔力を攻撃として撃ち出せるようにするだけ」
「なるほどね、弾はこっち持ちってことか。まあ、その方が都合がいいけどよ」
ようやくコーラルの作り出そうとしているものの概要を理解できた。どちらかと言えば武器と言うより、新たな魔力の使い方を与えてくれる道具と言った方が正確かもしれない。それにネロ自身の魔力を使い撃ち出すということにも抵抗がなかった。むしろ補充用の弾を持たずに済むこと大きなメリットであると言っていいだろう。
「……にしても、そんなもん簡単に作れるもんなのか? 材料だってそこらに売ってるとは思えないけどよ」
いくら籠手とはいえ、魔力を変換して攻撃に用いることができるようなものを構成するものだ。そこらで売っているような金属や布でいいとは思えない。おまけに悪魔に襲撃されたばかりの非常時だ。必要なものが何であれ入手することは難しいと思い尋ねると、コーラルは何の問題もないと微笑を浮かべながら答えた。
「大丈夫、あてはある……というより持ってるから」
「持ってる? ……まあそれならいいが。にしてもよく籠手なんて思いついたもんだ。それともお前のところじゃ割とよくあるのか?」
子供と言っても差し支えない姿でいる今のコーラルが籠手の素材になりそうなものを持っているようには見えないが、相手は見た目こそ子供でも実際は自身の何倍も長生きしているだろう至竜だ。何らかの手段で持っていてもおかしくはないと考え、代わりに籠手を武器にするという発想に至った経緯について尋ねた。
それに対し、コーラル首を横に振った。
「そうじゃない。彼のものを見て思いついた」
そう言ってコーラルが示したのはミコトと彼の傍らに置かれた制御籠手だった。コーラルはその力が発揮されているところを見たわけではないが、後からその性能については説明されていたため、それがきっかけになったのだろう。
「……ふぅん」
そう返してネロは制御籠手を見る。装飾なども施されておらず武骨な見た目だが奇怪な形状をしており、悪いとは思わないが少なくともネロのセンスに合うデザインとは言い難かった。
「あの、なにか……」
ネロに視線を向けられているミコトが恐る恐るといった様子で口を開いた。先ほどまでのネロとコーラルの会話は、誰とも会話せずにいたミコトの耳にも入っており、それだけに急にこちらに視線を向けて逸らさないネロのことが気になったのだろう。
「なんでも……いや、そう言えば聞きたいことがあったんだ。確かお前、那岐宮であいつらに捕まってたよな。どういう関係だ?」
「あ……えっと……」
ミコトはどう答えるべきか迷い、口ごもる。別にネロに隠したいことがあったわけではない。ただ「以前にリィンバウムを訪れた時はよくしてくれた人で、那岐宮で再会した時にはいきなり拘束されました」と素直に答えたところで困惑させるだけではないかと思い、どう話すべきか考えていたのだ。
「銀髪の方は誰か知らないが、女の方の名はシャマード。ミコトにはシャリマと名乗っていたらしいが」
「……ああ、そういえばあんたもいたな。……で、そのシャマードだがシャリマだかは何をやってるやつだ? 随分と悪魔に気に入られているみたいだが」
ミコトに代わって答えたカイの言葉を聞いたネロはさらに尋ねた。リヴァイアサンはもちろんバジリスクも悪魔である以上、一朝一夕に操れる存在ではない。それを容易く手懐けていたのはなぜか、その手掛かりが彼女の過去にあるかもしれないと踏んだのだ。
「もう二十年近く前なら技術者じゃったよ。ワシやカイロスとともにベルゼンの軍の研究施設にいたのじゃ」
当時のことを思い出すように口元をさすりながらゲックが口を挟んだ。
「二十年ね……」
それを聞いたネロは年月を繰り返した。その時間があれば悪魔を操る術を開発できるか考えているようだった。
「あ、あの! 俺、何年か前にこっちの世界であの人に会いましたけど、召喚術は使っても優しい医者って感じでした」
ミコトもネロが何やら思考しているのはわかっているが、それでも言わなければならないと声を上げる。それを聞いてネロは再び視線をミコトに向けて言った。
「じゃあその女は数年前に会ってるのに、今になってお前を捕まえようってしたってことか」
「たぶん……そうだと思います」
ミコトの言葉が事実なら、シャリマはその数年の間にミコトを捕えなければならない理由ができたということだろう。そして悪魔を操る術もその数年の間に得たと考えた方が自然だろう。それ以前に手に入れていたのならわざわざ医者などしていないはずだからだ。
「しかし、なぜそんなことを?」
「俺が昨日帝都に行った時、あいつらがいたからだよ。例の新しい皇帝サマとやらの近くにな」
セクターの問いにネロが鼻を鳴らしながら答えた。レイと名乗る男をブルーローズで撃ち抜いたあの場に、那岐宮市にもいた二人がいたことはネロも気付いていた。あの時はあくまで陽動が目的であり、追ってくるなら迎撃しようと考えていたため、率先して攻撃するつもりはなかったのだ。
「だが、彼は君が殺したのだろう? 今更気にしてもどうなるものでもないと思うが……」
セクターが言う。たとえシャリマに何らかの重大な秘密があったとしても、彼女たちのボスだっただろうレイが死んだのだ。旗頭もなしに帝国の民の支持など得られるはずもないし、不法に議場を占拠している現状が続けば、帝都奪還を目指す軍の反撃を受ける可能性が高いだろう。むしろ彼女らの計画の肝であるはずのレイが死んだという状況であるため、下手をすれば既に内部分裂、あるいは組織が崩壊している可能性するあるだろう。
「殺した、か……。どうだかな、悪魔の力を利用するような奴ならあの程度じゃ死んでないかもな」
実際、悪魔の力を取り込んだ者が銃で頭を撃ち抜かれても生きていた事例をネロは知っている。かつてフォルトゥナで魔剣教団の教皇の地位にあったサンクトゥスはダンテに頭を撃ち抜かれたはずなのに、平然と姿を現したことがあったのである。それと同じことがレイにも言えるのではないかとネロは考えていたようだ。
「恐るべきは悪魔の力か……頭を撃たれても死なないとは」
その言葉を口にしたセクター自身もネロの言葉はにわかには信じ難いものだった。それでも彼がわざわざ嘘をつく理由もない以上、信じないわけにはいかなかったのだ。
「本当に生きているか確証があるわけじゃないけどな、わざわざ確認に行くわけにも行かないし」
ネロが、レイが死んでいないのではと思ったのはただの勘に過ぎないため、あえてその言葉を口にした。それでも、こういう時の勘はいやに当たるものだとネロ自身がよく自覚していたのは間違いなかった。
周囲にはなだらかな丘陵がほとんどの大平原のただ中で、アズリアが指揮する帝国最強とも言われる精鋭部隊「紫電」が陣を張っていた。これは帝都を追われる身となったアズリアが麾下の部隊と合流した際に、敵と交戦した際に周囲への被害を防ぐため、都市や町から距離を置いた結果であった。
とりあえずの拠点を確保した彼女は、ひとまず帝都以外の都市がどうなっているのか情報を得るため、各地の偵察を送り込んだのである。それが昨夜のことであった。
それから夜が明けて、日も傾きかけた頃になってようやく各地から情報が入り始めた。帝国の領土は広大であり、徒歩で移動すると多大な時間がかかってしまうため、偵察兵には移動に長けた召喚獣を扱えるものが当てられていた。
これも召喚術を一般開放した帝国ならではのことである。他国であれば召喚師以外が扱えない召喚術も帝国では一般の兵士も使えるのである。もっとも、攻撃に用いられるような強力な召喚術を扱うにはどうしても才能に頼らざるをえない面もあるため、戦闘におけるアドバンテージにはなりえないが、兵士の汎用性という意味では一歩勝っているとは言えるだろう。
「まさか悪魔とはね……」
臨時司令部とした陣幕の中で、帝国全土を詳細に記した大きな地図を眺めていたイスラが呟く。地図上の帝国全土の都市の上には友軍を示す青い駒とそれと向かい合うように悪魔を示す赤い駒が複数個置かれている。そしてその近くには昨夜派遣した偵察兵を示す青い駒が置かれていた。
そしてギャレオが黙々と報告書をもとに青と赤の駒を減らしていく。多くの都市で悪魔を撃退できたが、当然相応の損害を被ったことを示していた。
「ああ、ここまで大規模なものはこれまでなかったことだ。偶然とは思えん」
アズリアが眉を潜めながら言った。声色こそ平常と変わらぬが、それでも内心では都市や町を離れて陣を張ったことを忸怩たる想いを抱いていた。。この場に陣を張ったことで紫電は悪魔との戦いを回避でき、戦力を温存することができた。しかし、帝国の民を守るという軍人の本分を果たすことができなかったのだ。
だが、同時にそんな感傷に浸っている場合ではないという自覚もあった。今為さなければならないことはこの非常事態に対応することなのだ。それが今の彼女の態度に出ていた。
「帝国に向かった者達からの報告はまだありません」
ギャレオが落ち着き払った声で言った。地図上においては帝都の上に多くの赤い駒が置かれているが、それは悪魔を示しているのではなく帝都を占領しているものの勢力を示したものだ。
このことからも分かるように帝都制圧と悪魔による攻撃がほぼ間髪入れずに行われているのだ。アズリアはそれがどうにも関係しているように思えてならないらしい。
だが、ギャレオが言う通り帝都に向かった者からの報告はまだない。既に情報が入ったところと比較し、帝都は距離もあるしなにより敵の勢力下というのが偵察を難しくしていることは想像に難くなかった。
「失礼します!」
そう声を上げて入ってきた兵士がギャレオにメモを手渡した。それを一瞥したギャレオはアズリアに向かって口を開いた。
「帝都へ向かった者からの報告です。帝都はいまだ敵の勢力下にあり、警戒も厳重とのことです」
報告にしては短いが、それだけ帝都の警戒が厳重で得られる情報が少なかったのだろう。偵察兵にとって重要なのはより多くの、あるいは重要な情報を得ることではなく、生きて戻り情報を伝えることなのだ。
「彼らが報告の送ったのはいつだ?」
「昼過ぎです」
アズリアの質問にギャレオが答える。紫電という部隊の隊長はアズリアからギャレオに代わっているが、その上で指揮を執っているのがアズリアなのである。そのためか、ギャレオのアズリアへの口調もかつて何ら変わりなかった。
当然アズリアは紫電以外にも指揮下の部隊は存在しており、本来であればその部隊の隊長もこの会議に出るはずなのだが、あいにく他の部隊とは合流できておらず、結果的に会議の出席者は三人となっていたのだ。
「……とすれば悪魔は帝都を襲わなかったということか」
ギャレオの返答を聞いたアズリアがそれの意味するところを口にした。もし帝都も他の都市や町と同じように悪魔の襲撃を受けていたら、それを偵察兵が見逃すはずがない。
「露骨すぎるけど、まああいつらの帝都占拠と悪魔の攻撃が関係しているのはまず確定だろうね。目的は戦力の釘付けってとこかな」
イスラが言う。会議自体に参加しているのは三人とはいえ、この場には会議の記録を残すための者もいる。そのため、一団の長であるアズリアが確たる証拠もなしに断言するような言い方をしたとなれば後々問題にもなりかねないのだ。特に彼女はその経歴から敵も多いため記録に残るような場合には、発言には特に注意を払っていたのである。
だが、あくまでオブザーバーに準じた立場で参加しているイスラはそんなことを気にする必要はない。そうでなくとも今の彼の立場は傭兵であるとともに、軍の名門であるレヴィノス家の当主でもあるのだ。たとえこの発言が記録として残ったとしても、それだけでは彼の立場は揺るぎはしないだろう。
「仮に関係しているのが事実とすれば目的はそれで間違いないだろう。実際、他の部隊の合流は期待できないだろうしな」
厳しい顔をしつつギャレオが言う。帝国各地に送り込んだ偵察兵に与えられた命令は単なる偵察と情報収集に限らなかった。帝国軍の部隊が駐留している都市にはアズリアからの要請を指揮官に伝えるように命令されていたのだ。
帝都を奪還するには紫電だけで十分とは言えないため、いまだ健在であろう他の部隊へ増援の派遣を求めたのだ。
平常時であれば帝都の危機に部隊を出さないわけはなかっただろう。たとえアズリアをよく思っていなかったとしても、帝都奪還という大義名分の前ではそんな理由で断るわけにはいかないだろう。
だが、悪魔の襲来によってその目論見は脆くも崩れ去ったのだ。少なからず戦力を失った部隊からさらに兵士を減らすことはどんな指揮官でもしたくはないからだ。特に悪魔の再攻撃の可能性もないと言えない現状ではなおさらだ。
「ないものねだりをしても仕方がない。彼らには都市の防衛を果たしてくれることを祈ろう。帝都奪還は我らのみで行う」
アズリアはそう宣言した。作戦を練り直し、もう少し時間をかけて戦力を整えてから帝都に攻め入るという選択肢もとれないわけではないが、いつまでも帝国の民を敵の手に委ねておくわけにもいかないのだ。
「問題は敵の戦力だね。悪魔を使ってくるとも限らないし、何か手でもあるの?」
彼女の宣言に対してギャレオは賛意を示すように頷いたが、イスラも反対でこそないが、敵の保有する戦力に不安があるようだった。単純に昨日戦った無色の派閥を中心とした程度の敵であれば大した問題はないだろうが、敵と悪魔の関係が疑われる以上、悪魔と交戦する可能性は考慮しなければならず、そうなった場合非常に厳しい戦いとなるのは目に見えていた。
「あまり気は進まんが一応はな。……悪いが、この件は私に預けてくれないか」
イスラの言ったことはアズリア十分考えていたことだった。そしてそれに対する対応策も考えてはあったが、少なくとも現時点でその方策を実施できるという確証もなかったため、こんな言い方となったのだ。
「自分は異論ありません」
ギャレオが答えた。彼は何十年もアズリアに従い、彼女のもとで戦い生き残ってきた男だ。それだけに彼女が非凡な能力を持つ指揮官だということはよくわかっている。そんな彼女が「預けてほしい」と言うのなら異議を唱える理由などなかった。
「聞いたのは僕だからね、姉さんに任せることで文句はないよ」
そしてイスラも文句はなしということで、悪魔への対策についてはアズリアに一任ということで一応の決着を見たため、この会議もここで終了となった。
だが、一つの会議が終わり、日も暮れようとしているとはいえ、紫電が張る陣から喧噪が消えることはなかった。それは、帝都奪還という明確な目的が示されたことで、それに向けて動き出していたことの証左だった。
次回は7月下旬から8月上旬の投稿予定です。
ご意見ご感想評価等お待ちしております。
ありがとうございました。