Summon Devil   作:ばーれい

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第124話 掃滅

「っ!」

 

 ミコトは声を出す暇もなくただ見ているしかなかった。ネロの背後に迫る赤い影から、トカゲを二足歩行できるまで進化させたような悪魔が現れた。大きさは一般的な成人男性の二倍程度で悪魔としては巨体というわけではないが、赤黒い体表とそれ以上に赤く不気味に光る右腕の刃が決してただの下級悪魔ではないと想像させる。

 

 悪魔の名は「ヒューリー」。神速の捕食者とも言われる魔界の狩人だ。

 

 ネロを引き裂くべく右腕の刃を突き刺そうとした瞬間、悪魔は急に反転し大きくネロから飛び退いて距離を取った。

 

「そのまま向かってくるなら串刺しにしてやろうと思ったんだけどな」

 

 レッドクイーンに手をかけ、視線だけをヒューリーに向けていたネロは残念だと言いたげだった。もしも、そのまま突っ込んで来ていたら彼の言葉通りにレッドクイーンで刺し貫かれていただろう。

 

 それを悟った悪魔はすんでのところで回避したのだ。メフィストのような有象無象の下級悪魔でないことは明らかである。現に距離を取ったヒューリーは何の考えなしに再度攻撃を仕掛けて来るのではなく、距離は縮めず警戒するように構えるだけだったのだ。

 

「めんどくせぇ奴だな。トカゲみてぇなのはこんな奴ばっかりだ」

 

 ネロはぼやきながらブルーローズに弾丸を装填する。ヒューリーの速さは単純な身体能力のみならず、魔力を用いて空間に干渉した相乗効果により生み出されたものであり、体を雷に変えて移動するブリッツにも劣らない速度なのだ。人間が回避や防御できる速度ではない。そのためネロはあの悪魔に他の者が攻撃されないよう釘付けにしつつ、周囲に残ったメフィストを殲滅していかなくてはならなくなったのだ。

 

 こうした厄介な悪魔とネロは何度か戦ったことがある。フロストやアサルト、ブリッツといった種がそうだ。どれもかつて人間界侵攻を企んだ魔界の帝王によって創造された悪魔かそうした悪魔が変異した種であるため、ネロは爬虫類型の悪魔にはいい思い出がなかった。もっとも爬虫類の悪魔は多くの種類が存在しており、たまたまネロが戦ったことがあるのがそうした面倒な種だったというだけなのだが。

 

「先に周りの奴らから始末しとくか」

 

 今のところ赤い悪魔が動き出す気配はない。目を離すわけにはいかないが、わざわざ付き合ってこちらも構えているだけでは芸がない。そう考えたネロは視線を悪魔から逸らさずに、ブルーローズを周囲に漂うメフィストへ向け引き金を引いた。

 

 目による狙いもつけられるなら一度に発射する二発の銃弾で仕留められるが、さすがに目視せず相手の気配だけで狙いをつけたのでは、仕留めきることができず、黒いガスを剥がすに留まった。だが、この場にいるのはネロだけではない。それだけでも十分なのだ。

 

「落ちた奴の始末は任せる、頼んだぜミルリーフ」

 

 近くにいたミルリーフに声をかける。周囲にはフェア達もいるが、だいぶ消耗しているようで、彼女達に任せるよりはまだ余力を残しているミルリーフに任せた方がいいと判断したらしい。

 

 黒いガスを剥がされたメフィストに戦闘力はないと言っても過言ではない。それを考えればフェア達でも倒せそうなものだが、本体を現したメフィストは存外すばしっこく補足するのに時間がかかればまた黒いガスを纏ってしまう危険があり、あえて彼女達には声をかけなかったのだ。

 

「うん!」

 

 短くもしっかりと返事をしたミルリーフの声を聞いたネロは薄く笑いながら、再び残弾がなくなったブルーローズをリロードする。しかし、そのタイミングでヒューリーが今度は左腕から刃を伸ばした。もう様子見は終了のようだ。

 

「おい、残りは頼んだぞ」

 

 ネロは給弾を終えたブルーローズをしまい、レッドクイーンに手を掛けながらフェア達に声をかける。残るメフィストは先ほど撃ち落とした分を除くと四体。疲弊していても八人が戦闘可能なのだ。単純に考えてメフィスト一体に対して二人で当たれる計算になるため、ネロは任せても大丈夫だと判断したのだった。

 

 一応ネロ自身がどちらの相手もするという選択肢もあったが、ヒューリーとの戦闘経験がない以上、確実に相手取れるという保証もないため彼女らに任せることにしたのである。

 

「う、うん! 任せて!」

 

 フェアがそう答えた一瞬の後、ヒューリーの目が光り姿を消した。

 

「見え見えなんだよ!」

 

 声を上げたネロはすぐにレッドクイーンを抜くと、その場で切り上げる。刃がちょうど地面と水平になるあたりで言葉通り正面から水平に構えられたヒューリーの刃と衝突した。

 

 甲高い金属音が響くと同時に刃同士の勝敗は決した。レッドクイーンがヒューリーの刃を弾き、悪魔も本体も後方に飛ばされたのだ。ネロは切り上げたレッドクイーンを横に構えると、そのままヒューリーに向かって突進した。

 

 だが、剣が振られるより僅かに先に着地したヒューリーは姿勢を低くして斬撃を避けた。さらにそれだけでなく、今度は右腕の刃を伸ばしネロに反撃してきたのだ。

 

 とはいえ、ネロも歴戦のデビルハンターである。この程度の反撃に対応できないわけがなかった。

 

 屈んだ姿勢から足のバネを十分に使い矢のように刺し貫こうとするヒューリーの一撃を、ネロは半身を翻して回避する。これで双方の位置が逆になったが、ネロは仕切り直さずに再度攻撃を仕掛けた。

 

 今度は相手の足元を狙ってレッドクイーンを横に薙ぎ払う。しかしそれもヒューリーはその場で僅かに跳躍することで回避してしまった。そして返す刀で反撃するべく右腕の刃を振り下ろしてきた。

 

 だが、それこそがネロの狙いだった。ヒューリーの振り下ろしにかち合わせるようにレッドクイーンで袈裟懸けに斬る。双方の刃が再びぶつかる。勝敗は言うまでもなくネロに上がり悪魔は刃を破壊され大きく仰け反った。

 

「トロいんだよっ!」

 

 そこへ一歩踏み込んだネロが悪魔の右腕(デビルブリンガー)でヒューリーに強烈なアッパーカットを食らわせた。それを顎にまともに受けてはさしもの悪魔も意識を失ったのか、何の抵抗も見せないまま宙に打ち上げられた。

 

 重力に従い落下してくるヒューリーにネロはとどめと言わんばかりにレッドクイーンで突きを放った。棒立ちした状態からでも大悪魔の一撃と同等の威力を放つことができるネロの力を持ってすれば、まさに必殺の一撃である。

 

 死体となったヒューリーが吹き飛んでいくのを見届けたネロはついでメフィストと戦うフェア達に目を向ける。ネロがヒューリーと交戦した時間はごく短く、彼女達もまだメフィストと戦い始めたばかりのようだった。

 

「さて、思いのほか早く片付いたな。あとはあっちの掃除を終わらせれば終わりだ」

 

 そう言ってネロはブルーローズを取り出す。ようやくこの戦いの終わりが見えてきたのだった。

 

 

 

 

 

 トレイユで悪魔との戦いが終わる少し前、島を離れたバージルが最初に向かったのは、ハヤトが住んでいたサイジェントだった。そこで見たのは多数のメフィストがサイジェントになだれ込もうとしているところだった。

 

「メフィストか。妥当なところだな」

 

 その様を見たバージルは何の感慨もなく言葉を口にした。メフィストは飛行能力を有する悪魔の中では数が多い種だ。それ故、今回のような複数個所への同時攻撃という数が必要になる状況で用いられることは必然であり特段の驚きはなかったのだ。

 

 そしてバージルは城壁の上に立ちながら悪魔の魔力を確認する。いかに下級悪魔の弱い魔力とはいえ、一つの都市程度なら十分感知範囲内である。そして感知した悪魔の真上から幻影剣を降らせることくらいはバージルにとっては児戯にも等しきことだった。

 

(なるほど、別種も混じっていたか)

 

 あっという間に多数のメフィストを幻影剣で仕留めたバージルは、その中で仕留め損ねた悪魔がいることに気付いた。どうやらその悪魔は高速で移動するらしく、あまり高速で移動することのないメフィストなら十分に仕留められる攻撃でも回避されてしまったようだった。

 

 とはいえ、それさえ分かってしまえば幻影剣で十分仕留めることができる悪魔であることには変わりない。しかしバージルはそれを選択することはなかった。

 

(……いや、直接出向いて始末するか)

 

 多数のメフィストの中に紛れる一体の高速で動く悪魔。そこに何らかの意図があると考えるのは当然であった。その意図がいかなるものかを確かめるためにも、まずはその悪魔がどんな悪魔であるか確かめる必要があるのだ。

 

 そう判断したバージルは城壁の上から姿を消す。そして悪魔が移動する延長線上に位置するサイジェント中心部に位置する商店街あたりに移動した。既に正面からは悪魔が接近していることに気付いた。

 

(ヒューリーか)

 

 独特の移動を見てバージルは悪魔の名を心中で呟いた。魔力を用いた移動方法は独特のものだが、それ以外はこれといった特徴はなく、速度と下級悪魔としては優秀な身体能力で獲物を狩る悪魔だ。

 

 この時点でバージルはこの悪魔への興味は失せた。それに周囲にはまだ人の姿もあったため、さっさと始末することにした。

 

 ヒューリーもまた、正面にバージルが立ち塞がっているのを見て立ち止まりその姿を現した。しかし、すぐ腰を落として攻撃態勢を取って攻撃に移る。

 

 それを見たバージルはベリアルを抜いて、炎の壁で悪魔を閉じ込めるようにドームを作り移動を制限してしまった。炎獄剣ベリアルの生み出す炎は質量を持つのだ。おまけに元の悪魔が炎獄を支配した大悪魔であるため、いくら強いとはいえヒューリーに突破できる代物ではない。

 

 ヒューリーの強みである高速移動を封じたバージルはそのままドームを収縮し、悪魔を圧し潰して焼き尽くした。炎が消えた後にヒューリーが存在した痕跡は何一つ残っていなかった。

 

(しかし、奴はどこに向かっていた……?)

 

 手にしたベリアルを光に変えて収納しながらバージルは、ヒューリーの動きがメフィストとは異なり手近の人間を狙うのではなく、目的を持って移動していたのではないかと疑問を抱いた。

 

 最初にヒューリーを確認した周辺にも、そしてこの商店街にも人間はいる。にもかかわらずあの悪魔はどこかに向かって移動していた。

 

(恐らく奴が向かっていたのは……)

 

 最初にヒューリーを確認してからここに至るまでのルートと、その延長線上にあるものを、思考の中のサイジェントの地図に描く。そうして割り出した目標地点にバージルは視線を向けた。

 

 その目標地点とは領主や金の派閥から派遣されこの都市の実権を握る顧問召喚師、さらには騎士団までもが詰める城である。恐らくそこで誰かを殺すのがヒューリーの目的だったのだろう。

 

 とはいえ、誰を標的としていたのかは見当もつかない。ただ、領主であれ、顧問召喚師であれ、騎士団の幹部であれ、ヒューリーに攻撃を命じた何者かにとっては、標的として申し分ない相手に違いなかった。

 

(やはり命令者は人間、それもある程度悪魔を預けられていると考えた方がいいか)

 

 だが、バージルがヒューリーと会敵してしまったせいで、彼にある考えを持たせてしまった。

 

 それは今回の一連の命令を下した者は、まず城にいる誰かが死ねば得をする者ということだ。大悪魔であれば人間などいくら団結しようと歯牙にもかけない以上、命令者は人間かそれに近い存在である可能性が極めて高い。

 

 そして同時にその者は、これだけ大量の悪魔を手中にすることができ、命令を下せるということだ。通常の技術では悪魔を呼び出せない現状、やはりそこには魔帝の影があると考えるのが妥当だろう。

 

 ただ、バージルはそこまでは確信に近い考えを持っていたが、今回の悪魔による攻撃がムンドゥスの指示によるものであるか、あるいは悪魔を預けられた者の判断であるかは計りかねていた。

 

(ここで考えても答えなど出ないな。……ひとまず標的だけは確認しておくか)

 

 一旦思考を中断したバージルは、せめてヒューリーに何を攻撃させようとしているのかくらいは掴んでおこうと考え、ハヤト達から頼まれた次の目標であるレルムの村に向かうことにしたのだった。

 

 

 

「……まさか、ファナンにまで来ることになるとはな」

 

 水道橋から眼下に広がるファナンの街並み眺めながら息を吐いた。

 

 ここを訪れる直前、バージルはマグナとアメルが居を構えるレルムの村に赴いたのだが、村は悪魔の襲撃を受けていなかったのだ。

 

 確かにレルムの村は再興し、はぐれ召喚獣も受け入れている特異な村ではある。しかし、移住してきた召喚獣を含めても人口の絶対数が少ないのである。だからこそ攻撃対象から外されたのだろう。もしもレルムの村と同規模の集落も攻撃対象に含めるのなら、聖王国内に限っても必要な悪魔の数は十倍や二十倍ではきかないのだ。

 

 とはいえこの時点で、ハヤトとマグナ、トリスから頼まれたことの三分の二は終了した。後はトリスとネスティが本拠としているゼラムの悪魔を始末すれば、当初予定していた目的は全て達成したことになる。

 

 しかし、ゼラムはエクスからの報告であったため悪魔が襲撃したのは間違いないとしても、サイジェントと合わせて二箇所だけでは、さすがにヒューリーの攻撃目標を判断するのは難しい。

 

 そう思ったバージルは、ゼラムに行く前にファナンに行くことにしたのである。ファナンは人口や都市の規模から考えても攻撃対象になってしかるべき都市であり、バージルも滞在したことがあるため、閻魔刀で移動可能な場所であることが理由だった。

 

 そうして実際に来てみると、城壁の前後を主戦場に襲い来るメフィストと金の派閥の兵士達が戦闘を繰り広げていたが、一部街の中にも侵入を許してしまっているようだった。この点はサイジェントと同様であり、相手が空を飛べる悪魔であることを考慮すればどちらも健闘していると言っていいだろう。

 

「さて、奴はいるのか、それとも似たような悪魔が来るのか……」

 

 バージルは意識を集中し、悪魔の魔力を探る。人間と悪魔、あるいは召喚獣と悪魔の区別はつくものの、魔力だけでは下級や中級悪魔の種類まで判別することはできない。精々、力の大小で、ある程度あたりをつけるくらいが限界なのだ。

 

 ただ、そうであるにしても先ほどのヒューリーと同じく、誰かの殺害を狙っているのならそれに適した能力を持つ悪魔は限られる。

 

 最も分かりやすいのは移動速度に優れた悪魔だ。認識することすら難しい速度で襲いかかれば、人間が防ぐことは難しいだろう。そうしたヒューリーやブリッツを始めとする速度に秀でた悪魔は、同クラスの悪魔と比較しても極めて高い戦闘力を有していることが多く、単独あるいは少数で行動させるのにも適しているのだ。

 

「……あれだな」

 

 眼下に広がる街を見下ろしながら呟く。視線の先には一体の悪魔が街の中を高速で進んでいるのが見えた。周囲に人がいようと全く意に介さず進んでおり、明らかに目的地がある動きだ。

 

 当然手を出さない。悪魔の目的地、すなわち攻撃目標が判明するまでは生かしておかなければならない。

 

 そんなバージルに見られているとも知らず、悪魔は自らの死刑台を駆け上るようにファナンの街を中心部に向けて進む。進路の先にあるのは周囲と比しても一際大きく、目立つ建物だった。

 

(金の派閥の本部……まあ、そこくらいしか狙うところはないか)

 

 悪魔が狙っているものを知っても特段驚きはしなかった。ファナンは聖王国でも有数の都市であるが、悪魔が狙うようなところは一箇所を除き存在しない。それが金の派閥の本部なのである。

 

 ファナンは規模としては聖王国有数であるが、領主は存在しておらず。代わりに金の派閥が統治している。おまけに騎士団も駐留しておらず、現在悪魔と戦っているのも金の派閥の兵士だ。

 

 それらのことからも分かる通りファナンは金の派閥がありきの港町であり、その施政の中心にあるのが派閥の本部なのである。

 

 思考もほどほどに、悪魔の攻撃目標を悟ったバージルは既に水道橋の上から姿を消し、ちょうど金の派閥の本部の中庭まで侵入した悪魔の真上に現れた。

 

(またこいつか……)

 

 悪魔の姿を初めて視認したバージルが胸中で呟いた。彼の真下にいる悪魔はサイジェントにいた悪魔と同じヒューリーである。速度に秀でた悪魔の種は決して希少というわけではない。にもかかわらず、サイジェントに続きファナンでも同種がいたことには作為的なものを感じざるを得なかった。

 

 だが、それが悪魔へ手心を加える結果には決してならない。ヒューリーの真上に現れた時には、右腕にギルガメスを装着していたのだ。そして落下と同時に悪魔の後頭部を掴むとそのまま地面に叩きつけた。

 

 前のめりになった悪魔の頭部が地面にめり込み、よく整備された庭に亀裂が入り、芝生の緑で覆われた庭からは茶色の土が現れるほどだ。だが、被害はそれで終わったわけではなかった。

 

 ヒューリーが地面にめり込んだ瞬間、右腕のギルガメスから杭状の突起物がパイルバンカーのように解き放たれ、悪魔の頭部を突き刺さる。その衝撃はヒューリーの体だけでは受けきれず、撃ち込まれた箇所を中心に小さなクレーターができたうえに、もう整えられた美しい庭の姿はもはや影も形もなかった。

 

 当然、それだけの威力のある一撃を受けたヒューリーは反撃一つできず、その頭部は常人が見たら嫌悪感を引き出しそうな様相を呈していた。

 

 そんな悪魔の死体を興味なさげに一瞥したバージルは、最後の目的地である聖王都ゼラムに向かうべく閻魔刀を抜いた。

 

 

 

 

 

 聖王都ゼラムでは城壁を悠々と超えて内部に入り込もうとしている悪魔メフィストと騎士達が戦いを繰り広げていた。それは城壁周辺にとどまらず中心部にこそ及んでいないが、ゼラム内のいたるところで戦いが繰り広げられていたのだ。

 

 おまけに一部では悪魔による攻撃による極度の混乱のせいか、火事まで起きているようで数箇所からは黒煙が上がってさえいた。

 

 そんなゼラムの姿を、バージルは王城の背にある至源の泉から眺めていた。

 

 至源の泉はかつて四界との戦争で傷ついたリィンバウムを癒すため、エルゴの王が召喚したとされており、今ではそこから溢れる水が滝となりハルシェ湖へと注ぎ、ゼラムの人々の水源となっているのである。

 

 当然、そんな言い伝えが残されている至源の泉は一般人どころか王族以外の者の立ち入りが禁止されているのだが、バージルはそんなこと気にも留めず、堂々とゼラムを見下ろしていた。

 

「この分ではじきに片が付くな」

 

 バージルが呟く。繁華街にまで悪魔の侵入を許した騎士団であったが、それでもそこからはさらに内側に侵入を許してはいない。飛行能力を持つメフィストからすれば戦いを避けることもできるだろうが、さすがにただの人間を相手にそんなことをするつもりはなかったことも侵入を防げた一因だろう。

 

 とはいえ、騎士団が悪魔と戦いその数を着実に減らしているのは紛れもない事実である。メフィストの襲撃が奇襲ではなかったら、城壁周辺で悪魔を押し留められていたかもしれない。

 

 いずれにしても、時間こそかかりはするだろうが悪魔が殲滅されるのは間違いない。既に大勢は決したのだ。

 

「さすがにこの程度の悪魔に後れをとることはない、か……」

 

 ゼラムの騎士団はエルバレスタ戦争でベリアル率いる悪魔の軍勢と戦った騎士団である。あの時からだいぶ人員は入れ替わってこそいるが、悪魔との戦いで得た経験はいまだ彼らの中で息づいているのだ。

 

 ただ、他の都市の騎士団では悪魔に勝てないというわけではない。都市に常駐する騎士団であれば、被害の多寡にこそ違いはあれど、今回くらいの数ならば十分撃退できるだろう。

 

 バージルがこうして高みの見物に終始しているのもそれゆえだ。もしも、なすすべなく悪魔に殺されようものならハヤト達から依頼されている手前、動かざるを得なかっただろう。

 

(あとは、いつ、どこに来るか……だな)

 

 抜かりなく周囲に注意を向ける。これまでの法則からいって悪魔の狙いになりそうなところはゼラムに二箇所存在する。王城と蒼の派閥の本部である。

 

 一つは言うまでもなく、聖王国の中心であり、リィンバウムで最も尊ぶべきエルゴの王の直系である聖王スフォルト・エル・アフィニティス。そしてもう一つは、エルバレスタ戦争後より聖王国の事実上のかじ取りを担う青の派閥総帥エクス・プリマス・ドラウニー。

 

 聖王国の権威の失墜を狙うなら聖王狙うだろうし、実務上のダメージを狙うなら派閥の総帥を狙うはずだ。

 

 また、兵士達が悪魔との戦いに忙殺されている今が絶好の機会であることに疑いはない。遠からず悪魔は現れるはずだ。

 

「……来たか」

 

 そう考えていたのは間違いなかったようでバージルは新たな悪魔の存在を感じ取った。魔力の大きさと数が一体であることから十中八九バージルが待っていた悪魔だろう。

 

 悪魔が来た方角はメフィスト達が襲撃し、今は主たる戦場となっているゼラム南西側ではなく、ハルシェ湖がある南東の方角であった。そちらの方面にも多少なりとも兵士がいるはずだが、あの悪魔相手では接近すら気づかないだろう。

 

 現に悪魔は悠々と戦乱の渦の中にあるゼラムの街並みを進んでいく。建物を避けながら進行しているため、今のところ目的地は絞り切れていないが、それでも進行方向から察するにバージルの想定していた通り、王城や蒼の派閥の本部がある北西に進んでいた。

 

(さすがに速度のある悪魔相手では気付くこともままならんか)

 

 何の障害もなく進む悪魔の魔力を感じ取りながら、バージルは胸中で呟いた。メフィストクラスの悪魔であれば十分撃退できるだけの力を持つゼラムの騎士団も街中を進む悪魔の存在を認識することすらできていない。

 

 極めて優秀な召喚師であるエクスや強力な魔剣を持つ聖王でも、正面から相手取るならともかく、奇襲を防ぐことは難しいだろう。やはり自身が始末をつける必要がある。

 

 バージルがそう考えた時、ゼラム中心部に迫っていた悪魔は進路を北へと変えた。そこから先に重要な場所は一つしかない。バージルのいる至源の泉を背にする聖王の居城である。悪魔の標的は聖王スフォルトだったようだ。

 

 さらに遠目ながらも実際に目で見て悪魔の正体も確認することができた。王城に迫る悪魔は先にサイジェントとファナンに現れた悪魔と同じく、ヒューリーだったのだ。

 

 悪魔の目標と正体も明らかとなった今、あとは頼まれた仕事をこなすだけだった。

 

「……あとは仕留めるだけだ」

 

 そして言葉とともにバージルの姿が消えた。瞬間、先ほどから上空で待機させていた幻影剣がゼラム各所を襲うメフィストに降り注いていく。しかし、王城に迫るヒューリーはメフィストが全滅したことは全く気付かず、城門を乗り越えて庭にまで侵入した。

 

 そして、そのまま速度を落とさず城内に突入しようとしたとき、横合いからバージルが真一文字に斬撃を浴びせた。閻魔刀の恐るべき切れ味とバージルの高速の居合によって斬られた悪魔は絶命したものの、上下に分断された体はほとんどスピードが落ちることはなく吹き飛んでいった。

 

 最終的に上半身は城の内壁に激突して壁を破壊し、下半身は地面と何度も接触してようやく止まったのだった。

 

 それを引き起こしたバージルはあっけない終わりに鼻を鳴らしつつ、その場を後にしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 




なんとかGW中に投稿することができました。

次回は来月中の投稿予定です。

ご意見ご感想評価等お待ちしております。

ありがとうございました。

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