Summon Devil   作:ばーれい

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第123話 悪魔を覆滅せよ

 悪魔が襲来したのは聖王国、旧王国、帝国といった国家の区別なく、このリィンバウムに存在するある程度まとまって人間が暮らす都市や街などの集落を襲ったのだった。そういったところには騎士や軍人のような防衛戦力が存在していたため、必然的に悪魔との戦いが世界各地で始まっていた。

 

 そんな中、規模だけで判断すれば十分攻撃対象になるだろう忘れられた島には、ただ一体の悪魔すら姿を見せなかった。

 

 しかしそれは、そこにいる誰もが平穏に過ごせていることとイコールではなかった。

 

「嘘だろ……っ! どうして……」

 

 ラウスブルグの空中庭園で、バージルの口から聖王国も悪魔に襲われたという話を聞いたマグナが苦悶の表情を浮かべた。ハヤトとトリス、それに彼らの看病のためにいるネスティやアメル、クラレットも言葉にこそしていないが、同じように思っていることは表情から見て取れた。

 

「理由など知らん。俺も話に聞いただけだ」

 

 そもそもいくらバージルとて、この島にいて世界各地に現れた悪魔を把握することなど大悪魔でない限りできはしない。そのため、今回聖王国に悪魔が現れたということを知っているのは、聖王都ゼラムにいるエクスから無線機を介して話を聞いたからだ。

 

 そしてそれを意識を取り戻し、歩けるようにもなったハヤト達から現在の状況を聞かれたため話したのである。なお、この場にはハヤト達と付き添いの計六人の他に彼らをこの場まで案内したアティも後ろに控えていた。

 

「なら今すぐにでも戻って……!」

 

「駄目だ。今の君が行ったところで足手纏いにしかならない。ここで大人しくしているんだ」

 

 すぐにでも助けに行きたいトリスが発した言葉は言い終わる前にネスティによって遮られた。

 

 外傷自体はアメルの治癒の奇跡や召喚術を用いた治療により既に完治している。しかし、何にせよ即効性のある治療はその魂に大きな負担をかけるものだ。おまけに三人が受けた傷をつけたのは悪魔である。こちらもまたその一撃一撃が魂を削るものである。日常生活を送るなら問題はなくとも、戦うなど持ってのほかだ。そうでなくとも、事態がどう推移するのかも読めない現状では、ネスティの判断は正しかった。

 

「バージルさん……」

 

 その時、アティの呟きが耳に入り、彼女の言わんとしていることを悟ったバージルは大きく息を吐いた。アティはハヤト達ができないのならバージルが代わりに悪魔を倒してほしいということだ。

 

 それでも彼女が名を呼んだだけで、それを口にしなかったのはバージルの計画を知っているからだ。そしてバージルが大きく動くことの危険性も。

 

「……いいだろう。俺が行く」

 

 僅かの間思考したバージルはそう言った。確かに当初の己の計画に従えば、魔帝が大きく動かない現状、事態の静観に努めるべきだった。バージルが動いて万が一にでも、こちらにとって最悪の一手を使われるとも限らない。

 

 だが、あくまでも警戒すべきは魔帝の動きだけなのだ

 

 果たしてこのタイミングで悪魔を使い各地を襲わせたのがムンドゥスの意思によるものかはバージルも疑問に思っていたのだ。なにしろムンドゥスが今動く必要が何もないからだ。

 

 一応、帝国の新皇帝レイの一件が失敗に終わったことへの一手とも考えられるが、そもそも人間の一人や二人、容易く創り出してしまう力を持っている魔帝が手駒の一つをただ殺されたくらいで失敗を認めるとは思えない。

 

 だからこそ、バージルは今回の事態はムンドゥスではなく、魔帝配下の何者かの命令による可能性が高いと判断したのだった。

 

「ただし、俺は貴様らの代わりに動くだけだ」

 

 それでも万が一を考え、バージルは必要以上の行動をとるつもりはなかった。今回に関して言えばハヤトやマグナ、トリスの代わりに動く以上、彼らが住む場所以外を襲った悪魔を始末するつもりはなかったのである。

 

 そしてそれにハヤト達が頷く前にバージルは身を翻し、閻魔刀を抜刀した。この場から聖王国まで行くのにわざわざラウスブルグを動かす必要はない。

 

 抜き放った閻魔刀で目の前の空間を十字に切り裂くとその空間がひし形に割れた。これは次元すら断ち切る閻魔刀の力を応用し、場所と場所を繋ぐ技術だ。リィンバウムに来てからはほとんど使うことがなかったため、下手をすれば二十年ぶりくらいに使った計算になる。

 

 なにしろこの力で作り出した空間を移動することが普通の人間にとって悪影響を及ぼさないという保証もないし、魔界と人間界を繋ぐならともかく、リィンバウムと他の世界を繋ぐことはできいのだ。そのためアティやポムニットを連れていたバージルはわざわざ徒歩や現地の移動手段を用いていたし、人間界に行くにもラウスブルグを手に入れる必要があったのである。

 

 だが、今回のように自分一人が移動するのであれば何ら問題はなかったのである。

 

 

 

 

 

 バージルが動き始めた頃、トレイユにおける戦闘は戦場が街中にまで達しており、街は極度の混乱状態にあった。

 

「Damn it!」

 

 そんなトレイユの街中へようやく到着したネロは歯噛みしながら、近くにいた悪魔を悪魔の右腕(デビルブリンガー)で握り潰した。

 

 それだけでも分かるようにネロと下級悪魔の間には覆しようのない圧倒的な差がある。たとえ現れた悪魔の数が十倍であろうとも問題にならないほどだろう。だが、その力量差は戦闘に発展してこそ意味があるものなのだ。

 

 今回トレイユを襲ったメフィストの群れはまさしくその点を突いたものだった。

 

 広範囲に攻撃できる術を持たないネロは、どうあっても一度に相手取れる数に限界がある。悪魔にそこを突かれたネロは一部の悪魔を取り逃がしてしまったのだ。彼の近くにいたコーラルと、途中から現れた飛行する機械兵士らしきものに乗った男がネロから逃れた悪魔を迎え撃ったが、やはり全ての悪魔を迎え撃てるわけもなく、悪魔の一部を相手取るだけで精一杯だった。

 

 ネロが戦っていた悪魔を全て始末し終えた時には、取り逃がしたメフィストは既にトレイユを攻撃しており、急いで戻ってきたのだった。ちなみにあの場にいたコーラルともう一人の男はいまだ戦っていたが、それほど押されてもいないようだったため街中の優先したのである。

 

「ひでえ有様だ……」

 

 当初現れた悪魔の数からネロが始末した数とコーラル達が相手取った数を差し引くと、それほど多くの悪魔がトレイユを襲ったわけではないはずだ。にもかかわらず、大通りにはメフィストの鋭い爪で殺された思われる死体が散見している。中にはまだ幼い子供もおり、悪魔が無差別に殺戮を行ったことを伺わせた。

 

「あいつらは無事なんだろうな……」

 

 大通りの近くを浮遊していたメフィストに向けてブルーローズの引き金を引きながらネロが呟く。忘れじの面影亭にいるのはそこらの人間よりもずっと強い者ばかりだが、それでも心配するなという方が無理な話であった。

 

 そうこうしている間にまた視界に右端に悪魔が映った。しかしメフィストは周囲の建物より僅かに高い位置を移動していたため、通りを歩いていたネロからは建物のせいで視界に入ったのは一瞬だった。

 

 それでも見つけた以上は逃がすまいと、ネロは悪魔を追って建物の上まで跳び上がりそのまま悪魔を斬りつけた。

 

 悪魔を仕留めたネロは手近にあった建物に着地する。だが、悪魔を斬り捨ててもネロはレッドクイーンを背に戻さなかった。今度は少し離れたところで複数の悪魔が見えたからである。もうこの周囲から悪魔の存在は感じないが、いまだトレイユから一掃されたわけではないようだ。

 

「っ、急がねえとな……」

 

 舌を打ったネロは体重を預けている足元の屋根を強く蹴る。悪魔がいたあたりはミントの家があったあたりだ。召喚師である彼女は自衛の手段こそあるとはいえ、控えめに言っても戦い慣れているとは言い難い。

 

 一足で飛んだネロはぐんぐん悪魔と距離を詰める。やはり悪魔が集まっているのはミントの屋敷であるらしい。

 

「グラッドの奴もいるし、とりあえずは無事みたいだな」

 

 そこの庭あたりで悪魔相手に戦っていたのはミントとグラッドだった。屋敷の方にはトレイユの住人らしき者が数名いるところを見ると、二人は彼らを守るために戦っているのだろう。

 

 だが、戦況はいいとは言えなかった。同数の戦いなら勝機はあるかもしれないが、メフィストの数は倍や三倍ではきかない数だ。今のところなんとか凌げてはいるが、それもいつまで持つかだろう。

 

 状況を把握したネロは左手に持っていたレッドクイーンを逆手に持ち替え、一体のメフィスト目掛けて槍のように投げ放った。それと同時にちょうど真下にいたメフィストの頭部を右腕で掴むとそのまま体重をかけて地面に叩き落とした。

 

 ネロの体重に加え地面に激突する寸前、右腕で押し込まれたメフィストは肉が砕けるような音だけを残して圧死した。だが、もう一方のレッドクイーンを投げつけられたメフィストは黒いガスは失われ、虫のような本体も刃に貫かれ地面に磔のようになっているものの、まだ死んではいないようだった。

 

「ネロ、お前どうしてここに……?」

 

 いきなり現れたネロに肩で息をしながら尋ねるグラッドに、ネロは虫の息になっているメフィストのもとへ行き、その悪魔を貫いているレッドクイーンをさらに地面へねじ込みながら答えた。

 

「見りゃ分かんだろ。取り逃がしたこいつらの掃除だよ」

 

 レッドクイーンで貫かれているメフィストが甲高い断末魔を上げ、息絶えたのを確認したネロが得物を背に戻すと二人が駆け寄ってきた。

 

「にしても、よく二人だけで持ち堪えたもんだ」

 

 ネロはいまだ周りを囲むメフィストに視線を向けながら言うと、二人は安心したようにほっとしながら答えた。

 

「まあ戦ってそんなに経ってないからな。だけどあのままだったらヤバかったよ」

 

「うん。本当に助かったよ、ネロ君」

 

「まだ終わったわけじゃないが、後は任せろよ」

 

 ネロのような規格外の存在を除き、悪魔と戦うとなれば一度の判断ミスで命を失うこともあるため、これ以上二人に戦わせるつもりなかった。そうでなくともネロ自身一人で戦う方が性に合っているし、実際これまでもそうして戦ってきたため今回もそうするつもりでの言葉だった。

 

 そして二人の返答を聞かぬままネロは空中に飛び上がる。それとほぼ同時に残った悪魔が一斉にネロに襲いかかった。

 

 その内の三体をブルーローズで撃ち抜くと、ネロは得物をレッドクイーンに持ち替え、柄を限界まで捻りイクシードを燃焼させる。そのまま柄と平行に設置されているクラッチレバーを引いた。

 

 大量の噴射剤がレッドクイーンから噴射され、ロケットのようにネロの体ごと猛烈な勢いで悪魔へと向かう。魔剣教団が製作したレッドクイーンの原型とも言えるカリバーンではこうはいかない。制御が難しいという理由で噴射される推進剤の量が抑えられているが、ネロが自身で改造したレッドクイーンはその量を限界まで引き上げている。それがネロごと空中を移動できるほどの出力を生み出しているのだ。

 

 ネロは噴射生み出された勢いそのままにメフィスト三体をまとめて斬ると、その真下にいて唯一生き残っていた悪魔に向けて、両の手を使い逆手で振りかぶるようにレッドクイーンを持って突き刺した。

 

「Double Down!」

 

 まるで隕石のような速度で地面と衝突したがネロはまったくの無傷で平然としている反面、メフィストはあっけなく絶命した。先ほどレッドクイーンを投げた時は仕留めきれなかったが今度は仕留められたようだ。

 

 周囲の悪魔を一掃したネロがレッドクイーンを背負い、ブルーローズに銃弾を込め直していると二人が近寄ってきた。

 

「また助けられちゃったね」

 

「仕事みたいなもんだ、気にするなって」

 

 ブルーローズをくるりと回転させて腰に戻しながら言うとグラッドが口を挟んだ。

 

「礼くらいちゃんと言わせてくれよ、お前がいなかったら本当に厳しかったしさ」

 

 グラッドもネロが来る前の状況の悪さは理解していた。口にこそしなかったが、あのままネロが来なかったら正直自分もミントも召喚師である彼女を頼って避難してきた人も殺されていただろう。

 

「……ああ」

 

 グラッドの言葉にネロは頷いた。彼としては悪魔に逃げられたせいで起きた戦いという認識であるため、決して礼を言われるようなものとは思っていなかったが、さすがにこれ以上固辞するのも悪いと思い短く返答したのだった。

 

「そういやお前、店の方はいったのか? あっちの方にも悪魔が言ったみたいだけど……」

 

 グラッドはこの場での戦闘が始まる前、ここに来た悪魔と倍以上の数の悪魔が、忘れじの面影亭がある方角に向かうのを見ていたのだ。

 

「すぐに行ってみる」

 

 それを聞いたネロは即答した。あの場にはここよりも戦える者は多いが、それでも悪魔と戦って全員が無事に生き残れるとは限らない。そしてなによりあそこにはキリエがいる。今すぐに行かないわけにはいかなかった。

 

「私達もすぐに行くから!」

 

 飛び上がったネロの背にミントの声がかかる。しかしネロはそれに何も答えず、一心に忘れじの面影亭を目指した。

 

 

 

 

 

 一方、忘れじの面影亭ではミコトを戦列に加えたことで迫るメフィストの数を着実に減らすことができていた。そんな中、通算何度目かの召喚術を行使したゲックは、悪魔の突進を槍の代わりに出現させた盾を弾いたミコトの姿を見ていた。

 

 ミコトの力がどのような原理によるものかは分からないが、紛れもなく彼の持つ力は悪魔に十分通じるものだった。戦い慣れていないせいか、何度かセクターやフェアがフォローに回る場面もあったが、それでも間違いなく彼が戦いに加わってくれたことはゲック達にとってプラスだった。

 

 だが、この老召喚師は普段にも増して厳しい顔をせざるを得なかった。

 

(あの小僧のおかげで持ち直すことはできたが、このままでは彼奴らを殲滅するより前にこちらが……)

 

 悪魔との戦いが始まってまだたいして時間は経っていない。それでも戦いの始めから全力で動き続けていたフェアやセクターからは疲労の色が見え始めていた。この悪魔達は偶然か狙ってかは不明だが、二人を休みなく攻め立ててきたのだ。それに気付いたゲックがローレットに命じて支援させたり、ミルリーフも慣れぬ戦いの中で援護したりしていたが、やはり早々に疲労が出るのは防げなかったらしい。

 

 二人が戦闘不能になれば拮抗していた状況が一気に悪化することは目に見えている。そうでなくとも自分よりも若い者が命を散らす様など見たくはない。そう思うゲックだが、この場にいる誰もが悪魔の相手に手一杯で、二人の援護などできるはずもなかった。

 

(誰かに将軍を呼びに行かせるべきじゃったか……)

 

 胸中で先ほどの選択を後悔する。想像以上の悪魔の数を見て、忘れじの面影亭の周囲で監視をさせていたローレット達を戦闘に参加させたのはゲックだった。もしもその時、三姉妹の誰かにトレイユ近郊の農園で働いているというレンドラーと麾下の者達を呼んでくればこうはならなかったのではないか、そんな思いが頭を駆け巡る。

 

「今だ! やれ!」

 

 その時、セクターの声が響く。見ると上空でセクターの射撃を受けていた悪魔が黒いガスを剥がされ、貧弱な本体が露になり落下を始めていた。これまで戦った経験からあの高さから落下すると、地面に落ちる前に再度ガスを纏うのだが今回は違った。

 

「ッ!」

 

 セクターの声に合わせるようにミコトが歯を食いしばり、いつの間にか手にしていた槍を全力で放り投げた。それは狙いを違わず落下してくるメフィストを貫いた。

 

 これでまた一体悪魔の数が減ったことになる。

 

 だが、得物を投擲するという大きな隙を晒したミコトを悪魔が見逃すはずがなかった。一体のメフィストがマントのように纏うガスの一部を自らの周囲で高速回転させる。それによりメフィスト自体がコマのようにも見える。だが、これの恐ろしいところは高速回転している部分が爪以上の鋭利な刃となっているところである。人間の体はもちろん頑丈なロレイラルの召喚獣でもそれを防ぐ強固な装甲を持つ機体は少ないだろう。

 

 そんな一撃がミコトに迫る。彼は槍を投擲した際に体勢を崩しており、避けることは難しい状況であったが、そんな彼をフェアが救い出した。肩を抱え引っ張るという強引なやり方であった上に、メフィストの攻撃を避けることこそできたが、フェアもろとも倒れ込むように避けることになってしまい反撃することは叶わなかった。

 

 それでもすぐに身を起こし、二人の身を案じて駆け寄ってきたセクターとともにいまだ周囲を囲む悪魔に備えた。

 

 三人は数の面で不利なのを連携して補おうしている。一人で悪魔と戦ったのでは自分の弱点を補ったり失策を挽回したりできるのは自分自身しかいない。だが、他の者と共に戦えば必ずしも自分で何とかしなければならないわけでないのだ。きっと三人ともこれこそがこの場で生き残る唯一の手段だと本能的に悟っていたのだろう。

 

(あやつらはまだまだやる気じゃ……、なのにワシ一人諦めるわけにはいかぬな)

 

 三人の戦いぶりを見たゲックが口角を上げて自嘲気味に笑った。彼は召喚師という直接敵と刃を交えない立ち位置にあるため、戦況を把握しやすい立場だ。それは比較的冷静に物事を判断できることを意味するが、同時に仲間の士気の影響を受けにくくもあるのだ。

 

 今回の場合で言えばフェアやセクター達の士気が生き残るという目標もあって極めて高かったのにもかかわらず、彼我の戦力差を冷静に分析したゲックの士気は決して高いとは言えなかったのだ。

 

 直接敵を攻撃せずに呼び出した召喚獣に攻撃させる召喚師と言えど、士気の影響は少なからずある。高いと低いのではどうしてもパフォーマンスに差が出て来るものなのだ。

 

 そうした意味ではようやくゲックもフェア達と同じスタートラインに立ったと言えるだろう。

 

 それを証明するかのようにゲックは再び手にする召喚石に魔力を込めた。機械によって生き永らえていると言っても過言ではないゲックにとっては、召喚術の連続行使は大きな負担が行為だった。

 

「教授、何を……!? それ以上はおやめください!?」

 

 ゲックが召喚術を使おうとしたのを悟ったローレットが制止しようと声を上げる。しかしゲックは、もはやそんなことに構うつもりなどなかった。

 

「構わぬ! 今を生き延びねば先などありはしない! アセンブル!」

 

 そうして放ったのは限界近くまで魔力を注ぎ込んだ、それこそ下手をすれば召喚石が壊れてしまう暴走召喚一歩手前と言っても過言ではないものだった。当然、負担も相応のもので、ゲックは召喚術を放った直後に何度も咳をするなど呼吸器系に大きな負担がかかり酸欠状態になりかけていた。

 

 だが、それだけの代償と引き換えにゲックが呼び出したロレイラルの召喚獣「エレキメデス」は、本来のスペックを超える出力の電気を放出した。近くにいた二体のメフィストは黒いガスを剥がされ、それよりも距離を取っていた悪魔も仰け反り、さらに距離を離されることとなった。

 

「今じゃ、ローレット、グランバルド!」

 

 エレキメデスに放電により一時的に周囲から戦闘力を保持する悪魔が一掃された。この機を逃す手はないとゲックは銃を装備する二体に化けの皮が剥がされた悪魔を攻撃するよう命じた。

 

「教授の仰せのままに!」

 

「ハイ、教授!」

 

 答えたのとほぼ同時に二体の機械人形が装備した銃を悪魔めがけて発射する。ローレットは扱う銃こそ威力が高いものではないが正確な射撃で悪魔を撃ち抜き、グランバルドはそれと対照的に威力を重視した銃を装備しているが、電子頭脳が機械人形のものを使われているせいかあまり射撃の精度は高くなく、結果的にそれぞれが狙った悪魔が息絶えたのはほぼ同時だった。

 

 倒せたのは多数の悪魔の中のたった二体。それでもゲックは焼け石に水などとは思っていなかった。むしろこれ敵の攻撃の密度が下がれば、こちらの生存率が上がると冷静に判断しており、その胸中にはあった諦観はもはや完全に消え去っていた。

 

 

 

「ゲックめ、急にやる気を出したな」

 

 ゲックが召喚術で周囲の悪魔を吹き飛ばしたのを見て、近くにいたセクターがそう呟くのがミコトの耳に入った。顔は見えないが声色からどこか嬉しそうに感じているように思えた。

 

(やっぱり戦い慣れているんだな)

 

 そんなセクターを見てミコトが胸中で呟く。少なくとも自分なら、一時的に悪魔が引いたとはいえ、自分のことだけで手一杯で他人に目を向けることなどできはしないだろう。

 

 叔父が渡してくれた制御籠手を着けたためか、あるいはそれによって自身に眠る力が解放されたためか、ミコトの身体能力は以前とは別物と言えるほどまで向上している。先ほど落下する悪魔に槍を投擲して直撃させることができたのもそのおかげだった。それは感覚神経や運動神経も同様だった。しっかりメフィストの攻撃に反応することができているし、自分の体が考えた瞬間に動くようになったのである。

 

 ただ、いくらそうした肉体面の能力が向上したと言っても、それを扱うミコトの精神は何も変わっていない。生まれてからこれまで命をかけた戦いなどしたことはなかった彼が、いきなり悪魔との戦いに放り出されていつも通りでいられるわけはなかった。

 

 戦いが始まってからずっと気は張り詰めたままで視野は狭くなっていた。一対一ならともかく、多数の悪魔を相手にしなければならない今回の戦いでは、セクターやフェアの援護がなければとっくに殺されていてもおかしくはなかっただろう。

 

(だけど、俺は戦うことを選んだんだ……! 自分にできることをするだけだ!)

 

 ミコトは右手に槍を出現させる。どういう理屈かは叔父に聞かなければ分からないが、制御籠手をつけたことでミコトは死してなお取り残された亡魂を槍や盾に変質させることができるようになったのだ。それが悪魔にも効果があることは先ほどの投擲で証明されている。

 

「……えっ?」

 

 一度、強く槍を握り決意を新たにしたミコトの視界の端を赤い何かが通ったように見え、思わずその方向を凝視した。ただ、通ったと思われる場所もこの場から距離が近いとは言えず、しばらく間見ていても何も変わったところは見えなかった。

 

「また来るよ!」

 

 フェアの声でミコトは視線を戻した。ゲックの召喚したエレキメデスによって散らされていた悪魔が再び周囲に集まってきたのだ。当然槍を構えるが、ミコトはどうしても先ほどの赤い何かがのことを頭に引っかかっていた。それが隙となったのか、一体のメフィストが飛びかかってきた。

 

「っ!」

 

 思考が別のことに回っていたせいで判断が遅れた。やむを得ずミコトは回避を諦め防御するべく、槍を盾へと変え地に足を着けて構えた。だが、いつまで経っても悪魔と激突した衝撃はなく、かわりに銃声が響いた。

 

「ネロ!」

 

「ネロ君!」

 

 その銃声を発した者の名をフェアとセクターが呼ぶ。呼ばれた男ははミコトに襲いかかろうとしていた悪魔だけでなく、さらに二体のメフィストも空中で撃ち抜きながら地面に降りた。

 

「何とかなってたみたいだな。だが、後は俺がもらうぜ」

 

 手にした銃をしまい、背から取り出した大剣を肩に担ぎながら言う。

 

 だが、その時ネロの背後に先ほどミコトが見たのと同じ赤い何かが迫っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 




最近リアルが忙しいので次回投稿はGWごろの予定です。

ご意見ご感想評価等お待ちしております。

ありがとうございました。

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