Summon Devil   作:ばーれい

123 / 130
第122話 トレイユ防衛戦

 ネロがコーラルと飛び立った後、フェアは店を飛び出してグラッドに事態の説明をするために駐在所に走った。彼女の立場なら自分達の安全を最優先に考えて忘れじの面影亭に留まっていたとしても非難されるものではないが、フェアの性格上、何もしないなんてできなかったのだ。もしかしたらネロが彼女には何も言わなかったのは、こうなることが分かっていたのかもしれない。

 

「フェア!」

 

 駐在所が間近に見える距離まで近づいたところで、グラッドの方から声を掛けられた。彼の傍らには昨日顔を見た青年が控えていた。恐らく彼を連れてまた忘れじの面影亭に行こうとしていたところなのだろう。

 

「よかった! 実は……」

 

「分かってる、悪魔のことだろ? ネロが竜に乗って飛んでいくのが見えたんだ」

 

 フェアが状況を説明しようとするとグラッドがそれを遮った。ネロ達はあまり高度を上げずに飛行していたため、グラッドの目に入ったのだ。それに彼らが飛んでいく方向に目を向ければ、低高度に浮かんでいる黒い雲のようなものも見えたのだ。ネロに率先して向かうとすれば、その黒い雲の正体を悪魔と判断したのも無理からぬことだった。

 

「うん、だから……」

 

「俺はこれから町の方に行かなきゃならない。だから悪いがミコトのこと頼みたいんだ」

 

 グラッドは駐在軍人だ。このトレイユの住民を守る義務がある。だから住民にしばらくの間家にいるように伝えに行かなければならない。しかし同時に、保護したミコトの安全にも責任があるのだ。そのためグラッドは、まずミコトをトレイユの中で悪魔から最も離れたところにあるフェアのところに避難させようとしたのだ。

 

「わ、分かった。お兄ちゃんも気を付けてね」

 

「すまん、頼む」

 

 彼の言わんとしていることを悟ったフェアが頷くと、グラッドは街中に向かって走り出した。グラッドは一度悪魔と戦ったことはあり、その恐ろしさを身を以って知っているのだが、それでも帝国の民を守るという軍人の使命を果たすため、悪魔とも戦う覚悟はあった。

 

 しかし現状では、悪魔にネロが向かっていることもあり、グラッドはひとまずは彼に戦いを任せる気でいた。というより雲のように見える程の大量の悪魔と戦って勝つ自信などなく、ネロに頼るしかないのが実情なのだ。

 

 もし、ネロが仕留めきれなかった悪魔が来ることがあれば彼はいの一番に戦うつもりでもいたのだった。

 

「それじゃ、こっちも行こう。案内するからついてきて」

 

「は、はい、よろしくお願いします」

 

 グラッドを見送った後、フェアが声をかけるとミコトが返事をする。ミコトにしてみれば非常事態とはいえ、昨日いきなり詰め寄られた者に案内されるというのは、少し気後れするような状況だった。

 

 同様にフェアもグラッドに頼まれたとはいえ、まだ疑念の残っているミコトと話すのには気まずさがあったため、最初の言葉以外は無言のまま彼を先導していった。

 

 混乱しているかもしれない大通りを避けて裏道を通ってため池のところに来てもお互い無言のままだった。そしてため池の別れ道を右に曲がったところで、曲がった反対側の方にあるリシェルの家の方から甲高い機械のエンジン音が聞こえた。

 

 二人が振り返ると誰かが飛び立っているのが見えた。飛行しているのはコーラルのような巨体な竜ではなく、人間より少し大きなロレイラルの召喚獣だった。今も聞こえているエンジン音のもとはその召喚獣の発する推進機関だったようだ。

 

「あれって……」

 

 それを見たフェアには心当たりがあった。この位置からでは顔は見ることができず、距離もあったため細部まで見られなかったが、あの独特の服装は父であるケンタロウのものに間違いなかった。

 

 それに父が乗っているロレイラルの召喚獣らしき機械も、以前に家に帰って来た時に連れていた機械兵士のトライゼルドだろう。実際には見たことがなかったが、トライゼルドには飛行能力があることを父が自慢げに語っていたことが記憶にあった。

 

 セクターの話では用事があるという話だったが、おそらくその用事とはリシェルの父のテイラーと会うことだったのだろう。フェアにとっては店のオーナーであるテイラーは父と母の共通の友人であるらしい。もっともテイラー自身がそう言ったわけではなかったが。

 

「……行こう。もうすぐだから」

 

 少しの間、父が飛んで行った方を見たフェアはミコトに言った。恐らく父は事態を把握して戦いに行ったのだろう。それに対して思うところがなかったわけではないが、今はミコトを店に連れて行くことの方が先だと思ったらしい。

 

 そんなフェアの様子を不審に思いながらもミコトは頷くと彼女に続いた。

 

 そうして忘れじの面影亭への道を進んでいると、途中で店の方から走ってきたセクターと出会った。彼はフェアを見るとほっとしたような表情を見せて声をかけた。

 

「ああ、よかった。みんな心配していたよ。さあ戻ろう」

 

 セクターはフェアを探していたらしい。確かに普通に忘れじの面影亭と駐在所を往復するよりも時間はかかっていたのだろうから、残るメリアージュやエニシアが心配するのも理解できる。そうでなくとも今は非常時だ。待つ側にとってはいつも以上に時間は長く感じたことだろう。

 

「でも、先生はどうしてここに?」

 

 セクターも加え店への急ぎながらフェアは尋ねた。彼はほんの少し前に忘れじの面影亭を出たばかりだ。にもかかわらず、どうしてすぐに戻ってきたのか疑問に思ったのだ。

 

「ビルドキャリアーが異常を感知したとの連絡があってね。エニシア君を心配したゲックと戻ってみれば飛び出して行った君がなかなか戻って来ないと聞いて探しに来たんだよ」

 

 ビルドキャリアーには悪魔の出現を察知するような機器は設置されていないが、魔力を感知できる機器は備え付けられている。それが異常な値を示していたのだ。そのため、その報せを受けた時のゲックとセクターは異常の原因が悪魔であるとは分からなかったが、それでも何らかの不測の事態に陥ることは十分に想像できたため、忘れじの面影亭に戻ることにしたのだった。

 

「大通りはもしかしたら混乱しているかもしれないと思って遠回りしてきたの」

 

「……彼は?」

 

 フェアから遅れた理由を聞いたセクターは納得したように頷くと、彼女とともにいるミコトのことを尋ねた。

 

「昨日からグラッドお兄ちゃんが保護している人。それでお兄ちゃんから頼まれたの。預かってくれって」

 

「えっと、ミコトって言います」

 

 フェアがそう言うと、とりあえずミコトは名乗った。こういう場合日本では姓を名乗る方が一般的ではあるが、こちらの世界では全員が姓を持っているわけではないため、名前を名乗るのが一般的だった。

 

「よろしく」

 

 セクターは短く答えた。彼もかつては軍人であり、こういう状況で駐在軍人がどういう行動を取るかは知識として知っており、ミコトをフェアに預けたことを非難するつもりなかった。それでも元諜報員であり、状況が状況である以上、どうしても見知らぬミコトのことを無警戒で接することはできなかった。

 

 

 

 そのまま店まで戻ると、玄関の近くにはグランバルドが見張りをしていた。ローレット達三姉妹の姿が見えないところを見ると、恐らく庭や倉庫の方で見張りしているのだろう。

 

 そしてそれ以外のキリエやエニシア達に加えゲックも食堂にいた。そして彼の傍では今朝メリアージュから治療を受けたカイロスが座っていた。意識は取り戻したようだが、まだ完全に復調したとは言えないようで背もたれに体を預けて俯いている。その近くのテーブルには彼の私物らしい大きな荷物も置いてあった。

 

「ママ!」

 

「よかった、遅いから心配したんだよ」

 

 戻ってきたフェアを見つけたミルリーフとエニシアが駆け寄ってきた。何事もなかったフェアにしてみれば少し心配しすぎな気がしたが、それでも

 

「ごめんね、ちょっと頼まれたことがあって。実はこの人を預かることに……」

 

「お、叔父さん!」

 

 フェアがそう言って後ろにいたミコトを紹介しようとした時、その本人が大きな声を上げた。そしてその声に反応したのは、それまでずっと俯いたままのカイロスだった。

 

「……ミコトか?」

 

 その言葉を聞いてミコトはやはり座っていた男の正体が那岐宮市で一緒に暮らしていた叔父カイであると確信した。自分もいつの間にか日本からリィンバウムに移動しているのだから、あの時同じ場所にいた叔父も同じくこの世界に来ていたとしても不思議ではない。それでも、誰も知っている者がいない世界でようやく知っている者に出会えたのはとても嬉しかった。

 

「叔父さん、よかった……」

 

「ふむ、すまんがどういうことなのかワシらに説明してくれんか?」

 

「え、ええ、彼は私と共に住んでいた者です。名はミコトと――」

 

 かつての師であるゲックとは少し前に意識を取り戻した時、多少なりとも言葉を交わしていた。ただ、その時既に切迫した状況であったため、詳しい事情を話すことはできずにいた。だから当然、ミコトとの関係を訝しまれて当然だろう。

 

 そのため、簡単にでも関係を説明しようとしたカイロスだったが、その言葉を言い切る前に忘れじの面影亭の外で見張りをしていたグランバルドの大声によって遮られた。

 

「教授! ナニカ、向カッテキテル!」

 

 その言葉にいち早く反応したのはセクターだった。反射的に店を飛び出し、グランバルドの傍へ駆け寄った。そして彼が示す方向に目を向けると、確かに空中を浮遊する小さな黒い雲のようなものがいくつも町の中を飛び回っており、その中のいくつかがこちらに向かって来ていた。

 

「先生どうかした……って、あれってまさか、悪魔……!?」

 

 遅れて後を追ってきたフェアがセクターの見ている方にいた存在が悪魔だと本能的に察した。あの存在からはかつて帝都で見た悪魔と同じような感じがするのだ。

 

「私は悪魔と言う存在を実際に見たことがないが、少なくともこちらに害意を持っているのは間違いないだろうね」

 

 セクターは数年前までまともに悪魔が現れたことがないトレイユに住んでおり、この数年はリィンバウム全体で悪魔が現れなくなっていた時期だったため、彼が実際に悪魔を見たのは今回が初めてだった。いずれにせよ飛行能力を持つ相手との戦いは厳しいものになるだろうと考えていると、そこへ三姉妹の長女ローレットから通信が入った。彼らの間では連絡を密に行うため、短距離の簡易的な通信機を常に持っているのである。

 

「何かありましたの? 私達もそちらに行きますわ」

 

「だめだ、そこで見張りを続けるんだ。挟撃されるわけにはいかない」

 

 ローレットの言葉をにべも無く否定する。確かにここでローレット達三体の機械人形が戦力として加われば非常に頼もしいだろうが、それは同時に他方向への目を失うことになるのだ。それこそセクターが口にしたように挟撃でもされれば最悪である。それにもし新たな敵が来ないのであれば、万が一の際の逃走経路の確保にも繋がるという思惑もあり、ローレット達を忘れじの面影亭の各所に留めようとしたのである。

 

「ですが、それでは……!」

 

「ローレット、ワシもセクターと同意見じゃ。アプセットとミリネージも聞いておるな。お前達はその場で見張りを続けよ」

 

「……わかりましたわ」

 

 セクターだけでなくゲックにもそう言われたローレットは渋々ながらも了承すると、同じ通信を聞いていた次女アプセットと三女ミリネージからもそれぞれ「……了解」「ハーイ」と返答がきた。

 

 それと前後してフェアに続いて店を出ていたミルリーフが至竜の姿へと変わった。

 

「ミルリーフ、戦う! パパと約束したもん!」

 

 迫りくる悪魔への威嚇か、初めて悪魔と戦う自分を鼓舞するためか、ミルリーフが声を上げた。

 

「一緒に戦うよ、ミルリーフ!」

 

 それに呼応するかのようにフェアも武器を取り出して臨戦態勢をとった。母としてはミルリーフが戦うことがいいことだとは思えないが、それでも数多くの悪魔と戦わなければならない現状では、非常に頼りになる戦力なのは間違いなかった。

 

 そして悪魔が姿をはっきり視認できる距離まで来たところで、先手を打ったのはゲックに指示されたグランバルドだった。

 

「やれい! グランバルド!」

 

「アッタレェエ!」

 

 腕に装備された銃を一体の悪魔に向かって乱射する。お世辞にも高い命中率とは言えないが、それでも撃った弾丸の半分程度は悪魔の体の大半を構成するマントのような黒いガスに吸い込まれていった。ただ悪魔自体には効果がないのか、平然としていた。

 

「効イテナイノ!?」

 

「いや、違う……ゲック!」

 

 自分の銃撃が無効化されたと思ったグランバルドが声を上げるが、悪魔をつぶさに観察していたセクターがそれを否定して、自身に改造を施した召喚師の名を呼んだ。

 

「分かっておる! アセンブル!」

 

 ゲックもセクターと同じ結論に至っていたようで、名を呼ばれた時には既に召喚術を発動する準備は整っていたようだ。そして召喚術の発動キーを口にして現れたのが、強力な電気を操る機界ロレイラルの召喚獣エレキメデスだった。

 

 呼び出されたエレキメデスは主の命令に従い、悪魔に向けて嵐のような強力な電流を放った。決して燃費のいい召喚獣ではないため、長期戦に向いた機体ではないが、その電流の威力は折り紙つきだった。

 

 その証拠に電流の嵐に巻き込まれたメフィストは大きく仰け反るように後退し、その中心にいたグランバルドの銃撃を受けたメフィストに限っては、黒いガスが剥がされたかのように消失し、残された頭部は虫のような本来の姿を曝け出しながら落下を始めた。

 

「もらった!」

 

 だが、メフィストが地面に落ちる前に短剣を携えて跳躍したセクターによって切り裂かれた。セクターもゲックもあの黒いガスに銃撃が吸い込まれるたび、ガス自体が小さくなっていたことに気付いていたようだ。

 

 だが、悪魔もそのままで終わるはずがなかった。

 

 エレキメデスの電撃に巻き込まれなかったメフィストの一体がセクターに急速に接近してきたのだ。

 

「くっ……!」

 

 その時いまだ空中にいたセクターは自由に身動きを取ることはできなかった。融機強化兵として改造された彼は、先ほど倒したメフィストのところまで跳躍できるほどに身体能力を強化され、さらには偏光迷彩まで装備されてはいるものの、空中を自由に動き回るような機能までは付与されてはいないのだ。

 

 何とか体を動かして悪魔の攻撃を避けようとするものの、空中を自由に移動することができるメフィストがわざわざ止まって攻撃を仕掛けて来るはずがなかった。

 

 メフィストは標的の周囲を周りながら、弾丸のような速度で鋭い爪を伸ばしセクターを刺し貫こうした。

 

「させないんだから!」

 

 だがその直前、フェアが放った矢がメフィストの照準を狂わせた。さすがに攻撃を阻むまではできなかったものの、伸ばした爪はセクターの真横の空間を貫いたのだった。

 

「すまない、助かったよ」

 

「何とかなってよかったよ」

 

 若干体勢を崩しながらも地面に着地したセクターからの礼にフェア大きく息を吐きながら答えた。彼女は普通の剣のみならず槍や今のやったような弓、さらにはシルターンで多く使われている刀も扱えるなど、多種多様な武器を扱えるのだ。しかし、そんなフェアをもってしても今しがたやったようなメフィストの爪に矢を当てることは非常に難しかったらしい。

 

 メフィスト自体は普通の人間と同程度の大きさだが、当てなければならないのは爪の部分であり、時間的余裕もほとんどなかったのだ。正直なところ、今回当てられたのは運が良かったとしか言えないだろう。

 

「また来るよ!」

 

 ミルリーフが声を上げた。フェアに邪魔された悪魔は標的を追って向かって来ており、エレキメデスによって仰け反り後退させられた悪魔も既に体勢を立て直していた。状況が乱戦の様相を呈するのは時間の問題だろう。

 

「何とか店の方にいかないようにしないと……!」

 

 フェアは弓から剣に持ち替えてちらりと後方の忘れじの面影亭を見やった。そこにはエニシアやキリエのように戦う力を持たない者がいる。悪魔をここで食い止めなくては大惨事になることは目に見えていた。

 

 しかし、メフィストの数はこちらよりもだいぶ多い。かなり厳しい戦いになるのは明白で、その中で悪魔を全て引き付けられるかは疑問符がつくところだった。

 

 そうしたフェアの心配を感じ取ったのかは分からないが、忘れじの面影亭を包むように結界が張られた。その余波に接近しつつあった悪魔は動きを鈍らせ、警戒するようにこちらの動きを伺っていた。

 

「これ……母さん!?」

 

 結界から感じる力はいつか感じた母メリアージュの魔力だった。きっと彼女が戦う力を持たない者を守ろうと発生させたのだろう。

 

「うん、きっとそうだよ! ……でも、絶対に安全になったわけじゃなくて、何度も攻撃を受ければいつかは破られちゃうよ」

 

 結界を見たミルリーフが頷いた。しかし彼女の言う通りこれで忘れじの面影亭が安全になったわけではない。メフィスト程度の下級悪魔であってもその攻撃を何度も受ければ、結界を維持するメリアージュの魔力の方が先に尽きてしまうだろう。

 

 あくまで彼女が張った結界はフェア達が悪魔を倒すまでの時間稼ぎでしかないのである。

 

「なら、その前にあいつらを全部倒さなきゃいけないってことね!」

 

 心配事の一つがなくなったフェアは意気を上げる。同時に結界に対して警戒をしていた悪魔達も再度動き出した。

 

 そしてそれを迎え撃つべく、ミルリーフが大きく開けた口から放たれた魔力の光線によって戦いの火ぶたは切って落とされたのだった。

 

 

 

 

 

「私も……いかなければ……!」

 

 メリアージュによって結界が張られた忘れじの面影亭の中で、カイロスは渾身の力を足に込めて立ち上がった。外では戦いが始まろうとしており、もう老齢の師まで戦おうとしているのに、自分だけがこんなところにいるわけにはいかないのだ。

 

「だ、ダメだって叔父さん! 立ち上がるのもやっとじゃないか!」

 

 立ち上がりはすれども、見るからにふらふらなカイロスをミコトが宥める。これでは戦いなど到底できるわけがない。

 

「まだ無茶をしてはいけません。ここはあの子たちに任せましょう」

 

 結界の維持に意識を集中していたメリアージュが言った。カイロスに治癒の奇跡を施したためか、彼の状態の悪さはよく知っていたのだ。

 

 治癒の奇跡というのは肉体の不調さえ治せるが、その代わり魂に少なからず負荷をかけてしまうものなのだ。ただ、その負荷のことを考えても今のカイロスは消耗しすぎているように感じられた。メリアージュは当初、カイロスが召喚師だと聞いたため何らかの儀式によって消耗したのではないかと推測していたが、今はそれに加えて悪魔と戦ったせいではないかとも考えていた。

 

 忘れじの面影亭を襲っている悪魔から感じる禍々しく悪意と害意に満ちた魔力。こんなものを浴び続けていたら魂にも悪影響が出る可能性は否定できなかったのだ。

 

「座っていましょう? みんなならきっと大丈夫ですから」

 

 そこにキリエが声をかけた。自分のことより他人のことを気に掛ける彼女だ。無理をしようとするカイロスのことを放っておけなかったのだろう。

 

「そうだって、叔父さん。さあ、もう座って」

 

「あ、ああ……」

 

 自分よりも一回り以上年下の女性に言われ、さらにはミコトにまで言われたとあっては、さすがにそれ以上無茶を言い続けることはできなかった。そしてカイロスはミコトに押し切られる形で再び椅子に腰を下ろした。

 

 その時、ミコトはテーブルの上に置かれたものに目がいった。置かれた場所から考えて叔父の私物なのだろうが、気になったのはその大きさだった。共に暮らしていた時、この片手では持てないほど大きな物を叔父が持っていた記憶はなかった。

 

「叔父さん、これって……」

 

 ミコトはまるで何かに引かれるように紙で包装された荷物に触れながら尋ねた。その様子を見たカイロスは全てを悟ったように一度目を閉じてから口を開いた。

 

「開けてみるといい。……それは本来、お前のものだ」

 

 それを聞いたミコトは包装に使われている安っぽい茶色の紙を破いた。だが、中から出てきたのは泥が付着しているビニールで包まれていた物だ。紙で包んでいたのは単に泥を落とすのが面倒だったからだろう。

 

 そう思って手が汚れるのも厭わずミコトはビニールを剥がし、さらに中にあった油紙を取り除いて現れたのは右腕だけの籠手であった。それも肩のあたりまで覆う形の比較的大きな籠手だ。

 

「それの名はまだない。私たちは『制御籠手』と呼んでいた。……お前の力を完全に目覚めさせ、」

 

「俺の……力……?」

 

「そうだ。お前や俺がこちらに飛ばされたのも元はお前の力によるものだ」

 

「それじゃあ……」

 

 唐突に告げられた言葉にミコトは動揺する。それでも脳裏に浮かぶのは何年か前に訪れたこの世界のことだった。あれも自らに宿る力によるものだとすれば、説明がついてしまう。

 

「ぐうっ……!」

 

 だが、思考を遮るように呻き声が聞こえ、結界を突き抜けてテラス部分から食堂の中へセクターが吹き飛ばされてきた。幸い攻撃を受け止めきれずに飛ばされただけだったようで目立つ外傷はなく、すぐに起き上がると再び戦場の中に戻って行った。

 

 結界は悪魔のような魔力を遮断するものであるため、セクターがそれを突き抜けてきたとしてもいまだ健在ではあるが、外の戦いは決して楽観できる状況ではなかった。見張りについていたローレット達三人の姉妹も戦いに加わってなお、数で負けているせいで劣勢を覆すことはできないようだ。

 

「っ!」

 

 皆が苦戦しているのはまともに戦いを見たことのないミコトにもよくわかった。それゆえに反射的に机の上にあった制御籠手を手に取って腕につけようとしたが、すんでのところでカイロスに制された。

 

「それを着けたら最後、お前は否応なく戦いへと巻き込まれだろう。それでもいいのか?」

 

 それは警告するような言葉であったが、言葉の節々にはできるならミコトを戦いに巻き込みたくないというカイロスの想いも感じ取れた。しかし、それでもミコトは制御籠手を手に取った。

 

「……正直、まだ何がなんだかわからないよ。でも、みんなが困っていて、俺にはそれを助けられるかもしれない力があるのなら、俺は助けたい。もう、何もできずただ見ているだけなのは嫌なんだ」

 

 昨日の那岐宮市で悪魔に襲われたところから、ミコトは己の意思で何も為してはいなかった。あの自分を道具のように扱うシャリマにされたように、自分の意思の介在しないところで、自分の運命が決まっていくのはもう嫌だった。

 

 運命を切り拓くなど格好のいいことを言うつもりはないが、望まない運命に抗いたかったのだ。たとえそれには大きな困難が待っているとしても。

 

 そう言ってミコトは制御籠手を右腕に着けた。瞬間、制御籠手から駆動音が聞こえ、ミコトは自身の奥底に眠る何かが体の中を駆け巡ったのを感じた。そして本能的に自身の力がどういうものであるか、まるで失われた記憶を取り戻したかのように悟った。

 

「かそけき声よ……我が意に応え、その力を示せ!」

 

 言葉と共に右手を掲げる。すると籠手に覆われた右手から光が発せられ、それに応じるかのように籠手が稼働する。すると、制御籠手はミコトの体と完全に同調し、掲げた手の先にはまるで叫びのような声とともに光の槍が現れた。

 

 そして、ミコトはそれを掴んで結界の外へと走りだしていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




投稿が抜けていたことに気付かず誠に申し訳ありませんでした。

最新の第127話も同時投稿ですので、そちらもご覧いただければ幸いです。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。