Summon Devil   作:ばーれい

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第11話 嵐の前触れ

 無色の派閥との戦闘から三日後。集いの泉に護人達とアティ達が集まっていた。それだけならいつもの話し合いと変わらないのだが、今回はその他にイスラとアズリアが参加していた。

 

 そしてその一人であるイスラは、自分がこれまでしてきたことを話した。

 

 自分が無色の派閥の構成員であの軍勢を呼び寄せたのが自分であること、そしてもう一つの魔剣である紅の暴君(キルスレス)の持ち主であること、そして自分の目的。それらを包み隠さず全て話したのだ。

 

「そんな……」

 

 イスラが記憶喪失と偽りこの島でやってきたことにも驚いたが、それ以上にショックだったのはあまりに過酷な彼の境遇だった。それを知ったアティは気のきいた言葉をかけることもできず、ただ一言呟くしかできなかった。

 

 一通り話し終えたイスラは最後に一言付け加えた。

 

「どんな罰でも受ける。逃げも隠れもしないよ」

 

 黙っていればイスラがしたことは、誰にも知られなかったかもしれない。それでも彼は正直に全てを話すことを選んだ。

 

 それが彼なりのけじめのつけ方なのだろう。

 

 なにしろイスラはアティと同じく、核識になりうる魂の資質と強い意思を持った魔剣に選ばれた適格者なのだ。いわばアティと似た存在なのだ。

 

 そんな彼がただ黙っているという選択肢を選べるはずがなかった。

 

「すまなかった……。私はお前のことを何もわかってやれなかった」

 

 迷惑をかけた島の者に謝罪するために参加していたアズリアは弟に頭を下げた。

 

 そもそも彼女が軍人になったのはイスラのためだった。

 

 多くの軍人を輩出したレヴィノス家に長男として生まれたイスラは軍人になることを望まれた。しかし、病魔の呪いによって体の弱かった彼にその願いを叶えることは不可能だった。

 

 そのためにアズリアは自分が代わりに軍人になったのだ。彼女にとっては弟の肩の荷を下ろしてやりたかっただけなのだが、それが逆にイスラを追い詰めた。

 

 女だてらに軍人として出世していくアズリアと、生きていくことすら人の手を借りねばならないイスラ。

 

 そこからイスラは自らの死を望むようになっていったのだ。

 

「僕こそごめん。僕のために軍人なんかになって、もっと他の幸せを掴んでほしかったのに……」

 

「イスラ……」

 

 結局この姉弟はずっとすれ違いだった。どちらもお互いのことを想ってやっていたのに、相手には誤解されていたのだ。

 

 それがようやく解消された。

 

「それで、どうするよ?」

 

 イスラの処遇をどうするかヤッファが皆に問い掛けた。

 

「島にも大した被害はなかったし、私は不問でいいと思うわよ」

 

「私も姉さんと同じです」

 

「こちらも同じく」

 

 アルディラの言葉にファリエルもキュウマも賛意を示した。

 

 確かにイスラは無色の軍勢を呼び寄せたものの、それは上陸後すぐにバージルによって壊滅させられたため、島の住民に危害が及んだわけではない。それもあって護人は不問の方向で異議がないようだ。

 

「こっちもそれで文句ないぜ、先生は?」

 

 既に一家の総意をまとめていたカイルに促され、アティは言った。

 

「私も全部話してくれただけで十分です。でも……、アリーゼにもきちんとお話してほしいです」

 

 この戦いでもっとも大きな傷を負ったのはアリーゼであることは間違いない。だからこそ彼女にもその話をしてほしかったのだ。

 

「わかってる、必ず話すよ」

 

 そうアティに約束した。そして彼の処遇も決まった。

 

「じゃあ、全員一致ってことだな。……イスラ、またガキ共と遊んでやってくれや」

 

 不問になった理由が島に直接的な齎してはいないという理由だけではないことをイスラは理解していた。彼らはイスラの境遇に同情し自分のことのように考えてくれたのだ。

 

 そんな温かい心に触れてイスラは本当の笑顔を取り戻した。

 

「みんな、ありがとう」

 

 笑いながらイスラは、心からの精一杯の感謝の言葉を返した。

 

 

 

 

 

 同じ頃、バージルは無色の派閥が残していった船に来ていた。

 

 彼らが乗ってきた船は2隻あったのだが、バージルによって殲滅寸前まで追い詰められた無色の軍勢は1隻の船だけで逃げ出したため、残されたもう1隻の船はここに放置されたのだ。

 

 船そのもの大きさはカイル達の船とほぼ同程度だ。しかし、無色の派閥の船は多少装飾が派手であった。

 

 ただ派閥の船が派手というより、カイル一家の船が地味といった方がいいかもしれない。

 

 そもそもカイル一家の船は実用性重視の海賊船であり、装飾にはあまり金をかけていないのだ。そのことを考えると、派閥の船はリィンバウムにおける一般的な船と同程度の装飾なのかもしれない。

 

 その船をバージルは調べ始めた。だいぶ修理が進んできたとはいえ、まだ修理が終わらないカイル達の船に代わって、この船を使って島を出れないかと思案していたのだ。

 

 その結果、外見には目で見てわかるような傷はなかった。船の中も浸水はなく目立つ傷もなくすぐにでも使えそうだった。もちろん実際にこの船を使うとなればカイル達にも見てもらう必要があるだろう。

 

 例えこの船を使って島を出ることができなくとも、部品取りとして使えるかもしれない。別の船とはいっても船を構成している部品に大差はないはずなのだ。

 

 そうして一通り船内の様子を見て回りながら、本などのめぼしいものはないか目を光らせる。

 

 ほとんどの部屋にはちょっとした備品があるだけで、特に気になるものはなかった。ベッドもないところをみると、おそらく大多数の者はハンモックで寝ているのだろう。

 

 ただ船の奥の方の客室はそれまでの部屋とは違い、ベッドが備え付けられていた。他にも机や棚なども備え付けられている。これまでの部屋と明らかに内装が違うため、幹部クラスの者の私室として使われていたことは容易に想像できる。

 

 その部屋の本棚には召喚術に関する本が置かれており、机の上には大きな紙が広げられていた。

 

 バージルは知る由もなかったが、本棚の書籍は一般では禁忌とされる召喚術を扱った本であった。このような本は、リィンバウムのどこの国でも蒼の派閥や金の派閥という召喚師の集団であっても禁書扱いされ、持っているだけでも罪に問われることになるのだ。

 

 無色の派閥というどこの国家にも属さない召喚師の集団だからこそ、そういう類の本も容易く入手でき、また所持できるのかもしれない。

 

 そして机の上に広げられている大きな紙は、なにかの平面図のようだった。注意深く見ていくと、それが遺跡の図面だと思い至った。

 

 おそらくこの平面図は無色が遺跡を調査する際の資料として持ち込んだものだろう。

 

 バージルはそれを詳しく見ていく。どうやら以前調査した部分は遺跡全体のほんの一部でしかなく、他にも多くの実験施設などがあるようだ。

 

(これは遺跡の調査に役立つな)

 

 いずれ時間を見て遺跡の更なる調査をしようと考えていたバージルは、この図面を持ち帰ることにした。

 

 その後も他の部屋や倉庫を見たが、どちらにも気になるようなものはなかった。

 

 ちなみにカイル達の船もそうであるが、このリィンバウムの船には召喚獣による海水の淡水化装置が装備されている。それによって飲料水には事欠かないのだ。

 

 それ以外にも召喚獣は動力や労働力、兵器としても扱われることがあり、この世界においてなくてはならないものであるのだ

 

 それはさておき、全ての部屋を調べ終わったバージルはそのまま船を出た。既に太陽はだいぶ西に傾いており、日没まであと1時間程度といったところだろう。

 

 「…………!」

 

 唐突にバージルは悪魔の気配を感じた。遺跡の方向からだ。

 

 これまで何度か遺跡に赴いた時には悪魔の気配は感じなかった。にもかかわらず悪魔の気配を感じるということはどこかで魔界と繋がっているか、境界が薄まっている可能性があるということだ。

 

 悪魔が出現するにはいくつか方法がある。

 

 まず魔力によって自然発生的に魔界との境界が薄まり、悪魔が出現するというものだ。悪魔が出現する大方の原因となるのがこれだ。しかしこの方法で上級悪魔が出現することはまずあり得ない。魔界との境界が薄まった程度では、強大な力を持つ上級悪魔が出現することはできないのだ。

 

 いわば人間界と魔界の境界は網なのだ。それが薄まると網目が粗くなり、小さいな力しか持たない悪魔ならばその隙間を通り抜けることができるようになる。だが、上級悪魔が人間界に姿を現せるほどに境界が薄くなることは、それこそスパーダやムンドゥスクラスの力を持っていない限り、まずありえないのだ。

 

 そして、悪魔が出現するもう一つの方法は、フォルトゥナに存在する地獄門やテメンニグル等の装置によって強制的に魔界と繋ぐ方法だ。これは境界に穴をあけるようなものであるため上級、下級の区別なく誰でも通り抜けることができるのだ。

 

 今回はどちらかにあてはまるのかわからない。たまたま境界が薄まっただけかもしれないし、あるいは喚起の門などの遺跡の装置が偶然悪魔を呼び出したのかもしれない。

 

「調べてみるか……」

 

 どちらにしても、いずれ遺跡は再調査するつもりだったのだ。それが今からすることになっても何ら問題はない。むしろ遺跡の図面を手に入れたタイミングであるため都合がいいとさえ思える。

 

 そう結論付け、バージルは遺跡へ向かい歩き出した。

 

 

 

 

 

「それにしても紅の暴君(キルスレス)の持ち主がイスラだったとはねえ……」

 

 集いの泉での集会の後、船に戻ったアティ達は船長室に集まっていた。話題の中心となっているのは、イスラと彼の持つ紅の暴君(キルスレス)のことだ。

 

「で、どうするよ? イスラに事情を話して剣を渡してもらうか?」

 

 カイルが提案する。そもそも彼らの目的は、魔剣を破壊するか誰の手も及ばないところに捨てることなのだ。いくらイスラが改心し悪用する恐れがないといっても危険なものであることに変わりはない。

 

「イスラなら話せばわかってくれそうだしね。先生はどう思う?」

 

 ソノラが彼の様子を思い出しながら言った。先程まで話をしていたイスラは非常に落ち着いており、剣に執着している様子はなかった。きっと事情を話せば紅の暴君(キルスレス)を渡してくれるだろう。

 

「……私はイスラなら紅の暴君(キルスレス)を任せてもいいと思います」

 

「理由を聞かせてもらってもいいですか?」

 

 アティの考えにヤードが説明を求めた。

 

「きっと私とイスラは似たような存在なんです」

 

 以前アルディラやファリエルからハイネルのことを聞いた時からそうではないかと思っていた。彼が夢見た楽園はアティの目指すものとほとんど同じなのだ。

 

 おそらく剣に選ばれるためには、ハイネルのような理想を抱くことができる魂の持ち主である必要があるのだろう。

 

 アティは己がハイネルのような人間だとは思わない。彼のように強くはないし悩んでばかりいる弱い人間だ。

 

 それでも支えてくれる仲間がいるから、アティは諦めずに前に進もうと思えたのだ。

 

「だから私達は同じように剣に選ばれ、その持ち主になりました」

 

「なるほどね、自分と似ているから悪用するはずはないってことかい?」

 

 カイルの言葉に頷きアティは言葉を続けた。

 

「それにさっきも紅の暴君(キルスレス)を持っていることを正直に話してくれました。もし本当にイスラが剣を悪用するつもりがあるなら、たぶん剣を持っていることは黙っていると思います」

 

「たしかにそうね、先生の言うことにも一理とあると思うわ。でもね、私が先生なら剣を任せてもいいと思ったのは、この船で一緒に生活してあなたがどういう人なのか十分わかっていたからよ。でもイスラは違うわ、正直あたしはあの子に剣を任せていいとは思えないの」

 

 アティの考えを否定はしないまでもスカーレルは反対のようだ。

 

「私も彼を信用しないわけではありませんが、やはりよくわからない相手にあの剣を預けるべきではないと思います」

 

 ヤードは魔剣の危険性をよく知っている。だからこそよく知らない者に軽々しく人に預けることをよしとはしないのだ。

 

「…………」

 

 立て続けに二人に反対されたアティは俯いた。

 

 そのときソノラが口を開いた。

 

「……それって今決めなくちゃいけないこと? イスラのことがわかんないならもっと話してから決めればいいじゃん」

 

「ソノラの言う通りだぜ。今全部決めちまう必要はないだろう? すぐどうにかなるわけじゃないし、もう少し考えてみてもいいんじゃないか?」

 

 ソノラとカイルの考えはイスラが剣を任せられる人物か見極めるというものだった。

 

「そうね、あたしもイスラには興味あるし二人の考えに賛成よ」

 

「確かに結論を急ぐ必要はありませんね」

 

 イスラに敵対の意志がない以上、いますぐ行動を起こす必要はない。むしろ拙速に結論を出し後々に禍根を残すよりは、多少時間をかけてもみんなが納得できる答えを出すべきなのだ。

 

「私も賛成です」

 

 アティもこの方針には文句はない。彼女は、イスラが本当は優しく誠実な人間だと信じている。さきほどの姉を想う言葉が嘘だとは思えないのだ。

 

 だからみんながもっとイスラと仲良くなってくれれば、きっと認めてくれるだろうと確信しているのだ。

 

「なあにいざとなりゃあバージルに頼んで壊しもらえばいいんだ。気楽にいこうぜ」

 

 カイルが言った。魔剣という非常に危険なものではあるが、自然体で接した方が腹を割って話ができると考えているようだ。

 

 それにバージルには紅の暴君(キルスレス)を破壊することを了承している。既に碧の賢帝(シャルトス)を破壊した実績がある彼ならば何が起きても大丈夫だと思えるのだ。

 

「…………」

 

「先生、どうしたの?」

 

「い、いえ、大丈夫です。なんでもありません」

 

 難しい顔で黙り込んだアティを心配して声をかけてくれたソノラに言葉を返した。

 

 アティは、バージルから碧の賢帝(シャルトス)を渡されたことを話すべきか悩んだのだ。

 

彼が何故碧の賢帝(シャルトス)を持っていたかはわからない。しかしバージルが彼自身が破壊した魔剣を持っていたことが知れると、彼に疑惑の目が向けられるだろう。アティにとってそれは、どうしても認められないことだった。

 

「わかった~、バージルのことでしょ」

 

 心を読んだようなスカーレルの言葉にアティは内心ドキッとした。

 

「ち、違いますよ」

 

 できる限り平静を装って言葉を返そうとするが、噛んでしまった。

 

「とぼけなくてもいいわよ、この前彼と抱き合ってたんでしょ」

 

「な、なななな、あ、アルディラですね……誰にも言わないっていってたのに……」

 

 ひどく狼狽しながらアルディラへの恨み言を呟いた。そもそもあの時気付くべきだったのだ。アルディラが自分をからかっていることに。

 

「うわ、先生ってば意外と大胆なんだ」

 

「バージルも隅におけないねぇ」

 

「お似合いだと思いますよ」

 

 カイルとソノラがアティを冷やかす最中、真面目なヤードは素直に二人を祝福した。

 

(バージルさん、早く帰って来てください!)

 

 羞恥から顔を真っ赤にしたアティは心中でバージルにそう呼びかけた。

 

 しかし彼女の願いが叶えられることはなかった。

 

 この日、ついにバージルは船に帰ってくることはなかったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 




思ったより早く投稿できました。

ほぼつなぎ回となった第11話でしたがいかがだったでしょうか。

ご意見ご感想お待ちしております。

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