フォルトゥナ市街地の近郊に位置するフェルムの丘に、ラウスブルグとフォルトゥナを繋ぐ
「遅えな……」
ネロがここで待ち始めてからまだ十分と経っていない。しかし、あまり待つのが得意ではない彼はもう時間を気にしているようだ。
そうして数分の間、腕を組んだり周囲を歩いたりしていると、ようやくネロが待ちわびた三人が
「あ、パパー!」
「おいおい、そんなはしゃぐなよミルリーフ。昨日ぶりだろ」
いの一番に現れてネロに抱き着いてきたのはミルリーフだ。最後に会ったのは今日の日程について具体的な打ち合わせを行った昨日なのだが、まるで何年ぶりに会ったかのようだ。
そして彼女に続き、フェアとエニシアが現れる。
「あ、もしかして待たせちゃった?」
「たいして待ってねえよ、気にすんな」
口元を緩めて答える。実際のところはイラつき始めたところだったのだが、さすがにそれを正直に言うほどネロも愚かではない。それに、そもそも今日のことはネロが提案したものなのだ。こんなことで雰囲気を悪くなるのも馬鹿らしい。
「あの、今日はよろしくお願いします!」
最後にエニシアがぺこりと頭を下げる。
「おう、それじゃ早速行くとするか」
「どこから行くの?」
昨日会った時にネロはフォルトゥナ城と市街地を案内するとは言っていたが、その順番までは話していなかったのだ。
「まずはウチに行くぞ。城に行くにしても山を途中まで登らなきゃいけないからな。その恰好じゃ寒いだろ」
三人の恰好はいつもとたいして変わらない。フォルトゥナ城まで行くために登らなければならないラーミナ山はそれほど標高が高いわけではないし、子供でも登山できるくらいに傾斜もきつくはない。それでも上に羽織るものくらいは持って行ってもいいだろう。
「え? 私は大丈夫だよ?」
「エニシアはキツイだろ。お前と違って頑丈じゃなさそうだしな」
下手な男よりもよっぽど屈強そうなフェアは大丈夫かもしれないが、儚げな雰囲気を持つエニシアにはとてもじゃないが、そんなことをできるとは思えない。
いくら季節的には夏はいえ、もう少し上に着るものがほしいところなのだ。
「……私だって女の子なんだけど」
フェアがジトっとした目をしながら拗ねたように口を尖らせた。いくら自分の言葉がそもそもの原因とはいえ、そんなことは言われては面白い気はしない。これも乙女心というものなのだろう。
「はいはい、わかった、わかった。早速ご案内しますよ。お姫様」
かなり投げやりかつわざとらしい態度で答えたネロは三人を先導するように歩き始めた。
ミルリーフとエニシアはすぐにそれに続くと、フェアもどこか納得していないような表情を見せながらもネロを追いかけて行った。
「ねえネロ、お城への入り口をあのままにしていいの?」
気を取り直したらしいフェアは隠しもせず、そのままにしてきた
「大丈夫だろ。フェルムの丘はフォルトゥナ城に行くやつくらいしか通らないし、その城へ行く道からもだいぶ外れてるしな」
フォルトゥナとラウスブルグを繋ぐ
それを聞いたエニシアは確認するように口を開いた。
「ってことはネロさんの家に行ったらまたこの道を戻るんですね」
「おう。面倒だがお前に風邪でも引かれると、おっさんたちに何言われるかわかったもんじゃないからな」
同じところを何回も移動するなど非効率極まりないが、レンドラーやゲックのことを抜きにしても、自分が案内した結果風邪を引かれたとなっては意味がない。
「わあ、人がいっぱい……」
そうこうしているうちに四人はフェルムの丘を離れ、カエルラ港に入った。このルートはフォルトゥナの市街地に行くためのメインのルートではない。それでもネロがこの道を使ったのは近道だからだ。だからこそ数日前にフォルトゥナに帰ってきた時もこのルートを使ったのである。
「お前らも周りばかり見てはぐれないようにしろよ」
周りを見てるミルリーフの手を引きながら、ネロはフェアとエニシアに言った。
カエルラ港は決して大きな港ではないが、市街地に近いという立地の良さから利用する船は多く、当然積荷の運び出しなどの仕事をする者もそれに比例して多いため、港の中はかなり賑わっていた。以前の事件でネロがここを通った時は悪魔が現れたこともあって、人っ子一人いなかったのと比べると実に対照的だ。
港という場所はその性質からフォルトゥナの住民ではない者も多くいる。その上、仕事をしている者がほとんどであるため、誰もネロが連れているフェア達のことは気にも留めていない様子だ。
しかし港を抜け、住宅街に入るとさすがにフェア達に視線を向ける者も出てきた。
「ね、ねえネロ、なんか見られるんだけど……」
そんな視線を感じたフェアは小さな声で気まずそうにネロに声をかけた。
「ここは排他的だし、なによりお前らは目立つからな」
なにしろフォルトゥナの住民のほとんどは外出する際にはフードを被っている。騎士団の制服にもフードがついているため、ただ顔を隠さずにいるだけでも目立ってしまうのだ。
もっとも今回の場合はそれに加えて、フォルトゥナでは珍しい彼女達の髪の色と様々な理由から名前が知られているネロが一緒にいるからであるが。
「そ、そうなんだ……」
フェア自身は自分のことを地味な方と考えていたが、やはり世界が違うと周囲の認識もかわるのか、と少し困惑しながら思った。
「もうすぐここも抜ける。悪いがそれまで我慢してくれ」
そう言いつつ、ネロはそんな視線を向けている者の方へ目を向けた。すると相手はすぐに視線を逸らした。ネロであればなんてことはないが、フェアには気まずかったようだ。
(城に行くときは別な道を通るか……)
そんなことを考えながら住宅街を抜けると、ようやく開放感のある大通りに面した商業区に出た。中世の雰囲気を感じさせる街灯や建物に囲まれたフォルトゥナの街並みが四人を迎えた。
「意外と向こうと似たところもあるんだね」
フェアは以前ネロやミルリーフと共に行った帝都ウルゴーラのことを思い出しながらフォルトゥナの街並みを見ていた。
「ここに住む人間はこの姿をずっと残しておきたいらしくてな。おかげで新しい道の一つもできなくて不便なんだ」
フォルトゥナに住む人々はあまり景観を変えることを好まない。そうして風習によってか、その街並みは今のフェア達が見ているように、かつてスパーダが治めていた時の姿を可能な限りなくそのまま残しているのである。
とはいえ、魔剣教団の信者でもないネロからすれば、せめて生活が便利になるような道路くらいは作って欲しいと思っているのだった。
「え? どうしてなの、パパ?」
「前に魔剣教団の話をしただろ。街の奴らはみんなその信者で、スパーダ様が治めていた街の姿を残すべきだってことでまとまってんのさ」
首を傾げるミルリーフにネロが答えた。こうしたフォルトゥナの方針は数年前の事件の黒幕が教皇だと知れ渡っても、悪いのはスパーダの意思を都合のいいように歪曲した教皇であるとの考えのもと、堅持されたままなのだ。その影響か事件によって壊された建物も当時の建築方法を可能な限り再現して再建されており、結果として見た目だけで言えば昔と大して変わりないのだ。
「スパーダ様って、その教団を作った人なんですか?」
聞き慣れぬ名前が耳に入ったエニシアが尋ねた。
「言ってなかったっけ。……スパーダってのは教団の崇める神様だ。さっきも言ったが昔はこの街の領主をしてたって話だ」
「カミサマ……?」
さらに首を傾げるエニシアにネロも怪訝な顔をして逆に尋ねた。
「何だ、向こうじゃ神様はいないのか?」
これまでは何の障害もなく、意思疎通を図れていただけに「神」という言葉が通じなかったことにネロは驚かされたようだ。だが、言われてみれば向こうでは礼拝のような宗教的な行為がなかったのも確かだった。
「そうだよ。リィンバウムじゃ神様って呼ばれる存在はもういないの。霊界や鬼妖界には天使や悪魔とか鬼神や龍神みたいな神様みたいに扱われてる存在はいるけど……」
「随分詳しいな、ってそれも継承した知識ってところか。……なら向こうに神様みたいな扱いのやつはいるか? それで例えればいいだろ」
先代守護竜から受け継いだ知識で説明したミルリーフに、ネロはさらに聞いてみた。「神」という言葉の意味が伝わらないのであれば、同じような意味を持つ単語で代用すればいいという分かりやすい理屈だ。
「うーん……、それならエルゴの王、とかかなぁ」
「誰だそれ?」
少し考えて言ったミルリーフが口にした言葉にネロが疑問を呈した。リィンバウムにいたとは言っても歴史を学んでわけではないので、エルゴの王と言っても分からなかったようだ。
「えーと、いろんな世界を巻き込んだ戦争を終わらせて、帝国とかのもとになった国を作った人、かなぁ」
いくら至竜の知識を受け継いでいるとはいえ、先代の守護竜はラウスブルグの秘匿と集まって来るはぐれ召喚獣の保護を優先させていたため、エルゴの王についてはさほど詳しくはないのである。
「それならちょうどいいな、スパーダも似たようなものらしいし」
スパーダもまた人間の側に立ち侵攻してきた悪魔と戦い、それを打ち破ったという伝説が残っている。今では世界のほとんどの場所では精々おとぎ話レベルでしか残っていないが、このフォルトゥナだけは領主をしていただけあって、そうした類の話が色濃く受け継がれているのだ。
「そ、そうなんですか、すごい人なんですね」
「いや、人じゃなくて悪魔だ。……あと一応俺にとっては祖父、になるのか? バージルの父親らしいし」
思いがけない名前が出てきて困惑しながら言ったエニシアの言葉をネロは訂正した。前者については、ネロにしてみれば人でも悪魔でも構わないが、フォルトゥナの人々にとっては重要なことなので、一応訂正したのである。
後者については、正直ネロにも実感がないのが正直なところだった。自身がスパーダの血を引くということは先の事件で教皇から聞かされたし、ダンテがそんなスパーダの血を引く実の息子だと言うことも知っている。
そしてダンテの兄であるバージルが自分の父親だということも認めるところだ。したがって必然的にネロはスパーダの血を引く孫となるわけだが、頭では理解できても自分のことのようには思えないのである。
「……え? じゃあネロってものすごく偉かったりするの?」
スパーダはリィンバウムにおけるエルゴの王のようなものだと言われたのだ。ならばその血を引くネロはそういう態度を見せないだけで、実は帝国の皇帝とか、聖王国の聖王のような存在なのかと思ったのだ。
だがそれを聞いたネロはフェアの頭に拳をこつんとぶつけて言った。
「そんなわけあるか。何言ってんだよ、お前は」
「えへへ、だよね!」
「ったく、もうすぐ着くんだ。さっさと行くぞ」
フェアのからかいを含んだ言葉に呆れつつ、ネロはさっさと歩き出した。
「いろんなお店があるね」
「ほんとだね。……あ、でも、まだやってないところもあるみたい……」
ミルリーフとエニシアが周りを見ながら話している。時刻はまだ朝と表現していい時間だ。この時間ではまだ開店してない店があってもおかしくはない。
「城を見たらまたこっちに来るつもりだ。その時にゆっくり見たらどうだ?」
もともとフォルトゥナ城だけで今日一日かかるとは思っていなかったため、もう一度商業区に来ることには何の問題もなかった。
「うん、そうする!」
「……そういやお前ら、金持ってんのか?」
ミルリーフが勢いよく頷いたところで、ネロは確認するように尋ねる。別に現金を持っていなかったとしてもネロが出すのだから問題はないが、もしもらっていたとしてもここで使えるとは限らない。リィンバウムのように万国共通の通貨などこの世界にはないのである。
「うん、先生からお小遣いって少しもらったの」
そう言ってフェアが見せたのは、ネロの予想通りこの国では使えない紙幣だ。この国で何かを買ったりするためには交換する必要がある。
「あー、それそのままじゃ使えねえぞ。後で両替できる所に連れてってやるから」
「え、これってここじゃ使えないの?」
「こっちじゃ向こうみたいにどこでも使える金なんてないんだよ。国によって使える金は違うから両替する必要があるんだ。面倒なことにな」
数こそ少ないが外貨と両替できるところはフォルトゥナにもある。それほど多くないがここに訪れる観光客や、仕事で国外に行くことも多いネロも利用することが多いのだ。そしてそのたびにいちいち面倒だと悪態をつくのだった。
(そういや俺もあとで両替しとくか……)
ネロは日本の那岐宮市に行った時にリィンバウムに召喚されたため、彼の財布に入っている金は日本円なのだ。別にそれが全財産というわけでもないので、それほど急ぐ必要もない。それに以前にハヤトやクラレットと話して、那岐宮市でもう一度調査を行うつもりだったので、恐らくそれが終わってからになるだろう。
「そうなんだ、大変なんだね」
ネロの説明を聞いてとりあえず納得したフェアが頷いた。
そして、話もそこそこに一行はネロの事務所前まで辿り着いた。
「おお……、普通のところだ……」
ネロの事務所は周囲と比べても特に特徴があるわけでもないフォルトゥナにとっては平凡な造りの建物だった。それがフェアにとっては驚きに映ったようだ。
「お前、どんなところ想像したんだよ」
この事務所は賃貸物件だ。人に貸すための建物に奇抜なデザインなどできるはずもない。
「ねえ、パパ。これって何? なんて読むの?」
ネロが玄関の上に掲げられた青いネオンサインを指さして尋ねた。言葉は通じているが、文字は読むことができないのかもしれない。あるいはネオンサインで描かれた字が読みにくだけかもしれないが。
「デビルメイクライ、ここの名前だ」
「デビルメイクライ……どんな意味なんですか?」
「『悪魔も泣き出す』って意味だ。元々はダンテ……、バージルの弟が送ってきたものだ」
意味を尋ねてきたエニシアに答える。
ダンテが青く光るこのネオンサインを送ってきたのは、あの事件の後すぐだった。ちょうどその頃は悪魔退治のための事務所を開こうと考えていたため、「悪魔も泣き出す」なんて意味の看板を送ってきたダンテに、まるで自分の考えを見透かされたと思ったものだ。
だが、それはともかく「Devil May Cry」という名は悪魔退治の事務所にふさわしく、ネロはダンテの送ってきた看板を掲げることを決めたのである。
「悪魔も泣き出す……」
フェアは事務所の名前の意味を繰り返した。なるほど確かにこの事務所、ひいてはネロに相応しい名前に違いない。あの帝都の夜の出来事を思い出し、フェアはそう思った。あの時ネロと戦った悪魔に感情があるかはわからないが、確かにあれだけ一方的やられれば泣きたくもなるだろう。
「いつまでも立ってないで入れよ。ウチを見学にきたわけじゃないだろ」
そう言ったネロは呼び鈴がついたドアを開けて三人を中に招き入れた。
「どうしたのネロ? 随分早いじゃない」
「いや、さすがにラーミナ山は寒いと思ってな。それで悪いけどキリエ、こいつらが着れそうなものってないか?」
出迎えたキリエにネロが事情を説明する。すると彼女は「たしかいくつかはあったと思うわ」と快く引き受け、事務所の奥に探しに行った。一応キリエには今日のことはあらかじめ説明していたため、フェア達をみても特に混乱もないようだったが、逆に何も聞いていなかった三人はだいぶ困惑したり驚いたりしているようだった。
(くぅ、完敗……)
それでもトレイユにいた頃にキリエの存在を聞いていたフェアはさほど驚きはなかった。もっとも、勝手に敗北感を感じていたが。
「今の人って、もしかしてパパの恋人?」
初めてキリエを見たミルリーフが首を傾げながら尋ねる。彼女はまだ生まれて一年も経っていないとはいえ、先代の全てを継承したれっきとした至竜なのだ。当然、自分がパパ、ママと呼ぶネロとフェアが夫婦の間柄でないことも理解の上だ。
子にとって父と母であれば、その二人の間柄は配偶者になるのが一般的だが、理屈の上ではイコールが成立するわけではないのである。
「……まあな」
まさかミルリーフにまでそう聞かれるとは思っていなかったが、少し照れくささを感じつつも正直に答えた。
「綺麗な人ですね」
エニシアがそう言った時、キリエが何着かの服を持って戻ってきた。
「これ私の何だけど着れるかしら?」
「ああ、大丈夫だろ。少し大きいくらいなんとでもなるさ」
彼女が手にしていたのは長袖のシャツだった。夏の登山であればこれくらいあれば十分だろう。そう判断したネロはキリエからシャツを受け取った。三人には山に入る直前で手渡すつもりなのだ。
「大丈夫? 他に忘れ物はない?」
「別に遠出するわけじゃないんだ、大丈夫だよ」
心配するキリエに答えたネロは次いで「それじゃあ言ってくる」とだけ言って踵を返して、三人に出発を促した。
「ありがとう、お姉ちゃん!」
ミルリーフがそう言うと、フェアとエニシアも続けて礼を言って事務所を出た。
「さて、それじゃ行くか」
「あ、ネロ。私ちゃんと自己紹介もしてないんだけど」
事務所を出たネロが気を取り直してそう言うと、フェアがバツの悪そうな顔で口を開いた。借りるだけ借りて名前も名乗らないのはさすがに申し訳なく思ったのだ。
「あ、言ってなかったか? 今日の昼飯はキリエが作ることになってるから、またここには来るんだ。その時に言ったらいいだろ」
これはキリエが言い出したことだ。リィンバウムでネロが世話になったせめてものお礼に、料理を作りたいということだろう。もっともこのペースでは、再びこの事務所に戻って来るのは昼時を過ぎた時間になるだろうが。
「うん、わかった」
それを聞いて安心したようにフェアは頷いた。
そして四人は来た時とは別な道を通ってラーミナ山に向かって行った。
「意外と冷えるんだね、これ借りてよかったよ」
ラーミナ山に入り、山道を登っていくと標高が高くなり気温は下がっていくにつれ、やはり肌寒く感じるようになった。曇りという天候のせいもあるだろうが、この山を登り始めた時はキリエに借りた長袖のシャツを手に持つだけだったフェアも、五合目付近の今ではしっかりと着込んでいた。
「まあ、もうすぐだ。そしたら後は降りるだけだしな」
数年前までフォルトゥナ城に行くためには五合目にある大きな橋を渡り、反対側の山道を降りるという面倒な道を通らなければならなかったのだが、先の事件でネロがその橋を渡っていたときに悪魔によって崩落してしまった。
おかげで今は簡易的なものとはいえ、山道から直接フォルトゥナ城に降りる道が整備されているのだ。
「それにしても、そうしてこんなところにお城を建てたんでしょうか?」
「だよね。建てるだけでも大変そう」
エニシアの口から出た疑問にフェアが頷いた。疲れたというほどではないが、手荷物がなくてもここまで登って来るのには相応の時間がかかっている。もしこのような場所に城を建てるとなれば、膨大な量の資材を運び込まなければならないだろう。それだけで気の遠くなるよう話だ。
「外敵を防ぐためだろ。城に行くにも本当なら倍くらいの時間がかかるしな」
「なるほど……、そうなんですね」
エニシアやフェアにとって城は都市や街などにあって、権威や権力を誇示するかのような広大で豪華な建物というイメージがあったようで、ネロの言った言葉に二人は感心したように頷いた。
話しながら歩を進めているとミルリーフが右手側を指してネロを呼んだ。
「あ! ねえ、パパ、もしかしてお城ってあれ!?」
ミルリーフが見つけたのは目的地のフォルトゥナ城だ。今いる場所はラーミナ山の五合目だが、そこからでもフォルトゥナ城は見上げる形になっており、その巨大さが伺えた。
「ああ、そうだ。あそこから下って行けばすぐだ」
「よし! それならもう少しだね、頑張らなきゃ!」
明確なゴールが見えて俄然やる気を取り戻したフェアがネロに並んで歩く。エニシアとミルリーフも、心なしか歩むスピードが速くなったように感じられた。
そうして少しばかりスピードアップした三人を連れたネロは、新設された階段を降りてフォルトゥナ城を目指す。
「あらためて見ると本当に大きい……」
下について城の前にある門の前で立ち止まったフェアは、改めてフォルトゥナ城の大きさに驚嘆した。ラウスの命樹の部分までを含めればラウスブルグの方が大きいが、城そのものの大きさで言えばこちらの方が大きく見えた。
城門を潜ると入り口までは真っすぐだ。先の事件ではこの場でグロリアと名乗るひどく場違いの感がある女と出会った所だが、今回はそんなことなど起こるはずもない。
そして城の中に入ると大きな広間が四人を迎えた。椅子が整然と並べられており、スパーダが統治していた頃は民がここに集まっていたことを思わせた。以前は正面の壁には巨大な教皇の肖像画が飾られていたが、ネロの手によってそれが壊された今では何も飾られておらず、少し殺風景な印象を受けた。
それでも彼女達にとっては十分すぎる程印象的だったようで、周囲を見渡していた。
「はー、すごいね。ラウスブルグとも全然違うし、やっぱりお城といってもいろいろ違いがあるんだ……」
フェアが息を吐いて口を開く。とはいえフェアが実際に見たことがある城は、それこそラウスブルグくらいしかないが、それと比べてもこのフォルトゥナ城とは大きな違いがある。それは建築した者や所有していた者の文化や考え方の影響を受けているからだろう。
「さて、他のところも見て回るぞ」
そう言ってネロは三人に先を促した。フォルトゥナ城の中は博物館のような造りとなっており、各部屋に様々な物が展示されているのだ。当然それを見て回るなら案内図は見た方がいいのだが、ネロはそんなものを頼るつもりなかった。
ネロ個人はこの城に愛着があるわけではなく、むしろ城内に漂う冷たく湿った空気も好きでなかった。それでも数年前の事件で、この城の中を嫌というほど見て回ったため、頭の中に簡単な地図はできているのだ。
そうして各部屋を回ると、展示されている物が偏っているのがわかる。中にはこの城を築城する経緯が書かれた書物や、その当時の絵画などもあるが、最も多くを占めるのがスパーダに関するものだった。
二千年前にスパーダが悪魔と戦って人間界を守ったことに始まり、その後も人間界に留まったこと、そしてこのフォルトゥナを統治していた時代のことなど、魔剣教団が信者に説いていることをそのまま展示品にしたようなものだった。一応、それらは確かに当時のフォルトゥナの人々が作ったものであるため、史料に違いはないが、当時からスパーダを神として崇めていたとも伝えられるため、信頼性が高いとはいえないが。
「すごかったんだね! パパのおじいちゃんって」
さすがにそうした記述の信頼性までは考えてないミルリーフが無邪気に言う。
「……まあ、強かったってのは間違いないだろうけどな」
ネロとしても強さに関しては疑う余地がないことは分かっている。例えば「一振りで千の悪魔を薙ぎ払った」という表現は普通の歴史家なら比喩や、眉唾物と判断するような記述も紛れもない真実なのだ。
その力は確かにネロにも受け継がれているし、実子であるバージルとダンテも同様だった。
「あの……どうしてここを去ったのでしょう? ここまでみなさんに慕われているのに……」
領民は慕われているのはここに残った膨大な記録を見れば分かった。意図的に批判的な物を置いてない可能性もあるが、今に伝わるスパーダのことを考えれば善政を敷いていたのは疑いようがないだろう。それだけにエニシアはなぜ、スパーダがこのフォルトゥナを離れたのか疑問に思ったようだ。
「さあな。それは知らねえけど、大方、神として崇められるのに嫌気が差したんだろ」
スパーダと同じような立場になって考えたネロが答えた。正直、神のように傅かれ、縋られては嫌気が差すのも仕方のないことだろう。元が神とは相反する存在の悪魔なのだから当然だ。
「あー、何となくその気持ちわかるかも……」
フェアが納得したように頷いた。どうやら彼女は自分がエニシアのような立場になった時のことを考えたらしい。レンドラーやゲックのように年上から敬語を使われるなど、正直彼女にとってはたまったものではなかった。
「さて、これで一通りは見たし、とりあえず戻るとするか」
城内のほぼ全ての部屋を案内し終えたネロが言った。時間的にもちょうど昼時だ。これから戻るとなると、やはり予想した通り昼食をとるのは昼過ぎとなるだろう。
「あれ……? ねえ、今はあそこから人がでてきたけど、あっちには何があるの?」
そうして城から出るため元来た入り口まで戻っていると、ミルリーフがある通路から出てきた男を見て尋ねた。男の出てきた通路はネロに案内されなかった場所だったため、気になったようだ。
「ん? ああ、教団の技術局の入り口だよ」
通路から出てきた男は教団の制服を着ていたことからも明らかだ。この城の地下には近世になって魔剣教団が増築した研究施設が存在するのだ。それは数年前に起きた事件の後も変わりなく教団の技術局が管理を使っているため、市民の立ち入りこそ禁止されているが、事件の後にその存在を公表され、堂々と行き来する者は珍しくなかった。とはいえ、以前のように実験等は行ってはいないが。
もっとも、教団が施設の管理も行えないほど弱体化してしまっていたら、恐らく城自体を立ち入り禁止しなければならなかっただろうことは想像に難くなかった。
ちなみに、その地下への入り口はネロが破壊したホール正面の教皇の肖像画の裏にもあったのだが、さすがにそこは目立つということで封鎖されて、残っているのは技術局の男が出てきたような目立たない所だけだった。
「技術局ってことはなにか作ってるところだよね?」
「ああ、対悪魔用の武器とかな。ほら俺が使ってる剣もあそこが作ったんだよ」
フェアの質問にネロが実例を示して答えた。さすがに今はレッドクイーンは持って来ていないが、ネロが自分が使っている剣といったらそれ以外を思い浮かぶ者はいないだろう。
「あれ? じゃあ銃は?」
ブルーローズのことを言わなかったネロにフェアは続けて尋ねた。ネロの武器と言えばレッドクイーンがまず挙げられるが、ブルーローズもまた彼のトレードマークと言えた。にもかかわらず、銃については何も言わなかったことが気になったらしい。
「あれは自分で作ったんだよ。ここじゃ銃はあまりよく思われていないからな」
スパーダが剣のみを持って悪魔の軍勢を打ち払ったという伝説があるせいか、魔剣教団はその名の通り剣が特別視されている。おかげでネロはブルーローズを自作する羽目になったのだ。
だが、あの事件以前と比べ弱体化した騎士団には銃も取り入れるべきではないか、との意見が騎士の中から上がっているのも事実だった。
「じ、自分でって、すごいですね……」
エニシアの中で銃とは売っている物というイメージがあったため、自作した聞かされた時は目を丸くして驚いたようだ。
「まあ、それなりには手先は器用なつもりだからな」
可能ならブルーローズはリボルバーではなく、オートマチックの銃をベースにしたかったところだが、ネロの技術では構造が簡易なリボルバーの改造をするので精一杯だったのである。それは彼が自分の技術を「それなり」と評する理由だった。
そんな話をしながら歩いて城の外に出る。城内の独特の空気から解放されたせいか、フェアは大きく空気を吸って背伸びをしていた。
「えっと……、これからネロの家に行くんだっけ?」
「ああ、たぶん飯を出来てるだろうし」
気を取り直して尋ねたフェアにネロが答えると、ミルリーフが声を上げた。
「ミルリーフ、お腹空いたー! 早く食べたいよ、パパ」
「もうちょっと我慢してくれ。フェアの作るのもうまいが、キリエの作る飯もうまいから期待しとけよ」
そうして無自覚にのろけるネロを先頭に四人は来た山道を戻って行った。
魔剣教団がまだ機能しているので、ネロは顔役のようなことをやっている原作より余裕があります。
さて次回は4月6日か7日に投稿を予定しています。
ご意見ご感想等お待ちしております。
ありがとうございました。