冒険者に憧れるのは間違っているだろうか   作:ユースティティア

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今思えば張らなくてもよかった伏線なのですが、せっかく張ったので回収しようと思います。


首輪

 決闘が終結し、それぞれの陣営は粛々と己の役割を果たす。

【ロキ・ファミリア】は持ち込んだミスリルの鎖でスパイ達を縛っていく。既に彼らに抵抗の意思はないが、形だけでも取ろうと1人1人を拘束する。

 

 縛られるスパイ達も嫌がる素振りを見せない。暗殺を生業としているためこういったことは覚悟しており、むしろ先生ことスヴェイルから解放されるのであれば望むところであった。

 スヴェイルが隠れ蓑としていた孤児院には2つの派閥があった。レゴスを中心としたエルフの派閥と、サーバを中心としたそれ以外の派閥だ。

 

 レゴス達エルフはスヴェイルの志と王族(ハイエルフ)のカリスマから彼を崇拝し、サーバ達はその狂気を忌避していたが、他に行く(あて)もなく命令に従っているだけだった。

 

 ここで捕まれば神の裁きを受けることができる。少なくとも地獄のような世界から解放される、そう思っていた。

 そんな中──

 

「あ、あのっ」

 

 鎖に縛られながらソロンが声を上げた。彼を縛っていた猫人(キャットピープル)の少女、アナキティが(いぶか)しげに聞き返す。

 

「何?」

「さ、サーバを助けてくださいっ」

 

 その言葉の意味を彼女は瞬時に理解できなかった。

 

「……見逃せってこと?」

「そ、そうじゃなくて……あの、その……」

 

 言い淀むソロンにさらに疑問を募らせる。するとそれに気づいたティオナが彼らに近づく。

 

「どうしたの?」

「この子がサーバを助けて欲しいって言ってるんです」

「サーバって……誰?」

「団長と決闘した人ですよ」

 

 ティオナが人の名前を忘れたり間違えたりするのはよくあることなのでアキは若干呆れながらも返答する。

 

「そうだったっけ? それで助けて欲しいって、何から?」

「それがよくわからなくて……」

 

 二人は件のサーバを見てみる。すると──

 

「……ねえあの子、顔色悪くない?」

「そうですね……」

 

 二人が気づいたその時……サーバが膝を突いた。鎖で手を突くことができない彼女はそのまま倒れる。

 

「!?」

「サーバ!?」

 

 周りにいた彼女の同胞が彼女に駆け寄ろうとし、バランスを崩して倒れる。偶然サーバの異変にいち早く気づいたティオナとアナキティは、直ぐ様彼女の側に駆け寄った。

 

「大丈夫!?」

 

 近づいて様子を見てみれば、彼女は異常状態、具体的には『毒』状態に陥っていた。

 

「アキ、解毒ポーション!」

「はい!」

 

 彼女の状態を理解したティオナは直ぐ様指示を出し、アナキティはバックパックから解毒ポーションを取りだし、サーバに飲ませる。しかし症状は改善されるどころか緩和する様子すら見せない。

 

「無駄よ……」

 

 驚愕する二人に毒に犯されながらサーバが口を開く。

 

「この『毒』はあの男の特別製でね……解毒できない毒なのよ……。解毒ポーションはもちろん……万能薬(エリクサー)だって効かないわ……」

 

 告げられた言葉に絶句する。

 

「まさか他の子達も!?」

「いいえ……私以外には施されていないわ……。主な情報は私しか持っていないもの……。他の子は口封じをする必要がないって訳……」

 

 辺りを見回すティオナに対し、サーバは安心させるように言葉を紡ぐ。その口調は『毒』にうなされている所為か、息も絶え絶えだ。

 

「どうした?」

「団長、それが……」

 

 異変に気づいたフィンが近寄る。彼だけでなく、冒険者達が皆何事かと周りに集まっていた。

 

「治療する方法はないのか?」

「一度発動してしまえば治す方法はないわ。少なくとも私は知らない」

 

 神妙な顔で問いかけるフィンに、脂汗を流しながらサーバは答える。それを聞いたフィンが悔しそうに歯噛みする。

 フィンにとって彼女は、初めて出会った、同じ女神を信仰する同胞だった。

 

 口外に、助からないと告げる彼女の周りに沈んだ空気が流れる。そんな中レフィーヤは、先ほどのサーバの言い回しに何か妙な引っ掛かりを覚えていた。

 

()()()()()()()()?)

 

 毒に犯される、とはいうが発動する、という言い方はしない。必死に記憶を巡らせ違和感を探り……決闘前の彼女の言葉を思い出す。

 

()()を填められ──』

 

 首輪。それがどうにも引っ掛かった。

 

「すみませんっ」

 

 サーバの元に座り、その首もとを見る。そこにはシンプルなデザインのチョーカーが巻かれていた。それに手をかけ、外す。

 

「これはっ」

「え!?」

「何これ!?」

 

 そこには、鈍く光る何らかの文字の羅列があった。

 

「これが……首輪の正体……」

 

 刻まれている文字は共通語(コイネー)でも神聖文字(ヒエログリフ)でもなかった。しかしその様子から魔法に近いものだと推測できた。

 その様子にサーバは笑みを浮かべる。

 

「フフフ、まさか気づくなんてね……。ご褒美に教えてあげる……。この首輪の発動条件は──」

「術式を施された者が、術者が不利になるであろう情報、または行動を取ろうと自覚した場合」

 

 サーバが告げようとした事をレフィーヤが先んじて口にした。その事に目を見開く。

 

「貴女……」

「これは古代エルフ語ですね。『古代』の時代、エルフ達が日常的に使っていた言語です」

「読めるのかいっ?」

「前に魔法を作る時にかじりました。長文詠唱のような複雑なものは無理ですけどこれくらいだったら……!」

 

 レフィーヤはサーバの首もとに目を落とし、文字の羅列を解読していく。数十秒の沈黙が訪れる……そして。

 

「アキさん、解毒ポーションと精神力回復薬(マジック・ポーション)を飲ませ続けてください! アイズさん、リヴェリア様とトキを呼んで来て下さい!」

 

 解読が終わったレフィーヤが指示を出す。出された二人が迅速に行動へ移った。

 

「この『首輪』と呼ばれる『術式』は2つの魔法で構成されています」

 

 アナキティが一定間隔で2つのポーションをサーバに飲ませる傍ら、レフィーヤが解読した内容を説明する。その手には日常的にメモをとる為の羊皮紙があり、必死に何かを書き込んでいた。

 

「1つ目は『毒』を精製し続ける『術式』。『毒』自体は毒胞子(ダーク・ファンガス)のものに似てますが、地上のものを基準にしていますのでそこまで強力ではありません」

 

『古代』の時代、地上に進出することに成功したモンスターは、子孫を作る関係から己の魔石の一部を子に分けるという方法をとってきた。そのため、ダンジョンのモンスターと比べて力が圧倒的に弱い。

 

「ですがこの『術式』は施された人の精神力(マインド)を使って『毒』を精製してます」

「つまり解毒ポーションは効かないんじゃなくて、効いているけどまた『毒』の状態になっているということかい?」

「はい」

 

 フィンの言葉に肯定を示しながらもレフィーヤは手を止めない。彼女が書いているのは『首輪』の術式を共通語(コイネー)に翻訳したものだった。

 

「じゃあ精神疲弊(マインド・ダウン)させればいいんじゃないの?」

「その場合、第2の『術式』が発動します」

 

 ティオネの主張にレフィーヤは首を横に振る。

 

「二つ目の『術式』は『毒』が精製できなくなったのを条件に発動する魔法です。条件を満たした場合、『術式』に内包された魔力が、施された者の体を爆発させる仕組みです」

「証拠隠滅か……徹底してるな」

 

 多くの者が顔をしかめる中、サーバはレフィーヤの行動に疑問を抱く。

 

「どうして……?」

「……」

「どうして貴女はそこまで必死に私を助けようとするの……?」

 

 その呟きにレフィーヤは手を止めずに答えた。

 

「いろいろ理由はあります。貴女が一番多く情報を持っているだろうから、貴女を抑えれば他の人達を確保しやすいから、ただ単純に目の前で人が死ぬのが嫌だから」

 

 でも、と彼女は一度言葉を飲む。

 

「一番の理由は……貴女が死ねばトキはきっと悲しむから」

「えっ?」

「いつか言っていました。俺には姉と呼べる人が2人いるって。1人はアスフィさん、もう1人はきっと貴女です」

 

 レフィーヤの手の動きが止まる。それは解析が終わったことを意味していた。彼女はまっすぐにサーバの目を見る。

 

「だから、私は彼を悲しませないために貴女を助けます。それが私の理由です」

「……そう……。トキは、素敵な彼女を見つけたのね……」

「サーバっ!!」

 

 レフィーヤとサーバが話し終えたのとほぼ同時にトキが戻って来た。その顔は悲痛に歪んでいる。

 

「レフィーヤ、サーバに掛けられた術式は!?」

「これっ」

 

 レフィーヤが羊皮紙をトキに渡す。

 

「『毒』と『自爆』の二段構造……。言うなれば『呪い型』……! 厄介なもの残しやがって……!」

「トキ、あの男は……?」

「向こうでちょっとした美術品になってるよ」

 

 羊皮紙に目を通した後、目を瞑り、己の中を探る。数秒の後に『詠唱』を開始した。

 

「【彼の者の楔を解き放て、霊水の盃よ──ソウル・セイク】」

 

 そのまま指をサーバの首もとへ持っていく。すると彼の指先に魔力が収束し、1滴の雫となる。雫は『術式』の上に落ち、弾けた。

 間もなく、パリン、という音と共に文字の羅列が消えた。

 

 トキが安堵のため息を吐き出す。今度こそ事件は終わりを告げた。

 

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「何だ、呼ばれて来てみればもう終わってしまったのか?」

 

 リヴェリアがアイズと共に戻って来る。彼女の言い分に、レフィーヤは申し訳なさそうに頭を下げた。

 

「申し訳ありませんっ。緊急事態だったのでリヴェリア様の知恵をお借りしたいと思ったのですが、トキが全部解決してしまって……」

「片付いたのであれば構わない。それに仮にもあの男が造ったものだ。私では力に成れたかわからん」

 

 リヴェリアはレフィーヤに頭を上げさせると、今度はフィンとガレスに向き直る。

 

「そうそう二人とも、あっちが()()()()()()()通れるようにしておいてくれ」

「……僕は決闘で疲れているんだけど」

「……やれやれ人使いの荒いエルフじゃ」

 

 文句を言いながら、二人は彼女が来た方向に向かう。口から出る言葉とは違い、二人の口元には笑みが浮かんでいた。

 付き合いの長い二人だからこそわかった。彼女が、憑き物が落ちたような晴れやかな空気を纏っているのを。

 

「ところでトキ、いつまでその姿でいるつもり?」

 

 レフィーヤの指摘にトキは頬をかく。

 

「いや、なんとなくなんだけど、これを解くと嫌な予感がするんだ……。まだ精神疲弊(マインド・ダウン)にはならないと思うからこのままでもいいかな? って」

「戦闘もしないのにその姿はちょっと違和感があるよ?」

「………………わかった」

 

 レフィーヤの意見に意を決し、トキは解除の魔法式を唱える。

 

「【眠れ血よ。再び時が来るまで】」

 

 瞬間、彼の髪と目が元の色に戻り……そのまま意識を失った。

 

「……え?」




次回でこの章も終わりです。……長かったな……。

ご意見、ご感想お待ちしております。



サンタオルタの歌が「パドルパドル」にしか聞こえない作者は耳がおかしいのかな……?

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