冒険者に憧れるのは間違っているだろうか 作:ユースティティア
今回は前話から時間を戻してトキの様子を書いていきます。ただしメインは前話でやったので、ちょっとあっさりします。
家とは、そこに住む者にとっての心休まる場所である。一部例外はあるかもしれないが、大抵はそうであろう。それを焼失させるのは人を追い詰める上で有効な手段だ。今回、俺はそれにまんまと嵌まった。
家の火事を【ケリュケイオン】による水魔法で消した後、人目を避けて街を移動する。
恐らく家を燃やしたのはサーバ達ではない。彼女達が撤退してから火を放ったにしては燃えすぎていたので、実行したのは別のグループだろう。
そしてそのグループは俺を徐々に追い込んでいこう、と考えているだろう。だとすると下手に人と接触するのはまずい。だが俺の事を調べているはずだから知人に危害を加える可能性も否定できない。
悩んだ結果、接触を最低限にしてそれとなく警告する、という行動に出る。
一番最初に思い浮かんだのは…………レフィーヤだった。何故かはわからない。だけど彼女の笑顔が頭をよぎった。
『黄昏の館』へ向かい、見張りをしている団員に怪しまれない程度に話をする。手早く話して館を後にし、次の目的地に向かう。
俺ともっとも関わりがあるのはレフィーヤ、【ヘルメス・ファミリア】、そしてベルだ。他に思い当たる人達もいるが、ほとんど仕事からの関わりなので直接的な結びつきは弱い。
次に向かうとしたら……ベルのところだな。……というか普通、最初に向かうべき場所だな。派閥の強さはあそこが一番弱いんだから。逆にレフィーヤ達【ロキ・ファミリア】はオラリオ最大派閥だ。本来最後に行くべきだろう。
それに、家からだと【ロキ・ファミリア】より【ヘスティア・ファミリア】の方が近い。効率的にもそちらを優先させるべきだった。
どうやら家を燃やされて……いや、昔の組織と邂逅して冷静な判断ができなくなってきている。少し頭を冷やした方がいいかもしれない。
いつの間にか朝日は昇り始めていた。周囲ではダンジョンへ向かう冒険者達が道を急いでいる。思っていたよりも時間が経っていたらしい。
足早に【ヘスティア・ファミリア】のホーム、『
何気ない動作で短刀を構え、急所をひと突き。よく見れば表面に毒らしき液体が滴っていた。
咄嗟にかわすと、襲撃者はなに食わぬ顔で人混み紛れる。追おうとしても咄嗟のことで顔を見ていなかった。
人混みは不味い、と考えメインストリートから外れる。途端に周囲から動物達の奇襲。全力で走ってそれらを回避する。しかし動物達は人間よりも優れ、さらに『恩恵』によって強化された感覚器官を用いてこちらを追ってくる。
相手取ればたちまち囲まれ、袋叩きにあうだろう。人間よりも小さい体の彼らは影での迎撃がしにくい。
とりあえず撒くために下水道へ逃げ込む。追ってきた彼らに対して、影からまず『
念には念を入れて、水道をジグザグに進み、さらに水の中を進んで自分の臭いを少しでも落とす。しばらくは地上に出られないな……。
水を吸った服を絞りながら、下水道をさ迷う。……って、追っ手を撒くことに夢中になってたけど、ベル達への警告どうしよう……。
とりあえず出口を探そう。
下水の臭いを消し、地上に出たときには既に太陽は傾いていた。これからまた奴らの時間がやってくる。
一番心配なのはやっぱりベル達だ。幸いにも出たところは『
「やっぱり出てきたか」
後ろから声をかけられた。それは殺意に満ちたものだった。
振り返るとそこには漆黒のローブを纏ったエルフ、かつて同じ組織に属していた同胞、レゴス・ドラウがいた。
「ここら辺で張っていればいつかは現れると思っていたよ」
「どういうことだ?」
「家を燃やされた人間がすることは大抵知人を頼る、だ。だがお前はそれを知っている。調べたお前の性格から、知人に警告をしに来るだろうと思っていたよ。そして、その中で一番気にするのは所属派閥の【ヘルメス・ファミリア】、恋人のレフィーヤ・ウィルディス、親友のベル・クラネル」
思わず歯噛みする。完全に思考が読まれている。
「だったら話は簡単だ。お前が来るまでそいつらに張り付いていればいい」
「もし来なかったらどうするつもりだったんだ?」
「決まっているだろ、始末するんだよ」
やっぱりか。とりあえずここに来たのは正解ではなかったけど、失敗でもなかったようだ。
レゴス・ドラウ。
「それで、これからどうするつもりだ?
「……ああ、そうだ。だが、俺はそうはしない」
レゴスの言葉に頭に疑問が浮かぶ。
「俺はずっと思っていた。どうしてお前なんだ、と」
低い声で呟くように話す。
「なぜお前があの人の寵愛を受ける? どうして一番仕えて来た私ではなく、お前のような
その瞳は憎悪を映していた。
「だがそれも今日までだ。お前を殺して、私があの人の寵愛を一番に受ける!」
脳裏に24階層で戦ったオリヴァス・アクトが過る。
「そうかよ」
短刀を出現させ、構える。レゴスはサーバほど強くない。6年の歳月を考えても【ステイタス】で優っている俺の方が分がある。
「戦うのは私ではない」
そう言うとレゴスは指を鳴らす。すると物影から、建物の中から、ぞろぞろと人が出てくる。
素早く見渡して影の触手を出現させる。
「ああ、言っておくがそいつらは
「なんだと?」
「そいつらはな……
その言葉に息を飲んだ。
「当然、神の『恩恵』なんて受けていない。
「っ!?」
レゴスが言いきった瞬間、囲んでいた人達が一斉に襲いかかってくる。老若男女問わず、よく見ると全員目の焦点が合っていない。殺気もないため、攻撃を察知しにくい。今朝の襲撃は彼が操っていた者によって行われたのだろう。
さらに人間離れした動きで手に持つ得物を振る。その度に彼らの体から変な音が聞こえてくる。
昔聞いたことがある。人間は普段、本来の力を抑えている、と。理由はそれを発揮してしまうと、体が持たないから。
四方八方からの攻撃に体を切り裂かれ、出血する。どうやら使われているのはLv.3の【ステイタス】でも傷つけられるくらいの業物らしい。
歯を食い縛りながら一人に当て身を食らわせる。これで気絶させれば少なくともこれ以上体を壊す心配はない。
「甘いな」
だが目論みは外れ、逆に鎚による反撃を食らう。体勢が崩れたところに短刀による刺突。頬を掠めた。
「その程度の当て身で気絶するわけがないだろう? 体の枷を外したそいつらは通常の人間の数倍は頑丈だからな」
ならば術者のレゴスを倒せば……そう思い彼の方を向く。
途端に体ががくっと崩れた。しまった、毒……!
「安心しろ、それはただの睡眠毒だ。次に目が覚めることは……ないだろうがな」
だんだん気が遠退いていく。
「いいことを教えてやろう。今夜、先生が【ヘルメス・ファミリア】へ向かう」
「!?」
「どうやらお前は昔の事を話していなかったようだが……それを知ったお前の【ファミリア】はどう思うかな?」
そして完全に意識が途絶えた。
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「……ま、成功はしないだろうがな」
トキが眠りについた後、レゴスはそんな事を口にした。
先生ことスヴェイルは、基本的に外には出ない。クローンの製作にかかりきりになるからだ。なので情報収集はレゴス達の役目だ。さらに彼はスヴェイルへの報告をする役割も担っている。
今回、準備期間が長いにも関わらずスヴェイルが成功率の低い作戦をとったのは、レゴスの故意による報告不足が原因である。
さらに、それは万が一トキがここに来なかった場合に彼を追い詰めるための保険だ。作戦に失敗すれば、スヴェイルは【ヘルメス・ファミリア】の団員を始末するだろう、という考えでの作戦だった。
だがそれももう必要ない。レゴスは口元を邪悪に歪める。
万が一の事を考えて、トキの始末は操っている人間に任せる。彼の近くに立っている者が得物を高く掲げ……
瞬間、武器を振り上げていた者が、横に吹き飛ばされた。
「なっ!?」
驚愕しながらも後ろに跳ぶ。その間に数人が吹き飛ぶ。
突如現れたのは4人の
洗脳していることを叫ぼうとし、やめる。既に知っているかもしれないし、言ったところで相手が躊躇するか不明だからだ。
襲撃者達に洗脳している人間達を全員けしかけ、その間に逃げる。動きから彼らは【
トキを殺す最大のチャンスを逃したことに、レゴスは歯を食い縛った。
はい、というわけであっさりでした。
準備期間が長いにも関わらずスヴェイルがあんな行動をとったのはおかしい、という指摘がありましたので、その言い訳としてレゴスにこのような行動をとらせました。
文中に出てくる『閃光玉』並びに『音響筒』はオリジナル設定です。原作にて類似品が出た場合、すぐに変更します。
なお、今回の投稿をもって二つ名アンケートを終了します。皆様、ご協力ありがとうございました。結果発表は後日、作中にてしたいと思います。
ご意見、ご感想お待ちしております。