冒険者に憧れるのは間違っているだろうか 作:ユースティティア
その後、私達はオラリオ中を駆け回りトキを探した。しかし結局彼を見つけることは出来ず、気づけばすっかり日も暮れていた。
「見つからないな……」
【ヘルメス・ファミリア】のルルネさんが暗い顔で呟く。
「そもそもあの子が本気で隠れようとしたら、私達で見つけられるかわからないですからね……」
アスフィさんもため息混じりに言葉を吐き出す。
私が昼間に【ヘスティア・ファミリア】の【絶†影】からもらってきた、トキが主神を探すために歓楽街にいた、という情報を聞いて彼女は額に青筋を浮かばせていた。
『ヘルメス様……っ。こんな大変な時に……!』
男神様の派閥は大体こういった悩みが出るらしい。御愁傷様です。
「どういう意味だ?」
アスフィさんの言葉にリヴェリア様が反応する。私達では見つけられるかわからない……。どういう意味だろうか?
「あの子は元々身を隠すことを十八番としていまです。時に人間の死角となる場所へと隠れ、時に集団の中に紛れ込む……。冷静に考えてみると闇雲に探してもあの子は見つからないでしょう」
何か心当たりがあるのか、アスフィさんが遠い目をしていた。
「集団の中に紛れ込む……。では人員を増やしても──」
「恐らくあまり効果はないでしょう。増やしたとしても精々数人ですね」
人数を増やすほど見つからなくなる……ってトキ、何でもできるなぁ。
「ねえねえ、ちょっと気になったんだけどさ」
トキの捜索方法を考えているとティオナさんがこんな話題を提示した。
「彼氏君って冒険者になる前は何をしてたの?」
「どういう意味ですか?」
「だって彼氏君っていろいろ出来るけど『恩恵』をもらったのは数ヵ月前って聞いたよ? それまで何してたのかなーって」
……確かに。私は3年前からトキと関わっているけど、彼はその頃から様々なことができた。その起源を知ってみたい。
「トキの昔か……そういえば私も知らないな。アスフィ、教えてくれよ」
彼と同じ派閥のルルネさんも便乗する。どうやら彼女よりもアスフィさんの方が詳しいようだ。
「そうですね……。まあ話してもいいでしょう。あの子は6年前、路地で倒れていたところを私とヘルメス様が拾ったのが始まりです」
……いきなり重い話から始まった。
「拾って3年間は私とヘルメス様と共に、世界各地を回りました」
「あの、質問いいですか?」
以前から気になっていたことがあったので質問をしてみる。
「何ですか?」
「どうしてトキはその頃から『恩恵』を授かっていなかったんですか?」
アスフィさんの話によると彼がヘルメス様と出会ったのは6年前。しかし『恩恵』を授かったのは最近のことだ。どうしてすぐに授からなかったのだろう?
「あの子は拾われる以前に罪を犯していたそうです。『恩恵』を授けないのはそれに対する罰なのだと、以前ヘルメス様から聞いたことがあります」
罪……一体どんな罪なのだろう?
「今でこそあらゆる事ができますが、当初は本当に手がかかる子でした。常識に乏しく、口数も少なくて……ある意味純粋な子でした」
懐かしんでいるのか、話している彼女の表情は和らぐ。
「……私にも覚えがあるな」
アスフィさんの話に共感したのはリヴェリア様だった。
「ここにいるアイズやレフィーヤ、他にも多くの団員は私が教導していたからな。そういった経験も何度もある」
「今も手がかかりますけどね」
「まったくだ」
……そうはっきりと言われると何とも言えない気持ちになるんですが……。
「特にアイズは、今でもときどき手を焼いていてな……」
「【剣姫】はまだいいではないですか。うちの子はヘルメス様の影響か、ときどき神のように娯楽に走るんですよ……」
何だろう、リヴェリア様とアスフィさんが、子供の教導について話し合う母親みたいに見えてきた。
「何だかアスフィと【
「断じて母親ではない」
「それを言うなら姉でしょう」
同じ事を思ったルルネさんの言葉に二人が間髪入れずに反論した。
「まったく。どうして皆、私を母親とかママとか言うんだ」
リヴェリア様の呟きにアスフィさんが何度も首を縦に振る。あの二人って意外なところで気が合うんだな……ってぼんやり思った。
「脱線してしまいましたね。ヘルメス様の付き人を終えた後は【ファミリア】の雑事をすることになっていました。ですが既に様々なことができたあの子には物足りなかったようで……。次に戻ってきた時には店を経営していました」
「それが『深淵の迷い子』……」
「ええ、多くの人々と関わることで、あの子は人間として大きく成長しました」
拾った当初からは想像もしていなかった、とアスフィさんは笑った。
「長くなりましたが、これが私が知っているあの子の過去です」
「えっと、つまり彼氏君の強さはヘルメス様のお供をしていた頃についた、ってこと?」
「半分はそうですね。ですが今回のような技術は既に身につけていました」
トキは昔の事を話したがらないから、そのことについて聞けたのは嬉しいけど……肝心なことは分からず仕舞いだった。
「ところで………………あなた方は一体何者ですか?」
突如アスフィさんが顔を引き締め、視線を部屋の一角に向ける。そこには全身を黒いローブで覆った集団が立っていた。
「「「「「!?」」」」」
部屋にいた全員に緊張が走る。
「おやおや気づかれていましたか。いつからですか?」
集団の中央にいる人物がアスフィさんの問いかけに応えた。声からして男性だろう。
「トキの話を始めた辺りからですね。その時に貴方の気配が揺らぐのを感じました」
「あの子の話と聞いて静聴してしまったのが原因ですか……。やはり慣れないことはしないものですね」
アスフィさんは丁寧な物腰だが、既に短剣を抜き、戦闘体勢に入っている。
「何で教えてくれなかったんだよ、アスフィ!?」
慌てて武器を構えながらルルネさんが彼女に文句を吐く。
「話の腰を折りたくなかったのです。せっかくいい気分で話していましたし、あちらは手を出さない様子でしたので」
……アスフィさん、本当に疲れているんだろうなぁ。今回もお世話になったし、今度何か贈ろう。
「もう一度聞きます、あなた方は一体何者ですか?」
「そうですね……貴女の前任者、とでも言いましょうか」
「……どういうことです?」
「トキの育て親、ということですよ」
その言葉にアスフィさんがピクリと反応したが、さらに顔を険しくした。
「それで、仮に貴方がトキの育て親だとして、我々の【ファミリア】に無断で侵入して、一体どんな用件ですか?」
「いえ、この子が貴女達に用があるというので、その付き添いですよ」
男が言うと彼の背後にいたローブの人物が進み出てくる。そのままローブの頭部分を脱ぎ、その顔を露にする。
「え!?」
「な!?」
その人物に私達は驚きの声を上げた。何故ならその人物は、
彼は右腕をスッと横に伸ばすとその手に短刀を出現させる。
そして…………そのまま襲いかかってきた。
咄嗟のことに誰もが硬直する。
「っ!!」
そんな中、アスフィさんがトキを迎撃した。その事にトキは眉をひそめるが、直ぐ様左手にも短刀を生成し、アスフィさんを切りつける。
それをアスフィさんは身を
その後もトキとアスフィさんは
二人が距離を取る。短剣を構えたままアスフィさんはローブの男を睨み付ける。
「
アスフィさんの言葉にさらに混乱する。似ている? つまり彼はトキではない?
「どういう意味ですか?」
ローブの男がアスフィさんの言葉に質問を返す。
「言葉通りです。確かにトキに似ていますが、そちらにいるのはあの子とは別人でしょう」
「何を根拠に?」
断言するアスフィさんにローブの男は質問を重ねる。
「ナイフの握り方、ですよ」
それに対するアスフィの答えに男は首を傾げた。
「あの子はナイフを出現、または生成する時に必ず順手でする癖があります。ですがそちらの方は最初から逆手でしていました」
確かにトキ? は短刀を逆手で持っていた。戦闘を見ていたが、1度も持ち替えていないので最初からその握り方だったのだろう。
「何よりあの子と私が互角、というのがあり得ないのですよ。対人戦であればあの子の方が強いのですから」
言われてみるとトキは団長やリヴェリア様とある程度戦うことができる。その彼が第二級冒険者であるアスフィさんを倒しきれないのは少しおかしい。
「なるほど、トキにはそんな癖があったのですか……。これは調査不足でした」
「納得しましたか? ではこちらの疑問にも答えてもらいましょうか」
頷くローブの男にアスフィさんは短剣を突き付ける。
その返事は意外なものだった。男は指をパチンと鳴らす。すると控えていた者達が一斉にローブを脱いだ。
「どういうことだよ、これっ!?」
現れたのは
ちょっと長くなりそうなのでここで切ります。
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