冒険者に憧れるのは間違っているだろうか   作:ユースティティア

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今回から本格的にオリジナル回に突入します。


過去との再会

 命さん達と別れてから数時間。俺は未だに歓楽街をさ迷っていた。

 

『世界の中心』と呼ばれるオラリオは、歓楽街の規模も大きい。具体的には第3、4区画は全て歓楽街だ。時間も時間なので、この辺りの知り合いも今は仕事中で邪魔をするわけにいかず、捜索は自分の足だけが頼りとなっている。

 いや、聞いてもいいんだろうけど……恐らくこちらから近づいたらそのまま喰われそうなので、聞けないのだ。

 

 とは言っても第3区画はけっこう回ったので、ヘルメス様がいるとしたら第4区画だろう。そう思って第4区画に移動する。

 

『──────トキ』

 

 その道中だった。その声を聞いたのは。

 

 呟くような声だった。普通であれば絶対に聞こえるような音量ではなかった。けれど、不思議と耳に入ってきた。懐かしい、そしてもう2度と聞くとは思っていない声だった。

 

 声が聞こえた方へ振り返る。魔石灯の明かりが届かない暗い路地。その奥に、闇に溶けるような色のローブを着た小柄な人物が確かに見えた。

 その人物は俺が気がついたのを確認すると、路地の奥へと走っていく。

 

「待てっ!」

 

 急いでその人物を追いかける。Lv.3の『敏捷』のアビリティにより、距離がどんどん縮まる。

 

 だが、残り5M(メドル)というところで路地奥から猫が飛び出してきて邪魔をする。異様にしつこい猫を振り払い、再び人影を追うが、後少しというところで今度は犬に進路を阻まれる。

 

 その後も追い付けそうで追い付けない、まるでいたちごっこのようなことを繰り返し、気がつけば歓楽街から遠く離れ、東区画の『ダイダロス通り』に迷い込んでいた。それでも人影を追い続ける。

 

 いたちごっこは唐突に終わった。『ダイダロス通り』の路地の一角。辺りに魔石灯はなく、月明かりが人影を照らす。

 

「……あいつから聞いていたけど、随分変わったみたいね」

 

 人影はこちりに振り返るとローブから顔を露にする。その顔はやはり見覚えがあるものだった。

 

 一見すると妖精(エルフ)と見間違うほどの端麗な顔立ち。亜麻色のセミショートの髪は月の光によって輝いて見える。

 

「サーバ……」

 

「久しぶりね、トキ」

 

 サーバ・マクール。俺の暗殺者時代の同僚。その中でも姉貴分として振る舞っていた小人族(パルゥム)の女性。

 

 思えば彼女はあの孤児院の中でも、まともな感性を持っていたのだろう。そうでなければ俺はオッタルさんに敗北した時に、死にたくない、などとは思わなかっただろう。人形のように、ただただ死を受け入れていたに違いない。彼女は謂わば今の俺になるきっかけの人だ。

 

「何で……」

 

「わかるでしょう? あいつの準備が完了したのよ」

 

 あいつ。サーバは先生と呼ばれる()をあいつと呼ぶ。あの頃はその理由がわからなかったけど、今ならわかる。()がしている事が外道のものであるからそう呼んでいるんだ。

 

 だけどそれだと1つの疑問が浮かび上がってくる。

 

「サーバ、何であいつのもとにいる?」

 

「逃げたところで捕まるのは目に見えているもの。なら大人しく従っておいた方がまだマシよ。あいつも私が大人しく従っている間は手を出さない、って言ってたし」

 

 つまり、裏切るような事をすれば何らかの方法で人格や精神を文字通り矯正する、と。相変わらずゲスだな、と悪態をつく。

 

「でもトキ。やっぱり貴方、変わったわね」

 

「ん?」

 

「だって……こんな誘いに乗ってくるんだもの」

 

 サーバの言葉と同時に複数の気配が俺を取り囲むように現れる。その事に息を詰まらせる。

 

「正直、ソロンの動物達がいなかったら危なかったけど……でもここまで釣れるとは思っていなかったわ」

 

 見るとここまで何かと邪魔をしてきた動物達が俺を取り囲んでいる人影達の中に混ざっていた。

 

「ソロンか……。これまた懐かしい名前だな」

 

 影から短刀を取り出しながら、必死に考える。

 

 ここで戦うのはあまり得策ではない。なぜなら一対多の状況。しかもあちらにはサーバがいる。彼女は()()()()()()()()()()()()()()相手だ。

 

 だが戦闘が始まれば戦闘音が発生する。ここは『ダイダロス通り』の中でも閑静な場所だが、戦闘が始まれば人が集まる。彼女達はそれを望まないだろう。つまり人が集まるまでの短期戦になる。それまで彼女達の猛攻に耐えれば……。

 

「言っておくけど攻撃を耐えればいい、なんて考えは甘いわよ」

 

 そのサーバの言葉と同時に、人影の一人が高々とその言葉を紡いだ。

 

「【サイレント・プリズン】!」

 

 その言葉と同時に透明な何かが俺達がいる路地を覆った。

 

「一応教えてあげる。今発動したのは音を隔絶する『結界魔法』。どんなに激しく戦闘したって結界の外へ音が漏れることはないわ」

 

 そんなサーバの言葉に驚愕する。

 

「魔法、だと……!?」

 

 だが、驚愕したのは魔法の効果に対してではない。魔法を使ったことに対してだ。

 

「まさか、『神の恩恵』!?」

 

「ええ、そうよ」

 

 俺の叫びに近い疑問に、サーバは何でもないように答えた。

 

 その事に絶望に近い感覚に襲われる。人が集まる可能性を断たれ、只でさえ低い勝率がさらに低くなった。

 

「ほら、何をボサッとしているの?」

 

 気がついた時にはサーバが目の前にいた。咄嗟に飛び退くがサーバはさらに距離を詰め、いつの間にか持っていた短槍を突き出す。短刀で弾くが、捌ききれず、服を掠める。

 

 これが俺がサーバに勝てない理由。彼女は、俺よりも戦闘が上手い。

 

 追い打ちをかけるように周囲から人影と動物達が襲いかかってくる。それを何とか影で迎撃するが、サーバの攻撃に気を取られ、こちらも捌き切れない。

 

 さらに感覚だが襲いかかってくる動物達にも『ステイタス』が発生しているのか、その爪や牙の攻撃は普通の動物のそれとは違う力がある。

 

 そして極めつけに短文詠唱による魔法攻撃。これだけは何としても防がなければならないのでどうにか影で防ぐが、その隙に人影が襲ってくる。

 

「貴方を連れ戻して来い、と言われている。どうせ大人しくついてきてくれないだろうし、無傷でとは言われていないから、戦闘不能になるまで追いこませてもらうわ」

 

 サーバの囁きに顔を歪ませながら、この状況を打開する方法を考える。

 

 今俺が立てているのは、『ステイタス』の差によるものだ。だけどそれもサーバ相手にどこまで持つかわからない。早急にこの状況を脱する方法を思いつかなければならない。

 

 だが、こんな状況では考えは纏まらない。

 

 ……仕方がない。

 

 戦闘の合間に影から漆黒の兜『ハデス・ヘッド』を取り出し、頭に被る。そしてその効果で透明化する。標的を見失ったサーバ達が一瞬その動きを止めた。その隙をつき、人影の中央から抜け出す。

 

 それを阻止しようと犬や猫、ネズミが襲いかかってくる。動物達は人間よりも感覚器官が強い。それにより動きが阻害されるがすぐに振り払い、なんとか包囲から脱する。

 

「そこっ!」

 

 しかし息をつく暇もなく、サーバが短槍を投擲してくる。それを体を捻ってかわす。

 

 なんとか包囲から抜け出し、いくらか余裕が出た頭で考える。

 

 この状況をどうすれば脱することができるか。ネックとなるのはやはり周囲に張り巡らされている『防音結界』だろう。これをどうにかすれば僅かながらこの状況から脱することができるだろう。

 

 パッと思いつく方法は2つ。1つは結界自体を壊すこと。もう1つは発動者を倒すこと。

 

 だが結界というからにはある程度の強度はあるだろうし、サーバ以外はローブで全身を覆っているため、発動者もさっきの戦闘で見分けがつかなくなっている 。

 

透明状態(インビジビリティ)』を利用し、必死に考え…………ある1つの方法を思いつく。その考えに苦笑しながらも、それを実行する。

 

透明状態(インビジビリティ)』を解除し、サーバ達に姿を見せる。さらに短刀を影に戻す。

 

「……降参して大人しくついてくる気にでもなった?」

 

 姿を現し、武器をしまった俺の様子に、サーバが怪訝そうな顔をしながら尋ねてくる。

 

「サーバ、1つだけ教えてほしい。お前達に『恩恵』を与えた神は誰だ?」

 

「……貴方なら少し考えればわかるでしょう?」

 

 俺の質問に、サーバは質問で返してくる。

 

 少し考えればわかる、ということは俺も知っている神なのだろう。

 

 けれどオラリオの神々が、()が率いるような怪しい集団に『恩恵』を与えるとは思えない。となると、オラリオの外にいる神。

 

 すぐに思いつくのは先日オラリオから追放されたアポロン様。だけど、彼の性格から全員に『恩恵』を与えるとは思えない。他にオラリオの外にいる神といえば……。

 

「そうか、アレス様か……!」

 

 アレス様ならオラリオに勝つために()を雇っても奇怪しくない。なんせ戦いの神()、なんて言われる神だ。偏見かもしれないが、戦争とは本来手段を選ばないもの。恐らく()もそんな事を言って、アレス様を丸め込んで『恩恵』をもらったのだろう。

 

 サーバは正解とばかりに頷いた。

 

「ということは、お前達は王国(ラキア)のスパイ、ってことか。随分と落ちぶれたな」

 

「軽口を叩いている暇があるのかしら?」

 

 サーバは懐から新たに折り畳み式の短槍を取り出し、それを展開する。

 

「まあな」

 

 サーバの問いかけに返事しながら、紅の長剣を取り出す。

 

「サーバ」

 

「何?」

 

「死ぬなよ。敵になったとは言え、かつての同胞を手にかけたくないからな」

 

 そう言いながら長剣、戦争遊戯(ウォーゲーム)の際にヴェルフから受け取った『クロッゾの魔剣』を振る。

 

 瞬間、路地を巨大な熱線が照らした。ついで、人影が悲鳴を上げる。

 

「なっ!?」

 

 間一髪熱線をかわしたサーバへさらに『魔剣』を振る。歯噛みをしながらそれを避けるサーバ。しかし、少なからず熱線に人影が巻き込まれる。

 

「撤退するよ‼」

 

 サーバの判断は早かった。

 

「で、でもっ」

 

「あの『魔剣』は恐らく『クロッゾの魔剣』よっ。あんなのがあと何本トキの手にあるかわからないっ。このままだとジリ貧になる!」

 

 抗議の声を上げる人影の1人に、サーバが有無を言わせない。

 

「シーカ、『結界』を解除して!」

 

 サーバの声に直ぐ様結界が解除される。それでもこちらに襲ってくる可能性を考慮し、『魔剣』をいつでも振れる体勢をとる。

 

 しかしサーバ達は迅速に撤退していった。

 

 気配が感じられなくなってようやく一息つく。

 

「まったく、最低な戦い方のお手本みたいな戦い方だったな……」

 

 手にある『魔剣』を見ながら呟く。

 

 2発の砲撃を放ちながらも『魔剣』は健在だ。『魔剣』は強力であればあるほど放てる回数が少ない。普通の『魔剣』ならばあの威力のものは1度が限度だろう。だが、この『魔剣』は未だ壊れていない。

 

 なるほど確かにこれは人を堕落させる。ヴェルフが危惧していたことがわかる。

 

 そう思いながら『魔剣』を影に戻す。

 

 それにしても、ついに()が動き出した、か。……これは俺の問題だ。他の人に迷惑はかけられない。なんとしても迅速に解決しなければならない。

 

 そう思いながら帰路につく。今からヘルメス様を探しに行っても見つからない気がした。

 

 

 

 家に向かっていると、どんどん人が多くなってくる。何かあったのか? と思い近くのおじさんに声をかけると驚かれた。

 

「ト、トキ君、大変だ!」

 

「どうしたんですか?」

 

「き、君の家が燃えている!」

 

 ……理解するのに数秒かかった。

 

 人ごみをかき分け、家に向かう。すると、確かに家が燃えていた。




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