冒険者に憧れるのは間違っているだろうか   作:ユースティティア

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新【ヘスティア・ファミリア】

 レフィーヤを『黄昏の館』に送り届けた俺は、その足で来た道を戻っていた。

 実のところ、今日訪れた喫茶店『ウィーシェ』と新しい【ヘスティア・ファミリア】のホームは、通りこそ違えど、そこまで離れていない。

 

 つまり二度手間になるのだが、流石にレフィーヤを連れてベル達の所へ行く訳にもいかない。……え、俺? 俺はいいんだよ、今日行われたであろうことに関わっているし。

 

 今日行われたであろう事とは【ヘスティア・ファミリア】の入団面接だ。ヘスティア様に頼まれ、街中を駆け回り、知り合いの商隊に頼んで近隣の街にもビラを配ったのだ。

 

 戦争遊戯(ウォーゲーム)のお蔭で【ヘスティア・ファミリア】の名は一気に売れ、通常であれば入団希望者多数、【ヘスティア・ファミリア】は弱小派閥脱出、となるのだけど……。

 

【ヘスティア・ファミリア】のホームを訪れる道中で少し情報を仕入れてみると……話を聞き付けた神達が言い回った所為か、かなりの速度で情報が回っているっぽい。

 曰く【ヘスティア・ファミリア】は2億ヴァリスの借金(ばくだん)を抱えた【ファミリア】だとか。……何だろう、あんなに活躍したのにベル達の状況がまったく変わってない。

 

 そんなこんなで【ヘスティア・ファミリア】のホームにたどり着くと、ちょうどリリがホームから出てくるところだった。

 

「よ、リリ」

 

「あ、トキ様」

 

 こちらを視認したリリはどこか疲れているようだった。……一瞬、アスフィさんの顔がチラついたのは内緒だ。

 

「どうしてここに?」

 

「噂を聞いてな。今日の件に関しては俺も多少関わっているし、様子を見に」

 

 疑問を口にするリリに対して、理由を答える。

 

「そうですか……。あの、これから街へ偵察に行こうと思ったのですが……」

 

「その情報に関してはちょっとだけ仕入れてきた。話したいから中に入ってもいいか?」

 

 俺の問いにリリは一瞬間を置いた後、頷いてくれた。

 

「トキ様でしたら信用できますし、許可しましょう」

 

「ありがとう」

 

 リリの後に付いて【ヘスティア・ファミリア】の新しいホームへと入っていった。

 

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【ヘスティア・ファミリア】の新しいホームは【アポロン・ファミリア】のホームを乗っ取り、改装したものだ。外装は質素だが、決して品が悪いというものではない。

 

 正面の玄関口には炎と鐘のエンブレムが飾られている。戦争遊戯(ウォーゲーム)に勝ち、新たに【ヘスティア・ファミリア】が発足した際にヘスティア様が考案したんだ、と先日ベルは嬉しそうに言っていた。

 

 石造りの新【ヘスティア・ファミリア】のホームに入り、リリの案内で奥のリビングに通される。そこには唸りながら寝ているベルとそれを看病するヘスティア様の姿があった。

 

「皆さん、ただいま戻りました」

 

「随分早かったね、サポーター君……あれ、トキ君?」

 

「お邪魔します、ヘスティア様」

 

 顔を上げたヘスティア様に一礼して、ベルに近づく。顔を青くしているベルは本当に具合が悪そうだ。

 

 影からここに来る途中で買った果物の盛り合わせを出す。

 

「これ、お見舞い品です」

 

「おお、ありがとう!」

 

「本当はちゃんとした祝い品を渡したかったですが」

 

「……」

 

 果物盛り合わせを受け取ったヘスティア様は、俺が皮肉を言った途端沈んだ顔をした。あ、やり過ぎた。

 

「ヘスティア様ー、後片付け終わりましたー……って、あれ、トキ?」

 

「こんにちはヴェルフ、命さん。いや、時間的にもうこんばんは、かな?」

 

 部屋に入ってきたヴェルフと命さんに挨拶する。

 

「全員そろったので話を始めましょう。どーいうことですか、説明してください、ヘスティア様」

 

 リリがそう切り出し、ヘスティア様を問い詰める。

 

 視線がヘスティア様に集まる中、ヴェルフに近づき事の顛末を聞く。

 

 それによると今日の昼頃、予定通り入団希望者面接が行われた。多くの入団希望者が集まる中、命さんが荷物の中から借金2億ヴァリスの契約書を発見、それをあろうことか入団希望者の前で言ってしまったらしい。

 100人を超える入団希望者はそれを聞いた途端、蜘蛛の子を散らすように解散。結果入団希望者0人という結果に。

 

 ……部外者から言わせてもらえば、今回の件は借金をしたヘスティア様だけでなく、そのことを口走った命さんにも責任がある。まあ、こんなことを考えるのはうちの【ファミリア】が秘密主義だからだろう。多分だけど命さんがうちの【ファミリア】に入団したら数日のうちに【ヘルメス・ファミリア】が潰れると思う。

 

 そんなことを考えながらヘスティア様を見ていると、彼女はぽつぽつと話し始めた。

 

 それは予想した通りベルの《ヘスティア・ナイフ》に関した話だった。あのナイフはヘスティア様が神友であるヘファイストス様に無理を言って作ってもらったとのこと。俺が鑑定した通り、あのナイフには特殊な力があり、恐らくヘファイストス様しか作れないものだとか。そしてナイフの値段として2億ヴァリスの借金を組まされた、とのこと。

 

 ヴェルフはナイフがヘファイストス様の作品だと知って驚き、命さんは莫大な借金に踏み切ったヘスティア様に驚いている。

 

 そんな中、リリが俺に視線を送ってくる。どうやら出番のようだ。

 

「……ここに来る途中で情報を少し集めて来たが、【ヘスティア・ファミリア】が2億の借金がある、っていうのは神達によって街中に広まっている。これを聞いて入団を希望するような人はまずいないだろうな」

 

 俺の言葉にベルが寝ながら落胆する。

 

「現実問題……2億ヴァリスは、やばいだろ」

 

「非常に、やばいですね」

 

 ヴェルフと命さんが絞り出すように呟くと、リリに視線が集まる。リリは重々しい表情で口を開く。

 

「ホームの改装で賠償金はほとんど消費しています。【ファミリア】の資産は、大して残っていません。また、戦争遊戯(ウォーゲーム)での勝利、更にベル様が【ランクアップ】したことで派閥のランクは一気に上がってEランク。伴ってギルドに収める税も上昇します。年間で100万以上の徴収は、覚悟してください」

 

 リリの言葉にどんどん空気が重くなっていく。

 

「つまり……借金返済には今まで以上にダンジョンに潜り、稼ぎを上げてこなければいけません」

 

 沈黙が場を支配する。誰もが口を閉じる中、それを打ち破ったのはヘスティア様だった。

 

「か、勘違いしてもらっちゃ困る! これはボクの借金さ、ボクが自分の手で返す! いや、ボクが一人で返さなきゃいけないんだ!」

 

 そう言ってヘスティア様は片手に羊皮紙を持ちながら胸を叩く。おそらくあれが借金の契約書であろう。つい目で追ってしまい……その内容に疑問を持った。

 

「あの、ヘスティア様。その契約書、見せてもらってもいいですか?」

 

「な、何故だい!?」

 

「いえ、ちょっと気になることが」

 

 そう言うとヘスティア様は契約書を渡してくれた。改めて内容を見てみるが……やっぱりおかしい。

 

「ヘスティア様、この契約書には利息も期限も書かれていませんがどうしてですか?」

 

「り、利息? 期限?」

 

「……」

 

 頭に疑問を浮かべるヘスティア様を見て、今度は俺が何も言えなくなった。

 

「……利息というのは借金自体とは別に払うお金のことです。借金とはお金を借りる、ということなのでお金の使用料としてその使用費が発生します」

 

「な、何だって!?」

 

「ついでに期限とは借金を払い終えるまでの期限です。期限を設けないと最悪の場合、借金を踏み倒される場合がありますからね」

 

「……」

 

「他にもいろいろあったり、利息についてはもっと細かい設定があるのですが……心当たりは?」

 

「な、ないよ」

 

「……どうやらこの借金は随分と良心的なようですね。利息も期限もないなんて。まあ、オラリオにはこのことを知らない神や冒険者が多いですが、外の商隊とかは普通に使うので心の隅にでも留めておいてください」

 

「わ、わかった」

 

 ヘスティア様に紙を返す。ヘスティア様はありがとうヘファイストスと呟いた。

 

「と、ともかく、君達が借金を請け負う必要はないんだ。ボクがバイトをしているのは知っているだろう? あれの対価は全部ナイフの支払いに当てている。期限が決められていないんだ、何百年かかろうが返してみせるさ。借金を隠していたのは確かに悪かったけど……約束するよ、君達に迷惑はかけない」

 

 そう言うヘスティア様にリリ達は戸惑いの表情を顕にしながら顔を見合わせる。

 

「……でも」

 

 その時、ベルがゆっくりと上体を起こした。

 

「神様は……僕のために、借金までして、このナイフをくださったんですよね?」

 

 ベルの問いにヘスティア様は答えなかった。しかし、その沈黙は肯定しているようなものだった。

 

 己の主神の神意を知り、ベルは胸を押さえる。《ヘスティア・ナイフ》はベルをいつも助けてきた武器だ。急激に成長するベルにあわせ、成長するナイフの存在はベルにとってとてつもなく大きいのだろう。

 

「気に病まないでくれよ、ベル君。これはボクが勝手に……」

 

「神様……僕は、二人で一緒にお金を返していきたいです。手伝わせて、ください」

 

「……君に手伝ってもらったら、ボクの立つ瀬がないんだけどなぁ……」

 

 懇願するベルにヘスティア様は苦笑した後、手を髪を結ぶ髪飾りへと伸ばす。

 それは冒険者になった当初、まだミノタウロスに追いかけ回される前にベルに頼まれてお金を稼ぐのを手伝い、ベルが買った髪飾りだった。必死に頼んできたベルの気迫に押されて手伝ったのだ。

 

「お金はボクが何年かかっても必ず返す。だからベル君達は……こんなボクを倒れないよう支えてほしい」

 

 ヘスティアの言葉にベル達が目を見開く。

 それは神から子への信頼。1つの【ファミリア】の在り方であった。

 

「借金まみれの神で悪いけど……いいかなぁ?」

 

「も、勿論です!」

 

「……主神様がこう言ってるんだ。俺達は逆らえないな」

 

「ふふっ、そうですね」

 

「もうっ。今後、こんなことはないようにしてくださいねっ」

 

 それぞれが立ち上がり、輪になる。もちろん俺は輪の外だ。部外者だからな。……というか出ていくタイミングを逃したんだ。

 

 そんな俺を他所に今後の方針を話し合うベル達。最後に団長になったベルが、頑張ろう! と号令し、おーっ! と皆が声を上げる。

 

 これこそが新生【ヘスティア・ファミリア】の真の発足であった。

 

「よし! そうと決まれば今日は精のつくものを一杯食べて、明日に備えようじゃないか! 今夜はごちそうだ‼」

 

「言ってる側から無駄遣いしようとしないでください!? 今日から少しでも節約ですっ、ヘスティア様は浪費癖が酷すぎます!」

 

「おいおい、堅苦しいこと言うなよ! いいだろう、今日くらい!」

 

「駄目です‼」

 

 ギャーギャーと言い合うリリとヘスティア様。俺は二人に近づいた後、リリの肩にポンと手を置く。

 

「何ですか、トキ様!? 今大事な……」

 

「駄目だ、リリ」

 

 諭すような口調でリリに話しかける。

 

「神の我が儘を子が覆すのは偉業にも等しい。諦めるんだ」

 

「し、しかし!」

 

「俺達にできることは1つ。いかに被害を少なくするか、だ」

 

 そう言って影から羊皮紙と羽ペンを取りだし、さらさらと書いていく。

 

「これ、オラリオで安い肉と魚が売っているそれぞれの店の場所だ。参考にしてくれ」

 

「ト、トキ様ぁ」

 

「今度、組織運営の資金管理について教えに来る。頑張れリリ」

 

 踵を返す。すまない、リリ。許してくれとは言わない。

 

 俺から言えることは1つ。頑張ってくれ。




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