冒険者に憧れるのは間違っているだろうか   作:ユースティティア

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今回はベルサイド。原作キャラって難しい。


親友

 地面を蹴り抜き、すれ違いざまにモンスターを切る。背後のモンスターが断末魔の悲鳴を上げ、崩れ落ちる。

 

 どれほどモンスターをそうしてきただろう。考えるよりも早く次なる獲物を求め、迷宮(ダンジョン)をさ迷う。

 

 あの言葉を聞いて、惨めな自分が恥ずかしくて、笑い種にされ侮蔑され失笑され、挙げ句の果てには庇われるこんな自分を僕は初めて消し去ってしまいたいと思った。

 

 青年の言葉を否定出来なくて、言い返すことすら出来なくて、彼女にとっては路傍の石に過ぎなくて、そんな自分がたまらなく許せなかった。

 

『ゲェ、ゲェ』

 

 新たにモンスターを見つける。巨大な単眼を持つ蛙のモンスター、『フロッグ・シューター』。それに向かって地面を蹴り抜こうとし……その横を何かが横切った。

 

『ィィアッ!?』

 

 崩れ落ちるモンスター。それを視界の端で捉えながら自分の横を通りすぎていったものを確認する。

 

「あっ」

 

 知っている背中だった。冒険者になって、いつも見てきた背中だった。先程の酒場でも一緒だった。友達の背中だった。

 

 自分と同じ、防具の1つも纏っていない私服姿。あちこちにモンスターの爪や牙の掠めた跡が残っており、その全身は雨にでも降られたのかわずかに濡れていた。

 

「っ!!」

 

 沸いてきたのは怒りだった。ずんずんと彼に近づき、その胸ぐらを掴む。

 

「邪魔しないで!」

 

 怒りのまま当たるように声を張り上げた。

 

「邪魔なんかしてねぇよ」

 

 顔を伏せたまま彼は答えた。

 

「僕は強くならなくちゃいけないんだ! 何をすればいいかじゃない、何もかもしなければならないんだ! それを邪魔するんだったら……」

「うるせぇよ」

 

 大きな声じゃなかった。むしろささやくように小さく、けど自然と耳に入ってくるような声だ。

 

「あの酒場での言葉、自分に怒りを感じているのが自分だけだと思ってるのか?」

「っ」

 

 顔を上げたトキの表情は怒りと悔しさが溢れていた。まるで鏡を見ているかのようだった。

 

「邪魔はしてない。さっきのは俺の八つ当たりだ」

 

 目に涙を貯め、歯を食い縛り、震える声でそう言った。

 

「……いい加減離せよ」

「……ごめん」

 

 腕を離す。服の乱れを整え、右手の短剣を握り直す。

 

「まあいい。それよりもベル、ちょっと俺の八つ当たりに付き合え」

 

 僕から目を逸らし、辺りを見渡す。その姿は先程の僕のように次なる獲物を探していた。

 

「いいよ。その代わり僕の八つ当たりにも付き合ってよ」

「いいぜ」

 

 トキのお陰で身を焦がしていた熱も少し下がり、理性がよみがえってくる。

 

(ここ、どこだろう?)

 

「6階層だ」

 

 まるで僕の考えを読んだような発言。ちょっとビックリした。

 

「なんで僕の考えていることがわかったの?」

「お前は分かりやすい」

 

 まあ、確かによく嘘が下手だと言われるけど。

 

「それと、ほれ」

 

 言うとトキの影からナイフが飛び出してきた。あわててキャッチする。

 

「そのナイフ、もうぼろぼろだろ。そんな装備じゃすぐにくたばっちまうぞ」

 

 おとなしくナイフを渡す。受け取ったそれを足元に落とすと彼の影が飲み込むようにナイフが消えた。

 

「今の何?」

「生き残ったら教えてやる。来るぞ」

 

 トキが言った直後だった。ビキリ、と何かが割れるような音がした。

 

「────」

 

 ビキリ、ビキリと【ステイタス】によって強化された五感がその不穏な音を拾っていく。薄緑色に染まった、ダンジョンの壁面。そこから壁が破れた。

 

「あれは……」

 

 現れたのは『影』だった。身の丈は僕達と同じくらい。その体躯は頭から足先まで黒一色で限りなく人間に近いシルエットをしている。唯一、十字の形を描く頭部に顔面と思わしき手鏡のような真円状のパーツがはめ込まれている。

 

「『ウォーシャドウ』……」

「はっ、俺への当てつけのつもりか?」

 

 得物を握り直し、構える。がしゃりっ、と後方からも音が上がった。振り向くとそこにはもう1体のウォーシャドウが産まれ落ちていた。それを機に次々と産まれ落ちるウォーシャドウ達。

 

 自然と背中合わせになっていた。

 

「後ろ、任せるぞ」

「そっちもね」

 

 どこまで出来るかわからない。けどその信頼がたまらなく嬉しかった。

 

「「ッ!!」」

 

 僕達は同時に駆け出した。

 

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「生き残れた……」

 

 何度も危ない場面に会いながら、それでも冒険者になって半月の僕達が6階層で戦い、不思議なことに生き残ることができた。

 

「ああ、そうだな……」

 

 隣で肩を借りているトキがそう呟いた。いや、この場合は肩を貸しているのかな? お互いがお互いに寄りかかっているようなそんな状態だった。

 

 お互いぼろぼろだった。傷は塞がっているが至るところから血が流れた跡があり、服も見る影もないくらいぼろぼろだった。

 

 今はダンジョンから僕のホームへ帰る途中だった。けど、お互いふらふらだからなかなか進まない。

 

「あ、そういえばナイフ返すよ」

「ん? ああ」

 

 持っていたナイフを返す。それを受け取ったトキはそれをまた足元に落とした。消えるナイフ。そして、表現しがたい音とともに別の……僕が護身用に持っていたナイフが黒い触手のようなものに捕まれ出てきた。

 

「ほい」

「ありがとう。……それ何?」

「ああ、俺のスキルだ」

 

 と、あっさりと答えは帰ってきた。

 

「隠してたんだけどな。……物心つくより前、それこそ生まれた時から身に付いていたもんだ」

 

 言葉を失った。生まれた時から。彼は確かに言った。

 

「俺はさ、もともと暗殺者だったんだ」

 

「親はいない。生きているのか、死んでいるのかもわからないし、気にしたこともない」

 

「育て親はどうしようもないクズだった。孤児院をやる傍らその子供達を暗殺者として育てる」

 

「子供達もそれしか教わらないから、それが常識だと思ってただひたすらに訓練を重ねていった」

 

「俺はその中でも特に優秀だった。飲み込みも誰よりも早かったし、このスキルのお陰で冒険者すら殺していった」

 

「俺が初めて人を殺したのは5才の時だった。育て親に言われた大人をこのスキルで殺した」

 

「言われるままに殺した。それしか生き方を知らなかったからな」

 

「そんな生活が変わったのは8才の時だ。ある冒険者を殺そうとこの街に来た」

 

「三日月がきれいだった日だった。背後からのスキルを使った不意打ち。いつも通りにやった」

 

「けど、そこから反応された。不意打ちをかわされ、暗殺が戦闘になった」

 

「正直、結構自信はあった。暗殺が失敗して、戦闘中の暗殺っていうのも何回かあったからな」

 

「けど、相手はすごかった。圧倒的な【ステイタス】。その【ステイタス】に寄りかからない技の数々。数分だったか、数十分だったかわからないけど終始押された」

 

「倒れ伏し、死ぬかな? て思った。けど死ななかった。相手が見逃したんだ。その理由は今でもわからない。けど負けて悔しかった」

 

「同時に憧れた。世の中には、冒険者の中にはこんな凄い人がいるんだ、って。暗殺とは違う、純粋な技があるんだって」

 

「倒れて動けなくなっているところを、ヘルメス様に拾われた。あの時ヘルメス様が寄り道してなかったら俺は死んでいたと思う」

 

「それから3年間、ヘルメス様と【ファミリア】の団長の3人で世界中を回った。初めて行く場所、初めて見る物、初めてやる経験。何もかもが幸せだった」

 

「その後3年間、今度は【ヘルメス・ファミリア】で雑用係をやった」

 

「って言っても、【ヘルメス・ファミリア】って結構運営が適当だからあんまりやることなかったけどな」

 

「そこで俺は店を開いた。『深淵の迷い子』。まあ、大層な名前だけどようは何でも屋だ」

 

「ヘルメス様との旅の経験を活かして困っている人達を助ける。その見返りにその人の話を1つしてもらう」

 

「これの目的はただ単純に話が聞きたかったからだ。人の数だけその人の物語があり、その一部を聞くのは本の一話を読む感覚に近い、かな?」

 

「そんな経験をして、俺は半月前冒険者になって、お前と出会った」

 

  それはトキの今までの人生だった。波乱万丈で、時に苦しく、時に楽しい、僕が好きな英雄譚にも負けないくらいのお話だった。

 

「どうだ? 軽蔑したか?」

 

  しかし、彼はそんなことを言った。

 

「どうして?」

「中盤から終盤はともかくもともと俺は暗殺者だぜ? 怖くないのか?」

「全然」

 

 トキの目は僕を真っ直ぐ見つめていた。その目には怯えがあった。その目を見つめ返す。

 

「だって、今は違うんでしょ?」

 

 本心をそのまま口にした。トキは驚いた顔をして……そして笑った。

 

「ちょ、ちょっと! なんで笑うのさ!」

「いやーわりわり。しっかしあれだな。俺が女だったら今のでお前に惚れてたわ」

「か、からかわないでよ……」

 

「おい、なんでちょっと赤くなる。言っとくけど今の冗談だからな」

「わ、わかってるよっ」

 

 お互いふらふらの足取りで、それでも一緒に歩いていく。

 

「そういえばこの話をするのは初めてだな」

「そうなの?」

「ああ。暗殺者時代の話はヘルメス様にもしてない」

「へー、じゃあなんで僕に話したの?」

「んー、まあ、あれかな。共に死線をくぐり抜けた親友として、同じ日に冒険者になったライバルとして知って欲しかったのかな」

「親友でライバル……」

 

 胸にさっきまでとは違う熱い何かが込み上げてくる。

 

「なんか、かっこいいね」

「気が合うな」

 

 僕らは互いに笑いあった。

 

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「ベル君!?」

 

 ホームに帰ってきた僕を神様は血相を変えて出迎えた。

 

「どうしたんだい、その怪我は!? まさか誰かに襲われたんじゃあ!?」

 

「いえ、そういうことは、なかったです……」

「じゃあ、一体どうして!?」

「……ダンジョンに、もぐってました」

 

 一瞬、神様がぽかんとした表情になった。

 

「ば、馬鹿!? 何考えてるんだよ!? そんな格好のままでダンジョンに行くなんて……しかも、一晩中!?」

「……すいません。でも1人じゃなかったです」

「なんだって?」

 

 神様が僕の後ろを見る。そこには僕と似たような格好のトキがいた。

 

「初めまして、ヘスティア様。【ヘルメス・ファミリア】所属、Lv.1の冒険者トキ・オーティクスと申します。ベルとはよく一緒にパーティーを組ませてもらってます」

 

「君がベル君をそそのかした……訳じゃなさそうだね。どうしてこんな事態になったんだい?」

「そうですね、言うなれば……若気のいたり、ですかね」

「はあ?」

 

 神様がものすごい顔になり……そして、ため息を吐いた。

 

「まあ、いいや。その辺のことはベル君に聞くよ。君ももう帰りたまえ。君もベル君と同じくらいひどい状態だからね」

「お気遣い感謝します」

 

 神様にお辞儀した後、今度は僕向き直る。

 

「じゃあベル、また明後日な。今日は無理すんなよ。あ、あと酒場の代金払っといたから後で返せよ。シルさんにも謝りにいけよな」

「うん、わかった」

 

 そうして、トキは帰っていった。




よ、4000文字オーバー。長い、長かったぞ……! 一気にやり過ぎたかもしれない。

次はオリジナル回です。

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