冒険者に憧れるのは間違っているだろうか 作:ユースティティア
オラリオ東門前。未だ太陽は顔すら見せておらず、空気は冷えきっているような時間帯。俺は、オラリオを出発する
【ロキ・ファミリア】の皆との修行を終えたのは昨日の夜10時ごろ。そこから地上に戻り、まだ起きていたヘルメス様に頼んで【ステイタス】を更新。アスフィさんから贈り物を受け取り、そこから仮眠。
3時間ほど寝た後、着替えて支度をし、あらかじめヘルメス様が話を通してくれていた
さらに仮眠をとっていると外が騒がしくなってきたからか、目を覚ました。一番乗りだった箱馬車の中には既に数人の
完全に目が覚めたのでしばらくぼーっとしていると、乗っていた冒険者の一人が俺に気がついた。
「あんた……【ヘルメス・ファミリア】の【シャドー・デビル】か?」
「ん? ええ、そうですけど」
「やっぱり!
「はい」
それを皮切りに周りの冒険者の人達も集まってくる。目的地の『シュリーム古城跡地』に一番近い町、アグリスには馬車を使って1日かかる。正直、走った方が早いのだが、何分遠いので今回は馬車を使う。
何が言いたいのかというと、丸1日この馬車に乗るので、同乗者と良好な関係を持つことは旅の中で重要なことの1つだと、ヘルメス様は教えてくれた。
そうして話していると、馬車に飛び乗ってくる人がいた。確認してみると、身軽な旅装にマントを羽織ったベルだった。肩には荷物袋を担いでいる。
「よ、おはよ」
「あ、あれ? トキ? 先に行ってるんじゃ……」
「それはヴェルフ達だけだ。俺は昨日の夜まで訓練してたから」
「そうなんだ……」
ベルが俺の横に腰を下ろす。
「……なあ、【シャドー・デビル】。そいつは……」
「ええ、今回の
「やっぱりそうか!」
たちまち今度はベルに人が殺到する。
『相手はやばいけど頑張りなよ!』
『お近づきのしるしだ、食べてくれ!』
『これもどうだ!?』
砂糖菓子やフルーツのタルトなどを次々と押し付けられていく。こちらを見て助けを求めてくるが、無言で両手を見せる。既に俺の手も同じ状況だった。
殺到していた人達が収まったころ、ようやく落ち着いて話をすることができるようになった。
「随分とギリギリだったな」
「う、うん。早起きはしたんだけどちょっと事情があってね」
ぎこちなく笑うベルの様子に違和感を感じた。体を観察してみると何となく理由が察せた。
「……筋肉痛か」
「うっ」
ビクリと体を震わせ、次にピギッと変な悲鳴を上げた。
「な、何でわかったの?」
「……俺も同じだからさ」
昨日の【ロキ・ファミリア】幹部陣との戯れの後、訓練の追い込みとしてハードな内容のものをやり、結果全身筋肉痛という失態を犯した。
「お前は?」
「……僕も同じ理由で」
お互い微妙な表情で笑った後、ため息をついた。
やがて馬車の車輪がゆっくりと回り始めた。それに伴い、座っている座席からガタガタと断続的な衝撃が伝わってくる。つまり……筋肉痛の所為で痛い。
『──ベルさん!』
ふと、外からベルを呼ぶ声が聞こえてきた。驚いて馬車に付けられている窓から外を見ると、『豊穣の女主人』の店員であるシルさんの姿があった。
「シルさん!? あ、危ないですよ!」
ベルが慌てて窓を開け、シルさんに警告する。俺は座っているため、外の様子はわからなくなったが、話し声だけは聞こえた。
「これをっ……!」
「えっ?」
「私達の酒場を懇意にして頂いている冒険者様から譲ってもらって……お守りです! 頑張ってください! また、私達のお店に来て下さい! お、お弁当を作って、待ってます!」
次第に遠くなっていく声に比例するように、ベルは窓から身を乗りだしている。恐らく手を振っているのだろう。
座席に戻ったベルの手には
「……勝とうね」
「……当然だ」
互いに笑みを浮かべながら誓い合う。この戦いに勝つ、と。
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馬車に揺られること数時間。いろいろなことを話して時間を潰していると、ふとどのような訓練をしていたか、という話題になった。
「そういえばあの紹介状、ありがとうね。お陰でスムーズにアイズさんに訓練をしてもらうことができたよ」
「そうか。ところでどんな訓練をしたんだ?」
「……ああ、うん」
ベルの顔が一気に曇った。
「えっと、ひたすらアイズさんとティオナさんと模擬戦」
「……ああ」
理由がわかった。確か
「いろいろあったけど、一番ヤバかったのは……1回城壁の上から落ちたこと」
ベルは遠い目をして話してくれた。
俺との日常訓練で技や駆け引きがある程度完成していたベルは、アイズさんとティオネさんの連携にひたすら対処してたらしい。しかし一昨日、アイズさんの攻撃を大きく回避し過ぎて体勢を崩し、そこにティオナさんの強烈な一撃。城壁の上から落ちたらしい。
「それで、どうしたんだ?」
「城壁にナイフを突き立てて、魔法の反動で落下の速度を落とした」
本当にギリギリだったらしく、その時は生きた心地がしなかった、とのこと。
「そういうトキは?」
「何でもヘルメス様がロキ様に話をしてくれたみたいでな。【ロキ・ファミリア】中堅陣と一対多の模擬戦」
「……うわぁ」
「しかも最終日は、もれなく幹部陣との戯れ」
「……何だろう、羨ましく思うのが普通なんだろうけど、全然羨ましくないや」
「……ああ、できれば2度としたくない」
お互い遠い目を馬車の天井を見つめる。
「……僕達、よく生き残れたね」
「……これに比べたら【アポロン・ファミリア】なんて目じゃないさ」
オラリオ最大派閥は伊達じゃない、というのを思い知った話だった。
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その日の晩、目的地のアグリスに到着し、同乗していた冒険者達に激励されながら馬車を降りる。アグリスの町には臨時のギルド支部が設置されており、そこで手続きを済ませ、ヴェルフと命さんと合流した。
この二人は今回の騒動で【ヘスティア・ファミリア】に加入した。命さんは臨時の団員らしいが、一度
「遅かったな」
暗闇の中、話が始まった。
「ごめん」
「悪い、少しでも勝率を上げたくてギリギリまで訓練してたんだ」
「それならば、仕方ありませんね。準備はいいのですか?」
「僕の方は大丈夫です。神様にも【ステイタス】を見てもらいました」
「俺も問題ない」
「そうか。じゃあほら、約束のナイフだ。1代目より切れ味は抜群だ、保証する」
「ありがとう」
「それと……トキ、本当によかったのか? 一応急造だが2振りはできたが」
ヴェルフが2本の長剣を見せてくる。『クロッゾの魔剣』。かつて海をも割ったという伝説の魔剣。
「いや、大丈夫だ。それに頼らない戦い方を身につけてきたからな。一応アスフィさんから貰ったとっておきもあるし」
「そうか。けど一応持っていてくれ」
「わかった」
ヴェルフから受け取った魔剣を影の中にしまう。
「ですが、トキ殿が魔剣を使わないとなると作戦が……」
「それなら心配ない。作戦についてはベルから聞いてる。無事に役目を果たすから作戦に変更はない」
「そうですか」
「んじゃ明日中に──城を落とすぞ」
「うん……勝とう」
VS【アポロン・ファミリア】。戦闘形式、攻城戦。期間3日。勝利条件、敵大将、ヒュアキントスの撃破。
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