冒険者に憧れるのは間違っているだろうか   作:ユースティティア

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心の中でずっと思っていたことがありました。……最近タイトル詐欺しているんじゃないか、と。それを今回挽回します!


憧憬への布告

 大広間の出入り口のところを見ると、そこには銀髪の女神とオッタルさん(俺の憧憬)がいた。

 

「あっ、あれって……」

「フレイヤ様だよ、ベル君。【フレイヤ・ファミリア】の名前は知っているだろう?」

 

 その女神が発する神威に影が反応した。俺の体を包むように魔力があふれ、女神が発する『魅了』の効果を打ち消す。

 

【フレイヤ・ファミリア】。【ロキ・ファミリア】と肩を並べるオラリオ最大派閥だ。構成人数は【ロキ・ファミリア】ほど多くはないが、その質はオラリオ最高と言われている。

 

「──ぬっ!?」

 

 突如、視界の隅にいたヘスティア様のツインテールが震えた。比喩とかじゃなくて本当に。それまで料理をかきこんでいたのだが、バッと振り返ると勢いよくベルに襲い……失礼、飛びかかった。

 

「フレイヤを見るんじゃない、ベル君!!」

「へあっ!?」

「子供達が『美の神』を見つめると、たちまち虜になって『魅了』されてしまう!」

 

 周りを見ると他の【ファミリア】の団員達は口を開けて女神に魅入っていた。男女区別なく。

 

「あれ? トキは平気なの?」

 

 ヘスティア様と格闘しているベルが、フレイヤ様を見ている俺に尋ねてきた。ちらりとヘルメス様に視線を送ると、頷かれたので答えた。

 

「スキルの中に『魅了』を無効化するものがあるんだ。だから俺は大丈夫」

「な、なんだとっ!?」

 

 それに驚いたのはヘスティア様だった。

 

「『美の神』の『魅了』を無効化するなんて一体どんなスキルなんだい!?」

 

 ベルから離れ、俺に詰め寄るヘスティア様。大声を上げたから他の神達にも聞かれたようだ。

 

『フレイヤ様の『魅了』を無効化するだと?』

『ハッタリか?』

『だがあの様子、本当に『魅了』されていないようだぞ』

『どこの【ファミリア】の子だ?』

 

「あの、ヘスティア様。さすがにそれはお答えできません……」

 

「そこを何とかっ!」

「こればかりは土下座されても無理です。ですからここで土下座はやめてくださいね」

「なっ! よ、読まれただと!?」

 

 あ、本当にやるつもりだったんだ……。

 

 それでも土下座しようとするヘスティア様をベルが必死に止めにかかる。土下座を教えたタケミカヅチ様も加わった。

 

「まあ『魅了』がなくてもあの女神様には魅入ってしまいますけどね」

「さすがオレの子。わかっているじゃないか!」

 

『ヘルメスの子だと?』

『じゃああれが【シャドー・デビル】か!』

『うん、【シャドー・デビル】ならありえるな』

 

 ……神達の間で俺の認識はどうなっているのだろうか?

 

「ガネーシャの『宴』から続いて2回目……フレイヤがこうも(おおやけ)に顔を出すなんて、本当に珍しいわね」

「ど、どういうことですかっ?」

「普段フレイヤ様は『バベル』の最上階にいて、人前には全く出てこないんだよ。男神の中には彼女を拝みたいがために、一縷(いちる)の望みを賭けて『宴』へ足を運ぶやつ等もいるくらいだ」

「まあ、『美の神』が普段から出歩いていたら日常的にパニックが起こるだろうな」

 

 ヘファイストス様の呟きに、ヘスティア様を止めに入っているベルが聞き返し、ヘルメス様と俺が補足する。

 

 それにしても普段『バベル』の最上階にいる、か。じゃああの奇妙な視線はフレイヤ様のものなのだろうか? 以前から2週間に1回くらい感じる視線があった。殺意でも好意でもない、ただの視線。……どうでもいいけどその視線の主がフレイヤ様だったらすごく視力が良いんだな。

 

そんな事を考えているとフレイヤ様がこちらに歩いてきていた。その視線の先には……ベル?

 

「来ていたのね、ヘスティア。それにヘファイストスも。神会(デナトゥス)以来かしら?」

「元気そうで何よりよ」

「っ……やぁフレイヤ、何しに来たんだい?」

 

 挨拶するフレイヤ様にヘファイストス様が挨拶を返す隣で、ヘスティア様は土下座の構えをやめ、威嚇するように立ち上がった。

 

「別に、挨拶をしに来ただけよ? 珍しい顔ぶれが揃っているものだから、足を向けてしまったの」

 

 そう言ったフレイヤ様は、男神達に流し目を送る。その視線にヘルメス様はデレデレし、タケミカヅチ様は「おほん」と咳払いをし、ミアハ様は「今宵もそなたは美しいな」と褒めた。タケミカヅチ様は赤面していたことを付け加えておく。

 

アスフィさんの教え、『万が一『美の神』が現れ、ヘルメス様がデレデレし出したら蹴りを叩き込みなさい』の下、先程よりも強い蹴りをヘルメス様の足に叩き込む。

 

「ぐあっ!?」

「ヘルメス様、すいません。これもアスフィさんに言われたことなんです」

「い、いやいい。後でアスフィとじっくりと話し合うから。ただ今のはシャレにならなかった……!」

 

 再びフレイヤ様に視線を戻すと、彼女はすっとベルに手をさしのべ、その頬を撫でる。

 

「──今夜、私に夢を見させてくれないかしら?」

「──見せるかァ!!」

 

 フレイヤ様の問いかけとほぼ同時にヘスティア様が吠えた。その手をはたき落とし、ベルを庇うようにして立つ。そして、そのままベルへの文句へ。

 

「君もなに赤くなっているんだベル君!?」

「ごっ、ごめんなさいぃっ!?」

「いいかい、この女神は男を見れば手当たり次第ペロリと食べてしまう怪物(ドラゴン)みたいなやつなんだ!! (きみ)みたいな子がぼーっとしていると一瞬で取って食われるぞ!?」

 

「はいぃっ……!!」

 

 俺の脳裏に蠱惑的に微笑む竜と、それに魅入る兎が浮かぶ。……あながち間違っていないだろう。

 

「あら、残念。ヘスティアの機嫌を損ねてしまったようだし、もう行くわ。それじゃあ」

「ちょっと待ってくれ、フレイヤ様」

 

 踵を返そうとしたフレイヤ様をヘルメス様が止めた。ん? 何か用件があったかな? というかいつ復活したんですか?

 

「この子が前に神会(デナトゥス)でも紹介したオレの自慢の子だ」

「……はぁ!?」

 

 ヘルメス様は手で俺を指し、紹介した。その行為に思わず変な声を上げてしまった。あろうことか、俺を紹介するためだけにフレイヤ様を呼び止めたの!? どんだけ俺を自慢したいんですか!?

 

「へぇ、この子が……」

 

 そう言ってフレイヤ様はじっくりと俺を見てくる。その舐めるような視線に戸惑うが紹介されたからには名乗らないわけにはいかない。

 

 意を決して1歩前に出ると……すっ、と後ろに控えていたオッタルさんがフレイヤ様の前に出た。

 

「オッタル?」

 

 彼の突然の行動に、フレイヤ様が疑問の声を上げる。

 

「……久しいな」

 

 オッタルさんの口から出た一言。それに全身の産毛が立った。

 

「おやトキ、【猛者(おうじゃ)】と知り合いなのかい?」

 

 ヘルメス様が尋ねてくる。跳ねる心臓をなんとか鎮め、答える。

 

「ええ、前にダンジョンで1度すれ違って──」

「それよりももっと前だ」

「なっ!?」

 

 その言葉に、今度こそ驚きの声を漏らした。

 

 もっと前。それは即ち6年前、俺がこの人を暗殺しようとした時だ。

 

「……覚えていてくれたんですか?」

「俺に傷を負わせたからな。印象深かった」

 

『!』

 

 その言葉に今度は会場全体が息を飲んだ。

 

『あの猛者(おうじゃ)に傷!?』

『おい、どんなことをすればそんなこと出来るんだよ!?』

 

「不意打ちで、しかもかすり傷1つしか付けられなかったんですが……」

 

 ざわめく会場に言い訳するように呟く。息を吐き、再び心臓を鎮める。

 

「……俺は、貴方に憧れて冒険者になりました」

 

『おおぉ』

 

 俺の言葉に会場が再びざわめく。隣でヘルメス様も驚いていた。この話はヘルメス様にはしたことなかったからな。

 

「それで? 冒険者になった貴方は今は何を望むの?」

 

 オッタルさんの後ろからフレイヤ様が声をかけてくる。

 

 目を閉じ、頭をキレイに、雑音を、余計なものを追い出す。

 

「……失礼を承知で申し上げるならば」

 

目を開き真っ直ぐに憧憬を見つめる。

 

「『猛者(あなた)』への挑戦を」

 

 会場の時が止まった。そう錯覚するくらいに静まり返った。

 

「……ふ」

 

 それを破ったのは。

 

「うふふふっ! あはははははっ!」

 

美の神(フレイヤ様)』の笑い声だった。片手を口元に持っていき、お腹を抑えて上品に笑う。

 

「ふふふっ。ヘルメス、貴方の眷族()、予想以上に面白いわね」

「い、いやオレもこれはさすがに予想外だったよ……」

 

  すいません、ヘルメス様。でもどうしても言いたかったんです。

 

「どうするの、オッタル? その子の願いを叶えてあげる? なんならアポロンに頼んで余興としてやらせてあげるわよ?」

「いえ、その必要はありません」

 

 俺の視線に真っ直ぐに答えてくれる。それがとても嬉しかった。

 

「今戦ったとしても勝負にならないでしょう。それはこの者が一番わかっております」

 

 そう、あの時は不意打ちだったから。夜の街だったから。だから傷を負わせられた。今どんなに挑んでも全く相手にならない。

 

()()まで上がって来い」

 

  目を見開いた。それはフレイヤ様にかけた言葉じゃなかった。俺への激励だった。

 

「その時はお前の願いを叶えよう」

 

 そう言ってオッタルさんは下がった。俺は無言のまま一礼した。

 

「それじゃあね」

 

 フレイヤ様はオッタルさんが戻ると今度こそ踵を返し去っていった。

 

「……今度ばかりは心臓が止まるかと思ったよ」

「すいません、ヘルメス様」

「いや、気にしなくていい。それよりも」

 

 俺に向き直るヘルメス様の顔は、遊戯を楽しみにする神の顔だった。

 

「期待してるよ、我が息子よ」

 

 肩を叩かれる。

 

「お任せください、我が神よ」

 

 今度はヘルメス様に一礼した。




……やってしまった~。というわけで(作者の中では)この章の一番、盛り上がる話でした。

次回を番外編を挟みます。番外編でありながら長編ってぶっちゃけどうよ? という感じなのですがリクエストをいただいたからには書きます。

……切りもいいですし、良いですよね?

ご意見、ご感想お待ちしております。

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