冒険者に憧れるのは間違っているだろうか   作:ユースティティア

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新章突入です。


戦争遊戯と洒落こもう
酔い


 オラリオの南のメインストリートは賭博場(カジノ)大劇場(シアター)、高級酒場などの店が集まった繁華街が主な特徴だ。昼よりも夜の方が騒がしいというこの区画の路地裏の一角に、真っ赤な蜂が目印の酒場がある。

 

焔蜂亭(ひばちてい)』というその酒場は、ベルと以前訪れた『豊穣の女主人』よりも少し狭く、小汚い印象だが、だからこそザ・冒険者の酒場という雰囲気がある。

 

『乾杯!』

 

 俺達はそんな酒場にてジョッキとグラスをぶつけ合う。ガチン! という音と共にジョッキの中の酒がこぼれた。

 

 グイッと一飲みし、ぷはーと息を吐く。ちなみに今日は少し挑戦して、店の名物の真っ赤な蜂蜜酒だ。紅玉(ルビー)色に輝くそれはダンジョンのモンスターが生み出したものを酒にしたとも、店の秘蔵の方法で加工されたものとも言われ、この酒の虜になって連日通ってしまうという人もけっこう多い。

 

「【ランクアップ】おめでとう、ヴェルフ!」

「これで晴れて上級鍛冶師(ハイ・スミス)、ですね」

「ああ……ありがとうな」

 

 ベルとリリの言葉に、対面に座るヴェルフは顔を弛め笑顔で答える。

 

 先日の中層での出来事でヴェルフは見事【ランクアップ】を果たした。それにともない彼の念願だった『鍛冶』のアビリティも発現したとのこと。

 

「これでヴェルフ様は、【ファミリア】のブランド名を自由に使うことができるのですか?」

「自由に、とはいかない。少なくとも文字列(ロゴタイプ)を入れられるのは、ヘファイストス様や幹部連中が認めたものだけだ。下手な作品を世に出して、ヘファイストス様(あの方)の名を汚せないしな」

「いや、ヴェルフの作品は間違いなく売れるぞ。元から良いものばかりだったからな」

「僕もそう思うよ」

「お前ら……」

 

 ヘファイストス様の名が出たからか謙遜するヴェルフに応援(エール)を送る。実際ヴェルフが作り出した作品は、元から中層でも通用するような良い物だった。『鍛冶』アビリティによって昇華されたそれらはより強力なものになる。

 更に【ランクアップ】したことがギルドによって発表されればその名前も広く広がるだろう。

 

「でもこれで……パーティ解消、だよね?」

 

 ふとベルが残念そうな声で呟いた。

 

 ヴェルフのパーティ加入の理由は『鍛冶』アビリティの入手だ。それが叶ったのならもうパーティにいる理由がない。

 ショボくれた顔をするベルと困った顔をするリリに、ヴェルフは手で頭をかく。

 

「そんな捨てられた兎みたいな顔するな。お前達は恩人だ。用が済んで、じゃあサヨナラ、なんて言わないぞ」

「えっ……」

「呼びかけてくれればいつでも飛んで行って、これからもダンジョンにもぐってやる。だから心配するな」

 

 そうヴェルフが言うとベルは嬉しそうに笑った。景気にもう一度乾杯する。

 

「それにしても、ヴェルフ様がパーティに加わって二週間……【ランクアップ】するのもあっという間でしたね。リリはもっと時間がかかると思ってました」

「お前達と組むまで、それなりに修羅場はくぐってきたつもりだからな。確かにここまでくるとは俺も思ってなかったが……『中層』で5回は死にかけたし、な」

「ならこれからも覚悟しておいた方がいいぞ。なんてたってベルはトラブルメーカーだからな」

「もう、まだ言うの!?」

「冒険者になってミノタウロスに追いかけられ、怪物祭(モンスターフィリア)でシルバーバックを倒し、ミノタウロスを倒して【ランクアップ】。さらに『中層』での事件をプラスしてこれで2ヶ月しか経ってないんだぞ? 明らかなトラブルメーカーだろ」

「なんでトキが怪物祭(モンスターフィリア)のこと知ってるの!?」

「おいおい、俺の家は東のメインストリートの近く。ダイダロス通りは近所だぞ? 一時期お前は有名だったんだからな。『街角の英雄』として」

「街角の、英雄……!」

「トキ様、その話を是非聞かせてください!」

「俺も興味あるな」

「ああ、いいぜ」

 

 次々と運ばれてくる料理を口に運びつつ、俺達は様々な話をした。酒にあまり強くない俺だが今日ばかりは無礼講だ。

 

「ベルは【ランクアップ】しなかったのか?」

「うん、僕はまだ」

「ヴェルフ、さすがに半月はないだろ。……ないと、いいな」

「Lv.1とLv.2では獲得する【経験値(エクセリア)】の基準も、【ランクアップ】に必要な総量も違うでしょうが……まぁ、最後の戦闘に限っては、ほぼトキ様の総取りでしょうからね」

「そうそうトキ、お前はどうだったんだ?」

「俺はその前に【ランクアップ】してたから」

 

 ああ、と全員がなんとも言えない顔をする。

 

 確かにあの戦闘で俺はあのゴライアスに執拗に『的』にされた。しかしその前に【ランクアップ】し、Lv.3となった俺は基礎アビリティこそ膨大に上がったもののそれ以外に特に変わった点はなかった。……いや、Lv.3にもなって熟練度上昇トータル600オーバーとかふざけてるとしか言い様がないんだけど。

 

「結局、何だったんだ、あのゴライアスは?」

異常事態(イレギュラー)としか言い様がありませんが……間違いなく前代見聞でしょう、安全階層(セーフティポイント)に階層主が産まれ落ちるなんて」

能力(ちから)も普通のやつより上だったんだろ? 上級冒険者が虫みたいに吹っ飛んでたぞ。あんなことがこれからも続くようなら、命がいくらあっても足りない」

「ダンジョンの生態が変わった……とも言えなくもないがそれだったら他のモンスターが安全階層(セーフティポイント)に産まれ落ちても不思議じゃない。だけど聞いた限りだとそんな話はないからな……」

 

 う~んと頭を捻るがこれだ、という意見が思いつかない。しかしチラリと頭を過ったのは……『怪人(クリーチャー)』レヴィスと『強化種』である食人花。だけどこれも何か違う……ような気がする。

 

「ヘスティア様は何か知っていたようでしたが……」

「いや、ヘルメス様がヘスティア様の所為じゃないって言ってたぞ?」

「え、そうなの?」

「ああ」

 

 しかし神達がダンジョンについて何か知っているのは間違いないようだ。まあ、口出ししたら絶対厄介な事に巻き込まれるのだろうけど。

 

「ま、これ以上は話してもしょうがないか……世間の方は今どうなっているんだ?」

「ギルドが真っ先に箝口令を敷きましたから、都市や冒険者の間で目立った混乱はないみたいですね。詳細を知っているのは、当事者であるリリ達だけでしょう」

「絶対口外するな、って徹底されたし……」

罰則(ペナルティ)も厭わない、って確かに鬼気迫っていたな、ギルドの連中は」

「18階層の『リヴィラの街』は既に機能を取り戻してるって。ダンジョンもあれから変わったこもないそうだ」

 

 ちなみにこの情報、昨日夜に訪ねてきたボールスさんの使いという人から聞いた。何でもゴライアス戦における俺の采配に目をつけたらしく、これからの階層主討伐の際に指揮をとって欲しいとかなんとか。気が向いたら行きます、とだけ言っておいたけど。

 

 それよりも……さっきからこちらを見ている視線、もとい殺気が非常に気になる。ちらりとその殺気を辿ってみて……見ないことにした。うん、せっかくの祝いの席なんだ。余計なゴタゴタは避けるに限る。

 

「そういえば、ベル様達は大丈夫なのですか? ギルドに言いがかりをつけられて、罰則(ペナルティ)を課せられたと聞きましたが?」

「あー、うん……」

「まあ、な……」

 

 リリの言葉にベルの顔が曇った。俺の顔もそんな感じだろう。

 

「罰金の額はおいくらだったんですか?」

「えっと……【ファミリア】の資産の、半分」

「……キツイな」

「むしろ、僕達の方はまだマシだったよ。それよりトキ達の方は……」

「……額は言えないがベル達の数千倍とだけ言っておく」

「うわぁ」

 

 リリとヴェルフの同情の眼差しに心が痛む。

 

 それからしばらく料理に舌鼓を打ちながら会話を楽しんでいると、リリが何やら暗い表情をしていた。

 

「リリ……大丈夫?」

「あ、すいません、ぼーっとしてました」

 

 誤魔化すように笑うリリに思わず半目になる。

 

「ベル様も、先日の事件で随分株が上がったことだと思います。少なくともあの戦いに参加した冒険者達には、認めてもらったのではないでしょうか?」

「う、うん」

 

 リリの様子にベルとヴェルフと目を合わせる。今は探っても無駄だろう、という二人の意見にとりあえず追求しないことにした。

 

 ふとジョッキの中を見てみると酒がなくなっていることに気がついた。ジョッキをテーブルに置き店員を呼ぼうとした時だった。

 

「──何だ何だ、どこぞの『兎』が一丁前に有名になったなんて聞こえるぞ!」

 

 そんな大声が店中に響いたのは。




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