冒険者に憧れるのは間違っているだろうか 作:ユースティティア
ベルside
テントを飛び出す。ダンジョンとは思えない光景も今は気にする余裕がなかった。
17階層でゴライアスに吹き飛ばされ、この18階層に辿り着いた。目を開けるとそこにアイズさんがいて、彼女にまた助けられたんだって実感した。
最初はアイズさんにまた会えてとても舞い上がっていた。けどアイズさんが言った一言で心臓を抉られたような感覚に襲われた。
『
2人。けど僕達は全部で4人だった。恐る恐るアイズさんに聞いてみた。
『あの、トキはどこですか?』
その質問にアイズさんは首を傾げながら答えてくれた。
『君達は3人だったよ?』
3人。つまり、トキはここにはいない。
その結論に達した時、体がまともに動かないのも気にせず、立ち上がった。アイズさんに責め立てるように17階層に向かう連絡路の場所を聞き、それに向かって走る。
-頭に浮かぶのは最悪のイメージ。倒れ伏したトキの姿。その体からまるで水溜まりのように鮮血が広がっていく。
何度も頭を振り必死にそのイメージを振り払おうとする。けれども頭にこびりついているかのようになくならない。
──あり得ない。トキに限ってそんなことはあり得ない。僕よりも強くて賢い彼が死ぬなんて絶対にあり得ない!
歯を食い縛り、体を動かす。こんなにも体が重いと思ったことは初めてだ。
ようやく辿り着いた連絡路を一気に駆け上がる。体中が熱い。それでも走ることをやめなかった。
一層分の連絡路がとても長く思えた。
ようやく登りきり、まず目に飛び込んできたのは広大なルームの入り口を塞ぐようにそびえ立つ氷壁。15Mはあるそれから視線を下に移す。
そこに、トキはいた。
モンスターの死骸と思われる灰を体に被り、力尽きたようにうつ伏せで倒れていた。脳裏に先程の最悪のイメージが強く現れた。
「トキッッ!」
足をもつれさせながらも必死に駆け寄る。トキの近くに寄りその体をひっくり返す。心臓の位置に耳を当てその鼓動を聞き取ろうとする。
トクン、トクン。
確かに聞こえた。でもとても弱かった。
痛む体に鞭打ち、トキの体を抱える。力が抜け、その全体重が僕にかかるがそんなことはどうでもよかった。
急いで来た道を戻る。連絡路を降りたところで僕を追いかけて来たであろうアイズさんに鉢合わせた。
「アイズさん、トキを、トキを助けてくださいッ!」
僕の必死の形相と抱えられているトキを見たアイズさんは一瞬目を見張った後、
「君はテントにその子を連れていって。私はリヴェリア達を呼んでくる」
と言ってそのまま駆け出していった。
言われた通りトキをテントまで運び、僕が寝ていた布団にトキを寝かせる。
ちょうどその時、アイズさんと翡翠色の髪をしたエルフの女性がテントに入って来た。エルフの人はすぐにトキを診察した。
「右足の骨折が一番酷いな。両腕も捻挫している。打撲も数ヵ所。おまけに
彼女の口から出るトキの症状は絶句するほど悲惨だった。同時に、故意ではないとは言えトキを一人見捨てた罪悪感が僕の胸に積もる。
エルフの人は小さく詠唱するとその手に翡翠色の光を灯し、トキを治療していく。
「アイズさんっ、トキが運ばれて来たって本当ですか!?」
そこに山吹色の髪をポニーテールに纏めたエルフの少女、レフィーヤさんがテントに入って来た。彼女は寝かされているトキを見ると言葉を失い、直ぐ様駆け寄るとトキの治療に加わった。
「ベル」
横にいたアイズさんに名前を呼ばれた。いつもなら飛び上がるくらい嬉しいのに今は何も感じなかった。
「フィンに……私達の団長に、連絡するように言われてるから、一旦付いてきて?」
「でも……」
「それに、ここにいてもリヴェリア達の邪魔になる」
アイズさんの言葉を聞き、しぶしぶながら立ち上がる。
テントを出て、初めて18階層の様子をまじまじと見た。だけど心打たれるはずのその光景を目にしてもちっとも感動できなかった。
その後、【ロキ・ファミリア】の団長、フィンさんに会っても、第一級冒険者であるヒュリテ姉妹に声をかけられても、緊張こそすれ心が晴れることはなかった。
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階層の天井にある夥しい量の水晶の光が弱くなり、夜がやってきた。
アイズさんから聞いた話だと、この階層は天井にある水晶の光量が時間によって昼夜に分かれるという。
それでも僕は片時も仲間から離れなかった。
トキの治療もだいぶ前に終わった。幸い命に別状はないが怪我が酷く、
治療の後、僕はレフィーヤさんに謝った。すると。
『貴方が謝る必要はありません。無茶をしたのはトキ自身ですから。だから貴方を恨んだりしません』
その目に涙を溜めながら言った。彼女もこのテントに残っている。
正直、糾弾してくれた方がよかった。僕がしっかりしていれば。あの時トキと一緒にリリを助けに行けば。後悔ばかりがつのっていく。
「んっ……」
その時、ヴェルフが呻いた。同時に身動ぎをする音も聞こえる。
「……どこだ、ここは」
「ベル様……?」
二人が目を覚ました。少しだけ胸のつっかえが取れた気がした。
「リリ、ヴェルフ、大丈夫? 僕のこと、わかる?」
「リリが、ベル様のお顔をわからないだなんてこと、ありえません」
「あー……リリスケの減らず口が聞こえてくるようなら、俺も問題ないな。よっ、ベル」
目を覚ました二人に現状の説明をする。そして……まだ目覚めていないトキに目が移った。
助けてもらったリリは特に罪悪感が強いのか、今にも泣きそうだったがレフィーヤさんが僕と同じことを言うと顔をうつむかせた。
「……食事の用意ができたけど、大丈夫?」
そう言ってアイズさんがテントに入ってきた。僕は慌てて立ち上がりお礼を言う。
トキの事も心配だったけどお世話になっているからどうしようと悩んでいると
「貴方達は食事に行ってきて。トキは私が見てるから」
とレフィーヤさんが言った。少々渋ったが彼女の決意は固いらしく、半ば追い出されるようにテントを出ていく。外に出る時、彼女の横顔が泣いているように見えた。
気持ちが落ち着いたのか食事をとっているときは沈んだ気分にはならなかった。初めて食べる果実の甘さに吐き気を催したり、アイズさんと明日街に行く約束をしたり。
楽しいけれど、やっぱりどこか冷めた自分がいた。
その時だった。
『誰かっ、ベル君を知らないかっ!?』
聞こえてくるはずのない声が聞こえてきた。リリと顔を見合わせ、アイズさん達に断りをいれて声が聞こえてきた方向に走った。
そこにはここにいる筈のない人がいた。その人……神様は僕を見つけるとこちらに走ってきて、僕の腹に頭突きをかましてきた。
「ベル君!!」
「ごふぅ!?」
咄嗟に片足を引き、神様を受け止める。こんな時にトキとの訓練が役にたった。
神様は僕の体にペタペタと触れ、頬をぐにっと引っ張る。その顔はとても心配そうな表情だったが僕が無事だとわかると顔を綻ばせた。
僕に抱きついた神様をリリが引き剥がす。【ステイタス】がある分リリの方が力が強い。まさに幼女が幼女に引きずられていく光景だ。……二人とも僕より年上だけど。
「クラネルさん、無事でしたか」
「え……リュ、リューさん!? どうしてリューさんまで……」
「とある神に、
彼女が視線を移した先には一人の男神様がいた。こちらに気がついたのか彼はゆっくりと僕に近づいてくる。
「君が、ベル・クラネルかい?」
「は、はい」
「ああ……会いたかったよ」
その声には何やら色々な意味が含まれていた……ような気がする。
「オレの名はヘルメス。どうかお見知りおきを」
「ヘルメス、様……!」
その名前を僕は知っていた。そう、目の前にいる男神様こそがトキの主神。きっと彼を探しにここまできたんだろう。そう思うと再び胸が苦しくなった。
「それで、トキはどこかな?」
神様達を僕達が使わせてもらっているテントまで案内した。中には、寝ているトキとその側にいるレフィーヤさんがいた。
ヘルメス様はテントに入るとトキの様子を確認して安堵の息をついた。
「えっと、貴方は?」
「ああ、オレはヘルメス。君がレフィーヤちゃんかい?」
「は、はい」
「そうか。いつもトキが世話になってる。ありがとう」
「い、いえ。こちらこそ。トキにはいつも迷惑ばかりで……」
「そうかい? 君のことを話すトキはとても楽しそうだったよ」
……トキ、今寝ていてよかったかもしれない。僕だったら羞恥心で死にたくなる。
「さてと、ちょっとトキを起こすから少し離れてくれ」
ヘルメス様は突然そんなことを言った。
「え、でも数日は起きないって……」
「ああ、大丈夫。トキを1発で起こす方法があるんだ。アスフィ、よろしく」
ヘルメス様が呼ぶと純白のマントを纏い、眼鏡をかけた女性の冒険者が前に出てくる。彼女は溜め息をついた後、眠るトキを睨んだ。
瞬間、トキは弾かれるように飛び起き、女性の冒険者目駆けていつの間にか出したナイフを振り上げる。それに女性の冒険者は慌てることなくナイフを持つ腕を掴んだ。
「やあ、おはようトキ」
ギリギリと腕を押し合う二人の横からヘルメス様が声をかけた。
トキは2、3度パチパチと瞬きすると顔をずらし、ヘルメス様の方を見た。
「……おはようございます、ヘルメス様」
続けて正面に顔を戻し、女性の冒険者を見る。
「……おはようございます、アスフィさん」
「おはようございます。とりあえず腕を下ろしてください」
「……わかりました」
寝起きだからかぼーっとした表情で腕を下ろす。そして辺りをキョロキョロとして……頭が覚醒したのか目をカッと見開き、ヘルメス様の方向を向いた。
「なんでヘルメス様がダンジョンにいぐごはっ!」
……言い切る前に倒れた。
「な、なんだこれっ。体中が痛い!」
……とても元気そうだ。
トキが落ち着いたところで現状の説明。そして、謝罪した。
「ごめん、トキ。トキを見捨てるような形になっちゃって」
「申し訳ありませんでした。リリを助けるためにあんな……」
「肝心なところで助けられなかった。すまん」
「いや、別に気にしてないよ」
僕達の謝罪をトキは何でもないように返した。
「あれは俺が勝手にやったことだ。お前らが気にすることじゃない」
「でも……」
「どうしても気になるなら地上に戻る時に俺の分まで働いてくれ。こんな体だしな」
笑顔で返されて一気に毒気が抜けてしまった。
その後レフィーヤさんにひとしきり泣かれた後、ヘルメス様はフィンさんに話をつけると言ってテントを出ていった。代わりに入って来たのは……13階層で見た冒険者達だった。
「──申し訳ありませんでした」
眼前で土下座する少女に僕と神様、そしてレフィーヤさんに支えられているトキがおおっ……!? と戦慄する。これが、
「いくら謝られても、簡単には許せません。リリ達は死にかけたのですから」
「まぁ、確かにそう割り切れるものじゃないな」
その光景を見ても、リリとヴェルフは気圧されながらも【タケミカヅチ・ファミリア】の3人を睨む。
とりあえず土下座をした少女、命さんに土下座を解除してもらい話を続ける。
「あの、その、本当に……ごめん、なさい……」
「リリ殿達の怒りはもっともです。いくらでも糾弾してください」
目を前髪で隠している少女、千草さんがおどおどと謝り、命さんもきっぱりと謝意を見せる。
「あれは俺が出した指示だ。そして俺は、今でもあの指示が間違っていたとは思っていない」
すると巨漢の男性、桜花さんが前に出る。
「……それをよく俺等の前で口にできるな、大男?」
それを聞いたヴェルフが桜花さんを睨む。一触即発の空気に咄嗟にトキの方を見て……ある考えが浮かんだ。
「じゃ、じゃあさ桜花さん達の判決はトキにやってもらわない?」
「おい、そこで俺に振るか」
「だってトキは僕達の中で一番怪我が酷いしある意味一番の被害者でしょ? 僕達のパーティのまとめ役だし」
それにトキなら落とし所をきちんとつけてくれるハズだ……!
僕の提案にリリとヴェルフが頷く。全員の視線がトキに集まった。
「はぁ、まあいいけど。個人的な意見を言わせてもらえば桜花さんの指示は間違っていないと考えている。パーティを管理する身から言わせてもらえばあの指示は最善だった」
一旦言葉を区切りトキはさらに続けた。
「まあそれで片付けるとリリ達が気が済まないだろうし、何より命さん達が納得しないだろう。だから今回の事は【タケミカヅチ・ファミリア】への貸しにしておく」
「貸し?」
「しかもただの貸しじゃない。大きな貸しだ。俺達が頼んだらそれこそ馬車馬のように、命をかけて働いてもらう。それでいいか?」
「……トキ様がそうおっしゃるなら……」
「……割り切ってはやる。だが、納得はしないからな」
「ああ……それでいい」
うん、さすがトキだ。こういう時はやっぱり頼りになる。
「やぁ、帰ったよ。【ロキ・ファミリア】には話をつけてきた」
ちょうどその時、ヘルメス様と【ヘルメス・ファミリア】の団長、アスフィさんが戻ってきた。
「あ、二人ともお帰りなさい。こっちもちょうど終わったところです」
「そうか。それじゃあ今後の予定について話し合おう!」
アスフィさんの話によれば【ロキ・ファミリア】は2日後にこの18階層を出発するとのこと。
1日暇になるから18階層を観光しよう、という話になった。……トキは怪我が酷いから留守番だけど。そのことを言うとトキは。
「じゃあ明日はレフィーヤと1日イチャイチャしてるよ」
と照れながら言った。それを聞いたレフィーヤさんも真っ赤になる。……二人とも照れるなら言わなきゃよかったのに。
話し合いはスムーズに進み、解散になった時にふと今まで胸に引っ掛かっていたことを思い出し、トキに聞いてみた。
「ねぇトキ、ゴライアスはどうしたの? 僕がトキを見つけた時にはいなかったけど」
その後のことはトキのために言わないでおく。ただ結果的にトキはレフィーヤさんとアスフィさん、二人に説教をもらい、心身ともにボロボロになったと言っておく。
Sideout
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