冒険者に憧れるのは間違っているだろうか 作:ユースティティア
もう何合打ち合っただろうか。肩で息をするベルはふとそんなことを思った。
息は上がっているのに、依然として頭も鮮明なままだし、体も軽いままであった。
対するミノタウロスも息が上がっていた。体格では圧倒的に有利なはずであるのに。何故か攻めきれない。そのことがミノタウロスの中で徐々に焦りとなり積もっていた。
そして、それがついに決壊した。
『ヴォオオオオオオオオオオオオオオオッ!』
渾身の一振り。
(来たっ!)
それをベルは敢えて《バゼラード》で逸らした。その衝撃で《バゼラード》が破壊される。髪を薄く切り、ミノタウロスに肉薄する。煌めく《ヘスティア・ナイフ》。己に決定打を与えるであろうその武器をミノタウロスは臆病なまでに警戒していた。故にそれを叩き落とそうと頭を振る。
(かかったッ!)
ミノタウロスに向けていたナイフを、大剣を握る腕へと向ける。
「ふッッ!!」
そのまま手首に深々と、突き刺し、一捻り。そのまま切り飛ばす。
『ゴ、ォオオオオオオオオオオオオッッ!?』
ミノタウロスの悲鳴を無視し、その体を使って跳躍。空中を回る大剣を掴みとる。
『相手が装備している武器は奪えば相手は武器を失うのと同時に自分の武器になる。相手に有効打を与えられるものもあるから覚えておいて損はない』
大剣を取り返そうとミノタウロスが吠える。
一方、ベルは大剣を構えるが使ったことのないそれに一抹の不安を覚える。故に駆け出しながら、
「【ファイアボルト】!」
牽制を放つ。ベルの目の前から炎の雷が走る。
魔法は本来、どこから発生するか決まっていない。ベルの【ファイアボルト】がその手から発生するのはベルが無意識にそれを癖にしているからだ。その癖は初めて魔法を使った時、腕を伸ばして発動したため、そのイメージが定着してしまった。
それに気づいたトキはその癖を矯正するべく訓練を施した。まだ違和感はあるが両手が塞がっている時などは非常に有効だ。
魔法によるダメージに大剣を奪還しようと前に出たミノタウロスがのけ反る。
「あああああああああああああああああああッッ!」
ザンッとさらに大剣による追撃。
『ヴグゥッッ!?』
ミノタウロスの筋肉の鎧に鮮血の線が走る。流れが完全にベルへと向いた。
「んのぉおおおおおおおおおおお!!」
一心不乱に大剣を振る。お世辞にも上手いとは言えない剣さばき。大剣の重量に完全に体が振り回されている。だがそれでもベルはこの好機を逃さなかった。
一方、ミノタウロスは流れを完全に持って行かれ、それに動揺していた。急激に変わった戦況に頭がついていかず、防御行動を取ることができない。半端な知性がこのままでは勝てないと告げる。
『ゥォオオオオオオオオオオオオッ!!』
その考えが失われていた獣の本能を呼び覚ました。
これ以上後退はしまいと足を踏ん張り、負けるかと剛腕を振る。
「『────────────ァッッッ!!』」
一人と一体の叫びが空気を叩きルーム全体に響く。
獣の一撃を人間の技術で押し返す。人間の技を獣の本能で弾き返す。互いにもつれ合うように攻撃を繰り出す。後のことなど考えず体力の一滴まで絞るようにぶつかり合う。
決着が近いことを誰もが感じとっていた。
「うああああああああああああああっ!」
『ヴゴォッ!?』
ベルの全身を利用した回転切りがミノタウロスの腹部を捉えた。刃は途中で止まり、そのまま横へ吹き飛ばされる。
ビキリ、と大剣が悲鳴を上げるのをベルは確かに耳にした。
『フゥーッ、フゥーッ……!? ンヴゥウウウウウオオオオオオオオオオオオッ!』
離れた距離はおよそ7M。ミノタウロスはつけられた数多の傷を無視し、両手で地面を踏みしめる。頭を低くし、逆に臀部を高く上げる。
それはミノタウロスが追い詰められた時にとる構え。最大の武器である角とその筋力を利用して生み出される瞬発力によるミノタウロス最後の奥の手。まともに食らえばミノタウロスの格上とされるLv.3でも一撃で倒す強力なチャージタックル。
助走は少し足りないが、それでもこの距離なら3分の2の威力は出る。追い詰められたミノタウロスの最後の一撃。
そのことを感じたベルは静かに大剣を構える。
『相手が大技を繰り出す時。それは相手が追い込まれた証拠だ』
あらゆる場合を想定していた親友の指導に内心苦笑しながら力を溜める。
ベルとミノタウロス。互いの眼光が重なりあう。
そして。
「ああああああああああああああああああああああああああッッ!!」
『ヴヴォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!』
正面から突っ込む。
「馬鹿がッ!」
「駄目です、ベル様ぁ!?」
ベートが罵声をリリが悲鳴を上げる。その瞬間。
「【ファイアボルト】!」
ベルの眼前から炎雷が放たれる。
『そんな時こそ裏をかけ』
放たれた炎雷はミノタウロスの顔に命中し、突進の勢いと僅かに落とし、発生した煙がその視界を一瞬封じる。
関係ないとばかりに煙を振り払うミノタウロス。だが煙を抜け出した眼前には大剣の刃が迫っていた。
『ヴヴッ!?』
大剣が角にかち合い刃が砕ける。だが、持ち主であったベルの姿を完全に見失った。
『体が大きい者は視野が高くなるがその分死角も多くなる。一瞬姿を消すだけで決定的な隙を作ることだって可能だ』
大剣を囮とし、ミノタウロスの懐に潜ったベルは足に急ブレーキをかけ、大剣によって生み出された傷を《ヘスティア・ナイフ》でえぐる。
『ヴオッ!?』
腹部の痛みに下を向き、仇敵の姿を見つけたミノタウロスはその剛腕で叩こうとする。
その前にベルの砲声が響く。
「ファイアボルト!」
《ヘスティア・ナイフ》を通じ、全身を炎雷が駆け巡る。ミノタウロスの胸部が膨れ上がる。口からは炎が吐血するように漏れていた。
「ファイアボルトォッ!」
さらに砲声。ミノタウロスの上半身が風船のように膨れ上がる。
『グッ……ォオオオオオオオオオオオオッ!?』
それでもなお拳を振り下ろす。剛腕によって繰り出された拳は容易くベルの頭蓋をかち割るだろう。だが、ベルの方が一瞬速かった。
「ファイアボルトォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!」
爆散する上半身。断末魔の声を上げ、散るミノタウロス。
血肉が炭化し、黒い雪のように降り注ぐ。ミノタウロスの下半身が崩れ、灰となった。黒い雪が積もる中、ひときわ大きな物体、魔石が地面に突き刺さった。
「勝ち、やがった……」
ベートが呆然と呟く。畏怖さえも覚える目の前の光景に体が熱くなる。
「……
「た、立ったまま気絶しちゃってる……」
《ヘスティア・ナイフ》を振り抜いた体勢のまま気絶したベルにアマゾネスの姉妹も唖然と呟いた。
まるで物語のワンシーンのような光景に誰もが棒立ちとなる。そんな中で一番早く動いたのはトキであった。ゆっくりとベルに歩みよる。
「ベル様……ベル様ぁっ!」
しっかりとした足取りでリリもベルに駆け寄る。
リリがベルにすがり付く中、トキは影からマントを取りだし、ベルの背中、剥き出しにされている【ステイタス】を隠すように被せる。
「……お疲れ」
囁くようにベルを労い、ベルに肩に腕を回す。だが、それでは移動しにくいだろうと思い至り、しゃがみこむ。
「リリ、ベルを背中に乗せるのを手伝ってくれ」
「は、はいっ」
リリの力を借り、ベルを背負い立ち上がる。
「リリ、自分で動けるか?」
「だ、大丈夫です。それよりもトキ様、ベル様はっ」
「外傷は思ったよりも少ない。バベルに運んで寝かせてもらおう」
「待てよ」
歩き出そうとするトキをベートが止めた。
「そいつの【ステイタス】を見せろ」
「お断りします」
突然の命令にトキはまるで予想してたかのように端的に断る。
「おいベート」
「お前らは気にならないのかよ。そいつの【ステイタス】が」
リヴェリアの咎める声にベートが反論する。内心、ドキリとする【ロキ・ファミリア】の一部の面々。
「気にはなりますが見せる訳にはいきません。俺はこいつの…………パーティメンバーですから」
一瞬、答えに間があった。表情を鎮め、そのままベート達の横を通り過ぎる。
「名前は?」
今度はフィンがその歩みを止めた。半目でしかし真剣な眼差しでトキに問う。
「彼の名前は?」
その言葉に今度は誇るかのようにトキは答えた。
「【ヘスティア・ファミリア】所属、ベル・クラネル」
それだけ答えると今度こそトキはリリを伴い、歩き去っていった。
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ベルをギルドに送り、ヘスティアに説明をしたトキはそのまま治療施設を後にした。
しかし出口を出た後、立ち止まりバベルを見上げる。
(もし、俺が同じような状態だったらベルのように立ち向かえたか?)
その自問に頭を振る。
(無理だな。簡単に諦めるだろうな)
トキは自分のために本気で戦ったことが1度もなかった。死力を尽くすのはいつだって他人のため。逆に言えば他人に理由を求めていた。
「やっぱりすごいな、お前は」
ここにはいない相棒に向かって呟く。
もう帰ろうとしたその時。
「あ、いた~! トキくーん!」
トキの担当ギルド員、ミィシャがこちらに近づいてきた。
感傷に浸っていたトキは正直なところ誰とも話したくなかった。
「ミィシャさん、すいません今日は……」
「お願い、仕事手伝ってっ!」
そんなことお構い無しにミィシャに手を取られる。
「はい?」
「『
走りながら有無を言わさず頼みごとをするミィシャ。そういえば『
「あのミィシャさん、今日は──」
「いいからっ!」
何も言い返せず、トキはそのままギルドに引きずられていった。
これにて原作3巻の話は終了です。ですがこの章はもう少しだけ続きます。
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