冒険者に憧れるのは間違っているだろうか 作:ユースティティア
レフィーヤside
「レフィーヤ、そろそろ行くよ?」
「はい、すぐに行きます」
いつも通りに起きて準備し、朝食をいつもより早めに摂って出発まで瞑想をする。これは3年前からやり始めたことだ。瞑想することで精神を安定させ、僅かな緊張感を持ちつつ自然体でいる。昔からドジな私は遠征前になるといつも緊張のしすぎで何かしらの失敗をしていまう。
そんな私がこうしていられるのもトキのおかげだ。緊張し過ぎることはあまりよくないが、緊張感が無さすぎるのもダメだと言う。だから瞑想でもして気分を落ち着けつつ、緊張感を持ったらどうだ? と言われ実践している。おかげで失敗の数が減った。
「……//」
そこまで考えて私は顔が熱くなった。思い出されたのは昨日の夜のこと。トキの家を出る前、彼にく、口づけされたことだ。見送りはいらない、と言った。見送りに来てもらうと、うれしいだろうけど緊張感が抜けてしまう自信がある。だからいつも見送りは断っていた。
だから前日に激励をもらうのは私にとっていつものことだった。そ、それでも……あれは、反則だ。ファーストキスだったのに。あんな不意打ちで。ちょっと痛かったし。
「レフィーヤ、先に行ってるよー?」
「あ、はい、すぐに行きますっ」
思考を切り替えて荷物を持つ。今回挑むのは未到達領域である59階層。失敗は少なく、常に余裕を持つ。
私は部屋を後にした。
Side out
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俺はベルとリリとともにダンジョンに来ていた。ひさしぶりでなんだか懐かしささえ感じた。原因はやっぱりベートさんだ。次に機会があったら絶対殺そう。
ベルとリリともひさしぶりにパーティを組む。いつも通りの時間に中央広場で待っていると、ベルとリリがお互いの装備を交換して現れたのは若干驚いたが。
訳を聞くと【ソーマ・ファミリア】の団員達にリリの存在を突き止めさせないためだとか。変身魔法によってリリは
これだとリリの借りが増える一方のようだが、本人は本気で一生を使って返していくらしいので気にしていないのだとか。……冗談半分で言ったとか言えなくなった。
「そう言えばそろそろ【ロキ・ファミリア】が遠征に出発する頃だな」
影から懐中時計を取りだし、時間を確認する。……そう言えば昨日、見送りはいいと言われたがダンジョンで正規ルート上にいれば鉢合わせてしまう。……何とかして外れなければ。
「もうそんな時間かぁ……。あれ? トキ、レフィーヤさんの見送りはよかったの?」
「ああ本人からいらない、って言われた」
「そうなんだ」
「ベル様っ、レフィーヤ様とは一体どなたですかっ?」
女性の名前を口にしたベルにリリが反応した。
「トキの彼女だよ」
そんなリリの心境を知ってか知らないでか、ベルは事実を口にする。
「本当ですか、トキ様っ?」
「まあ、一応。ロキ様には許可もとってあるし、ヘルメス様は……許可とらなくても大丈夫だろ」
むしろ教えると腹を抱えて笑いだしそうだ。なんかムカつくから言わないでおこう。
ちなみに後日、ロキ様から直接聞いたと言われ恥ずかしい思いをしたが、それは別の話。
リリは安心したのか胸を撫で下ろした。
その時、ベルがピクリと体を震わせた。
「……」
どうも様子がおかしい。
「ベル様?」
リリもベルの様子がおかしいことに気がついたのか、怪訝そうな顔をする。
「何か気になることでも?」
「……いや、何て言うんだろ」
「重要なことかもしれない。話してくれないか?」
「……視られている、気がする」
「視られている?」
辺りを見回してみる。現在9階層のルーム。背の低い草花が存在するだけの空間だ。隠れられるような場所はない。ここまですれ違ったのは……俺の憧憬、『
すれ違った時は心臓が飛び出るのではないかと思った。あまりの突然の出来事に固まってしまい、ベルやリリに不審がられてしまった。体が震えた。できれば模擬戦をしたかったが、不躾なのはわかっていたのでなんとか堪えた。面識もないに等しいので湧き起こる衝動を必死に抑えた。
それ以外は誰ともすれ違っていない。
だが、もし
「ベル、リリ、念のため今のうちに装備を取り換えておけ」
「……うん」
「あ、は、はい」
突如雰囲気が変わった俺達にリリが戸惑いながら装備を交換していく。万全の状態になったベルだが、その表情はすぐれない。
「トキ、ちょっとおかしくない……?」
「……気づいてたか」
「おかしい、ですか?」
「モンスターの数が少なすぎる」
「9階層に来てから1度もモンスターに遭遇してない。せいぜいゴブリンが逃げるように走っていったところだけだ」
俺の言葉にベルが頷く。何か言いがたい雰囲気がこの階層には漂っていた。ベルは今にも吐きそうな顔をしていた。
「ベ、ベル様?」
「……行こう。10階層に」
ベルが口もとを押さえて方針を告げる。
今回の目的は10階層の突破だ。不気味な雰囲気が漂うこの階層にとどまりたくない、と思ったのかもしれない。だが、それは俺も同じだった。
10階層へ向かおうと足を動かし、
『──ヴ──ォ』
その足が止まった。
「い、今のは……?」
その鳴き声を聞いたのは5回。内4回はアスフィさん達と遠征に行った時。そして、最初の1回は……ベルと一緒にダンジョンを探索していた時。
あり得ない、と思いながらもゆっくりと振り向く。目を凝らし、通路を睨む。
そして、それは現れた。
『……ヴゥゥ』
その頭部にある角は何故か片方だけ折れていた。その体毛は何故か赤黒く染まっていた。その手には何故か『
それでもそれは間違いなく、ここにいるはずのないモンスター。
ミノタウロス。俺達の悪夢がそこにいた。
『オオオオオォォォォォォォ……』
「な、なんで、9階層にミノタウロスが……」
俺だって聞きたい。だが、考えていいのはそんなことじゃない。この場をどうやって切り抜けるかだ。
咄嗟に正面、10階層に続く通路を見る。そこには、
後ろのミノタウロスよりも一回り大きなミノタウロスがいた。
『変異種』という言葉が頭を過る。ダンジョンにおいてまれに通常の個体よりも強力なものが産まれ落ちる場合がある。通常の個体の能力をはるかに凌ぐそのモンスターを冒険者は『変異種』と呼ぶ。
「嘘、だろ……?」
挟み撃ち。片方に逃げるわけにもいかず、このままだと全滅の恐れがある。それだけは……絶対に嫌だっ!
「おい、ベルっ!!」
相棒の名前を呼ぶ。だが、ベルは答えなかった。見るとベルは震えていた。
バシッとベルを叩き、強引にこちらを向かせる。
「しっかりしろっ、このままだと全滅するぞっ! そうなると、リリも死ぬんだぞっ!」
「リリが、死ぬ?」
ベルが呆然とリリの方を向く。リリは必死に俺達に退避するよう催促していた。その様子を見たベルの目に恐怖の他にかすかな闘志が宿る。
「どうすればいい……?」
「俺達でミノタウロスを引き付ける。時間を稼ぐんだ」
「そ、それは……!?」
「リリはバックパックを捨ててすぐに上へ。今からなら遠征に出発した【ロキ・ファミリア】に鉢合わせる可能性が高い。彼らに救援を頼め。いざとなったら俺とベルの名前を出せ」
「む、無理ですっ! お二人をおいてリリだけなんて……!」
「躊躇すればそれだけ全員の生存確率が下がるっ! 言い争ってる時間はないっ!」
俺の気迫にリリが怯え、渋々頷いた。
「ベルは後ろのやつをっ! 俺は正面のでかいやつをやるっ!」
親方さんに作ってもらったハルペーとナイフを影から取り出す。緊張からか、辺りの音がどんどん遠ざかっていった。
「いくぞっ!」
自分に言い聞かせるように叫び、ミノタウロスへ突進する。10M以上ある距離が徐々に縮まっていく。
『変異種』であるミノタウロスはその手にハルバードを持っていた。それを振り上げ、こちらに向かってくる。背中が発熱し、スキルが発動される。だがベートさんの時と比べるのもおこがましいくらい弱い熱だった。
振り下ろされるハルバードを跳躍でかわし、その牛面の顎を右足で蹴り抜く。その牛面が後ろに反らされる。
「あああああああああああああああああっ!」
空中での右回転。右手に持つハルペーを振り、ミノタウロスの首を刈る。
抵抗なく振り切れその顔が宙を舞う。首を無くした体が膝を折り、まもなく魔石を残して灰になった。カランっとハルバードが地面に転がる。
呆気なく倒せたミノタウロスに呆然とする。その行為がいけなかった。
ドンッと何かがぶつかるような音が後ろからした。はっ、となって振り向くとベルがミノタウロスに吹き飛ばされていた。
頭が真っ白になった。次いで怒りが体を支配した。
「おおおおおおおおおおおおっ!」
ミノタウロスに向けて突進する。スキルが発動するが先ほどのミノタウロスよりもはるかに小さいごく僅かな熱しか持たなかった。
勢いに任せて右の回し蹴りを叩き込む。その巨体が左に吹き飛ぶ。
その隙にベルに駆け寄った。知らぬ間に息が上がっていた。
「ベルっ、大丈夫かっ!?」
選択を間違えたっ。俺が一人で2体のミノタウロスを引き付ければよかったっ。そうすればベルはこんなことにはならなかったっ。
後悔の念と自らを罵倒する言葉が次々と浮かぶ。そんな中、ベルは確かに息をしていた。
「~~~~~~~~っ!? ……と、ぎ?」
生きてる。その事に安堵し、息を吐く。膝を折り、ベルの様子を観察する。吹き飛ばされた衝撃で
後ろでミノタウロスが立ち上がるのがわかった。それに対し顔を引き締め、立ち上がり後ろを向く。
ナイフとハルペーを構え、ミノタウロスを睨む。ミノタウロスは僅かにたじろいだ。
「待ってろ、ベル。俺が、必ず守る」
そうだ。絶対に守る。ミノタウロスからも、あいつからも。
意を決し踏み出そうとした瞬間、ベルの雰囲気が変わった。
弾かれるように振り向く。ベルはしっかり立っていた。体は震えておらずその体から沸き上がっているのは、怒りと闘志。
ベルが俺の腕を掴む。
「……ないんだっ」
まるで握り潰さんが如く腕を掴むその手は、俺を見るその顔には、自分への怒りが込められていた。その顔は
「君だけには、助けられるわけにはいかないんだっ!」
俺を突き放すように前に、ミノタウロスと対峙するために前に出る。あまりの変わりように呆然とした俺は我に返りベルを止めようとする。
だがそのベルの背中は
「……ベル……」
ベルはプロテクターに収納していた《バゼラード》を右手で、腰の《ヘスティア・ナイフ》を左手で抜刀する。
ミノタウロスが前に出てきたベルを見て目を見開き、獰猛に笑った。そして、その意思に応じるように大剣を構えた。その動きには確かな知性が備わっていた。
「勝負だッ……!」
ベルが駆け出す。それに呼応して、ミノタウロスも前に出る。両者の間隔は見る間に埋まり、激突した。
ミノタウロスの大剣が振るわれ、ベルのナイフがそれを捌く。ベルが死角に入ろうとするとミノタウロスはさせるかと大剣を振るう。
お互いの命をかけた真剣勝負。俺から見ても拙い戦いだ。加勢すればすぐに決着がつくだろう。
だが、そんなことはしたくなかった。何故かはわからない。加勢したほうがいいに決まっている。安全をとるならそれが正しいのだ。けど邪魔をしたくなかった。
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最初は見下していた。
そんなつもりはなかったが、今にして思えば心のどこかで、言葉の端々でそうしていた。
ただの農民だったあいつと世界を回った俺。比べる相手が欲しかったのかもしれない。
傲慢にも、そう思っていた。
それは次第に嫉妬へと変わっていた。
あり得ないほどの成長スピードに、なにより冒険者としての才能に。
俺はどこまでいっても暗殺者かぶれの冒険者まがいだ。だが、あいつは違った。スポンジが水を吸うかのごとく成長し、その才能を開花させていく。
それに嫉妬した。
だからLv.2になった時は嬉しかった。あいつよりも先に行けたことが何よりも嬉しかった。
自分で親友だとか、ライバルだとか言っておきながら酷いな、と心の中で毒づく。
なあ、ベル。俺はお前の親友でいていいか?
今回の話は賛否両論あるかと思います。あと、多数のツッコミどころも。
……いえ、わかっています。ミノタウロス吹き飛ばした時にそのまま倒せよ、とか吹き飛ばしたならそのまま追撃しろよ、とかツッコミがいっぱいあるのはわかりますっ。ですがこうでもしないとベルとミノタウロスを戦わせられなかったんですっ。
発想力が低くて本当にすいませんでしたっ! どうか見捨てないでくださいっ!
というわけで次回はベルsideから。原作とは違う心情のベルをお楽しみにして下さい。
ご意見、ご感想お待ちしております。また、アンケートの方もよろしくお願いします。