冒険者に憧れるのは間違っているだろうか 作:ユースティティア
俺の本気度をロキ様に見せた日の翌日。ベートさんとの訓練に来た。
本当は夜の訓練の時、ベルに
そういう訳で意気込んで訓練場所の倉庫に行ってみるとベートさんは既にいた。一昨日と違い、腰に双剣を提げて。
「なんで武装してるんですか?」
「てめえをより確実に殺すためだ」
どうやら向こうも同じ考えだったらしい。
「【この身は深淵に満ちている】」
詠唱開始。同時に両手に短刀を生成。ベートさんも双剣を抜く。
「【触れるものは漆黒に染まり。写るものは宵闇に堕ちる】」
合図もなく、駆け出す。背中が発熱し、身体能力が上昇する。
「【常夜の都、新月の月。我はさ迷う殺戮者】」
ベートさんもこちらに駆け出してくる。俺の『並行詠唱』に関しての驚きは薄い。半ば予想していたのだろう。
「【顕現せよ、断罪の力】」
「【インフィニット・アビス】」
影が脹れ上がり、ベートさんに襲いかかる。
「それがてめえの魔法か」
「ええ、今までとは威力も規模も違います。一発でも食らったら気絶間違いなしですよ?」
「てめえみたいなトロいやつの攻撃なんぞに当たるかよ!」
「よく吠えますねっ。さすが狼ですっ!」
全方位、時間差、死角、拘束。ありとあらゆる攻めかたで仕留めにかかる。だが、この人は最近、スピードに緩急をつける事を覚え始めた。それにより捉えるのがより難しくなったのだ。
認識できない人ならばあまり変わらないかもしれないが、スキルのおかげで動きを捉えられるくらいまで能力が上がっている俺はどうしてもその動きを含めて予測してしまう。そのため緩急をつけられると予測がしづらくなる。今ではこの人のトップスピードがどのくらいのものだったかも曖昧な状態だ。
その上、今回は双剣を装備している。これでは手による打撃は使ってこないだろう。蹴りもメタルブーツを履いているから実質防御不可。全ての攻撃をかわさなくてはならない。
だが今の俺は休日を挟んだせいかすこぶる体調が良い。頭も冴えてるし、コンディションは絶好調だ。
──今日こそは仕留める。心の中でそう呟いた。
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──ちっ、やっぱりやりにくいっ。
ベートは心の中で毒づいた。目の前の少年、蛇のような殺気を出す野郎を殺そうと双剣を振るう。
しかしそれは少年が持つナイフに弾かれ、カウンターとばかりに影による死角と正面からの挟撃。サイドステップ、さらにバックステップで構えていた触手をかわす。
この少年を相手取る時に最も重要なことは死角を作らないこと。それは冒険者として必須のことだ。
だが、何かに気をとられたりすると一瞬隙ができる。この少年はそれを見逃さない。一人と戦っているのに複数人を相手にしているようだった。
昨日は用事があるとかで仕方なく自主訓練をしたが、どうにも気分が乗らない。いくら体を動かそうとも訓練している、という実感が沸いてこないのだ。
ガレスにも付き合ってもらったが、やはり何かが足りなかった。確かに強かったし、倒せなかったが本気ではなかった。
やはりこの少年のように本気で殺し合うほど激しく、体がズタボロになるように苛烈でなければ。
ベートは少なからずトキを認めていた。口には出さないがこの少年は他の下級冒険者と違うと実感していた。ひたすら上を見上げ、必死に食らいついてくるこいつはまさにベートが思い描くような雑魚だ。
だが同時に認めたくなかった。目の前にいるのは自分が本気になっても殺せない野郎。あのオリヴァスやレヴィスのように圧倒的な能力を持つわけでもないのに。
だから殺す。この蛇野郎を殺し、さらに強くなる。そしてアイズに追いつく!
ベートの攻撃はさらに激しくなっていった。
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ベートさんとの訓練が終わり、次はベルとレフィーヤの訓練の時間。朝から夕方までみっちりとやるベートさんとの訓練に対し、こちらはそこまで時間をかけない。ふたりとも翌日にアイズさんとの訓練があるからだ。
今回、ベルは
「どうした、レフィーヤ?」
「……アイズさんが」
「アイズさんが?」
「……明日の訓練、ベルの方に1日かけるから休みにするって」
「……ああ」
確かにベルの成長スピードは異常だ。だが短い時間では教えられることは少ない。そのためまとまった時間が欲しいのだろう。あいつを教導する身として気持ちはよくわかる。
「どうする? 今日はやめにするか?」
「……ううん、やる」
「わかった」
影を出現させ、レフィーヤに襲いかかる。
「【解き放つ一条の光、聖木の弓幹。汝、弓のぉっ】!」
詠唱するレフィーヤに触手が直撃、詠唱が止まる。【ステイタス】を無効化され、痛みに涙を滲ませる。だが、それでも訓練を続ける。
レフィーヤが『並行詠唱』ができない理由は既にわかっている。『高速詠唱』をしながら『並行詠唱』をしようとするから失敗するのだ。確かに同時にできた方が強力になるだろう。だが、同じ難易度である2つを同時にやるというのも難しい。
試しに『高速詠唱』をしないでやってみたらどうだ? と聞いてみたら癖になってもう直せない、と答えられた。こればかりはどうしようもないだろう。
せめて俺よりも上手く教えられる人がいればいいのだけどなぁ……。
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訓練が終わり、レフィーヤを『黄昏の館』まで送った後、つけられている気配を感じた。しかもその雰囲気から普通の冒険者ではない。
家に帰らず、ダイダロス通りの方向に向かう。やはりついてきた。
ダイダロス通りはオラリオの第2の迷宮と言われるほど入り組んでいる。現地民でもときどき迷うくらいだ。そのため尾行を撒くにはもってこいの場所なのだ。
だがいくら突き放そうとしても的確についてくる。あちらもバレていることを承知でついて来ているようだ。
──仕方がない。
路地に一気に駆け込む。路地に入った瞬間に跳躍。影を利用し、壁に張り付く。
尾行者が路地に入ってくる。その格好はローブとフードで全身を覆ったいかにも怪しい人物だった。
直ぐ様降り、手にナイフを生成する。ローブの人物の背後に着地し、ナイフを首筋にあてる。
「っ!?」
「動くな」
息を飲む気配。反撃されると思っていなかったのか?
「フードをとって手をあげろ。妙な真似をしたら殺す」
そう言うとローブの人物は肩を揺らし始めた。これは……笑っている?
「ふふふ、冒険者になったと聞いたのでどれだけ甘くなったか見るつもりでしたが、腕は鈍ってはいないようですね~」
その声に、思考が、止まった。
声からして男、それも若い。だが、あり得ない。だって、風の噂では、死んだって。
男がフードを取る。その髪の色は綺麗な金髪、そして顔の横から覗いているのは、エルフ特有の長い耳。
突如、上から殺気を感じる。反射的に後ろに跳び、かわす。俺と男の間に着地したのは、ローブで全身を覆った160M後半くらいの人物。
「大丈夫ですか?」
「ええ、助かりました」
男が振り向く。その顔には、見覚えがあった。
「6年ぶりですか? お久しぶりですね、トキ」
「先、生……」
俺の育て親。本名不明、通称先生。俺に暗殺の手解きをした張本人。
「ですが、ダメですよ~。尾行者は直ぐに殺さなくては。自らの情報が敵に持ち帰られてしまう可能性がありますから。その辺は甘くなりましたね~」
「今更……なんの用で俺の前に現れた!?」
「こんなことで取り乱すのも減点です」
目を細め、いつも笑っているその顔は6年前と変わらない、本心を隠すような、そんな表情をしている。
「まあ、いいでしょう。ではトキ、一応聞いておきますが、私のところに戻ってくるつもりはありますか?」
「ないっ!」
「おやおや、即答ですか」
今すぐにでも息の根を止めたいが、俺とやつの間にいる人物が邪魔だ。隙なくこちらの様子をうかがっている。
「そう言えばあのエルフの少女、トキの恋人ですか?」
「あいつに手を出してみろっ。全身の骨を折った後、手足の指を全部切り落とし、喉を潰した後、体中を叩きながら出血死させてやるよっ」
「……そんなに大事なのですか。変われば変わるものですね~」
何が面白いのか、しきりに肩を揺らしている。
「まあ、今からどうこうするというわけではありませんよ。私もこちらにきてから日が経っていません。いろいろと準備したいですからね~」
「準備だと? いったい何をするつもりだ!?」
「それはひ・み・つです。では今日のところはこれで失礼します」
やつがそう言うと、ローブの人物がやつを抱えた。
「待てっ!」
影を伸ばし、やつに襲いかかる。だが、ローブの人物の
「なっ!?」
「それではトキ、また会いましょう」
ローブの人物はそのまま飛び上がり、屋根を跳んで消えていった。
今のは……まさか……。拭いきれない不安が俺の中に芽生えた。
一応伏線みたいのは張りましたが回収はけっこう先を予定してます。作者の気分次第ですぐになるかもしれません。
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