冒険者に憧れるのは間違っているだろうか   作:ユースティティア

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書いたら面倒なことになる話第2談。今後の展開がつらくなるけどやっぱり書きます!


修羅場

 ベートさんとの訓練も今日で3日目。明日は仕事だし、後はベルに戦い方を教授すれば終わりだー、って考えながら帰宅していたときのことだった。その光景を見たのは。

 時刻は日の入り少し前。場所は俺の家の前。そこで妖精と兎が睨み合っていた。……訂正、妖精が兎を睨んでいた。

 兎とは言わずもがなベルのことである。今日もダンジョンにもぐって来たのであろう、いつものライトアーマーに緑玉石(エメラルド)色のプロテクターが光っている。

 妖精の方はレフィーヤだ。昨日の朝相談に来て、机を壊し、去っていった彼女である。いつもの格好だがよくよく見るとどこかボロボロな気がする。

 そんなふたりが俺の家の玄関先で顔を合わせ、レフィーヤがベルをにらみ、否、威嚇している。俺にはふたりの後ろに端正な顔を怒りの表情に変えている妖精とぶるぶると震えている白い兎の姿が見えた。

 

 ……とりあえずベルを助けよう。

 

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「これはどういうこと!?」

 

 今にも机を叩き壊しそうな勢いで詰めよってくるレフィーヤ。まあまあ、となだめてみるが効果はないようだ。ベルはレフィーヤの向かいの椅子に腰掛け、びくびくと震えている。うん、その気持ちわかるよ。俺も超怖い。

 

 あの後、とりあえずふたりを家に入れ、お茶を出して落ち着こうと思ったのだが……気持ちを落ち着かせるハーブティーでもレフィーヤの気持ちは落ち着かないようだ。

 

「と、とりあえずお互いの自己紹介をするから座ってくれ……」

「……わかった」

 

 しぶしぶ座るレフィーヤ。ふう、怖かった。

 

「じゃあまずベルから。レフィーヤ、こっちは【ヘスティア・ファミリア】所属の下級冒険者、ベル・クラネル。俺の親友」

「よ、よろしくお願いします」

「ベル、こっちは【ロキ・ファミリア】所属の第二級冒険者、レフィーヤ・ウィリディス。俺の-」

「彼女ですっ」

「……え」

 

 友達、と言おうとしたところにレフィーヤが言葉を重ねてくる。え、何? 彼女?

 

「ええええええええっ!? トキ、彼女いたの!?」

「い、いや俺とレフィーヤは──」

「恋人ですっ!」

 

 いつになく真剣な表情でベルをにらむレフィーヤ。その言葉は何故かベルに対する対抗心が含まれているように思えた。

 

 心臓がバクバクとうるさい。レフィーヤが、俺の、恋人? いつ? どこで? あれ?

 

「えーっと、恋人のレフィーヤだ」

「よろしくっ」

 

 彼女は何故か誇らしげだ。俺の方はまだ状況が整理できてなくて、頭が真っ白になっている。ど、どうしよう。そうだ、レフィーヤに今日訪ねてきた理由を聞かないと。

 

「レフィーヤ、なんでこんな時間に訪ねてきたんだ?」

「あ、うん。あのね、トキに『並行詠唱』を教えてもらおうかな? って」

「あれ? レフィーヤって『並行詠唱』できなかったっけ?」

「私の場合、『高速詠唱』があるからそれのせいで魔力が安定しないの」

「ああ、なるほど」

 

『並行詠唱』と『高速詠唱』。この二つはどちらも同じくらいの難易度だ。戦闘をしながら魔力をコントロールする『並行詠唱』と短い時間で魔力を一気に練り上げる『高速詠唱』は対になる存在と言ってもいい。

 

 恐らくレフィーヤは『並行詠唱』をしようとすると、いつものように『高速詠唱』を行ってしまい、魔力を練るのが普通の魔導師に比べ難しいのだ。

 

「ねぇ、トキ。『並行詠唱』と『高速詠唱』って何?」

「ああ、ベルは知らないんだったよな。『並行詠唱』ってのは-」

 

 そこからベルに『並行詠唱』と『高速詠唱』について説明する。その内容と難しさを教えると、ベルのレフィーヤに対する視線がキラキラと輝いて見えた。

 

「やっぱり上級冒険者ってすごいんですね!」

「う、うん」

 

 さすがに怒りで我を忘れていたレフィーヤでもベルの純粋な視線に勢いが落ちる。

 

「でもなー『並行詠唱』かぁ」

「トキは『並行詠唱』できたよね?」

「え、トキできるの!?」

「まあ、できるけど……たぶん教えられない」

「な、何で!?」

「何でって言われても……レフィーヤ、手足ってどうやって動かしてるか説明できるか?」

 

「え、えーっと……」

「手足をどうやって動かすか……?」

 

 レフィーヤとベル。ふたりが己の手を見たり、開いたり閉じたりしている。

 

「説明できないだろ? 俺も物心ついたころにはもうこのスキル、というか魔力を扱っていたからな。『並行詠唱』も魔力練ってただしゃべっている感覚でやってるし」

 

 その言葉にレフィーヤが愕然とする。それはそうだろう。先天的に魔法が使えるエルフでもこう言える人物はまずいないだろう。今の俺の言葉はエルフに喧嘩を売っているようなものだ。

 

「というわけだから俺がレフィーヤに教えられるようなことは……」

「ならこいつと一緒に私にも稽古をつけてっ」

「いっ!?」

 

 レフィーヤがベルを指差す。というかレフィーヤ、口調変わってないか?

 

「まあ、それくらいだったらいいけど……ベル、いいか?」

「う、うん。僕は全然いいけど……」

「決まりね」

 

 そう言って彼女は立ち上がり、玄関の方へ行く。

 

「お、おいどこに行くんだ?」

「ダンジョンだよ。私の稽古なんだから魔法を使うの。だからダンジョン」

 

 通常、魔法の練習や魔導師の訓練は、情報の秘匿の関係でダンジョンで行われることが多い。というか街中でやると、情報の秘匿どころか周りの建物を吹き飛ばしかねない。

 

「……わかった。いくぞ、ベル」

「う、うん」

 

 こうして俺達はダンジョンに向かった。

 

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 レフィーヤに連れられて来たのは5階層にある入口が1つしかないルームだった。なるほどここなら広めだし情報の秘匿もバッチリだな。

 

「でもトキ、彼女は上級冒険者なんでしょ? トキで相手が務まるの? むしろ逆じゃない?」

「まあ、普通はそうなんだが……ぶっちゃけ暗殺者時代に格上との対決なんてごまんとやってきたから魔導師のレフィーヤならお前を相手どっていてもなんとかなる。……と思う」

 

 正直不安である。前衛のベル、後衛のレフィーヤ。どちらかだけならば普通に相手どれるが、役割が違うふたり相手だとぶっちゃけ厳しいものがあるかもしれない。

 

「あ、そうだベル。お前って魔法使えたっけ?」

 

 ふと、24階層でアイズさんが言っていた事を思い出した。確か精神疲弊(マインドダウン)で倒れていたと。

 

「あ、うん、そうなんだ! 僕にもやっと魔法が発現したんだ!」

「いや、やっとっていうか、お前まだ冒険者になって一月ちょっとしか経ってないだろ」

 

 魔法やスキルはその人の存在的可能性の発露だ。中には一生発現しない人もいるらしい。

 

「ちなみにそれ、見せてくれるか?」

「うん、いいよ!」

 

 あっさりと頷き、壁に向かって手を突き出す。そして。

 

「【ファイアボルト】!」

 

 突き出された手から炎の雷がほとばしった。

 

「……えっ」

 

 隣にいたレフィーヤが絶句する。それはそうだ。なぜなら……。

 

「ベル、今お前詠唱したか?」

「ううん、僕の魔法って詠唱がいらないんだ。速攻魔法って言うんだって」

 

 速攻魔法。詠唱を用いず発動できる魔法。威力は低めだろうが、その速度はまさに雷のようであり、対人戦ではかなり強力な手札になるだろう。

 

 少し考え、ふとある疑問が浮かび上がった。

 

「なあ、ベル。その魔法って動きながらでも撃てるか?」

「え、どうだろ。やったことないなぁ」

 

 というわけで、実戦。結果。

 

 ボンっ。とベルの腕が爆発した。

 

「ベ、ベルっ。大丈夫か!?」

「う、うん。平気」

 

  涙をにじませ、腕を押さえるベル。影から回復薬(ポーション)を出し、ベルの腕にかける。止血され、皮膚も治った。

 

「む、難しいね」

「そうだな。というわけで今日から動きながらその魔法を撃つ訓練をやるぞ」

「……え」

「当たり前だろ。その魔法は確かに速攻性があるが基本的にまっすぐしか飛ばないんだ。足を止めて撃ってたらその意味がないだろ?」

 

 俺だったら普通にかわせるし、影で防御することも可能だ。

 

「じゃあ、始めるか。レフィーヤ、お待たせ」

「あ、うん」

 

 影から4本の触手を出す。

 

「とりあえずベルは昨日の続きと魔法を動きながら撃つ練習。最初は手を俺に向けるだけで魔法は撃たなくていい。自然にできるようになったら撃ち始めよう。レフィーヤは多方向からの攻撃をかわしながらの『並行詠唱』の練習。最初は2本から始めるぞ」

「「は、はいっ!」」

 

 この時ふたりは思った。あ、これアイズさんとの訓練よりきついかもしれない、と。

 

「じゃあ時間も勿体ないし、始めるぞ」

 

 そう言って触手をレフィーヤに向け、俺自身はベルに突撃した。

 

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 余談。訓練の翌朝、山吹色の髪のエルフは昨日自分が言った言葉を思い出し、アイズとの訓練までベッドで悶えていた。




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