冒険者に憧れるのは間違っているだろうか   作:ユースティティア

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続・訓練

『運命の出会い?』

『うん!』

 

 目の前の少年、ベル・クラネルの言っていることを俺は咄嗟に理解できなかった。

 

『……なんで?』

『お祖父ちゃんが言ってたんだ、出会いは偉大で、男のロマンなんだって! だから僕は出会いを求めてオラリオに来たんだ!』

『えーっと……』

 

 今度は理解できた。だがかける言葉が見つからない。

 

『どうしたの?』

 

 不思議そうにこちらの顔を覗きこんでくるクラネル。どうやら純粋にそして本気で言っているようだ。

 

『あのなクラネル。これから行くダンジョンっていうのはとても危険な場所なんだ。確かにお前が思い描いているような出来事があるかもしれない。だがそれはお前が女の子を助けられるくらい強くならなくちゃできないことだ』

『う、うん』

 

 まくし立てるように話す俺に若干引きながらも真剣に受け止めるクラネル。

 

『つまり、出会いがしたいならまずは強くならなくちゃいけない、ということだ!』

『そ、そっか。そうだよね』

 

 俺の力説に納得したような顔をするクラネル。どうやらわかってくれたようだ。

 

『よし、それじゃあ行くぞクラネル! 俺達の冒険の始まりだ!』

『あっ、待って!』

 

 意気揚々とダンジョンに行こうとしていた俺をクラネルが止めた。出鼻を挫かれた。

 

『……なんだよ』

『その、できれば名前で呼んで欲しいな。これから一緒に冒険する仲間なんだからさ』

『……そうだな』

 

 改めて彼の前に立ち、右手を差し出す。

 

『よろしくな、ベル』

 

 彼は一瞬びっくりした後、表情を緩め俺の手を握り返した。

 

『よろしく、トキ』

 

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「はっ」

 

 目の前に足の裏が迫る。背中から影を出し、一瞬の足止め。直ぐ様転がり回避する。直前まで顔があった場所を足が轟音を立てて踏みつけた。

 

「ちぃ、かわしやがったか!」

「ええ、今のは危なかったですよ、っと!」

 

 足止めに使った影でベートさんの足を締め付け、右手にナイフを出現させる。素早く立ち上がり、首もとを狙いナイフを振る。

 

 顔を後ろに反らされかわされてしまうが、本命は反らした頭への背後からの奇襲。鋭く尖った触手がベートさんの頭を串刺しにせんとばかりに迫る。

 

「くっ!」

 

 不安定な体勢のままバク転。間一髪でかわされた。

 

「ちっ、おしい」

「その程度でやられるかよ!」

 

 再び迫ってくるベートさん。それを12の触手と右手のナイフで迎撃する。

 

 時刻は午後6時。日は半分ほど沈んでおり、夕焼けが倉庫の窓から射し込んでくる。俺達の訓練、もとい殺し合いは既に6時間近く続いていた。

 

 いや、最初は本当に訓練だった。それがいつの間にかお互いの急所を狙い始め、致命傷になるであろう攻撃が頻発し、最終的に殺し合いに発展していった。

 

 お互いの攻撃が重なり、一旦距離を取る。ベートさんは身に纏った戦闘衣(バトル・クロス)をボロボロにし、肩で息をしている。また、所々切り傷や刺し傷、打撲と思われる痣など全身ボロボロだ。……まあ、俺も似たようなものだが。

 

「……今日はこの辺にしておきませんか?」

「……そーだな」

 

 構えを解く。けど警戒は緩めない。

 

「そういやてめえ、戦う前に言ってたあれ、全部が嘘ってわけじゃねぇが、全部が本当ってわけでもねえだろ?」

「……ええ、その通りです」

 

果て無き深淵(インフィニット・アビス)】の【ステイタス】を無効化する効果には抜け穴がある。それは金属を隔てられると効果が発揮されない、というものだ。

 

 これが布程度のものなら問題はない。だが金属などで隔てていると皮膚に触れることができなくなり、結果【ステイタス】が無効化されないのである。

 

 このことにベートさんが気づいたのはおそらく訓練が始まって1時間程した頃だろうか。ベートさんの拳は影で防ぐのに、蹴りは防がない俺を不審に思い、それ以降蹴りを中心に戦闘を組み立ててきた。

 

 ちなみにこの抜け穴を教えなかった理由は2つある。1つは言わないことでベートさんのスキルに対する警戒を強めるため。もう1つは……言うとなんか負けた気がするから。

 

 それにしてもさっきは危なかった。走馬灯を見たのは多分短い人生の中でも初めてだろう。これまでも何回か死にかけたが、あそこまではっきりと走馬灯が見えたのは始めてだった。その他にも対岸に綺麗な花畑が広がっている川が何回か見えたが。

 

 それにしてもスキル【挑戦者(フラルクス)】の効果は絶大だ。一時的とは言え第一級冒険者と対等に戦えるだけの能力ブーストができるとは。このスキルがなかったら多分2、3回は本当に気絶していただろう。まあ、気絶しても殺気で起きられる体質なのだが。

 

「じゃあこれからどうします?」

「……この傷だ。これでお互い帰ったら間違いなく不審に思われるだろーな」

「……アミッドさんのところ行きますか」

「……そうだな」

 

  どちらともなく倉庫の出口に向かって移動する。【挑戦者(フラルクス)】の効果が切れたのか体が何十倍にも重く感じる。だが、この人の前で倒れるのは絶対に嫌だ。俺は根性で意識を繋ぎ止め、【ディアンケヒト・ファミリア】の治療院まで体を引きずった。

 

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 ベートはアミッドの説教を聞き流しながら隣に座るトキを見る。

 

 今日の訓練。この雑魚は先日の動きとは比較にならないほどのものを見せた。それこそ第一級冒険者であるベートとほぼ同等と言っていいほどの。

 

 しかし、それはあり得ないことだった。先日の彼は動きこそ卓越したものだったが、【ステイタス】の面だけを見ればやはりただの雑魚(Lv.1)。例え【ランクアップ】したとしても、Lv.5のベートの動きについてこられるはずがなかった。

 

 そもそも今回の訓練の目的は【ステイタス】を上げることではなく、より技と駆け引きを磨くためだ。トキはLv.1でありながら技と駆け引きだけであの戦闘を生き残った。悔しいがその点に関してだけ言えばベートはトキに劣っていた。故にトキを訓練相手とすることによりその面を鍛えようとしたのだ。

 

 ところが今日対峙した時、彼はベートの動きについてきた。やはり【ステイタス】は若干ベートが勝っているだろうが、それでもそこまで差は感じなかった。

 

 ──この雑魚はまだ何か隠している。

 

 聞き出そうとはしない。気にはなるが他人の【ステイタス】を詮索するのはマナー違反であるし、何よりトキ(こいつ)に負けた気になるからだ。

 

 それにそんな些細なことは関係ない。重要なのはこいつと訓練することにより当初の目的と同時に【ステイタス】アップも見込めることだ。

 

 トキのスキルは確かにベートの【ステイタス】を無効化し、ベートに直接ダメージを与えた。ここまでボロボロにされるのは久し振りだった。

 

 ──俺はまだまだ強くなれる。

 

 もう先日のようなへまはしない。そのためにこの雑魚を徹底的に利用する。そう決めたベートであった。

 

「おい、蛇野郎」

「なんですか?」

「明日はぜってー殺してやる」

「それはこちらの台詞です」

 

 ……やはりこの雑魚は気にくわなかった。

 

 その後アミッドによってふたりは治療された。……悲鳴を上げさせられながら。

 

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「こいつでいいだろう」

「そうだな」

 

 一方、【フレイヤ・ファミリア】のエルフとダークエルフのふたりは15階層にとどまっていた。

 

 団長であるオッタルと合流した彼らはオッタルの指示により、彼とは別の試練をトキに与えることになった。

 

 今、彼らの目の前には2Mを超えるモンスター、ミノタウロスがいる。その手には『迷宮の武器庫(ランドフォーム)』を利用したであろう石剣が握られていた。

 

 しかもただのミノタウロスではなかった。通常のミノタウロスに比べ、さらに一回り大きいのだ。

 

 ダンジョンではたまにこういった通常のモンスターと特徴が違うモンスターが現れることがある。そういった固体は通常のものより断然強い。

 

「役にたってもらうぞ」

「あの方のためにな」

 

 しかし、彼らはオラリオ最強派閥に所属するLv.6の冒険者達。この程度の相手、多少強かろうが関係なかった。




スキルの補足。【果て無き深淵】の『神の力』の無効化の能力は某幻想殺しさんの右手と同じように触れた『神の力』だけを無効化します。つまり【ステイタス】のアビリティを利用し、発生させた現象については無効化できません。
例えば力のアビリティを利用して投擲された石から力のアビリティを利用しただけの威力を無効化するなどはできません。……すいません、説明が下手で。質問があったので解説させていただきました。

また、前回登場した【フレイヤ・ファミリア】の人影をLv.6のエルフとダークエルフ、ヘグニとヘディンに変えました。

それから、モンスターの謂わば『変異種』はオリジナル設定です。

ご意見、ご感想お待ちしております。

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