冒険者に憧れるのは間違っているだろうか   作:ユースティティア

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【ランクアップ】

『俺にとって魔法って何?』

 

 奇跡、かな? 冒険者が己の才能を発現し、事象を書きかえる奇跡の力。

 

『俺にとっての魔法って?』

 

 生まれつき備わっていたもの。手足のように動き、誰よりも、何よりも俺と一緒にいてくれる相棒。

 

『俺にとって魔法はどんなもの?』

 

 うーん、いろいろかな? 熱い炎、はじける水、吹き荒れる風、轟く雷。道具を使わず、己の精神力(マインド)だけで発現する事象の全てが俺にとっての魔法。

 

『魔法に何を求めるの?』

 

 奇跡を。どんなに手を伸ばしても、届かないとわかっていても、それでも手を伸ばしたくなるほどの憧れを。不相応だとわかっていても、不可能だってわかっていても、あの人のような、あいつのような、奇跡を、この身で再現したい。

 

『それだけ?』

 

 後は、そうだな。挑戦がしたい。数多の強敵に、まだ見ぬ世界に。例えこの身が焼かれようとも、例えこの身が引き裂かれようとも。己の技を、己の力を、己の全てを使って挑戦したい。

 

『蛮勇だな』

 

 ああ、わかっているさ。

 

『だが、それが俺だ』

 

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「……キ……トキ……」

 

 頭がぼーっとする。まぶたが重い。あれ? 俺寝てた? それに誰かが俺を呼んでいる?

 

 次第に覚醒していく頭。はっきりと聞こえてくる声。昔はいつも聞いていて、今でもちゃんと俺を見てくれる人の声。

 

「トキ、起きたかい?」

「……おはようございます、ヘルメス様」

「まだ寝ぼけているのかい? 今は夕方だよ?」

 

 ……夕方? うん? じゃあなんで俺は寝てたんだ?

 

「どうだい、魔導書(グリモア)を使った感想は?」

 

 魔導書(グリモア)? 一体なんの事だ?

 

 上体を起こし、伏せていた机の上を見てみる。そこには一冊の分厚い本が置かれていた。

 

「……おおぅ」

 

 だんだん思い出して来たぞ。今日はあの24階層の事件から2日経った日の夕方。依頼の報酬としてルルネさんが持ち帰ってきた宝石や金銀の指輪をどうするかみんなで話し合っている時に、報酬の中の魔導書(グリモア)を俺に使わせる、とヘルメス様がのたまったのだ。

 当然俺は断った。俺は既に魔法を発現しているし、それだったら魔導師のメリルさんとか団長のアスフィさんとかの方がよっぽど相応しいと。

 しかしその場の流れと今回一番弱く、一番活躍した、という理由で全員がヘルメス様の意見に賛成。いくら俺が交渉術を持っているからと言っても、それを教えてくれたヘルメス様とその意見に賛同するみんなの数の暴力には勝てず、結局押し付けられ、こうして使用した、と言うわけだ。

 

 ちなみに魔導書(グリモア)とは簡単に言うと魔法の強制発現書のこと。確か、『発展アビリティ』の『魔道』と『神秘』を極めた人しか作れない、希少な物。その値段は【ヘファイストス・ファミリア】の一級品装備を上回る、と言われている。

 

「さて、魔法も発現したことだし【ステイタス】を更新しようか!」

「……楽しそうですね、ヘルメス様」

「当たり前だろう! みんなから聞いたけど大活躍だったそうじゃないか! そんな君が一体どんな成長をしたのかオレはもう待ちきれないよ!」

 

 そう俺はこの2日、【ステイタス】を更新していない。

 

 あの24階層から命からがら脱出した俺はまず【ディアンケヒト・ファミリア】の治療院で左腕の骨折を治してもらった。その時、アミッドさんにいろいろと注意を言われた。曰く無理矢理動かしたから折れた骨が変な方向に曲がっていて治療しにくかった、と。

 それを隣で足を治療していたベートさんにからかわれ、ものすごく腹がたった。絶対いつかみたいに脅してやろうと思う。

 

 その翌日は仕入れたアイテムの売却に費やした。あの宝石樹はやはり高価だったのか交渉の末、億単位で売れた。夢中で交渉してたから気づかなかったけど、付き添いで来ていたネリーさんやルルネさんがすごく引いていた。

 

 白樹の葉(ホワイト・リーフ)を見せた時のルルネさんの反応はすごくおもしろかった。尻尾をぶんぶんと振り、目を輝かせていた。内緒で取っておいたかいがあったというものだ。ちなみにメルクリウス様のところや【ディアンケヒト・ファミリア】のところで売った。合わせて100万くらいだったかな?

 

 さらにルルネさんが持ってきた報酬もアスフィさんの研究材料となるもの以外全て売り捌いた。総額は……夢中だったから気づかなかったけど、とてもLv.2が中心の【ファミリア】が稼ぐ額じゃないだろう、とだけ言っておこう。

 

「さあ、早く!」

「……あのヘルメス様。はしゃぎすぎて若干キモいです」

 

 そう言いながら上着を脱ぐ。ヘルメス様にはああ言ったが実は俺もけっこう気になっていたりするのだ。新しい魔法もそうだけど、あんなに夢中で戦ったからけっこう成長したのではないかなーと思う。

 

 ヘルメス様の指が俺の背中を滑り、そして止まった。

 

「? ヘルメス様、どうかしました?」

「……ラ」

「ら?」

「【ランクアップ】キタァアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」

「ぎゃあァアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」

 

 物凄い大声に耳が痛かった。

 

 ------------------

 

「おめでとう、トキ! これで君も上級冒険者だ!」

 

 いつも以上にニコニコしながら俺の【ステイタス】を写していくヘルメス様。

 

 当人である俺はというと、ヘルメス様が出した大声とあまりの現実味のなさに放心していた。

 

【ランクアップ】? 何それ? 新しい魔法? それともスキル? 【ランクアップ】……【ランクアップ】!?

 

「え、ヘルメス様。本当ですか!? 俺まだ冒険者になって35日くらいしか経ってませんよ!?」

「え、自分が冒険者になってからの日にち数えてたの……? ……まあいいや。そうだとも! 今回、君は【ランクアップ】したんだ! ついでに新しいスキルも追加されていた!」

「あ、新しいスキル!?」

 

 ヘルメス様から渡される俺の【ステイタス】が書かれている紙をひったくるように受け取り、読む。

 

 トキ・オーティクス

 Lv.1

 力:F341→S957 耐久:F327→A872 器用:E439→S978 敏捷:E461→S999 魔力:D523→S999

 《魔法》

【インフィニット・アビス】

 ・スキル魔法。

 ・『神の力』の無効化。

【ケリュケイオン】

 ・模倣魔法。

 ・発動条件はその魔法を見たことがあることかつ詠唱文の把握。

 ・詠唱文【さあ、舞台の幕を上げよう この手に杖を ありとあらゆる奇跡を産み出す魔法の杖を ああ、我が神よ もし叶うならば かの日見た光景を この身に余る栄光を 一度の奇跡を起こしたまえ】

 《スキル》

【果て無き深淵】

 ・スキル魔法。

 ・『神の力』の無効化。

挑戦者(フラルクス)

 ・格上の存在との対峙時における全アビリティ能力高補整。

 ・潜在能力(ポテンシャル)に差があるほど効果上昇。

 

「じ、熟練度上昇トータル2700オーバー!? しかも敏捷と魔力においてはカンスト!? ていうかこのスキル何!? そもそも模倣魔法ってどんな魔法だよ!?」

 

 じ、自分のことながらツッコミどころが多すぎる……。

 

「はっはっはっ! それだけじゃないぞ! なんと発展アビリティもたくさん発現している!」

「ま、まだあるんですか……?」

「そうともさ!」

 

 別の紙を渡される。そこにはいくつかの単語が【神聖文字(ヒエログリフ)】で書かれていた。解析した結果がこちら

 

『耐異常』『狩人』『調合』『魔導』『精癒』『暗殺』

 

 む、6つも。しかも2つはレアアビリティ!

 

『耐異常』は地味ではあるが『毒』などの異常効果を防ぐアビリティ。これは『パープル・モス』なんかと戦ったから発現したと思う。

 

『狩人』は戦ったことのあるモンスター限定で【ステイタス】がアップするもの。ベルと凄まじい勢いでモンスターを狩ったり、24階層で食人花相手に無双したりしたから発現したと思う。

 

『調合』はポーションなんかを作ったときにその効果が上がるというアビリティ。これはメルクリウス様に聞いてもないのに教えられ、いつの間にか趣味の一環としてやっていたから発現したと思う。

 

『魔導』は魔法の威力が上がったりするもの。24階層とかで【インフィニット・アビス】を長時間発動してたし、そのおかげかな?

 

『精癒』は精神力(マインド)の自動回復、らしい。たしかリヴェリアさんが発現しているって聞いたことがある。発現条件はわからないし、ヘルメス様に聞いてもわからない、とのこと。

 

 そして最後は……

 

「『暗殺』……」

 

 胸に込み上げてくるものがある。『暗殺』。たぶんだけど相手が認識していない攻撃が上がる、というアビリティだと思う。

 おそらく発現条件は……生物の大量暗殺。

 

「さて、どうする? どれを発現させる? オレ的には『精癒』とか……」

「……『暗殺』でお願いします」

「……いいのかい?」

「はい、【ステイタス】が俺の【経験値(エクセリア)】を認めてくれたんです。せっかく発現したんですから、これにします」

 

 ヘルメス様は()を心配するような親の表情をしている。

 

「それにこのアビリティは俺に合っていると思うんです。このアビリティはいつか俺の助けになってくれる。そんな気がするんです」

「……わかった。じゃあ【ランクアップ】しちゃおうか」

「はい!」

 

 もう一度寝そべる。再びヘルメス様の指が背中をなぞる。

 

 ふと手を見て、握る。脳裏に甦るのは冒険者になってから1ヶ月余りの記憶。その隣にはいつもベル(あいつ)がいた。

 

 ──ベル、俺は先に行くぜ。

 

「はい、終わったよ」

「え?」

 

 ヘルメス様が離れる。手を開いたり閉じたり、足をとんとん、としてみるが特に変化はない。

 

「あの、ヘルメス様? 本当に【ランクアップ】したんですか?」

「ああ。まあ今は実感がないと思うけどおいおい調べていけばいいさ」

 

 新しい紙を渡される。

 

 トキ・オーティクス

 Lv.2

 力:I0 耐久:I0 器用:I0 敏捷:I0 魔力:I0

 暗殺:I

 

 本当に【ランクアップ】したんだ。なんか実感が湧いてこないけど、でも漠然と理解できた。

 

「しかし、トキはもうLv.2かぁ。あの【剣姫】だって1年だったから世界記録(ワールドレコード)更新だなぁ。……くっそオレのスタンスをこれほど恨む日が来るとは……!」

 

 ヘルメス様は中立を気取るため、【ファミリア】を中堅以下に留めておいている。そこに世界記録(ワールドレコード)ホルダーなんて現れたら注目され、そこからなにかボロが出る可能性がある。

 

「とりあえず2年……いや1年、いやこの際半年は待ってくれ! そうしたら【ランクアップ】を申請するから!」

「あの、2年でも別に構わないのですが……」

「いや、いっそのことスタンスを捨てて申請してしまうか……?」

「いやそれはさすがに……ていうかなぜ?」

「だって自慢したいじゃん!!」

「そんなことでスタンスを変えるのやめてください!」

 

 それから小一時間俺達は言い合った。

 

「ふう、仕方がない。この話は後日にしよう。さあ、新しいスキルとか魔法とか気になるけど今日は打ち上げだ! 君は主役みたいなものだから早く来るんだ!」

 

 ヘルメス様に手を引かれ、部屋を出る。

 

 そう、今日は24階層で様々なことを経験し、戦い、そして全員生還ということを祝してホームで打ち上げをする。打ち上げ費用とかは主に俺が売り捌いた今回の報酬を換金したものの一部を使った。

 

 ちなみに残りは【ファミリア】の貯金である。今回のことで貯金がさらに膨れ上がり、これ下手にペナルティとかくらったら芋づる式で脱税のこととかばれるんじゃないか? というくらいの額になった。

 

 そんなことを考えているうちに会場にたどり着く。

 

「いやーお待たせ!」

「ヘルメス様遅ーい」

「さっきの叫び声ここまで届きましたよ?」

「ていうかトキ、お前もう【ランクアップ】したのか? 早すぎだろ?」

 

 会場に入ると既に準備は終わっており、みんな俺達を待っているようだった。

 

「はい、グラス」

 

 ネリーさんにグラスを渡される。匂いを嗅いでみるとどうやらお酒のようだ。

 

「それではヘルメス様……は別にいいですね。ではトキに一言言ってもらって乾杯しましょう」

「えっ!?」

 

 突然のアスフィさんの無茶ぶりに戸惑う。周りを見てみるがどうやら味方はいないようだ。意を決し、息を吐く。

 

「今回の依頼で、自分は先輩方の偉大さを学び、己自身と向き合うことができました。今回みなさんについていって本当によかったと思います」

 

 そう、本当によかった。多分今回のことがなかったらきっと俺は憧れていたままだっただろう。それを改め、新しい感情を持つことができた。

 

「それでは【ヘルメス・ファミリア】のさらなる発展を祈願いたしまして、乾杯!」

 

『乾杯!』

 

 やっぱり、この【ファミリア】に拾われてよかった。




これにて24階層事件は終わりです。長かった。本当に長かった。

トキのスキルについては後の話で詳しく説明したいと思います。スキルの名前の由来はギリシャの英雄ヘラクレスと愚者(フール)から。作者的にはヘラクレスは12の試練に挑戦し、見事成し遂げた、という印象があったから。愚者は格上にも関わらず好んで挑んでいく愚か者という意味から。

新魔法のお披露目は……ゴライアス戦になるかな?

次回からは修行編を予定しております。

ご意見、ご感想お待ちしております。

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