冒険者に憧れるのは間違っているだろうか   作:ユースティティア

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主人公のファミリーネームを変えました。由来はローマ神話の正義の女神ユースティティアと死の魔神オルクスから。

ちょっとだけこの名前に関する設定もできたのですが、本編で出せるかどうかわかりません。


剣姫

 その爆発音に大空洞にいる全ての者達の視線が集まる。巻き起こった煙を引いて飛び出してきたのは、以前レフィーヤから聞いていた赤髪の女。凄まじい勢いで壁を破壊した彼女はそのまま地面に叩きつけられ、地面を削り、巨大花と巨蛇が暴れる戦場から離れた位置で止まった。

 

「ぐッッ……!?」

 

 呻き声をあげる彼女は剣身が折れた長剣を放り捨てる。酷く消耗しているようで、体中は傷だらけで、その場で片膝をついた。

 

「はっ、はぁッ……!?」

 

 破壊された壁からまた人─恐らく赤髪の女と戦闘をしていたであろう人物─が出てくる。

 

 その人物に見覚えがあった。来る途中で分断され、行方が分からなくなっていた人物、アイズ・ヴァレンシュタインだ。こちらも傷だらけではあるが得物の性能の差があるのかわずかながら赤髪の女よりも優勢のようだ。

 

「アイズさん!?」

「レヴィス!?」

 

 レフィーヤとオリヴァスが同時に叫ぶ。アイズは周囲を見渡し、レフィーヤ達がいることに一瞬、驚いた顔を見せたが自分は大丈夫だと言うように頷いた。

 

 その姿にレフィーヤとトキの瞳に涙が溜まる。他の者達も笑顔を見せた。

 

「……口だけか、レヴィス。情けない」

 

 アイズ達を観察していたであろうオリヴァスが味方であろう女を嘲笑う。その瞳がアイズに向けられると笑みを消し、眉間に皺を寄せた。

 

「この小娘が『アリア』などど……認められるものではないが、いいだろう。『彼女』が望むというなら」

 

 その目に嫉妬の感情が宿っていることにトキは気づいた。

 

 そしてオリヴァスは片手を真上に上げた。

 

巨大花(ヴィスクム)

 

 果たして二体目の巨大花が起き上がった。その顔と思われる花が向けられるのは……アイズただ一人。

 

「アイズさん!?」

「まずいっ!」

 

 抑えている巨大花を利用し、もう一体を止めようとするがパワー不足がたたり、抑えているだけで精一杯だ。

 

 レフィーヤ達もなんとか救援に向かおうとするがモンスターの蔦によりアイズのもとに行くことができない。

 

「持ち帰るのは死骸でも構うまい」

 

 焦り、アイズの方を向き……そしてトキは気づいた。

 

(アイズさん、魔法を使っていない?)

 

 1度だけ見たアイズの風を纏う付与魔法(エンチャント)。しかし彼女からはその風が感じられない。

 

「おい、止めろ」

「止めるなよ、レヴィス。貴様の手に負えない相手を片付けてやる」

 

 レヴィスと呼ばれる女の警告を無視し、オリヴァスは巨大花をアイズに差し向ける。対してアイズは己の武器、《デスペレート》を構える。

 

「死ね、【剣姫】!!」

 

 オリヴァスが吠え、

 

「──馬鹿が」

 

 レヴィスが舌打ち、

 

「──行くよ」

 

 アイズが愛剣に呼び掛ける。そして

 

「【目覚めよ(テンペスト)】」

 

 暴風が巻き起こり、巨大花の首が飛んだ。

 

「────」

 

 その光景に誰もが声を失う。戦闘中にも関わらず数秒全ての音が止んだ。そして、巨大な肉塊が轟音と共に地に落ちる。

 

「うそ、だろ……」

 

 一撃。抑えこんでいるトキだからこそわかる。巨大花は食人花とは比べものにならないほどの能力(ポテンシャル)を持っている。Lv.5のベートを始めとする冒険者が十人以上いても苦戦する相手だ。

 

 それを一人で。しかもたった一撃で。倒してしまった。

 

「これが【剣姫】……。オラリオ最強の、冒険者の一角……」

 

 半ば呆然と呟く。今日見た中で一番信じられないものを見て驚愕し、そして憧憬を強くする。

 

(俺の目標はさらに高い)

 

 拳を握り、無数の食人花を相手取る彼女を目に焼き付けつつ、自分の相手に向き直る。

 

(今は無理でも、いつか、必ず!)

 

 アイズの姿を見て、己の憧憬の高さを知って、それでも上を向くことを諦めない。それがトキが覚えた初めての感情であり、彼の中で一番強いものだからだ。

 

「おおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」

 

 精神力(マインド)をさらに巨蛇に注ぎ込みパワーを上げる。そして巻きついた巨蛇は巨大花を締めつけ、さらに動きを封じる。

 

「おい、さっさと片付けるぞ!?」

 

 他の冒険者達もアイズの姿に鼓舞され大いに士気が高まっていた。ベートの声に応じさらに連携を繋げていく。

 

「みんな、魔石があるのはやっぱり頭の方だ! 花の部分を狙え!」

「トキ、叩きつけなさい!!」

「はいっ!!」

 

 いつの間にかルルネがアイズが倒した巨大花の死骸から魔石の位置を皆に教える。その報告を聞いたアスフィがトキに指示を出し、トキがそれに応じる。

 

「せあああああああああああああああああああっ!!」

 

 巨蛇を操り、巨大花を地面に叩きつける。轟音と共に叩きつけられる巨大花。まるで地面に縫い付けられたかのように動けなくなる。

 

「抑えたはいいものの……未だ魔法は撃たせてもらえない状況、火力が足りません」

 

 確かに巨大花の本体はトキが抑えている。しかし他の魔導師達は触手に狙われていて思うように魔法が打てない。さらに本体を抑えるために巨蛇を行使するトキを守るため、【ヘルメス・ファミリア】の前衛陣やベートが彼に迫る触手を叩いていてまともに前衛壁役(ウォール)もできなかった。

 

 その様子を見ていたフィルヴィスが決然たる表情を浮かべる。

 

「私が行く!」

「フィルヴィスさん!?」

 

 レフィーヤの声を振り払い、激しい抗戦が起こっている巨大花の花頭を目指し疾走する。

 

狼人(ウェアウルフ)、穴を開けろ!」

「……ちっ、指図するんじゃねえっての! 蛇野郎、そのまま抑えとけ!」

「言われなくとも!」

 

 ベートはすぐさまフィルヴィスに追い付き、追い抜くとそのまま花頭を目掛け突進する。邪魔をする触手を蹴り払い、開いた道をフィルヴィスが続く。

 

 二人はあっと言う間に花頭にたどり着く。

 

「おらっ!」

 

 まずベートが跳躍し、落下の勢いを利用した空中踵落としを放つ。巨大花の体皮が抉れ、僅かに魔石が顔を覗かせた。その魔石目掛け、フィルヴィスが手に持つ短杖(ワンド)を向ける。

 

「【一掃せよ、破邪の聖杖(いかずち)】!」

 

 超短文詠唱を終え、

 

「【ディオ・テュルソス】!!」

 

 短杖(ワンド)から雷が放出、魔石を貫いた。

 

 巨大花は断末魔の悲鳴を上げることなく灰へと帰る。その光景を見て、トキは巨蛇を消し、【ヘルメス・ファミリア】は歓声を上げた。

 

「ありえんっ、負けるなど、屈するなどっ─ありえるものかァ!?」

 

 その時オリヴァスが叫び声を上げ、アイズに突進した。しかしその動きはトキから見てもあまりに遅いものだった。

 

「──」

 

 無数の斬閃が走り、オリヴァスが声にならない悲鳴を上げる。『怪人』の特性なのか体の各部位は未だ繋がっており、しかしその全身から血飛沫が溢れる。

 

「嘘だ……種を超越した私が、『彼女』に選ばれたこの私がぁ……!?」

 

 とどめを刺すつもりなのかアイズがオリヴァスに近づき、その横からレヴィスがオリヴァスを助けた。

 

 彼女は大主柱(はしら)のところまで移動すると無造作にオリヴァスを放る。大空洞にモンスターの姿はなく、アイズはもとよりトキやレフィーヤ達の視線も残っている二人の敵に集まる。

 

 この時、トキはとてつもなく嫌な予感がしていた。

 

 大主柱(はしら)に寄生する巨大花はあと一体。オリヴァスは既に戦闘不能であるから残る敵は巨大花一体とレヴィスと名乗る女一人。だがそれでもなお何かを見落としているような気がした。

 

 辺りを見回し、レヴィスの顔を見てそして気がつく。

 

 レヴィスの表情。無表情なその顔は同志を見限る顔ではなく、利用する顔だった。

 

(まずい!)

 

 走り出そうとし……バタッと倒れた。

 

「ト、トキ!?」

「おい、大丈夫か!?」

 

 レフィーヤとルルネが近寄ってくる。トキは体を起こし震える足でなんとか立ち上がる。

 

 体力の限界。Lv.1にも関わらず度重なる格上の敵との戦闘によりトキの体は確実に疲労を溜め込み、ついに限界に到達した。

 

「……めろ」

「えっ?」

 

 それでも震える声を振り絞り、叫ぶ。

 

「あの女を止めろぉおおおおおおおおおおっ!!」

 

 しかし、時既に遅し。

 

「なっ──」

 

 レヴィスの手は既にオリヴァスの胸に深々と突き刺さっていた。その光景にアイズ達が絶句する。

 

「レ、レヴィスッ、何を……!?」

「その目で周りをよく見ろ」

 

 立ちつくす冒険者達を見てレヴィスはさらに言葉を続ける。

 

「より力が必要になった。それだけだ。モンスターどもではいくら喰ってもたいした血肉(たし)にならん」

 

 その言葉にオリヴァスが何かに気づいき、トキは顔を歪ませた。

 

「ぼさっとしないでっ! あの女に魔石を喰わせないでっ!」

 

 トキの言葉に我に返り、慌てて飛び付く冒険者達。だが、レヴィスは素早くオリヴァスの胸から魔石を取り出すと、それを口に放り込み、噛み砕いた。

 

 そして……他の者が反応できない速度でアイズに突進する。

 

「っっ!?」

 

 咄嗟にアイズが風を纏った《デスペレート》を構え、防御。次の瞬間、真後ろに凄まじい勢いで弾き飛ばされた。遅れて他の者が振り返る。その先でレヴィスとアイズは激突した。

 

「アイズさん! そいつは人の姿をした『強化種』です!」

 

 驚愕の表情を露にするアイズに向けてトキが手に入れた情報を叫ぶ。その言葉が聞こえたのか、アイズは表情を引き締め直し、レヴィスに向かう。

 

 しかし戦況は辛うじて『風』を使うアイズの方が優勢だ。だが『風』を抜きにすればレヴィスは間違いなくアイズの【ステイタス】を上回る。さらに驚くべきことにレヴィスは地面に腕を突き刺し、勢いよく引き抜いた。その手に大剣を持って。

 

「「ッッ!!」」

 

 再びふたりが真っ向からぶつかり合い、衝撃と轟音が生じる。

 

「な、何なんだアイツ……出鱈目だ」

 

 確かにオリヴァスはLv.5のベートとトキの援護があって漸く互角以上に戦えた。だがそのオリヴァスの魔石を喰らったレヴィスはその能力(ポテンシャル)を飛躍的に上げ、Lv.6のアイズに喰らいついている。

 

「あっちもヤバいですが……!」

 

 ベート達が援軍に走り出す中、アスフィは一人で逆方向に向かう。その先にあるのは大主柱(はしら)、そしてそれに寄生する『宝玉の胎児』だ。あのオリヴァスの証言からあの胎児が今回の事件とリヴィラで起こった事件、この2つの鍵を握っているのは明白だった。

 

 トキも追いかけようと足を動かそうとし、膝をつく。まるで生まれたての小鹿のように足が震え、上手く歩けない。

 

「トキ、無理しないでっ」

「そうも、言って、られないだろ……!」

 

 レフィーヤの警告を無視し、なんとか立ち上がり、アスフィの後を追おうとする。そして前を見た瞬間、アスフィが吹き飛ばされていた。

 

「なっ!?」

「アスフィさん!!」

 

 紫の外套を身に纏い、顔には不気味な紋様の仮面。トキは突如現れた襲撃者に戦慄を覚えた。

 

(くっそ、こいつどこにいた!?)

 

 トキの気配察知能力は上級冒険者すらも上回るものだ。そのトキに気づかれることなく現れ、なおかつアスフィに攻撃したのだ。

 

「アスフィ!」

「まだ仲間が!?」

 

  吹き飛んだアスフィに【ヘルメス・ファミリア】の足並みが乱れた。歯を食い縛り、必死に頭を回す。

 

「ルドガーさん達前衛はアイズさんの援護を! 他の皆さんはあの襲撃者を止めてください!」

「「了解!!」」

 

  しかしそれもトキの指示により回復する。前衛陣がアイズの援護に向かい、他の者達がこちらに引き返して来る。

 

「完全ではないが、十分に育った、エニュオに持っていけ!」

 

『ワカッタ』

 

 レヴィスの叫びに仮面の襲撃者は男とも女とも若人とも老人とも聞こえる声で返事をし、宝玉を大主柱(はしら)から引き剥がし、脱出を図る。

 

「逃がさないで下さい!!」

 

 アスフィの声にさらに加速する団員達。だが、

 

巨大花(ヴィスクム)!」

 

 レヴィスが叫ぶ。

 

「産み続けろ!! 枯れ果てるまで、力を絞りつくせ!」

「なっ!?」

 

 その言葉と共に大空洞が揺れ、全ての冒険者が足を止めた。巨大花が大主柱(はしら)から何かを吸い上げるように蠢く。その行動にさらに嫌な予感が走る。

 

「全員密集体形! 集まってください!」

「【剣姫】はどうする!?」

「あの襲撃者は!?」

「そんな事に構っている余裕はありません! 早く!!」

 

 切羽詰まるトキの様子に全員が集まる。

 

 そして、大空洞全域に存在する蕾が一斉に開花した。




えーいろいろすっ飛ばしましたがその辺は勘弁してください。

さて、いよいよ24階層編もクライマックス。この章一番の見所にしますので期待して……やっぱり普通に待っていてください

ご意見、ご感想お待ちしております。

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