冒険者に憧れるのは間違っているだろうか 作:ユースティティア
「全員、止まってください」
アスフィさんが片手を上げ、進行を止める。
皆の視線の先。巨大な十字路に無数の影が入り乱れていた。嫌な予感しかしないが目を凝らしその影を見る。その正体は─半ば予想していたが─十字路を埋めつくすほどのモンスターの大群だった。
「うげぇ……」
ルルネさんが呻き、他のみんなも嫌な顔をして後ずさりする。統一性のない無数の集団は、それだけで人間に不快な感情を抱かせる。
「アイズさん、お願いできますか?」
「お、おいっ!?」
群れから目を離さず、半ばすがるように声をかける。
「大丈夫」
しかしアイズさんはこの光景を見ているにも関わらずいつもの調子で返事をし、抜刀。モンスターの群れに突っ込んでいく。
モンスターがそんなアイズさんに気づき……そして掃討が始まった。
彼女が剣を振るたび散っていくモンスター達。そんなモンスター達の攻撃はアイズさんを捉えられず、逆に返り討ちにされてしまう。
【ヘルメス・ファミリア】が懸命に戦ってようやく勝てる大群に彼女はまるで己を確かめるかのごとく剣を振る。そんな光景に俺達は絶句する。
「……トキが提案したときはどうなることかと思いましたが、これはもう全部彼女一人でいいんじゃないですかね」
「俺もまさかここまで凄いとは思いませんでした」
「……帰っちゃう?」
「そういうわけにもいかないでしょう……」
「そうですよ、ここで帰ったら俺、なんのためにここまで来たんですかっ」
リリの件をベルに丸投げし、ここまできたのだ。このままでは本当に何をしに来たかわからなくなる。
それに……この現象についても気になる。あの群れはあまりにも統一性が無さすぎる。デッドリー・ホーネット、ソード・スタッグ、リザードマン、ダーク・ファンガス、ホブゴブリンなど多種のモンスターが入り雑ざったこの群れはあきらかにおかしかった。
「そういえば、アイズさんの動きどこかおかしくないですか?」
アイズさんの戦いを見てふと思ったことを口に出す。彼女はかわせる筈の攻撃をわざと防ぎ、加速していく。
「あれは多分、【ランクアップ】した自分の【ステイタス】を把握しているのでしょう」
「? どういうことですか?」
「【ランクアップ】すると急激に【ステイタス】が強化され、自分の認識とのズレが生じます。彼女はあの群れを相手にそれを確かめているのでしょう」
それを聞いた俺は畏怖の眼でアイズさんを見る。そういえばアイズさんはあの酒場で言ってていた。調整がしたい、と。つまり、これのことだったのだ。
アイズさんの一挙手一投足を見逃すものかとばかりに目を皿にする。彼女は
ベル、お前の目標は果てしなく高いぞ。そして俺も……。
「……あれが【剣姫】、ですか」
およそ10分であれだけいたモンスターは掃討された。
「や、やっぱり第一級冒険者ってすごいなっ。あれだけの群れを一人で倒すなんて、他の
「ううん、平気……ありがとう」
少し気後れしていたが、戻ってきたアイズさんを口々に褒め称える。
「ネリー、トキ。さすがにこのまま放って置くわけにはいきません。魔石を回収してください」
「はいっ」「わかりました」
触手を12本出現させ、落ちている魔石を利益拾い、ネリーさんのバックパックに入れていく。俺はサポーター役だが戦闘も行うからバックパックは背負っておらず、こういう魔石は全てネリーさんに持ってもらっている。いや、できれば俺が回収した分は俺が持っていれば早いのだが、俺の影は魔石を入れられない。こういう時だけは本当に申し訳無いと思う。
ちなみに俺が12本以上触手を出さない理由はそれ以上は必要なかったからである。基本ソロか少数で行動してきた俺は全方向、12方位に対応できるように12本まで触手を自由に操作できる。それ以上になると上手く扱えないが。
それにしても、やはり魔石の抽出は難しい。俺が一体の作業をしている間にネリーさんは三体は片付けてしまう。やはりリリやネリーさんのようにはいかないようだ。
回収作業をしている間、アスフィさん達はこれからの方針について話しているようだ。
モンスターが来た方向に目をやる。その方向は北。確か24階層にある3つの
「トキ、終わった?」
「あ、はい」
「じゃあみんなのところに戻るよ」
ちょっとぼーっとしすぎた。慌ててネリーさんの後を追いかける。
作業を終えた後、やはり同じ考えだったのか、アスフィさんはパーティの進路を北の
途中、何度もアスフィさんに注意されながら先へ進んで行く。はたして考えがあっていたかのごとく、モンスターが断続的かつ大量に襲いかかってきた。
俺との約束通り、アイズさんはそれらをみんな相手してくれた。
「アイズさん、俺の我が儘を聞いてくれてありがとうございます」
「……大丈夫、私も場数が欲しかったし。後、ジャガ丸くん。楽しみにしてる」
「はいっ、なんだったら一年分を買い占めますよ!」
「一年もほおっておいたら美味しくなくなっちゃうよ?」
……アイズさんは天然だった。今度ベルに教えてあげよう。
「そういえばアイズさん」
「何?」
「18階層を出発する前にプロテクターを誰かに預けてましたよね?」
こくり、とアイズさんは頷いた。
「あれ、見覚えがあったんですが……」
「うん、君とパーティを組んでいた子のもの」
「やっぱりそうでしたか。どうしたんですか、あれ?」
「うん、ちょっとね」
それからアイズさんは俺達と合流するまでの話をしてくれた。エイナさんにベルを助けて欲しいと頼まれたこと。10階層でモンスターに囲まれていたベルを助けてまたすれ違ったこと。モンスターを片付けた後、あのプロテクターを見つけたこと。
またすれ違った、と言うのが気になったのでそれを聞くとなんだか落ち込んだような顔をし、話してくれた。
37階層で階層主を倒した後、帰りがけに
「……やっぱり怖がられてるのかな?」
話していて思い出したのか、若干涙目のアイズさん。
「いえ、違います。いいですか、アイズさん。アイズさんのような美人に膝枕されて、しかも起きたら目の前にアイズさんのような美人がいたから、驚きと喜びあまりビビりなあいつは咄嗟に逃げてしまったのですよ。だから決して怖がられているわけではありません」
「……本当に?」
「これでもあいつとお互い命を預けて戦っている身ですからね。なんとなくわかります。そういうことでしたらプロテクターはアイズさんが直接返しますか?」
「……そのつもり」
「でしたら俺があいつが逃げないように協力します。この依頼が終わったら打ち合わせをしましょう」
「……うん」
どことなく気合いが入ったのかその後のモンスター達は今までとは比べものにならないくらい迅速に掃討された。
やがて樹の皮のような周囲が洞窟のようなものに変わる。聞くと
いよいよ
そして。
「なっ……」
「壁が……」
「……植物?」
「……ルルネ、この道で確かなのですか」
アスフィさんが先導していたルルネさんに確認する。ルルネさんは持っていたマップを見直し返答した。
「ま、間違いないよっ。私は
つまりこれが……いや、これからが
「……他の経路も調べます。ファルガー、セイン、他の者を引き連れて二手に分かれてください。深入りは禁じます、異常があった場合は直ちに戻ってきなさい」
アスフィさんの指示に
「トキ、壁の向こうの様子は確認できますか?」
肉壁には『門』のようなものがあった。今は閉じているが……。影を伸ばし、開閉するであろう『門』の隙間に通す。問題なく通り、向こう側に出た。
「はい、大丈夫です」
「ではもう少し様子を探ってください」
「はい」
残ったアスフィさん、ルルネさん、アイズさん、ネリーさんが周囲の調査に入るなか、慎重かつ迅速に影を伸ばし、その感覚に集中する。
影には感覚器官があるわけではない。しかし、どれだけ伸ばしたか、くらいはわかる。幸いにも中の壁は肉壁のように僅かに脈動しており、その感覚でどれだけ伸ばしたがわかった。
しばらく進めると脈動が途切れる。慌てず脈動していたところで影を曲げる。思った通り分かれ道になっているようだ。
「ルルネさん、マップを見せてもらえませんか?」
「いいよ。はい」
ルルネさんに渡されたマップと影の感覚を照らし合わせる。……やっぱり、違う。
「アスフィさん、この先は既存のマップとは違う構造をしています」
「そうですか」
「アスフィ、戻った」
「どうでしたか」
「こっちもここと同じようにこの壁に塞がれていた」
「こちらも同様だった」
一通りの調査が終わり、戻ってきた二人の話を聞く。この様子だと
「アスフィさん、今回のモンスターの大量発生、どうやら……」
「ええ、
「ど、どういうことだ?」
ルルネさんの疑問にアスフィさんが答えた。
「
「あっ……」
「……別の
「その通りです。この階層には南に2ヶ所、他の
ことの真相にみんなが納得する中、ルルネさんが肉壁の方を向く。
「モンスター達が動き回っていたのはわかったけどさ……じゃあ、この奧には何があるんだ?」
「少なくともろくなものではないでしょうね」
そんな予感がした。
中途半端ですがここで切ります。次回から本格的な戦闘になるかな?
ご意見、ご感想毎回、ありがとうございます! みなさまのお陰でモチベーションが上がり、飽きっぽい作者がこのペースで書けています。本当にありがとうございます!
これからもご意見、ご感想お待ちしております!