冒険者に憧れるのは間違っているだろうか 作:ユースティティア
ベルの成長
「-ふっ!」
ベルが踏み出す。対するのはここ7階層になって初めて出現するモンスター、『キラーアント』。6階層で出てくるウォーシャドウと並んで『新米殺し』と呼ばれているモンスターだ。
その外見は蟻を彷彿とさせるが大きさが俺達くらいある。
このモンスターの特徴はなんと言っても頑丈な甲殻と、今までのモンスターとは比較にならない攻撃力であろう。実際の蟻もそうだが昆虫の殼というのはとにかく硬い。小さいからわからないかもしれないが蟻は人間に摘ままれているとき、まるで両側からずっとハンマーで潰されるような衝撃に襲われる。
その蟻が人間サイズまで大きくなったのだ。それはもちろん硬いだろう。さらにその鉤爪はあらゆる壁に張り付けるほど鋭い。
硬い甲殻に阻まれ、強烈な爪に切り裂かれる、というのがこのモンスターにやられるパターンその1。
さらにこのモンスター、瀕死になると仲間を呼ぶ。人間にはわからない特殊なフェロモンを出し仲間を呼び寄せるのだ。
瀕死になったキラーアントを倒しきれず、仲間を呼ばれて囲まれる、というのがこのモンスターにやられるパターンその2。
なので戦闘をベルに任せ、俺は辺りの警戒をしていた。
しかし、そんな心配など不要と言うかのようにベルは鮮やかな手際でキラーアントを相手どっている。
キラーアントを倒すにはその甲殻の隙間の柔らかい部分を突くのがセオリーだ。だがあいつはそんなことお構い無しとばかりにキラーアントの首を切り飛ばした。
「……うん、いい!」
とベルは己の短刀を見て言う。それは
「なあ、ベル。ずっと気になってたんだがそのナイフどうしたんだ?」
「ふふ、聞きたい?」
とってもご満悦のようだ。ちょっとイラっとしたがまあ俺も新しい武器や防具を買ったときはだいたいこんな感じなので怒りを抑え込んだ。
「これはね、神様が僕のために贈ってくれたんだ! しかもヘファイストス製の!」
「へー」
「……あれ? 驚かないの?」
「知らないようだから言っておくけど、【ヘファイストス・ファミリア】にも駆け出し鍛冶師はいるからな。そういう人達が作った武器は俺達でも買えるものがある」
「そ、そうなの!?」
「ああ。確かに【ヘファイストス・ファミリア】は高級ブランドだが全部が全部って訳じゃない」
「そ、そうなんだ……」
あ、ちょっと落ち込んだ。まあ無理もないか。
「まあ、なんだ。もしかしたらヘスティア様がヘファイストス様に頼んでもらっていただいたものかも知れないな。ベル、ちょっとそのナイフ貸してくれ」
「いいけど、なにするの?」
と言ってベルが短刀を渡してくる。
「いや、ちょっと鑑定してみようかな? てね」
「え、トキって鑑定できるの?」
「……前にギルドの人に人手が足りないから手伝ってくれって頼まれたときに覚えた」
トキ・オーティクス
鑑定Lv.4
全体が漆黒の短刀を受けとり、観察してみる。すると……
「なんだ?」
「え、どうしたの?」
「これ、刀身が死んでる」
「ど、どういうこと?」
「これじゃあ台所にある包丁よりものが切れないってことになる」
俺の言葉に驚愕するベル。
「そ、そんなわけないよ! さっきだってそのナイフでモンスターを倒したんだから!」
「それは俺も見てた。けどな……ん?」
「今度は何?」
「いや、この短刀。よく見たら【
「え?」
「ちょっと待ってろ。今読み取るから」
くそ、黒くてよく見えないな。えーっとこれがこうだから……てあれ? これってどういう……あ、そういう意味か。
「なるほどな~。これはすごいわ」
「どっち!? っていうかトキは【
「ヘルメス様に教わった。まあ、そんなことは置いといて。ベル、さっきの言葉訂正だ。この短刀やっぱりすごいわ」
「えーと、どういうこと?」
「このナイフに刻まれた【
「【ステイタス】?」
「ああ。恐らく使い手によってその強度や切れ味が変化するんだ。しかも使い手が成長すればするほどこの武器も強くなる。しかもこれは恐らくお前しか、厳密にはヘスティア様から恩恵を受けていないと反応しないんだ」
「そ、それは……」
「そう。お前が強くなればなるほどこの武器もより強力になる。まさにお前のためだけに作られた
「ぼ、僕の
ベルに短刀を返す。震える手で受けとる彼はとても感動しているようだ。
「か、神様。ありがとうごさいます……!」
感動のあまりちょっと泣いてる。
「トキ」
「なんだ?」
「僕、強くなるよ。神様がくれたこのナイフに恥じないように」
「そうだな」
その後俺達はダンジョン探索を再開した。
しかし、気になることが1つ。ヘスティア様はあれほどの武器、どうやって手に入れたんだ?
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「ななぁかぁいそぉ~?」
「は、はひっ!?」
はい、やって参りました、エイナさんの激おこプンプンタイム。今回の原因は7階層まで到達階層を増やしたこと。
まあ、当然と言えば当然です。忘れているかもしれないが俺達は冒険者になってから3週間しか経っていない。普通そんなやつが7階層にいくのは十分『冒険』になるのだ。
「キィミィはっ! 私が言ったこと全っ然っわかってないじゃない!! 5階層を越えた上にあまつさえ7階層!? 迂闊にもほどがあるよ!」
「ごごごごごごごめんなさいぃっ!?」
冒険者は冒険してはならない、というのがエイナさんの持論だ。常に安全を考え、無茶をしない、という意味なんだとか。
けど……俺はこの考えに賛成できない。確かに安全は大事だ。だけど、それであの人にたどり着けるのか? あの時のあの人はその時まで出会った冒険者の中でも一線を画していた。今ならわかる。あれは『冒険』を超えて手に入れた強さだ。
エイナさんの説教を隣で聞き流しつつ、そんなことを考えていると、
「ほ、本当です! 僕の【ステイタス】、アビリティがいくつかEまで上がったんです!?」
「はっ?」
「……E?」
とベルの発言に固まってしまった。E、つまり最低でも400以上の基礎能力があるということだ。人のこと言える訳じゃないがそれは恐るべき成長スピードだ。
「そ、そんな出任せ言ったって、騙されるわけ……」
「本当です本当なんです! なんかこのごろ伸び盛りっていうか、とにかく熟練度の上がりがすごいんです! あ、そうだ! トキにも聞いてみて下さい! 多分僕と同じくらいのはずですから!」
と盛大なとばっちりが来た。
「……トキ君、本当?」
「いえエイナさんが言う通り俺の【ステイタス】の最高評価はHです」
実は魔力がGに届いているがあえて言う必要はないだろう。
「ほら見なさい!」
「え、でもだって……」
「俺がベルについて行けるのは冒険者になる前にいろいろとやってたからだ。で、そんな俺から見てもベルのアビリティは決して低くないと思います。なんだったら一人でも7階層に行けるくらいに」
「う~ん、でもな~」
やっぱり信じられないのかエイナさんはまだベルのことを疑っていた。
「ねぇ、ベル君。キミの背中に刻まれてる【ステイタス】、私にも見せてくれないかな?」
「……えっ!?」
とここで爆弾発言を投下した。
「あっ、キミの言っていることを信じていないわけじゃないんだよ? ただ……」
「まあ、信じられませんよね」
「で、でも、冒険者の【ステイタス】って、一番バラしちゃいけないことですよね……?」
まあ、普通はそうだ。俺なんかはバラした相手に報復する力があるから駆け引きの材料の1つとして使えるが、本来【ステイタス】はその冒険者がどのような能力を持っているか、どんなスキルや魔法が発現しているか、勘が鋭い人はそこからその人がどんな人かまでわかってしまうまさにその人物を現すものだ。
「今から見るものを私は誰にも話さないと約束する。もしベル君の【ステイタス】が明るみになることがあれば、私は相応の責任を負うから。キミに絶対服従を誓うよ」
「ふ、服従って……。そ、そもそも、エイナさん【
「うん、ちょっとだけだけど。【ステイタス】のアビリティくらいは読み取れると思う」
どうやら話の方向性は決まったようだ。
「じゃあ俺はあっちでに誰か覗かないか見張っておきます」
「うん、お願い」
席を立ち、移動する。ここでベルの【ステイタス】を盗み見るのは簡単だ。けど、それは同時にベルの信頼を裏切ることになる。例え気づかれなかったとしても、俺はそんなことで初めてできた親友を裏切りたくなかった。
「トキ君、終わったよ」
しばらくして、エイナさんに呼ばれた。もとの場所に戻る。
「それで二人とも、明日予定空いてるかな?」
「……へ?」
とベルが間抜けな声を上げる。
その後のエイナさんの話をまとめるとどうやら【ステイタス】については納得いったが今の攻略状況から防具が心許ない、と。だから明日、エイナさんが見繕ってくれるとのこと。
まあ、俺が危惧したことだ。そして、
「すいません。俺はもう知り合いの鍛冶師に防具の製作を依頼したので大丈夫です」
「そっか……じゃあベル君は?」
「え、えーっと……」
「ちなみに俺、明日仕事だから」
「じゃあ決まりだね」
と、あれよあれよという間に話が決まった。
若干放心しかけているベルに帰り際、
「よかったな、明日はエイナさんとデートだぞ」
と言ってやった。顔を真っ赤にして襲いかかられた。
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