甘えろ! クー子さん   作:霜ーヌ。氷室

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食事が普通に終わらないのは、どう考えてもお前らが悪い

「りょう……しん?」

 今ニャルラトホテプはなんと言った? りょうしん……良心? いや、こいつにそんなものがほとんど無い事は分かり切っている。

「それじゃあ、まさか」

 『両親』と言ったのか? 両方そろった親と書いて両親。別に上手くはないが。

「ニャル子……」

「はい、どうしたので? そんな空気爆弾に追い詰められたアトムみたいな髪をした高校生みたいな顔をして」

 ニャルラトホテプは平然そのもの、汗もかいていない、呼吸も乱れていない。つまり。

 あと関係無いが、何故か余市の顔が脳裏に浮かんだ。

「お前、木の股とか細胞分裂とかで産まれたんじゃなかったのか? 親とか普通にいたのか!」

「酷すぎる! っていうか、親の話題とか出したことありますよね? それともあれは別の世界線でしたっけ? 少なくとも、私の不肖の兄には会ってますよね?」

 ナイトゴーントも月まで吹っ飛ぶ勢いで、掴み掛かって来た。ぶっちゃけ冗談のつもりだった、七割くらい。正体が這い寄る混沌なので、完全には疑念は晴れないが。

「普通に恋愛結婚ですよ、うちの両親。宇宙メリッサ攻防戦で敵として出会ったんですが、互いのシャンタク鳥が不時着してしまい、旧き者も凍える極寒の雪山でにっちもさっちもミッチーも行かなくなったんで、仕方なく協力して暖を取ったのが馴れ初めだそうです」

 語るうちに、どんどん熱が上がるニャルラトホテプ。そもそも宇宙メリッサ攻防戦ってなんなのか分からないが、どうせこの場限りのネタだろう。

「雪山で遭難かぁ、懐かしいなぁ。私とあの人が結婚を決めたのもそれが原因だったのよ」

 と、ニャルラトホテプの本当は無かったかもしれない胡散臭い話に割り込んで来たのは、意外にも母親の頼子だった。

「おお、真尋さんのお母様もですか、これはなんたる偶然」

「本当ね。思い出すわ、その頃は未熟でフォークだけじゃ獲物を仕留められないから、予備で持っていっていた火属性の大剣と太刀で雪を溶かして、温泉を作ったのよね」

「え、本当ですか? うちの両親も、宇宙CQC大空を駆ける死んだ魚の目をしたサイファーソードで温泉を作ったそうですよ」

 と、相変わらず容易に話は脱線して、雪山話に花が咲いている。真尋としては、両親の恋愛話とか気恥ずかしくって仕方ない。

「それでですね、誕生日を逆算すると、どう考えても私が仕込まれたのはこの時なんですよね」

「ぐっふぅ!」

 食後のお茶が、鼻の方まで行ってしまった。いきなり何を言い出すのか、この脳みそ混沌燃料(有害)は。そしてこの話が創作であることが確定した、お前第一子じゃないだろ。

「うん、その……ね? ヒロ君も多分この時仕込……」

「か、母さん!」

 真尋は叫んだ、声の限り叫んだ。その続きは言わせない、自分の心まで放してしまいそうだから。

「今、食事中だから!」

 いや、食事中以外でも言わせるわけにはいかないが。

「え、あ、うん、そうよね。私ってば、うっかりさん」

 酒でも入っていたかのようだったテンションがどうにか収まったようだ。頬を少し染め、コホンと咳払いをする母親は十七歳という自称に違わず、可愛いと真尋は思う。

 思えば真尋の初恋は母親だった。思いっきり顔が似ているので、今もそうだったら水面に映った自分の顔に告白しかねないが。

「ええと……そういえばニャル子さん、お兄さんいたのね」

「な、何を言ってイルルヤンカシュ、もといいるのです、真尋さんのお母様!?」

 変わった話題の矛先が、ニャルラトホテプのもっとも触れて欲しくないところを貫く、いや母親の事だから話題のフォークか。

「え? さっき不肖の兄って言ってたじゃない。話し振りからするとヒロ君は会ってるのよね? どんな人だった?」

「あー」

 ニャルラトホテプの兄、ニャル夫。確かに真尋は会った事がある……あるのだが。

「あ……? あ……?」

 ニャルラトホテプの人生最大の汚点、というか妹へのコンプレックスから幻夢境の神々を皆殺しにしてしまった、ぶっちゃけ犯罪者。身内にそんなものがいる事が知られてほしくない妹から直々に、無関係な野良ニャルラトホテプとして処理されてしまった、ある意味可哀想な奴だ。

 まあ、地球人の精神を無防備な丸裸にした事は万死に値するので庇うつもりは無いし、ニャルラトホテプがどんな暴走をするか分からないので真尋も触れたくない話題なのだが。

 とりあえず助け船を出してやるかと、真尋が頭を捻ろうとした瞬間。

「い、嫌ですねー、兄では無くスーパー眷属大戦UXの主人公のニックネームのことですよ!」

「え」

 なんか宣いはじめやがった。

 そのままトンプソン機関銃の様に次々と、ないことないことを母親に吹き込んでいく。

「いやぁ、当初は普通の真面目君だと思ったんですけど、三部でいきなり学園仕舞人みたいな発言するようになっちゃいましてね。別人に入れ替わっただとか、催眠術だとかチャチなもんじゃ断じてありそうな変わりっぷりでしたね!」

「あの、話の流れからそうはならないと思うんだけど?」

「いえいえいえいあいあいえいえ、気のせいですよ真尋さんのお母様。私に兄なんていません。ね? クー子! ハスター君!」

「ふぇ? う、うん。ニャル子ちゃんにおにいちゃんがいるって話は聞いたことないよ」

 突然振られたハスターだったが、ニャルラトホテプの期待に充分に応える返答をした。幼なじみの証言なら母親も信じざるを得ないだろう。

 しかしこいつは、一体いくつの頃から兄を封印していたのだろう?

「ねね? ハスター君もそう言ってるじゃないですか、真実から出る誠の証言は決して否定されないんですよ。ほらクー子! あんたも私に兄なんていないって証言しなさいよ!」

 勢いのままさらにクトゥグアにまで証言を求めるニャルラトホテプ。真実ってなんだっけ?

「ん、クー子?」

 クトゥグアは茶碗を持ったまま、無言を貫いている。珍しいものだ、想い人に呼ばれれば空と地と海の狭間にだって飛んで行きそうな性戦士が。

「ちょっと、シカト決めてくれるんじゃねえですよ!」

 ニャルラトホテプの怒声を受けても微動だにしない。

「クー子?」

 流石に真尋は心配になる。真尋の脳内に浮かんだのはSF小説等でよくある、宇宙人にとって未知の病原体に感染してしまい免疫も無いから死に至る、というあれだ。

 あの図体はデカいが、所々抜けてる惑星保護機構のことだ、予防接種が完璧でなかった、という事も充分あり得る。

「おい、クー子しっかりしろ!」

 出会った当初は、さっさと出ていけと邪険に扱っていたが、ほんの少し前、過去に渡ってまで取り戻した『日常』。ニャルラトホテプも、シャンタッ君も、ハスターも、ルーヒーも、もちろんクトゥグアだってそこに入っている。

「クー子! 返事をしろクー子!」

 熱は、ダメだクトゥグア星人だけに平熱が高過ぎて手を当てたくらいでは判断が出来ない。

「クー……子」

 何が出来る? 自分に。クトゥグアの熱が移ったように、脳がまともな思考をしてくれない。

「クー……」

「……zzz」

「は?」

 よく耳を澄ますと、クトゥグアの口からいやに規則正しい寝息みたいなものが聞こえる。というかこれは。

「えい」

 鼻を摘んでやる。

「……ふ、んん、くぅぅ、はっ!」

 ツインテールがビクリと動き、紅い瞳が開き、そのまま鼻を摘んでいる真尋を見つめる。

「……おはようボンジュール、少年は何をしているの? 夜這い?」

 脳天に軽くチョップをしてやる、寝落ちをしても茶碗を放さないところは評価すべきだろうか?

「……くすん、少年のS」

「まったく、心配させるなよ、本当に」

 減らず口に軽くでこぴんを追加して、自分の席に戻る真尋。

「うふふ、ふーんヒロ君ってそうなんだ」

 何故か母親から、慈母と下世話が混ざった表情で見つめられ、恥ずかしくなった真尋は話題を強引に変えたい。もしくは貝になりたい、川底に落ちて考えるのをやめそうだが。

「で、で! どうしたんだよクー子、食事中に寝るなんて珍しいな」

 小柄ながらに食欲旺盛なクトゥグアは、本当によく食べる。その割りには体型がまったく変わらないが。本文詐欺と名高いニャルラトホテプと比べても、コンパクトだ。色々と。

 そんなクトゥグアが、食事よりも睡眠を優先するなどよっぽどの事だ。

「……ん、夜遅くまでカレルレンで色々読んでたから」

「カレルレン?」

 また知らない単語が出てきた。いい加減この宇宙人達は、相手に伝える努力をするべきではないか、と真尋は常々思っている。もしくは、誰か解説役が欲しい、ロンドンの貧民街辺りでスカウト出来ないだろうか。

「クー子、あんたまだ幼年に居座ってたんですか? あんたも物好きですね」

「とりあえずニャル子、説明してくれ三行で」

「ア、ハイ」

 さて、今回のお約束は。

「幼年はカレルレンの通称で。

 カレルレンは宇宙二次創作投稿サイトでして。

 えー、あー……真尋さん、私にもおかわり戴けますか?」

「思い付かなかったのか!? 珍しく三行で終わったけど、二行しか思い付かなかったから、余分な一行を追加しただけか!」

 ほとんど引ったくる形で、茶碗を奪い白飯をよそってやる。

「で、宇宙二次創作……いやニュアンスで分かるけど、相変わらずなんでも宇宙を付ければいいと思ってんな」

「そんな事私に言われても困るんですがね。まぁ、知っての通り娯楽を作る事に関して地球人の右に出る種族はいません。が、続きが気になるとか、この展開が気に入らなかった、なんかの理由で自分で書きたくなるのが人情じゃないですか?」

「んー、まあ分からないでも無い……かな? 僕はやったことはないけど」

「駄菓子菓子、もといだがしかし、もとより娯楽製作に適性が無い上に、素人が作った作品。玉石混淆どころか、浜の真砂が尽きても尽きない悪魔の種の中から砂金を探すに等しい状態でして。しかも、クリエイター気取りのいらんプライドのおかげで、いやに閉鎖的かつ高圧的な場所になっちゃって、徐々に奇妙な廃れ方しちゃったんですよね」

 なるほど分からん。もとより二次創作をあまり嗜まない真尋には、よく分からない世界だ。

「……最近はマナーの悪いお客さんを追い出して、徐々に奇妙な復権を果たしつつあるよ。それに未熟な作品が多くても、作品に掛ける情熱が感じられればそれで満足。プロには創れない作品も多いし、それでうっかり批判や誤字脱字の指摘やらをしていたら、パソコンと朝チュンしてた」

 そう語るクトゥグアは、無表情なのは変わらないがどこか誇らしげだった。

「そっか、でも身体には気を付けろよ? お前が倒れたら皆心配するんだからな」

「……少年も?」

「ま、まあな」

「……ん、これから気を付ける。心配させてごめんなさい」

 目を伏せて謝罪をするクトゥグアを見て、真尋の胸に暖かい物が芽生えたのを感じた。

「あれ、おかしいですね? なんか真尋さんの好感度がクー子の方に振り切るぜっ! してません?」

 何故か絶望までのタイムを測っているかの様な表情をしているニャルラトホテプに、真尋は忘れかけていた疑問を投げ付ける。

 本当に……本当に、なんて長い廻り道。喋りすぎニャル子。それしか言葉が見付からない。

「なぁニャル子、で両親からの電話はなんだったんだ?」

「え、今さらその話題に移るので? てっきり終盤のくだらないオチの伏線になるかと思ってたんですが。あーあのですね……」

 そう言って再び言葉を溜めるニャルラトホテプ。天丼は三回までを忠実にやるつもりか、この這い寄る芸人は。

 

 

 

「せっかくの連休なんで帰省しろ、って言われただけですよ?」


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