甘えろ! クー子さん   作:霜ーヌ。氷室

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 真クーはジャスティス!
 今作は、Arcadia様にも投稿しています。
 クーまひっていいよね、スティンガー君?


八坂家の食卓に異常あり

「なんですとぉ!」

 ニャルラトホテプの叫びが八坂家のリビングに響いたのは、連休初日の朝食を食べ始めてすぐのことだった。

 母親、八坂頼子(17)への出来る嫁アピールのため、キッチンに突撃しようとした混沌を撃退し(太陽から獲ってきたフェニックスのお肉、だとかいうものが懐から転がった)、ハムエッグに自分の卵を使用させようと暗躍するシャンタッ君をハスターに押し付け、結局サラダを盛り付けている母親の横で、メインのフライパンを担当することになった真尋である。

 調理中に、いかほどのムスコニウムが吸収されたことか。

 それはさておき。居候を含め八坂家の住人全員が席に着き、両手を合わせたタイミングでニャルラトホテプの通信端末、iaiaPhoneが全ての涙を宝石に変えそうな着信音を鳴らし、そして冒頭に戻る。始めから、説明など、されていなかったッ!

「ちょっと待ってくださいよ! そんな急に言われても困りますよ」

 ニャルラトホテプが立ち上がって通話、というかもはや叫んでいる。耳栓が無ければ身体が竦んでしまいそうな大声だが、そこは慣れたもの。母親は落ち着いて、ハスターとシャンタッ君はじゃれつきながら、クトゥグアはニャルラトホテプの皿に手を伸ばして、それぞれ普通に食事をしている。

 真尋も例外ではなく、これから厄介事に巻き込まれる可能性を考え、活動(主に脳みそアッパー系な這い寄る混沌へのツッコミ)のためのエネルギーの確保に勤しんでいる。慣れとは偉大である、人は成長するのだ、してみせる。

「あぁ、ハイハイ。分かりましたよ、それじゃ食事中なんで」

 電話を切り、やれやれと溜め息を吐いて席に着いたニャルラトホテプは、頭を軽く振る。綺麗な銀髪がそれに一瞬遅れて揺れる様はまるで深窓の姫君にも見えるが、その性根が真逆であることを、真尋は一ヶ月にも満たない付き合いでよく理解している。

「惑星保護機構からか?」

 サラダを小皿によそいながら、それとなく聞いてみる。

 そもそもニャルラトホテプの知り合いという奴らは限られている、とある蜘蛛神の寝取り達人(NTRマイスター)以外、全員八坂家にいる状態なくらい友達がいないっぽい。ならば、上司、もしくは同僚からの電話と予測したのだが。

「今さらりと鉄バット持った混沌を無視……いえ、彼女も別の世界線でしたね。そして、残念ながらハズレです。なんですか真尋さん? 私の事が気になるんですか、んもうそれならそうと早く言っていただければ私の隅々までお見せしましたのにぃ。ささ、部屋に行きましょう、私の部屋にしますか? それとも初めてはやっぱり男の子の部屋ですかね? あ、いえいえいきなりそんなにがっつくとははしたないですね。ご安心を、私は慎みにおいても頂点に立つ這い寄る混沌です! まずはお風呂場でお互いの身体を洗いっ子するのが十全ですねお友達、英語で言うとディアフレンド!」

 百面相の様に表情と話題を変えるニャルラトホテプに対し、真尋はただ食事に使っていたフォークを皿に置いて、懐から新たなフォークを取り出す。それだけだ、それで過程は無く結果だけが残る。

「いやぁ、サラダ美味しいですね。常に一日の基本である朝を支えて来たのは、一握りの野菜であると、ノーデンスも言ってましたしね」

 知らねーよ、と思いながら更に表情を変化させるニャルラトホテプを見て、フォークを懐に戻す。強大な兵器は使用するのではなく、ちらつかせて威圧に利用するのが外交だと、真尋は言葉ではなく心で理解している。

(しかし、本当に百面相だな。いや千面相か、ニャルラトホテプだけに)

「……少年、思ったほど上手いことは言えてない」

「だから、心を読むなよ」

 相変わらず、何故か真尋の心中をギャグ限定で察知した、紅いツインテールは無表情ながらもどこかドヤ顔で言った。口の周りを黄色に染めながら。

「ほら、黄身が付いてるぞ。こっち向け」

「……ん」

 手近にあったナプキンで、クトゥグアの口を拭ってやる。

 シャワーを終えた犬を拭いてやる気分だ。

「く、クー子。真尋さんにお口拭き拭きしてもらうために、わざと汚しておくとは、あざといな、さすがクトゥグアあざとい。真尋さん、事後でしたらいくらでも拭き拭きできますよ、私の下のおくわがたっ! かまきりっ! ばったっ!」

 風切り音に同期するように止まったニャルラトホテプの言葉に、首を傾げてそちらを見ると、左右のモミアゲとアホ毛――邪神レーダーにフォークが絡まっていた。投げたのは真尋ではない。

 ならば。

「ニャル子さん、今は食事中よ?」

 予想通り、邪神ハンターの腕前でこの八坂家を買った母親だった。顔こそ笑っているが、言外にこう言っている。飯時に下ネタはやめろと。

 いや、恐ろしい事に目も笑っている。何が恐ろしいって、談笑中の相手をフォークで貫きかねない凄みがあるのだ。コワイ!

「がたがたがたがたがたきりば……は、はい。ご飯、美味しい、です、とて……って、なんじゃこりゃあ!」

「今度はなんだ?」

 どうやら、この期に及んでも静かにするつもりはないらしい。自らの感情が処理できない奴はゴミだと教えてやるべきだろうか?

「わ、私の手付かずのハムエッグが、何故か真っ二つに!」 ニャルラトホテプが指差すそこには、綺麗に黄身も白身もハムも半分無くなっているハムエッグの姿があった。とろりと流れだしている黄身は、真尋が拘って半熟にした証だ。

「……ニャル子、わたしのが半分残ってるよ」

「ああ、ありが……って、これあんたの仕業でしょう? さっき私のお皿の上でなんかやってたでしょうが!」

 差し出された皿に、珍しくクトゥグアに礼を言おうとしたが、犯人の特定が同時に済んだため、ギロッと睨み付ける行動に移すニャルラトホテプであった。

 エスカレートしたら止めればいいかと、真尋は食事を再開した。とりあえず、自信作であるハムエッグに取り掛かることにする。

「何故こんな暴挙を! あんたは、ハムエッグの黄身も、愛した男も半分に切り分けるんですか!?」

「……ニャル子、少年は切り分けられない」

「うごっふ!」

 不意討ち気味の発言に、うっかり黄身で盛大に口を汚してしまった。なんでこの生きている炎は、ニャルラトホテプに対して好意を明け透けにしているのに、真尋に対しても事も無げにこんな事を言うのか。

 言った張本人が、相変わらずの無表情な事に何か釈然としないまま、ナプキンで口を拭う。

「あ! ……ぅう」

 その行為の意味に気付いた真尋の苦悩を余所に、二柱の会話は続く。続くったら続く。

「……ニャル子、誤解しないでほしい。わたしは別にニャル子からハムエッグを奪いたかったわけじゃない」

「誤解も六階も、主八界も三千世界もありませんよ。現にあんたは私からハムエッグを切り取って行ったじゃありませんか」

「……でも、わたしの分の半分はまだ食べてない。少年のハムエッグは絶品、それはニャル子も認める所のはず」

「ええ、それはまあ」

「うん、まひろくんのハムエッグ、おいしいよ。ね? シャンタッ君」

 みー、みー。

 今まで背景に徹していたハスターとシャンタッ君も同意する。本来なら嬉しい話なのだが、ちょっと今真尋は混乱している。

「……そう、少年の料理の腕は確か。でもハムエッグの特性上、焼き加減や油の染み込み、つまり味に微妙な差が出るのは当然の事」

「いや、まあ私達の邪神の舌なら、その微妙な差も分かりますがね。あんた、料理しないじゃないですか」

 その言葉に、露骨に肩をすくめるクトゥグア。

「……別に料理が出来なくても、料理の味は分かる。絵が描けなくても、漫画の良し悪しは分かるように。それが理解出来ないニャル子じゃないでしょう?」

「うぐぅ」

 本来、自分のフィールドであるはずの舌戦で押されるニャルラトホテプ。どうも今日のこいつは……いやハムエッグ以前は普段通りだった、急に精彩を欠いたように見えるのも、何か裏があるのだろう。例えば、今さら伏線を張るのを思い出した小説書きみたいに。

「……だから、ニャル子にも二通りの味を楽しんでほしい」

 そう言って、ニャルラトホテプの皿に自分のハムエッグを乗せる。断面だけなら元からそういう形であったみたいに、ぴったりだった。

「あーうー、分かりましたよ、そこまで言うなら食べますよ、真尋さんが作ったハムエッグですしね」

 このまま続ける愚を悟ったか、それともクトゥグアの言葉に一定の正当性を感じたのか、ニャルラトホテプはハーフ&ハーフのハムエッグが乗った皿を、自分の前に置く。

 真尋としても自分の作った物を評価してもらえるのは喜ばしい。ようやく収まった動悸に安堵して、この騒動の発端であるクトゥグアに目をやると。

「……はぁ、ん、ふぅ。わたしとニャル子の卵が、くちゅくちゅって混ざりあってる。あぁ、これだけで妊娠しちゃうぅ」

「変態だーー!」

 そして台無しだーー!

「あ、あんたハムエッグに薬とか仕込んでねえでしょうね!」

 クトゥグアは酷い有様だった。

 頬を赤らめ、目を潤ませて、口からはMADなどで便利に使えそうな声を艶やかに吐き出して、身体は小刻みに震えている。真尋からはテーブルの下がどうなってるか見えないが、見えなくて良かったと本気で思う。見えていたら、恐怖のサインを発して紙の中に取り込まれてしまいそうだ。

「……人を愛するのに、薬を使うなんて邪道」

「信用ならないんですよ、あんたみたいな肉欲優先邪神が何気なく差し出してきた物なんて!」

 お前が言うな、と言いたい真尋である。例えばいつかの温泉の時とか。

「……ニャル子、わたしはニャル子の子供を産む事だけを目的としていない。重要なのは、恋人繋ぎをしながら教会に向かう意志だと思ってる、ここに教会を建てよう? あ、少年おかわり」

 ここに教会を建てる時点でかなり即物的だと思うのだが、そこにつっこんでいたら朝食が終わらないので、無言で茶碗を受け取ってやる。

「っ!」

「……少年、どうしたの?」

「なんでもない」

 ただクトゥグアの指が茶碗と一緒に触れてしまっただけだ。それだけに過ぎないのだが、頬がフォーマルハウトの様に熱い、クトゥグアだけに。

「そ、そうだニャル子!」

「んぐんぐ、何ですか真尋さん? その謎の気恥ずかしさを隠すために無理に話題を変えようという感じの声色は」

 そこまで分かっているなら、何も言わずに話題に乗ってほしいのだが、きっと無駄だろう。こいつは、空気など読むな、という格言を悪い方向で実行し続ける事に定評のある這い寄る混沌なのだから。

「いや、さっきの電話って結局なんだったんだ? 僕達、っていうかクー子やハス太は関係無いのか?」

 先ほど外れだと言っていたので、惑星保護機構に関係無いのは分かったが、それ以外でも厄介事の可能性はある。むしろその可能性以外が見当たらない。ならばこいつは、なんのかんのと理由を付けて真尋を巻き込むに決まっているのだ。ならば最初から覚悟しておきたい、どこぞの神父も覚悟は幸福だと言っていたし。

「ああ、いえあれは私の私的な用件なんで。っていうかぶっちゃけ……」

 ニヤリと笑って、急に言葉を切る。

 特に理由があるわけでもなく、単にわざとらしい溜めの演出だろう。

 そして実際そうだった。

 

 

「私の両親からなんですけどね」

 


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